1-12
【レッドワイバーン】の駆逐後、アカザたちは下山しエルフの村に帰還し始めた。
とりあえずアカザは空の脅威はなくなったと思い、気兼ねなく飛行移動できるペットを呼び出す。
【魔法の絨毯】
ペット? 生物? と疑問に思うかもしれないが、イベントで入手した飛行移動できる乗り物である。れっきとした【ペットウィンド】に登録されているため、ペットである。【生命力】【マナ】【スタミナ】も在るため、生きているのだろう。
何時ものように白い粉の中から出て来た絨毯。緑色の高級感あふれる布に金色の模様が描かれている。それが丸く包まり、器用に片足で立つように直立している。
パーティメンバー最大6人を運送できるペットであり、これが一匹あるだけで狩り場やレイドゾーンまでの移動が速くなる。
手で【魔法の絨毯】を広げてみると、何もしていないのに念力か魔法が働いているのか、地面から浮いている。
そこに乗ってみると【騎乗マスタリ】の影響から、操作方法は頭に入ってくる。
きっとスキルはプログラムのソフトの追加、ランクアップはアップデートみたいなものだ。故に本体のスペックが足らずに動作不良を起こしてしまう。
「ちょ、風つよ!?」
「アカザさん、落ちてる! 落ちてるぅ!!」
「このままだと木にぶつかるぞ」
「うおぉおお!?」
突風に目を瞑った時、足を止める行動してしてしまったため、加速を失った絨毯が急降下する。慌てて上昇することだけ念じ、何とか事なきを得る。何度体験しても高い所から落ちるというのは慣れない。幾ら体が丈夫だと言ってもだ。
それに今は他のにも乗っているため、緊張してしまう。
「ふー」
「おかしなものだな。狂人かと思えば、小心者のように怯える。お前の存在は不可思議だ」
落下の阻止に安堵の息をつくと、隣に居る辛口エルフからそんな事を言われる。
「初心者はともかく、狂人って?」
「気付いていないのか? 戦闘中、時折口の端が上がっていたぞ」
「……そうだったけ?」
ぼそりと呟く。
この世界はアカザにとってはゲームである。
幾ら疲労や感覚という現実が存在していると言っても、【フォークロア】の法則がある時点でアカザの知っている現実ではない。
そして、ゲームはやり込むものであり、運営からの挑戦状であり、楽しむものである。だから戦闘を楽しむと言うのは狂人でも何でもない。普通である。別に本当に生命が尽きて死体となるわけではない。
だが、それはアカザが前の世界を知っているから思えること。
この世界が生まれた時から現実として認識しているこの世界の住人たちは、どう思っているのだろうかとアカザは気になった。
死んでも生き返ると言う現実に。
「でも、死んでも生き返るから気楽じゃないか」
その言葉を良く考えず呟いた瞬間、場の空気が固まった。
トゥルーとシルフィールはしばし口が開けなくなってしまう。
それから回復したシルフィールが、アカザに問い掛ける。
「……本気で言っているのか?」
まるで信じられない顔をしてアカザを凝視するシルフィール。トゥルーも同じ表情だ。
「確かに我々は女神の恩恵によって死んでも生き返る」
そう、設定でも死んでも生き返る。
他にもステータスの一時的な減少やキャッシュの損失。デスペナルティの程度は人によって違うものの、死亡した時の現象は同じで死んでも生き返る。
そして、それ以外には何も失わないはずである。
それがアカザがプレイしていた世界の常識。
「だが、死ぬことによって存在が消える」
だが、それ以外のデスペナルティがこの世界に来て追加された。
「モンスターを倒すと黒い創波に返還され、消えていく。そして、また生まれ変わる。しかし、私たちも死ぬと創波に変わり魂を入れる肉体が構築するまで時間が掛かる」
