1-8
【レッドワイバーン】を追い払ったアカザは緊張が解けたのか、腰を抜かして地面に座り込んでしまう。そして、体を震わす。
先程の光景はモンスターパニック映画に勝り、アカザに恐怖を与えた。
木が焦げた匂い、木が燃えている熱気などスクリーン越しでは感じられない。精々鳥肌が立ち、叫び声を出すくらいだろう。
しかし、今回のでき事は原始的な恐怖を感じた。【レッドワイバーン】の血走った目と、こちらを喰らいつくさんと顎を開けた時に見えた鋭利な牙。
だが、恐怖と同時に心が躍った。
自分があの凶悪なモンスターを倒したのだ、という高揚感と愉悦感はアカザの体を駆け巡り、硬直した体を震わせる。
しかし、いつまでもそんな気分に浸ってはいられなかった。
「ああ! どうしよう! ねぇ、助けて!」
先ほど弓矢で攻撃していたエルフの少女が声を掛けて来る。
振り返ると、未だに燃えている木々がそれほど大切なのか涙目になって懇願してくるエルフ少女。
「火を消すのを手伝って! 何でもするから!」
(何でもといったな!? お触りしてもいいんだな!?)
即座に火を消した後の下種な報酬に期待して、即座に行動に移し始めたアカザ。
【インベントリウィンド】の装備欄の【クロノスの鎌】を【錬成陣《水》】という手袋に変更しスキルを使う。
「【レインフェスティバル】!」
いつの間にか握られていた【水の結晶】を空に投げた瞬間、途中で結晶が割れ雨雲が発生し、雨が降る。
ただし土砂降りで。
「うぉ!?」
「きゃ!?」
想定外の水量にアカザとエルフの少女は、重く大量にのしかかってくる水量に驚く。
ゲームのエフェクトでは黒雲が出て来て、雷響が鳴り響きモンスターが居ると落雷が落ちて多少のダメージが当たる。その黒雲の下では水属性や雷属性の攻撃力が上がり、モンスターの発見速度が遅くなったりする。
だが、ゲームエフェクトでは一定範囲にパラパラと雨も降るだけで、がこんなには降らなかった。
アカザの【レインフェスティバル】のランクは最高値の100。恐らく、ランクが上がることで効果や範囲が変化するように、ゲームエフェクトでは変化がなかったのが突然に数値通り変化し、土砂降りと表現されたのだろうとアカザは推測した。
おかげで火種は消え、アカザたちはずぶ濡れになった。
そして、エルフの少女が着ている服は薄く、透けてきている。
「ありがとう! あなたいい人!」
しかし、濡れることは何とも思っていないようであり、むしろ歓喜極まって抱き付いてきた。
「うぉを!?」
アカザは恋愛などしたこともなければ、女性とのハグの経験などない。
緊張してしまい赤面になり、がちがちに固まってしまった。
報酬を言うことなどできない。
「ア、イヤ、トウゼンノ、のことですよの、ことです。ハイ」
かなりてんばって口調までおかしくなる始末で、それだけしか言えなかった。だが脳内では―――。
(ふぉぉおお!? スケスケじゃねぇか! なのに抱き付いてきて見えないとか! でも肌に感じる仄かな暖かさ! 雨降って体が冷たいから、暖かさを感じやすい! マジ【レインフェスティバル】GJ! 夏場なら合法でブラまで見えるんじゃねぇの!? ぐふぇふふぇへへ。)
アカザの下種な想像をしている脳内を、エルフの少女が見たらどう思うのだろうか。
「私、トゥルー。えっと、さっきはありがとうね魔法使いさん」
「え。ああ、うん」
「魔法使いさんの名前は?」
なんというか、先ほどの雰囲気とは一転し笑顔いっぱいにアカザに話しかけて来る。
どうやら彼女はアカザの職業を魔法使いと思っているようだが、【フォークロア】には他のMMORPGのようにクラス職業(冒険者の戦闘に関する役割、戦士や魔法使い)といったような物はあまり関係ない。スキル制なので戦士だろうと魔法を撃てるし、魔法使いだろうと近接攻撃をする。
「あ、アカ、ザ」
たが彼女、トゥルーが言っている魔法使いはこの場には1人しかいない。名前を聞かれたからという訳ではなく、感謝されているのが嬉しくてつい答えようとしたが、たどたどしくしか言えなかった。
「でね、あの竜たち住処に餌が無くなっちゃってきたみたい。繁殖したとか、増えすぎたとかってお師匠様が言ってた」
「はぁ」
