第六十六話 森林戦決着!ファフニール渾身の一撃
エントとの一騎打ちを始めるファフニール。互いに機械鎧と武器を使い互角の戦いをしていると思われたが、パワー押しのファフニールと違いスピードのあるエントはファフニールを徐々に押していく。それを見守っているリンドブルムとガズンの前にヴリトラ達も合流し、全員でファフニールを見守る事となった。
リンドブルムの頼みでファフニールを一人で戦わせる事となったヴリトラ達は離れた所からファフニールの戦いを見ており、ファフニールもヴリトラ達が来た事に気付いて彼等の方を視線だけを動かして見つめる。
「ヴリトラ、それにジャバウォック達も・・・!」
「フン、また来やがったが。だが丁度いい、お前が血祭りになるのを仲間達に見ていてもらおう」
「それって、私が死ぬって事を決め付けてるんですか?」
「決め付けてるんじゃない、確信してるんだ」
「同じじゃないですか!」
勝手に勝利を確信して言いたい事を言うエントをジッと睨みながら言うファフニール。ギガントパレードを両手で強く握りながら構えるファフニールはエントが次にどう動くかを想像しながらどんな動きにでも対応できるような態勢に入った。
構え直すファフニールを見てエントは笑いながら右腕の刃を光らせる。こっちも相手がどう動いても直ぐに対応できるよう態勢を変え始めた。
「さっきも言ったようにパワーがあっても俺のスピードについて来れなければ攻撃を止められずにお前の体が少しずつ切り刻まれるだけだぞ?」
「だから降参しろと言いたいんですか?」
「いいや、抵抗せずに潔く殺されてくれと言いたいんだ」
見逃すつもりなど毛頭ないエントの鋭く冷酷な言葉にファフニールは表情を険しくしてエントに対する怒りを強くする。ファフニールも負けるつもりもないが、潔く殺されるつもりも全くない。エントの冷酷な言葉が逆にファフニールの闘志を強くしたのだ。
「・・・敵に情けを掛ける事なく酷い言葉を簡単に言い放つなんて、残酷ですね?」
「何だ、情けを掛けてほしかったのか?」
「そんな訳、ないでしょう!」
叫ぶように言うファフニールはエントに向かって真っ直ぐ跳び、勢いよく右からギガントパレードを横に振って攻撃する。エントは自分から見て左から迫って来るギガントパレードの頭を見ながら哀れむような顔をした。
「学習能力の無い奴だな?」
エントはそう言って左腕の電磁シールドでファフニールの攻撃を止める。再び大きな衝撃と電気が走るような音が二人の周囲に広がり、ファフニールとエントは相手を見つめながら腕に力を入れる。
「俺にお前のハンマーが効かない事はこれまでに何度も見せた筈だ。それなのにまだ無意味な攻撃をするつもりか?」
「無意味かどうかは私が決めます!・・・貴方こそ、その電磁シールドがあるからと言って安心していると後で痛い目に遭いますよ!」
「フン、負け惜しみを言うな!」
エントは左腕でギガントパレードを抑えたままファフニールの脇腹に右足で蹴りを入れる。エントの長い脚がファフニールの小さな脇腹にめり込むように当たり、彼女の脇腹から全身に痛みと衝撃が広げた。
「ううっ!」
脇腹の痛みにファフニールの表情が歪む。しかも蹴られた箇所はさっきエントに斬られた部分の近くだったので、その切傷のある部分にも衝撃が伝わり引いてきた痛みがぶり返り更なる痛みがファフニールに襲い掛かったのだ。その痛みによりギガントパレードを握る腕の力が弱まり、それと同時にエントの左腕に掛かる力も弱まった。それに気づいたエントはチャンスと思い素早く電磁シールドをギガントパレードの頭から離してファフニールの左側面へ回り込んだ。
「!」
「避けてみろ!」
