挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

小説とか創作とか

一人の書き手として考えてみたこと

作者:神崎 創
 あちこちでネット公募が多くなりました。
 便利でいいですね。投稿サイトに投稿しておいて、タグ付けするだけで応募完了。ひと昔前のように「原稿用紙ン百枚に書いて郵送、締切当日の消印有効」とかに比べれば、天地雲泥の差です。原稿用紙での応募、私もチャレンジしたことがありますが、あっさり挫折しました。やはり、ネット公募はとても簡便であります。
 この手軽さがウケてか、出版デビューを目指そうという方が非常に多くなったように見受けられます。
 同時に、各投稿サイト内での競争も激化してまいりました。
 今や日々アクセス数、評点、ブクマ、ランキングといった数字をユーザが目を血走らせて注目し、その上下に一喜一憂している方も少なくないようです。
 まあ、お気持ちはわからなくもないです。
 一生懸命に書いて投稿した自分の作品がどれだけ読まれているか、どう評価されているのか、気にならないわけがない。まして、出版デビューのチャンスがかかっていればなおさらのこと。
 ただ、その背後というか周辺といいますか、こんな議論が交わされているのを目にします。

「やっぱり、読み手受けするように書かなければダメなんじゃないだろうか?」
「自分は読者に媚は売らない! 自分は自分のスタイルを貫くんだ!」

 思ったように評価点やアクセスを得られなかった作者の方の悲鳴ですね。
 すべてのタイトルがそうなのかどうかはわかりませんけれども、より多く人目についてより多く評点を獲得しなければ大賞に選ばれない、という事情もあったりするのかもしれません。そうして落胆の末、自己懐疑に陥った方のコメントが前者、逆に開き直って創作の原点を見つめ直そうとしたのが後者かと推察します。どちらにせよ、悲愴の観が漂ってくるようです。
 必死に頑張ったのに成果が伴ってこなければ、自虐になったり開き直ったりしたくなる心理も人情として当然のことかもしれません。
 ただし、物事は何事も一面だけで判断しないほうがいいこともあります。
 ちょっとだけ角度を変えて眺めてみると、意外な側面が見えてきたりすることも多々あります。
 以下、素人書きを苔の一念で二十年続けてきた人間による考察を申し上げたい。
 あくまでも個人的な見解ですから、まともに受け止めて落ち込んだり怒り狂ったりする必要はまったくありません。そういう見方もあるか、くらいに考えていただければこれ幸いというものです。
 誤解のないように私自身のスタンスを述べておきますれば、私は自分が考え創った世界を文章(=小説)という形態で自分が望む通りに表現したくて続けています。出版に憧れていないわけではありませんが、目の色を変えてトライしようという気はさらさらありません。きちんと仕事を得て働いておりますが、職場のトップを任されるようになり、それでメシを食っています(俗な表現ですが)。今さらそれを放り出して叶うかどうかもわからない出版デビューを目指す考えは毛頭ないのです。
 また、ごく少数ではありますが、私の創作スタンスに心から理解を示し、やり取りを続けてくださっている作者様達にも恵まれており、さらにはお付き合いしている方も私の創作に賛同し協力してくれています。今はとても幸福な環境の中で自分が望むスタイルで創作が出来ています。いわば、デビュー競争の局外にあって自分の創作を自分のペースで楽しみながら生きています。
 少し上から目線な表現をご容赦いただきましょうか。
 熾烈な競争状態から一歩引いた位置で眺めていればこそ、見えてくる本質というものもあるのですよ。


 さて、論じておきたい主題は二点に絞られます。
 まず最初に申し上げますのは

「読者受けする文章(作品)を書く=読者に媚を売る、ではない」

 という点です。
 そう考えてしまう、そう結論付けたくなる心理は人情としてわかります。
 多くの作者さんから創作の楽しみを削ぎ取ってしまった投稿サイト運営側には多少良心の呵責を感じていただきたいと思うこともありますけれども。商業主義とはそういうえげつなさで成立するものであることもまた事実です。
 それはともかくとして、こういう勘違いが横行しているように見受けられます。

