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機械鎧(マシンメイル)は戦場を駆ける  作者: 黒沢 竜
第五章~強者が集う聖地~
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第七十四話  真の強さの意味 ヴリトラVSチャリバンス

 武術大会一試合目を見事に勝利したリンドブルム。見物に来ていたヴリトラ達と控室へ戻ろうとする途中で二試合目に出場するザーバットとジージルと出くわし、ジージルに挑発されるも冷静さを保ち控室へ戻るのだった。

 ヴリトラ達が控室に戻ると一試合目を終えて戻って来た彼等を驚きの表情で見つめる他の参加者達が目に飛び込んだ。それもその筈だ、リンドブルムが対戦相手のゴーリラスと控室を出てからまだ三十分も経っていないのだから。あまりにも早い一試合目の終了に参加者達は目を丸くしていた。


「皆僕達を見てるね?」

「そりゃそうだろう、お前が控室を出て直ぐに戻って来たんだからな」


 リンドブルムとヴリトラは小声で自分達を見ている参加者達の事を話す。するとそこへチャリバンスが眼鏡を直しながらヴリトラ達に近づいて来た。


「随分と早く試合が終わったな?まぁ、あれだけ体格に差があれば直ぐに勝負がついても仕方がないな」

「・・・その態度と言い方、お前、もしかしてリブルが負けたと思ってるのか?」


 目の前で笑いながら挑発する様な態度を取るチャリバンスをヴリトラはジッと見ながら尋ねると、チャリバンスは鼻で笑いながらヴリトラの方を向く。


「違うのか?そんな小さな小僧が2mを越える大男に勝てる筈がないだろう」

「・・・勝ったよ」

「何?」


 ヴリトラの言葉にチャリバンスは思わず聞き返す。周りの参加者達も反応してヴリトラ達の方を見る。どうやら彼等は試合が早く終わった事に驚いてはいたが、誰もがリンドブルムが敗退したと思い込んでいたようだ。


「リブルは勝ったよ。しかもたった一発のパンチで相手を場外にした」

「うちのリブルはアンタ等が思っている程弱くねぇんだよ」


 ヴリトラに続いてニーズヘッグもリンドブルムの背中を押す様に彼の強さをチャリバンスに説明する。ラピュスとラランも真面目な顔でチャリバンスを見つめており、リンドブルム本人は真剣な顔のまま黙ってチャリバンスを見上げていた。

 チャリバンスは最初は少し驚きの顔をしていたが、直ぐに表情を戻して再び鼻で笑う。


「フッ、どうせ何か好からぬ手を使って勝ったのだろう。そんな子供に大男を倒す力がある筈ない」

「貴方と言い、ジージル殿と言い、なぜそうやってリブルが姑息な手を使って勝ったと決めつけるのですか?」


 黙って話を聞いていたラピュスはジージルに続いてチャリバンスまでリブルの勝利を悪く言う事に流石に我慢出来なくなったのかチャリバンスに言い返す。チャリバンスはラピュスの方を向くと見下すような笑みを浮かべてリンドブルムを指差した。


「当然だ。さっきも言ったようにこんな小僧があの大男を倒す力を持っている筈がない、何か不正をして勝ち残ったと考えるのが自然だろう?・・・逆に訊くが、なぜお前達はコイツ等の肩を持つ?」

「私やラランは彼等と共に戦い、戦場を生き残って来たからです。彼等の力は私達騎士の力を越えています、そして多くの敵を一瞬にして倒してきました。現に私達はこの目で彼等の力と戦いを見ています、チャリバンス殿もゴルバンの町を彼等が解放した事はご存じの筈ですよ?」


 ラピュスの言葉を聞いたチャリバンスは一瞬反応して目を鋭くする。ゴルバンの町の解放は本当は自分の部隊が解放する筈だった、しかし団長であるガバディアの命で解放の任を自分が忌み嫌う傭兵隊に奪われた事を思い出して、不快になったのだ。

 チャリバンスは腕を組みながら不快な表情でそっぽ向き、ラピュスから顔を逸らした。


「フンッ、大方ストラスタ軍が敵が少人数だと油断して隙を作ったのだろう。そこをお前達が運良く見つけて敵の司令部を落した、あの町でのお前達の活躍も運が良かったに過ぎない!」


