第四十六話 茶会で語られる生き方
ラピュスの母、リターナに招待されてラピュスの実家にやって来た七竜将。その途中、ラランとアリサの二人とも出会い共に屋敷へと入っていく。そしてヴリトラ達はリターナと共に茶会を開いて会話をする事になった。
屋敷の食堂にやって来たヴリトラ達は大きなダイニングテーブルを囲んで茶会を始めてる。全員の前には紅茶の入ったアンティークのティーカップとクッキーの乗った皿が置かれてあった。どうやらこのクッキーがラランとアリサの買ってきた菓子の様だ。
「あ~んっ、んむんむんむ・・・美味しいね、このクッキー」
リンドブルムが自分の皿に乗っているクッキーを次々に口の中に入れていき、笑いながら味の感想を述べる。そんなリンドブルムの姿を彼の正面の席に座っているラランとリンドブルムの隣に座っているオロチがジーっと見ていた。
「・・・一度にそんなに口に入れるのは行儀が悪い」
「ああ、茶会の席でそういう行動は慎め・・・」
リンドブルムの行儀の悪い姿に注意する二人。するとリンドブルムは口の中のクッキーを全部飲みこんで二人の方を笑いながら見た。
「いいじゃない、美味しい物を美味しいって言うだけなんだからさ?それよりも、オロチ全然食べてないじゃん。食べないなら僕がいただきぃ~!」
全く手が付けられていないオロチの皿の上のクッキーを一つ摘まみ口の中に入れるリンドブルム。彼は再び幸せそうな顔でクッキーを味わう。
「おいリブル、それは私の・・・」
「んむんむんむ♪」
「リブル、お前・・・!」
勝手に自分のクッキーを食べて幸せそうな顔を見せているリンドブルムにオロチは少し力の入った声を出す。その光景を離れた席でジルニトラとアリサが眺めていた。二人ともティーカップの中の紅茶を飲みながらリンドブルムとオロチの様子を見ている。
「まったく、たかがクッキーであそこまでやるかしら?リブルはみっともないし、オロチは大人気ない。はぁ・・・見てるあたし達まで恥ずかしいわよ」
「ま、まぁ、美味しいから思わず沢山食べたくなっちゃう気持ちは分からなくもないですけどねぇ・・・」
呆れ顔で紅茶を飲みながら言うジルニトラとその隣で苦笑いを見せながら自分のクッキーを摘まむアリサ。紅茶を少し飲んだジルニトラは自分のクッキーを取ろうと更に手を伸ばす。すると、皿の上にある筈のクッキーがいつの間にか無くなっていた。
「あれ?あたしのクッキー、何処行っちゃったの?」
殆ど食べていない筈なのにクッキーが皿から消えて驚くジルニトラ。そんな時、自分の隣の席でファフニールが紅茶を飲んだ後に目の前の皿の上に乗るクッキーに手を伸ばそうとする姿があり、それを見たジルニトラは違和感を感じた。少し前に見た時にはファフニールの前の皿にはクッキーは残っておらず、自分の皿の上にはクッキーがまだ残っていたのを覚えている。だが今は自分の皿にはクッキーが無く、ファフニールの皿の上にはクッキーがある。それを見たジルニトラは一つの答えに辿り着いた。
ジルニトラは咄嗟にファフニールのクッキーを取ろうとする手を掴んで止める。ファフニールは突然自分の手を掴まれた事に驚き、ジルニトラの方を向く。そこにはジト目で自分を見ているジルニトラの顔があった。
「ど、どうしたの、ジル?」
「・・ファウ、それあたしのお皿でしょう?」
「え?」
「アンタ、あたしがリブルとオロチの方を向いている間に自分の空の皿とあたしの皿をすり替えたんでしょう?」
「・・・な、何の事かなぁ~?」
顔を近づけて問い詰めてくるジルニトラにファフニールは汗を掻きながら目を反らす。明らかに動揺している。それを見てジルニトラは確信した。
「やっぱりアンタね?アンタってこういう時に嘘をつくと沢山の汗を掻いて目を反らすからね?」
「・・・・・・」
反論する様子を見せずに汗を掻き、目を反らしたまま黙り込むファフニール。
「・・・返しなさい」
「・・・ハイ」
低い声でクッキーを返す様に要求するジルニトラにファフニールは素直に頷き、クッキーの乗った皿をゆっくりと押してジルニトラに返す。クッキーを取り返したジルニトラは皿の上の一つを摘まみ、静かに食べた。口の中に広がる甘い味にジルニトラも思わず笑顔を見せる。
