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私のアレが大好きな貴方——が大好きな私

 日差しも強くなっては来たものの、まだまだ過ごしやすい日が続く午後。

 ガーデンパーティーの招待を受け、友人や御夫人方と木陰に用意されたテーブルで談笑していると、大好きな婚約者がこちらへと向かってくるのが見えました。


「あら。あの方はアズキ様の婚約者のソラ様じゃなくて?」

「まあまあ、では隣にいらっしゃるのはスナップ様ね! 最近噂になってますものね」


 噂好きの伯爵夫人のおっしゃる通り、艶やかな黒髪でバランスのとれた体形をした、清楚なお人形さんの様な令嬢を侍らせているのは私の婚約者です。ふわふわで絡みやすい赤茶の髪に、少し幼く見られやすい華奢な体型の私とはタイプの違う女性を連れて来ましたね。


 二人は私達の目の前で足を止めました。

 ソラ様の夏の空の様な綺麗な青い眼は、いつもよりも深い色合いをして見えますが、そこに映る感情を読み取ることは出来ませんでした。

 黙っていた彼の口が動きます。


「アズキ、お前との婚約は破棄だ」

「やです」


 間髪入れずに答えます。当然です。だって大好きなんですから!


「お前が嫌がろうが関係ない。今頃親父がお前の親と話しを詰めているはずだ——ってオイ、何をやってるんだ」


「……も……ちろ、ん害虫の……くっ、大人しく…しなさいっっ! …… 駆除です、よ!」


 婚約者にぴったりくっついている、目障りな虫を取り除かなくては。

 ……くうっ手強い。髪の毛を引っ張れば顔を引っ掻いてくるし、頰をぎゅうぎゅう捻り上げれば、足で蹴ってきます。むきー! 負けませんよ。生意気な子はこうですよ!


 鼻の穴を2本の指で引っ掛け、思いっ切り持ち上げます。む? 湿っているけど我慢です。

「は、ふぁなしにゃしゃいほ」

 おほほほほ、ブタさんが何やらブヒブヒ言ってますよ。虫から劇的な進化を遂げましたね!


「こら、やめないか!」

 彼が背後から腕を回して彼女から私を引き離そうとします。

 いやん。ソラ様の体温に包まれちゃいました。とても良いです。しかも彼から離れてくれるなんてラッキー♡

 でもこれは言っておかないといけません。

「ソラ様の腕で胸が潰れちゃって、ちょっと苦しいです」


 そう伝えれば、あっという間に腕を解かれ、あたふたしだしました。今です!

 可愛らしい婚約者の懐に飛び込んで、ぎゅっとくっつきます。二人の間に隙間など不要なのです。


 スカートで隠れているのを良い事に、脚も絡めちゃいますよ。焦っているせいか、彼の微かな汗の匂いがしますね。はあ、クサいようで嫌いじゃない、癖になるこの匂い。これ、好物なんです。ご馳走様でございます♡


「おい、離れろ!」

「そうです。ソラ様と私は愛し合っているのです。申し訳ありませんが、ふんぬっ、身を引いていただけますかっ」

 ブタさんがまた虫になって、間に割って入ろうとします。ブンブン纏わりついてしつこいですね。


 思いっ切り耳を引っ張られたので、脇腹を優しく肘打ちしてやりました。あと、申し訳なく思っている割には、強い攻撃性が認められますよ。


 髪を掴まれそうになったので、仕方なくソラ様から一旦離れ……ああ体温がああぁぁ……くすん。さり気なく彼女の服で二本の指を拭きつつ、退治方法を考えます。血迷っているらしいお二人には、現実をお見せする必要アリですね!


「ソラ様は私から離れられませんよ! だって、」

「お話を聞いてなかったようですね。残念ながら、もう婚約を破棄するために彼のお父様が動いてるって、先程言ってましたよね。聞いておられなかったのですか」

 貴方こそ! まだ私の話の途中なのに!


