第六十八話 レヴァート王国武術大会
ストラスタ公国が降参し、戦争は終わった。しばらく静かな日常が続いていたが、七竜将はティムタームの町でレヴァート王国中の猛者が集まり参加すると言われる武術大会が開かれるという事を知るのだった。それを聞いたヴリトラの表情に何かを企むような笑みが浮かぶのだった。
ジルニトラとオロチが買い物から帰り、遊撃隊に武器の使い方を教えるという話を後日にすると簡単に済ませて騎士達を帰らせたヴリトラ。武術大会の事を詳しく聞く為にラピュスとラランの二人には残ってもらいズィーベン・ドラゴンの中で入って行った。
「一週間後に武術大会ぃ?」
「この町でぇ?」
ズィーベン・ドラゴンのリビングで武術大会の事を聞かされたジャバウォックとファフニールは目の前で椅子に座っているヴリトラとラピュスに聞き返した。周りではジルニトラ以外の七竜将のメンバーであるリンドブルム達が他の椅子に座ったり壁にもたれるなどをしてヴリトラ達を見ている。
「ああ、戦争で活気が下がったりなんかしてるから少しでも住民の人達を明るくしようと考えられた企画らしいぜ?」
「団長の話では陛下や王族の方々も大会を見に来られるらしいんだ」
「ええぇ!王様がぁ?」
ラピュスの口から出た王族も見に来るという言葉にファフニールはテーブルの上に体を乗りだしてラピュスの顔に自分の顔を近づける。近づいて来たファフニールの顔に驚きながらラピュスは黙って数回頷いた。
「と、言う事はパティーラム様も見に来るの?」
「・・・多分」
ヴリトラ達から少し離れた所にある小さな椅子に座りながら話をするリンドブルムとララン。やはり自分達が会った事のあるパティーラムが見物に来るのかは気になるようだ。
二人はパティーラムの事を話している時、壁にもたれているニーズヘッグがヴリトラ達の会話に加わってきた。
「それでその大会にはどんな奴でも出場できるのか?」
武術大会には誰でも出場できるのか気になるのかニーズヘッグはラピュスに尋ねた。ニーズヘッグの隣では同じように壁にもたれているオロチが片目を閉じた状態でニーズヘッグの方を黙って見ている。
「ああ、出場するのに資格は必要ない。腕に自信のある者なら誰でも参加できるぞ」
「ほお?参加自由な大会なのか」
面白そうに思ったのかニーズヘッグは小さな笑みを浮かべる。するとラピュスが少し残念そうな顔を見せた。
「だが、出場者は少ないと思うぞ?」
「えっ?どうして?」
リンドブルムが出場者が少ない事を疑問に思いラピュスに尋ねる。ラピュスはリンドブルムの方を向いてその理由を説明し始めた。
「今回の大会がさっきも言ったように誰でも参加できる大会なんだ。傭兵は勿論、王国騎士も参加する事が出来る事になっているらしい」
「王国の騎士が?」
「ああ。遊撃隊の騎士を始め、青銅戦士隊や白銀剣士隊、そして黄金近衛隊の中からも出場する者がいるという噂だ」
「うわぁ~、騎士団の主力騎士達まで出場するなんて・・・」
意外な出場者達に驚くリンドブルム。周りのヴリトラ達も少し意外そうか顔を見せていた。そこへキッチンから紅茶の入ったティーカップやポットをお盆に乗せて運んで来たジルニトラがやって来た。そしてゆっくりとラピュスの前にティーカップを置く。
「・・・ありがとう」
「どういたしまして。それよりも、どうして騎士達までその武術大会に参加するのよ?」
ティーカップを置いた後にポットをテーブルの上に置いたジルニトラはお盆を脇の間に挟んで騎士が参加する理由を訊くとラピュスはティーカップを手に取り、一口紅茶を飲むとゆっくりとティーカップを下した。
「言っただろう?武術大会には陛下を始め、パティーラム様の様な王族の方々も見物の来られるのだ。王国に仕える騎士達にとっては自分の戦っている勇士を陛下達に見て頂く絶好のチャンスという訳だ」
「それってつまり、自分の実力を王様にアピールしたくて出るって事なの?」
「そういう事だ」
ラピュスは何処か呆れる様な口調で言いながらもう一口紅茶を飲んだ。そして艶のある唇をティーカップから離してゆっくりとティーカップを下ろすと話を続けた。
「それと出場者が少ない理由は他にもある」
「他にも?」
武術大会に出場する人間が少ない理由が他にもあると聞き、隣に座っているヴリトラが小首を傾げる。
「大会が一週間後に開かれるというのは話したな?」
「ああ」
「その大会が開かれるまでの僅か一週間の間に大会で勝ち残れる位の実力を身に付ける事が出来ないと言って参加しない者も多いんだ」
「・・・大会が始まるまでの間の特訓の期間が短すぎるから強くなれない、て言って参加しないって事か?」
「そうだ」
ラピュスはヴリトラの言葉に頷く。それを聞いていたジルニトラは呆れる様な顔をして持っていたお盆を両手の指で器用に回し始めた。
