第八十九話 近づいて来る真相
準々決勝第五試合で近衛隊の姫騎士ビビットがZに殺害されてしまう。Zを止める事が出来なかったヴリトラ達は悔しさを表情に出しながら試合場を立ち去るZとスケルトンを見つめる。その時にヴリトラはZの聞き覚えのある声を聞いて緊張を走らせるのだった。
全ての準々決勝が終り、次の準決勝が始まるまで三十分の休憩が参加者達に与えられた。その間、観客達もざわざわと話をしたり、酷い試合を見て気分を悪くし、闘技場から去るなどしている。観客席でそんな事が起きている時、ヴリトラ達は控室へ移動して気持ちを落ち着かせていた。
「・・・ハァ」
ビビットを助けられなかった事で責任を感じているのかヴリトラは椅子に座りながら深く溜め息をついた。周りでもラピュスとラランが同じように椅子に座って暗くなっており、リンドブルムとニーズヘッグは壁にもたれて俯いている。そして五人の前にはガバディアが腕を組みながら目を閉じて立って何かを考え込むような顔をしていた。
「・・・成る程、奴等がブラッド・レクイエムの戦士だったのか」
「ハイ・・・」
初めてブラッド・レクイエム社の機械鎧兵士を見たガバディアの言葉にヴリトラは頷きながら疲れたような声で返事をする。
「この大会で奴等と戦った選手はラランを除いて皆殺されてしまいました。助けられなかった自分達が情けないです・・・」
ラピュスも目の前でスケルトンとZに襲われていた対戦相手の姫騎士達を助ける事が出来なかった事で責任を感じながら暗い声で呟く。ラランもそんなラピュスを見て切なそうな顔をしている。するとガバディアがヴリトラ達を見て少し声に力を入れながら言った。
「それは仕方がない事だ。後悔しても仕方がないぞ?お前達が後悔しても死んだ者達は帰ってこん、後悔するよりも次に同じ様な犠牲を出さない為に反省する事の方が大切だ」
「確かにな、後悔はただその人間を後ろ向きにするだけでいい事なんて何もない。落ち込んでる暇はないって事だ」
ガバディアの考えに同意したニーズヘッグが壁にもたれるのを止めてヴリトラ達の方を向きながら言い、それを聞いていたリンドブルムも態勢を直してニーズヘッグを黙って見上げている。すると、さっきまで暗くなっていたヴリトラは表情を直し、目を閉じながらゆっくりと口を開く。
「・・・確かにそうだな。後悔したり自分を責めたりしたって何も変わらないし始まらない。だったら、少しでも前向きに考えた方がいい」
「うん、そうだよね」
「ビビット殿とサラ殿の為にも、必ず奴等を倒さなくては!」
「・・・うん」
ヴリトラの言葉にリンドブルム達も元気を取り戻して頷いた。そんな四人を見てガバディアとニーズヘッグも安心したのか小さく笑う。
「・・・それにしても、なぜ奴等はこの大会に参加したのだ?」
ガバディアがZとスケルトンが武術大会に参加した理由を考え難しい顔を見せる。そんなガバディアを見てヴリトラは真剣な顔でゆっくりと立ち上がりスケルトンの言った言葉を思い出す。
「確か、スケルトンは『あの女を倒す事が我々の目的』だって言ってました」
「ビビットと戦う事が?」
「ハイ、どういう意味なのかは全く分かりませんが・・・」
スケルトンの言葉の意味が分からずに難しい顔をするヴリトラ。ガバディアもZとスケルトンの目的を考えながら難しい顔で俯いた。
「・・・私はZとビビット殿の戦いを見て思った事がある」
「思った事?」
「何か分かったの?」
何かに気付いた様子のラピュスを見てヴリトラとリンドブルムは彼女の方を向く。ラピュスは周りで自分を見ているヴリトラ達の顔を見ながら説明を始める。
「スケルトンは倒す事が目的と言っていたな?・・・私は最初、倒すという言葉からブラッド・レクイエム社はレヴァート王国に自分達の存在と強さを知らしめる為に大会に参加したんだと思っていた。だが、その前のラランとの試合で奴等は自分達の存在を知られる事を避けていた事を思い出したんだ」
