第七十七話 歓声の中で牙を研ぐ者
ニーズヘッグとアネットの試合は苦戦しながらもニーズヘッグの勝利で終わった。これで残るはラランの試合のみ、残りの試合を楽しみにしている観客達によって武術大会も徐々にヒートアップしていく。
レヴァート王国武術大会が始まり、十試合中の半分が終った。ここまでの試合で経過した時間は約三時間、七竜将の力が予想以上に強く試合が早く終わってしまった為に午前の部では半分が終ってしまったのだ。
「残すはラランの試合のみだな」
控室に戻る通路を歩きながらヴリトラはラランの方を見る。ラランも歩きながらヴリトラの顔を見て黙って頷く。周りではラピュス達もこの後に行われる試合に内容について話をしていた。
「ラランの試合が終わって次の次だったよね?」
「ああ、相手は槍の名手と言われているロンって言うおっさんだ」
ニーズヘッグは対戦を決めるくじ引きの時にラランの対戦相手の事を思い出してリンドブルムに説明する。リンドブルムも腕を組んで頷きながら話を聞いていた。
「・・・ララン、あまり緊張するな。いつも通りのお前で戦えばいいんだ」
「・・・ハイ」
歩きながらラピュスがラランの肩に手を置いてリラックスさせるように優しく声を掛けた。ラランは緊張しているのかいないのか、無表情のまま頷く。そんなラランを見てラピュスは考える様な表情を見せた後にラランの肩から手を退けて前を向いたまま口を開いた。
「ララン、私達がこの大会に参加した理由は分かっているな?」
「・・・強い人と戦って自分の力と心を鍛える為」
「そうだ。分かっていると思うが勝利にこだわるな?私達はこの大会で優勝する為に来たんじゃない、己の強さを確かめ、より強くなる為に参加したんだ。そんな人間が勝利にこだわると必ずぼろを出す、いいな?」
「・・・ハイ」
ラピュスの忠告を聞き、ラランはラピュスの顔を見上げて真剣な顔で頷く。それを見てラピュスも微笑みながら頷く。その光景を後ろではヴリトラ達七竜将も第三遊撃隊の隊長と隊員の絆を目の当たりにして笑っていた。
ヴリトラ達は話をしながら歩いていると、ヴリトラ達の前から二人の男が歩いてきた。一人は濃い緑の短髪に革製の鎧を身に付けている若い男性で腰には二本の直剣が鞘に納められている。その斜め後ろではガッシリとした体形にちょび髭を生やした角刈りの男の姿があった。ただ、その男は水色のミニスカートを履き、白のTシャツの様な服を着ていた。そして腰には短い棍棒の様な武器が付いている。明らかに雰囲気がおかしい、二人の横を通過するヴリトラ達はそんな表情でその男を見ていた。
「・・・ウフッ♡」
「「「~~~ッ!」」」
すれ違う時に突然角刈りの男にウインクをされた七竜将は揃って青ざめ、寒気に襲われる。三人の声に気付いたラピュスとラランがふと振り返った。
「どうした?」
「い、いや・・・」
「何でもない・・・」
「ああ・・・」
「「?」」
気分の悪そうな顔で答える三人に小首を傾げるラピュスとララン。五人は試合場へ向かって行く男達の方を見る事なく、控室へと戻って行った。
ヴリトラ達が試合場から控室へ戻った後に少し静かになっていた観客達。だが、次の試合の選手が入場した途端にまた騒ぎ出す。その騒がしい観客席を王族専用の席からヴァルボルトがにこやかに微笑んで眺めている。
「ウム、皆楽しんでくれてよかった。試合もとても盛り上がっているな」
ヴァルボルトが観客席から試合場の方を向いて今までの試合を思い出してよりにこやかに笑う。その隣ではパティーラムもにこやかに父の姿を見ている。
「ウフフ、お父様がそんなお顔をされるなんて本当に久しぶりですね?」
「ん?そうか?」
「ハイ、ストラスタ公国との戦争が始まってからお仕事に追われて笑顔をお見せになられた事はありませんでしから」
「い、いやぁ・・・」