【レッドワイバーン】はどうやら獲物を求めて南下してきたらしい。
ゲーム時代ではモンスターが一定のエリアから出ないことは常識である。
だが、現実ならば。
繁殖によって数が増えた動物が生態系を変え、食料が尽きたら食べ物を求めて移動するのはよくあることではないだろうか? 猿や熊が町に降りてくるように。
そんなことを話していると、(と言ってもアカザが聞き手でトゥルーの話に相槌を打っているだけだが)フクロウがこちらに降りて来る。
小さな羽根音にトゥルーが気付き、見上げた時にはもうトゥルーの肩に乗っていた。くちばしにはメモ用紙を咥えており、それをトゥルーに落とすように渡すとさっさと飛んで帰っていってしまった。
フクロウはメモ(ゲーム内のメール機能)を送ると肩に止まり、連絡があったことを知らせてくれる。他にもクエストの報酬を箱に入れて、プレイヤーの頭上から落として来たりしていた。
この世界でも若干の修正はあるものの、仕様は変わらないらしい。
トゥルーはそのメモを見ていると、少し困惑顔で言葉を掛けて来る。
「えっと、アカザさん。なんか族長様が来てほしいんだって」
なぜ族長がアカザに合いたいのか分からなかったが、アカザも何か情報を得られるのではないかと期待して行くことにした。
トゥルーに案内され、付いて行くと集落が見えて来た。
木々にツリーハウスが幾つもあり、行き来できるように橋が何本も張り廻らわされており、鳥の巣のような印象を与える。
周りより一際大きい樹が集落の中心部にあり、中が空洞となっているらしく、そこにお偉いさんの部屋や儀式の祭壇上があるらしい。
そこに族長が住んでいるらしく、そこまでトゥルーに案内されていく。
しかしそんなアカザたちを、上から見つめる村の住人たちのエルフの目はどこかしら険しい。
その様子に少し感じ悪く思いながら進むアカザ。
(そもそもこんな所に村なんてあったか? オブジェの実体化の影響で行けない所に行けるようになったとしても、画像で森が広がるだけだったような気がするし)
幾ら【フォークロア】の世界が現実に反映されるとしても、ゲームの死角となる部分。風景やフェールド以外の所はアカザは確認しようがないが、エルフの発祥地は現実のアラスカ辺りのベーリング海峡ではなかったか? と疑問に思った。
大樹の中に入ると淡い光が所々灯されていた。魔法石であり、一種の発光源となっている。これはダンジョンや洞窟などにありで、高価な物だと武装やアイテムの素材になったりする。
絢爛豪華という感じではないが、物柔らかな星空といった光景を思い浮かべた。
基本的に木製で作られているようで、金属類は最低限。使っていたとしても普通の鉄ではなく、アダマンダイトやミスリルなどの魔法金属と呼ばれる高価な物であった。
階段を上がっていくと、最上階に来たのか大きな扉の前に門番のように立っている人物が居た。それまでスッテプを踏むようにして上っていたトゥルーが、その人物に駆け寄っていく。
「お師匠さま!」
トゥルーが「お師匠さま」と言った女性もエルフだが、トゥルーと色違いの葉っぱを模様した服を着ており、マントを着ている。
碧眼の目つきは鋭く、長い銀の髪は腰まで下ろされ神秘的な印象を与える。トゥルーのように耳が垂れておらず、笹の葉のように鋭く伸びている。
長身であり腰や腕、脚も細くスレンダーな体系をしており、外国人のモデルと言われれば信じてしまうルックスをしている。だが、華奢な印象は瞳の鋭さで打ち消され微塵も感じない。
「騒ぐな。客人の前だ、例え人間でもな」
何か含んだ言い方にアカザは思い出す。
人間はエルフとの関係が余り良くない。
技術開発のために鉱山の鉄鋼を掘り起し、銃や火を使い工業を発展させたことから、自然を尊重するエルフは余り好かないらしい。
「一つ質問するがそこの人間。貴様はどの女神を信仰している?」
「えっと、む、無神論者だからどこも信仰してない……」
そんな現在の日本人の無関心の体現のようなことを言うと、お師匠のエルフは嘆息する。
「……女神を見たことないから信じないという愚かな人間と同類か」
