1-5
「何の音だい!?」
騒ぎを聞きつけ姉御、他数名の従業員と思われる人たちがアカザたちの元まで駆けつけて来る。
倒れている遊女と痛みで呻いているクゥカ。
そんな所に無傷で立っているアカザ。
「何が起きたのか教えてもらおうか?」
その様子を見てアカザが何かしら危害を加えたのだろうと思ったのか、アカザの首元に刀の刃先を向ける姉御。
黙っているアカザに不愉快になった姉御は鋭い目つきで睨みつける。
今すぐに刀をアカザの首元に突き刺しそうな一触即発の雰囲気の中でも、動かないアカザ。アカザにとって致命傷にならないことは分かりきっているので、先程のように恐怖はないが無関心になってしまう。
今はそれよりも、先程のでき事の方がアカザにとってショックだった。
「あ、姉御。そいつじゃねぇんだ」
ふら付きながらも立ち上がるクゥカが、アカザを弁流する。
「クゥカ。本当なのかい?」
「ああ、そいつじゃなくてヤマブキの取った客が暴れたんだ」
姉御は部屋を見渡し、客がいないことに気付いたのか、クゥカの言葉に納得したのか刀を収める。
「わ、悪かったね。気が動転していたよ」
「……もういいから、早く寝かせて」
素っ気なく言い放ったアカザは無気力状態で、姉御は疲れているのだろうと推し測った。
「あそこの部屋が空いているからそこで寝てくれ。布団は敷いているから」
「……どうも」
アカザは一刻も早く寝たいというより、ここから離れたいだけであった。
騒ぎがある場所から一刻も早く離れて、今起きたことを忘れたい。
その思いだけで胸がいっぱいだった。
姉御が指差した部屋に入り、敷かれた布団に潜りこむ。
その布団の中で丸くなり、悶々とする。
(ここは【フォークロア】なんだろ。Z指定の内容なんてないだろうが!)
アカザは【フォークロア】の全てのクエストの内容、NPCのセリフを完璧に覚えているわけではない。エリアもオブジェだった所はどのような店があるかなど分からない。
(ゲームだろ! 俺の知っている【フォークロア】だろ!?)
そのようなことを頭の中で繰り返す。
ここはゲームの世界で、自分はゲームの中に居るんだと決めかかる。
だが、あの殴られた女性の顔。暴力を振う大男。
それらが楽しかったゲーム印象を壊していく。
ゲームなら緊張感があっても怖いとは思わなかった。ゲームなら酷いとは思わなかった。
例えば幾らキャラクターの設定が重く、陰湿とした過去であっても所詮は作り物。現実に起きたことではない。
だが、ゲーム内のNPCにとっては間違いなく現実。
そして、今更ながらに理解する。
NPCは自発的に喋ったりなどしない。アカザが声を掛けない限り、振り返ることも、止まることも、目を合わせることもしないのだ。
クゥカ。姉御。商品店のおばさん。
それ以外にも沢山の言葉が飛び交い、彼らは行動している。
ゲームであるなら、プレイヤー以外が発言などできないはずなのだ。あくまでNPCは設定されたAIによって特定の行動パターンを繰り返すだけに過ぎない。
そして、特定のパターンがなくなったこの世界は、アカザの知っている【フォークロア】ではない。
見知らぬ世界に放り込まれたよりも、もっと質が悪い。
なにせアカザは愛着があった見知った世界に入った訳ではなく、好きだった物の裏側に隠された物を見せられ、騙された感覚を味わったのだ。
朝の日差しがアカザの泊まった部屋に差し込むが、アカザは起き上がる様子を見せない。
目は覚ましたが、天井が見慣れた自分の部屋の物ではないことに起きる気をなくす。
(寝ればログアウトするってこともないんだな。ログアウトしたところで―――)
と、そこまで思って嫌な気持ちになる。
そして、起きて何すればいいのかと考え、何もしなくてもいいことに気づく。
お金はある。泊まるだけで5万キャッシュを払うとしても、一生分はこの遊郭に泊まることができる。料理も調理すれば質素な味だが食べていける。
大真面目にやることを探すのも阿保らしい。
元の世界ではニートであり、お金を稼がなければならないから就職活動をしていただけに過ぎない。
働かなくてもいいのなら、働かない。それが人間だ。
(そっか、働かなくていいんだ)
そう思うと、ログアウトできない状況もありがたく思う。両親も自分のような失敗作に手を掛けなくてもいいと清々するだろう。
アカザが二度寝を開始しようと布団にもぐりこんだ時、障子がいきなり開かれる。
「何時まで寝てるんだ! もうとっくにお帰りの時間だよ!」
と、クゥカの怒鳴り声が部屋に響き渡る。
「……」
だが、アカザは何事もないかのように布団から動く気配はない。
「無視すんな、ごぉらぁああ!」
