第八十七話 計画の前触れ 動き出す闇達
準々決勝第四試合はラランの気の力によってSのマントが外れ、その正体が明らかとなる。Sことブラッド・レクイエム社の機械鎧兵士スケルトンは何かの目的があるようだが、それを口にする事無く試合場を後にするのだった。そして追い込まれたラランを助けに入ったリンドブルムも試合に乱入したという事で反則と見なされ、トーナメントから外されてしまうのだった。
試合後、ヴリトラ達はスケルトンの攻撃で負傷したラランの手当てをする為に控室へ戻る。控室にはもう殆ど参加者の姿は無く、今控室にいるのはヴリトラ達だけだった。
「これで・・・よしっと!ジル程じゃないけど、応急処置は済んだよ」
「・・・ありがとう」
控室に隅にある椅子に座りながらリンドブルムの手当てを受けたラランは自分の前で膝をついて応急処置をしてくれたリンドブルムに礼を言う。リンドブルムも感謝するラランを見てニコッと笑った。
「・・・ゴメン、私の為に」
「え?何が?」
「・・・次の試合」
ラランはリンドブルムが自分を助ける為に試合に乱入して準決勝に出場できなくなった事に責任を感じ、落ち込む様に謝る。するとリンドブルムは笑ったままラランを見つめて言った。
「ああぁ、その事?気にしてないよ、そうなる事を予想して飛び込んだんだからさ」
「本当に凄かったぜ?俺やニーズヘッグが助けに行こうとしたら真っ先に走り出したんだからな?」
「ああ、まるで救いの王子様って感じだ」
「ちょ、ちょっと二人ともぉ!」
ニヤニヤと笑いながら当時にリンドブルムの様子を話すヴリトラとニーズヘッグにリンドブルムは少し赤くなりながら二人の方を向く。ラランも自分の為に試合の出場権利を捨てたリンドブルムの覚悟に感謝し、彼を微笑みながら見つめている。
「・・・・・・」
「・・・ん?何、隊長」
自分を意外そうな顔で見つめているラピュスに気付いたラランは彼女を見上がて尋ねる。
「ん?・・・ああ、お前が笑顔を見せるなんて珍しいからな、少し驚いただけだ」
「・・・私、そんなに笑顔、見せない?」
「どちらかと言えば、見せないな」
「・・・変?」
自分が笑った事が珍しいと言うラピュスにラランは尋ねる。ヴリトラ達もラピュスとラランの会話を聞いて二人の方を見ていた。ラランの質問にラピュスは微笑みながら顔を横へ振る。
「いや、そんな事はない。お前も女の子なんだから笑顔を見せる事が変なはずないだろ?」
「・・・そう?」
「ああ」
笑顔でそう言ってくれるラピュスを見てラランはいつも無表情で感情を表に出さないが、今はいつもとは違い小さく微笑みを見せていた。そんな二人の会話を聞いていたヴリトラがラピュスの方を見てニッと笑って見せる。
「ラランにそんな事を言う前に、まずは自分がしっかり笑顔を見せられるように連中した方がいいんじゃね?」
「何ぃ?」
笑いながらからかって来るヴリトラにラピュスはジロッとヴリトラの方を向く。
「だってお前、戦場に出ていない時や任務の無い休暇の時に笑う事なんて殆ど無いじゃねぇか?」
「・・・確かにそうだよね。ラピュスってどっちかって言うとクールな感じするし」
ヴリトラに続いてリンドブルムもラピュスがあまり笑わない事を指摘し、ニーズヘッグは腕を組みながら黙って話を聞いていた。ヴリトラとリンドブルムの言葉を聞き、自分でも心当たりがあるの「うっ!」と表情を変える。
「そ、そんなに私は普段から笑ってないか・・・?」
「いや、笑う時もあるけど、どっちかって言うと笑う回数は少ないな方だな」
「うん」
「・・・ラランもそう思うか?」
「・・・・・・」
ラピュスが話を聞いていたラランに尋ねると、ラランはさっきまで自分を励ましてくれたラピュスを傷つける事に抵抗を感じているのか何も言わずに目を背けた。
「おい、無視するな!」
何も言ってくれないラランにショックを受けたのかラピュスは溜め息をついて落ち込む。そんなラピュスはヴリトラとリンドブルムはまばたきをしながら見ていた。そこへニーズヘッグが手を叩きながら四人に声を掛ける。
「ハイハイ、笑顔の話はそれくらいにしておけ。それよりも問題になっている事があるだろう?」
