第四十三話 ゴルバンの町解放!
ゴルバンの町を解放する為にヴリトラ達は町に駐留しているストラスタ軍の指揮官であるブルトリックがいる町長の屋敷に集まりだす。ブルトリックが放ったブラッド・レクイエム社の機械鎧兵士部隊を倒し、後はブルトリックを捕縛するだけとなった。
屋敷の中に侵入したヴリトラ達は屋敷の部屋を一つずつ調べ回りブルトリックを探す。その途中で屋敷の中に隠れていた数名のストラスタ兵と出くわすが、屋敷に侵入された事で敗北を感じていたのか抵抗せずに潔く投降した。
「この部屋にもいないな・・・」
「これでい二階の部屋は殆ど調べ尽くした」
部屋の中を見て敵の姿がない事を確認したヴリトラとニーズヘッグはドアを閉めて話し合う。二人の会話を聞いていたラピュスとオロチも黙って頷き、まだ調べていない部屋を考える。
「後この階で調べていないのは、一つだけだな?」
「ああ、町長の部屋だ・・・」
この屋敷の持ち主である町長の部屋、指揮官が自分の居場所として選びそうな所だ。ヴリトラ達は廊下を走り、急いで町長の部屋へと向かう。町長の部屋の前まで来ると、中から男の声が聞こえてくる。それはストラスタ軍の指揮官であるブルトリックの声だった。
「この声・・・」
「ああ、あのおっさんの声だ」
ドアに耳を当てて声の主がブルトリックであると確信するラピュスとヴリトラ。二人は互いの顔と後ろに立っているニーズヘッグとオロチを見て頷く。ニーズヘッグとオロチもヴリトラとラピュスの顔を見て自分達の武器を構え、いつでも突入できるようにした。
部屋の中ではブルトリックが町長の机で何やら手紙の様な物を書いている。羽ペンにインクを付けて手紙の下の方にファムステミリアの文字で自分のサインを書くとその手紙を折り畳んで封筒の中に入れた。
「おのれぇ、レヴァートの豚どもめぇ。儂の補給基地にこれ程の損害を与えおって!直ぐに本国に手紙を送り、兵の補充をしなくては・・・」
ブルトリックはブツブツと喋りながら封筒にロウソクの火で溶かした赤い蝋を一滴垂らしてその上からストラスタ公国の判を押して封蝋をする。その手紙を手にして椅子から立ち上がると窓から外を眺めて笑った。
「今頃アイツ等もブラッド・レクイエムの傭兵どもに倒されている頃だろう。別世界から来たと戯言を抜かすだけの事はあるという訳だ」
「誰が倒されてるって?」
「!?」
突然部屋の外から聞こえてくるヴリトラの声にブルトリックは驚きドアの方へ振り返った。その直後、ヴリトラがドアを蹴破り部屋に突入してくる。それに続いてラピュス達も入って来た。
「き、貴様等!どうして此処に?・・・いや、それよりもブラッド・レクイエムの傭兵どもはどうした!?」
「俺達が此処にいるんだ、どうなったかは想像がつくだろう?」
「ま、まさか、倒したのか?あの化け物の様な強さを持つ連中を・・・」
「化け物とは酷いなぁ・・・」
機械鎧兵士を化け物呼ばわりするブルトリックに頭を掻きながら呆れる様な顔を見せる。そんなヴリトラの隣でラピュスがブルトリックに騎士剣の切っ先を向ける。
「ブルトリック・ボアストム!既に我々は貴殿の兵士を半数以上が倒し、ブラッド・レクイエムの機械鎧兵士達も彼等によって全滅した。これ以上無駄に兵士の命を落とさせる意味はない。投降して頂こう」
「ぐぅ~!何を抜かす、この小娘が!」
敵国の姫騎士に投降するよう告げられてギリギリと歯を食いしばりながら怒りを露わにするブルトリック。すると彼は懐から何かを取り出し、それをヴリトラ達に突きつけた。よく見るとそれは自動拳銃の「FN ハイパワー」だった。ブルトリックが拳銃を持っている事に驚くヴリトラ達。ブルトリックはハイパワーを両手で構えて銃口をヴリトラ達に向ける。
「動くなよ?少しでもう動けばコイツで貴様等を殺すぞ?」
目の前で拳銃を突きつけてくるブルトリックを前にラピュスは汗を垂らして鋭い表情を見せる。だがヴリトラ、ニーズヘッグ、オロチは慣れているのか拳銃を突きつけられても動じる様子を見せなかった。
「コイツはなぁ、ジュウと言うカラクリ兵器で弓矢よりも速く、遠くの敵を殺す事が出来る武器らしい。ブラッド・レクイエムの連中が兵士と一緒に渡してくれた物なのだ。お前達でこのジュウの威力を溜めさせてもらうぞ」
「何という事だ。機械鎧兵士だけではなく、銃まで渡していたとは・・・」