娘の言われて照れくさいのか、ヴァルボルトは頬を少し赤くしながら頭を掻いている。それからヴァルボルトは試合場の上で見合っている緑髪の男と角刈りの男を見下ろして試合を観覧した。
「それにしても、さっきの試合はなかなかの物だったなぁ。指弾を剣で弾く者がいるとは・・・」
「ニーズヘッグさんならあれ位は簡単ですよ」
微笑みながらヴァルボルトと同じように試合を眺めるパティーラム。その言葉にヴァルボルトと彼女と並んで座っている二人の姉がパティーラムの方を向く。
「パティーラム、あの者を知っておるのか?」
「ハイ。以前お話した七竜将と言う傭兵団の事を覚えてらっしゃいますか?」
「ああ、ゴルバンの町やフォルモントの森に駐留していたストラスタ軍を僅か数人で倒したという謎多き傭兵団だな?何でもガバディアも彼等を一目置いているとか・・・」
「ええ、その七竜将の一人が先程のニーズヘッグさんなのです。あと、第一試合と第三試合で勝利した二人もそうです」
「何と・・・」
この武術大会に七竜将のメンバーが三人も出場している事を聞かされて驚くヴァルボルト。すると、パティーラムの隣に座っている次女エリスが腕を組みながらパティーラムはジッと見つめてきた。
「パティ、どうしてお前がその事を知っているんだ?」
「以前、私がお城を抜け出して町を散歩していた時に彼等が町を案内してくださったんです」
「あの時か・・・まったく、護衛も付けずに一人で城を抜け出して町に遊びに行くのは昔からのお前の悪い癖だ。その度に父上や黄金近衛の者達が苦労するんだぞ?」
「申し訳ありません・・・」
姉であるエリスに説教をされてしゅんと落ち込むパティーラム。そこへ今度は長女のアンナが幼さの残る声でエリスに声を掛けてきた。
「もうよいではないかエリス?その件についてはあの時、お前が散々パティに注意したのだから」
「姉様はこの子を甘やかしすぎです」
「確かに勝手に城を抜け出すのは感心せんが、パティも王族としての職務をこなしながら毎日護衛に付き纏われているんじゃ。気晴らしをしたくなるのも致し方ない」
アンナはその幼い外見とは裏腹にしっかりとした考えでエリスと話している。肩に乗っている小鳥に頭を優しく撫でながら無垢な子供の様な笑顔を見せていた。
「わらわも幼い頃はよく城を抜け出した父上に叱られたものじゃ。エリス、お主にだって心当たりがあるじゃろう?」
「うっ!そ、それは・・・」
エリスも昔パティーラムと似た様な事をした経験があるのか、アンナの言葉に反応して彼女から目を反らし困り顔を見せる。そしてそんなエリスをパティーラムはジッと見つめている。隣で話をしている三人の王女を見ているヴァルボルトはまばたきをしてボーっとしていたが、直ぐに微笑ながら娘達を見つめるのだった。
「そんなわらわ達も成長して今こうしておるのじゃ、今ぐらいは大目に見てやれ」
「ハ、ハイ・・・」
アンナの言葉に押されたエリスはパティーラムへの説教を止めて後頭部を掻く。パティーラムは助けられてホッとしたのかアンナの方を見ながら小さく笑った。王族達の会話も終わり、ヴァルボルト達は再び試合場の方を向く。
パティーラム達が座っている席と反対の位置、ヴァルボルトの左側の席には三人の男性が座って同じように試合を見物している。一番端に座っているのはヴリトラ達の力を認め、彼等を信頼している王国騎士団長のガバディアだった。その右隣りには黄金の鎧を身につけ、腕を組みながら試合を眺めている大男が座っていた。見た目は相撲取りの様な太った体型で身長はガバディアより高く、ジャバウォックより少し低い位だ。長い焦げ茶色の髪を後ろで束ね、四十代後半程の温厚そうな顔をしている。
「ここまでは良い試合ばかりですな?」
「ウム、じゃがチャリバンスの試合はそうも言えんな。あ奴は騎士団の中でも傲慢な性格らしいではないか?」
「ええ。私めもその事は重々承知しております」
「ガバディア、いくら優れた才能を持っていてもその才能の持ち主に問題があればその才能も無駄なる。それを忘れるでないぞ」
