第七十八話 心強き者 ラランの心の突撃槍!
謎の参加者Sと青銅戦士隊の姫騎士サラの試合はSの勝利に終わった。だがその試合でサラがSに殺され、武術大会初の死者を出してしまう。観客達の興奮を一気に冷め、重い空気が闘技場内に広がってしまう。
Sとサラの試合の一部始終を見たヴリトラ達は曇った表情で控室へ戻った。そして控室でZに何かを話しているSの姿を見つけてジッと見つめる。
「やっぱりあの二人は仲間だったみたいだな・・・」
「うん。それにあのSって奴、一瞬しか見えなかったけどクナイを使っていたよ」
「つまり、俺達と同じ世界から来た人間、ブラッド・レクイエムの連中と見て間違いないな」
ZとSの正体を確信したヴリトラとリンドブルムは周りには聞こえない様な小さな声で話をする。ラピュス達も二人の後ろでZとSの方をジッと見ていた。
「アイツ等も前に戦ったエントと言う奴と同じ存在なのか?」
「ああ、間違いなく敵の幹部だろうな」
「・・・何だか、嫌な予感」
ラピュスに続いてニーズヘッグとラランがブラッド・レクイエム社の幹部と思われる二人を見ながら話をする。今まで観客も参加者も楽しめていた武術大会の空気が一瞬で変わり、ヴリトラ達は警戒心を強めていた。他の参加者達も同じだった、レヴァート兵からサラが死んだ事を聞かされ、彼女を殺したSを警戒している。だが、その中で最も警戒を強くしている人物が一人いた。
「・・・・・・」
「どうしたの、ララン?」
リンドブルムはSをジッと見つめているラランに声を掛けて尋ねる。ラランはリンドブルムや周りのヴリトラ達の方を向いて静かに口を開く。
「・・・もし、私が次の試合で勝ち進んだら、アイツと当る」
「・・・あっ!そうだよ!」
リンドブルムは試合の流れを調べて次の第八試合で勝利した参加者がSと対戦する事になるのに気づき驚く。ヴリトラ達も驚いたラランと遠くにいるSを交互に見る。
「マズイな・・・。相手は十中八九機械鎧兵士、しかも幹部クラスと見て間違いない。一般兵なら此処にいる全員が戦闘経験があるが、幹部クラスはリブルとファウの二人だけだ」
「更に言えば、ブラッド・レクイエムの幹部クラスは一般兵と違ってそれぞれオリジナルの機械鎧を纏ている。つまり、内蔵兵器や性能も全く違うって事だ。情報や戦闘経験の無い状態で一人で戦うのは危険すぎる」
「しかも、ラランは姫騎士とは言え普通の人間。僕達ですら勝てるかどうか分からない相手にララン一人で戦うのは・・・」
ヴリトラ達は七竜将のメンバーはラランとSがぶつかった時の戦闘を想像して緊迫した様な表情を見せる。普通の人間であるラランが幹部クラスの機械鎧兵士に一人で戦うのは危険だと。だが、実際そのとおりだった。ヴリトラ達七竜将でも情報を得た状態でようやくまともに戦えるくらいだ。ブラッド・レクイエム社の機械鎧は七竜将の機械鎧と違って性能が高く、しっかりと整備されている物、戦士の実力という以前に機械鎧の性能で既に彼等は不利な位置にある。そんな彼等ですら勝つ事が難しい相手にラランが一人で戦い、勝つ確率は皆無に等しかった。
七竜将の話を聞いていたラピュスは不安な表情を見せてラランの方を向く。ラランは無表情のままヴリトラ達の方を向いて話を聞いている。
「・・・ララン、次の試合でもし勝ったとしても、Sとの戦いは棄権した方がいいよ」
「そうだな、今のお前じゃ勝ち目はない」
