第七十三戦 トーナメント開始 小さき竜の一戦目
始まったレヴァート王国武術大会。それぞれの思いを胸に参加者達は観客達が集う闘技場に足を踏み入れる。だがその中で動き出そうとしている小さな闇、果たしたその闇が武術大会で何をしようとしているのか、この時はまだ誰も知らなかった。
第一試合目が始まり、選ばれたリンドブルムは対戦相手の大男、ゴーリラスと並んで通路を歩いている。自分の倍以上の身長を持つゴーリラスを見ようともせずただ前を向いて歩くリンドブルム。その一方でゴーリラスは気に入らなそうな顔でリンドブルムを見下ろしていた。
「・・・ケッ、一試合目に俺の出番が来たのはいいがこんなガキが相手でやる気が削がれるぜ」
「・・・・・・」
リンドブルムは自分を見てブツブツ文句を言うゴーリラスをチラッと見るが直ぐに視線を前に向ける。
「何でお前みたいなチビが予選を通ったのが不思議で仕方ねぇぜ」
「・・・人を見かけで判断するのは相手を見下す最低な人がやる事ですよ?」
「何ぃ?」
今までずっと黙っていたリンドブルムが前を向いて歩きながらゴーリラスに言い返す。子供であるリンドブルムに挑発され、カチンと来たのかゴーリラスはリンドブルムを見下ろして睨み付ける。
「テメェ、ガキだからって調子に乗ってると痛い目を見るぞぉ?俺がその気になりゃ、お前なんか簡単に黙らせる事が出来るんだぞ!」
「そう言うのも弱い人が言いそうな典型的な台詞ですよ?」
「こ、このガキィ~ッ!」
またしても挑発されて頭に血が上るゴーリラス。そんなゴーリラスを気にする事なく前を向いたまま歩き続けるリンドブルム。ゴーリラスも興奮してはいるが足を止めずにちゃんと歩いていた。
「グゥ~ッ!ガキなんでちったぁ手加減してやろうと思ったが、もう止めだ!二度と減らず口が叩けねぇようにしてやるからなぁ!」
「・・・ハァ」
自分の挑発に簡単に乗ってしまうゴーリラスを見てリンドブルムは小さく溜め息をつく。そんな会話をしている内に二人は外に出て開会式が行われた試合場の前にやって来た。
外では参加者である二人が登場した姿を見た観客達が声を上げて闘技場を包み込む。二人は歓声の中、試合場の方へと歩いて行き、その姿を客席にいたジャバウォック達が見つける。
「おっ、見ろよ、リブルだぜ?」
「一試合目からリブルの番なんて、これはアッサリと試合が終わりそうね」
リンドブルムの姿を見てジャバウォックとジルニトラが話していると、ジルニトラの隣に座っていたオロチが腕を組みながらリンドブルムの対戦相手のゴーリラスを見つめて口を開く。
「初戦からリブルが相手とは、あの大男も運が悪いな・・・」
「確かにねぇ~」
「リブルは俺達七竜将の中じゃあ、ある意味でヴリトラよりも強いからなぁ。あの男に勝ち目はねぇな」
「リブル、ちゃんと手加減できるかなぁ?」
仲間であるリンドブルムよりも対戦相手の事を心配するジャバウォック達。その様子を後ろの席で見ていたアリサは苦笑いをしていた。
「あ、あのぉ~、リブル君の応援もしてあげた方がいいんじゃないでしょうか?何だかリブル君が可愛そうになってきました・・・」
苦笑いのままリンドブルムを応援するよう声を掛けるアリサ。ジャバウォック達は後ろを向いて無表情のままアリサと第三遊撃隊の騎士達を見つめる。
「ああぁ、アイツなら心配ねぇよ」
「あたし達が応援しなくても結果は分かってるし」
「応援は無駄だ・・・」
「リブルは絶対勝ちますから」
全く仲間の心配をしている様子を見せない七竜将を見てアリサと騎士達はポカーンとしている。ジャバウォック達はまた試合場の方を向き、試合場に上がっているリンドブルムとゴーリラスに注目する。するとアリサの左右に座っている騎士達が小声でアリサに声を掛けてきた。
「副隊長、どう思います?いくらアイツ等が機械鎧兵士って言う強い奴等だからと言ってもあれだけ身長と体重に差があるんじゃ勝ち目はありませんよ?」
「そうですよ、あれは大人と子供が戦えば力があって攻撃のリーチもある大人が勝つに決まってますよ」