「呆れた、特訓する時間が無いから諦めるなんて」
「まったくだ。例え優勝できなくても戦いに参加して自分自身を強くする事だって出来る筈なのによぉ」
ジルニトラの考えに同意したジャバウォックがテーブルの椅子に座り、両手を後頭部に付けながら背もたれに寄りかかる。戦士として戦う前から諦めるという考え方がどうも気に入らないのだろう。
「勿論、そんな考え方をする者ばかりではないぞ?強い奴に戦いを挑みたいと言う者もいれば、大会の優勝賞品を目的にして参加する者もいる」
「優勝賞品?」
ヴリトラはふとラピュスに聞き返すとラピュスはヴリトラの方を向いて頷いた。
「ああ、優勝者には賞金3000ティルが送られ、準優勝者にも2500ティルが送られる事になっている」
「3000ティル、流石に凄い額だな?」
「ああ、大金を狙って大会に優勝しようとする者も少なくない」
「じゃあ、結構参加者が来るんじゃないのか?」
さっきは参加者が少ないと聞いていたが賞金目当てで参加する者が多いと考え始めるヴリトラ。周りのリンドブルム達もヴリトラと同じように参加者が増えるのではないかと感じている。
「私もにも分からない、あくまでも少ないと思うと言うだけの話だ」
「ん~・・・」
ヴリトラは椅子の背もたれに寄りかかりながら天井を見て何かを考え始める。そしてしばらくして椅子から立ち上がった。
「俺のその大会に参加してみるかな」
「何?」
立ち上がっていきなり大会に参加すると言い出すヴリトラに驚いて彼を見上げるラピュス。
「それじゃあ、僕も出る!」
「俺も参加するぜ、面白そうだしな」
ヴリトラに続いてリンドブルムとニーズヘッグまでも武術大会に参加すると言い出して更にラピュスは驚いた。リンドブルムの隣に座っているラランも目を見張って驚いている。
「お前等も物好きだなぁ」
「傭兵としての本能ってやつかしら?」
「さあな・・・」
「頑張ってねぇ~」
三人の出場を軽く感じているのか、ジャバウォック、ジルニトラ、ファフニールの三人は小さく笑い、オロチは無表情のまま呟く。七竜将の反応にラピュスはまばたきをしながら七竜将を見回している。そしてもう一度ヴリトラの方を向いた。
「お、お前も参加するのか?」
「ああ、参加資格はいらないんだろう?」
「確かに何も資格は必要ないが、一体どうしてだ?」
いきなり出場を決めた理由が分からずにヴリトラに尋ねるラピュス。するとヴリトラは笑いながら言った。
「ただ強い奴と戦いたいっていうだけだよ」
「それだけか?賞金とかは・・・」
「賞金なんて俺たちゃいらねぇよ。だって金には殆ど困ってないし」
ヴリトラの言葉を聞き、ラピュスは以前見せてもらったアタッシュケースいっぱいの金塊を思い出して苦笑いをしながら納得する。
「戦士なら誰だって強い奴と戦ってみたいって思う事が一度くらいはあるだろう?」
「色んな人と戦って、自分の力がどれ位なのかを確かめてみる事も必要だしね」
「それに他の連中の戦いを見て新しい戦い方の参考にするっていう方法もあるしな」
戦士として、傭兵として、そして男として強者に挑みたいと言う意志をラピュスに伝える三人。笑いながら話す三人をラピュスは真面目な表情で少し意外そうに見つめている。
ヴリトラ達が武術大会への参加をラピュスや他の七竜将に話す姿を見ているラランはゆっくりと立ち、無表情で三人の近くまで歩いて行く。そして三人の前まで来ると静かに口を開いた。
「・・・私も出る」
「んっ?」
「えっ?」
「おっ?」
「何ぃ?」
ラランの意外な発言にヴリトラ、リンドブルム、ニーズヘッグは意外な、そしてラピュスは驚きの反応でラランの方を見る。周りで話を聞いていたファフニール達も声は出さなかったがラランの方を一斉に向いた。
「出るって、武術大会に?」
「・・・そう」
確認する様に尋ねるリンドブルムの方を向いてラランは無表情のまま頷いた。
「さっきまで黙って話を聞いてただけだったのに、いきなりどうしたんだよ?」
「・・・まさかとは思うが、お前も賞金が欲しくて出るって言うんじゃないよな?」
不思議そうにラランの顔を見ているヴリトラの隣でニーズヘッグがジーっとラランの顔を見て大会に出る理由を尋ねる。するとラランは真剣な表情へと変わり顔を横へ振った。
「・・・違う。私もリブル達と同じ、強い人と戦って、自分を強くしたいだけ」
「へぇ~、小っちゃいのにちゃんとした考え方を持ってるんだなぁ」
笑いながら感心するヴリトラの言葉を聞いたラランは彼の顔をジト目で見つめる。
「・・・小さいのは関係ない」
「そうだよぉ。それじゃあ僕みたいな小さい子はしっかりと物事を考えてないみたいじゃないなぁ」