ニーズヘッグの言葉を聞いたヴリトラ達はフッと真剣な表情へと変わりニーズヘッグの方を向いた。ヴリトラ達の顔にはさっきまでの柔らかな表情は残っておらず、戦士の表情へと戻っていた。
「まず、お前達も気付いていると思うが、今この控室には俺達以外は誰もいない。ザーバット達の様な敗退した参加者達は皆、観客席の方へ移動したからな。ところがいるべきはずの連中の姿もない・・・」
ニーズヘッグの話を聞いて、ヴリトラ達は改めて確認する様に控室を見回す。ニーズヘッグの言うとおり、今この控室にはヴリトラ、ラピュス、リンドブルム、ララン、そしてニーズヘッグの計五人しかいない。ザーバット達の姿も既に無く、ニーズヘッグの言っていた「いるべき」存在もいなかった。
「・・・スケルトンがいねぇな?」
「ああ、試合に勝利したアイツの姿が無くなってるのはどう考えても変だ」
「正体がバレたから逃げ出したんじゃないの?」
リンドブルムがスケルトンの行動を推理してヴリトラ達に話すと、ニーズヘッグは腕を組みながら難しい顔を見せる。
「いや、それは無いだろう。もし本当に正体がバレて逃げ出したのであれば何で試合中に逃走しなかったんだ?それにアイツは言ってただろう?『目的自体はバレていない。知りたければ俺に勝つ事だな』と。つまりアイツはこの武術大会で何かをしでかすつもりでいるって事だ、そして例え正体がバレても全く問題ではないって事にもなる」
「ブラッド・レクイエムの目的はただ武術大会に参加して相手も殺す事ではない?」
「多分な・・・」
ラピュスの出した答えにニーズヘッグは頷く。ヴリトラも顎に手をつけて難しい顔のまま考え込んでいる。
「少なくともアイツ等は武術大会で相手を殺し、自分達の存在を知らしめる事や優勝して賞金を手に入れる様な小さな事じゃないって事だな」
「・・・うん。アイツ言ってた、『自分達の存在をこの世界の住人に知られると面倒だ』って」
「それじゃあ、アイツ等の目的は一体・・・」
ラピュスはブラッド・レクイエム社の本当の目的が何なのかを必死で考える。ヴリトラ達も同じように考えており、しばしの静寂が控室を包み込む。その時、リンドブルムがある事に気付いてふと顔を上げる。
「・・・そう言えば、次の試合の出場するZと対戦相手のビビットって姫騎士さんもいないよ?」
「あっ!言われてみれば・・・」
リンドブルムの話を聞いてヴリトラ達もフッと顔を上げ、もう一度控室を見回したがやはり控室には自分達以外誰もいない。
「何処にいるんだろう?」
「もう試合場に出てるんじゃねぇのか?」
「いや、さっき控室へ戻る通路を通った時には姿を見なかった。試合場へ行ける道はあの一本道だけだ、試合場へ向かったのなら必ず途中ですれ違うはず」
「・・・ビビット殿とZは試合場には行っていない」
ラピュスとラランが二人とすれ違わなかった事をヴリトラ達に話し、それを聞いた三人も控室までの道のりを思い出して納得する。
「もしかして、トイレに行ってるんじゃないの?」
「二人同時にかぁ?」
「それなら、僕達が控室へ入った直後に試合場へ向かってすれ違ったって事も考えられるんじゃ・・・」
「例えそうだとしても、試合が始まれば必ず控室に兵士が来て試合開始を知らせに来るはずだ。だが、未だに誰も来ない。という事は試合はまだ始まっていないし、次の試合の準備も整っていないという事だ」
「それじゃあ、一体何処に・・・」
ヴリトラ達はZと対戦相手のビビットの行方が分からずに困り果ててしまう。早くビビットを見つけてZと戦うのは危ないと試合を棄権する様に説得しないといけないが、その本人がいなければ説得も出来ない。ヴリトラ達はその場で困り果ててしまった。
「こんな所でいつまでも悩んでも仕方がない。とりあえず、試合が始まる前にビビットを見つけて説得するんだ!いくら近衛隊の騎士でも機械鎧兵士に勝つのは難しい」
「ああ、手分けして探そう!」
ニーズヘッグの案に賛成したヴリトラは手分けして探す事を全員に話し、ラピュス達も頷いた。そしてヴリトラ達は控室を飛び出す様に出て行き、ビビットを探しに向かう。
――――――
ヴリトラ達が闘技場でビビットを探している事、ジャバウォック達は未だに町外れにある倉庫を調べていた。詰所で待機していた第三遊撃隊の騎士達も全員集まり、捜索は順調に行われている。
