第五十八話 傭兵少女の過去と優しさ
ブラッド・レクイエム社の幹部であるスプレッド・エントの猛攻を受けるヴリトラ達。最初は押されていたが、ヴリトラの作戦によって反撃に成功。そして卑劣な行動を取ろうとしていたエントはファフニールが止めるのだった。
ガルバとミルバを殺してヴリトラ達の隙を作ろうとしたエントの前にファフニールが立ち塞がり二匹を守った。普段好奇心旺盛で天然なところがある彼女が珍しく見せる戦意の籠った表情でエントを見つめる姿にヴリトラ達も驚いている。ファフニールとエント、二人は目の前に立つ相手に鋭い視線を向けた。
「どういうつもりだ?ソイツ等はお前達の敵の筈だ、どうしてそんな猛獣どもを庇う必要がある?」
「・・・確かのこの子達は私達の敵です。ですが今は貴方達ブラッド・レクイエムという共通の敵を持っています。だから同じ敵を持つ者として助けたんです!」
「敵の敵は味方、と言いたいのか?」
エントの質問に答えず黙ってジッと彼を見つめているファフニール。ブラッド・レクイエム社の件が片付くまで休戦協定を結んでいるガズン達を仲間として考えているファフニールを理解出来ないような顔で見ているエント。だが、理解出来ないのはガズンも同じだった。彼はゆっくりと立ち上がりドレッドキャットを守るファフニールを目を丸くして見つめている。
「・・・あのお嬢ちゃんは何を考えてるんだ?敵であるガルバとミルバを守るなんて?」
「アイツはそういう子なんだよ」
驚くガズンの隣にやって来て話しかけるヴリトラ。ガズンはヴリトラの方を見て首を傾げる。ヴリトラはファフニールを無表情のまま見つめて静かに口を開いた。
「覚えてるか?さっきの戦いでファフニールがドレッドキャットと戦わない理由は友達に似てるからって言った事?」
「ああ、覚えてるぜ?」
「・・・アイツな、昔、俺達の仲間になる前に一匹の猫を飼ってたんだ」
「猫?」
突然ペットの猫の事を話しだすヴリトラにガズンは不思議そうな顔で聞き返す。二人の後ろではラピュス達もその話を聞いている。姫騎士の三人はヴリトラの背中を見ながら黙って、七竜将のメンバーはファフニールの方をジッと見ながら耳だけを傾けて聞いていた。
「アイツは子供の頃に母親を病気で亡くし、父親と二人暮らしだったんだ。ところがその父親がとんでもなく酷い男でな、毎日毎日働きもせずに酒ばっかり。終いには酒を買いに行くと言って当時五歳のファフニールを残し蒸発してしまったんだ」
「いなくなっちまたって事か?」
「ああ・・・」
ヴリトラはエントと睨み合っているファフニールの横顔を見つめながらガズンにファフニールの過去を放し続け、ラピュス達もそれを黙って聞き続けた。
「面倒を見てくれる親戚もいなくて、アイツはそのまま施設に引き取られた。だけど父親に捨てれらた事でアイツの心には深い傷ができ、同じ施設の子供達と接しようとせずに毎日一人ぼっちだったんだ・・・」
「え?」
ヴリトラの話を後ろで聞いていたラピュスは思わず声を出す。いつも笑って自分達と接して来たファフニールが昔は他人に心を閉ざしていたと知って意外に思ったのだろう。ラピュスの声を聞いてヴリトラがラピュスの方に視線を向ける。
「おいおい、驚く事じゃないだろう?誰だって親に捨てられればショックを受けるのは当然さ」
「あっ・・・そうだな。すまない」
「まぁ、アイツの普段の態度を見てればそう思うのも仕方ないかもしれないがな?」
謝るラピュスをフォローする様にジャバウォックがラピュスの隣で腕を組みながら言った。ヴリトラは後ろのいるラピュス達の顔を確認するかのように一度ずつ見ると再びファフニールの方に視線を向けて話を戻す。
「施設では暗い奴だって周りの子供達からいじめられ、アイツは孤独の中生きてきた。だけど、そんな時にファフニールに声を掛けてくれたのが少女がいた。彼女はファフニールよりも六つ年上で一人のファフニールをずっと支えてきた」
「そしてファフニールの心の傷も癒えていき、アイツは施設でも笑う様になったんだ」
ヴリトラの説明を継ぐ様に続きを説明するニーズヘッグ。ラピュス達はニーズヘッグの方を向いて今度は彼の話を聞き始める。ニーズヘッグもそのまま説明を続けていく。
