第5話 少女の正体と力
「…………」
「…………」
俺は今、馬車で少女と向かい合って座っていた。
だが、どちらも何も喋らず無言である。
顔も正面をみておらず、2人揃って窓の外を見ている。
少女はこの雰囲気を気にしてかチラチラとこちらの様子を伺って話しかけようとしてるが、引っ込み思案な性格なのか声をかけられずにいた。
俺としてもこの空気をどうにかしたいが、初対面であり何を話せばいいのか分からず喋りかけられずにいた。
そういえば、馬車を使ってるからやっぱり技術力は中世ヨーロッパくらいなのかなって思っていたが魔道具なんかが使われていて案外乗り心地も良くて尻が痛くなるなんて事態にならなそうでよかったと思う。
大きさもさすが護衛をかなりの人数つけられる人の馬車だけあって、身長180㎝でそこに翼が加わる俺が乗っていても快適に過ごせるくらいに大きい。
内装も主張しすぎないお洒落な作りになっている。
……まあちょっとした現実逃避は終わりにして、さすがに何か話題を探して声をかけるか。
そう思い俺は少女との出会いから今に至る経緯を思い出していった―――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……もう……終わりましたか?」
「イ、イリーナ様!?まだ危険ですので馬車の中にお戻りください!」
俺の周囲を全身鎧たちが、いや多分こいつらは騎士なんだろう。
遠くからだと分からなかったが、皆が同じデザインの鎧を着て、その左胸の辺りにこちらも同じデザインの紋章みたいなのが描かれてるし。
で、その騎士たちが俺の周囲を取り囲んだタイミングで出てきた少女に指揮官(仮)が馬車に戻るように言っている。
熊は排除したけど、素性の分からないが自分たちを圧倒していた熊をあっさり倒すやつがいたら警戒するよな。
つまり俺がいなくなればこれは解決するだろう。
「じゃあ俺は―――」
「……その人……危なくないですよ」
またしても俺が喋ろうとしたタイミングで少女も口を開いた。
そして、紅と蒼のオッドアイの瞳で何かを見透かすように俺を見ながらそう告げた。
何故彼女はそう言いきれるのか、熊を倒して助けたからそう言っているのかとも考えたがどうもそういうわけではないと感じる。
彼女は何か別のものを見ているような気がした。
「まさかっ!あの力を使われたのですか!?」
指揮官(仮)はその根拠の理由に気づいたみたいだ。
「……使いました。……でもこの人……大丈夫でしたよ」
「あれは陛下からも使用を控えるようにと言われていたではありませんか!」
「……使わなかったら……あなたたちが……あの人と戦ってました」
「それは当たり前です!皇女であるあなたを守るのが私たちの使命なのですから、勝てないにしても逃げる時間稼ぎくらいは命をかけてやり遂げます」
「……だから使いました」
「……分かりました。今回は危険がない人物でしたが、いきなり危害を加えてくる者もいるかもしれませんので気をつけてください」
「……分かりました……次からは……気をつけます」
なにやら俺に対して使われた力について言い争っていたが終わったようだ。
途中聞こえてきた陛下とか皇女とかは幻聴だったと信じたい。
だって何か厄介事の予感がする……。
「あーもういいのか?」
漠然とした不安を抱えながらもずっとここにいるわけにもいかないから、俺は話を終わらせてここから去ろうと考えた。
「ああ、すまない。今のことは忘れてもらえるとありがたい」
なんか指揮官(仮)の態度が好意的になったような感じがする。
俺の周囲を取り囲んでいた騎士たちももうすでに各々が構えていた武器を下ろしていた。
「分かった、忘れることにする。それでなんだが、誤解も解けたようだし俺はそろそろ失礼するな」
「むっ、もう行ってしまわれるのか。まだ助けていただいたお礼が出来ていないのだが」
指揮官(仮)が残念そうにしてるが早くここから去りたい俺としてはお礼なんて入らないのだ。
「たまたま通りかかっただけだからお礼なんて気にしなくていい」
「それでもだな……。なら最後に名を教えてくれないか?私はガルシア帝国近衛騎士団所属で第2皇女であるイリーナ様の護衛騎士隊長を勤めているバルトルだ」
