第四十五話 フォーネ家にご招待
ズィーベン・ドラゴンにやって来たラピュスがヴリトラにゴルバンの町の解放戦との時に得た拳銃の使い方を教えてほしいとやって来る。ある程度使い方を教えたヴリトラはその後にラピュスから実家に消え母に会ってほしいと言われた、それは彼にとってまさに晴天の霹靂と言える。
ラピュスに案内されながら彼女の実家に向かうヴリトラ。町の中は歩いて行き、貴族だけが住む事の許される一等地へ足を踏み入れる。周りに建っている沢山の屋敷や高級住宅を見回してヴリトラは目を丸くした。
「ひぇ~・・・」
「どうしたんだ?」
「いや、さっきまで普通の人が住んでる小さな民家ばかりだったのに、いきなりこんな高級住宅街に来たもんだから、ちょっと驚いちまってな」
「お前達のズィーベン・ドラゴンも此処の屋敷や住宅と大して変わらないだろう?」
「あれはほぼ廃墟と言えるボロ屋を改築しただけだ。此処の住宅や屋敷に敵わねぇよ」
ヴリトラを見ながら「そんなものか?」と言いたそうな顔を見せるラピュス。二人が並んで街道を歩いていると、突然ヴリトラが足を止めて少し俯く。
「それよりもよぉ・・・何でお前達がいるんだよっ!?」
顔を上げて力の入った声を出しながら振り返るヴリトラ。彼の後ろにはリンドブルム達七竜将のメンバー全員の姿があった。その中でリンドブルム、ジャバウォック、ジルニトラ、ファフニールの四人は笑いながらヴリトラの方を見ている。
「気にしなくていいから♪」
「ああ、俺達はただお前について来ただけだ」
笑いながらわざとらしく話すリンドブルムとジャバウォック。そして二人を挟む様に立ってニヤニヤしているジルニトラと微笑んでいるファフニール。笑っている四人の後ろでは呆れ顔で四人の背中を見ているニーズヘッグと無表情のオロチが立っていた。
ヴリトラは溜め息をついて目を細くしながら笑っている四人を見ながら今度は低い声を出して言った。
「そうじゃなくて、どうしてお前達がついて来るのか、て聞いてるんだよ?」
「だって、ラピュスのお母さんがアンタに挨拶をしたいって言ってるんでしょう?それなら仲間のあたし達も一緒に行ってご挨拶ぐらいはしないとねぇ~?」
「うんうん」
笑いながらヴリトラについて来た理由を話すジルニトラと下心が無いのか普通に笑いながら頷くファフニール。リンドブルムとジャバウォックも笑いながらジルニトラに同意して頷き、ヴリトラはジルニトラを見つめながら歯ぎしりをして次第に苛立ちを露わにしていく。その隣ではラピュスが片手を顔に当てながら溜め息をついていた。
「俺はただラピュスのお母さんが話があるって言うから会いに行くだけだ、別に全員揃って挨拶に言う必要はないだろう」
「あら、わざわざ招いてくれたのに顔を出さないのは失礼じゃない?」
「招かれたのは俺だけだ」
「まぁまぁ、細かい事気にしちゃダメだよヴリトラ」
ヴリトラを宥めるリンドブルム。だがその表情は笑っており、面白そうな態度だった。
「そう言うリブルも何で笑いながら言うんだよ?」
「だって、どんな話なのか気になるんだもん」
「だな?女手一つで娘を育てた母親が一人娘と接している若い男と話をしたがってるんだ。どんな内容なの気にならない筈がねぇよ」
「どうしてそんな言い方をするんだ!」
明らかなからかった発言をするジャバウォックを見て額に血管を浮かべて力の入った声を出すヴリトラ。そんな彼を見てリンドブルム達は笑い続けており、ラピュスもジャバウォックの言葉の意味を察して少し頬を赤くしながら呆れ顔でリンドブルム達を見つめている。
「まぁ、あたし達は黙って話を聞くだけだから」