エントは右腕の刃でファフニールに斬りかかる。ファフニールは咄嗟に右へ上半身を反らして斬撃をかわそうとするが、一瞬反応が遅れてしまい左腕を切られてしまった。
「うあっ!」
左腕から伝わる更なる痛みにファフニールは再び声を漏らす。特殊スーツが切られ左腕から浮かび上がる赤い切傷を見た後に目の前にいるエント見て悔しさを表情に出す。ファフニールがエントが体勢を立て直す前に反撃しようと両手でギガントパレードの柄を強く握り大きく横に振って攻撃した。しかしギガントパレードが当たる直前にエントは高く真上に跳び上がりファフニールの攻撃を避けてしまう。真上に跳んだエントはファフニールの後ろに移動、再び刃で斬りかかろうとした。だがファフニールも何度も攻撃を受ける程愚かではない。素早く姿勢を低くして側面から迫って来た刃をギリギリで回避する。
「何?」
背後からの斬撃をかわされて一瞬驚きの表情を見せるエント。ファフニールは後ろを向いて隙を見せているエントを見上げながら右手を柄から離してエントの腹部に右ストレートを撃ち込む。エントの腹部にファフニールの拳がめり込み、今度はエントの腹部に衝撃が伝わった。
「ぐおぉ!」
腹部から伝わる痛みに驚くエントはその場に片膝をつき殴られたところを右手で押さえた。
「な、何という小娘だ・・・!」
「今のはさっき切られたお返しですよ!」
苦痛の表情を浮かべながら目の前で堂々としているファフニールを睨みながら歯を食いしばるエント。殴られたところは特殊スーツが破れてその下の腹部では内出血を起こしている。機械鎧兵士の一撃、しかも機械鎧によるパンチである為、ナノマシンで身体能力を強化された生身のパンチよりも強力だ。それも全力のパンチである為、普通の人間なら骨が折れるか内臓破裂を起こして重傷だっただろう。だがエントも同じ機械鎧兵士であるがゆえ、重症は免れたのだ。
「ギガントパレードを使っている時の私のスピードは確かに遅いかもしれません。でも、今のみたいに何も使っていない時はリンドブルムに負けない位のスピードを手に入れられるんです!」
ファフニールはエントを睨みつけながら力の入った声で言い放ち、それを聞いていたエントは立ち上がると大きく後ろに跳んで距離を作った。ファフニールの言うとおり、彼女自身はギガントパレードという大型の振動ハンマーを持ち歩き、その重量を加えて行動している為、他の七竜将と比べると動きは遅い。だがギガントパレードを手放せば攻撃力が下がる分、重量が無くなりいつもより早く走れるのだ。例えるなら体に付けていた重りを外して身軽になったと言うべきだろう。
ギガントパレードを使っていた時と比べて素早くなったファフニールのパンチを受けたエントはファフニールの評価を改めた。ギガントパレードを使わなければ自分と同じくらいの速さで動ける、エントはファフニールに対して初めて手強さを感じたのだった。
「チッ、甘く見たぜ。あの巨大ハンマーの一撃さえ防げればそれ程脅威にはならないと思っていたが・・・やはり噂に名高い七竜将、完全に過小評価していたぜ」
ファフニールに聞こえない位の声で呟くエント。遠くではファフニールがギガントパレードを地面に置き、両手を空けた状態でジッとエントを見つめている姿がある。
(だが、アイツは大きなミスを犯した。今あの巨大ハンマーはアイツの真後ろに置かれている・・・)
今度は心の中でファフニールを見ながら彼女の失敗に気付くエント。確かにギガントパレードはファフニールの後ろで寝かされている。手に取るには一度エントに背を向けて拾うしかない。しかしそれがエントに狙いでもあった。
(アイツは俺の行動を見てあのハンマーを取ろうとすると必ず背を向けなければならない。機械鎧兵士に背を向けるというのがそれ程危険なのかその身を以って思い知れ!)