「アクセスが多い(ランキング常連)作品は、読者受けするように書かれているのだ」

 という意味のコメントを見かけることがあります。
 当たり前じゃないか、というふうに思われるかも知れませんが、この「読者受け」のところを「読者に媚を売る」という意味に置き換えて解釈しているのを散見します。
 果たしてそうでしょうか? 少し、検討を加えてみたいと思いますが、前提として、不正な操作やポイント稼ぎに奔走しているケースを除きます。のし上がるためになりふり構わないというのは創作者として失格です。ここははっきりさせておきます。
 不正な手段は厳禁として、現在ではSNSによる宣伝行為は普通に行われていますから、まったく何もしないでアクセスを得ることは難しいかもしれません。時代の趨勢というのも良くない表現ですが、こればかりは仕方がないと思います。
 ですが。
 広く宣伝されているからといって読者がたくさんつくかどうかは別の問題です。この点を誤解しないほうがよろしい。
 そもそも「読者に媚を売った作品」とは何だ? という疑問が生じます。
 もしも現在のトレンドである異世界、転生、チート、MMO、ハーレムといった人気要素の作品を指して「読者への阿諛追従だ」という主張に対しては、明快に「それは逆ギレですよ」と申し上げたい。
 確かに、多くの人の目に触れるためには、そういう人気要素を取り込んだ作品を書いて投稿する方が手っ取り早いかもしれない。
 しかしそれだけで「読者への媚びだ」と断じてみても、単にトレンドへのやっかみにしか聞こえません。例え書いた本人が「これなら読み手がつくだろう」と目論んだところで、思い通りに読み手が寄って来るという保証はないわけですから。あとは作品のクオリティがものをいうだけのことです。
 では、どういう行為が読み手への媚びに該当するか、といえば、私は一つだけ思い当ります。
 書き手が読み手に直接何らかの(作品の数字的評価を上げるための)操作を要請することですね。
 かつて、それをやっている作者がいました。
 理由がよくわかりませんが、何やらもっともらしい口実を設けて、手当たり次第に知り合い作者を増やしてはブクマや評価ポイント加点を依頼しまくっていました。その作品はポイントが四桁に達していましたが、私はその行為はいかがなものかと思いました。いかなる理由であれ、読み手に加点を要求するなど書き手のすべきことではありません。
 そうした露骨なアプローチは言語道断ですが、トレンドを取り入れた作品を書くことについては別にいいではないの、と思います。
 もっとも、読み手の関心がトレンド要素作品に集中するようになった一因として、出版社と投稿サイトに責任の一端はあります。これだけ煽れば、流れが偏るのは目に見えている。
 とはいえ、ひがんではいけません。
 自分も同じ土俵で勝負するつもりでトレンド要素作品を書くか、あるいはトレンドに引けを取らないような作品にトライするか。そういう志が大切なのではないでしょうか。トレンドとはほぼ無縁の作品ばかり書いている私としては、後者の書き手を応援したい気持ちのほうが強いですけれども。