「うん、確かにこれは美味しいわ。もっと食べたくなる気持ちも分からなくもないわね」
「そ、そうですか?」
予想以上に美味しく食べてくれた七竜将にアリサは思わずボーっとしてしまう。ジルニトラはアリサの方を向いて笑いながら自分が持っている食べかけのクッキーを見せる。
「アリサ、今度このクッキーが売られてるお店に連れてってくれる?」
「え?ええ、そんな事でよろしかったら・・・」
「ありがとっ♪」
ウインクしながらアリサに礼を言うジルニトラ。リンドブルム、ララン、オロチの三人、ジルニトラ、ファフニール、アリサの三人はそれぞれクッキーと紅茶を前にわいわいはしゃぎながら、何処か楽しそうに会話をしている。その光景を六人から離れた所で見ているのはジャバウォックとニーズヘッグだった。
「アイツ等、此処がラピュスの家だって事を忘れてるんじゃねぇのか?」
「だろうな、向こうの世界では見慣れていない中世風の屋敷を見てテンションが上がってる上に美味い菓子と茶まで出されたんだ。此処に来た目的を完全に忘れちまってるよ、ありゃあ・・・」
呆れ顔でリンドブルム達の様子を見ているジャバウォックとニーズヘッグはリンドブルム達と同じようにクッキーと紅茶を口にしながら会話をしている。その姿がまるではしゃぎ回る子供達を見て困り果てる父親の様だった。
「まぁ、目的って言っても、ヴリトラ以外は呼ばれてねぇんだけどな?」
「ああ、お前達は面白半分でついて来ただけだからな」
「『お前達』って・・・お前は違うのか、ニーズヘッグ?」
「俺はお前達が騒ぎを起こさないか心配でついて来ただけだ」
「あ、そうですか・・・」
ニーズヘッグの答えを聞きたジャバウォックは肩を落としながらティーカップを下して「真面目だねぇ?」と言いたそうな顔で言った。
ジャバウォックとニーズヘッグが真面目そうな話をしている姿、そして遠くではしゃいでいるリンドブルム達の姿をヴリトラとラピュス、リターナが見ている。ヴリトラはラピュスは困ったような顔を見せているが、リターナは笑いながら彼等の会話を見つめてた。
「あらあら、楽しい方々ですねぇ?」
「・・・すいません。騒がしくしちゃって」
「いえいえ、気になさらないでください。こんなに賑やかな食堂でお茶を飲むのは本当に久しぶりですから」
笑いながらそう言うリターナを見てヴリトラは少し安心したのか苦笑いを見せる。ヴリトラは少し落ち着こうと目の前に置かれてあるティーカップを取って中の紅茶をゆっくりと飲む。すると紅茶から良い香りがして、それを嗅いだヴリトラは目を見張って反応する。
「この紅茶、薔薇の香りがしますね?」
「ええ、それはローズティーと言ってこの辺りで育つ薔薇から作られた物なんです」
「薔薇から紅茶が出来るんですか、初めて飲みました」
初めて飲むローズティーに興味津々のヴリトラはゆっくりともう一口飲んで味と香りを楽しんだ。
「母様の紅茶は少し変わった入れ方をするんだ。それにより普通の紅茶以上の味と香りを楽しめるんだ」
「えっ、それじゃあこの紅茶はリターナさんが入れたんですか?」
「ええ、折角ラピュスがお客様をお連れしたんですからこれ位はしないと」
傭兵と言えどラピュスが連れてきたラランとアリサ以外の客にリターナは嬉しかったのか、自分で紅茶を入れて七竜将に出してくれたのだ。そんな心遣いにヴリトラも嬉しさを感じたのか小さく微笑んでいる。
「か、母様?それではまるで私が殆ど客や友人を屋敷に連れてこないみたいじゃないですか」
「あら?その通りでしょう?」
「うっ・・・」
ラピュスとリターナの会話を見ているヴリトラはラピュスの方を向いて悪戯っぽく笑って見せた。
「ラピュス、お前もしかして友達少ないのか?」
「なっ!し、失礼な事を言うな」
「ふ~ん?でもお前がラランやアリサ以外の人と話してるのを見た事無いんだけど?」
「ぐ、偶然話していないところをお前が見ているだけだ!」
「二ヒヒヒ♪」
「な、何だその笑いは?大体お前だって・・・」
ニヤニヤ笑いながらラピュスを見ているヴリトラとそんなヴリトラを頬を少し赤くして怒り立ち上がるラピュス。目の前で会話をする娘と傭兵の青年を見ているリターナはさっきまでとは違い、何処か懐かしそうな笑みを浮かべている。