「でも、他にもアイツの心を癒す切っ掛けが出来た」
「・・・何?」
ラランがニーズヘッグを見上げて尋ねる。ニーズヘッグは目を閉じてゆっくりと口を開いた。
「・・・猫だよ」
「・・・猫?」
ニーズヘッグの口から出た意外な言葉にラランは小首を傾げる。ラピュスとアリサもまばたきをして意外そうな顔を見せている、だがガズンだけは目を見張って驚いているような顔をしていた。
「猫・・・?」
ガズンが確認する様に尋ねるとニーズヘッグはガズンの方を向いて頷く。
「施設で飼われていた一匹の黒猫とその少女がファフニールに心を癒してくれたんだ」
「確かぁ・・・『ミーコ』とか言う名前だったか?その猫?」
「ああ。ファフニールは『ミーちゃん』って呼んでたな・・・・・・きっと、そのミーコとあのドレッドキャット達が重なって見えたんだろう・・・」
ファフニールが可愛がっていた黒猫、ミーコの事を思い出しながら話すニーズヘッグとジャバウォック。二人の会話を聞いていたガズンは二人からファフニールの方へ視線を向ける。
「だからアイツはドレッドキャットのガルバとミルバを守ろうと・・・」
「それだけじゃありませんよ」
ファフニールを見つめているガズンにリンドブルムが声を掛けながら彼の下へ歩いてくる。その隣ではジルニトラも並んで歩いていた。
「ファフニールから聞きましたよ?貴方、騎士団を止めさせられて傭兵になってから人に心を閉ざしてしまったそうですね?それで動物達にだけ心を開いているって」
「それはつまり、アンタはあの猛獣達が好きって事でしょう?だから自分と同じように動物を愛しているアンタのドレッドキャット達を守りたいって気持ちもあるんじゃないかしら?」
振り向いてファフニールの方を見つめながら話すリンドブルムとジルニトラ。ガズンは自分がファフニールに言った事を彼女自身が周りの人間には話した事を知ると何処か照れるような表情をソッポ向いた。
「・・・ケッ!余計な事言いやがってよぉ!」
「ハハハ」
ガズンを見てヴリトラは歯をニッと見せながら笑う。そこへオロチがファフニールの方を見たままヴリトラ達に少し低い声を出して話しかけてきた。
「話はそれ位にしておけ。そろそろファフニールを助けに行った方がいいと思うが・・・」
オロチの言葉を聞いたヴリトラ達はファフニールの方を向く。視線の先にはギガントパレードを右手で持ちながら左手で着ているコートを脱ぎ捨てるファフニールの姿があった。コートの下からは灰色の特殊スーツに包まれた体と機械鎧と化している右腕、右胸が姿を見せる。
「な、何だよ、あのお嬢ちゃんの体は・・・?」
ガズンはファフニールの機械鎧を見て驚きながら指を指してヴリトラ達に尋ねる。ヴリトラは自分のコートの袖をめくって左手をガズンの見せる。
「俺達は事故や戦いで体の一部を失ってそれを補う為に義肢を付けてるんだ。ファフニールも右腕と右胸に重傷を負ってああなったんだ」
「ぎ、義肢だと・・・?それじゃあ、あのおかしな武器を持ってる奴もか?」
ガズンがエントを見て尋ねると、ヴリトラは顔を横に振った。
「さあな、奴等の中には強くなる為にわざと腕や足なんかを切り落として義肢に変えるなんてバカな考え方をする奴もいるからな・・・」
「な、何だとぉ?」
自分の意思で手足を切る、信じられない考え方を聞いたガズンは耳を疑いファフニールとエントの方を向く。
ファフニールとエントは自分の機械鎧を動かして動作を確認しながら目の前で構えている相手を見て出かたを待っていた。
「お前があの獣達を庇う理由は分かった。だが俺の前に出たからには死ぬ覚悟は出来てるんだろうな?」
「私は死にません」
「ほぉ?大した自身だな?それとも自分は女で子供だから殺されないなんて甘い考えを持ってるのか?」
「私は動物が好きです。だから好きな動物を守る為にも必ず勝ちます。命を奪う事を楽しむ貴方達には絶対負けません!」
真面目な声でエントに言い放つファフニール。そんな鋭い眼差しを向けるファフニールをエントは睨み付ける。
「ほざけ!」