「僕達の事を無視していいよ?」
「ああ、後ろに立ってるだけだからな?」
「うん。話してる時には何も言わないよ」
「ニヤニヤ笑いながら言うな!お前等わざとだろう!?」
「「「「ハイ!」」」」
「ハイじゃねぇー!」
声を揃えて笑ったまま返事をする四人にヴリトラは声を上げてツッコミを入れる。そんな五人のやりとりを黙って聞いていたニーズヘッグも五人の見るに堪えない姿に我慢できなくなったのか、呆れ顔で会話に割り込む様に口を開く。
「おい、何時までやってるつもりだ?ラピュスの母さんが待ってるぞ?」
「それに此処で騒いでたら住んでる者達にも迷惑だ・・・」
ニーズヘッグに続いてオロチも周囲への迷惑を考えてヴリトラ達の会話を止める。二人からの注意を聞いてヴリトラ達も状況を確認して話を中断した。
「確かにな、まずはラピュスの家に向かわねぇと・・・」
頭を掻きながらまずどうするのかを思い出すヴリトラはラピュスの方を見る。そこにはジト目で自分達を見つめていたラピュスの姿があった。
「・・・もういいか?」
「ああ、ワリィ」
「それじゃあ、行くぞ?」
やっと会話が終り、先へ進めると思ったラピュスはもう一度溜め息をついて案内を再開した。七竜将はラピュスの後ろをついて行き高級住宅街を歩いて行く。しばらく歩くと、ヴリトラ達は一件の屋敷の前に到着した。その屋敷は普通の屋敷と比べると少し小さく白い壁に黒い屋根となっている。周りを柵で囲まれており、屋敷の前には庭園が広がっていた。
「此処が私の実家だ」
「「「「「「おぉ~~!」」」」」」
ラピュスの家である屋敷を目にしてオロチ以外の七竜将は声を揃えて驚くながら屋敷を見上げる。庭では一人の庭師の初老男性が花や木の手入れをしており、七竜将達はその風景を見て昔の外国に来ているような気持ちになった。
「隊長~!」
「ん?」
突然何処からかアリサの声が聞こえてきた。ラピュスと七竜将が声の聞こえた方を向くと、そこには何やら小さな紙袋と花束を持って横に並びながら歩いてくるアリサとラランの姿があった。
「隊長、家の前でどうしたんですか?それに七竜将の皆さんも」
「ああ、母が七竜将に会いたいと言われてな。こうして屋敷に招待したんだ」
「と言っても僕達はついて来ただけだけどね?」
「そ、そうなんですか・・・」
ヴリトラとラピュスの後ろで笑いながら言うリンドブルムを見てアリサは苦笑いをしながら返事をする。
「それより、お前達はどうしたんだ?」
「ああぁ、私達は隊長とお話がしたくて来てんですよ」
「・・・ゴルバンの町の事を聞きたいんだって」
「ああぁ・・・成る程な。アリサは皆を連れて先に帰ってしまったから・・・」
ラピュスはアリサがゴルバンの町の解放作戦に参加してなかった事を思い出す。アリサは遊撃隊の騎士達をティムタームに連れて帰る為にあえて連れて行かなかったのだ。しかもあの作戦の参加条件は生死の自己責任、敵の補給基地のある町に僅か数人で潜入し、解放するなどと言う考えられない作戦に無理矢理連れて行く訳にもいかず、細かい事は話さずに彼女と部隊を町へ帰したのだ。
「それにしても、本当に驚きましたよ!まさかたった九人でゴルバンの町を解放しちゃうなんて!」
「あ、ああ。そうだな・・・」
目を光らせて顔を寄せてくるアリサにラピュスは汗を垂らしながら苦笑いを見せる。七竜将もアリサを見て少量の汗を垂らしていた。
「白銀剣士隊でも解放できなかった町を二人の姫騎士と七人の傭兵が解放した。今町はその話で持ち切りですよ?」
「・・・アリサ、興奮しすぎ」
「興奮もするよぉ!精鋭に白銀剣士隊でも解放できなかったんだよぉ?」