「あ、ああ。でもそれは存在が消えるって言うのとは違うんじゃないのか? 体を構築する要素を急場で作り上げたから、体の能力であるステータス減少は分かるけど」
「いいか? 世界は創波で作られている。そして力が尽きると、創波となって世界の要素にいったん変換されるのだ。そして変換される前の姿を元に復元される。その間、魂は体という器がない。そして、魂は個人の感情の起伏と個人を形作る情報の源だ。野晒しになってしまった魂は徐々にダメージを負うことになる。日に当たる氷は解けてしまうだろう」
「……つまり、感情がなくなって、自分の記憶がなくなる?」
「それでは精神にダメージを負うのと、記憶と言う思い出が消える。それも十分に苦痛だが、存在が消えるというのはそういうことではない。魂はこの世界における人々が認識する情報のようなものだ」
一泊置いて続ける。
「つまり死に続けると、誰の記憶にも残らなくなる。これが死だ」
ゲームで死ぬとセーブポイントで生き返る。
しかし、先ほどまで戦っていた経験値やアイテム、物語の進行、NPCとの会話はなくなってしまう。これはゲーム内では過去に戻ったともいえるが、現実の時間は戻ることなく流れ続けている。
そして、プレイヤー以外が先ほどまでの行動を忘れ、死ぬと強制的にセーブポイントまで戻される。とは言えないだろうか? そして、プレイヤーが今まで戦っていた記憶を保有している。
これで、セーブポイントは一回きりで、次に死ぬともう一つ前のセーブポイントまで戻り、これを繰り返し続けると最終的に初期してしまう。
セーブポイントが魂。
これが、この世界の死のようだ。
「……だけど、存在が消えるって言ったて、1回の死亡で大幅に記憶が削れるって訳じゃないだろ?」
「さぁな。私の周辺では最近誰も死んだことがないのでわからん」
アカザはNPCの好感度のことを思いだす。一時的に必要なことが多かっただけなので、それほど重要ではないと思っていたギミックがあった。
NPCにはプレイヤーへの好感度があり、アルバイトやクエストを達成、プレゼント、何度も話しかけたりすると販売品が幾分か安くなったり、特別なアイテムが売られたり、プレゼントされたりする。
だが、好感度は時間経過で薄れていく。
そして、死ぬことでも好感度は下がる。負けて信用を失うからと思っていたが違って、死ぬことで発生する認識の低下らしい。
そして、冷静に考えてみるとあんまりデミリットには思えない。
(別にソロプレイなんて今更だしな。それに人間関係が薄れるってのも、考え方によってはメリットになるんじゃないのか?)
例えば失敗したとき、悪事を働いたとき、人間関係をリセットしたいときに死んで運よくその記憶を他人が忘れているとなれば、死んだ人物にとってはメリットになる。
(まぁ、そうコントロールできるものでもないだろうけど。考え方によっては誰も覚える人が居なくなって、本当に死んでしまうって事だろうし)
現実では死んでも墓は残る。思い出も。
それがなくなる。
安っぽい劇であるお決まりの【私の心の中で貴方は生き続ける】といったことが、この世界にはないだけの話だ。
しかし、この世界で生きる者にとって他者との繋がり、思い出は重要な物なのだろう。
人間関係が希薄なアカザには余り関心が持てなかった。
エルフの村まで戻ってきた時にはもう日が落ち、アカザはトゥルーの家に泊まることになってしまう。できれば布団ぐらい欲しいのだがボロい小屋にそれは期待できそうになく、雨風を凌げるだけましだと思いこむことにしたのだが。
「一応それ相応の扱いがあると思うんだ。ほら、俺たち【レッドワイバーン】を殲滅したわけだし」
「みんな人間を嫌ってるから。でも、アカザさんがいい人だってみんな分かったと思うよ!」
「そりゃ、よかった」