リンドブルムの提案に賛成するニーズヘッグ。自分を見てSとの戦いを棄権する事を勧めてくる二人をラランは無表情のまま見ている。
「・・・棄権したら、その後はどうするの?」
「次に俺の試合で俺が勝てば奴と当たる。俺は機械鎧兵士だから奴とも互角に戦える、その試合でアイツを倒すさ」
「・・・どんな機械鎧を使うのかも分からないのに?」
ラランがニーズヘッグを見ながら尋ねると、ニーズヘッグは目を見張りながら一瞬反応を見せる。彼女の言うとおり、Sがどんな機械鎧を使うのか分からない以上、いくら同じ機械鎧兵士であるニーズヘッグでも不利な事に変わりはない。機械鎧とそれを使う幹部の情報が有って初めて互角に戦える、その事をスッカリ忘れていた。
「・・・さっき内蔵兵器や性能が変わらない状態で戦うのは危ないって言った。いくらニーズヘッグが強くても、勝てる可能性は低いと思う」
「・・・ああ、確かにな。だがそれでも可能性はゼロじゃない、戦いながら情報を集めるさ。それに、可能性が低いからって言って俺まで棄権したらアイツやZが勝ち進んで次々にこの大会の参加者を殺していく。そんな事をさせない為にも俺達がアイツ等を止めないといけないんだ」
この武術大会でサラの様な犠牲者を出させない為にもアイツを倒す。そう決めたニーズヘッグとそんな彼を見ているヴリトラとリンドブルム、二人も強い意志の籠った目をしている。そんな三人を見てラピュスは「らしいな」と言いたそうに微笑んでいる。そしてラランも三人を見て無表情のまま頷く。
「・・・分かった。でもその前に次の試合で勝つ」
「おっと、確かにそうだったな。まずはお前が次の試合に勝つ事が大切だな」
ラランの言葉を聞き、ヴリトラは笑いながらそう言った。ラランはヴリトラ達やラピュスと同様、自分を磨く為にこの大会に参加したのだ。ラランはSと戦う前に次の自分の試合に集中する事にした。
控室の扉が開く、レヴァート兵が静かに入って来る。それに気づいたヴリトラ達は一斉に兵士の方を向く。
「え~、お待たせしました。先程試合場の準備が整いましたので、次の試合の選手はどうぞ試合場にお越しください」
レヴァート兵の言葉を聞き、部屋の隅で座っていたロンが立ち上がり控室から出て行く。それを見てラランも自分の突撃槍を握りながら扉の方へ歩き出した。
「頑張れよ、ララン」
「まずはこの試合に勝たないとね?」
「私達も後で見に行くからな」
「・・・うん」
ヴリトラ、リンドブルム、ラピュスの応援を聞き、ラランは静かに頷き控室を後にする。二人が控室を出た後にヴリトラは腕を組んで真面目な顔を見せた。
「次の試合、ラランには必ず勝ってもらわないとな・・・」
「え?」
ヴリトラの言葉にラピュスは意外そうな顔で彼の方を向く。勝ちにこだわらずに戦って自分を鍛える事に集中しろと言っていたヴリトラが次の試合でラランに勝ってもらいたいと口にした事が矛盾していたからだ。リンドブルムとニーズヘッグも同じように意外そうな顔でヴリトラを見ている。
「ヴリトラ、どうしたの?いきなり」
「お前、この大会では勝利にこだわらず、戦いの中で自分の強さと限界を確かめるって言ってたじゃねぇか?」
「ああ、私達もお前もその考えから大会に参加した筈だ。なのにどうして今更・・・」
二人に続いてラピュスもヴリトラの考えが分からずに話に加わる。するとヴリトラは三人の方を向いて腕を組んだまま話し始めた。
「勿論その通りさ。だけどな?もし次の試合でラランじゃなく、あのロンっておっさんが勝ったらどうなる?」