「・・・ん?どうしたんですか、母様?」
静かに自分とヴリトラのやりとりを見て笑っているリターナに気付いたラピュスは母の方を向いて不思議そうな顔で尋ねる。ヴリトラも同じようにリターナの方を向いた。
「いいえ、昔を思い出したのよ。まだ貴方の父様が生きていた時に今の様に貴方は楽しそうにはしゃいでいたから・・・」
「え・・・?」
「でもあの人が亡くなって騎士になってから昔の様に笑ったりする事がなかったからねぇ、ちょっと懐かしいと思ったの」
昔と違うラピュスになった事に少し寂しさを感じていたのかリターナは娘の姿を見て昔のラピュスを思い出し、その事を話しだす。それを聞いたラピュスは反応して目を見張って母の顔を見つめていた。そしてゆっくりと椅子に座り、俯いて目の前のティーカップを見つめる。
「・・・母様、私は強くなり、姫騎士としてこの町を、そして母様を守りたいと思ってるんです。父様が亡くなり、私が父様に変わって皆を、この町を守る。そう父様の墓の前で誓ったんです・・・」
「それは分かってるわ。貴方は騎士だったあの人の背中を見て育って来た、だからあの人と同じように騎士になってこの国の為に尽くしたいと思っている事も」
「ハイ。ですから・・・私は女らしくオシャレをしたり、笑ってお茶を飲んだり、そういう事をしてる余裕は無いんです・・・」
騎士として生きる為に女としての生き方を捨てる、そう話すラピュスをリターナは少し寂しそうに見つめている。ヴリトラはそんなラピュスを黙って見つめていた。以前ラピュスから父の死や騎士になった理由を聞かされた彼には彼女の気持ちが少しだが分かるのだろう。だが、そんなラピュスにヴリトラは紅茶を飲みながら言った。
「・・・別に女としての生き方を捨てる必要は無いんじゃねぇのか?」
「え?」
ヴリトラの言葉にラピュスは顔を上げる。ヴリトラはティーカップを皿の上に置いて腕を組みながら椅子にもたれてラピュスを見た。
「強い姫騎士になる為に女としての生き方を捨てて騎士の生き方を貫き通す、その考え方は間違ってないだろう。でもなぁ、無理に貫き通す事は無いと思うぜ?オシャレしたい時はオシャレして、菓子を食べて笑いたい時はそうすればいい。お前だったそういう年頃なんだからな?」
どこかおやじくさい事を言うヴリトラにラピュスは自然とジト目を向ける。だが、彼が自分の為を思って言ってる事は彼女にも分かる。ラピュスは表情を戻してヴリトラと向かい合うように話をする。
「私は別に無理などしていない。私は騎士としての生き方を決意したのだ」
「ほぉ?そう言ってる割には感情的になると喋り方が女口調になるじゃないか?」
「うっ!そ、それは・・・」
「それに俺とキスをした時もものすっごく怒ってて・・・」
「え?キス?」
ヴリトラの言葉にリターナが反応して小首を傾げる。
「うわうわうわ~~っ!な、何でもない、何でもないですよ、母様!」
「?」
突如大声を出すラピュスを見て不思議そうな顔で彼女の顔を見るリターナ。どうやらラピュスはヴリトラと事故でキスをした事をリターナに話していないようだ。離れていたリンドブルム達も声に反応して一斉にラピュスの方を向く。そんな彼等にヴリトラはニッと笑いながら片手を横に振り、「何でもない」と無言で伝える。それを見たリンドブルム達は小首を傾げた後にまた話を始めるのだった。
「ハァハァハァ。ま、まったく、お前と言う奴は・・・!」
「な~にを取り乱してるんだよ?」
「こ、このぉ~!」
笑ったまま心当たりが無い様にとぼけるヴリトラにラピュスは苛立ちを見せる。二人の会話を見ていたリターナは感情的になっているラピュスを困り顔で見つめ、今度はヴリトラの方を向いた。
「ところでヴリトラさん。話を変えますが・・・」
「ハイ?」
「・・・貴方はどうして戦っているのですか?」
「え?」
「ラピュスは国を守る為に姫騎士として生きる道を選びました。では、貴方はどうして傭兵として戦うのです?誰の為に戦っているのですか?」
突然真面目そうな話をしてきたリターナにヴリトラは少し驚く。無表情でヴリトラの目をジッと見つめるリターナと二人の会話を見てヴリトラと同じように少し驚いて見ているラピュス。ヴリトラは一度目を閉じてからリターナの方を向いて口を開いた。