エントはファフニールが背を向けて隙を作った瞬間を狙うつもりでいるようだ。ファフニールはその事に気付いているのかいないのか、黙ってエントを見つめている。
ファフニールがエントを見つめていると、エントの左肩の大砲が動き再び砲弾を撃とうとして来る。それを見てファフニールは目を見張り驚きの表情を浮かべた。
「今度はハンマーを持っていない、その状態で砲弾を凌ぐが見せてもらおう!」
そう叫んだエントは大砲から砲弾を発射した。砲口から吐き出された砲弾はファフニールに向かって飛んで行く、するとファフニールの機械鎧の肩部分の装甲が素早く動き、機械鎧の中から小さな細長い筒状の物が五つ横に並んで飛び出した。よく見るとその筒の先には小さな穴が開いており、その穴の開いている方が向かって来る砲弾の方を向く。そして、五つの穴が何がか放たれて砲弾に全て命中、砲弾はファフニールとエントのちょうど中間で爆発した。
「何っ!?」
突然砲弾が爆発した事に驚くエント。爆発によって発生した爆風がファフニールとエントに襲い掛かり、二人の前では爆炎と煙が広がり相手を視界から外す。
爆発を離れた所で見ていたヴリトラ達にも爆風が向かって来た。ヴリトラ達の髪は風でなびき、周りの草や木の枝が揺れている。
「ま、また爆発した!」
遠くで起きた爆発を見てリンドブルムは思わず顔を手で隠しながらファフニールとエントの方を見る。その隣ではヴリトラが同じように顔を肩で隠しながら二人の方を向いていた。
「ファフニール、内蔵銃を使ったなぁ?」
「・・・内蔵銃?腕の銃を撃ったの?」
ラランがヴリトラの後ろで尋ねると、ヴリトラはラランの方を向いて顔を横に振った。
「いや、腕の機銃じゃねぇよ。アイツの機械鎧にはもう一つ内蔵銃があるんだ。肩の部分に人質救出用の内蔵銃が隠されてるんだ」
「人質救出?」
「肩から素早く銃身を出して人質を取っている敵を攻撃する奇襲兵器だ。武器なんかを捨てて相手を油断させた状態で撃つから敵も警戒しにくいモンなのさ」
「・・・だから腕を動かさずに銃を撃ったの?」
「そういう事だ」
ヴリトラからファフニールの機械鎧の内蔵兵器の事を聞かされて頷きながら理解するララン。ファフニールの肩から出された救出用内蔵銃は五ヵ所まで狙いをつける事ができ、その狙いはファフニールが目で見た物に自動でロックされる仕組みになっている為、目標を合わせたら後は全自動で標的を撃ってくれる高性能な兵器。その為、人質を救出するだけでなく、さっきの様に相手を油断させて攻撃する事も可能なのだ。
突然砲弾が爆発した事に驚いていたエントは目の前で広がる爆炎と煙を見て舌打ちをして右腕を構えて真っ直ぐ走り、煙の向こう側にいるファフニールの下へ向かって行く。
「チッ、肩にも武器を隠していやがったか!だが、例え砲弾を爆破させて凌いでも俺を視界から外したのは失敗だったなぁ、このまま一気に近づいてお前を切り裂いてやるぜ!」
砲弾は防がれたが、爆発の煙によってファフニールの視界から自分が外れた事を利用して奇襲を仕掛けるエント。煙の中に飛び込むと更に足に力を入れて速度を上げて煙から飛び出し、その先にいるファフニールに攻撃を仕掛けようとした、ところがエントの視線の先にファフニールの姿は無かった。あったのは地面に置かれているギガントパレードのみ。驚いたエントは足を止めて周囲を見回す。
「いない?・・・クソォ、何処に行きやがった!」
姿を消したファフニールを探し回るエント。煙で相手の視界から消えて攻撃を仕掛けるというエントの作戦は確かに奇襲には効果的だが、相手の視界から消えるという点ではファフニールも同じこと。その為エントはファフニールが何処に移動したのか分からずに彼女を見失ってしまったのだ。
単純なミスを犯したファフニールは前後左右、そして真上などを見てファフニールを探し続ける。だが何処を探してもファフニールは見つからない。すると、エントの背後の煙が少しずつ消えて行き、その中から姿勢を低くしているファフニールが姿を現した。エントは背後からの気配に気付いて振り返り、自分の方を向いているファフニールを見つける。
「お、お前、いつの間に!?」