「「「・・・・・・ッ!」」」
「気づいたか?・・・そう、もしあのおっさんが勝ったら当然次の試合でSと戦う事になる。そうなったらまず、勝ち目はない。あのおっさんがよっぽど自分の命を大切にしない限り、きっと降参はしないだろう・・・」
「それはつまり・・・」
ラピュスの言葉の続きに気付いているヴリトラは控室の扉を見ながら頷いた。
「ラランの勝利は、あのロンって人の命を救う事になるんだ」
ヴリトラの言葉を聞き、ラピュス達は納得したのか、黙って控室の外の方を向いた。ラランが勝利する事で次の試合はブラッド・レクイエム社の力を知っているラランがSと対戦する事になる。そうする事でブラッド・レクイエム社の事を何も知らないロンが戦う事も無くなり、殺される事も無くなる。ラランの勝利がロンを救うという形になり、それを知ったヴリトラはラランの勝利を強く願ったのだ。
控室でヴリトラ達がラランの勝利に付いて会話をしている頃、ラランとロンは自分の愛用の槍を肩に担ぎながら通路を歩いて試合場の方へと向かっている。その間、二人は前を向いて歩き、口も一切聞かなかった。そして二人が試合場へ出ると、観客達はさっきの試合の冷たい空気が無かった事の様に歓声を上げた。そんな中、ロンは黙って試合場へ歩いて行き、ラランは少し驚きながらも試合場へ向かっている。
「凄いなぁ、おい・・・」
観客席でジャバウォックが観客達の変わり様を見て目を丸くする。ジルニトラ達も同じように周りを見ていた。
「さっきまで血の海を見て固まっていたのに、この変わり様。呆れちゃうわねぇ・・・」
「何だか、さっきの試合が盛り上げる為の余興みたいに思えて嫌な感じがする」
「ああ・・・」
「確かに、これには私も同感です・・・」
観客達を見て呆れるジルニトラとファフニールに続いてオロチとアリサも黙って同意する。人一人の命が消えているのにこの観客達の盛り上がりには七竜将や第三遊撃隊は納得できなかった。何しろ、自分達の仲間が次に同じ目に遭うかもしれないという考えがあるからだ。
「さっきのSって野郎は間違いなくブラッド・レクイエムの連中だ」
「でしょうね。でも、どうしてブラッド・レクイエムが大会に出てるの?て言うか、どうしてこの国にいるのよ?」
「さあな?だがこれだけは言える、どんな理由で奴等が此処に来ているにせよ、注意しておくことに変わりはないって事だ」
ジャバウォックの真剣な表情を見てジルニトラやファフニール、オロチは黙って頷き、アリサ達もどこか不安の見られる顔で七竜将を見ている。
一方、試合場ではラランとロンが見つめ合って試合開始を待っている。二人の真ん中に立ち、審判が二人の紹介を始めようとしていた。
「え~、それでは第八試合を執り行います。まずはロン・ゴーチャイス選手、槍の名手であり、その目にも止まらぬ槍裁きを見て立ち上がれる者はいません!対するはララン・アーナリア選手、若干十一歳にして王国騎士団遊撃隊に所属する天才姫騎士であります!」
さっき試合でまだ動揺しているのか、審判の声には少し震えが残っている。だがそれでも試合を盛り上げ、観客達を楽しませる為に大袈裟に二人の紹介をした。二人の紹介が終ると、ラランとロンは自分の槍を構えて相手をジッと見つめる。それと同時にヴリトラ達も試合を見る為に試合場にやって来た。
「おっ、丁度始まる頃だな?」
「ああ・・・」
ヴリトラの隣で試合場の上に立つ二人を見て頷くラピュス。