次第にテンションを上げていくアリサを見てジト目を向けるララン。二人の会話を見てラピュスはアリサの肩にそっと手を乗せて苦笑いで話しかけた。
「と、とりあえず、中に入らないか?母様も待っておられる事だし・・・」
「あっ、そうですね。すいません。それから、これどうぞ。お花と来る途中に買って来たお菓子です」
アリサは自分の持っている花束とラランが持っていた紙袋を受け取りラピュスに差し出した。その二つを受け取ったラピュスはアリサとラランを笑顔で見つめる。
「わざわざすまないな」
「気にしないでください」
「・・・うん」
「フッ、そうか。では、入ろうか?」
小さく笑ったラピュスは近くの石の柱に付いているベルの紐を引っ張って鳴らした。高い音が響き、しばらくすると門がゆっくりと内側に開いていく。門が完全に開くとヴリトラ達は屋敷の庭へと入っていった。
庭を進んで行くと、花壇の手入れをしている庭師の男がラピュスに気付いた。
「おおぉ。お嬢様、おかえりなさいませ」
「ただいま、ロウ」
挨拶をしてきたロウと言う庭師に軽く返事をするラピュス。ロウは微笑んで自分を見ているラピュスに笑い返し、彼女の後ろにいるヴリトラ達の事にも気付く。
「おや、アリサ殿とララン殿も御一緒でしたか。・・・ん?お嬢様、見慣れない方々もいらっしゃるようですか・・・」
「ああぁ、彼等は七竜将と言う傭兵隊だ。母様が彼等に会いたいと言ったから連れて来たんだ」
「奥様が・・・」
「母様はいらっしゃるか?」
「ええ、今は食堂でお茶をお飲みになられてます」
「そうか、ありがとう」
母の居場所を聞いたラピュスは礼を言って屋敷の方へ歩いて行く。ヴリトラ達もロウに頭を下げながら挨拶してラピュスの後を追うようについて行く。そして屋敷の入口前までやって来たヴリトラは目の前の大きな二枚扉と見上げて目を丸くし驚いた。
「改めて近くで見ると、大きなお屋敷よねぇ」
「うん、本当に」
屋敷を見てジルニトラとリンドブルムが感想を述べると、ラピュスが二人を見て苦笑いをする。
「そんな事ない。この屋敷は周りの屋敷と比べると小さい方さ。まぁ、数人が暮らす分には丁度いいと思うがな」
「そう言えば、前に暮らしているのはお前とお母さんと数人のメイドだって言ってたよな?」
「ああ、だからこれ位が私達にはピッタリなんだ。さぁ、入ってくれ」
ラピュスは扉をゆっくりと開き、ヴリトラ達を屋敷に招待した。ヴリトラ達も扉を潜り、一人ずつ屋敷の中へ入っていく。全員が入ったのを確認すると、最後にラピュスが入り扉を閉めた。
中に入ると、少し小さめのエントランスが広がり、天井の小さなシャンデリア、目の前には二階へ続く階段がヴリトラ達を歓迎する。他にも高級そうな陶器や絵画なども飾られており、屋敷の豪華さを物語っていた。
「ス、スゲェなぁ、おい・・・」
「ラピュス、お前本当に元は平民だったのか?」
屋敷を見渡して驚き続けるジャバウォックとラピュスの方を向いて元平民なのかを再確認するニーズヘッグ。周りでもヴリトラ達がラピュスの方を驚きながら黙って見つめている。
「あ、ああ。姫騎士になって爵位を手に入れると王国から屋敷や人材などを与えられるんだ。勿論金銭もな」
「貴族になるのなったのだから王国がそれなりに楽に暮らさせる為にある程度の援助をする、という訳か・・・」
「まぁ、そんなものですね・・・」
オロチの話に同意して苦笑いを見せて頷くアリサ。そんな時、突然エントランスの左手のドアが開き、一人の女性が姿を現した。ラピュスと同じ銀色の長髪で歳は四十代半ば程、中世の貴婦人が着る様なドレスを身に纏っていた。
「あら、おかえりなさいラピュス」