「うぉ!?」
二度寝を決めこんだアカザに強制執行をするクゥカ。
布団ごとひっくり返しアカザを振り落される。畳に頭をぶつけてしまったため、アカザは呻いてしまう。
「さっさと起きてこっち来るんだ」
そう言いながらクゥカはアカザの首後を掴み、猫のように持ち上げて強制的に立たせれた。
そのまま、廊下に連れ出され、牽引される。
「ちょ、自分で、あ、歩く」
「どうせ、外に出るだけだろうが。こっちこい」
連れていかれたのは遊郭に設備された従業員用の食堂らしく、畳とちゃぶ台、座布団が幾つもあり、囲炉裏もあった。
火は焚かれていないが、姉御ともう一人の女性が座布団を敷いて座っていた。
「やっと来たか。何時まで待たせるんだい?」
姉御は柱に付けられた古時計を指さす。針は9時45分を示していた。
アカザにとっては休日でなくとも寝ているような時間だが、働いている人たちにとっては遅刻している時間なのだろう。
「えっと、宿泊時間は何時まででしたっけ?」
「8時だよ。追加料金払わせたいところだね」
「あ、追加料金は幾らですか?」
「……払わなくていいよ」
呆れたようにため息まじり言う姉御。金で解決しようとした辺りを厭きられたのだろうか?
「あの、昨日は悪漢を追い払っていただきありがとうございます」
姉御の隣にいた女性。昨日ヤマブキと呼ばれていた女性が畳に頭の額をつける程に、深く頭を下げて来る。
「あ、えっと」
アカザは褒められる、謝辞されたりをされたことが余りないため、赤面しつつ後頭部が痒くなった。どう何を言えばいいか迷ってしまう。
「ど、どうも」
そうとしか言えなかった。
こういう時、多少なりとも人との会話を練習しておけばよかったと後悔した。
遊郭【常春】から出たアカザは、これからどうしようかと考え始める。
(こういう時、漫画らなら元の世界に帰るのが定番だけど……)
アカザには元の世界に帰る気がない。
帰ったところでまた就職活動をして、やりたくもない仕事をしなければならない。
この世界はゲームではなく、ゲームによく似た現実だとは頭では分かっているものの、ゲームのシステムや法則はちゃんとアカザに引き継がれている。
ならばわざわざ辛い現実に戻るよりも、こっちのゲームの世界で楽しんで暮らした方がずっといい。
(……この世界を楽しむってのもありか)
この世界を遊びつくそうと考えるのは、ゲーマーのやり込み意識に近いのかもしれない。
アカザなどのゲーム廃人は、ステージクリアーしても飽き足らず、縛りプレイ(何かしらの制限を掛けゲームをプレイする)やタイムアタック(いかに素早く目的を達成するか)をし始める。
なにせ自分のアバターの力を使えるのは昨日の【農場】で確認済みだ。そう考えると楽しみで仕方がない。
ともあれアカザはダンジョンに行こうか、クエストを進行しようか迷いった。
クエスト。
ゲームならばそれはモンスターを倒してほしい討伐系であったり、何々を作ってこいという生産系であったり種類は様々になる。
【フォークロア】ではクエストの受諾は大きく3つに分けられNPCに話しかけて発生するクエストと、集会場で発生するクエスがある。
もう1つはストーリークエスト。総合戦闘力が1000になった時に、フクロウが手紙を運んで来るとこから進行できる。進行によって特殊なスキルの習得もできる物もある。
だが、ストーリークエストは進行ができないとアカザは思った。理由は最後のアップデートで配信されたクエスト。
クエスト名は【終決対戦】。
悪の者たちが【フォークロア】の世界に蘇って、世界征服を阻止するために倒すといった内容であり、各ステータスが9999999なんて当たり前に強化された過去のボスたちとの戦闘といった、ゲームバランスがおかしくなるような戦いであった。しかも、ボスラッシュ。
だが、アカザもレイドパーティに参加し【デッドエンド・ドラゴン】、【虚無の王】、【ディザスター・フェニックス】、【悪鬼神】、そして【女神】たちを倒した。
どれも生半可なプレイヤーなら一撃死しかねないモンスターたちを倒した後、世界が救われたといった内容。できの悪いありがちなストーリー展開であった。
それ以降のエピローグもないことから、多分ゲームとしての【フォークロア】のストーリーは終わった。もし今後ストーリークエストがあるとしたら、この世界で新たにストーリークエストが作られるしかない。だが、そんなものどうやって見つけろというのか。
もし、ストーリークエストと関係があるなら世界を救ったゲームプレイヤー。アカザの名前が世界に知れ渡っていてもいいだろう。
(もしかして、顔が現実になっているからか?)