「この試合、どっちが有利だと思う?」
「あのロンって男が使うのはごく普通の槍だ。柄が細く、槍先の刃も小さいから扱いやすい。一方でラランが使うのは刃が無く、先端が硬くて鋭い突撃槍だ。あれは重さを利用して相手に大ダメージを与える武器、ロンの槍よりも重くて扱い難いだろう」
「それにあれだけ身長と槍の長さに違いがあるんじゃ、ロンの方が明らかに有利だからな・・・」
リンドブルムが試合の流れがどっちに傾くのか気になり尋ねると、ニーズヘッグが腕を組みながら試合を見て答え、それに続いてヴリトラも顎に手を当てて考えながら答える。確かにロンとラランの身長には大きな差があり、槍も細長く扱いやすいロンの槍と重くラランの身長に合わせて作られた小さい突撃槍とでは長さも違う。明らかにリーチではラランの方が不利だ。
二人の解説を聞いてリンドブルムは少し不安そうな顔でラランを見る。するとラピュスが何処か自信に満ちた表情で試合場の方を見ながらリンドブルムに声を掛けた。
「そんな顔をするな。ラランも槍使い、それくらいの事は熟知してる筈だ」
まるでラランが何を考えているか知っているかの様な口振りで話すラピュスを見てリンドブルムは少し驚いている。ヴリトラとニーズヘッグもそんな彼女を見てまばたきをして意外に思っていた。
そんな会話の中、試合場では審判が二人から離れて両手を上げて戦いが始まろうとしている。そして審判は両手を勢いよく下に降ろした。
「始めっ!」
審判の合図で二人は槍を強く握り、観客達も騒ぎ始めた。
「・・・フッ!」
先に仕掛けたのはラランだった。ラランは突撃槍の槍先をロンに向けながら走り出して突っ込んでいく。それを見たロンは軽く横へ跳んで突撃槍の直進先から移動すると槍を素早くラランを突き反撃する。ラランは咄嗟に突撃槍を動かしてロンの突きを防ぐと直ぐに向きを変えてロンに向かって再び突っ込んでいく。それを見たロンは今度は高くジャンプしてラランの真上に移動し、頭上からラランに向かって突きを放った。
「・・・ッ!」
ラランは真上からのロンの攻撃を体を反らしてギリギリで回避に成功する。ロンの槍の刃はラランの服を掠っただけで怪我は無かった。ラランは真上を撃どうするロンを目で追いながら彼の着地する位置を調べる。そしてロンが降りる場所を確認したラランはまた突撃槍を構えて槍先を向けながら走り出して。ロンはラランが降りると予想した位置に着地し、前から向かって来るラランを見て一瞬驚きの顔を見せた。
「!」
驚いたロンは近づいて来る突撃槍の槍先に意識を集中させ、槍先がロンの体に触れる直前に体を左へ反らして槍先をギリギリで回避する。攻撃がかわされた事に驚き目を見張って驚くララン。そこへロンが槍の柄の部分でラランの腕を殴打する。
「ううっ!」
腕から伝わる痛みに声を漏らすララン。ロンは腕を殴打した後に大きく後ろへ跳んでラランから距離を作り槍を構え直す。ラランも片手で突撃槍を構えながら空いている方の手で殴られた部分に手を当てながら痛みに耐えている。その姿を試合場の外で見ていたヴリトラ達にも緊張が走り、表情が鋭くなっていた。
ラランは表情を歪ませながらロンを見て突撃槍を握る手に力を入れる。流石は槍の名手と言われているだけあって、槍を自分の体の様に器用に操り、動きもとても素早くなかなか攻撃を当てられない。ラランは珍しく感情を表に出してロンを見ながら彼の動きを伺っていた。
