1-3
遊郭から出た後は当初の目的地の銀行に行こうか、今日止まる場所の宿に向かを考える。先ほどのように迷わないよう宿に行こうと決める。
(どうせ、飯も食いたいし)
今度は道に迷うことなく酒場に来た。
酒場の隣にあると言っていたが、かなりボロい作りになっている。老朽化した柱に割れ目ができており、瓦には苔が生え始め、壁には蔦や亀裂が入っている。障子は破け、暴れたのか組子の細い枝も折れている。
酒場の方は営業時間ではないので開いていない。だが立て掛けっぱなしの、のれんはボロボロに破れ汚れている。吊るされている居酒屋と描かれた提灯も、刀で斬られていた。
恐らく、隣の酒場で泥酔した客を放り込む場所なのだろうとアカザは思った。
(これが宿……? 金がないことに対する冷やかしなのか……?)
そう思っても真相が分からないので保留にして銀行へと向かうアカザであった。
銀行を見つけて入ってみると、ゲーム時代と同じくカウンターがありその中にゲーム時代から見慣れた顔があった。
NPCの銀行員、タチオ。
スポーツでもやっていたのか短髪の刈り上げた芝生頭と、程よく焼けた肌でどこかのサッカー部員のような人物。程よい肉付でありソフトマッチョみたいな体であった。
頭に被る烏帽子と手に持つ笏、狩狐の衣と袴が平安時代の昔の雰囲気を出している。それにもかかわらず、現代人のスポーツ選手みたいな爽やか青年。ゲーム時代と同じ容姿である。
「こんにちは。入金でしょうか? 出金でしょうか? 預け物でしょうか?」
元気よく声を掛けられ一瞬、ビクッと固まるアカザだが気を取り直して会話をする。ゲーム時代ではキャラをクリックして、預けた者と金額が出る【銀行ウィンドウ】と下にセリフが出て来て来るだけだったのだ。コミュ障のアカザにとって他人に話す、話しかけられると言うのは苦労する物である。なので最低限の会話しない。
「……預けた物と額を確認したいんですけど」
そこで銀行員のタチオは木製の板を出す。それを番台に置くだけでニコニコ笑うだけであった。
(……どうしろって?)
取りあえず出された木製の板を手に取ると、その盤上にゲームの時のような【銀行ウィンドウ】が出て来る。アカザがモニター画面で見ていた表示のように預けた装備、アイテムがそのまま残っていた。
ゲーム時代の操作と同じく、出金のボタンを押して現在持てる最高額が出て来る。【ファーニルの財布】と呼ばれるアイテムは1千万キャッシュ持ってもインベントリにお金が溢れることはない。
アカザは銀行にカンストするまでキャッシュを入れていたが、死んだときのペナルティで多少のお金が落ちるのを防ぐのに銀行に入れたのではない。【財布】が無ければ自動的にインベントリの欄を埋め尽くしてしまうため、キャッシュを銀行に入れていたのだ。
それでも銀行から出し持てる最高額が400万キャッシュ【ファーニルの財布】に入ってしまう所を見ると、どれだけボスラッシュをやっていたのか。
自分の【フォークロア】のやりこみ具合に、自嘲しそうになってしまう。
木製の板をタチオに返し、そこでふと思った。
「あの」
「なんでしょうか」
と返され言葉が出てこなくなってしまう。コミュ障が陥るボフギャラリー不足であった。
「えっと、……これは見えるんですか?」
アカザは手に持った木製の板【銀行ウィンドウ】をタチオに見せる。
「あの、【ウィンドウ】のことを言っているのですか? その人の預けた記録が表示されているはずなのですが、無くなっているのですか?」
「いや、無くなっているとかじゃなくて、自分の【銀行ウィンドウ】は貴方に見えるんですかって」
「……馬鹿にしているんですか?」
途端に不機嫌な表情を見せたタカオ。
「子供でも知っていることですが、【ウィンドウ】は自身にしか見えません。我々の祖先が作った超古代魔法技術だと子供でも知っていることですよ?」
「え、あ、すいません」
どうやら他人に【ステータスウィンドウ】や【装備ウィンドウ】は見えないらしい。そして、超古代魔法技術はゲーム時代の設定としてもあり、生活の補助的な役割を果たす物になっている。
(でも、確か超古代魔法技術って空間転移とか、世界創造とかもできる万能魔法だったよな。それを日常生活でポンポン使えるのか?)