ファフニールの姿を見て驚くエントを見てファフニールは姿勢を低くしたままエントに向かって走り出すと右手で拳を作り、力の籠ったストレートパンチを撃ち込んだ。パンチはエントの胸部に命中し衝撃がエントの全身に広がる。
「鉄拳、鬼殺し!」
パンチの技名を叫ぶファフニール。その技は前にリンドブルムがティムタームの町でゴロツキ傭兵を懲らしめた時に使った技と同じものだった。
「ごおおおぉっ!」
胸部に直撃した重いパンチを受けてエントの表情は苦痛に歪んだ。エントはそのまま後方に向かって飛ばされ、地面に置かれているギガントパレードの上を通過してその先にある大きな岩に叩きつけられる。ファフニールも反撃の隙を与えまいとそのまま飛んでいったエントの方へ走る出す。その途中で地面に落ちているギガントパレードも拾い、両手で柄を握りながら向かって行く。
岩に叩きつけられたエントは頭を手で擦りながら自分に向かって来るファフニールを見て態勢を直し左腕の電磁シールドを起動させる。
「あのガキ、止めを刺そうとあのデカいハンマーを拾って攻撃をしよとしているな。だがそれは致命的なミスだ、あのハンマーを手にすればまたお前はハンマーの重量を加えた状態で動く事になる。そうなれば、また素早さが落ちて俺の攻撃を回避出来ずに攻撃を受ける事になってしまう。そのハンマーも電磁シールドで防いでしまえば、もう反撃のチャンスは残ってない!」
向かって来るファフニールを見ながら笑うエントは電磁シールドを張り、右腕から出ている刃を光らせながらファフニールの方を向いて構える。ファフニールも真剣な表情でギガントパレードを持ちながら走って来る。
「今度は動けなくなるよう、この刃でお前の片足を切り落としてやるぜ!」
「・・・・・・」
楽しそうな声を出すエントを見てファフニールは黙ったままギガントパレードを握る手を更に強くする。そしてエントが攻撃範囲に入るとギガントパレードを大きく右から横に勢いよく振って攻撃した。だがエントは左腕を向かって来るギガントパレードの頭の方に向けて電磁シールドを張り攻撃を防ごうとする。今度も今までと同じだ、そう感じながら余裕の表情を浮かべるエント。ところが、突然電磁シールドを張っているひし形の水晶からバチバチとスパークが起こり電磁シールドに異変が起きる。エントも異常に気付いて左腕の方を見た。すると水色の光の板が徐々に薄くなっていき、最後には水晶から煙が上がり電磁シールドは機能を停止、水色の光の板も完全に消えてしまっったのだ。
「何ぃ!?」
突然機能を停止した電磁シールドの驚きを隠せないエント。今までに何度もファフニールの重いハンマー攻撃を止めていた事で負荷に耐えきれなくなって遂に故障したのだ。そこへファフニールが表情を変えずにギガントパレードでエントの左半身に強烈な一撃を叩き込んだ。
「メガトン・アタァーック!」
「そ、そんな・・・!」
再び技の名前らしき言葉を叫ぶファフニール。黄色く光り出すギガントパレードの頭はエントの左半身を凄まじい力で押しつぶし、周囲に衝撃と轟音を広げながらエントの左腕の機械鎧を粉々に粉砕する。
「うおぉーーーっ!!」
強大な力と衝撃にエントの叫びが森中に広がる。エントはファフニールの重い一撃を受けて野球選手が打ったボールの様に飛ばされた。エントは飛ばされた先に立っている木の幹に激突、木はぶつかって来たエントの力に耐えられずに高い音を立てながらぶつかったところから折れて倒れる。木が倒れた事で森中に広がる大きな音、その光景を見ていたファフニールはギガントパレードを静かに下ろす。
「・・・フゥ」
戦いが終わり、ようやく気持ち楽になりホッとするファフニールは胸を撫で下ろす。そこへ戦いた終わった事確認したヴリトラ達がファフニールの下に駆け寄って来た。
「お~い、ファフニールゥ~!」
「・・・皆」
駆け寄って来たリンドブルムやヴリトラ達を見て笑顔を見せるファフニール。彼女の周りをヴリトラ達が囲み、笑顔と驚きの顔を見せた。
「凄いよ、一人で幹部を倒しちゃうなんて!」
「ああ、俺も驚いたよ」
「えへへ」
褒めるリンドブルムとヴリトラを見て照れながら頭を掻くファフニール。今度はジャバウォックがファフニールの頭を大きな手で撫でてきた。