アカザにとっては7人の女神はあるスキルを獲得でき、ゲーム内で関わっただけであるためそれ程愛着があるわけではない。無論、敵として対峙した時は強くて手に汗握ったが、信仰という程ではない。
しかし、最後のクエスト内容【終決対戦】ことを彼女たちは知らないらしい。
「あ、アカザさん! まだ信仰していないのならマイア様を信仰しよ!? 世界を作り出してくれた女神さま! えっとね、他にも―――」
トルゥーが必死に女神ティアマトのアピールをして、信仰を勧誘してくるが最終的に世界を消そうとした女神を信仰する気ににはなれない。
長くなると思ったが会話をスキップしたく思って来たアカザ。これがゲームなら会話スキップかクリック連打で、話を聞かずに次に進めるのだが、残念ながら現実になってしまったのでアカザは適当に聞き流すことにした。
女神の信仰。それは設定として覚えている。
この世界に生きる人々の大半は女神たちを信仰している。
これは【フォークロア】の設定で、世界は一度破滅した。といっても前の世界が滅んだだけで、住んでいた人々は女神たちが作り出した世界に移住しただけ。
7の女神達が、別の世界を作り、朝、昼、夜という時間を生み出し、太陽、双月、星を天に輝かせ、海を作り、陸を作り、人々をその世界に転移させ、新たな人種を生み出した。
そして女神たちは、人々が欲や嫉妬、怒りで苦しまないように【創波】で世界を覆った。そこに生きる人たちは【創波】の恩恵を与えられ、全ては1つに繋がっているという解釈である。
【創波】とは簡単に言えば森羅万象のエネルギーであり、様々なことができる力である。
山を作り出し、海を作り出し、命を生み出し、時間さえも思いのままに動かすことができる。
【創波】によって体は構築されており、それが体の消失や傷によることで命を落とすと世界に漂う【創波】に混ざり合い、やがて魂が元の自分を構築していく。
ステータスやスキルに使用する【生命力】、【マナ】、【スタミナ】も性質が違う【創波】である。
それにより寿命で死んでも、魂が昔の自分を再構築するようになる。簡単に言えば輪廻転生で新たな人生が始まるといったもの。
故に死の概念は【フォークロア】から消え去った。
しかし、そこで人々が仲良く平和に暮らしたかと言われたらそうではない。
例え死が廃絶されたとしても、人々から欲が、本能が収まることは無かった。
強さを自慢するために他者を虐げ、自身が快楽を得るために他者に苦痛を与える。
そんな人々の業に女神の一人は呆れ、一人は悲しみ、一人は見捨て、一人は無関心になり、一人は怒り、一人は毛嫌いし、一人は憎んだ。
そして、憎んだ女神は人々に罰を与える。
【創波】でモンスターを作り出し、痛みや恐怖を与えることにした。
その痛みに耐えられなくなった人々は、【創波】の概念を改良し魔物との戦闘に利用した。これが【魔法】であり【スキル】。発動に【マナ】や【スタミナ】が消費されるが、それらも全ての元は【創波】である。
それによってモンスターと戦い、痛みを回避できることもできた。
それからモンスターによって文明や都市が滅びたり、モンスターと戦くための技術が発達したりした。この滅んだ文明が超古代魔法技術であったり、遺跡としてダンジョンになっていたりする。
そこから何年か経った時からゲームスタート、ストーリークエストが開始される。
フレイバーテキストのような世界観の雰囲気を盛り上げる、後付のような物であまり真剣に信仰する気になれないアカザ。ただし、ストーリークエストで得られるスキルにはお世話になった。
現実の世界では想像の存在だったが、この世界では実在する可能性が高いのだ。
「まぁ、すごいとは思う。世界作ったりとか、種族生み出したりとか。普通できないし」
「ならばなぜ信仰を示さない。我々は、かの女神たちの恩恵を受けているのだぞ」
(……女神が敵として襲って来るからな)
そう、ゲーム時代では最上級の敵としてプレイヤーたちを苦しめて来たのだ。
この世界では【フォークロア】の影響を受けているのは確実であり、ストーリークエストではプレイヤーを危険視し、策略や倒しに来たのだ。そんな女神が現実に居る可能性が高く、あまり進んで信仰する気にはなれない。
それにアカザは日本の現代人。宗教と聞くだけで厄介そうなことを想像する。