 さて、話を少し戻します。
 ちらと先述したことばですが「読者受け(常識的な意味合いでの)する作品」とは、果たしてどういうものであるのか。
 正直、それは私のほうが詳しく伺いたいくらいです。
 などとのたまってしまうとこの稿がそれで終わってしまうので、僭越ながら少しだけ見解を述べさせていただきましょう。
 ただ、最初におことわりさせていただきますが、以下に述べる内容はあくまでも「一面的、側面的」でしかないことをご了解ください。
 先日、他作者様の作品をランダムにいくつか選び、ざっと拝見させていただきました。
 TwitterのTLで流れてきた宣伝を見て「じゃあ、これとこれ」みたいな感じで、無造作にチョイスしました。ゆえに、どういう作為もないことをご理解願う次第です。ちなみにすべてなろう投稿の作品であります。この前新設された某サイトではございません。
 で、立て続けに初見の作品にお邪魔しているうち、ふと気になった点がありました。
 何がって「あらすじ」と「第一話目、特に冒頭」です。
 なろうでいうと目次のページにあらすじが表示されますが、これというのは言ってみれば「作品の顔」であります。はしたない表現ですが、お顔がよろしければ「ちょっとお付き合いしてみましょうか」という気持ちになります。お顔がよろしいというのは、作品の概略が実にコンパクトかつわかりやすくまとめられている、といった意味です。一見して「ああ、なるほど。こういう内容の作品なのか」と理解が容易である。
 もちろん、メリットばかりではありません。
 嗜好に合わない作品であれば「あ、これムリ」と、その場で回れ右されてしまう可能性も高くなるわけですから。しかし、本文を読んでからがっかりされるよりはあらすじで撤退していただける状態のほうが、読み手に対して親切ではないでしょうか。
 あらすじの良否は、読み手の作品に対する印象を大きく左右することがあります。
 たかが最初の紹介文じゃないか、とあなどるなかれ。あらすじというスタートラインたる文章のその先に「本文」が待っているのです。あらすじと本文と、文章クオリティが見事にリンクしているケースは決して少なくないわけでして。あらすじに立派な文章を書いておいて本文ががっかりだった、などいうのはある意味ではスーパースキルがなせる技ではないかと思ったりしますけれども。
 そうして第一話目のページへ進むのですが、ここは物語にとって非常に重要なポジションです。
 なぜかと申しますれば、冒頭で読み手を引き付けられると、その後へと続けて目を通してもらえる可能性が非常に高くなるわけです。絶対、とはいえませんけれども。
 逆に、冒頭で「なんだかなぁ」と敬遠されてしまったが最後、続けて読んでもらえない可能性が大きい。
 このあたりやや解説を要するかと思います。
 例えば人間関係に当てはめてみますが、関係を維持するか否かの裁量が自由であるとして、初対面で好印象であれば「友達(あるいは恋人でもいいですが)になってもいいな」と思うでしょう。しかし、のっけからどうも虫が好かないとあらば「早くどっか行ってくれないかな」と思いませんか(私は人見知りがひどいのでつい思っちゃうのですが)? 人情として、初見の印象というのは実は非常に重要なのですね。
 別に人間関係でなくてもよろしい。商品やサービスを購入するときにも同じことがいえると思います。
 ただ、この心理が適用されにくいケースがあります。
 作品の作者とお知り合い、あるいは親しかった場合です。書いている人間がどういう人なのかという情報をあらかじめ得ていることによって、それをも包括して作品に対する印象を構築するからですね。まあ、このケースは本旨から逸れますので、これ以上述べるのは控えます。
 初見の印象がものをいう。
 そこは多くの方に頷いていただけるのではないかな、という気がします。
 以下、私個人の意見になります。
 では、あらすじと冒頭(序盤、といってよろしい)で読み手の付き離れを左右する要因とは何か。
 私がいくつかの作品を拝見して感じたところを申し上げますと、二話目以降へ読み進んだ作品は