吐き捨てるように言い放ち、早く寝ようとするが寝られない。
ベッドなんてものはなく、床に毛布を何枚も敷いてそこに寝る。そのため、アカザとトゥルーは毛布に転がるようにして、並んで寝ている。
シルフィールは族長たちに報告しに行ったためここにはいない。
ゆえに、トゥルーの隣に居ても殺気を放たれずに済んでいる。
毛布に包まるがなかなか寝付けず、寝返りを何度もして、ふと目にトゥルーが映る。
(こんな村から離れたボロ小屋で寝てるって、やっぱハーフエルフみたいな毛嫌いされているんだよな)
なんとなく、昔の自分を思い出すアカザだが彼女は自分とは違い明るい。
(こんな明るくて可愛い子でも苛めにあうんだな。やっぱ世界は理不尽だ)
大樹の枝の折れ、テラスとなった所に夜空の下で族長7人が集いって会議を開いていた。
シルフィールの報告を族長が聞き届けた後の緊急会議であり、族長以外のエルフはいない。
「それであの人間風情が倒したというのか。1000体以上の【レッドワイバーン】を」
「【千里眼】で見ていたでしょう。そしてシルフィールからの報告でも、それは疑いようのない事実です」
俄かには信じられないでき事である。そもそも【レッドワイバーン】の退治依頼は、エルフの村から追い出すための口実に過ぎない。
「危険だ」
重々しく族長の一人が言う。
エルフと人の関係はあまり芳しくはない。
今、ここのエルフの里は不可侵を保っているが、人間は愚かな生き物であるという認識があり、人間側にあのような戦力があった場合の危機感を持つ。
力がなければ貧しい生活しかできない。
寿命が長ければ貧困の苦しみは長々と続いてしまう。
誰もが惨めな生活などおくりたくない。エルフはそんな生き方ができるほど、逞しくはなかった。
「そ、即刻排除するべきだ!」
「いえ、それでは矛先がこちらに向く可能性があります。冒険者なら相応の報酬さえ払えば満足してお帰りいただけるでしょう」
確かに冒険者は金を払えば何でもやる者たちの認識である。しかし、報酬に見合わなければ依頼を受けず、騙せばその強大な力が依頼主に向かう。
「この村にそれ程の対価の金や物があると思っているのか? 【レッドワイバーン】を1000体分倒した報酬はどれほどになる?」
このエルフの村は完全に自給自足であった。
故に硬貨、キャッシュと言う物は存在しない。冬を越すための食料は貴重。魔石も純度の高い物はなかなかとることができない。ミスリル等の魔法金属も近くに鉱山がある訳でもない。
ここは何かしらの事情で大国や村に居られなくなった、逃げて来たエルフたちが作り上げた村である。故に村に入ってこられないよう人払いの結界を森に張っている。
だが、アカザや【レッドワイバーン】は結界の範囲外の空から降ってきたので、人払いの結界の影響を受けなかった。
「我々は殲滅まで望んでいなかったものを。これでは生態系に大きな影響が出てしまうではないか」
「それも、これもあの卑しいハーフエルフがあのような者を村に入れたからだ」
自分勝手な言い草があちらこちらから発現される。
彼らが【レッドワイバーン】を倒していなかったら、炎で焼かれ生きたまま喰われる苦しみを受け、村が灰になってとても住めた物ではなくなっているというのにだ。
「沈まれ」
騒乱を治めるために静かで重い一言で、発言が止む。
「倒した所で都合よく今までのことを忘れてくれる訳ではない。第一どうやって倒す気だ?」
万が一奇跡的に倒せた所で、報復された場合は自分たちでは太刀打ちできないないだろう。何せ生き返り、仲間など連れてくれば数が少ないこちらが不利となる。
会議がアカザを殺害する方向に向かっているのを止めるための発現だった。
が。
「不意を麻痺毒で突き拘束すればよかろう!」
そんな発言が一人の愚かな族長から漏れる。