「肝に銘じておきます、『ザクセン』殿」
ガバディアがザクセンと呼ぶ男を見て真面目な顔で返事をした。
彼はザクセン・ボートルバン。レヴァート王国黄金近衛隊の隊長を務めている騎士で王国最強の騎士と謳われている。見た目は四十代後半程だが、実際はガバディアよりも年上。見た目どおり性格は温厚でヴァルボルトや部下からの信頼も厚いが、一度剣を持つと鬼神の強さであらゆる敵を倒す程の実力を持っている。
「それにしても、性格に問題があるとは言えチャリバンスを倒すとは、あの対戦相手の男も良い腕をしておるな」
「ああ、ヴリトラですか。彼は強いですよ」
「ヴリトラ?・・・もしや最近噂になっているあの傭兵団、七竜将の人間か?」
「ハイ。ザクセン殿もご存知でしたか?」
「当然だ。突然現れた謎の傭兵団がたった数人でストラスタ軍の部隊を撃退したという話はこの国で知らん者は殆どおらんな」
試合を見物しながら話すザクセンを見てガバディアは小さく笑う。騎士団の人間でないとは言え、自分が信頼している戦士が王国最強と言われている近衛隊長に認められたのだ。彼なりに小さな喜びを感じているのだろう。
「所詮は運だけで勝ち残った民兵じゃろう、その二つの戦いも偶然の勝利にすぎん」
ガバディアとザクセンが話をしていると、ザクセンの右隣に座っているもう一人の男性が話に加わって来た。見た目は六十代半ば程でスキンヘッドの老人、貴族の着ている様な高貴な服に杖を手に持っている。鼻は高く目つきが悪いその老人は視線だけを二人に向けてジッと見ていた。
「騎士団も騎士団だ、武術大会とは言え傭兵如きに負けるなど情けない。育成が全くなっておらん証拠だ」
「・・・お言葉ですが『ファンスト』公、この大会に参加している騎士達は皆それなりの実力者です。しかし、だからと言って騎士が最強という訳ではありません。この大会を立ち進んできた者達は皆強者、騎士より優れている者がいても不思議ではありません」
「同感ですな、傭兵の中には優れた才能を持ち、騎士を圧倒する者も大勢います。先程の試合で戦った女傭兵もその一人かと?」
老人の言葉の異議を唱えるガバディアとザクセン。二人の意見に耳を傾けているのかいないのか、ファンストと呼ばれた老人は前を向いたまま無言のままだった。
エドワード・ガ・ファンスト。レヴァート王国元老院の最高権力者であり、王国の実業家として名をとどろかせている男。だが、騎士こそ最強と言い傭兵やそれ以外の戦士は全て下等だと思っている差別主義者でもあり、元老院の全てを自分で決めようとする権力欲の塊とも言える存在。今回の武術大会で死者を出しても罪には問われないという決まりもファンストが決めた事。他の元老院の者達からは軽視されているが本人はその事に気付いていない。
「傭兵の様な金で動くような輩に負ける騎士などもはや騎士ではない、騎士の名を語った愚か者だ。そんな奴等が王国の平和を守れるなど考えられぬわ!」
「「・・・・・・」」
二人の言葉に聞かずに自分の意見だけを一方的にぶつけるだけのファンストをガバディアとザクセンはただ黙って見ていた。ヴァルボルトも隣で騒いでいるファンスト達を見ながら困ったような表情を見せている。
ヴァルボルト達がそんなやり取りをしている内に試合が終わり、観客達は大歓声を上げた。試合場の上では緑髪の男が俯せに倒れており、角刈りの男が観客達を見ながら投げキッスなどをしている。そして男はスキップをしながら試合場を去って行ったのだった。
第六試合が終ったのと同じ頃、控室では勝ち残った参加者、まだ戦っていない参加者達が次の自分達に出番を今か今かと待っていた。その中でヴリトラ達は残りの試合で誰が勝ち残るのかを小声で予想し合っている。
「・・・俺はあのバルバスって大男が勝つと思うな」
「そう?僕はその相手のゼットって人が勝つ気がする」