エントはファフニールに向かってAS12を向けて引き金を引こうとする。だがその直後にファフニールは地を蹴り、ギガントパレードを両手で持ちながらエントに向かって跳んで行く。突然向かって来たファフニールに驚いたエントは狙いを修正して引き金を引いた。銃口から吐き出された散弾がファフニールに向かって飛んでいく。だがファフニールはギガントパレードの大きな頭を盾にして銃撃を防ぐ。頭と小さな玉がぶつかり高い金属音が響く。ファフニールは攻撃範囲にエントが入るとギガントパレードを振り上げて攻撃を仕掛ける。
「チッ!」
エントは後ろに跳んでファフニールから距離を取り、その直後にエントが立っていた所にギガントパレードが振り下ろされる。地面に当たると再び振動と共に大きく地面が凹み草や枝が浮き上がった。距離を取ったエントは攻撃直後で隙の出来たファフニールに向かったAS12の銃口を向けて引き金を引こうとする。その時、エントに向かって何かが勢いよく飛んで来た。その事に気付いたエントはまた後ろに跳んで飛んで来た物を回避する。エントに向かって飛んで来た物は高速回転する斬月だった。斬月は地面に刺さり、投げたオロチは跳んでかわしたエントをジッと睨む。エントは分が悪いと思ったのか近くの木の枝に飛び乗りヴリトラ達を見下ろす。
「流石にこれだけ人数に差があると分が悪いな。悪いが一度退かせてもらうぜ?」
「逃がすと思うか・・・?」
オロチが低い声で尋ねるとエントはバックパックから筒状の物を取り出し、それをヴリトラ達に見せながら笑って答える。
「思ってないさ。だからコイツを使わせてもらう」
エントは手に持っている筒状の物についている輪っかに指を掛けて器用に片手で外した。エントが持っていたのは手榴弾の類の物で外した輪っかは安全ピンだったのだ。それを見てヴリトラ達は危機感を感じてエントの妨害をしようと動き出す。だがエントはヴリトラ達が動こうとした直後に持っていた手榴弾を木の上から落とした。
「マズイ!」
ヴリトラは声を上げ、左手を腰に回すとオートマグを抜いて手榴弾を撃とうとする。しかし次の瞬間、手榴弾は強烈な光と爆音を放ったのだ。その光にヴリトラ達は目を反らしたり目を瞑ったりなどして光から目を守る。
「スタン・グレネードか!?」
手榴弾の種類に気付いたヴリトラは腕で光から目を守りながら叫ぶように言う。光と爆音が収まった時、木の枝にはエントの姿はなく避難小屋のある広場にはヴリトラ達の姿しかなかった。
「アイツ、何処へ行ったんだ?」
「さっきの光で俺達が怯んだ隙に此処から離れたんだろう」
ラピュスとニーズヘッグが周囲を見回してエントの姿を探すが、やはり何処にもいない。一同が周囲を探していると突然ヴリトラ達のいる広場にエントの声が響き渡った。
「流石は噂に名高り七竜将だ。完全に油断したぜ」
「エント?」
「何処から声が!?」
突然聞こえてきた声にリンドブルムとアリサが驚いてもう一度辺りを見回す。そんな二人を気にする事なくエントは話を続ける。
「とりあえず俺は一度退いて態勢を立て直させてもらう。お前達も今のうちにそこを離れて休んでおいた方がいいぞ?既にこの森には俺の部下の機械鎧兵士達が入り込んでおり、数人がそっちへ向かっている。早く逃げないとお前達は森林隠密部隊の餌食となる」
聞こえてくるエントの話を聞いてヴリトラ達は鋭い表情で森を見渡しながら話を聞く。彼等は森林戦闘を得意とする部隊、森を知り尽くしている彼等を相手にする以上ヴリトラ達も態勢を立て直さないいけない。
「クソッ、森の中じゃ奴等の方が有利だ。悔しいけど、アイツの言うとおり此処にいたら直ぐに囲まれてやられる。皆、一先ず散開するぞ!固まっていたら直ぐに見つかる!」
「了解!」
ヴリトラの指示を聞いてリンドブルムは力強く返事をする。他の七竜将もヴリトラの方を向いて真面目な顔で頷く。ラピュス達姫騎士とガズンは的確に指示を出すヴリトラを見て少し驚きと関心の表情を浮かべていた。それから直ぐにヴリトラ達はその場所を離れ、それからヴリトラの指示通り、一同はバラバラになった。
――――――
数分後、避難小屋の広場に数人のBL兵が姿を現した。BL兵達はMP7を構えながら周囲を警戒しヴリトラ達を探すが既にそこはもぬけの殻、誰もおらず残っていたのはストラスタ兵と自分達の仲間の死体だけだった。