「するりと物語の中へ入り込んでいくことができた」

 という言い方ができます。
 逆に、第一話目で回れ右をした作品については、こう表現します。

「書き手の創造を読み手に押し付けるような書き方をしていた」

 具体的に述べてまいりましょう。
 引き込まれる作品というのは、出だしからして平易な文章と表現が用いられ、頭の中で立ち止まる必要がいささかもなかったのです。
 ところが、一話目回れ右作品に共通しているのは「書き手のイメージ、都合の押し付け」がふんだんに感じられたのですね。
 どういうことか、例を挙げます。
 ひとつは冒頭から「取扱説明書」。
 延々と世界観と設定の解説が続き、まずはこれを頭に入れてから読んでくれ、と言わんばかりの書きっぷりです。
 次に「読者突き落とし」。
 第一文から突然専門用語や独特の言い回しでスタートするケースです。
「XX年、世界は『慟哭の障壁』によって分断される運命となった」
 横文字のルビなんて振ってあるともう、どうしていいかわからなくなります。ハリウッド映画の予告編やアニメの影響なのかどうか、雰囲気を出したいのだなという気持ちはわかりますけれども、いきなり不思議な言葉が飛び出してくると読み手の脳内は「???」となるわけです。さらに続けて難解な設定説明が開始されてしまうと、もう拒絶反応を止められません。
 さらには「なんかもやっとしたプロローグ」。
 読み進めても、それがストーリーにどう関係してくるのか全然伝わってこない。
 上記の二点、タイトル、サブタイトル、あらすじと上手く連動している場合もありますから、そういうときは作者様の力量を感じますけれども、そうでなければ「ああ、作者のイメージ優先か」と思ってしまいます。
 初見の読み手には、どういう作品の知識もないのです。
 それどころか、閉めてあるドアをわざわざ開けて「こんにちは」って訪問してきてくださったお客様なのです。そのお客様を「読み進めればわかるから! そーれ!」って突き飛ばしたり「まずはこれとこれとこれを覚えておけ。さもないと、この作品は理解できないぞ!」などといった態度(文章表現、というべきでしょうか)をとるのは、のっけから読者を弾き返しているといってよい。
 繰り返しましょう。
 これらは「書き手の都合優先」または「書き手のイメージの押し付け」です。
 もちろん、それが通用する場合もあるでしょう。ただし、そうなるにはやっぱり書き手の力量が問われるわけです。
 開いているドアと閉めてあるドア、ふつうに考えればどちらが入りやすいと思いますか?
 言うなれば、この「ドアが開いている状態」すなわち「読み手がすんなり作品世界に入り込みやすい」という状態を指して「読者受け」といえるのではないでしょうか。ようやく結論が出てきました。
 冒頭から読みやすかった作品の多くに、特別な仕掛けがあったわけではありません。
 的確な表現かどうかわかりませんが、読者を突き飛ばしたり引き摺り込むような強引さがなく、むしろ静かに手招きしてそっと背中を押すような、そういう穏やかさがあったように感じます。読み手が自分から近寄りやすい雰囲気を漂わせているのです。
 そう、読み手が自然と次の文章に目を移してしまうような自然さと軽やかさがあります。
 ですから「読者受け」とは「読み手に媚を売る」ことではない。
 最大限の不特定多数の読み手が(ターゲットはあるかも知れませんが)すんなり読めるような書き方を指して「読者受け」であると、私は考えます。
 初めて入ったにも関わらず、しっかり話を聞いて欲しい物を親身になって考えてくれるようなお店だったら「ああ、いい店だ」と思いませんか? また来たい、と思いませんか? 続きを読みたい、とまでいかなくても「なんか、気になる作品だったな」と思わせたらば、それだけで大収穫じゃありませんか。
 読み手がつかない、といって自己懐疑に陥ったり開き直る前に、自分が技量の限りにおいて書ける読み手にやさしい文章(作品)とはなんであるのか、少し思索してみるだけの価値はあると思います。
 もうひとつ。
 序盤に触れましたが、自分のスタイルを貫くこと、それは否定さるべきものではありません。
 ただ、自分のスタイルを貫く=我を押し通すとはまた別のことではないでしょうか。作品の先にある読み手の存在を無視して我を押し通しても、得るものがあるかどうか、私は疑問に思っています。ちょっとだけ柔軟に考えれば「読み手に優しい、しかし自分らしいスタイルの文章」だったら一番いいことではありませんか。頑固親父みたいにちゃぶ台をひっくり返していても、読み手は逃げていくだけです。
 自分のスタイル、とは何でしょう? 
 具体的に言えますか?
 書き手それぞれの個性や得意を発揮した文章が「自分のスタイル」ではないか、という気がします。
 オールマイティに書かれる作者様もいますが、誰にでも得意不得意はあるものです。自分の得意を知ったときから、書き手の境地は飛躍的に開けるものではないかと考える次第です。
 書けるものと書きたいものが一致するとは限らない。
 まずは「自分の書けるもの」が何であるのか、知ろうとしてみてはいかがでしょうか。


 先述しましたが、今やSNSなりレビューなり、多くの人の目に触れた者勝ち、という生き馬の目を抜くような情勢ですから、一筋縄でいかないというのも事実であります。
 ひとつだけ着実な方法としてあるのは、やはりお近付きの作者様をたくさんつくることです。
 あからさまに加点を依頼するのは軽蔑すべき行為ですが、その作者様の自発的な好意によって加点してもらったり宣伝してもらうこと自体は何ら問題なく、むしろ良好な状態だと思います。
 行き詰ったときというのは、自分で気付かないうちに読み手に一方的に求めてしまっていたりするものです。読み手のせいにしていては、書き手として成長する余地はないのではないでしょうか。
 書き手の真剣な思いが、読み手に伝わらないはずがありません。
 大事なことは思いだけでなく、知恵を絞り創意工夫を凝らし、反省に立って改善していくことです。


 お目通しくださりありがとうございました。
ちょっと、書き忘れました。
では私自身がどうなのかといえば、私は「読み手どーん!」な作品を書いてしまう人間です。お恥ずかしい。
まあ、そういう反省もあって、こうした考察を述べさせていただきました。
今の連載だけは何とかしなければいけないので、終わらせてからきちんと読み手に配慮した作品を考えて書いてみたいと思っております。

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