ヴリトラとリンドブルムは十試合目の選手であるバルバスと言う大男とZと呼ばれたマントの人物を見ながら話をしている。Zはフード付きマントで顔を隠している為、性別も装備も分からない。一方でバルバスと言う男は背負っている大剣と胸を守っている革製の鎧意外目立った装備は無かった。そんな二人を見ながらヴリトラとリンドブルムは何処か楽しそうな顔を見せている。
「やれやれ、何をやってるんだアイツ等は・・・」
二人の様子を少し離れた所から見ているラピュスは呆れる様な顔をしながら手を顔に当てている。その隣ではニーズヘッグが同じように呆れた様な顔で二人を見つめていた。彼もラピュスと同じように考えていたのだろう。
「アイツ等のああいう緊張感の無さそうな雰囲気が時々トラブルを巻き起こすんだ。俺達もそれで慾困らせられている・・・」
「お前も大変だな・・・」
疲れた様に話すニーズヘッグを見て同情するラピュス。その隣ではラランが部屋の隅で目を閉じ、精神統一をしているロンをジッと見ていた。やはり自分の対戦相手の事が少しは気になるようだ。すると、控室の扉が開き、案内役のレヴァート兵が入室して来た。
「先程、第六試合が終了しました。勝者は『カーマオ』選手です」
「カーマオ?」
勝者の名を聞き、ふとレヴァート兵の方を向くニーズヘッグ。そこへ兵士を押し退けてあの角刈りの男が控室に入って来る。どうやらこの男がカーマオと言う名前の様だ。その男を姿を見てニーズヘッグはビクッと一瞬驚いた。ヴリトラとリンドブルムも「うっ!」という様な反応をして驚く。
「・・・あら!」
控室を見回していたカーマオはニーズヘッグの姿を見つけると笑いながら彼に近づいて行く。そしてニーズヘッグの肩を軽く叩いて顔を近づけて来る。
「貴方が次のあたしの対戦相手ねぇ?よかったわぁ~、あたし好みの男の子でぇ~♡」
「ぐうぅ~~!」
低い声の女口調で自分に寄って来るオカマにニーズヘッグは顔を青くして引いている。その様子を見ていたヴリトラとリンドブルムは必死で笑いを堪え、ラピュスとラランはまばたきをしながら二人の様子を見ていた。
「ウフフフ、思いっきり可愛がって上げるから覚悟してねぇ~♡」
「お、お手柔らかにな・・・」
青ざめながら軽く挨拶するニーズヘッグとカーマオにヴリトラとリンドブルは他人事だと思ってクスクス笑っている。そんな二人をニーズヘッグはジッと睨みながら見つめていた。
「え~続きまして、S選手とサラ選手の試合を始めます。両選手は試合場へ移動してください」
レヴァート兵の指示を聞いて、オレンジ色のショートボブに青銅色の鎧を着た女騎士とZと同じようにフード付きマントで姿を隠したSと言う選手が控室から出て行く。その様子を見ていたヴリトラは笑うのを止めてラピュスに近づいて話し掛けた。
「ラピュス、さっきの鎧を着た女って姫騎士か?」
「ん?ああ」
ヴリトラの質問にラピュスが頷いて答えると、そこへザーバットが近づいてラピュスの代わりに説明を始める。本来は試合に敗退した者は控室にいる必要は無いのだが、試合を近くで見物出来るように控室にいる事が許可されているのだ。
「彼女はサラ、私と同じ青銅戦士隊に所属している姫騎士だ。まだ二十三と若いが小隊長を務めて多くの任務を成功させてきた優秀な騎士だ」
「へぇ~」
ザーバットの説明を聞いたヴリトラは意外そうな顔で話を聞きながら部屋から出て行くサラの背中を見つめる。するとそこへ、何とかカーマオから逃れてきたニーズヘッグがヴリトラの肩を叩いた。
「お、おい・・・そう言えばさっきのエスって奴も何か怪しい雰囲気を出してたな・・・」
「・・・ああ、最初に名前を聞いた時から怪しいと思ってた。確かにZと言いSと言い、あれは明らかにアルファベットの名だ。俺達の世界の言葉がこの世界にあるなんておかしい」
