1-9
夕日が暮れて来たので野宿することになったのだが、アカザにレジャー経験などない。
なので狩りで生計を立てているトゥルーの世話になりっぱなしであった。
アカザは火を起こすのに【ファイアボルト】を使うと火が起きるどころか、火力が高すぎて薪が炭化して仕方なく、トゥルーは手慣れた動きで木屑を刃物で作り出し枝を回して摩擦熱で火を起こす。
食料は干し肉と干し飯を貰った。
味があるものの、あんまり美味しくない。保存食なので当然である。
寝床ぐらい自分で作ろうとしたがアカザだが段ボールや毛布の類は持っていない。地面に寝ると体温を奪われ続けるらしく、またゴツゴツとした地面で、柔らかいベッドと毛布、布団に慣れているアカザが寝られる筈がない。
どうすやって寝ればいい!? とアカザが困っていると、トゥルーが【インベントリウィンド】の中に入れて入た毛布を貸してくれた。
「あ、ありがとう」
情けない気持ちでいっぱいであるアカザ。年下の女の子に世話をされるとは思わなかった。それにトゥルーは幼いとはいえ女性である。受けっとた時女性独特の甘酸っぱい匂いがしたような気がして気恥ずかしい。
「でも1人分しかないから一緒に寝ようね」
「……え」
これは流石にイケないのではないのだろうか?
血の繋がっていない女の子と肌を合わせながら寝る。
誰かに知られれば軽蔑の目で見られることだろう。
だけどトゥルーは気にしていない。これはアカザを男として認識していないからなのか。
そんな考えが頭の中をぐるぐると回るが、最終的にトゥルーがアカザの優柔不断にふてくされたので、おずおずと毛布の中に入っていく。
「いや待て。見張りは!?」
「大丈夫だよ。トゥルー耳がいいからモンスターが来れば目が覚めるから」
「え?」
「信じていない?」
トゥルーは確かめてほしそうに、垂れた横に長い耳をピコピコと動かす。エルフの耳は飾りというべきか、種族の違いのグラフィックである。そのような設定があるという訳でもない。
どんだけ耳がいいのだろうか。エルフは全員それ程に耳がいいのだろうかと疑問に思う。
しかし、そんな事を考えるよりもトゥルーは毛布を頭からかぶり出す。
「あ、今キツネさんがこっち見てる」
手を毛布から出し、指が差された方向を見ると確かに光る眼でキツネがこちらを見ていた。しかし、トゥルーは頭から毛布を被っていたので目で見ていた訳ではない。
「ね?」
ちょっと得意げに笑顔を浮かべたトゥルー。
1人用であったのか、毛布は小さくアカザも入ろうと思うとトゥルーと体が密着してしまう。トゥルーが着ている葉っぱを模様した衣装は、かなり生地が薄いらしく服の上からでもほんのりと暖かさが背中に伝わってくる。
もう既に寝てしまったトゥルー。寝息が首の後ろに当たり、軽く唸ったときは歳に似合わず色っぽく思わず興奮してしまう。
そんな中でアカザが寝られる訳がなかった。
そんな緊張の中過ごしていると声を上からかけられる。
「出ろ」
と、いきなり氷点下並に冷たい声を掛けられ首を向けてみると、銀の鬼が居た。
「ひぃ、ごぉ!?」
悲鳴を上げようとしたら、銀の鬼が持っていた両手棍棒によって口を塞がれてしまいくぐもった声を出してしまう。
訂正、エルフ特有の耳が暗闇でよく見えず角に見えた。夜の闇に見えなかったが、よくよく見るとトゥルーが「お師匠さま」と呼んでいたエルフである。
しかし、怒気が体からにじみ出ており、美しくあっても怖い。
ここまで接近されても、耳が良いと自負するトゥルーが起きないということは、アカザにしか分からないように声を掛けているのだろう。こんな状況でトゥルーを起こしたらどうなることか。
「貴様、さっさとこっちに来い」
声を押し殺しながら有無を言わさぬ雰囲気を纏いながら言うため、トゥルーを起こさないように毛布から抜け出す。