「第三遊撃隊と合流してから数十分、未だに怪しい奴や物は見つからねぇな・・・」
腕を組みながら周りの倉庫を見回しているジャバウォック。倉庫の近くではジルニトラや第三遊撃隊の騎士達が倉庫の周りや中を隈なく調べている姿があった。だが、何かを見つけた様子もなく皆疲れた様子を見せている。
「ダメねぇ、これだけ探しても見つからないならこの辺の倉庫にはいないって事になるわ」
倉庫の窓から中を覗き込みながらジルニトラは呟いていた。そこへジャバウォックがやって来てジルニトラに声を掛ける。
「もうこの辺りの倉庫は全部調べ終えちまったんだよな?」
「ええ、十数個あったけど何も見つからなかったし、誰も無いかったわ」
「そうか・・・町の方も粗方探したし、この倉庫も全部調べたからな」
「町の中にはいないみたいね」
町にはブラッド・レクイエムの仲間はいないと考えたジャバウォックとジルニトラは捜索を続けている騎士達を全員集めて次の行動について話を始める。
「皆、集まったか?この倉庫は粗方調べたがブラッド・レクイエムの手掛かりやその協力者は見つからなかった。手伝いに来てくれたのに申し訳ないがこの辺りに捜索はこれで終わりにする」
「忙しいのにわざわざ手伝いに来てくれたありがとう。このお礼はいつかするから」
ジャバウォックとジルニトラの話を聞いて最初に二人と一緒にいた四人以外の騎士達は疲れたような表情を見せて互いに話をしている。だが、彼等も七竜将には過去に何度も助けてもらっていたので、その事もあるのか文句は言わなかった。そんな彼等を見てジャバウォックとジルニトラも少しだけホッとする。
「俺達は闘技場に戻ってヴリトラ達と合流する。お前達はこの後――」
「待って!」
ジャバウォックが騎士達に話しをしていると突然ジルニトラが話に割り込む様に声を上げた。驚いたジャバウォックはフッとジルニトラの方を向いて目を丸くする。騎士達も全員ジルニトラの方を見ていた。
「な、何だよジル?いきなり大声出しやがって・・・」
「・・・あそこ」
ジルニトラはある一点を見つめてその方向を指差した。ジャバウォック達もジルニトラが指を指す方を向いて目を凝らす。ジャバウォック達から100m程離れた所に倉庫があり、その近くで利休茶色のマントを羽織っている二人の男がいた。周りをチラチラと見まわして明らかに様子がおかしかった。そして二人は倉庫の陰へと消えて行く。
「・・・何だ?あの連中は?」
「さっきまであんな奴等いなかったぞ?」
「何だか落ち着かない様子だったわね?」
騎士達が突然姿を見せた二人組を見て喋り出す。ジルニトラもその二人組をジッと見ていた。
「・・・どう思う?」
「・・・見た目はマントを羽織っただけの男どもにしか見えねぇけど・・・何か怪しいな」
「でしょう?何でこんな人気の無い倉庫に来てあんなに周りを警戒してるのかしら?少なくとも何か人に知られたくない事をしようとしているのは確かよ」
「ブラッド・レクイエムの仲間だと思うのか?」
「勿論そうだという証拠はないから決め付けるのは早いわ。でも、確認ぐらいはしておいてもいいと思うの」
「まぁ、この倉庫は全部調べたから、闘技場に行く前に調べてみる事にしよう。ゴロツキの犯罪程度のものなら騎士団に任せりゃいいしな」
不審な男達を調べる為に気付かれないよう倉庫の方へ歩いて行くジャバウォックとジルニトラ。数人の騎士達も二人について行き、男達の下へと向かった。男達が姿を消した倉庫に近づいたジャバウォック達は倉庫の壁に寄りかかりながら慎重に近づいて行き、陰から顔を出す。そしてジャバウォック達は二人の男が何やら会話をしているのを見つける。
「東の城壁にある下水道の入口の鍵はなんとか手に入った」
「本当か?」
「ああ。苦労したぜ?下水道を管理している騎士団の詰所から盗み出してくるのは・・・」
「これであのSとZとか言う奴等の逃げ道は確保できたって訳だな」
「「・・・!?」」
男達の話を聞いてジャバウォックとジルニトラは目を見張って驚く。そんな二人に盗み見されている事に気付いていない男達は会話を続けた。
「しかし最初にアイツ等が俺達に声を掛けて来た時は驚いたなぁ?」
「まったくだ。『我々に協力すれば一生遊んで暮らせるだけの金をくれてやる』なんて言った時はふざけてると思ったぜ」