「【千里眼】で見ておったが、魔法を使いすぎて気絶したであろう。つまり、無敵ではない!」
「お待ちください! そのような短気では」
「短気!? 短気は人間の方であろうが!」
最早、凄まじい力を持った人間に危機感を持つだけではなく、脅威として認識し始めたエルフの族長達。
「人間のやることなど決まっておる! 略奪、破壊、戦争! あのような存在が暴れるくらいならいっその事、封印した方が我々の、いや、世界のためだ!」
「そうだ」「いずれにしてもあのような存在放置しとくわけにはいかない」「この里のことを他のエルフや人物に知られてはならない」と同意の声が上がり続け、会議は【アカザを拘束、監禁】の方向に進んでいく。
どうしても嫌な予感しかしない族長も居たが、恐慌状態の者たちが多く止めることはできなかった。
下手すれば村ごと火の海に包まれるというのに。
「アカザさん。アカザさん」
名前を連呼するトゥルーによって、何時もより早い時間に目が覚めてしまったアカザ。野宿の時は地面が固くて、早々に起きてしまったが、意外に毛布を何重にも敷くと違和感なく寝られた。
ふて腐れて二度寝でもしようかと思ったが、頭にポンポンと連続的に触れる。弱いでこピンを連続的にされ、段々と強くなっていく。不快ではないのだが寝ることができないので仕方なく毛布から這い出る。
目に見えたのは頭を触られていたのは手ではなく、両手棍棒によって頭を殴られていた。
しかも殴っているのはシルフィールであった。
「何時まで寝ている寝坊助」
怒れる瞳でアカザを見るシルフィール。恐らくだが娘のような弟子の隣で寝ていたことが不満の理由なのだろう。
視界に浮かぶ【時計】の時刻を見ると朝8時と表示されている。就職浪人であったアカザにとっては十分寝ても問題ない時間である。
「族長たちが待っている。至急会議室まで足労願おう」
「寝かしてください」
「足労願おう」
そう言われ、首根っこを掴まれ強制的に立たされ連行。しかし、自分の足で歩かなくていいから楽であるアカザ。
「ふん!」
そう思っているのがばれたのか、思いきり腕を振るい木の幹にぶつけてくれるシルフィール。
いくらdefや防御力が高くでも、鎧が衝撃を吸収できないようにアカザの脳が揺さぶられる。と言っても精々弱いでこピンをされた程度だが。
アカザがたいしたダメージを負っていないことに不満なのか、たるんだ姿勢に不満なのか、シルフィールの眉は更に顰めている。
これ以上機嫌を悪くすると目で殺せるほどの殺気が出そうなので、仕方なく二度寝は諦め大樹の会議室へと歩き出すアカザ。
大樹の中に入り、階段を上り、テラスの方へと歩いていく。
「そう言えばあの大扉って何なんだ?」
「神域だ。精霊の声を聴く祭壇であり、女神に祈りを捧げる神聖な場だ」
「……さいですか」
シルフィールが答えてくれたが、余りにも予想道理すぎる答えが返ってきたので、少しも驚かないアカザ。
もうやることはやったのでさっさとクエスト報酬を受け取って帰りたい。
そう思っていると、穴を潜ってテラスに出る。そこには最初に来たように7人の族長が同じ席に座って居た。他にもエルフの村の住人が居たらしく、従者のようにそばに控えている。
「此度の【レッドワイバーン】の討伐見事であった。ついてはこちらにある剣を取りに来るがいい」
なにか物々しい言い草に何様だと思ったが、エルフは誇り高い高慢だったことを思い出したアカザ。
仕方なく近くに行って台座に置かれた剣を見てみる。
両刃の直刀で飾りも何もないシンプルな鈍色の剣。アカザはその形を【フォークロア】の装備グラフィックで知っていた。
【ミスリルソード】という名の片手剣。
(……まさかこんなにしょぼい報酬……。ああ、でも魔法金属だから結構この世界の価値観じゃ高い方なのか?)
