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「逃げろ!俺が隙を作ってみせる、いや、君を救ってみせる」
入口は一ヶ所だけ、生き残れるのは一人だけ、なら男としてここはやるべき時だ。
彼女を守るように前に出た俺は、すぐに化け物に向かって駆け出したんだが、やっぱりどこも怪我なんてしてないじゃないか。
いや、待てよ。待てよ、俺。こんな無謀な突撃をしているのは、死ぬんだろうなと諦めていたからだ。
だがしかし俺は健康だ、女の子に抱き付かれたからとテンションが上がるくらいには健全だ。
そして背中に感じた柔らかなお山と、耳元で甘ったるい声を聞いておいて、彼女の顔も見れずに死ねるかよ。
それ以上だってあるかもしれないのに死ね切れないだろ!
なのにしまったな、早まった。
もう目の前に化け物の大口があって、今更ながらに後悔する。
「おわっ!?この、いい加減にしろよお前。デカイ図体してのろまな木偶の坊が、男子の健全パワーなめんなぁぁー!」
バクンと閉じた口を横にステップして回避して、伸ばしてきた前足を転がり避けて、立ち上がりながら化け物の目玉に右拳を叩き込んでやる。
ここで驚いた事に、異常な事態に巻き込まれた俺は自分でも知らなかった特殊な力を発揮する。
かもしれないと少しだけ期待した俺だが、しかしそんなこじらせ系の希望的妄想は悲しい事に起きてはくれず、ゴリッと痛々しい音が響いただけだった。
「いてえぇ。か、硬い痛い変化がない、ダメージがないみたいじゃないですか。ははっ、笑えねえからこんな、ごふ……っ」
化け物は痛くなくとも気に触ったようで急に暴れ出す。
何の力も足止めすらも出来なかった俺はと言えば、化け物の口から飛び出した舌に殴られ、軽々と吹っ飛ばされている。
それはもう恐ろしい勢いだ、確実にトイレの壁にぶつかって恐ろしい事態になってしまうのは容易に想像出来た。
そして衝撃は直ぐに来て、終わった。終わっていた。
背中にポフンとついさっき感じた柔らかな感触があったかと思ったら、次の瞬間にはグシャリと何かが激突する音が聴こえたんだ。
ヒビの入った壁の表面がパラパラ落ちる音、背中に感じる温かで柔らかな何か、そしてまるで守るかのように俺の腰に巻き付いた誰かの腕を見て全てを理解した。
怖くて後ろを見れないが、これだけは言える。俺はやっちまった、俺がやっちまった。
何でだよ、何であんたがそんな事しているんだよ。
付き合う必要なんてないのに、何であんたまでこんな馬鹿な事をしちまったんだ?
馬鹿な真似をするのは俺だけで充分だったろ……死んじまったらお仕舞いだろうが……っ。