アカザはそのことに不安を感じる。
何らかの操作ミスで、世界崩壊という事態は避けたい。
だが、ゲームの世界。何らかしらのアクシデントが起こらない限り、そう言った事態にはならないだろうと楽観的に考えた。
木製の板をタカオに渡して銀行から出るアカザは今度は食料品に向かう。
今度は中央通りに向かえば難無く発見することができた。
もしこれがゲームと同じならば商品が表示されている【ウィンドウ】の商品をタッチして、金額分のキャッシュが消費されアイテムがインベントリの中に入るのだ。
「ん? 兄ちゃん見かけない顔だね。そんな元気のない顔しないでおいでくれよ。今日はムツからのホタテやイカが手に入ったよ!」
少し太り気味なおばさんがそのようなことを言って、銀行の時のように木製の板を渡してきた。食料品店でもこの木製の板を手に取ると【商品ウィンドウ】が表示され、指でタッチすると【購入する】、【キャンセル】の表示が出される。
アカザはスキルで調理できる素材や料理アイテムを買っていく。
「兄さん、元気ないよ。これでも食べて元気だしなって!」
「え、あ、ありが……とう」
突然渡されるキャベツとニンジンを貰ったアカザは戸惑ってしまう。
NPCから無償で商品を渡されるとは誰も思わない。
また、ゲームでのアイテムは基本的には装備、ドロップして落ちている物以外は【インベントリウィンドウ】で表示され、手に持つことなど不可能だ。
だが、今は手に持った状態で腕で抱えるようにしてキャベツとニンジンがある。これはドロップした物を拾った扱いになるんじゃないかと思ったが、一向に装備を着脱した時のように消えない。
(どうなってるんだ?)
取りあえず調理をしようと道具が揃っている【農場】へと跳ぼうとする。
「【農場移動】」
そう呟くと【大地移動】のように大量の白い粉がアカザを覆い、【エチゴ】の食品屋から転移する。
【フォークロア】ではアカウント(ゲームに参加するための承認)ごとに1つの農場を持つことができる。アップデートによって実装され、生産系のスキルを楽しむものして作られた。
農場イベントもあり、【流し素麺】のイベントで素麺と竹の流し台を作ってミニゲームなどもした。他にもオブジェでクリスマスツリーを飾ったり、花見の桜を飾ったりとできる。
無論、畑で作物を栽培し採取も出きる。
緑色の芝生広場に柵で覆われた場所にアカザは移動する。調理に使う道具以外にも、倉庫が並んでいたり、【鍛冶】で使う火炉や金床、ハシ。【裁縫】で使う糸車、機織り機。【木工】で使うまき割り台や作業机。そう言った生産系の道具を纏めた区画。
他にも乳牛、鶏、羊を購入して設置していたり、ハーブや畑などの採取ポイントを設置していたり、イベントで配布された温泉や桜、鯉のぼり、季節外れのクリスマスツリー、鏡餅などが置かれている。
野球会場のグラウンドくらいはある広さのアカザの【農場】は、様々な物で溢れかえってはいるが、無秩序ではなく種別ごとにまとめている。
アカザがした配置であり、だけど実際に考えると動物などは策を作っておいた方がいいのではないかと思ってしまう。ゲームでは餌を与えずとも牛乳や卵などを採取できたが、こっちではどうなることやら。
(ってことはハーブや畑も手入れをしないといけない?)