トゥルーの耳が聞こえない範囲まで来たのか、お師匠さまが言葉を発する。
「……(よくも、私の弟子の隣をっ」
「え」
なにやらお師匠エルフから途轍もない怒気が放たれる。トゥルーが関係しているらしいが、突然のことでよく分からないアカザ。
「なんでもない。それよりも貴様、なぜ止めない」
「え、えっと……トゥルーが、その、ち、力不足っていうことか?」
「そうだ」
失礼にあたるかと思って別の言葉で濁そうと思ったが、思いつかなかったためおずおずと言う。意外にも弟子を低評価されても怒らない。
「分かっているのならば、なぜ貴様は動向を許している?」
「い、いや、付いてくるなって言いはしたけど、まぁ熱意に押し切られて……」
「……今回のことで恩義がある私が言うのもなんだが、幼子に押し切られる小心者など初めて見るぞ」
今にも腰が引けてかけているアカザにため息をつくエルフ。
「【レッドワイバーン】を瞬時に倒した光景は水晶越しに魔法で見ていたが、歴戦の魔導士という印象はなかった。むしろ駆け出し魔法使いの方が納得できる」
「あ、それは、俺が研究ばかりしていた、引きこもりなだけで、だからその」
「不安なので私が影から同行することにした」
アカザの言葉を聞かず、結論だけ言うお師匠エルフ。もっとも会話を続けられていれば、矛盾が生じたか、話すことが辛くなっていたと思う。
付け足すように「それと」と怒気と殺気を含みながらアカザに忠告する。
「今後、あのようにトゥルーの気遣いにふしだらな感情を抱いた場合は死んでもらう」
「いや、毛布もなく地面に寝て凍死しろと!?」
「心配するな。変わりは用意した」
そう言って【インベントリウィンド】から取り出したのか、突如として出て来た毛布を1枚手に持つ。エルフ師匠はそれを突き出し、使えと言うのだろうが。
「……いや、あんたのはどうするの?」
「エルフは木の上で寝られる」
何やら痩せ我慢の気がしたが、触れるとまた怒気が溢れ出そうなので黙って毛布を借りてトゥルーの所に帰ろうとしたアカザ。だが肩を師匠エルフにがっちり掴まれる。
「ここで寝ろ」
「え、いや」
「寝ろ」
「はい」
ここでトゥルーの隣で寝ると言えば、確実に戦闘開始になりそうだったので否が応でもここで寝るしかなかった。
翌朝。
慣れない地面の固さで寝たためにアカザの体はあちらこちらが悲鳴を上げている。
「あれ? アカザさん。自分の毛布持ってたの?」
「まぁ、トゥルーのおしっ!?」
首筋にナイフでも刺されたような痛みを感じ、振り返ってみると碧眼の眼力がアカザを殺さぬばかりに貫いている。
なぜと思った後、影から同行すると言っていたから監視という意味なのだろうか? それだと姿を現れたのが不思議でならない。
「いや、まぁ、なんだ。【農場】の【倉庫】に入れておいた物を取ってきただけだ。うん」
少し疑いながらも納得したのか、毛布を畳み【カバン】を取り出したトゥルー。そのカバンを開け、毛布を入れ、指で操作してカバンもどこかへ消えて行ってしまった。
「え、今どうやってカバンを取り出したの!?」
「【インベントリウィンド】から【カバン】を【開く】出して入れただけだけど、アカザさんでも知らないことがあるんだね」
前にキャベツを貰った時、どこにしまえばいいか分からなかったが、カバンを【インベントリウィンド】から取り出せばいいのかと納得。
【インベントリウィンド】はパソコンのフォルダーみたいになっている。
アイテムをファイル。カバンはフォルダー。
そのカバンにも容量があり、クエストによって容量を上げたり、購入やイベント、課金によってカバンを追加できる。ただし、同じ種類のカバンは2つ所持することはできない。
(あれ? でも取り出すときはカバンが必要なくて、インベントリウィンドの装備変更って普通にできたよな?)