「・・・俺には守る物は無いんです」
「無い?」
「ハイ、俺には守る家族も国もありません。両親は子供の時に死別し、傭兵として生きる為に世界を転々と渡って仕事を引き受けていましたから」
「ではなぜ戦いを?・・・お金や報酬の為ですか?」
「金を貯めても使い道がありませんから、貯まる一方ですよ」
「ならどうして貴方はこの国とストラスタ公国の戦いに参加を?」
「・・・恩返しの為ですよ、俺達がこっちに来て初めてこの町の人にお世話になりましたから」
ファムステミリアに来て初めて出会い、色々な事を教えてくれたバロンとマリに恩返しをする為に、そして彼等が住むこの町を、国を守る為に七竜将は戦う、そうリターナに話すヴリトラ。彼の顔は笑ってはいるが何処か切なさが感じられる。
「だから、俺達七竜将には戦う理由が、傭兵として生きる正当な理由が無いんです」
静かにリターナの質問に答えるヴリトラ。リターナはそんなヴリトラをただ黙って見つめている。そこへラピュスはヴリトラを寂しそうな目で見つめながら口を開く。
「・・・何だか、悲しい生き方だな?」
「・・・ああ、俺達は誰の為、何の為に戦うのか、その理由を探す為に世界中の戦場を回ってたんだ。だけど、未だにその答えは見つかっていない」
目を閉じてラピュスの言葉を否定する事無く頷くヴリトラ。人は生きる為に何かの目的を持っている。そしてその目的に向かって人生と言う道を歩いているのだ。だが、ヴリトラには、七竜将にはその生きる理由が、戦う理由が無い。
ラピュスはそんな悲しい存在である七竜将が憐れに感じてしまっていた。するとラピュスは立ち上がりヴリトラを真剣な顔で見つめる。
「だったら、今からでも遅くない、戦う理由を見つければいい」
「お、おいおい、唐突だなぁ?そんないきなり見つけられるモンでもないだろう?」
「勿論、直ぐに見つかるなんて私も思ってない。だが、お前達には自分を助けてくれた人の為に戦うと言う良心と強い意志がある。そんなお前達なら必ず見つける事が出来る筈だ」
「そんないきなり・・・」
「私も手伝う!お前達にも見つけてほしいんだ、戦う理由を、そして自分自身が生きる為の目的を!」
力強く自分に言ってくるラピュスにヴリトラは引きながら苦笑いを見せる。二人の会話を聞いていたリターナはさっきまでの無表情から優しい笑顔に変わっていた。まるで二人を見守っている様に・・・。
ラピュスの言葉に押されていたヴリトラは一度小さな溜め息をついて頭を掻く。そしてラピュスの方を向いて小さく笑った。
「お前の言いたい事は分かった。なら、俺達も探してみるか?俺達七竜将が何の為に戦い、誰の為に生きるのかと言う理由をな?」
「ヴリトラ・・・」
自分の生き方を探す事を決めたヴリトラを見てラピュスは笑みを浮かべる。リターナもヴリトラを見てニッコリと笑った。
「そう言えば、さっき何かキスがどうとか言ってましたけど、何の事ですか?」
「いいっ!?」
さっきのキスの話を最後まで聞けなかった事でリターナがヴリトラに尋ねるとラピュスは驚いてリターナの方を向く。
「ああ、その事ですか。実は・・・」
ヴリトラが笑いながらリターナに初めて出会った時の事故でしてしまったキスの事を話そうとする。するとラピュスは立ち上がって頬を赤くしながらヴリトラを睨み付ける。
「アンタねぇ~!戦う理由を見つけるより、まずデリカシーを学びなさぁい!」
女口調となり、声を上げてヴリトラの所へ向かて走り出すラピュス。ヴリトラは危険を感じたのか席を立ち、急いでラピュスから逃げる様に走り出した。リンドブルム達の後ろを通過して食堂をグルグルと回りながら追いかけっこを始めるヴリトラとラピュス。そんな二人を見てリンドブルム達はまた不思議そうな顔を見せた。
「あの二人、何やってるの?」
「・・・さぁ?」
二人の話を聞いていなかったのか、二人の姿を見てた不思議そうな顔をするリンドブルムとララン。それからしばらく二人は食堂を走り続けて、ラピュスが疲れたところで追いかけっこは終了する。結局キスの事はリターナには話さなかったのだった。