【ミスリルソード】は魔法金属【ミスリル】を使って作られた剣。これにミスリルと魔法石にある属性で強化することによって火属性の剣になり、風属性の剣になる。他にもナイフ、ランスと種類があり、最終的には中堅の武器となる。
しかし、それだってレイドボスから得られる金属を大量に使用した【膝丸《薄緑》】と比べれば、純粋な攻撃力で負け、ランクは数段劣る。高ランクプレイヤーなら、装備せずさっさと店に売り払ってしまう物だ。
しかし、アカザの目が普段通り生気のない目をしているのに対し、トゥルーやシルフィールは驚きで目を開けている。やはり、この世界の住人にとっては珍しい物なのだろう。
故にアカザの結論は、エチゴに着いたらさっさと売ろうという事になった。
さっさと持ち帰るために【ミスリルソード】の持ち手に手を付ける。
瞬間、凄まじい痺れが全身に走る。
「なんっ」
正座していた時、足に電流が流れるような痺れ。それが全身に行き渡り、体を支えられず地面に倒れる。
足、腕を動かすことすらままならず、立ち上がることもできない。しかし、目、耳はいつも通り機能している。思い当たる症状に【ステータスウィンドウ】を開き確認する。一番下のバフ《支援効果》、デバフ《弱体効果》を表す欄を見てみると思った通り【麻痺】に陥っている。
状態異常には確実に発動するタイプと、蓄積から発生するタイプ、確率で発生するタイプがある。1つ目は薬品を投げつけたり、確実に発動するアイテムの使用によって、2つ目は武器に薬品を塗り込んだり、武器の性能に追加効果によって、3つ目は魔法やスキルの追加効果によって。
willや【毒物抵抗】スキルでは1つ目は防げない。となると薬品やトラップを使った以外に考えられない。
次に目を動かし剣の柄の所を【トラップスキャン】をしてみる。
アカザの目に【ミスリルソード】の上に浮かぶ文字、【麻痺の混合猛毒】と表示された。
麻痺武器、及び武器に塗り【麻痺】の異常状態を起こすために使われる薬品の材料となるアイテム。作り方は3種類の【麻痺】属性攻撃をしてくるモンスターのドロップアイテムを【調合】し作り出す。
しかし、薬品を塗り込んだ武器を使っているプレイヤーが、状態異常になるなんて聞いたことがない。
だが、【麻痺の混合猛毒】の【設定文】の一文に【触っただけでも全身が麻痺に陥る猛毒】と書かれている。
そして、アカザは【ミスリルソード】の持ち手に触れた。恐らく、【説明文】通り触れてしまったから、【麻痺】に陥った。
(ちょっと待て。だからって何で罠を張る? 人間が疎んじられているが、【設定文】でも書かれている誇り高い一族だろ!?)
しかし現実では、アカザを蟲のように見下す族長のエルフたち。
「族長! これはどういうことです!?」
我慢できないといった風に大声を張り上げるシルフィール。アカザと同じ疑問を持つ。
「シルフィール。我々はこの村の存在を知られるわけにはいかんのだぞ! 故にお前を監視に付けたのだ」
「空にも結界を張る予定だ。これで外からの侵入も不可能だろう」
「そもそも、偶然でこの村に来ることがおかしい! 人間の斥侯に違いないぞ!」
かなり好き勝手なこと言ってくれているが、アカザにそのような意志は全くない。だが、強大な力、人種が人間、狂人のように戦いを楽しむことがエルフたちにとって恐怖となり、集団心理によって増長する。
「早くその物を拘束し牢に叩き入れろ」
そして、族長の横に居たエルフがアカザに手錠を付けようとする。
トゥルーが「やめて!」と叫ぶが聞く耳持たず、床に抑えつけられる。
「場を弁えろ混じり物! 貴様も【ワイバーン】に殺され苦痛を伴うかと思えば! こやつと一緒に牢に叩き込んでやれ!」
「おい! 貴様」
「シルフィール! 族長に逆らう気か?」
族長の1人がそれこそ当然という風に言い放ち、シルフィールの方は苦虫を噛み潰したような顔をする。
そして、手錠を掛けられるより前に【受け身】で跳ね上がるように起き上がる。
「なっ!?」
実はアカザが【麻痺】に陥ってから、3秒経った時には回復していた。
【麻痺】に陥った対象は動けなくなり、殴り放題。故に【麻痺】の継続時間は15秒程度と短く設定されている。【麻痺の混合猛毒】はプレイヤーが使う物であり、継続時間は平均的な物である。5分、10分と長くはない。
【毒物抵抗】は蓄積の抵抗力を高め、確率を減らしてくれる。だが【毒物】であり【毒】ではない。他の異常状態にも影響する。
そして、【フォークロア】はスキルが沢山あるために有名だったMMORPGだ。当然【麻痺抵抗】も存在する。