ゲームの時には、カバンの【開く】はフォルダーを開け何が入っているかの確認であり、【閉じる】はウィンドを閉じて画面を圧縮しないためのものである。
アカザはその作業が面倒だったので、【インベントリウィンド】を表示する時はカバンの全てを開いている状態にして、すぐに【インベントリウィンド】を閉じることで画面を見やすくしていた。
12個あるカバンの内、【マイバッグ】を指でクリックして【開く】を選択。
すると、トゥルーの背ほどもある大きなカバンの口が開いた状態で【マイバッグ】が地面に落ち、その中に毛布を入れる。
ただ、少し気になってカバンの中を覗いてみると、ただ黒いだけの空間が広がっていた。
「……」
「アカザさん。【閉じる】を押さないと」
「……はい」
様々な疑問を置き去りにしながらとりあえず朝食を済ませ、ペットの【ブルたん】を呼び出し、北東に走る。
ちなみにエルフ特有の種族スキル魔法【ハイド】を使っているのか、お師匠エルフは見えず、【スニークムーブ】も併用しているのか音もしない。
ただ、【索敵】を使うと地図上に白い△《三角》の表示が見え、追従しているのでこちらの足が速すぎるということはないらしい。
恐らくアカザのようにペットを出したか、【調教】をして野良のモンスターを従がわせ、背に乗って移動しているのだろう。ペットが消えるのと同時に、他のペットに切り替え移動しているため、ペットではないと思うが。
走っている途中、ゲーム時代にはなかった村や集落を見た。
幾ら、設定が地球サイズになっているとはいえ、そのままゲームに反映させてしまうとサーバーが情報量の多さにゲームの動作に重くなってしまう。
そのため、一定の大きさのフィールドでプレイヤーは遊ぶ訳だが、フィールドとフィールドの境の風景はアカザには未体験であり新鮮であった。
ただし、【レッドワイバーン】の襲撃によって殆どが廃墟となっていたが。
「……ひどい」
トゥルーが悲痛なつぶやきを思わず言う。
火球や爪、牙によって家に大穴が開き、畑が荒らされ壊滅的である。
これでは生活は困難になり、修繕費もかなり掛かるだろう。住人はどこかへ避難したのか人っ子一人見つからない。
ゆく先々、寂れた村が殆どで、【レッドワイバーン】の爪痕がない村はなかった。
「……なんでこんなことになってるんだろうな」
廃墟などはあまり気にはならないはずだった。人が余りいないことから静かで、誰からも見捨てられたということに少し共感があった。
だが、この廃墟は無理やり壊され、殺された家なのだと思うアカザ。
故に少し胸が苦しかったからか、思わず呟いてしまった。
朝から一定の速度で走り続けたため、ムツの【竜飛山】のふもとぐらいに午後3時ぐらいに到着。
【ブルたん】の呼び出しを解除して、ゴツゴツとした岩場に足を付ける。もうこの辺も【レッドワイバーン】の生息域であるため何時戦闘になってもおかしくない。戦闘になったら、一々呼び出しを解除する暇はない。
【飛竜】を呼び出し、空中戦をやっていた記憶があるがゲームての話であり、現実になった今はもし、【飛竜】の生命力がなくなって白い粉となって消えてしまえば落下してしまう。
【サンダーバード】のようなでき事はもう御免であるアカザ。
気が滅入るが足で山を登り、【レッドワイバーン】を地上に引き下し戦うことにした。
「あれ? そう言えばここまで【レッドワイバーン】に遭遇することがなかったな?」
「アカザさんに警戒しているんだと思う。ほら、見た目に油断したって言うやつだよ」
褒めているのか、貶しているのか判断し辛い。恐らくは悪意がなく言ったことなのだろうが、余計に悲しい気持ちになるアカザ。
「……引きこもってるなら、こっちから行かないとダメって事か」
中腹から山頂辺りを蠢いている赤い雲は全て【レッドワイバーン】だろう。アレを倒しつくさなければならないのかと、重くなった足を動かし、ゴツゴツとした地面を歩き出す。
「えっと、トゥルーは弓を使うんだよな?」
「うん。それと接近戦もお師匠さまから教えてもらった!」
「メインは?」
「メイン?」
「あー。どっちをよく使うとか、得意なスキルとか、使いたいスキルはどっちなんだ?」
「それは弓だよ! 狩りとかでも使うから」
「じゃ、後衛を頼む」
「後衛って?」