そういった経験は小学校での田植えで1回やったことがあるだけで、知識も精々肥料と農薬、後は水まきをするぐらいしか思いつかない。
(止めよう。どうせ手が付けられない)
そう思ったら手に持った野菜を地面に降ろし、調理に使うオブジェが設置されている所に向かう。
そこにある【まな板テーブル】という設置物は上に包丁が置かれており、それを手に持っても何も起こらなかった。
ゲームの時ではカーソルで【まな板テーブル】をクリックすると、調理するために素材を入れる蘭が出て来たはずなのだが、できないことに慌てるアカザ。
今まで【ウィンドウ】に触ることで操作ができていたのに、突然できなくなってしまったのだ。何が違うのだろうと考えても仕方なく、他の方法を考える。
【スキルウィンドウ】と呟き、出て来たアイコンの【生産】をクリックし、【調理】のアイコンを探し出し、クリック。
すると今度は自身の【インベントリウィンド】と【調理ウィンド】が目の前に浮かび上がり、【インベントリウィンドウ】の中にある食料品店で買った素材を入れる。
素材は【パン】【マスタード】【ウィンナー】。
素材を入れ終えた後、調理スタートというボタンを押す。
「うぉ!」
次の瞬間、体が勝手に動き出し【まな板テーブル】に包丁を振り下ろすこと4回。
調理する時のエモーション。それが終わった後【インベントリウィンド】の中が先程の素材を消費して【ホットドッグ】という料理アイテムが作られる。
(あれ、どうやって食べるんだ?)
ゲームでは【使用する】とボタンを押せば食べられ、料理アイテムに応じたステータスの一時上昇があった。
同じように【インベントリウィンド】の【ホットドッグ】を、指でタッチすると【使用する】、【捨てる】というボタンが目の前に出て来る。
【捨てる】は地面に落として【インベントリウィンドウ】の容量を確保するときに使うので【使用する】にボタンを押す。すると、手にいきなり【ホットドッグ】が現れ慌てて落としそうになる。
何とか地面に落とさずに、恐る恐る口の中に入れる。
「……辛っ、まずっ」
まず、ぐにゃとした感覚が噛み切った歯に伝わる。
そして、舌が感じた味は辛い。そうとしか表現できない。
パンのふわふわとした感覚もウィンナーのパリッとした食感もない。まるでお菓子のグミでも食べている感覚でぶにぶにした食感。
しかもマスタードの酸味がある辛さではなく、唐辛子を入れたかのような舌に刺激を与えるような辛さであった。
すぐに口の中の辛さを流すために【オレンジジュース】を飲んでみるものの、現実のオレンジジュースとは違い砂糖水のような味である。ちょっとした酸味も柑橘類の匂いもない。
口の中の辛さは何とかなったが、炭酸の抜けたサイダーでも飲んでいるようで不味いという印象は拭えない。
他の料理、【釜土】や【オーブン】を使い【ポテトフライ】や【リンゴパイ】も調理し作ってみるが、【ポテトフライ】は塩辛いだけで、【リンゴパイ】は甘いだけ。ポテトの香ばし味も、リンゴの風味もない。
食感はグミに近くなるので【リンゴパイ】が一番食べやすかった。
(でも、味は違うんだよな。ステータスの上昇が関係しているのか?)
【ホットドッグ】はSTRが上がる。
【ポテトフライ】はMNDが上がる。
【オレンジジュース】と【リンゴパイ】はIUKが上がる。
アカザはそれぞれのステータスの上昇によって味が決まるのだろうと仮定した。それにこれはこれで美味しかった。
(でも、こればっかっていうのは嫌だな)
【インベントリウィンド】のメイン武装の欄に刀【膝丸《薄緑》】を装備する。
スキルの多さから【フォークロア】では武装の交換ができる。これは様々なスキルを使うために切り替え、コンボや戦況に応じた戦い方をするためでもある。
敵が多く出現した時は、手袋を装備し【錬金術】の【フリージング・プレーズ】で周りの敵を氷漬けにして行動不能にする、手裏剣を装備し【忍者】の【煙玉】で目視し辛くして、相手が戸惑っている間に杖に持ち替え広範囲攻撃の魔法を詠唱して殲滅する、と言ったコンボもある。
メイン武装は手に持ち、サブ武装は腰に付け、サード武装は背中に背負う。
そのメイン装備に【膝丸《薄緑》】を装備した途端、手に突如として現れる。
80センチほどの刀。刀身は薄く緑に反射しており、刃紋は高さも幅も違う波がある。鍔が円状ではなく、十字。持ち手は赤い布が巻かれていて、外見はモニター越しに見て気に入った形そのものだった。
性能が高く、片手持ちの刀に分類される装備。
(やっぱテレポートとか、四次元ポケットみたいな感じなのか?)