「う、う~ん。私もそう思うけど、隊長やラランは前に『七竜将は普通の人間が相手なら絶対に負けない』って自信を持って言ってたから・・・」
部下の騎士に挟まれて左右から言われるアリサは少し困った様な顔で以前ラピュスとラランから聞いた言葉を思い出して騎士達に話す。そうこうしている間に審判と思わしき男性が試合場に上がり、トーナメント第一試合が始まろうとしていた。審判が上がり、観客達は更に大きな声で出し、周りは更に騒がしくなった。そんな観客達に囲まれながら審判は試合場で向かい合っているリンドブルムとゴーリラスの間に立っって客席を見回している。
「ではこれより、武術大会トーナメント一試合目を始めます!」
審判の言葉に観客達は更にヒートアップする。もはや審判の声など聞こえない位の盛り上がりだった。困り顔の審判は観客達に向かって出せる限りの大きな声を出して観客達を落ち着かせる。
「み、皆さんご静粛に!・・・これより選手の紹介をいたします。まずはこちらの小さな少年、リンドブルム選手!」
紹介されるも無表情のまま審判の方をチラッと見ているリンドブルム。周りの観客達も小さな少年が参加している事が不思議なのか騒ぐ声が小さくなり、観客同士話をし始める。
「対するは身長2m10cmの巨漢、ゴーリラス選手です!」
リンドブルムと違い紹介されたゴーリラスが観客達の方を見て大きく手を振りアピールする。観客達もその姿に再び声を上げた。そんな中でリンドブルムとゴーリラスがこれから戦うという事に観客に中にはリンドブルムを同情する姿を見せている者もいる。
「しっかし、あれじゃあ勝負にならねぇよなぁ?」
「ああ、大人と子供の勝負じゃあ大人が勝つに決まってるしよぉ」
観客の誰もがリンドブルムに勝ち目はないと思い話をしている。そんな観客はジャバウォック達の近くにもおり、観客達に話しを聞いていた七竜将はムッとした顔を見せる。皆がそう思うと分かってるとはいえ、やはり仲間が弱く思われるのは気に入らないようだ。
観客席でリンドブルムとゴーリラスの戦いの結果を観客達が話している時、試合場の外ではヴリトラ達がリンドブルムの試合を見物していた。
「ヴリトラ、それくらいで勝負がつくと思う?」
ニーズヘッグがヴリトラに試合の予想時間を尋ねると、ヴリトラは腕を組みながらリンドブルムを見て考える。
「う~ん・・・まぁ、十五秒から二十秒ってところから?」
「やっぱ、お前もそう思うか?」
ニーズヘッグもヴリトラと同じくらいの試合時間を想像してたのかヴリトラを見ながら尋ねる。ヴリトラはニーズヘッグを目だけで見つめて頷いた。二人の間ではラピュスとラランが試合場の二人を見ながらヴリトラとニーズヘッグの話を聞いている。
「・・・それは早くても十五秒でリンドブルムが勝つ、て事なのか?」
「勿論」
ラピュスの質問にヴリトラは楽しそうな顔で頷く。ラピュスはまばたきをしながら「本気か?」と言いたそうな顔でヴリトラを見ている。
「いくらリブルでも、あの大男をそんな短時間に倒すなんて・・・」
「・・・試合が始まる」
ラランの言葉にラピュス達は試合場の方を向く。試合場の上では審判は二人の方を交互に見ながら両手をゆっくりと上げていた。
「それでは、試合・・・始めっ!」
審判が両手を振り下ろして試合開始の合図をすると試合場に大きな鐘の鳴る音が響き試合開始を告げる。それと同時に観客席のテンションは再び上がり、観客達は盛り上がりを見える。試合場でもゴーリラスが腰にぶら下げてある木製の棍棒を手に取り、ゆっくりとリンドブルムに近づいて行く。
「へっへっへ。クソガキ、さっきは言いたい放題言ってくれたなぁ?こうなった以上、もう泣いて謝っても許されねぇぞ?この大会じゃあ、例え相手を殺しちまっても罪にはならねぇんだ。死んでも文句は言えねぇからなぁ!?」
「・・・・・・」
棍棒を持って笑いながら近づいて来るゴーリラスを見上げているリンドブルムは呆れる様な表情を見せていた。そんなリンドブルムの顔を見たゴーリラスはジロリと見つめて舌打ちをする。
「チッ!何時までボーっとつっ立ってるだ?さっさと来いよ、返り討ちにしてやるぜ!」