「・・・それだと奴等が自分達の存在を知らしめるという答えは辻褄が合わないな」
「ああ、それで私は思ったんだ。もしかして奴等の目的たビビット殿に勝つ事ではなく・・・彼女を殺す事だったのではないかと」
「何だって?」
ラピュスの出した答えにヴリトラは驚きて聞き返す。リンドブルム達も少し驚きながらラピュスを見ている。
「あくまでも私の推測だ。本当にそうだとは限らないぞ?」
「だが仮にラピュスの答えが正しかったとして、奴等は何でビビットを殺したんだ?」
「・・・分からない」
無表情のまま顔を横に振るララン。ブラッド・レクイエム社の目的が全く読めない事にお手上げ状態のヴリトラ達。するとそこへ控室の扉をノックする音が聞こえてきた。ノックに反応してヴリトラ達は一斉に扉の方を向く。
「誰だ?」
ガバディアが扉を見つめながら返事をすると、扉の向こう側から低い男の声が聞こえてくる。
「私だ・・・」
「その声はザクセン殿ですか・・・どうぞ」
ガバディアの許可と同時に扉が開き、近衛隊長ザクセンがゆっくりと入室して来る。金色の鎧を纏った相撲取りの様な大男を見てヴリトラ達は目を丸くした。
「レレットはどうです?」
「ようやく落ち着いた。今はビビットと一緒にいる・・・」
「そうですか・・・」
レレットが落ち着きを取り戻した事を聞いてガバディアはホッと胸を撫で下ろす。あの後、ヴリトラ達はビビットの遺体を試合場から運んで闘技場の一室に保管した。遺体を運んでいる間、レレットは泣きながら歯を食いしばりZに対する怒りを露わにしていた。そして落ち着いた今はビビットの遺体の側でそっと彼女に付いている。
「この武術大会が終わり、遺体を運ぶ準備が出来るまではビビットの遺体を闘技場内に保管しておくつもりだ。人が少ないとは言え遺体を運んでいるところを住民達が見たら騒ぎになるからな。棺桶を用意して丁重に運ぶつもりでいる」
「それがいいでしょうな。レレットも出来るだけ姉の側にいたいでしょうし・・・」
深刻な会話にガバディアとザクセンは少しだけ表情を暗くする。いくら騎士団長と近衛隊長と言えど、やはり彼等も大切な仲間が殺された事にショックを受けているようだ。
ヴリトラ達は暗い顔を見せるガバディアとザクセンを黙って見つめている。そんな彼等に見られている事に気付いた二人はフッとヴリトラ達の方を向いて表情を直した。
「おお、スマン。見っともないところをみせてしまったな?」
「あっ、いえ。誰だって仲間が殺されてしまえばショックを受けますから・・・」
「そう言ってくれると助かる」
ザクセンは自分をフォローしてくれるヴリトラを見て小さく笑う。そこへリンドブルムがザクセンからガバディアに視線を移して声を掛けた。
「ガバディア団長、こちらの人は?」
「ああぁ、こちらは黄金近衛隊の隊長を務めておられるザクセン・ボートルバン殿。レヴァート一の実力を持つ方で陛下からの信頼も厚い優秀な騎士だ」
「ハハハ、おだてても何も出んぞ?ガバディア」
ガバディアを見ながら笑うザクセンを見てヴリトラ達も小さな笑みを浮かべた。ビビットの死やブラッド・レクイエム社の目的の事で頭がこんがらがっていたが少し気持ちが楽になったらしい。
「ガバディア、この者達が七竜将と言う傭兵隊だな?」
「ハイ。そちらの二人の姫騎士が第三遊撃隊に所属しているラピュス・フォーネとララン・アーナリアです」
ガバディアに紹介されたラピュスとラランはザクセンを見て敬礼をする。やはり王族の警護を務める近衛隊の長を前に緊張しているのか、ラピュスは勿論ラランも珍しく緊張を見せていた。
「そうか、なかなかいい面構えをしておる。・・・改めて、儂は近衛隊長をやっておるザクセンだ。よろしく頼む」
「ハ、ハイ!よろしくお願いします!」
「・・・よろしく」
緊張しながら挨拶をするラピュスとラランを見て七竜将はニヤニヤと笑っていた。ガバディアも「緊張しすぎだ」と言いたそうに苦笑いを見せる。ザクセンは今度は七竜将の方を向いてヴリトラ達に挨拶をした。