「……宗教対立とか厄介なことになるから入る気は今はない」
「……無駄話になったな。こっちだ」
なにか呆れてしまった顔になった銀髪クールエルフ。
大扉ではなく、反対側にある樹の枝が折れたことにより空洞となった所を利用して作られた、テラスの方に案内される。
そこには椅子に座っている男エルフが4人。女性のエルフが3人。
何年生きているのはか知らないが、エルフは長寿であるためアカザよりも歳は取っているだろう。だが、ヨボヨボのお祖父さんといった雰囲気ではなく、背はピンと伸びており皺があるが見た目40歳から50歳にしか見えず、女性エルフでは外見から30歳程度に思えるエルフもいた。
「ようこそ、とは言えん」
人間とエルフの種族関係から、次に来る言葉は「早々に森から立ち去れ」だと思っていたアカザだが、だとするとなぜここまで足を運ばせたのかよく分からない。
「ワイバーンどもを蹴散らしたことについては感謝している。そこでそなたには無断でもりに入った罰を帳消しにする代わりに、ワイバーンを倒してきてほしい」
かなり上から見下した物言いをするエルフにアカザは腹が立ったが、恐らくこれはクエストなのだろう。例えば【レッドワイバーン】が再び沸くまでに全滅させると、報酬のアイテムが手に入るといった具合に。
「……はいはい、分かりましたよ」
ここは癇癪を我慢し、取りあえずクエストを受けることにした。
なにせアカザはゲーマーである。【趣味はゲームです】と言えば他人の視線は冷ややかな者が多い。
それに誰もやったことが無いクエストというだけでやりがいはある。それをやらないなどゲームを楽しんでいるとは言えない。
受けない理由が相手が、傲慢でこちらを毛嫌いしているからといっても理由にはならないのだ。
「やっぱりアカザさん、一緒に頑張ろうね!」
「それはいいけど案内役?」
あの時嫌なエルフから言われた事は、【レッドワイバーン】の殲滅と案内役としてトゥルーが同行するということであった。
クエストにも種類があり、討伐、護衛、採取などあり、NPCと共闘することもある。このクエストもそう言った一種なのだろう。
「大丈夫! だいたい北に行けば良いって!」
「うん。案内人として駄目じゃね?」
村の外れにトゥルーの家があるらしく、矢の補充にそこに立ち寄りたいらしい。そこまで一緒に歩いて行くと一軒の小屋が見えて来た。
今にも強風で倒れそうなほどに小さくてボロい小屋。屋根に苔が生えており、板はきっちり揃っておらず、酷い物で隙間風の隙間ではなくなっている。
不動産がこんな物件を売っているのならだれも買おうとしないだろう。何せ住めそうにないのだから。
「えっと。お客さまにはお茶を出さないと」
「……いや、さっさと矢を補充しろよ」
アカザの言葉を無視して、矢が置いてある壁際ではなく。幾つかの柱と板が壊れていたのを自分で修理したのか、アンバランスな棚に向かうトゥルー。そこに食料が入っているらしいが、ずいぶんと質素な物であった。
そこから瓶に詰めていない茶葉を取り出し、コップに入れ、桶から水を掬う。
「はい! どうぞ!」
「……どうも」
アカザに手渡されたコップ。
どう考えてもお茶ではないような気がしたアカザ。
現代人からすればお茶と言う物はパックなり、薬缶なりでろ過して飲むものである。
コップの中に浮かぶ葉っぱも飲めと言うらしい。これなら水を出された方が、まだよかった。
取りあえず啜るように飲んでみる。
浮かぶ茶葉で飲みづらさはあったが、紅茶のような香りと味がした。
(……あれ? 味付き水じゃないのか?)
あの後、他の料理も食べてみたが【料理スキル】で作った物は各ステータスの向上によて味が変わる程度で、飲み物類も水に調味料を溶かしたような味であった。
しかし、これは違った。風味が落ち、味も濃くはないが紅茶である。
(普通に作れば問題ないんだ)
今までアカザは自分で【調理】スキルを使用して、食べ物を作っていたが世界では他にも作成方法があるらしい。
つまり、スキルを上げていなくても普通に作れば、作り方次第で味が出て来る。
だがそれは。
(メンドクサイな。インスタント麺とかこの世界にないだろうし。炭酸飲料もないんじゃないのか?)