「失礼だよ、ヴリトラ」
「ハハハ、ワリィワリィ」
ラランと同じようにジト目でヴリトラの方を見るリンドブルムと椅子に座りながら頬を膨らませるファフニール。ムッとした顔を見せるリンドブルム達にヴリトラは三人の方を見て苦笑いをしながら謝った。
そんな会話を見ていたラピュスもラランを少し驚いた表情で見つめる。自分よりも幼いラランが強くなる為に武術大会に参加する事を決意する姿に感心したのだろう。ラピュスは目を閉じて小さく微笑むとゆっくりと立ち上がる。
「それなら、私も参加する事にしよう」
「お前もか?」
ラランに続いてラピュスも武術大会に参加すると言い出した事にヴリトラはまた意外そうな顔でラピュスの方を見る。
「ラランが参加するのに隊長の私が参加しない訳にはいかないだろう?」
「フム・・・・・・本当にそれだけか?」
ラピュスの参加する理由が随分と単純な事に気付いたヴリトラはラピュスに尋ねる。するとラピュスはヴリトラの方を向いて何かを強く決意した様な視線を向けた。
「勿論、ラランやお前達の様に強い者に挑み、戦いで力を付けたいという気持ちもある。だが・・・私はこの大会で自分をもっと磨きたいと思っているんだ」
「自分を磨く?」
言葉の意味が分からず、話を聞いていたリンドブルムは聞き返した。
「大会で強い者と戦い力を強くするだけではなく、戦いの中で自分はどんな騎士なのか、何の為に剣を握っているのか、その理由を見つけて自分の有り方を確かめる・・・。私は自分の心もこの戦いで強くしたいと思っているんだ」
武術大会で力だけでなく、自分の心も強くしたいと話すラピュスを見てヴリトラ達は目を見張って見ている。ラピュスの武術大会に出場する理由の大きさは自分達よりも一段上だった、その事がヴリトラ達に驚きを与えたのだ。
ラピュスの話が終ると、話を聞いていたジルニトラがお盆を脇に挟んだ状態で拍手をした。
「良い心がけね?ラピュス」
「ジル?」
突然拍手をするジルニトラはラピュスは彼女の方を向いて思わず声を出す。周りの七竜将やラランも全員ジルニトラの方を見ている。
「強い者に挑んで力をつけるだけじゃなく、自分自身の心の強さを手に入れるなんて普通は思いつかない事よ?」
「確かに戦いの場では力をつける事や強者に挑みたいという考えだけしか持っていない者が多いからな・・・」
ジルニトラの理解した心身ともに強くしたいというラピュスの考えに気付いたオロチもジルニトラに同意する。ヴリトラ達も改めて戦いは力だけでなく心も強くするものだと感じて納得したような表情を浮かべた。
「賞金とか自分の存在をアピールする事を目当てにするんじゃなく、強くなる為に出場するって言うなら勝敗がどうであっても悔いないでしょうしね?・・・まぁ、勝負なんだから勝ち残らなきゃ意味ないけど」
小さく笑いながら話すジルニトラを見てヴリトラ達も小さく笑いながら近くにいる者と顔を見合う。
「勝敗ではなく自分に力をつける事を考えるか・・・。ラピュス、お前さん将来、きっといい騎士になるぜ?」
「えっ?・・・そ、そうか?」
ジャバウォックがラピュスを見て笑いながら褒めると、ラピュスは頬を少し赤くして照れながら笑った。照れているラピュスを見ていたヴリトラは周りを一度見回した後に両手を腰に付けて全員を見ながら口を開く。
「よしっ、それじゃあ確認するぞ?此処にいる中で武術大会に参加するのは俺とラピュス、リンドブルム、ララン、ニーズヘッグの計五人。皆自分の持てる力を惜しみなく使って戦うこと!そして、万が一此処にいる者同士が戦うことになったとしても絶対に手を抜いたり勝ちを譲らないこと、いいな?それは戦う相手に対しての侮辱だ」
「分かってる」
「勿論、全力で行くよ!」
「・・・うん」
「当然だ」
ヴリトラの忠告を聞いて出場するヴリトラ以外の四人は頷く。相手が弱いからと言って手を抜く、それは戦う相手にとって屈辱でしかない。だからこそ自分達の持つ力全てを相手にぶつける事が戦う相手に対して敬意を払う事になる。それがヴリトラ達の戦い方なのだ。
「しかし、ヴリトラが戦場以外で真面目な事を言うとなぜか笑っちまうんだよなぁ?」
「確かにね?いつもヘラヘラして何考えてるのか分からなくなる時があるから」
「ほっとけぇ!」
笑いながらヴリトラをからかうジャバウォックとジルニトラにヴリトラはツッコミを入れる。その光景を見ていたラピュスとオロチ以外の七竜将は大笑いをし、ラランは笑いを堪え、オロチは壁にもたれたまま無表情で目を閉じていた。
自分達の心身を鍛える為に武術大会に出場する事にしたヴリトラ達。一週間後に開かれる武術大会はどんな戦いを繰り広げるのだろうか、そしてどれ程の猛者達が集まって来るのだろうか?