「お主達が七竜将か。パティーラム様やストラスタ公国との件では随分世話になったと聞く。礼を言わせてもらうぞ」
「いえ、気にしないでください。俺達もこの町の人達にはお世話になってますし」
「ハハハハッ!そうかそうか」
ヴリトラの言葉にザクセンは大笑いをする。そんなザクセンの顔を見ていたリンドブルムとニーズヘッグは小声で何かを話していた。
「・・・近衛隊の隊長って言うからもっと怖い人かと思ってたけど、意外と優しそうな人だね?」
「ああ。だが、ああいう人ほど大きな力を隠し持っているもんだ」
「成る程ぉ・・・」
ザクセンの潜在能力やその力の底について話をしているリンドブルムとニーズヘッグ。そこへ二人の会話している姿を見て、ガバディアが二人に声を掛けてきた。
「お前達、何を話しているんだ?」
「あぁ~いえ、何でもありません」
「ええ、ちょっと・・・」
「?」
声を掛けられて少し慌てた様子を見せる二人を見てガバディアは不思議そうな顔で小首を傾げた。
リンドブルム達はそんな話をしている時、ヴリトラはザクセンにZとスケルトンの事について話をしていた。
「ザクセン隊長、貴方には奴等の事についてお話ししておきます。もしかすると、この先この国にも何らかの関わりがあるかもしれませんから」
「奴等?」
「Zとスケルトンの事ですよ」
「・・・さっきの試合でビビットを殺した奴等の事か?」
「ハイ。奴等はブラッド・レクイエム社という傭兵派遣を生業とする悪党共ですよ」
「ブラッド、レクイエムシャ?」
ヴリトラはザクセンにブラッド・レクイエム社の事を細かく話した。ブラッド・レクイエム社の幹部が二人もこの町のいるとなると、下手をすればヴァルボルト達王族も狙われる危険がある。その為、王族の警護をしている黄金近衛隊の隊長であるザクセンには話しておくべきだとヴリトラは考えたのだ。
「傭兵派遣をする組織か・・・」
「他にも人身売買や暗殺なんかもやっている血の気の多い連中ですよ」
「そして銃と呼ばれる未知の武器に機械鎧と言う戦闘の為の義肢を身に纏っているというのか。確かに厄介な連中じゃのう」
「奴等が何の目的でこの町に潜入したのか、まだ分かりませんが危険な奴等だって事は確かです。気を付けてください」
ブラッド・レクイエム社の事を詳しく聞いたザクセンは腕を組みながら考え込む。ヴリトラや周りのラピュス達もザクセンの方を向いて真剣な表情を見せていた。
「・・・それにしても、お主は奴等の事に随分と詳しいのう?」
「ええ・・・昔から多少縁がありましてね」
「成る程、つまり今この町で奴等の事を一番よく知っているのはお主等という訳じゃな?」
「ハイ」
「・・・・・・情報の提供に感謝する。早速この事を陛下にお伝えすることにしよう」
ザクセンはそう言って軽く頭を下げた後に控室を後にした。残されたヴリトラ達は扉が閉まるのを見た後に緊張が解けたようにホッと力を抜いた。するとリンドブルムがヴリトラの下にやって来て声を掛けてくる。
「ヴリトラ、どうして僕達やブラッド・レクイエムが別の世界から来たって事を話さなかったの?」
リンドブルムはヴリトラがザクセンに自分達がファムステミリアとは違う世界から来た事を教えなかった理由を不思議そうな顔で尋ねる。ヴリトラはリンドブルムを見下ろしながら面倒そうな顔を見せた。
「そりゃ言えねぇだろう?ただでさえブラッド・レクイエムの事で騒ぎになってるのに、『そこに別の世界から来ました!』なんて言ってみろ?余計パニックになっちまうよ」
「まぁ・・・確かにそうだね・・・」
ヴリトラの答えに納得したリンドブルムは腕を組み頷く。
「それで、君達はこれからどうするつもりだ?」
「勿論、次の試合でスケルトンと戦いますよ。その後にZとも戦うつもりです」
ニーズヘッグは次の自分の試合でスケルトンと戦う事をガバディアの伝えて気合を入れる。すると、控室のドアをノックする音が聞こえ一同は一斉にドアの方を向いた。扉が開き、控室に一人のレヴァート兵が入って来る。