現代人の舌は昔と比べて肥えている。
洋食、和食、中華の専門店があっても今日はどこに食べに行こうかと迷う。車で行けない距離に住んでいる人は殆どいないだろう。だが、この世界に車なんていう便利な物はない。地域ごとに名物があるとしたらそう気軽に隣町に行こうとは思わない。なにせモンスターも徘徊しているのだから。
(ま、別に腹が膨れりゃそれでいいか)
その辺の問題を丸投げし、お茶を啜るアカザは茶葉も飲んでしまい顔をしかめた。
アカザが考え込んでいる間に、テキパキと弓の弦を調節し、矢筒に矢を補充していく。
「なぁ、一人でいいから、村に」
「うん! 村を守らなくちゃ!」
どう考えてもトゥルーは力不足だ。通常の【レッドワイバーン】の狩りならうまく立ち回り倒してしまうだろう。恐らく戦い方に関してはゴリ押しで戦ったアカザよりも上手いかもしれない。
しかし、ここはゲームの法則も取り込まれておりステータスの影響、スキルの力が働いている。相手が弱ければ、ゴリ押しでもなんとかなってしまうのだ。
そして、今回は数が多い。複数での戦いはかなり難しい。今まで上からキャラクターを見下ろしいた視点がプレイヤーと同じになったのだ。後からの不意打ちの可能性はゲーム時代よりも多くなったはず。【索敵】でモンスターが【地図】上に表示されるが、それだって恐慌状態になったら見ている暇などない。
さらに言えばゲームではパーティプレイで広範囲攻撃をして、範囲内のモンスターのみにダメージを与える物だった。しかし、現実でそんな事をすれば攻撃範囲内のパーティメンバーを誤射する可能性だってある。
元気溌剌の少女に面と向かって足手まといとは言えず、ズルズルと村を出るアカザたち。
とは言え慣れない山道を歩くのは、アカザにとって少し疲れるものであった。額に汗をかき手で拭う。それにうっとおしさを感じたアカザは手取り速く行こうとする。
「……あのさ、ペットに乗るから、ちょっと待ってくれ」
「ぺっと?」
「あー。馬だよ」
【ペットウィンドウ】から【スレイプニール】を呼び出そうとして止めた。
【スレイプニール】はオレンジ色の毛並みを持つ8本足の馬で、地上での機動力はかなり速い。軽く現実のバイクくらいは速度が出ると思われる。だが、そんな速度で森の中を駆け抜ければ、木々に激突することは確実。
【スレイプニール】を呼び出すのは諦め。その下の課金で購入した【ブルトン】の【ふっくらブルたん】を選択し、呼び出す。
課金で手に入れたペットには名前を付け無ければならず、自身のプレイヤーキャラクターよりも適当な名前にした。
目の前に白い粉が降り注ぎ、そこから茶色の体格の馬が居た。顎が短く、胴体は太くなっており、足が太く白い毛が膝から蹄まで生えている。馬力がありそうで、実際荷馬車の馬として選択できる。
その巨体から騎乗する時2人まで乗ることができる。これに乗って森を抜けようと提案したのだが。
「根が盛り上がっていたり、木が生えてるからそんなに速く走れないよ」
とのこと。
ゲームなら多少の段差など無視して、オブジェにぶつかろうがダメージにはならなかったが、森の中で馬を疾走したらそういう訳にはいかない。
というわけで、【ふっくらブルたん】は走ることはせず、二人を乗せてパカパカとゆっくり歩いていく。
「ねぇ! アカザさんってどのくらい凄い魔法使いなの?」
「えっと、い、家に引きこもって、その実戦は数えるほどしかないから」
「博士とか実験者みないな? でも、なんで外に出てきたの?」
「……まぁ、いろいろあってさ」
嘘をついているわけではないが、本当のことを言う気にはなれない。
誰がここはゲームの世界の影響を受けているから、世界最高クラスの能力を持っていると誰が信じるだろうか。
それ以外にもトゥルーは好奇心旺盛のようで「どこから来たの?」「他にどんな魔法がつかれるの?」と聞いてくる。
正直、トゥルーの質問に億劫になりつつあったアカザは適当にはぐらかして答えていた。
そうしているといつの間にか森を抜け、草原や丘が見える。
そして遠くには【レッドワイバーン】の生息地である、ムツの山【竜飛山】が見えた。