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廃人ゲーマー<ゲームでも異世界です。  作者: 中二ばっか
1章 終わりゆく世界にログイン
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1-4

 昼間は点灯していなかった提灯や廊下に置かれた行灯が、淡い橙色で周りを照らす。っと言っても誰が居るか分かる程度で、襖の奥で何がされているかは夜目がよほど利かないと見えそうにない。


 だが、何かいかがわしい行為をしていることが、本能で分かる。

 そういう淫猥な雰囲気が充満していた。


「あーあー。暇だ」

 夜の遊郭【常春】の廊下をぶらぶらと歩いているうちに、玄関の窓口まで来てしまったクゥカ。


「ちょっと、やることないんなら掃除くらいしな」

「えー」

 今日は客を取れなかったクゥカが暇を余して店番をしている姉御に小言を言われている。今の時間は客が選んだ遊女が部屋でくぐもった声を出している最中なのだ。


 そんな所を掃除する気はクゥカにはない。恥ずかしいというよりは、気まずい。

「いや、何かの間違いで事情を見たら客も気まずい雰囲気になっちゃうだろ? だからこうやって定める時間を逃した運のない男のために待っているわけだよ」

「単に掃除がめんどくさいだけだろうに」

 姉御の言葉通りなのだが、ギクリとも気にせず番台に座り足をぶらぶらと動かし始めるクゥカ。


 その傍若無人な振る舞いが客の足を引かせているのではないかと思うが、むしろ男と言うのは彼女を天真爛漫な性格と思っているらしい。そのため、姉御は言うの辞めた。


 そんな所に1人の男が訪ねて来た。

「すいません。ここに止まることはできますか」

 先程まで【農場】でスキル検証を終えたアカザである。


 日が暮れて我に返ったアカザはまず、昼間に見た宿屋まで行った。

 隣の酒場の喧騒がうるさい中で寝るのは一苦労だろうと思っていたが、それ以前の問題であった。


 宿屋の扉を開けた瞬間に酒臭さと、タバコのように煙臭い嫌な匂いが漂って来る。

 壁や床はボロボロであり、少し体重を乗せただけで軋む床。布団は見ただけでべっとりとしており、いつ洗ったのかと思わされるような物である。現代人のアカザにとって眠れるような所ではなかった。


 故に他の宿を探すもののそう簡単には見つからない。

 【フォークロア】には宿屋なんてものは実装されていない。まずキャラクターが休憩する目的は【生命力】や【スタミナ】を回復することであって、プレイヤーが体調や疲れを休憩し回復するのならば、ログアウトしてゲームを終了すればいいだけの話。


 普通のRPGならば宿屋にセーブポイントが存在するゲームもあるが、MMORPGでは逐次サーバーにデータが記録されているため必要ない。


 ならば【農場】で寝ればいいだけの話かもしれないが、野晒しで現代人が寝られる訳がなく、睡眠をとるのならば布団が欲しい。そこで少なくとも布団がある場所を考え、遊郭「常春」まで戻って来た訳である。


「坊や、ここがどういうとこか知っていてそんな事言うのかい?」

「い、や、その……でも他に場所思いつかなくて、だけどお金ならあるんで、どうにかなりませんか?」

「5万キャッシュ」

「え」

 ハトが豆鉄砲でもくらったような顔をするアカザ。


 それは余りに法外な金額ではないだろうか? とアカザが思うのも無理はない。現代人の感覚からすれば、5万円でラブホテルに彼女も連れ込まず寝るだけである。彼女を連れ込んだわけでもないのに、5万円を出さなければならないとは金銭感覚がおかしくなりそうであった。


 しかし、元がゲームであり現実なら宿屋など取らずログアウトして終わりだった。そして価格が分からないためこれが妥当な金額なのだろうとも思うアカザ。

 ゲームなら課金の際、現実の1000円が100万キャッシュ以上の価値となる。これは現実でお金を稼ぐよりも、ゲームの方がお金を稼ぎやすいためである。課金アイテムをゲーム内のお金で買おうとすると、桁がとんでもないことになる。


 どちらにしろ腹に背は変えられない。

 【インベントリウィンド】から【ファーニルの財布】を使用とボタンを押してアカザの手に握られた財布から、どれだけ取り出すと言う項目がまた出て来る。下に備えられた数字の列から50000と打ち込むと、【ファーニルの財布】から5枚の四角い硬貨が出て来た。