「本当なら、一人で戦うなんて無茶をした事を怒るつもりだったが、この空気じゃ怒れねぇなぁ」
「ジャバウォック・・・ごめんなさい・・・」
「もういい、だがもし今度こんな事をしたらゲンコツだからな?」
「ハァ~イ」
ペロッと舌を出しながら反省するファフニールを見てジャバウォックはまるで娘を見守る父親の様な顔を見せた。その後ろではオロチとララン、アリサの二人の姫騎士がファフニールを見つめている姿がある。オロチとラランは無表情の、アリサは驚きの顔を見せている。
「大したものだ、私達七竜将が誰も戦った事のないブラッド・レクイエムの幹部を一人で倒してしまったのだからな・・・」
「・・・強すぎる」
「わ、私、ビックリしちゃいましたぁ!」
三人がファフニールの戦いを目にしてそれぞれ感想を述べていると、ヴリトラ達の背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「皆ぁー!」
「ん?・・・おおっ、ラピュス!」
声に反応して振り返ったヴリトラ達。視線の先には手を振って走って来るラピュス、ニーズヘッグ、ジルニトラの三人の姿があった。三人は無事だったヴリトラ達の姿を見て安心したのか微笑みながらヴリトラ達の元へ駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
「ああ、大した怪我もしてねぇし」
「怪我をしたのか?」
「いやぁ、掠り傷程度だよ。そっちは?」
怪我の心配をするラピュスを見てヴリトラは笑いながら答え、今度はラピュス達に怪我はないかと訊き返す。ラピュスの後ろにいたジルニトラがニッと笑いながらヴリトラの質問に答えた。
「だ~いじょうぶよ。怪我もないし、それよりもラピュスが一人で機械鎧兵士を倒しちゃった事の方がビックリしたったわよ」
「ええぇ?ラピュスが一人で倒したぁ?」
「そうそう、あたしやニーズヘッグの助力も無しにね」
普通の人間であるラピュスが一人でBL兵を倒した事を聞かされて驚くヴリトラ。周りでもリンドブルム達が意外そうな顔を見せて少し驚いている。ニヤニヤとまるで自分の事の様に笑っているニーズヘッグとその隣では少し顔を赤くして照れているラピュスの姿があった。
「それよりも、お前等は大丈夫なのか?さっきからデカい音が何度も聞こえてきたけど、アレって爆音だろう?」
「ああ、敵の大将と戦ってたよ」
「やっぱりな。今こうして話してるって事はもう戦いは終わったってことだろう?」
「まあね、ファフニールが一人でブッ倒しちまったよ」
「そっか、ファフニール一人で片づけちまった・・・・・・は?」
ニーズヘッグはヴリトラの言った事がいまいち理解出来なかったのか思わず聞き返した。ヴリトラは両手を腰に当てて小首を傾げながら不思議そうな顔を見せる。
「今、ファフニールが一人で倒したって言ったか?」
「ああ、最初は苦戦してたけど、最後に大逆転したよ」
「マ、マジかよ・・・だってブラッド・レクイエムの幹部とは誰も戦った事がないんだろう?ろくな情報も無かったのに・・・」
「でも実際に勝ったんだぜ?・・・ほら」
ヴリトラはエントが飛んで行った方を指差し、ニーズヘッグ、ラピュス、ジルニトラの三人は指の指してある方を向くと、確かに折れた木の持たれて動かなくなっているエントの姿があり、三人は驚きのあまり黙り込んでしまう。
驚く三人を見てヴリトラ達は楽しそうに笑い、ファフニールも頬をポリポリと指で掻きながら照れくさそうな顔をしていた。
「す、凄いわね・・・」
「私達も戦いを見てビックリしちゃいましたよぉ!」
「まぁ、最初に一人で戦うなんて言い出した時はどうなるかと思ったけどね」
驚くジルニトラの方を向いてアリサとリンドブルムがそれぞれ自分が感じた事を口にした。それからヴリトラ達は自分達の見た事や経験した事を話して情報を確認する様に話を始めた。
ヴリトラ達が離れた所で会話をしている時、倒れた木にもたれているエントが声を漏らす。口を隠していた金属製のマスクは壊れて口元が見えており、全身はボロボロで左半身はギガントパレードの一撃で骨折や出血が酷く、機械鎧も粉々だった。そんな状態で朦朧としている意識の中、エントは遠くで会話をしているヴリトラ達を見つめている。