「だけど、前金で1万ティルをポンと出した時は驚いたもんなぁ。あれを見れば奴等も本気だって事が分かるぜ」
「しかも、仕事の内容が逃げ道の確保をするだけって言うんだから、楽でいいよなぁ」
男達は金を出されてスケルトンとZに協力したという事を聞いているジャバウォックとジルニトラは更に詳しい内容を聞く為にジッと黙って話を聞いていた。
「でもよぉ、アイツ等は何でこの国の武術大会に参加してるんだ?」
「さぁな?何でも強い戦士を探してるって言ってたぜ?」
「強い戦士ねぇ・・・」
「まっ、何にせよ。アイツ等が上手くいけば俺達も国に帰って、うんと楽が出来るんだ。もうこの仕事は成功したも同然だな」
「ああ!」
仕事の成功を確信して笑みを浮かべる男達。二人は既にこの仕事が終わった後の事を想像して楽しそうにしていた。
「どうしてそんな事が分かるんだ?」
男達が楽しそうに話をしている時、突然聞こえてきたジャバウォックの声に驚く男達。声のした方を向くと、そこには倉庫の壁にもたれながら自分達を見ているジャバウォックと腕を組んで自分達を睨んでいるジルニトラの姿があった。
「な、何だお前達!?」
「・・・話は全部聞かせてもらったよ」
ジャバウォックにさっき自分達が話していた内容を聞かれて男達は表情を急変させて驚く。そしてその場から逃げようと二人の立っている方向とは逆の方へ走ろうと振り返るが、そこにはジャバウォックとジルニトラに同行していた騎士達が立っており、完全に囲まれていた。男達は自分達を取り囲むジャバウォック達に動揺して怯えている。
「話を聞かせてもらおうか・・・?」
ジャバウォックは怯えている男達に近寄りながら左手の拳を鳴らして睨みつける。男達は巨体で自分達を睨んでいるジャバウォックを完全に恐れている様子で直ぐに白状したのだった。
――――――
ジャバウォック達が男達を問い詰めている時、ヴリトラ達は闘技場内を走り回りビビットを探し回っていた。しかし何処にもビビットの姿が無く、合流したヴリトラ達は控室の前で立っていた。
「いないねぇ・・・」
「闘技場の中は全部調べたのに何処にもいないなんて、どういう事だよ?」
ビビットの姿が見当たらない事に困り果てるリンドブルムとヴリトラ。ラピュス達も黙ってビビットが何処にいるのかを考えていた。すると、控室の前で立っているヴリトラ達の下へ一人のレヴァート兵が駆け寄って来た。
「皆さん、こちらにいらっしゃったのですか?先程控室を尋ねた時に誰もいらっしゃらなかったので驚きましたよ」
「ああぁ、どうだったんですね。すんません・・・」
レヴァート兵の方を向いて一礼をし謝るヴリトラ。ラピュス達も少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「いえ、別に構いませんが・・・もう既にZ選手とビビット選手の試合が始まっていますよ?」
「「「「「!?」」」」」
既に試合が始まっている、それを聞いたヴリトラ達は耳を疑った。
「も、もう!?・・・ビビットは何処にいたんですか!?」
「何処?・・・私が控室を尋ねた時はいらっしゃいましたが・・・」
「何だって!?それは本当か?」
声を上げながら尋ねてくるラピュスを見てレヴァート兵は驚きながら数回頷いた。
「え、ええ。何でも陛下や王族の方々が観戦されていらっしゃる王家の客席にいってらっしゃったと・・・」
「陛下の席に・・・それでは見つからないわけだ!」
「・・・失敗」
王族の席を探していなかった事に気付き、悔しそうな表情を見せるラピュスとララン。ヴリトラ達も「しくじった!」と言いたそうな顔をしていた。
「・・・とにかく、急いで試合場へ行こう!今ならまだ試合を止められるかもしれない!」
「そうだな!」
ヴリトラの言葉を聞いたラピュスは頷く。そして五人は急いで試合場へと向かって追った。残されたレヴァート兵は一人ポツーンと立っている。
ジャバウォック達はブラッド・レクイエム社の手掛かりらしき二人の男を見つめる。だが闘技場ではヴリトラ達は試合前にビビットを見つける事が出来ずに急ぎ試合場へ向かう。この二つの出来事が更に武術大会を混乱させていくのだった・・・。