「・・・娘、なかなかやるな?」
「・・・・・・」
ロンの言葉にラランは黙って彼を見つめている。ラランの強い意志の籠った目からロンは彼女の闘志を感じ取っていたのだ。その闘志がラランの強さの源だと気付いているのだろう。
「その若さでこれ程の闘志を宿しているとは、何かそこまでお主の闘志を強くしている?」
「・・・私は自分を強さの限界を知る為に戦っている。強い相手と戦って、自分がどれ程の力を持っているのかを確かめたくて参加した」
「ほぉ?幼くして強い相手と戦い、自分の力量を確かめるか。戦士としては強い精神を持っているようだな」
ロンは子供でありながら騎士としての心得をしっかりと持っているラランを見て敬服する。そんなロンを見てラランは殴られた腕の痛みが引いたのか、両手で突撃槍を握り、今度は槍先をロンに向けずに走り出した。ロンは走って来るラランに向かって槍の連続突きを放つ。ラランは突撃槍を素早く操り連続突きを防いでいく。しかし全てを防ぐ事は出来ずに足や腕に小さな切傷が幾つも負ってしまった。ラランはその連続突きの中にある小さな隙を見つけて、素早くロンの側面に回り込んだ。そして勢いよく突きを放ち反撃する。
「何っ?」
側面に回り込んで突撃槍で突きを放って来たラランに一瞬驚いたロンは咄嗟に体を反らして突きをかわそうとしたが、回避が間に合わずに槍先が左腕を掠って腕に傷を負った。その直後にロンは左腕でラランの突撃槍を腕と脇で挟んで動きを封じる。ラランも突撃槍を右手に持ち、空いて左手でロンの槍の柄を掴んで同じように動きを止める。二人は互いに相手の槍を封じて目の前の相手と睨み合う形に入った。それを見ていた観客達は歓声を上げ、更に盛り上がっていく。
「・・・貴方はどうしてこの大会に出たの?」
「ん?なぜそんな事を聞く?」
「・・・私は答えた、貴方も答えるのが道理でしょう?」
「フッ、確かにな・・・」
ラランの言っている事は正しいとロンは小さく笑って頷く。そして真面目な顔で小さなラランを見下ろしながら口を開いた。
「私は槍の腕を極める為に大陸中の国を回りながら修行をしてきた。そして再びこの国に戻って来た時に武術大会の噂を聞いて参加したのだ。必ず大会には強者達が集まると思っていたからな・・・」
「・・・貴方も私と同じ」
「そうだ、そして私はお主もその強者の一人と思っている」
「・・・私が強者?」
自分を強者と認めるロンを見て一瞬驚くララン。ロンは真面目な顔で頷きながら話を続ける。
「強者とは力だけではない、心も強く持つ者も強者と言うのだ。お主も強い心持っている、紛れもない強者だ」
ロンの言葉を聞き、ラランは更に驚きの表情を見せる。するとラランはしばらく何かを考える様な顔をし、やがて真剣な顔でロンを見上げた。
「・・・私は心だけじゃなく、力も強くしたい。これから戦う邪悪な敵に勝つ為に」
「邪悪?」
ラランの言葉にロンも真剣な顔で聞き返す。するとラランは力一杯突撃槍を引き抜き、左手に持っている槍の柄を離すと後ろに跳んで距離を作ろうとした。そして後ろに跳んだまま突撃槍に風を纏わせて気力を使い始める。それを見たロンも後ろに跳んでラランから距離を取り、槍を構えながらラランの攻撃に備えた。するとラランは風を纏った突撃槍を構えてロンに向かって走り出す。
(・・・負けられない、私が負けたらあの人が次の試合でSと戦う。いくら強くてもブラッド・レクイエムの事を何も知らない彼じゃ勝てない・・・!)