「・・・そこまで言うなら・・・」
ようやく口を開いたリンドブルム。膝を曲げて両足に力を入れると、勢いよく地を蹴りゴーリラスの懐に跳んで行く。
「なあぁ!?」
いきなり自分の足元まで近づいて来たリンドブルムに驚くゴーリラス。そしてリンドブルムはゴーリラスの腹部に向かって右ストレートパンチを撃ち込んだ。
「ぐおおぉ!?」
「遠慮なく!」
さっきの言葉の続きを話す様に喋るリンドブルムと突然の攻撃に驚いて声を漏らすゴーリラス。リンドブルムのパンチはゴーリラスの割れている腹筋にめり込み、その直後にゴーリラスは試合場の外まで飛ばされ、その先にある観客席の石積みの壁に激突した。ゴーリラスがぶつかった壁からは煙が上がり、ゴーリラス本人は壁に埋もれたまま目を回していた。
「・・・鉄拳、鬼殺し」
遅れて技の名前を口にするリンドブルム。試合を見ていた観客達は一斉に黙り込み闘技場内はシーンと静まり返った。闘技場の外で試合を見ていたヴリトラとニーズヘッグは予想通りと言いたそうに笑みを浮かべ、ラピュスはまばたきをしながら驚き、ラランは無表情のまま目を見張っている。
驚いていた審判は職務を思い出したのか、試合場から降りて急ぎゴーリラスの下へ駆け寄る。そして壁に埋もれているゴーリラスの様子を伺うと観客達の方を向いて大声を出した。
「ゴ、ゴーリラス選手、気絶しております!よって場外とみなされ、リンドブルム選手の勝利です!」
審判から勝利を判定されたリンドブルムは小さく息を吐いた後に試合場から降りてヴリトラ達の方へ歩いて行く。観客達は試合場から立ち去っていくリンドブルムを見ながら黙っていたが、しばらくして騒ぎだし歓声を上げ始めた。
「す、すっげぇ!」
「あんなチビが大男を一撃で倒したがった!」
「カッコいい~!」
リンドブルムの強さと意外な強者の登場に大騒ぎに観客。その中でジャバウォック達七竜将のメンバーは当然の様に控室へ戻って行くリンドブルムを見ていた。
「だから言ったんだよ、心配ねぇってな」
「あんなおじさんが相手ならライトソドムとダークゴモラを使う必要もないしね」
「だがアイツ、鬼殺しを撃ち込んでいたな・・・。あの程度の相手に使うなんてリブルらしくない・・・」
「ちょっと機嫌が悪かったんじゃないのかな?」
それぞれがリンドブルムの戦いの感想を述べているジャバウォック達。その後ろではアリサ達がリンドブルムの圧勝に驚いて目を丸くしていた。
試合を終えたリンドブルムは控室へ戻る通路の入口で試合を見物していたヴリトラ達を見つけて軽く手を振る。ヴリトラ達もリンドブルムの方へ歩いて行き、笑って声を掛けた。
「おつかれ、て程でもねぇよな?」
「うん。ただちょっとカチンと来て鬼殺しを使っちゃったけど・・・」
「何?あのおっさんに何か言われたのか?」
「ちょっとね。僕もまだまだ子供だなぁ・・・」
「いや、お前はどう見ても子供だろう・・・」
軽い会話をしているヴリトラとリンドブルムを見ているラピュスとラランは未だにリンドブルムの圧勝に驚いていた。たった一発のパンチで自分よりも体の大きいゴーリラスを殴り飛ばし、気絶させてしまう程のパワー。これが機械鎧兵士の力なのかと改めて実感する。
さっきから黙って自分達を見ているラピュスとラランに気付いたヴリトラとリンドブルムは不思議そうな顔で二人の顔を見つめる。
「おい、どうしたんだ?二人とも」
「さっきからボーっとしちゃって?」
「え?あ、いや、改めてリブルの強さを目にして驚いていただけだ」
「・・・あの強い突きも機械鎧兵士の力?」
ラピュスの隣でラランが二人にリンドブルムのパンチの事を尋ねてくる。リンドブルムはラランの方を向いてゆっくりと顔を横に振った。
「違うよ、あれは鬼殺しって言う僕達七竜将の固有技の一つさ」
「・・・固有技?」
「僕達だって武器を持っていない時は当然弱くなる、だから丸腰でも戦えるよう最低限の戦術は身につけておいてるんだ」
「それがさっきの鬼殺しという突きの事か?」
「うん。元々はヴリトラの技だったんだけど、僕達に教えてくれたんだ」
