語り 血塊工場
「それは、とある夏の夜の咄。
少年、仮にA君としておきましょう。A君の街には立ち入り禁止の廃工場があります。
そこには、夜な夜な錆びた歯車の回るような音がしたり、モーターの駆動音が聞こえたりすると言う噂がありました。
今では、幽霊が出ると言う噂まで広まってきて、気味悪がって近付こうとする人すらいません。
A君は、友達を連れてそこに肝試しに来ていました………」
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A「ふーん、ここが噂の、ねえ」
B「あんま大した事なさそうだな。さっさと入ろうぜ」
C「で…でも、大丈夫かなぁ? 立ち入り禁止なんでしょ?」
A「いーんだよ、ばれなきゃ。ほら、行くよ」
C「あ、待ってよ〜」
A君が連れて来たのは、A君の親友であるB君と、同じく親友のCちゃんです。
A君たち3人は、そろそろと廃工場の中に入って行きました。
廃工場の中は真っ暗で、お互いの顔も見えません。
B「真っ暗だ」
A「真っ暗だな」
C「もう帰ろうよぉ…」
B「何言ってんだ、こっからが肝試しじゃねえか」
B君は懐中電灯を点けて、足元を照らします。
足元には錆びた鉄骨やネジなどが散らばっていて、不気味な雰囲気でした。
3人は、あちこちに気をつけながら、廃工場を探索していきます。
とは言っても、もともと二階まで見たら、すぐに帰るつもりでした。
悲劇が起こったのは、二階まで見て、帰ろうと思った時。
このときCちゃんは、怖さのあまり目を瞑り、A君の服を掴んでいる状態でした。
A「やっぱり何も無かったな」
B「ああ。ま、初めからそうだと思ってたけどな」
C「………」
B「じゃ、もう帰ろ______」
B君の声が、不自然なところで途切れました。
それと同時に、B君が持っていたはずの懐中電灯がカランと音を立てて床に落ちたのです。
A・C「え?」
気がつくと、B君の姿はどこにも見えなくなっていました。
A「B君?」
呼びかけても、誰も返事をしません。
いつの間にか、辺りには錆びた鉄のような変な臭いが立ち込めていました。
A君は、とりあえず落ちた懐中電灯を拾おうと身を屈めます。確かに臭いが強まりました。
嫌な予感を必死に拭うと、懐中電灯を拾い上げます。
すると………
べちょり
思わず喉の奥から「ひっ」と変な声が出てしまいました。
意を決して懐中電灯をB君のいたところに向けてみます。
A君は、喉の奥に込み上げてくるものに堪えるのが精一杯でした。
そこには、鉄のような臭いを出す、粘ついた真っ赤な水たまりが………
C「きゃあああぁぁぁぁぁぁ!!!」
A君がそうする前に、Cちゃんがそれを見て叫び声を上げてしまいました。
呼び止める声も聞かずに、走り去ってしまいます。
今は、一人きりになってしまう事が何よりも危ない。そう思ったA君は、急いでCちゃんを追いかけました。
?「くすくす………」
その後ろには、誰かが笑っている姿がありましたが、A君がそれに気づく事はありませんでした。
一階に降りる階段のところまで行くと、Cちゃんが蹲っている姿が見えてきました。
Cちゃんのそばに行くと、Cちゃんの体が震えているのがわかりました。泣いているのです。
C「B君…こんなことになるから、もう帰ろうって言ったのに………」
Cちゃんは、B君に起こった出来事に、とても悲しんでいるようでした。
A君がいる事に気づくと、またわんわんと大声で泣き出しました。
Cちゃんがようやく落ち着くと、A君は時間がないとばかりに話を切り出します。
A「帰ろう」
A君の言葉に、Cちゃんは「なんで?」と、表情で聞いてきます。
A「ここの……信じたくはないけど……幽霊は、僕たちでどうにかできるものじゃない」
A君の表情もまた、悲しみに満ちていました。
A「警察に任せるしかない。信じてもらえないかもしれないけど、それが一番だと思う」
Cちゃんは、何も言わずに頷きました。
まだ震えているCちゃんの手を引いて、一段ずつ階段を降りていきます。
半分ほど降りた頃でしょうか、A君は、一つの違和感を感じました。
その時のは、首をかしげるくらいのものでしたが、もう一段降りると、それははっきりと分かりました。
階段の上の方にもう一人、階段を降りてくる誰かがいるのです。
A君は体じゅうから嫌な汗を噴き出します。
Cちゃんの恐怖が移ったかのように、手に、足に、全身に悪寒が広がり、気づけば、ここから離れたいという一心で階段を駆け下りていました。
Cちゃんの手を掴んでいたのは無意識にでしょうか、叫び散らして出口に走る彼には判断がつきません。
出口までもう少しというところで落ち着きを取り戻し、A君はやっとCちゃんの手を掴んでいた事に気がつきます。