そうなると、名前しか伝わってない可能性がある。そんな状況でストーリークエストが来るということはないだろう。それはゲームキャラのアカザを探しているのであって、ゲームプレイヤーではない。
NPCに話しかけて受けるクエストは、NPC、人が自由に動き回ることになったことで、クエストを探さなければならない。そんな面倒なことはアカザはしたくない。
消去法として集会場に行くしかないわけであり、アカザは【地図】を呼び出し集会場に向かった。
集会場は【エチゴ】で地図の右上に存在している。
神社の参道のように階段があり、木材でできた赤灯篭が連なっているが今は灯っていない。それでも周りに生える青々と茂る木々が清涼を与えるだろう。
アカザにはそんな感性はあまり持たなかったが。
なにせ、100段は優にありそうな階段である。幾ら【スタミナ】が多いと言っても長い階段を見れば疲れそうだな、面倒だなと思ってうんざりする。
(ゲームならペット呼び出して駆け抜けることもできるんだろうけど)
一度は考えた方法だがすぐに駄目だと理解した。
(NPCがゲーム時代より多すぎ……いや、もう人なのか)
例えば通勤している人、露店を出している人、散歩をする人、馬車(かなり速度を落としている)を引く人。そんな中を猛スピードで駆け抜けていけば衝突してしまう。ここには信号機なんて物はない。
それでも現実のゲームで体力が落ちまくったプレイヤーなら登り切っただけで、息が上がってしまう階段を汗一つ掻かず上るのはステータスの恩恵なのだろう。
登り上がった所に見える集会場。
まるで神社の圏内のように御神木や鳥居がある。
どうやら本殿が集会場らしく鎧や武器を装備した人物たちが中に入ったり、外に出て来たりする。
アカザもそれに倣い、本殿に入っていく。
全員が靴を履いたまま入っていくが、床は木造ではなく現実の神社では有り得ない大理石を敷いている。
ただし、柱や壁は木造で、長いカウンターと広いホール、クエストと思われるチラシを張り付けてあるボード。藁縄が飾り付けられていたり、花器、盆栽が飾れている。
休憩所の店売や椅子、冒険で使う消耗品などを取り扱っている道具屋もあり、まさにこれからクエストに行く最終準備は済みましたかといった雰囲気であった。
ゲーム時代と同じ配置ではあったが、実際に来ると線香を焚いた匂いや上質な木材を使っているのがアカザの素人にも分かる。
そんな華々しい雰囲気のカウンターに向かうアカザ。
カウンターには5人くらいの巫女服を着た受付嬢が居た。
それぞれ髪形が違い、後ろの黒髪を一結びにし下している巫女。ストレートの黒髪を腰まで伸ばしている巫女。おさげを二つ結びにした巫女。三つ編みした昔の委員長みたいな髪形をした巫女。長いボニーテールにしている巫女。
それぞれの巫女は扱うクエストの内容が違う。モンスターの討伐、捕獲、アイテムの採取、生産、配送、ダンジョン攻略、探索、護衛、イベントなどさまざま。
取りあえず基本的な討伐クエストを扱っている、後ろの黒髪を一結びにし下している巫女、スミカに行くアカザ。
「あの、冒険者さんでしょうか?」
黒髪を一結びにし下している巫女のにっこりと微笑み掛ける姿は、流石は洗礼された営業スマイルであった。
それでも戸惑ってしまうアカザ。これが好意がないことに分かりきっているのだが、どうしても人と顔を合わせるのに慣れない。
「え。はい、あの、今あるクエストって何がありますか?」
何とか口を動かしアカザが聞いたとき、他のパーティと思われる人物たちがテーブルから野次を飛ばしてくる。
「オイオイ! 何だこの新人! こんな服でクエスト受けるのかよ!」
「よわちぃな、おい! キツネにも負けるんじゃねぇの?」
「まさかその格好でドラゴンを倒しに行くとか言うんじゃねぇよな?」
何か彼らにはウケたのかガハハと笑う。
そんな野次をアカザは無視し、受付嬢も話を進めていく。
「今緊急で取り扱っているのは、ムツに現れた【レッドワイバーン】の討伐があります。他にも通常クエストを発注していますが、えっと【ランク証】はお持ちですか。初めての方ならギルドに無料登録できます」