「え。あ、まぁ、背中は任せた」
「任せて! 一緒に倒そうね!」
会話が思うように続かず、これから戦闘というには間の抜けた会話をしながら山を登っていく。
そして、中腹ぐらいに来た時。【索敵】によって地図上にモンスターを現す赤い△が幾つも表示されているが、空には何も見えない。
恐らく、岩や洞窟に隠れて寝ているのだろう。
地上に引きずり下す手間がなくなり、さっさと広範囲攻撃で片付けようとするアカザ。
「広範囲攻撃の魔法で何体か纏めて倒すから、撃ち漏らしとかを相手にしてくれ」
「うん、頑張ってね」
トゥルーが手を振り、エルフ師匠が物陰からじっとこちらを見ている視線を受けながらその場から【ジャンプ】する。
岩が連なり、高低の激しい崖を【ジャンプ】を連続使用して駆け上がり、【レッドワイバーン】が密集している広場まで行く。
そして、その場に付いた時、その光景にアカザは目が開き震えだす。
口の中が乾く。
嫌な汗が背中から出て服を濡らす。
呆然として足が動かなくなる。
【レッドワイバーン】の多さに驚きそうなったのではない。
確かに赤い雲を作り出すほどに大量の【レッドワイバーン】が【竜飛山】の上を飛びわまっている。だが、プレイヤーなら狩りつくすべき対象であるだけで、それほど脅威かと言われると戦力的にはあまり気にはならない。実際に生身で戦う恐怖はあるが。
草が炭素化して焼き野原が作られている? 余り気にならない。トゥルーは悲しそうな顔をしていたが、アカザは自然破壊なんて地球で日常的に起きているものだから、あまり関心がない。地球が滅びるのなら、自分が生きているときはやめてくれといった感じである。
ではなぜ驚いているか、いや戦慄しているのか。
【レッドワイバーン】が【レッドワイバーン】を捕食していた。
周りの岩に暴れたようにヒビが入っており、そこに大量の血を垂れ流しながら足の爪で押さえつけられている【レッドワイバーン】。その周りを取り囲み、牙を倒れている同族に突き立て肉を喰らう【レッドワイバーン】たち。
要するに共食い。
食料の少なさから、空腹を満たすための行動なのだろうがあまりに常識を逸脱していた。
ぐちゃぐちゃ、ぽきぽきといった咀嚼音が耳の奥まで聞こえ、辺り一面血の匂いが充満していた。遠くから【レッドワイバーン】の痛々しい声が聞こえて来る。
その血の匂いに、音に、光景にアカザは吐き気が出てくる。
しかしなぜ黒い霧、魔素となって消失しないのか。
腹を満たすために肉を喰らうのは当然だが、殺してしまったら肉ではなく魔素となってしまう。
答えは簡単。【レッドワイバーン】たちは死なないように手加減して【レッドワイバーン】に噛り付いていたのだ。
それは余りに、気持ち悪かった。
アカザは家庭科の時間、魚を捌いたことがある。生臭く、ぶにぶににした内蔵、溢れる赤い血。
他の生徒はそんな事を気持ち悪いと忌避していた。生臭いから進んでやりたくないことというのは分かる。だが、気持ち悪いとは自然と思わなかった。それでは自分たちは、いつも気持ち悪い物を食べていることになってしまう。
だが、生きている相手に噛り付いて喰うと言うのがアカザには信じられず、経験も、想像もできず、気持ち悪かった。
生臭いとかではない。
悲痛に吠える同族を、躊躇なくその咢で同族に噛みつき貪る姿が怖い。
皿で牛肉や豚肉が泣け叫んでいるのなら、誰も食べようとは思わない。そうでなくとも、生きたままで牛や豚を解体する映像を見せられたら、食欲が落ちる。
それを自然の摂理と納得しているのか、むしろ寄って集って取り囲み唾む他の【レッドワイバーン】が気持ち悪かった。
いじめではない。
誰だって自分が大切なのだから、生きるためには必死になる。
だからと言って受け止めることができなかった。
生理的に無理というのはこういうことなのだろう。
生々しく、吐き気がする。
そして、呆然としていたアカザに気づき襲い掛かってくる【レッドワイバーン】。
「「「ギュルァアアアア!」」」
一斉に咆哮を上げた【レッドワイバーン】は飢餓感から口を開き、血が混り滴る唾液をまき散らしながらこちらに向かって来る。
圧倒されてしまうアカザは恐慌状態に陥り、近づきたくない一心で【クロノスの鎌】を装備し、魔法を我武者羅に発射する。