BL兵の一人が周囲にヴリトラ達の気配が無い事を確認すると耳にはめてある黒い小型無線機のスイッチを入れて何処かに連絡を入れ始める。しばらくコール音がなっていると誰かが無線に出た。
「・・・俺だ」
小型無線機から聞こえて来たのはエントの声だった。
「こちら第三班。避難小屋の前に到着しましたが、既に七竜将達の姿は見当たりませんでした」
「そうか・・・」
「ここに向かう前の道のりでも姿は見当たりませんでしたし、恐らく出口の方へ向かったと思われます」
「それは考えられん、既にアイツ等にはこの森を包囲したという事を伝えてある。当然西と東の出入口にも見張りを付けてある。何より、俺は今東の出入口にいるのだ、もしこちらに来たとすれば一気に仕留めてやる」
BL兵は小型無線機から聞こえてくるエントの説明を黙って聞いている。小型無線機の向こう側ではフォルモントの森の東の出入口前で堂々と立っているエントがAS12を握って小型無線機を使いBL兵に語りかけていた。彼の周りには五台の黒いジープが停まっており、その内の二台には軽機関銃の『FN ミニミ』が取り付けられている。そしてジープの周りでは六人とBL兵がMP7やPSG1を構えて立っている姿があった。
エントは出入口から森の中を覗き込みながら小型無線機の先にいるBL兵に鋭い表情で指示を出して行く。
「お前達はそのまま周囲の探索をして奴等を見つけ次第殺せ」
「よろしいのですか?」
「ああ、ジークフリートからは奴等を始末しろと言われただけだ。生け捕りにしろとは言われてない」
「・・・了解」
BL兵のその言葉を最後に通信は終了しエントは振り返って周囲にいるBL兵達にも指示を出していく。
「俺達はこのまま此処で待機する。七竜将やストラスタの残党が出てきたら容赦なく攻撃しろ!殺しても構わん!」
「「「「「「了解!」」」」」」
エントの指示を聞いたBL兵達は一斉に返事をする。エントは森の方を向き、ヴリトラ達がどんな風に倒されるのかを想像しニッと笑う。既に彼はこの戦いは自分達が勝利すると考えているようだった。
同時刻、避難小屋から約700m離れた所にある川の近くでリンドブルムとファフニールが大きな岩に隠れて周囲を警戒していた。その近くではガズンがガルバとミルバを連れて同じように周囲を見回している。
「ファフニール、そっちはどう?」
「大丈夫、敵はいないよ」
お互いに敵の姿を見つけたのを話し合いながら情報交換をしている二人。そんな二人を見てガズンはまばたきをしながら意外そうな顔を見せている。まだ幼い少年と少女が自分にも負けない位の傭兵らしさを見せているのに驚いていた。
「・・・おい、お前等はいつから傭兵をやってるんだ?」
「え?」
突然意外な質問をしてきたガズンにファフニールは振り向いて聞き返す。リンドブルムも不思議そうな顔でガズンの方を見た。
「お前等はどう見ても十代前半位の歳だろう?なのに怯える様子も見せずに大人顔負けの判断力と冷静さを持ってやがる。一体何時から傭兵をやってるんだよ?」
「う~~ん・・・私はまだ一年くらいしか経ってませんよ?でも、リンドブルムはもう五年くらいになります。・・・そうだよね?」
「うん」
ファフニールがリンドブルムの方を向いて確認する様にリンドブルムに尋ねると彼はファフニールの方を向いて頷く。
「お嬢ちゃん、傭兵になってまだ一年なのかよ?・・・にしては随分としっかりしてるじゃねぇか」
「経験もありますけど、ナノマシンの影響もあるかもしれませんね」
「ナノ、マシン?」
「何でもありません。さぁ、此処からが本当の戦いの始まりですよ?」
ファフニールはギガントパレードを握って上を見上げる。リンドブルムもそれに続いて上を見た。ガズンは目の前で迷いも見せずに行動する二人に驚きを隠せずにいる、ガルバとミルバはガズンが見つめている少年と少女をジッと見つめているだけだった。
なんとか一度はエントを撃退する事が出来たヴリトラ達。だがエントは仲間を率いて再びヴリトラ達に攻撃を仕掛けてくる。本格的に始まったブラッド・レクイエム社の大部隊との戦い、ヴリトラ達は無事に森を出る事が出来るのだろうか。