【ランク証】とはプレイヤーの冒険者としての階級を現すような物で、一種の運転免許証みたいなものである。それによって受けられるクエストに制限がある。
これはクエストを達成することによって【ランク証】の階級が上がっていく。
そこでアカザは考えなしに【インベントリウィンド】の【専用】と別枠に保存されるアイテム蘭から【ランク証】を取り出し、受付嬢に見せた。
「え?」
【ランク証】を見せた時、受付嬢の顔色が真っ青になった。
それもそうだろう。何せアカザのステータスと【ランク証】の階級、称号の侍マスター。【ランク証】に書かれている情報が、どれもこれもアカザに似合わないと言った風に疑いの目で見る。
(……【ランク証】の偽造……? でも他人の【ランク証】を奪ってもステータスまで偽造はできないはず……)
と、スミカは考え込んでしまう。
確かにどう見ても、何度見ても、誰が見ても、アカザが歴戦の冒険者などと思う人物はいないだろう。
ここでアカザはスミカが自分の廃人具合に引かれているのだろうと思った。しかし、半分当たりで半分外れ。
スミカの心情は信じられないという思いでいっぱいだった。
アカザの認識ではステータスの9000代や全スキル群の称号マスターは普通にやっていれば取れないが、その代でなくともステータスが総合戦闘力1000や称号のマスターは初心者を抜けられたと思う認識である。
だが、それはゲームでの話。
死んで生き返ったとしても、攻略法が分からなければスキル取得やモンスターを倒せず成長が止ってしまう。だが、アカザはネットの【フォークロア】の攻略ページも見ながらスキルなどを上げていた。
情報の共有化によってモンスターの有効攻撃、死亡や失敗のリスクの軽減によってのレアアイテムの獲得。スキルの習得、スキルのランクアップの効率が速い。
だが、この世界ではどうなっているか。
(……この人はどこかから流れて来た勇者なの?)
ステータスの数値の膨大さに驚いて思考が纏まらなくなってきたスミカ。
ここには攻略サイトなど見れはしない。掲示板サイトすらないだろう。
なにせパソコンやインターネットと言った概念すらない。
それ以外にも、この世界ではスキルやステータスでかなりのアドバンテージを持てる。だが、そのスキルはお金を稼いだり、生きていくための技術である。それを沢山の他人が自分と同じスキルを持っていたらどうなるか。
アドバンテージがなくなり、仕事が来なくなってしまう事もある。そのため、攻略やスキル教えるとしても色々な経費が必要になるだろう。
アカザの場合は所詮はゲームなため、自慢話になり、他人を助けたという愉悦感にも浸れる。そして、自分のアドバンテージがなくなることはない。
なにせゲームなので習得しておいた方が有利、頼られる所までは同じだが、生活が掛かっているわけではない。一部のプレイヤーは生活を掛けもする。
なので、アカザのステータスを持つような存在はレイドボスかGM、【英雄】と言った種類のNPCぐらいしかいないのだ。
もう一つの可能性は【渡り人】。
最初は全く力がないものの、モンスターとの戦闘により強くなっていく存在。幾ら倒されようと不屈の精神で挑み続ける者たち。
だが、渡り人は総じて美形である。
その理由として、キャラクター作成時の容姿。
最近のMMORPGは殆どの縛りがなくなって、自由にプレイヤーがキャラクターの顔を作れるいるものの、【フォークロア】は10年以上前からシステム自体変わっていない。
【フォークロア】の場合、運営が顔のパーツを複数用意し、顔のパーツの選択肢からプレイヤーが選び顔や体格を作り上げていた。なので、総じて美形のパーツが多い。誰だって仮想でブサイクな顔を選びはしないだろう。
アカザというキャラクターも本来は目は鳶色であり、髪も灰色で健康的な肌色。中肉中背で力強さを感じる瞳であり、どこかの少年漫画に居そうな15歳の少年キャラであった。
だが、どうしてか現実プレイヤーの黒目に黒髪、冴えない顔に濁ったように白い肌。猫背でひょろりとした体格に、焦点の合わない瞳。そして、生気ややる気が感じられない青年になっていた。
【渡り人】は総じて美形が多いという認識を持つ彼女は、目の前の男性が本当に【渡り人】なのか困惑してしまう。