ヴリトラの言葉を聞いて、ラピュス、リンドブルム、ララン、ニーズヘッグは真剣な表情でヴリトラの方を向く。ザーバットは何の話をしているのか理解出来ずに富士義そうな顔をしていた。
「ヴリトラ、あのSと呼ばれた人物とあそこにいるZと言う人物・・・」
「ああ・・・」
ラピュスの言葉に頷くヴリトラは部屋の隅で壁にもたれているZの方を向き、鋭い目で見つめる。そして控室の入口の方を向いてゆっくりと口を動かす。
「ブラッド・レクイエムの可能性が高い・・・」
ヴリトラの言葉にラピュス達の顔は更に鋭さを増す。何か嫌な予感がした一同が一斉に控室から出て行った。ザーバットは突然出ていったヴリトラ達の後ろ姿を見てまばたきをする。次の試合で何か良くない事が起きるかもしれない、そう感じていたヴリトラ達は試合場へ向かって全力疾走する。
「あのSって奴がもしブラッド・レクイエムの機械鎧兵士なら対戦相手が危ない」
「もし、殺されそうになったらどうするの?」
「そんなの止める決まってるだろう!」
「だよね!」
ヴリトラとリンドブルムは喋りながら走り続ける。二人の周りでもラピュス達が全力で走っていた。そして五人が出入口を通り、試合場に出ると、目の前には信じられない光景が広がっていた。試合場の上では既に試合が始まっており、体中に傷を負い、酷く出血をしているサラとマントに汚れすら付けず無傷で立っているSの姿があった。審判はその光景に言葉を失い、観客達も驚きのあまりどよめいている。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・」
「・・・それくらいにしておけ。これ以上やると言うなら、こちらも容赦しないぞ?」
「ハァ、ハァ、う、うるさい・・・!まだ勝負は付いていない!」
「勇気と無謀をは吐き違えるな、死んだら元も子もないぞ?」
「私は、王国の姫騎士だ。敵に背を向けるなど、決してしない!」
サラはそう言って手に持っている騎士剣を握りSに向かって走って行く。
「バ、バカ、止せぇ!」
Sに突っ込んでいくサラを見て叫ぶように止めるヴリトラ。だが、遅かった。Sはマントの中から何かを出し、それを向かって来るサラに向かって放った。投げられた物はサラの首の横を通過、サラの首筋に切り傷が生まれ、そこから真っ赤な血が噴水の様に噴き出た。
「「・・・ッ!?」」
「・・・チッ、頸動脈を切られたか」
首から噴き出る大量の血に驚くラピュスとララン。ニーズヘッグは悔しそうにサラを見て舌打ちをする。やがてサラは電池の切れた玩具の様に力を失い、膝をついて俯せに倒れた。Sは倒れたサラを見ながら飛ばした何かをマントの中に収めていく。よく見ると、それは少し太めのワイヤーに結ばれたクナイだった。クナイに結ばれたワイヤーは機械で引っ張れるように消えて行き、やがてマントの中へ入っていった。
「そ、それまで・・・」
驚きながらも試合終了を宣言する審判。観客達は驚きのあまり歓声を上げず静まり返っている。そんな中でSは黙って試合場を下り、ヴリトラ達の方へ歩いて行く。ゆっくりと歩きながらヴリトラ達の真横を通過して控室へ戻っておくS。ヴリトラ達はそんなSの後ろ姿を黙って見ていた。
「な、何なんだ。アイツは・・・」
「・・・何だか、怖い」
「ああ、何の躊躇いも無しに首の動脈を狙いやがった・・・」
「あのサラって人は・・・」
Sから試合場の方へ視線を向けるリンドブルム。試合場の上では審判や医療関係の人間がサラの周りに集まっている。だが、周りの者達は表情を曇らせている。どうやら手遅れだったようだ。
「・・・この武術大会、どうやら楽しく試合が出来るのはここまでみたいだ」
試合場を見て呟くヴリトラ。ラピュス達も試合場の方を向いて真面目な、そして何処か複雑な顔をしている。
盛り上がっていた武術大会で出てしまった初めての死者。闘技場は一瞬にして冷たい空気に包まれ、緊張が走った。この後の試合、そして次の試合に出るラランはどうなるのだろうか。