「ニーズヘッグ選手、そろそろお時間です。試合場の方へお越しください」
「・・・分かった」
返事をするニーズヘッグを見て、レヴァート兵はゆっくりと控室を後にした。ヴリトラ達はニーズヘッグの方を向き真剣な顔で彼を見つめている。
「いよいよスケルトンとの戦いか・・・」
「ああ。ちょっくら行ってくるぜ」
「油断しないでね、ニーズヘッグ」
「安心しろ、俺はどんな相手でも絶対に油断はしない」
ヴリトラとリンドブルムを見て小さく笑いながら答えるニーズヘッグはゆっくりと控室の出口の方へ歩いて行く。
「それじゃあ、俺達もニーズヘッグの応援をしに行くか・・・」
ヴリトラが笑いながらニーズヘッグの後に続こうとした時、突然七竜将の小型通信機からコール音が鳴り響いた。それを聞いた七竜将は一斉に表情を変えて足を止める。それを見たラピュス達も彼等の顔を見て目を見張っていた。七竜将は耳に付いている小型通信機のスイッチを入れて受信する・
「・・・こちらヴリトラ」
「ヴリトラ?あたしよ」
「ジルか?」
小型通信機から聞こえて来たのはジルニトラの声だった。ヴリトラ以外にもリンドブルムやニーズヘッグ、客席に座っているオロチとファフニールも小型通信機のスイッチを入れて聞こえてくるジルニトラの声を聞いている。
「どうしたんだ?そっちで何か進展があったのか?」
ニーズヘッグは町の調査で何か手掛かりを掴んだのかとジルニトラに尋ねると、通信機から少し低めのジルニトラの声が聞こえてくる。
「・・・そう、手掛かりを見つけたのよ」
「本当か?」
「ええ、町の外れにある倉庫を調べてたら怪しい二人組の男を見つけてね。問い詰めたらZとSの協力者だって事が分かったわ」
「やっぱり協力者がいたのか・・・それで?」
「その男達に奴等の目的を尋ねたら、強い戦士を探してるって言ってたわ」
「強い戦士?」
ジルニトラが話す情報を聞いてヴリトラは理解出来ずに小首を傾げる。リンドブルムとニーズヘッグも同じだった。ラピュス達はジルニトラの声が聞こえず、彼等が何の話をしているのかすら分からない。
「ええ、それで更に問い詰めたらとんでもない事を言ったの・・・」
「とんでもない事?」
「何それ?」
ヴリトラとリンドブルムがジルニトラに尋ねると、しばらく沈黙となりヴリトラ達は黙ってジルニトラの返事を待つ。やがてジルニトラの低い声が小型通信機から聞こえてきた。
「・・・『この世界の人間を使って自分の仲間を増やすって言ってた』、と言ったのよ」
「この世界の人間を使って・・・?」
まだ理解出来ないヴリトラはまた不思議そうな顔に戻ってジルニトラに聞き返した。するとニーズヘッグが何かに気付いたのかハッと顔を上げて目を見張る。
「どうしたんだ?ニーズヘッグ」
ラピュスがニーズヘッグの表情の変化に気付いて尋ねると、ニーズヘッグは少し俯いて何かを考え始めた。
(・・・この世界の人間で仲間を増やす?つまり奴等がこの大会に参加したのは自分の仲間を増やす為だったのか・・・だが、それならどうしてビビットを殺したんだ?殺してしまったら仲間にする事は出来ない筈だ。ならどうして・・・・・・ッ!まさか!)
ニーズヘッグが何かに気付いて再び目を見張る。それを見てヴリトラ達も少し驚いた。
「どうしたんだ?さっきから表情の変化が激しいぞ?」
「どうでもいいだろう?それよりも、アイツ等の目的が分かった気がする・・・」
「何だって!?本当か?」
「推測だけどな。・・・多分、アイツ等の目的は・・・・・・遺体だ」
「「「「「遺体!?」」」」」
ニーズヘッグの口から出た言葉にヴリトラ達は驚いて声を揃えながら訊き返す。ニーズヘッグもヴリトラ達を見てゆっくりと頷いた。
ブラッド・レクイエム社の目的が次第に見えてきたヴリトラ達。そしていよいよ七竜将とブラッド・レクイエム社の幹部、Zとスケルトンとの戦いが始まろうとしていた。