「……あの、クエスト【レッドワイバーン】の討伐なんですけど」
「え!? あ、すいません! 受諾しました!」
突然アカザが発言したので、てんぱって思わず受諾書に判子を押したスミカ。
「「「はぁああああああ!?」」」
その様子を見ていた野次を飛ばしていた人物らも騒ぎ出す。
「どういうこった! 何時からここはガキのお使いクラスまで落ちた!?」
「なんでこんなガキが高ランクのクエストを受けられる!?」
彼らにしてみれば日ごろの努力を、無残にもアカザが消したような物だろう。
その原因のアカザはさっさとクエストを達成しようと、集会場を去ろうとした。
「おい、てめぇ! シカトしてるんじゃねぇ!」
野次馬を無視して歩くアカザに向かって、一人の男がアカザの肩を掴みかかる。
「……なに?」
いきなり肩を掴まれビクッと体を震わせ、あまり関わり合いたくないが声から察するにこのまま無視しても、追いかけて来るだろう。仕方なくアカザは振り向いた。
「てめぇ! 新人の癖に一人前にそんなクエスト受けてるんじゃねぇ!」
「は?」
「てめぇはキツネ狩りでもしてろ! てめぇのような肩掴まれただけで怯える情けないクズはそれで十分だって言ってんだよ!」
「……うざ」
言いたい放題で唾すら飛ばしてきた目の前の人物に、もう嫌悪感MAXのアカザは思わず呟いた。
アカザにもゲーム廃人としてつぎ込んできた【フォークロア】である。ここがゲームではなく現実だとしても、自分のやってきたことは無駄ではなかったのだ。
確かにゲームの強さなど現実では何の意味もない。
学校の成績が良くなるわけでも、体力が増えるわけでもない。むしろ落ちる方が多い。
だが、それでもアカザには価値のあるものなのだ。心が震え、手に汗握る緊張感。
(それを楽しんで何が悪い?)
しかし、ここはゲームの世界に近い所なのだ。
その楽しさを他人に否定されて良い気がしないアカザ。
「てめぇ!」
アカザの呟きに堪忍袋が切れたのか男が顔を殴りつけて来る。
余りにも遅すぎる拳にアカザは余裕で躱す。
そして、暴力を振るわれたという正当な理由ができたため、アカザは吹っ切れて反撃する。
「一回は一回だ」
男と同じように顔を殴りつける。
まるで独楽のように回り跳び、壁に叩き付けられた後【生命力】がなくなったのか白い灰となって、数秒後にその灰も何処かへと消えていった男。
自分の力を再確認して、アカザは思わず口を吊り上げる。
雑魚を圧倒的な力で蹂躙する感覚がゾクゾクと背中を駆け上がった。
「……何か文句ある?」
ニヤリと笑っているアカザは野次を飛ばしていた男たちの方に視線を向けた。目が会った男たちは、アカザの不気味さに悲鳴を上げながら逃げ去っていく。
「ちょっと! 待ちなさい!」
アカザも集会場から出て行こうとしたら、突然呼び止められてしまう。
振り返ると、カウンターに居たストレートの黒髪を腰まで伸ばしている巫女が、アカザに怒りを灯した瞳で睨みつけて来る。
今起こったでき事に躊躇なくアカザを叱りつける、キキョウと名付けられた受付嬢。
「あなた、自分が何したか分かってるの!?」
恐らく、アカザが攻撃して男を死亡させたことに怒っているのは分かるが、アカザは理不尽な目にあったのはこっちだ、と彼女が怒る理由がまっかく分からなかった。
「……だったらあのままサンドバックみたいに殴り続けられろって?」
「手加減くらいしなさいよ! 死ぬとどうなるか分からないわけじゃないでしょ!?」
アカザに言わされば、何を今更である。
故に分かりきっている事を言うように、それを確認してくる人物に鬱陶しく思いながら言う。
「入口に送られてステータス減少のペナルティくらうだけだろ。それが何?」
そんな事を言った瞬間、集会場の空気が凍った。
アカザにとっては当たり前で、ゲームの仕様だから疑問を抱く余地もない。
この世界において死がどのような意味を持つのかアカザはまだ知らない。
そのことに我慢ならないと言った風に、キキョウは声を張り上げる。
「あんた、一回死になさいよ!」
そう言い放った後、元のカウンターに機嫌が悪く戻っていくキキョウ。
アカザは何にそんなに怒っているのか全く分からずに集会場を出た。