なんかめっちゃ凄い情報を聞いたが、ここはあまり詮索しない方がいいな。
まあでも名前くらいなら教えても大丈夫かな。
「ヘルシャフトだ。じゃあ俺は行くな」
名前を告げて、さあ飛翔するぞってなったとき。
「……待ってください」
俺とバルトルのやり取りを黙ってみていたイリーナ様が話しかけてきた。
「なんでしょうか?イリーナ様」
答えないわけにもいかなかったので、相手は皇女ということもあり丁寧な言葉使いを心がけて返答した。
「……お礼がしたいです……一緒に街まで行きましょう」
俺にとってこれは断りづらい。
イリーナ様はここで断っても何かする人には見えないが、万が一を考えたらやはり俺は断れない。
だが、厄介事の予感もあるしでかなり悩む。
救いを求めてバルトルを見るも、イリーナ様の意見に賛同して頷いているし。
「……分かりました。同行させてもらいます」
結局俺は誘いにのることにした。
「……よかったです……じゃあ馬車に乗ってください」
「えっ?さすがにそれは……。俺は自分の翼があるので飛べますし」
皇女様と一緒の馬車とか絶対何かあるって。
「……ダメ……ですか?」
なのにそんな潤んだ眼で見つめられたら断れない……。
「いえ、やっぱり乗らせていただきます」
「……よかったです」
俺は断れずにイリーナ様と一緒に馬車に乗ることになった。
そしてしばらくして、イリーナ様と俺が馬車に乗り込んでバルトルたち護衛騎士たちの手当ても終わり出発になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それで今に至るわけだ。
やはり俺としては、イリーナ様が使った力がどんなものか気になる。
しかし、これは多分話題にしないほうがいいだろう。
イリーナ様とバルトルのやり取りを聞いててそう判断した。
なら何故俺を一緒の馬車に誘ったのか聞くかな。
これもお礼をしたいだけなら街に一緒に行くのは分かるが、馬車に同乗する理由にはならない。
多分だが何か理由があるのだろう。
「あのイリーナ様、何故俺を馬車に同乗させたのですか?」
俺は疑問をイリーナ様に問いかけた。
気にはなっているが、別に詳しく理由を知りたい訳じゃない。
ただ、何か会話をしようと思ったのだ。
さすがに無言の空気にはもう耐えられない。
「……話がしたかったのです」
「話をですか?」
なんと俺を同乗させた理由が、ただ話をしたかっただけなんて。
「……そうです」
「どんな話でしょうか?」
話をして空気をどうにかしたかった俺はこの提案にのることにした。
「……あなたは勇者様たちと同じ世界の人?」
「っ!どこでそれを!?」
ここは上手くしらを切ればよかったのかも知れないが、この時の俺はそこまで頭が回らなかった。
イリーナ様の問いかけは、それほどまでに衝撃的だった。
「……私は人のデータを読み取る魔眼が使えるのです……それであなたのデータを見てしまったのです……あなたからは勇者様たちと同じデータが多くみられました」
「……だったらなんだと言うんですか」
少し警戒して返答した。
「……別にどうしもしないです……あなたが何故その姿でここにいるのも聞きません……ただ少し気になっただけです」
彼女が言っていることに嘘を感じなかった俺は、警戒を解くことにした。
「確かに俺はあいつらと同じ世界の出身です。ですが、今はもう関係ないです」
「……そうですか」
そこで会話は終わった。
俺の答えを聞き彼女が何を考えてるのかはその表情からは伺うことは出来なかった。
そして、そこからはまた無言の時間が続くのだった。
「イリーナ様、クラストの街が見えて参りました」
しばらくしてそろそろ日が暮れるかとという時間になって、外からバルトルが目的地である街が見えてきたことを告げてきた。
クラストの街は、確かユグリス王国の街だったはずだ。
「……分かりました」
「では先触れを出させておきます」
先触れを出させるためなのかバルトルは、馬車を離れていった。
「異世界初の街か……」
「……不安なのですか?」
「いや、楽しみですね」
そんな会話をするうちに馬車は街に入る門をくぐっていた。
こうして俺は異世界に来て初めての街、俺にとっての始まりの街に着いたのだった。