【麻痺抵抗】により継続時間は大幅に短縮化され狸寝入りをしていたアカザは立ち上がり、好き勝手に言っていたエルフたちを一瞥する。
「さてと」
彼らにしてみれば麻酔銃が効かず、鎖にも繋がれていない動物なのだろう。そして、麻酔銃で刺激してしまった。
顔が青ざめたエルフたち。
NPCのクエストならばここから戦闘か、ここから逃げ出すなどの指示がゲームの表示として出て来る。だが、そんな物は出てこないのをアカザは知ってはいるが、どうすればいいか判断に困った。
「……こっから強制戦闘にでも移るのか? それとも俺が逃げればいいのか? あ、でも出せないって言ってたか。戦うなら早くしようぜ」
両手に刀を持ち、臨戦態勢を取る。
そうするとどうだろう。族長エルフや取り巻きの何人かが、腰を抜かしながらも手足を懸命に動かし、テラスから逃げ出していく。
そして、残った族長エルフは2人、秘書のようなエルフは臨戦態勢。シルフィールは武器は構えていないが険しい顔をしており、トゥルーはどうしたらいいかあたふたしている。
「……で? どうするの?」
「虫のいい話ですがお待ちください。我々は襲われた村から逃げ延びた者や理由により居られられなくなった者たちの集まりの集落なのです」
つまり、アザカが衝動のままにこの村の住人を全員殺しつくすと、復活ポイントに飛ばされる。そして、幾ら時間が経ったとはいえエルフは長寿であるため、昔のことを記憶している者もいるだろう。そこからこの村に帰ってくるのに何日、何か月掛かるかは分からない。
その間にモンスターに村を荒らされたり、道中にモンスターに会い殺されるかもしれない。
「許してくださいって言っているのなら、許さない。どうせ恩なんて感じてないだろうから敵として排除しときたいし、苛立ってるからストレス解消にはっちゃけたい。でも、流石に関係ない奴に酷いことできるほど俺は鉄面皮じゃない。
で、だ。このトラップ張ろうって提案した奴差し出してくんね? 私刑にするから」
「……殺すと?」
「じゃなくて重石を付けて水の中に沈めるとか、首に縄駆けるとか。」
【生命力】がなくなると白い灰となって復活する。だが、それは攻撃によってであり、溺死や絞殺によってではない。体調を維持できなくなり死ぬとどうなるのか。そこに疑問が出た。
「要はそいつを俺の実験台にする」
この時、アカザはサディスティックに笑っていた。それが本気だと思われたのか、話しかけて来たエルフ族長の伸びた耳がビクつく。
「貴方の怒りはごもっともです。しかし、これは族長たちの会議で決めたこと。そして全員にその責任があります」
「じゃあ、エルフ全員吊るし刑で。一々顔覚えてないからさ、全員吊るせばいいだろ」
無論冗談である。族長の顔をアカザは忘れていない。ただ、無罪放免にする気などなく、連帯責任を取ると言うのなら実験台が増える程度にしか思っていない。
「ダメだよ!」
しかし、アカザの行動を制止しようとする声を出すトゥルー。
「何でだ? こいつらお前も一緒に牢に入れようとしたんだぞ? ってか、おかしいと思わないのか。なんでお前あんな小屋に1人で住んでいるんだ? なんでお前だけ【レッドワイバーン】の討伐に行かされたんだ? ってか、最初になんでお前だけ村の外れで1人痛んだ? こいつらから疎まれてるのが分からないのか?」
何故かアカザは苛立つ。
理由は分かる。同じように疎まれ、苛められ、一人だった。
だが、アカザとは違い関心がなくなったわけでも、生きていくことがつまらなくなった訳でもない。それでも憎むか怒るかぐらいはするはずなのにしない。
それが無性にアカザを苛立たせる。
「そんなんで【ダメ】っておかしいだろ? 憎いだろ? 疎んでいるこいつらが! 陰口だって言うだろ。死ねとか消えろとか。なのになんでお前が止めて欲しんだよ」
例え、トゥルーが幾ら心の優しい子供であっても、何も思わないはずがない。
「私、憎んでなんかいないよ」
なのに、済んだ瞳でアカザを見る。
そして、嘘をついているようにも見えない。
「でも、何も思わないわけじゃないよ。こんな世界でも私を見てくれる人が居たから、辛くはないよ」
アカザを見る存在はいなかった。トゥルーにはいた。
ただそれだけ。
それは分かる。だが、どうしようもない。
どうしようもなく、変えられない。
「……どうでもいい」
そう吐き捨てて、アカザはテラスから出ていく。
そして、どうしても思ってしまう。
なんで自分にはそういう存在が居なかったんだろうと。