鬼殺しはヴリトラの技だと聞かされてラピュスとラランは意外に思ったのか少し驚いた顔でヴリトラの方を見る。
「な、何だよ?」
「いや、お前がリブル達に技を教えたと言うのがどうも信じられなくてな」
「・・・うん」
「ひでぇなぁ・・・」
ヴリトラはラピュスとラランの方を向いて肩を落としながら落ち込む。そんな姿にリンドブルムは小さな苦笑いを見せる。そんな会話をしている時、ゴーリラスの様子を伺ていた審判がヴリトラ達の下へ駆け寄って来た。
「えぇ~、勝利したリンドブルム選手は控室へ戻り待機していてください、勿論此処に残って次に試合を見物されても結構ですので」
「分かりました」
審判に返事をするリンドブルムは控室へ戻って行った。ヴリトラ達はリンドブルムの行動を不思議に思いながら彼の後を追って行く。
「おい、リブル。次の試合でお前の対戦相手が決まるんだろう?見物しなくてよかったのか?」
「ん?・・・うん、それもよかったんだけど、その対戦相手が僕の試合を見ていないのに、僕だけ相手の試合を見て戦い方を見物しちゃあフェアじゃないでしょう?」
笑いながらヴリトラの方を向いフェアな戦いを望む事を話すリンドブルム。そんなリンドブルムにヴリトラも笑みを浮かべていた。
「お前って、時々大人びた事を言うから感心しちまうよ」
「えへへ」
照れ笑いをしながら通路を歩くリンドブルムとその後ろを歩くヴリトラ、ラピュス、ラランの三人。すると、前からザーバットとジージルが並んで歩いてくる姿が見えた。二組は互いの目の前まで来ると立ち止まって見つめ合う。
「まさかこんなに早く一試合目が終わるとは正直驚いたわ。一体どんな姑息な手を使ったのか気になるわね?」
「失礼な事言ってくれるじゃねぇか?うちのリブルはそんな卑怯者じゃねぇよ」
仲間を侮辱されてジッとジージルを睨み詰めるヴリトラ。ラピュスとラランもジッとジージルを見つめており、リンドブルム本人は気にしてないのか黙ってジージルの方を見ていた。するとジージルの隣になっていたザーバットも彼女をジッと見下す。
「ジージル殿、彼等はゴルバンの町やフォルモントの森のストラスタ軍を撃退する程の実力を持っているんですよ?卑怯な手を使うはずがありません!」
「あら?彼等の戦いを見て事が無いのにどうしてそんな事が分かるのかしら?」
「彼等の目を見れば分かります。初めて彼等見た時、とても澄んだ目をしていました」
「だから卑怯な手を使わないって言うの?説得力ないわねぇ~」
ザーバットの話をさらりと聞き流して小馬鹿にする様な表情を見せるジージル。そんなジージルをヴリトラ達は黙ってジッと見つめたままだった。
「まっ、あんな図体だけの木偶の坊には通じても私には通用しないでしょうけどね」
「・・・もう勝ったつもりでいらっしゃるのですか?ジージル殿」
「・・・力に酔ってる」
戦う前から勝利を確信しているジージルを見て低い声を出すラピュス。その隣でもラランがジージルを睨みながら呟く。
「弱い犬ほどよく吠えると言うけど、本当にその通りね?アンタ達もせいぜい初戦で敗退しない様に頑張りなさい」
そう言い残してジージルはヴリトラ達の横を通過して試合場の方へ歩いて行く。残ったザーバットはヴリトラ達を見て軽く頭を下げた。
「すまない、試合に勝利して晴々としていたのに気分を壊してしまって・・・・」
「いえ、ザーバットさんのせいじゃありませんよ」
「そうですよ、ですから気にしないでください」
ジージルの代わりに謝罪するザーバットを励ますヴリトラとリンドンブルム。そんな二人を見てザーバットは小さな笑みを浮かべた。
「頑張ってくださいね?」
「ああ、ありがとう!」
ヴリトラの応援を聞いてザーバットは小さく笑いながら試合場へと歩いて行く。そんな彼の背中をヴリトラ達は微笑みながら見送った。
一試合目はリンドブルムの圧勝で終わった。続く第二試合でザーバットとジージルのどちらかが次のリンドブルムの対戦相手となるが、その前にまだ多くの戦いが控えている。ヴリトラ達の熱意をぶつけ合う戦いは始まったばかりだった。