 チャリバンスの言葉を聞いたラピュスは目を見張りながらチャリバンスを見つめて呆れ果てる。ヴリトラとリンドブルムも「やれやれ」と言いたそうに顔を横へ振り、ニーズヘッグは気に入らなそうにチャリバンスを見つめている。他の参加者達もヴリトラ達の周りの空気が重くなっていく事に気付いて緊張を走らせる。


「・・・あくまでヴリトラ達の力を認めないと言うんですね」

「・・・大人気ない」


 まるで子供の様に七竜将の力を認めようとしないチャリバンスを睨むラピュスと彼女の隣で無表情のままチャリバンスを見つめて呟くララン。二人は騎士なのに平気で他人を見下すチャリバンスの性格に完全に呆れ果て、同じ騎士として端さえも感じていた。

 そんな思い空気が控室に流れていると、控室の扉が開いてレヴァート兵が入室して来た。参加者達は一斉に兵士の方を向く。


「先程、第二試合が終了しました、第三試合の選手は準備を始めてください」

「もう第二試合が終ったんですか?」


 リンドブルムの第一試合と殆ど変らない早さで第二試合が終了した事に驚くヴリトラにレヴァート兵はヴリトラの方を向いて頷いた。


「ハイ、勝者はジージル選手です」

「えぇ?」

「フッ・・・」

 

 驚くヴリトラと愉快そうに笑みを浮かべるチャリバンス。ラピュス達も驚きの顔を浮かべていた。しばらくして控室にザーバットとジージルが戻って来た。ザーバットは鎧と服が汚れており、体中に多くの傷を負っているがどれも軽いものだった。その一方でジージルは服や鎧に汚れすら付いていない、文字通り無傷の状態だった。

 ヴリトラ達は控室に戻って来たザーバットに近寄る。彼の表情は何処か沈んでる様にも見えた。

 

「ザーバットさん、大丈夫ですか?」

「え、ええ。大丈夫です、傷も大したことはありませんから」


 ヴリトラの顔を見ながら笑みを浮かべるザーバットだったが、それが空元気だという事がヴリトラ達には一目で分かった。そんなザーバットの横を余裕の笑みを浮かべながら通り過ぎるジージルはチャリバンスの隣まで歩いて行く。


「やはりお前が勝ったか、ジージル?」

「当然でしょう?青銅戦士隊の騎士に負けたら白銀剣士隊の沽券に関わるわ」


 隣まで来たジージルを笑いながら見下ろすチャリバンスとそんな彼を見上げながら同じ様に笑みを浮かべるジージル。そんな二人の会話を聞いていたヴリトラ達は二人の白銀剣士の騎士の方をジッと見つめる。


「まったく、騎士のくせに陛下や姫様達がご覧になられている試合で賞金を目当てに戦うなんて、戦いの動機が小さいのよ」

「・・・ッ!」


 ジージルの言葉を聞いたヴリトラは反応して目を見張る。その隣に立っているリンドブルムも同じ様にジージルとチャリバンスを見てジッと二人を睨んでいた。そしてラピュスも遂に我慢の限界が来たのか握り拳を作りながら手を震わせる。


「クウゥッ!お前達――」


 チャリバンスとジージルに文句を言おうと一歩前に出るラピュス。だがヴリトラがラピュスの前に手を出して彼女を止めた。


「ヴリトラ?」


 自分を止めるヴリトラに驚きながら彼の方を向くラピュス。ラランもヴリトラやリンドブルム、ニーズヘッグの方を向いた。そして彼女達は目の前で鋭い表情を見せている三人の七竜将を見て更に驚く。

 ヴリトラは鋭い表情でチャリバンスとジージルに方を見つめた後に表情を和らげてザーバットの方を向き、微笑みながらザーバットの顔を見た。


「ザーバットさん、試合の結果は残念でしたけど、そんなに落ち込まないでください。次勝てばいいんですから」

「ええ、そうですね・・・」

「・・・この武術大会が終ったらマリアーナの酒場で食事をしましょう、俺達がおごります。ザーバットさんのご家族も一緒にね?」

「ハ、ハァ・・・?」


 突然、武術大会の後に食事をしようと言い出すヴリトラに不思議そうな顔を見せるザーバット。ラピュスとラランはヴリトラの考えが分からずにザーバットの様に不思議そうな顔を見せている。だが、リンドブルムとニーズヘッグはヴリトラの考えが分かるのか彼の顔を見て何処か清々しそうな表情をしていた。