「ら【ライトニングストレート】! 【サンダーグロウ】!」
直線状に雷撃が迸り、瞬時に【レッドワイバーン】を感電、高電力によって炭化させ、ボロボロ崩れるように魔素となる。
そして、射程外の【レッドワイバーン】を【サンダーブロウ】によって、前方に扇形に広がっていく雷撃の波が【レッドワイバーン】を飲み込み魔素へと変えていく。
だが、中には【サンダーグロウ】を耐える【レッドワイバーン】が突撃してくる。確率的に最後の攻撃で【生命力】が1残るアビリティ【戦闘継続】持ちだったのか、死に物狂いで特攻を仕掛けて来る。
「た【タイダルウェイブ】!」
津波でも起きたかのような大量の水が、【レッドワイバーン】を飲み込み、岩場を洗い流す。
水属性の広範囲攻撃を数を減らした所に、死にかけの【レッドワイバーン】を確実に倒すために使ってしまう。
これは明らかなプレイイングミスであり、火属性の【レッドワイバーン】に水属性が有効で、たった1匹を倒すにしてはかなり大掛かりである。
また、広範囲攻撃は消費マナも多いため、1匹だけに使うのはもったいない。
だが、死に物狂いの特攻を仕掛ける目が、何が何でも生き残ろうと命懸けの意思がアカザを強張らせる。恐怖心を与える。
「あああああああ!!」
もうスキルの名前など言っていない。怯え、叫び、我武者羅に【クロノスの鎌】を振るう。【レッドワイバーン】を追い払いたい一心でできる限り強力な魔法スキルを思い浮かび、連発する。
多弾の水玉が、【レッドワイバーン】を蜂の巣にする。
突如出現した嵐が飲み込み、ずたずたに引き裂く。
鎌の先端から落ちる雷撃が相手を感電死させる。
氷の槍が投射され、貫通していく。
SF映画に出て来るようなビームの閃光が包み、溶かす。
黒の霧が発生し、意思があるように目標に辿り着き悶え苦しみながら絶命する。
他にも頭に思い付く魔法を使い、【レッドワイバーン】を絶命させ、黒いモヤへと変換していく。
固定砲台となったアカザではあるが、数は減らせども減らせども、一向に終わりが見えない。
そして、凄まじ速度で【マナ】を消費していく。
それを継続していると、風邪を引いたようにぼんやりとしてしまい、魔法の嵐が止まってしまう。
「あ、れっ」
よろめき、ふら付いた所を狙い殺到する【レッドワイバーン】。
何体もが咢から吐き出した火球がアカザに当たり、吹き飛ばされ崖から落ち、岩に何度も体をぶつけながら転がり落ちてしまう。
ダイナマイトが連鎖的に爆発したような火球の群れが、落ちるアカザに向かって放たれ岩にぶつかり、破砕され石が降り注いでくる。
「がっ!」
落下している途中、岩の角に頭をぶつける。
そこでようやく落下が終わり、ふらふらと立ち上がるアカザ。
(……何やってるんだろ)
思考がぼんやりとしてしまい、向かって来る【レッドワイバーン】を虚ろなまま見上げるアカザ。
鈍痛と熱、思考の低下がアカザの動きを鈍らせる。
「アカザさん。早くそこから逃げて! 【レッドワイバーン】が!」
トゥルーが何か言っているような気がするが耳に入って来ない。だが、【レッドワイバーン】という単語が聞こえ、理解した気になる。
(ああ、ゲームやってたんだ。視点変更でリアルな緊迫感が出るようにしたんだっけ)
現実に【ワイバーン】なんて出てこない。
ならばここはゲームだと思い違いをする。
思考が鈍感になり数日の記憶を思い出すことなく、取りあえず目の前の敵に攻撃を仕掛けなければならないと、頭が思うよりも先に体が動き出す。
キーボードとマウスを操作するように。
まるで画面越しに自分を見るように。
どんなスキルを使うか頭の中で選択して使用する。
【受け身】【サイズシュレッダー】
そのスキルを頭の中で使用すると選択した時、空中で一回転し体勢を整え、鎌を縦に高速回転させる。それが【レッドワイバーン】の顎に当たり、血渋きを上げ、撃ち上げる。
そして、空中で黒いモヤ、魔素に返還され消えていく。
(ほら、やっぱりゲームだ)
頭が鈍化していく。
(第一、俺の筋肉が全くない体で大鎌を振るうことなんてできないだろ)
【フォークロア】で使えるスキルがその証拠で、ゲームを楽しめばいい。
【レッドワイバーン】が火球を放ってくるが、回避スキル【ディールアクション】を使用し、ゴツゴツとした地面を滑るように回避する。