二人とも無事だったことに安堵すると、急にCちゃんが地面に倒れこみました。
A「ど、どうした………の」
A君はCちゃんに振り向いて、その様子を見ようとしました。
そこで、彼は見てしまいます。
白い長髪、血の気のない顔をした女性の、まるで骨と皮しかないような手が、Cちゃんの足首を掴んでいるのを。
A「うわあああぁぁぁぁぁ!!!」
それを見た直後、A君はとうとう泣き出して逃げ出しました。
C「え? A、君?」
?「おひとりぃさまぁ」
C「ひぃっっつ!?」
足首に爪を立てられ、悲鳴を上げるCちゃん。ですが、それを聞く人は、今Cちゃんの足首を掴んでいる人しかいません。
?「ごあぁんなぁい」
A君は、Cちゃんを見捨てて行ってしまったのですから。
A君は家に帰ると、何をするでもなくベッドにもぐりこみました。
今日、起きた事がショックだったのでしょう。なにせ、A君があの廃工場で肝試しをしようと言わなければ、こんな事にはならなかったのですから。
もう寝てしまおう。
そう思うと、まるで緊張の糸が切れたかのように、眠り込んでしまいました。
目がさめると、まだ窓の外は暗いまま。
時計を見ても、まだ二、三時間しか経っていません。
二度寝してやろう。A君はそう思ったのですが、目がさえてしまって眠れそうにありません。
どうしたものかと考えていると、突然、部屋のドアがノックされました。
背筋が凍る。
A君はこの時、その言葉の意味を正しく理解していました。
ノックされ続けるドアを見続けて、何分たったでしょうか、ノックの音が止み、辺りはまた静まり返りました。
A君はほっとして、またベッドに仰向けに倒れこみました。
……目の前にいた。
……白い長髪。
……血の気の感じられない顔。
………………骨と皮だけにしか見えない、手足。
?「こんばぁんわぁ」
A「ああ、ぁぁぁ」
まったく気がつかなかった。いつからいたのか、A君にそれを考える余裕はありませんでした。
ズボンとベッドのシーツが何かで濡れています。
あまりの怖さに漏らしてしまったようでした。
いつ、取り殺されてしまうか。それだけが、A君の頭の中を支配していました。
………………………が
?「くっ、くっく、くふっ」
女性は、急にお腹に手を当て、息苦しそうに蹲ります。
いや、それはまるで笑っているようで。
A君には、それに見覚えがあるような気がして。
A「び、B君?」
そう。それはB君の笑う姿によく似ていました。
B?「あっはっはっは! なんだよA、そのみっともねぇ顔!」
とうとう、女性の声ではなくなり、B君そのものになっていて。
B「ああ、そうともさ。そもそも、最初っから。俺が消えたと思わせていた辺りから、俺のドッキリだった訳」
それを聞いた瞬間、A君の口からも自然と笑いが溢れてきました。
A「は、はは、イジワルだなぁ、B君は」
B「そりゃあな。お前だったら絶対に肝試しに誘うと思ってたから、準備も楽だった」
カツラを取って、また笑ってみせるB君。さっきまでの空気は、もうありませんでした。
A「それにしても、すごかったね。あの、血の臭いとか」
B「トーゼンだろ? だってあれ………」
B君は、マスクを取るように自分の顔に手を当てると、
ぐちょり
B「ホントーに、俺の血なんだから」
また、空気が凍りつきます。
A「えっと、冗談、だよね? だってほら、B君、こんなに元気だし、さ?」
B「いや、ジョーダンじゃあないって。だって俺、死んでない〜とか、ユーレーじゃありません〜とか言ってねぇだろ」
A「え? じゃあ、」
B「あ、Cちゃんの事なら心配しなくていいぜ。ちゃんと無事に家まで連れてってやったから」
A「B君は、いつから?」
B「ネタばらししたら、もうホント今日一番の声で泣いてくれちゃってさぁ」
A「もしかして………」
話にならない。まさにそんな感じでした。
A君は、声を絞り出して、B君に言います。
A「君は、最初っから?」
B「ん? ああ。初めっから。ずっと」
つまり、B君は
A、B「死んだままだった」
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「その次の日から、B君はA君の前に姿を現す事はありませんでした。
Cちゃんに聞いても、そんな人は知らないと言われてしまいます。
それどころか、A君以外だれもB君の事を覚えていないのです。
B君は、すべての人の記憶から、消えてしまったようでした。
廃工場の、幽霊が出るという噂は、実は正しくありませんでした。
実のところは、廃工場に来る人の内のだれかが幽霊で、それがいたずらで人に恐怖を見せ、消えてしまうというもの。
B君は初めから、A君を驚かせるためだけに親友として死んでいたのでした。
涼むネタの欲しくなる夏。
今日もだれかが、廃工場にだれかを呼んでいます」
〜fin〜