そんなことを思いながら、目の前の【巻藁】に意識を向ける。
「【疾風一閃】」
アカザがスキル群【侍】の【疾風一閃】と発言した時、5メートル離れていた【巻藁】に瞬時に移動し、手に持った刀の間合いに入った瞬間【膝丸《薄緑》】が煌めき、目の止まらぬ速さで【巻藁】を切断する。各種の【ウィンドウ】が声で出せることから、音声入力の要領でスキルを発動できるのではないかと考えたところ、まるで体が動作を覚えているように、動き出す。
だが【巻藁】はコンボの練習を考えるために構築されたオブジェであり、破壊不可能。スキルのランクアップはできないが、スキルの発動感覚やコンボの試行錯誤に使われていた物であった。
本来破壊不可能のオブジェが破壊できたことに驚くアカザ。
「どうしよう……?」
途方に暮れていたが、別に【巻藁】を使わずとも発動できるスキルを使えばいいだけではないかと思い始めた。
「【ソードゲイル】」
今度も体が勝手に動き【膝丸《薄緑》】を横に構え、振る。横薙ぎをしたと同時に刀身から、透明な刃が出て突風が芝生を煽る。
【侍】のスキルではなく【戦闘】の初歩スキル。
たいしたダメージにはならないが、魔法の詠唱、弓の構えを挫くことができる。が、射程は短く、距離を離した分だけ威力も落ちてしまう。
「【疾風一閃】」
再びスキルを音声認識によって発動さようとするが、今度は発動しなかった。
理由は【クールタイム】。
【フォークロア】では使用したスキルは発動するまでにかかる詠唱や構えの【スタンバイタイム】。プレイヤーの任意でスキルの攻撃力や効力を上げる【チャージタイム】。一定時間使用不可能になる【クールタイム】がある。
【疾風一閃】の【スタンバイタイム】はなく、【チャージタイム】もない。
しかし、【クールタイム】がある。
【疾風一閃】に限らず【侍】のスキルは【クールタイム】が長い。
しかし【スタンバイタイム】【チャージタイム】が無い分、次々違うスキルを連発し、パッシブスキル【蓮華】によって攻撃力を向上していき、最終的に大火力を叩き出す。
そういった特性のあるスキル群であった。
その特性を確かめるように次々と他の使えるスキルも試し始める。
今使えるスキルを試していくと時間を忘れていく。
何せゲームでは間接的な爽快感が、今は自身の体が使えるようになったためかなり楽しかった。当初のスキルの確認と言う目的を忘れてしまいそうになるほどに。
「やべぇ。超楽しい!」
一通り使えるスキルを試した時にはもう日が暮れ始めていた。
ゲームの時も相手のステータスを見ることなどできなかったが、これがゲームと現実がごっちゃになったような感覚がある。
装備の着脱、インベントリのアイテムの使用。
スキルの使用。
【スタンバイタイム】【チャージタイム】【クールタイム】といったゲーム的縛り。
そして、超古代魔法技術と言う各【ウィンドウ】。
しかし、そのような謎など今のアカザには頭の隅にもない。
「【ミラージュキャリバー】!」
大声で技名を叫ぶ姿を第三者が居たらどうなっていたことか。
恐らくアカザは、人目を気にしただろう。
残念ならが【農場】は所有者の許可がなければ入ることはできない。
スキルを一通り使い、調子に乗ったアカザを止める者は居ない。
そして、日が暮れ出すまでアカザは大声で【ファイヤー・ウォール】や【騎士の制約】、【ブレイバー・ストライク】と調子に乗り続けた。