「俺達がザーバットさんの分まで精一杯戦います。あと、あそこの身分の事しか考えてない白銀剣士隊の高飛車男と毒舌女を懲らしめて仇を討っておきますから」

「んんっ?」

「はあぁっ?」


 ヴリトラがさり気なく口にした毒舌にチャリバンスとジージルは反応してヴリトラの背中を睨み付ける。ヴリトラの安い挑発に簡単に乗った二人を見てリンドブルムとニーズヘッグは小さく笑う。その光景を見ていたラピュスとラランもようやくヴリトラの考えが理解出来たのかふと驚きの表情を見せる。

 ザーバットと会話をしていると、扉の前に立っていたレヴァート兵が第三試合の参加者であるヴリトラとチャリバンスの声を掛けてきた。


「あ、あのぉ~、ヴリトラ選手、チャリバンス選手。そろそろ試合のお時間ですので試合場へお願いします」

「あ~、ハイハイ」

「・・・チッ!」


 レヴァート兵の事に気付いて少し慌てる様に控室を出て行くヴリトラと機嫌を悪くして舌打ちをしながらラピュス達の間を通りヴリトラの後を追う様に試合場へ向かうチャリバンス。残されたラピュス達は互いの顔を黙って見つめ合う。そしてラピュスはヴリトラとチャリバンスの試合を見る為に後を追う様に控室を出て行く。リンドブルム、ララン、ニーズヘッグのそれに続いた。


「ハァ、わざわざ仲間の負ける姿を見に行くなんて、アイツ等も物好きよねぇ~」


 ジージルはチャリバンスの勝利を確信しているのか試合を見に行こうともせずに近くにある木の丸椅子に腰かけて休憩を取る。他の参加者達もさっきまでの重い空気が無くなり、落ち着いたのか小声で会話を始めるのだった。

 試合場へ向かう途中の通路でヴリトラとチャリバンスは黙って歩いていた。ヴリトラは無表情で前を向き、チャリバンスは目だけでヴリトラを見ながらあざ笑うかの様な笑みを浮かべている。そして二人が通路を通って外に出ると観客席から大きな歓声が闘技場全体に響き渡る。その中で七竜将とアリサ達が静かに外に出て来たヴリトラとチャリバンスを眺めていた。


「出て来たわよ」

「今度はヴリトラの出番か・・・」


 ヴリトラの姿を確認するジルニトラとオロチ。ジャバウォックとファフニールもジッと試合場に向かって歩いているヴリトラの姿を見つめていた。その後ろでが周りを見ながら目を丸くしている姿がある。


「それにしても、周りのお客さんは皆大はしゃぎですねぇ・・・。いくら武術大会が盛り上がると言っても、三試合目でこの盛り上がりは凄いですよ」

「恐らく、リンドブルムの一試合目とさっきの二試合目がアッサリと終っちまったから観客達も次の試合こそ楽しめると期待してテンションを上げてるんだろうさ」


 盛り上がる観客達を不思議そうに見ているアリサの方を向いて答えるジャバウォック。その隣ではファフニールがヴリトラの対戦相手のチャリバンスを見て彼を指差した。


「あの人がヴリトラの相手みたいだよ?」

「・・・あれは白銀剣士隊のチャリバンス殿ですね。以前、皆さんがゴルバンの町へ向かう時にその途中にあったブンダの丘に駐留していた中隊の隊長をしていた人です」

「あぁ~、ヴリトラが言ってた傭兵を差別するって言う貴族の騎士様ね?」

「え、ええ・・・」


 アリサの話を聞いてジルニトラは腕と足を組みながらチャリバンスを見つめて棘のある言い方をする。傭兵を差別すると言う時点で彼女はチャリバンスを良く思っていないようだ。

 ジャバウォック達が観客席でそんな会話をしている中、ヴリトラとチャリバンスは試合場に上がって相手をジッと見つめていた。二人の間に審判が立ち、選手である二人の説明を始める。


「それでは、ただ今より第三試合の選手の発表をいたします!まずはヴリトラ選手、数週間前に突然姿を見せた傭兵隊、七竜将の団長を務める男!対するはファルネスト・チャリバンス選手、王国騎士団白銀剣士隊に所属する優秀な騎士であります!」