「・・・何という連中だ。あれだけの人数で二十人近くはいた俺の部隊を全滅させ、俺自身にも致命傷を負わせるとは・・・・・・だが・・・フフフフ、お前達はこれで完全にブラッド・レクイエムを敵に回してしまったのだ。・・・後悔するぞ?・・・この世界は既に我々の力で・・・・・・」
掠れる声で喋っているエント。すると突然エントの機械鎧から低いブザー音の様な音が鳴り響いた。そして次の瞬間、エントの体が光り、大爆発を起こした。
「うわあああっ!?」
「な、何だこの爆発は!?」
突然の爆発に驚いて声を上げるラピュスと爆風に耐えながら爆発した方を見るヴリトラ。リンドブルム達も爆風で飛ばされない様に踏ん張りながら爆発の起きた方を見ている。爆発が収まると、ヴリトラ達は一斉に爆発が起きた方へ向かう。エントが持たれていた木の周囲は爆発に木や岩、草などは吹き飛ばされており、地面は黒く焦げていた。
「此処って、確かエントがもたれていた所・・・」
「アイツ、自爆しやがったのか」
リンドブルムが焦げている地面を見つめながらこの場に何が有ったのかを思い出し、その隣ではエントの自爆で悔しそうな顔を見せているジャバウォックがいた。
二人の後ろから顔を出して爆発した所を覗いているファフニールは少し残念そうな顔で肩を落とす。
「自爆しちゃったんだぁ・・・あの人には聞きたい事が色々あったのに・・・」
「聞きたい事?何よそれ?」
ジルニトラがファフニールの方を向いて尋ね、ヴリトラ達も彼女の方を向く。ファフニールはエントとの戦いで彼が見せた自分達の知らない新兵器である電磁シールドの事、元の世界で最近開発されたその電磁シールドをどうしてブラッド・レクイエム社が持っているのかという疑問を全て話した。その話を聞いてヴリトラ達もブラッド・レクイエム社の行動や新しい兵器をどうやって手に入れたのかという事を考えた。だが直ぐに今の自分達がまず何をやるべきなのかという考えが頭に戻り、ヴリトラ達は一度西の出入口に向かって情報を整理し、今後の事について話し合いをする事にしたのだった。
それからヴリトラ達はストラスタ軍の各拠点や避難小屋などに向かってもう一度ストラスタ軍の生存者がいないかを確認しに向かう。だがやはり誰も生きておらず、唯一の生き残りのガズンは一人でストラスタ公国に戻ることなった。本来なら攻めて来た敵国の兵士を捕らえて連れて帰るべきなのだが、ヴリトラ達が受けた依頼はフォルモントの森に潜伏しているストラスタ軍の撃退、捕縛しろとは受けていなかった。故にガズンをどうするかはヴリトラ達の自由なのだ。
「まさかこんな事になっちまうとはな・・・」
ヴリトラ達はやって来た西の出入口の正反対の位置にある東の出入口の前でガズンが脇にガルバとミルバを控えさせて目の前で立っているヴリトラ、ラピュス、ファフニールの三人と向かい合いながら話をしていた。四人の周りにはブラッド・レクイエム社のジープが止められており、そのジープからリンドブルム達が使えそうな道具を一台のジープに移してティムタームに持って帰ろうと西の出入口へ走らせる準備をしていた。
「それよりも、本当に俺を見逃すつもりなのか?」
「ああ、俺達は騎士団じゃない。アンタを捕まえるか逃がすかは自由なんだよ」
「お前はそうかもしれないが、そっちの姫騎士のお嬢さんはどうなんだよ?」
ガズンがヴリトラの隣になっているラピュスの方を向いて尋ねると、ラピュスは目を閉じて頭を掻きながら口を開いた。
「私達姫騎士は七竜将について来ただけだ、上からは何も指示されていない。だから作戦を一任されているヴリトラ達に従うだけだ」
「ハハハ、そうか。・・・・・・お嬢ちゃんにも世話になったな?」
今度はファフニールの方を向いてガズンが笑いながら声を掛けた。ファフニールはニッコリと笑って頷く。
「ハイ、ガズンさんとその子達が無事でよかったです。・・・でも他の子達は・・・」
「ああ、デルバとバルバの事は仕方がねぇさ。それにアイツ等の仇は討てたしな」
「ハイ・・・」
「お嬢ちゃんが必死になってくれたおかげさ。ありがとよ」