降りて来る【レッドワイバーン】に【ウィーゼルサイス】を使用し真空の刃を付加した【クロノスの鎌】が振り下ろす。
真空の刃が付与された鎌の刃はバターでも斬るかのように、【レッドワイバーン】の胴体を輪切りにする。
何も考えず我武者羅に【魔法】スキルを連続して使ってしまったため、【マナ】を待たなくてはならない。
今のところは回避スキルで凌ぐしかない。
(いや、凌ぐ必要ないじゃん。たかが【レッドワイバーン】に何手こずっているんだ俺は)
ワイバーンというのは竜種の一種であり、竜種は普通のモンスターよりステータスが高く設定されていることが多い。中には知性があり特殊なスキルや厄介極まりないスキルを使用してくる竜種もいる。
しかし、【レッドワイバーン】はアカザが素手で殴っても一撃で倒せる相手である。
故に、アカザは近接で攻撃に転ずる。
【ジャンプ】で空中に躍り出て、【ブレイドガスト】を放つ。
【ソードゲイル】の上位のスキルであり、【クロノスの鎌】から真空の刃が放射状に5つ空へと放たれる。攻撃範囲に居た複数の【レッドワイバーン】の体が真空の刃で纏めて切断される。
だが、空中は彼らの土壇場である。アカザにも飛行スキルや空中戦を補助するスキルはあるが生まれた時から翼があり、日常的に使っている彼らほどうまく飛べる訳ではない。
しかし、アカザも考えなしに空中に跳び出た訳ではない。
【インパクトローリング】
口を開け、怒りの咆哮を叫ぶ。これには敵愾心を高める効果と、怒りの声によって萎縮させ一瞬敵の動きを止める効果がある。
そうして相手が硬直したところをスキルで攻撃し倒す。セオリー通りの攻撃である。
【サイクロンスパイラル】
スキル群【戦闘】の攻撃技であり何重にも回転しながら突き進み、自身を中心に攻撃範囲を永続的に継続させる攻撃。
そして、高速回転によって生み出される風力によって、空中でも移動することができる。
独楽のように突き進み、【レッドワイバーン】を薙ぎ払っていく。
そして、モーションが終了してしまい落下が始まる。
落下中の身動きを取り辛い所を狙い、着地点を火球や接近し爪や牙で全方位で攻撃してくる。残り少ない【マナ】で【エアハック】によって足場を作り出し、落下を阻止して回避する。
しかし、【マナ】を消費したことからか、また頭がボーとしてくる。
(風邪でも引きながらプレイしてたっけ? でもデスぺは回避しないと)
死んでしまうと復活地点は【エチゴ】になってしまう。それで【竜飛山】まで戻ってくるのはメンドクサイ。そして、まだ【マナ】は2割は残っている。
なので、まだ【魔法】スキルが使えると考え【チェーンキャスティング】【サンダーレイン】を連続発動させる。
一瞬にして詠唱が済み、【クロノスの鎌】にジジジジと目覚ましでも鳴るように、けたたましい音が鳴るほどの電流が迸る。
そして、群れの中心部に居る1体を決めてスキルを放つ。
【クロノスの鎌】から先程の電流が枝分かれし、1体の周囲の敵に伝導され硬直する。それは十体程度では終わらず、1体に当たれば次の一体にと移動していき、空中に電撃でできた蜘蛛の巣を張る。だがダメージが低く、これでは動きを止めただけで、決定打にはならない。
本命はこれから。
雨雲もないのに周囲の【創波】から強力な雷撃が作られ、レッドワイバーンの頭上から先程の電流に誘導されるように、触れたら即死の雷撃が【レッドワイバーン】たちに降り注ぐ。
10回も。
大半の【レッドワイバーン】は1撃で灰となり、アビリティ【戦闘継続】を持っていても2撃目で【生命力】がなくなり、雷撃から逃れることはできない。
そして、余った余剰の先程の【レッドワイバーン】の数8回分の雷撃は行き場を失い、周囲に縦横無尽に解き放たれる。
それは攻撃範囲内以外の【レッドワイバーン】を飛び火し、飲み込む。
最早、電気を通り越し、災害になっている。
そして、粗方【レッドワイバーン】を殲滅し終えた。
これから【マナヒーリング】で回復して撃ち漏らしを片付けなければならないのだが、思考が熱中症でも引き起こしたかのように思うように考えることもできず。倒れてしまう。
霞む視界の中でトゥルーが弓で上に矢を放っている姿が見えたが、声を出すこともできずその場に倒れ、まぶたを閉じて気絶した。