 審判が二人の紹介を終えると、再び歓声を響かせる観客達。その中にはチャリバンスを応援する声が多く、その声援を聞いたチャリバンスも笑みを浮かべながらヴリトラを見ていた。


「フフフフ。聞こえるか、この声援が?観客達はみな誇り高い騎士である私が勝つと思っているのだ。金だけで仕事を決め、自分の都合でしか動かない汚れた傭兵とでは戦う前から勝負は付いているんだ」

「・・・・・・」


 声援だけで自分が有利に立っていると告げるチャリバンスを腕を組みながら黙って見つめるヴリトラ。その目はどこかチャリバンスを哀れむ様に見えた。チャリバンスは腰の騎士剣を抜いて両手で握り、ゆっくりと構え初める。眼鏡を直し、笑いながらヴリトラをの方を向くと、チャリバンスの表情が笑みから驚きの顔へと変わった。なぜなら、目の前には腰の森羅を抜こうともせずに腕を組んだまま立っているだけのヴリトラの姿があったからだ。


「貴様、何の真似だ?」

「・・・アンタなんて森羅を抜く必要もない、素手で十分だ」


 チャリバンスは素手で自分と戦うと言い出すヴリトラに表情を険しくし怒りを露わにする。騎士剣を持つ自分の素手で戦う、これはチャリバンスにとっては耐え難い侮辱だった。


「貴様ぁ、私を侮辱する気かぁ!?」

「人の思いや熱意を平気で侮辱する様な相手なんて、刀を抜く価値もない」

「ぐうぅ~~~っ!」


 ヴリトラの更なる挑発にチャリバンスは額に血管を浮かべる。試合でなければ今にも斬りかかりそうなくらいに興奮していた。

 試合場の外ではラピュス達が見つめ合うヴリトラとチャリバンスの戦いを見守っている姿がある。四人とも試合場に流れている重い空気に小さな緊張を走らせていた。


「見事に挑発してるね?ヴリトラ」

「ああ、アイツが戦う相手をあそこまで挑発するって事は珍しく怒ってるな」

「ヴリトラが?」


 ニーズヘッグの言葉を聞いて不思議そうな顔をするラピュス。ニーズヘッグは試合場の方を向きながら頷く。ラピュス達は再び試合場の方へ視線を向けて試合を見物する。睨み合うヴリトラとチャリバンスの直線上から審判が移動すると審判はゆっくりと両手を上げた。


「・・・始めっ!」

「ぬおぉーーーっ!」


 審判が両手を降ろして試合開始の合図をするのと同時にチャリバンスは騎士剣を握りながらヴリトラ目掛けて走って行く。それと同時に観客席でも観客達が騒ぎ始めた。


「ハッ!フッ!ハッ!フッ!」


 素早く騎士剣を上下左右斜めに振り回してヴリトラに斬りかかるチャリバンスであったが、ヴリトラはチャリバンスの斬撃を軽々とかわしている。しかもヴリトラはその場から殆ど動いていない。自分の連撃を表情一つ変えずに全てかわすヴリトラにチャリバンスの表情は険しさを増す。


「避けてばかりいないで反撃したらどうだ?それとも口だけ達者で反撃する度胸も貴様には無いのかぁ!?」

「・・・・・・」


 挑発しながら攻撃を続けるチャリバンスを黙って見ながら攻撃を回避し続けるヴリトラ。試合場の外では回避してばかりのヴリトラを見てラピュスとラランは心配そうに彼を見つめている。しかし、リンドブルムとニーズヘッグは真剣な表情でヴリトラとチャリバンスの戦いを見ていた。それからしばらく攻撃を回避し続けていたヴリトラはチャリバンスの連撃の中で一瞬出来た隙を突き、素早くチャリバンスの右側面へ移動する。


「何っ!?」


 一瞬にして自分の右側に移動したヴリトラを見て驚くチャリバンス。ヴリトラは驚くチャリバンスの右腕内側肘部を右手で殴った。するとチャリバンスの右腕全体に強烈な痛みが広がり、チャリバンスの表情が苦痛で歪む。