怖そうな顔をした大男はニッと笑いながらファフニールに礼を言って頭を撫でる。ファフニールは目を閉じながら照れるような顔している。
「だけどよぉ、どうしてお前さんはあそこまでガルバとミルバの為にやってくれたんだ?いくらお前さんの猫と重なって見えるからってよぉ」
「・・・ミーちゃんと同じ目に遭ってもらいたくなかったんです」
「んん?」
ファフニールの話を聞いたガズンが小首を傾げる。ヴリトラとラピュスも黙ってファフニールの顔を見つめていた。
「・・・昔、私がミーちゃんと百合子お姉ちゃんの三人で街に買い物に行った時に事故に遭ったんです。建物が崩れてわたしと百合子お姉ちゃんの上に大きな瓦礫が落ちてきて・・・」
「ユリコ?・・・もしかしてあそこのボウズが言ってたお嬢ちゃんの義理の姉ちゃんの事か?」
「ハイ、瓦礫の下敷きになった私は右腕と右上半身が挟まれて動けなくなり、百合子お姉ちゃんも骨折して動けませんでした。でもそんな時にミーちゃんが来て私のほっぺを舐めて励ましてくれたり、レスキュー隊の人達を連れてきたりしてくれたんです」
「レ、レスキュー?・・・何の事か分からねぇが、賢い奴だったんだな・・・で、その子猫は?」
「・・・ミーちゃんはもういません。私とお姉ちゃんが救助された後に瓦礫が動き出して、ミーちゃんは・・・」
悲しそうな声で話を止めるファフニール。話を聞いていたガズンは何が起きたのか察して訊かずに黙っている。ヴリトラは目を閉じて黙って話を聞いており、ラピュスは寂しそうな顔でファフニールを見ている。ファフニールはゆっくりと顔を上げてガズンの顔を強い意志の籠った目で見つめた。
「ミーちゃんは死んじゃいましたけど、私はミーちゃんのおかげで生きています。だから私はこれからもミーちゃんの分まで精一杯生きていくつもりです!ミーちゃんみたいな動物達や困っている人達を助ける為に!」
自分の友達であった猫と同じ様な目に遭わせないためにファフニールはガルバとミルバを守ったのだ。そしてそれはガズンに自分と同じ思いをさせない為でもあった。それを知ったガズンはゆっくりと目を閉じ、しばらく黙り込むと真面目な顔でファフニールを見つめる。
「お嬢ちゃんは優しい奴だな、お前さんの様な奴がもっと大勢いれば、ドレッドキャットの様な猛獣達も怖がられずに済むのによぉ」
「ハイ・・・・・・それよりも、本当にストラスタ公国に戻るんですか?戦いに負けたって事がバレたらガズンさんがどうなるか・・・」
「心配ねぇよ。今の俺は傭兵だ、例え戦いで負けた事が王国に知られても大した罰は受けねぇさ。それに祖国をブラッド・レクイエムの連中から守らないといけない。奴等がまたいつ国にやって来るか分からねぇからな。しっかり奴等の事を騎士団の連中に伝えるさ」
「それがいいな」
ヴリトラがガズンの言葉を聞いて頷く。ブラッド・レクイエム社は一度契約を結んだとは言え、ストラスタ公国の騎士団を攻撃したのだ、この時点で彼等はストラスタ公国に宣戦布告をした事になった。再びブラッド・レクイエム社が攻撃して来る可能性だってある。だから対策を練る為にもガズンには国に戻りブラッド・レクイエム社の事を国の要人達に知らせる必要があるのだ。
「まだ俺達ストラスタとお前達レヴァートの戦いは続くかもしれない。だがブラッド・レクイエム社の事を話せば戦争どころじゃなくなり、戦いも終わるかもしれないからな」
「今後どうなるかは、俺達の誰にも分からない」
「そういう事だ。・・・・・・さて、話が長くなっちまったな?俺達はもう行かせてもらうぜ」
「ああ、縁があったらまた会おうぜ」
「そうだな、それじゃあ、あばよ」
ガズンはそう言ってガルバの背中に乗り、ヴリトラ達の前から去っていった。小さくなっていくガズンと二匹のドレッドキャットを見つめながらヴリトラ達は国の為、仲間の為に戦う事を強く心に刻んだのだった。
長く厳しい戦いだったフォルモントの森の戦いは遂に終わった。そして少しずつ見えてきたブラッド・レクイエム社の秘密、幹部であるエントを倒した事でヴリトラ達はブラッド・レクイエム社が自分達を目の仇にする事を確信し、更なる激戦を覚悟し闘志を燃え上がらせるのだった。
第四章は今回で終了です。
次回の更新は三日後になります。




