私のアレが大好きな貴方——が大好きだった私
誤字報告ありがとうございます!
あれから一週間経ちますが、結婚の日程が早まりました。
今日です!
パーティーでの一件が噂になり、それを聞いた彼の父親が、外聞が悪いので結婚してしまったほうが人の口にのぼらないと、躍起になったのです。
菓子好きの男性というものは、親世代にはより受け入れ難いものだったという事でしょうか。
ソラ様の美しい瞳の色のドレスを身に纏った私は、自分史上最高の仕上がりです。
少しお痩せになられたソラ様に腕を添え、婚約破棄しようとしていたソラ様のお父様に「彼女を手放すなよ。アズキさん、息子をよろしく。アハハハハ」と調子の良い事を言われながら、私の両親と共に送り出され、祭壇の前に立ちます。
大幅に繰り上げられたこの日の為に、相当なハードスケジュールを熟されたのか、翳りを帯びた様子のソラ様も素敵です♡
「アーナターはツゥマをアーイしー」何処の国の出身なのか。片言な聖職者の誓いの言葉を愛するソラ様と聞きながら、ソラ様用のお祝い激甘ケーキに思いを馳せていると、教会の扉が大きく音を立てて開かれました。
スナップ様です。
なんと私とドレスの色が被っていますよ! つまりソラ様の色です。ぐぬぬぬぬ。
「その結婚待って!」
「待ちません!!」
即断即決の出来る良き妻を目指しておりますよ。
「スナップ……」ソラ様のつぶやきが耳に届きました。
深みのあるお声も大好きですが、他の女の名前を呼ぶ声だけはノイズ判定ですよ!
彼の頰に手を添えてグイッとこちらを向かせます。
「誓いのキスですよ、ソラ様」
ちぅーっと彼の唇を吸います。はぁん♡ 柔らかい。
無抵抗なのを良い事に、更に深めると彼が応えてくれました。
おほほほほほほ。式の前に甘いお菓子を食べておいたのですが、効果があったようですね。
至福の時間は、害虫スナップに妨害されました。
「は、離れて! 私のソラ様なんだから!!」
「あぁスナップ……」
え? 結婚式まで挙げている私のものですよね??
スナップ様にソラ様が駆け寄ります。誓いを挙げたばかりのはずが、私は祭壇の前に一人残されてしまいました。
しかし直ぐにお義父様を中心に親族達が彼女を取り押さえます。
「ああ、ソラ様! 私を本当に捨てるのですか?! 愛してるって言ってくれたのは、ついこの間の事じゃないですか! 私は嫌です。別れたくなんかない……」
うわあぁぁぁと、体を押さえられながらも哀願して泣き出しましたけど、あなた腹パンしてましたよね。
あ、口も塞がれそうになりましたが、噛みつき攻撃で応戦しています。虫でも豚でもなく、虎だったのかもしれません。
そんな彼女をソラ様が辛そう見ています。まさか殴られた事を思い出し、お腹が痛くなったとか?
