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あり得ないし起こり得ない事。例えば奇跡なんて物がこの世界にあるとすれば、少なくとも俺にとってそれは大嘘だ。
だが、そんな都合の良い救いがあるのならこう言ってやる、こう叫んでやる。
「何なんだよアレ。神様でも何でも良いからどうにかしてくれって。俺は見た通りの平凡な高校生ですよ?彼女だっていないのにどうしてこんな初修羅場に巻き込まれてんだ」
うんざり、何故こうなった?
俺は夏休みに母方の実家のある東北の、とある片田舎に泊まり掛けで遊びに来ているだけ。
いや、曲者の妹と二人でと言うのが不満だが、ここまでは良いんだ……今にして思えば良い妹だった。
待て、待てよ、それは今はどうでもいい。
諦めんな、シスコン認めて人生諦めんな俺っ。
とにかく落ち着いて考えろ。アレは何なのかを思考しろ。
そして探すのは月が明るい深夜の田舎道、所謂田園都市の少ない道の中から逃走する為の道筋だ。
もしも道を間違えたらとんでもない事になる、意味も理由もないがそう断言出た。
本能的な恐怖、ゾッとするこの感覚を再び背中に浴び、俺はとっさに横に飛んだ。
「っ、だから何なんだよお前は!俺は喰っても美味しくねえよ。喰われるなら優しくて綺麗で清楚なお姉さんが良――いや、何言ってんの俺……?」
俺の代わりに自販機に噛みついた『アレ』はまるで呟きに答えるかのように首を傾げ、ゴッソリと機械を抉り取る。
消えかけた照明に浮かび上がる黒、黒い影、ペタペタ四足歩行する全長二~三メートルもある黒い何か。
あり得ない、こうやって直視しても何なのかすら分からない。
当たり前だ、こんな化け物は現実に居てはいけない。
だが自販機の中身が転がり砕け弾けるけたたましい音は、まるで警告音のように俺の頭を塗りつぶす。
逃げろ、とにかく逃げろ、アレは自販機ではなく俺を狙っている。
ギョロリとした赤い目玉は俺を捉えていた、ペッと自販機の欠片を吐き出していたしあくまでも獲物は俺って事らしい。
またまた始まる逃走劇に笑いたい気分だ。
俺は喉が渇いたからと婆さんの家をひっそりと抜け出し、散歩がてらに自販機を探してたんだがマナーの悪い先客に壊されてしまった訳だからな。
これは現実か?それとも悪夢か?そんなのはもう考える意味がない。
アレは俺の後ろに在って這って追ってくる、考える余裕なんてある訳がない。
広々とした公園に逃げ込んだのもなり行きだった。
木々や垣根、遊具や公衆トイレ、噴水まで備えた整った公園。
アレがそれほど速くないお陰で隠れる余裕まであったんだが、失敗したな。
帰宅部なめんな、これくらいで息が上がるとか何で鍛えてないんですかね。
妹に言われた通り少しは鍛えとけば良かったかもな。
もう色んな意味で手遅れかもしれないが、最期がトイレなんて勘弁してくれ。
しかも急いでたからって女子トイレに入る馬鹿が居るか?
ふざけるなよお前、あぁ?俺かよ、鏡に写っていたのはジャージ姿にボサボサ髪の俺でした。