「ただいま戻りました、母様」
ラピュスがその女性を見て母様と呼びながら軽く頭を下げた。七竜将はその女性を見た後にラピュスの方を向く。
「この人がラピュスのお母さんなのか?」
「ああ、そうだ」
ヴリトラの質問にラピュスは顔を上げて彼の方を向きながら答える。するとラピュスの母は七竜将達を見て不思議そうな顔を見せた。
「ラピュス、そちらの方々は?」
「あ、ハイ。この者達が以前お話した七竜将です。そして彼が隊長のヴリトラです」
「ああぁ、貴方がヴリトラさんですか。わたくしラピュスの母でリターナ・フォーネと申します、はじめまして」
「ハ、ハイ。こちらこそ・・・」
ニッコリと笑いながら頭を下げて挨拶をする母親を見てヴリトラも緊張したような態度で頭を下げる。そんな様子を後ろでオロチ以外の七竜将達がクスクスと笑っている姿があり、その隣ではラランとアリサがまばたきをしながら彼等を見ていた。
「後ろにいる他の方々はヴリトラさんのご友人で?」
「え、ええ。友人と言うか、戦友ですね・・・」
「戦友?もしかしてそこにいる小さな男の子と女の子も傭兵なのですか?」
リターナはリンドブルムとファフニールを見て少し驚きながら尋ねる。二人も笑うのを止めてリターナの方を向く。
「ええ、二人とも幼いですが傭兵としての実力は確かです」
「まぁ、そんな小さいのに傭兵をやっているなんて・・・」
ヴリトラの話を聞いたリターナは片手を口元に持ってきて更に驚く。そこへリンドブルムとファフニールがリターナの方を向いて口を開いた。
「そんなに驚く事でもないと思いますよ?僕達よりも年下のラランだって姫騎士をやってるんですから」
「私達はまだ子供ですけど、戦場で命を賭ける覚悟はあります」
真面目な顔をしてリターナに自分の意見を伝える二人。幼いながらも大人に負けない位の考えと覚悟を持っている二人に対して、自分の発言は二人を子供扱いしていると思わせてしまったのかと思ったリターナは少し申し訳なさそうな顔を見せていた。
「・・・そうね、十一歳のラランちゃんも姫騎士をやってるんだもの、小さな傭兵がいても不思議じゃないわね?ごめんなさいね、失礼な事言っちゃって?」
「え?あ、いや、僕達は別に怒ってるわけじゃなくて・・・」
「ただ自分達の考えを言っただけですから・・・」
逆にリターナを傷つけてしまったと思い、リンドブルムとファフニールはあたふたする。その様子を見えてヴリトラは頭をボリボリと掻き、ラピュスは苦笑いを浮かべている。他の七竜将や姫騎士もやれやれと言いたそうな顔を見せていた。
「それよりも母様、アリサとラランがお菓子と花を持ってきてくれましたよ?」
「あら、そうなの?ありがとう、二人とも」
「いえ、お気になさらずに」
「・・・どっちも安かった」
「ララン!」
余計ない事を言ったラランに注意をするアリサ。二人の会話を聞いてリターナは笑顔を受けべ、七竜将とラピュスも小さく笑ってみていた。ラピュスからお菓子の紙袋と花束を受け取ってリターナはヴリトラ達を笑って見つめながら口を開いた。
「それじゃあ、折角二人がお菓子もお土産に買って来てくれたのだから、皆で食べましょう。勿論七竜将の皆さんもね?ヴリトラさんにもお話があるし」
リターナの方を向いて笑うヴリトラとその後ろでリンドブルム達も頷く。その中には珍しくオロチが微笑んでいる姿もあった。七竜将と三人の姫騎士はドアを潜り食堂へと入っていく。
ラピュスの母、リターナと出会った七竜将。リターナは彼等の事をどう受け止めるのだろうか、そして彼女はヴリトラとどんな話をするつもりなのだろうか・・・?