「ぐあぁーーーっ!?」


 今までに感じた事のない痛みにチャリバンスは握っていた騎士剣を落して片膝を付きながら殴られた右腕の内側肘部を左手で押さえる。その姿をヴリトラは黙って見ていた。


「うわぁ~肘つぼ、あれは痛いよぉ~?」


 リンドブルムはヴリトラの行為を見て思わず引いた。ニーズヘッグは黙って二人の戦いを見つめいる。二人の隣ではラピュスが不思議そうな顔でヴリトラの戦いを見物していた。


「・・・さっきから気になってたんだが、どうしてヴリトラは森羅を使わないんだ?」

「さっきも言ったように、アイツは怒ってるんだよ。家族を養う為の賞金を手に入れようと大会に出場したザーバットの意思をバカにしたあのタカビー野郎とあのチビ女にな。何より、アイツは自分の力を過信して相手を見下している。ヴリトラはこの試合でアイツの思い上がった根性を叩き直すつもりなのさ」


 ヴリトラの真意を聞かされたラピュスは試合場の上で未だに腕の痛みに苦しんでいるチャリバンスを黙って見つめているヴリトラに視線を向ける。試合場の上では無表情のヴリトラと痛みに耐えながらヴリトラを見上げて睨みつけているチャリバンスの姿があった。


「ぐ、ぐうぅ・・・お、おのれぇ~!」

「どうした?それで終わりか?」

「くぅ~!まだだぁ!」


 チャリバンスは騎士剣を拾い、再びヴリトラに斬りかかる。ヴリトラはチャリバンスの騎士剣を左手で受け止めるとと右手でカウンターパンチを撃ち込んだ。パンチはチャリバンスの顔面に当たり、そのまま後ろに殴り飛ばされた。チャリバンスは試合場に叩きつけられて大の字になり仰向けに倒れる。


「があぁっ!・・・そんな、バカな・・・誇り高き王国騎士の私が、たかが傭兵如きに負けるなど・・・」


 自分が殴り飛ばされた事が信じられないチャリバンスは仰向けのまま空を見上げている。周りの観客席からは歓声とチャリバンスを応援する声が響き、それを聞いたチャリバンスはゆっくりと立ち上がり、ヴリトラを睨みながら騎士剣を構え直した。


「・・・ふざけるなよっ!私が、白銀剣士隊の騎士である私が傭兵であるお前に負ける筈がない!」

「まだ分かんないのか?その人を見下す性格がお前を高飛車な男にし、せっかくの戦士としての才能を腐らせちまってる事を」

「黙れ!私は富も地位も才能も生まれながらにして持つ選ばれた人間だ!その私が自分より弱く才能を持たない者の上に立ち、力の象徴となる事の何が悪い!」

「そんなのは本当の強さじゃねぇ!」


 チャリバンスの言葉を否定しながら大声を出すヴリトラ。その様子を見ていたラピュスは目を見張って驚き彼を見つめている。


「真の強さとは、誰かの為に力を使い事、相手の強さとその恐怖に立ち向かう事を指すんだ。それを知らない奴はただの大バカだ、自惚れているに過ぎない!」

「ふざけるな!相手に恐怖する事が真の強さだと?私は国の為に、王族の為にこれまで多くの強者と戦い勝って来た。その私が真の強さを持っていないと言うのか!?」

「アンタは今まで自分より強い敵と戦ってこなかっただけだ。それがここまでアンタはのぼせ上がらせて来たんだよ」


 ヴリトラはチャリバンスを見つめながら鋭い言葉を言い放つ。チャリバンスは自分の強さを否定し続けるヴリトラを睨みながら騎士剣を強く握り走り出した。ヴリトラの正面から連続で騎士剣を振り回すチャリバンスにヴリトラは呆れ顔を向けて全ての斬撃を回避する。


「フッ!ハァ!ホイッ!」

 

 全ての攻撃をかわしたヴリトラはチャリバンスの腹部に右パンチ、側顔に左キックを撃ち込み、最後に左足で顔面を踏みつける様に蹴った。チャリバンスはヴリトラの連続攻撃を受けて再び仰向けに倒れる。チャリバンスがダウンした事で観客席は再び盛り上がり、チャリバンスを応援している観客やヴリトラに乗り換えて応援する者が騒ぎ出す。その中でジャバウォック達も黙ってその試合を見物している。


「す、凄い。ヴリトラって、武器を使わなくてもあんなに強かったんだな・・・」

「・・・ちょっと驚いた」


 驚くラピュスの隣でラランが同じように驚く。リンドブルムとニーズヘッグは二人がヴリトラの力を低く評価していた事を知り苦笑いを見せる。そんな時、試合場の上で戦っていたヴリトラとチャリバンスに変化が出た。ヴリトラは真っ直ぐ倒れているチャリバンスのところへ歩いて行き、仰向けになっているチャリバンスに微笑ながら手を差し伸べる。