 一万円札ではなく、基本的にお金の実体は硬貨のようだ。


「おっと」

 と出て来た硬貨をキャッチしたのは姉御ではなく、クゥカであった。

「姉御。この坊やの相手は私がするから私のチップでいい?」

「はぁ、勝手にしな」

「え、ちょ」

 即座にクゥカに手を引かれずるずると薄暗い廊下を引きずられるアカザ。


「あの、泊まるだけでいいんですけど!」

「初心すぎるって。童貞なんてさっさと捨ててしまうに限るもんだよ」

 アカザは童貞であり、かつ引きこもりである。

 まぁ、そう言った方面に興味がないわけではなく映像は見て来た。


 が、性欲の発散と言うだけであり別にアカザは彼女が欲しいわけではない。ましてや経験するのはアカザにとっては非日常であり、どうしたらいいものか分からないものである。

 ゲームによく似た異世界に来たという方が、よっぽど非日常であることにはアカザの頭はオーバーヒート寸前なので理解していなかった。


 そんな訳でアカザは頭の思考が回らず、凄まじいステータス補正も発動することができずクゥカに引きずられていく。

 そんな時、障子がいきなり蹴り飛ばされてアカザにぶつかりよろめく。

「あだっ!?」

「なんだい!?」


 二人が障子が飛んできた方向に目を向け――、る前に飛んできた障子の重さが気になったアカザ。見てみると、その障子と一緒に口から血が混じった泡を吹いて、半裸で顔に真新しい痣を付けた女性が居た。


 それを見た途端、全身が氷漬けになったかと思うほどの鳥肌を立てるアカザ。

 対照的に瞳に怒りを燃やすクゥカは部屋の人物に向ける。


 薄暗くても僅かに灯された灯りから、シルエットで大男であることが分かる。2メートルは優に超え、筋肉質な体を持っている。鼻の穴が大きく、熱い唇と合わさってゴリラが人間になったらこうなるような気がした。


「なんだてめぇら」

「あんた、その子に何したんだい」

「ああ、ちぃと面白い薬手に入れたんでな試しただけだよ」

 そう言って男が指で摘まみ、ふらふらと揺らす小瓶。


 それを見たアカザの頭の中には【ポーション】と言う単語が浮かぶ。【ポーション(薬品)】の前に【ライフ(生命)】【マナ(魔力)】【スタミナ(気力)】と付いて、それに応じた一定時間の回復すると言う代物だった。


 だがなんでそのような物を使っているのか、アカザはなぜ痣を付けたのか理解できない。いや理解したくない。

 何かのイベントと割り切りたいが、とてもじゃないが楽しそうなイベントには思えなかった。


「やっぱ、女を殴るのは気持ちいいぜぇ。くぐもった表情も、嗚咽も可愛げがあって興奮するんだ。あんちゃんもそう思うだろ? でだ、お前の買った遊女と交換してくれよ。この女、5発も殴ったら白目向いて気絶しちまってよ。貧弱なのがいけねぇや。そっちの嬢ちゃんなら10発はいい音が出るような頑丈な獣人だろ?」


 そんなことを言いながら、犬歯を剥き出しにして笑う男。目には何か、嘔吐しそうにアカザの胃が、内臓がぐちゃぐちゃになった気持ち悪さを感じる。

「いいよ。ただし役割交代でね!」

 そう言って駆け出すクゥカ。


 身体的にクゥカが2メートルもある大男に無手で戦いを挑むなど、自殺行為に近い。だが、ここはステータスの補正がある世界だ。

「【クイックフィスト】!」

 クゥカの拳が大男の腹に当たり、女性とは思えないほどの重い破裂音を部屋に響かせる。

「【乱撃】!」

 スキルを連続して放つクゥカ。スキルが発動した瞬間、クゥカの拳が5回殴りつける。ゲームのスキルの概要には【連続して攻撃し相手のバランスを崩す】といった内容なのに、打撃音が凄まじい。


 スキル群【格闘】。

 【クイックフィスト】【乱撃】は【格闘】のスキル群であり、3回のスキル連続発動によるコンボで相手に反撃の暇を与えず、叩き潰すといったことができる。また、武装を装備していなくても使える。


 しかし、コンボには順序があり初手、弐手、奥手と言った順番がある。

 1段階上のスキルはその手前のスキルを発動した直後にしか発動しない。下や同列のスキルに繋げることも可能だが、奥手を使えば順番は最初に戻り初手からまた始めなければならない。