ラランもヴリトラと同じ考えだったのか、ロンをSと戦わせない為にこの試合で勝つ事を考えていたのだろう。そんな強い意志を持ったラランは突撃槍を更に強く握り、走る速度も上げる。すると突撃槍に纏われている風が更に勢いを増して槍先を包み込んだ。それを見たロンは目を見張って向かって来るラランを見つめて態勢を直す。そして自分の攻撃範囲に入ったラランに向かって槍を勢いよく突く。するとラランも風の纏っている突撃槍を力強く突いた。
「・・・烈風天馬槍!」
ラランが必殺技をロンに向かって放ち、ロンの槍もラランの槍とぶつかって周囲に突風と轟音を広げる。すると、突撃槍の風によってロンの槍が刃で切り刻まれる様にボロボロになり、真ん中からへし折れて宙を舞った。そして折れた槍の先は試合場の外まで飛んで行き地面に刺さる。ロンは折れた愛槍を見て小さく溜め息をつくと審判の方を向く。
「・・・降参だ」
「それまでっ!」
ロンが降参した事を知った審判は試合終了を宣言。観客達の歓声が闘技場に響く中で試合を見ていたラピュスは目を丸くして驚きの顔を見せている。
「あ、あれは・・・ラランの気力が一瞬強くなった」
「え?ラランの気力が?」
「どういう事だよ?」
理解出来ずにラピュスに尋ねるリンドブルムとヴリトラ。ラピュスは試合場の上に立っているラランを見ながら説明を始めた。
「気力と言うのは騎士の心や精神力が強ければ強い程、その力は引き出すんだ。今一瞬、ラランの突撃槍に纏われていた風が勢いを増した。恐らくラランが強くなりたい、もしくは勝ちたいと強く願ったのだろう」
ラランの力が増した事を聞かされたヴリトラ達も少し驚きながらラランの方を向いた。試合場の上ではラランがロンの隣になって小さな声で何かを話している。
「・・・どうして手を抜いたの?」
「ん?」
「・・・貴方ならあの技、簡単にかわして私の不意を突く事が出来た筈。なのにどうして?」
少し不機嫌そうな声で尋ねるラランを見てロンは表情を変えずに聞いている。実はさっきの一撃はロンがあえてラランの技を正面から受けたのだ。ロン程の男ならさっきの技を正面で止めるのは危ないと直ぐに分かる。であれば側面や背後に回りこんでカウンター攻撃をするのが持っても得策だった。なのに彼はラランの技を正面から受けて槍を失い、敗北した。それを理解したラランはその理由をロンに尋ねたのだ。
「・・・お主の騎士としての誇りを傷つけてしまったのであれば、それは詫びよう。だが、私の戦士の心が告げて来たのだ。『正面から受けよ』と・・・」
「?」
「私はお主のさっきの言葉、『邪悪な敵に勝つ』という言葉を聞いた時から違和感を感じていた。まるでこの武術大会に善からぬ心を持った者が紛れ込んでいるのではないかと、考えてしまうのだ」
「・・・ッ!」
ロンがブラッド・レクイエム社の機械鎧兵士達の存在を感じ取っていた事を知り、ラランはふと彼の顔を見上げる。
「そして直感したのだ、お主はその邪悪な敵と戦う為にこの大会を勝ち上がろうとしているのではないか、そしてその者とお主は何か因縁の様なものがあるのではないか、とな」
「・・・・・・」
「だから私はあえて負けの道を選んだのだ。お主の宿命を邪魔してはならぬと思ってな」
まるで心の中を見通したかのように言い当てるロンにラランは不思議な力を感じていた。そしてラランは試合場の外にいるヴリトラ達の方を向きながら頷き、それを見たロンは静かに空を見上げる。
「・・・その邪悪な者は一体何なのだ?」
「・・・この国、ううん、この世界にとっての脅威になる存在」
「そんな者にお主は戦いを挑むのか・・・」
「・・・うん」
「・・・・・・何か事情があるようだが、これ以上を追及せん。自分の信じた道を進むがよい、若い姫騎士よ」
ロンがそう告げるとラランは試合場から降りてヴリトラ達の方へ向かって歩き出すのだった。
ラランとロンの試合はロンがラランの宿命を感じ取って負けの道を選んだという結果に終わった。ラランにとってはあまり納得の行かない結果だったが、これでロンがSと戦う事はなくなった。だがそれでも、まだZと言うもう一人の機械鎧兵士がいる。この後も激しい戦いが待っている事をヴリトラ達は改めて感じていたのだった。