「ああ、その通りだ。お前のその勝手な物言いに乱暴な態度。俺はスナップの穏やかさを選ぶ」


 私のほつれた髪や、乱れた服が見えていないのでしょうか? まあ彼女も似たようなものですが。


「致し方ありません。彼と私、二人の秘密ですが、少しだけ開示しましょう」

「…………いいだろう。覚悟はしてきた」

 私の発言に、周囲にいた紳士・淑女の皆様もこちらに注目します。彼もギュッと拳を握り締め、顔も強張らせて……って、そこまで悲愴感出すような秘密でしたっけ?


 ごめんなさいソラ様。貴方にとっては辛いことを、少しだけ暴いてしまう私を許してくださいね。なるべくボカシますから!


「ソラ様は、『アズキのは甘いな』と言ってペロペロするのが大好きなんです!!」


 皆が一斉に息を呑んだので、ワッともゴッともつかない、不思議な音がなりました。


 普段はつれない態度の多い彼ですが、私の作ったお砂糖マシマシのお菓子を食べる時に見せる、ふにゃりとした笑顔が堪らないのですよ!


「おまっ、それは、」

 おっといけません。感情のままに発言されては、ソラ様が無類の甘党であることがバレてしまいます。私は可愛らしくて良いと思うのですが、何故か隠したがるんですよね。


「すっかり私の(作る糖分多めのお菓子の)魅力に夢中になられて、お口いっぱいに頬張ったり、(飴を)舐め回したり、『もっと』と催促されるので、お会いするたびに(菓子作りで)ヘトヘトになってしまうほど私達は親密な仲なのです」


 よし、婉曲に私の必要性が訴えられたのではないでしょうか。良き妻目指してフォローもバッチリです。あら、友人達のお顔が赤くなっています。ずっと外にいましたからね。そろそろ室内に戻る頃合いでしょうか。


「誤解だ!」

 形の良いお口を可愛らしくパクパクされていたソラ様が、私の言葉を否定しようとします。

 まさか、スナップ様とも甘い関係を築かれているのでしょうか。彼女がお菓子作りが得意だという話は聞いたことがありませんが。


「私は嘘は申しておりません!」

 ドキッパリと言い切ります。敵の甘味が手作りか市販品かは分かりませんが、ソラ様の好みを追求した私の極甘菓子が負ける訳ありません。

 あそこまで腕を酷使させられるほど愛しているのは、私(の菓子)だけと信じています!


「そ、それはそうだが」

 彼が認めたらスナップ様のお顔が……ああっいけない! 意識を刈りとられそうです。人類にあるまじきお顔になっています。やだ怖い。おほほほほほ。


「私にアレほどの行為を強いておいて、よもやスナップ様ともそういう関係を持っていたのではないでしょうね」


 菓子作りは、意外に体力を使います。ひたすら混ぜたり捏ねたり振るったり。オーブンの熱も夏には辛いです。それでもソラ様の笑顔の為、めちゃめちゃ頑張りましたよ! 月イチでしたけど!


「どうしてそう、」

「指が沈む(スポンジの)柔らかさに加え、舌に変化を与えるコリッっとした(木の実の)感触が堪らないと何度も」

「だから、言い方があるだろう!?」

「流石にもう許してとお願いしても、もう一回だけとおねだり上手なソラ様は、よもやスナップ様にも……」

「彼女には言ってない! お前だけだ!!」


 そう叫んだ彼に、スナップ様の腹パンが決まりました。


 それから、彼が『今のはスイーツの話で……』と打ち明けるも、『ええ、ええ。そうねよ、甘〜いお話なのよね』『分かっておりますわ。大丈夫ですよ。この宝石のような果実は貴方のものだと理解していてよ』と空気を読んだ皆さんは流してくださいます。大人の対応が有り難いですね。


 これからはソラ様も、誰憚らずに甘味への愛を公言できるのではないでしょうか。







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