 だが、相手に反撃の暇を与えず、次々と繰り出される拳に相手は沈黙してしまう。


 そして、性質上1対1のスキル群である。コンボ中に他のモンスターから攻撃を受けるとコンボが中断してしまう。また軽快な動きを要求されるため、重い鎧は装備できない。

 【スタンバイタイム】【クールタイム】も短いため、連続して発動しがちでスタミナ消費も激しい。


「【バラージラッシュ】!」

 そして、奥手【バラージラッシュ】が発動しクゥカの両手の拳が無数に別れ、一瞬にして打撃が大男に叩き込まれる。

 正直、今のコンボで大男は整形でも戻らない顔にされたのではないかと言うほどに、顔が膨れ上がっているとアカザは思った。


 だが。

「効かねぇなぁ!」

 大男はクゥカが入れた打撃技の跡を一瞬にして回復する。

「【スマッシュ】!」

 自身のコンボが効いていないことに、一瞬戸惑ったクゥカの隙に大男の【戦闘】のスキル、【スマッシュ】を発動し強力な打撃がクゥカの懐に入り吹っ飛ばされる。


 吹っ飛ばされたクゥカが壁に激突し、呻く。

「な、なん……」

「言っただろうが、面白い薬を試したってな」

 そう言って取り出したのは先程とは違う形をした小瓶。先程のポーション(薬品)が円柱だったのに対して、こっちは高級感がある化粧瓶。


 あの形をした瓶は【エリクサー】。

 傷がないことから【生命力】を一定時間、回復速度が跳ね上がらせるタイプの【生命のエリクサー】。

 つまり、一定時間はダメージを与えても【生命のエリクサー】の効果で瞬く間に【生命力】が全回復し、生半可なダメージでは倒せない。


 クゥカのコンボがどれほどの威力を持つのかアカザには分からないが、大男の【生命力】を削り切ることができず、即座に回復したのだろう。


 アカザは目に映る大男に恐怖する。

 【生命のエリクサー】による効果ではない。その持続時間は精々5分そこらだ。

 簡単に暴力を振るえることに恐怖した。


 平和ボケで、対岸の火事と思っていたことが目の前で行われていることに足が震える。

 だが、現代人にとって【平和が普通】であることに変わりはない。そしてその日常から非日常に変わった時、混乱する。

 どうすればいいのか、逃げればいいのか、戦えばいいのか。


 そんなことを考えることすらできず、ただただ体を震えながら立ち尽くすアカザ。

「って訳でだ。にぃちゃん。運が悪かったな」

 大男は呆然とするアカザに攻撃を仕掛ける。ただ単純に目障りだからと言う理由でだろう。スキルも使わず、ただ物を蹴飛ばすような感覚でアカザを殴りつける大男。


 怯えるだけの腰抜けなど、ただ普通に殴るだけで面白いように尻尾巻いて逃げ出すだろう。そう大男が思っても不思議ではない。

 

 ただの暴力に膝を震えさせる冴えない男が、レイドボスを1人で倒す実力を持つ者など誰が予想できようか。


 そして大男の拳はアカザの服に触れた瞬間、砕けた。

「あ?」

 思っていた予想と現実の結果の違いが大男に疑問を抱かせる。

 そして、遅れてやってくる拳の痛覚。


「ぎゃああああ!?」

 卵にヒビが入ったように、指の骨が砕け内出血が皮膚から漏れ出し、拳を自分の血で染めている。

 アカザのステータスdefは9000以上であり、岩を殴っているに等しい。


 スキルのダメージ率上昇や何も装備していない、ましてや油断して気の緩んだ拳を思いっきり叩き付けたのだ。 

 手を痛めてしまうどころか、指の骨が折れてしまう。

 だが、指の骨折も【生命のエリクサー】の効果によって即座に治ってしまう。


「てめぇえええ! ぶっ殺してやる!」

 逆上した大男。

 あまりな自分勝手な言葉に、行動に、アカザも苛立ちが沸々と募って、頭の中がすーと冷めてゆく。そして、拳を固く握る。


「バグはさっさと消えろ」


 目の前で殴りかかってくる大男をアカザは人間と認識しなかった。

 目の前にある()はただ不具合ででたバグキャラ。データだと思って、上手くゲーム進行ができずイライラした感情を八つ当たりする。


 アカザは大男の拳にはもう恐怖は感じない。

(だって攻撃モーションってだけで、HPが少し減るだけだ。痛くもない)

 ゲームをプレイするように、ただ目の前の敵にスキルを発動し、スキルの練度を上げ、ドッロップ(倒して地面に置かれた)したアイテムを回収して楽しむ。


 そんな事、何千、何万、何億と繰り返してきた。

 大男の拳がアカザの顔に当たるが、先ほどのように気を抜いてはいないが手を痛めるだけに終わってしまう。手の痛みにたじろいた時にアカザもスキルを発動する。


「【スマッシュ】」

 腰を落とし、力の貯めた拳を大男の懐に叩き込む。


 瞬間、爆発でもしたように大男が吹っ飛び、壁に激突し、【生命力】が一気に減って0になってしまう。ゲーム上では死亡扱いになってしまうため【生命のエリクサー】の効果も作用せず、後は体が粉になって消えるだけである。


 大男が白い灰になり終えた後、風に吹かれたようにしてなくなっていった。

 【フォークロア】では死んだときには、仲間に【蘇生】してもらうことができない場合こうなる。そして一定時間のステータス減少というペナルティ負って、町の入口で復活ができる。


 恐らく大男もそうなったのだろうが、アカザにはどうでも良かった。

 もしあれに感情があり、復讐してこようが叩きのめすだけであり、それが延々と続くのならば面倒な作業になるかもしれないとは思う。


 だが、アカザが大男を倒して、傷つて思ったのは別のこと。

(……死んでも大丈夫なんだ)

 自分がモンスターと戦って【生命力】が尽きても、ゲームでの死が終わりを意味しないということに対する安心感であった。


 殺人を犯したと言ってもゲームの中でである。

 実際に死んだわけではない。

 死体が目の間に転がったわけでもない。

 そして、相手が仕掛けて来た喧嘩である。

 罪悪感など感じるはずがなかった。

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