「ソラ様」おトイレに……と続ける前に、こちらを向いた彼に遮られました。
「アズキ。やっぱりお前と結婚は出来ない! 俺はスナップを愛してるんだ。本当にすまない! 無かった事にして欲しい。この通りだ」
「何を言ってるんだ! もう婚姻は成立しているんだぞ!? ワシの娘を傷モノにする気か!!」
父が激怒して頭を下げた彼の胸倉を掴み、揺さぶっています。
父の言う通りなんですよね……。先程の誓いのキスで式は終了。参列者の前で私達は夫婦になったのです。つまり彼の言い分を聞き入れるのは、離婚するという意味になります。
スナップ様は、彼の言葉に感激したようで、号泣しています。
「分かりました」
「お前はこんな女と!!」
「あなた。可愛いアズキちゃんの仇をとってくださいな!」
「申し訳ありません。本当に申し訳なく……」
私の了承の言葉はスルーされて、母も参戦しての修羅場が繰り広げられています。
さて、どうしましょう。困って周りを見渡すと、参列者の方々が、パーティー会場から軽食を手に入れてこられたようで、飲食をしながら見物を始めておりました。
私もいただいてくるとしましょう。
近くにいた方から、サンドイッチとワインを瓶ごと受け取りました。
サンドイッチをまずは父のお口に突っ込みます。はみ出ている部分をむしり取り、まだ状況を飲み込めていないソラ様のお口にも投入。
上手く入らず、お顔が少々汚れてしまいましたが、黙らせることに成功しました。
ワインはあんぐりと開いたスナップ様のお口……あっ、躓いてしまいました! 彼女のおでこにゴンと瓶底が当たりましたが慌てて救出します。殆ど溢れませんでしたよ。私って凄い! お祝いの為に用意した、とても良いワインですので、やっぱり私が飲む事に致しましょう。額を押さえて呻いている人がいますが、天誅という事で。
「はい。落ち着いてください。ソラ様のお話は分かりました。受け入れます」
「え?」
「何を言い出すんだ! アズキ」
「あらあらまあ」
え? 何故不思議に思われているんでしょうか。むしろそっちの方が不思議ですよね。
自分を愛してくれない人で、これほど辱めてくれた人ですよ? 私は凡人ですので、それでも愛す! などという情熱はありません。
「分かりましたわ。二人の愛には負けました。不本意ながらお邪魔虫のようになってしまいましたが、二人のこれからをお祈り致します」
「アズキ……ありがとう。感謝するよ」
「アズキ様……。私、必ずソラ様を幸せにしてみせますわ」
幸せを祈るとは言ってませんよ?
父が母に「どうどう」と宥められていますが、辺りにはしんみりとした空気が流れています。
「慰謝料は1億でいいですよ」
「は?」
二人の声が重なります。
は? って何ですか。こっちが は? ですよ!
愛が得られないなら、せめて金を得ようという切ない女心ですよよよよ……。
「既に成婚していて、離婚の原因は、夫の浮気である事が明確なんですよ? 勿論慰謝料が発生するに決まってます。当然、スナップ様にも請求しますよ。」
「え? いや、多くないか?」
「そういう契約を結んでいますよ」
「俺が見たときはそんな額じゃなかった」
「先週の騒動で契約が見直されたんですよ。私は父から聞きましたけど?」
俺は聞いてない! とお義父様に詰め寄ってますけど、あのお家の方って万事において雑なんですよね。
その点、ウチの父は頼りになります。離婚の条件も事細かに決まっていたので、きっとスムーズに行くでしょう。
彼と幸せになりたかったのですが、難しそうならば次を探すしかありません。
ソラ様親子のやり取りに、押さえた人を振り払ったスナップ様が(おお、何という力と執念。アナコンダが正解でしたか)参戦して来ました。我が家の家族は傍観に入ったようです。
やんやと騒ぐ見物人。一人アワアワするだけで何の役にも立たない……失礼、心優しい聖職者。
私は教会の窓を見上げて思いを巡らせます。
離婚歴はついちゃいますけど、未婚よりは自由がありますし、お金も多く手に入ります。
結婚して清い身というのはプラスになるかは分かりませんが、アピールポイントにもなるでしょう。
そっと目を閉じ、祭壇に祈りを捧げます。
神様。私はここに誓います。
ソラ様との思い出は、ちょっと綺麗なガラクタ箱にでもしまって、お菓子作りの腕(力)と慰謝料を武器に、きっと最上の男を捕まえてみせます!!
どうぞ見守っていてくださいませ————
——————————————
———————
————
あと、あの二人が結婚するなら、式の直後に何もないところで滑って転んだ拍子に景気良くオナラが出て気まずくなり、更に巨大な怪鳥からの落し物が頭に落ち、異臭を漂わせながらコソコソと帰宅する間に気持ちが冷めますように!!
「あっ、なんか『OK』って聴こえた!」