「ホラ、立ちなよ」

「・・・な?」


 倒れている自分に手を差し伸べるヴリトラに驚くチャリバンス。敵であるヴリトラに手を伸ばされてチャリバンスの胸は何かに強く押し潰されそうな感覚に囚われた。敵に情けを掛けられ、チャリバンスの目から涙が零れる。


「悔しいか?・・・それでいい」


 チャリバンスの表情を見てヴリトラはゆっくりと倒れているチャリバンスの体を起こす。さっきまでチャリバンスを軽蔑していた時とは正反対に今のヴリトラは穏やかな顔を見せている。


「男って言うのはな?何度か悔し涙を流して本当の男になるもんなんだよ」


 まるで父親の様に微笑みながら自分の体を支えるヴリトラを見ていたチャリバンスの心もさっきまでと違っていた。さっきまで自分を挑発し続けてきた男が自分を支える姿を見てなぜかチャリバンスの心を満たされるような感覚になって行ったのだ。

 試合場で表情を変える二人を見てラピュスとラランは目を丸くしている。その隣でリンドブルムとニーズヘッグは真面目な顔で試合場の上を見ていた。


「ど、どうなってるんだ?あの二人、さっきまでと態度が違うぞ?それに、二人の周りの空気が少し和やかになった様な・・・」

「・・・不思議」

「・・・前にも何度かあったよね?」

「ああ、まるで相手の心を変えちまう様なヴリトラの不思議な力。カリスマと言うか何と言うか・・・」


 リンドブルムとニーズヘッグにすら分からない不思議なヴリトラの力、その話を隣で聞いていたラピュスとラランは二人の方を向いてまばたきをしていた。

 試合場の上ではヴリトラの手を借りて立ち上がったチャリバンスが落ちている騎士剣を拾い、ヴリトラから距離を取る姿がある。そしてヴリトラも今まで使わなかった森羅を抜いて両手で構えた。ヴリトラとチャリバンス、二人は自分の武器を構えて相手を見つめ合う。しばらく見つめ合っていると、チャリバンスは騎士剣を握りながらヴリトラに向かって走り出した。ヴリトラは森羅を下段に持ち、向かって来るチャリバンスを見て勢いよく森羅を振り上げた。すると、金属がぶつかる高い音が響き、チャリバンスの騎士剣が宙を舞い、試合場に突き刺さった。ヴリトラは森羅の切っ先をチャリバンスに向け、それを見たチャリバンスは両手を降ろしながら肩の力を抜いた。


「・・・・・・参った」

「それまでっ!」


 チャリバンスの降参を聞いた審判を試合終了を宣言する。観客席からは歓声が広がって闘技場内を包み込む。ヴリトラは森羅を鞘に納めるとチャリバンスの横にやって来て小声で声を掛けた。


「最後のアンタの目、良い目をしてたぜ?」

「・・・フン、知ったような事を」


 ヴリトラの言葉にチャリバンスは小さく笑いながら返事をする。


「・・・お前の攻撃を受け、手を差し伸べられた時、私は初めて感じた悔しさと言う感情を知った。そしてその瞬間に私が今まで見下して来た者達の気持ちが分かった様な気がしたんだ」

「そうか。・・・それで?これからアンタはどうするんだ?」

「お前の言いたい事は分かる。だが、人はそんな簡単には変われるものではない」

「ああ・・・」

「しかし、それでも私は昔と自分から少しずつ変わるつもりでいる・・・」


 改心したチャリバンスの言葉を聞いたヴリトラはフッと笑いながら試合場の出口の方へ歩いて行く。


「アンタが今と違う騎士に生まれ変わったら、その時はもう一度戦おうぜ?」


 立ち去りながらそう告げるヴリトラ。そんな彼の背中を見てチャリバンスはボロボロになった眼鏡を外して微笑んだ。

 ヴリトラとチャリバンスの試合はヴリトラの勝利に終わった。ヴリトラの言葉と行動で今まで人を見下して来たチャリバンスが心を入れ替える事を決意した。人の心を変えるヴリトラの不思議な力にラピュスとラランは新鮮な気持ちになるのだった。


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