ラピュスはブルトリックの持つハイパワーに注意しながら身構えてブラッド・レクイエムがブルトリックに提供した物を知って弱々しく睨んだ。
「さて、見たところ貴様等もあの連中と何かしら関係があるようだな?色々聞きたい事がある、まずはお前達が――」
「何も話す事はないね」
ブルトリックが話している最中に聞こえてきたヴリトラの声。その直後にヴリトラは姿勢を低くして素早くブルトリックの懐に入り込む。ブルトリックは突然のヴリトラの行動に驚き、ハイパワーを撃つ暇もなく接近を許してしまった。そしてヴリトラはそんなブルトリックの腹部に左腕でパンチを撃ち込んだ。
「ぐほぉっ!?」
腹部から伝わる衝撃と痛みに思わず声を漏らすブルトリックは持っていたハイパワーを落して両膝をついてその場にうずくまる。落ちたハイパワーは拾ったニーズヘッグはそれを拾い、逆にブルトリックに銃口を向けた。
「バ、バカな・・・!?」
「悪いねおっさん?俺達は銃を突きつけられた程度じゃビビったりしないんだよ。何しろ今まで何度も経験してるんだからな」
苦笑いをしながら申し訳なさそうにブルトリックに謝るヴリトラ。すると控えていたオロチがゆっくりとヴリトラの隣までやって来て斬月の刃をブルトリックに近づける。
「ヒ、ヒイィ!」
「大人しくしろ。そうすれば手荒な事はしない・・・」
「ま、待て!分かった、投降する。だから命だけは・・・!」
拳銃を失った事でさっきまでとは手の平を返したように態度を急変させるブルトリック。そんな姿を見てオロチ以外の者は一斉に呆れ顔を見せる。今彼等の前にいる男はもはや騎士の誇りと言う物を失った哀れな男でしかなかった。
オロチは小さく溜め息をついて斬月をゆっくりと引いた。見苦しい姿を見せるブルトリックを冷たい目でジッと見つめると、ゆっくりと口を開く。
「いいだろう。その代わり幾つか私達の質問に答えてもらうぞ・・・?」
「わ、分かった。どんな質問にでも答える・・・」
立ち上がって周りに立っているヴリトラ達を見回すブルトリック。そしてオロチは最初の質問をした。
「では、まずはアイツ等の事を教えてもらおう・・・」
「ア、アイツ等?」
「ブラッド・レクイエムの兵士達だ。お前はどうして奴等と一緒にいたのだ・・・?」
「・・・す、数週間前に傭兵を派遣する者と名乗った奴が儂の前に現れてあの兵士どもの事を紹介して来たのだ。見たこのない姿をしており、契約金もとんでもない額だった。最初は信じられなかったが、奴等の強さと持っている武器を見て信じる気になったのだ・・・」
鋭く睨み付けながら尋ねるオロチにブルトリックは怯え、俯きながら質問に答える。周りのヴリトラ達も話しを聞いて少し反応を見せた。
「その派遣者を名乗ったのはどんな奴だった・・・?」
「わ、分からん・・・」
「・・・・・・」
質問に答えないブルトリックを黙って睨み付けるオロチ。
「ほ、本当だ!全身に黒い甲冑を纏った長身の男で顔も兜で隠していたから分からなかったのだ!」
「黒い甲冑の男?」
ブルトリックの話しを聞いたヴリトラはピクリと反応する。その後ろではラピュスも同じように反応していた。なぜなら二人はその黒い甲冑を纏った男に心当たりがあるからだ。
「おい、その甲冑の男、ジークフリートって名乗っていなかったか?」
突然質問をしてきたヴリトラにブルトリックは彼の方を向いた。ニーズヘッグとオロチもヴリトラの質問を聞いて視線を彼に向ける。
「い、いや、名前は一切口にしなかった。ただ奴は自分達を『世界の秩序を変える者達』と言っていたのだ・・・」
「世界の秩序?」
その言葉を聞いたヴリトラは以前ティムタームでジークフリートと再会した時に似たような言葉を彼から聞かされたのを思い出す。ラピュスもその場にいたのでヴリトラと同じような反応を見せていた。
「それでその男が、金さえ出せばあの強力な傭兵達を好きなだけ貸すと・・・」
ブルトリックが話を進めようとした、その時、突然彼の背後にあった窓のガラスが割れて何かがブルトリックの左胸を鎧ごと貫いたのだ。
「ああっ!?」
「「「「!」」」」
突然ブルトリックの胸に穴が開き、俯せに倒れた彼を見て驚くヴリトラ達。
「な、何だ?」
「窓から離れろ!狙撃手だ!」
驚くラピュスを庇うように跳びかかり窓から離れるヴリトラ。ニーズヘッグとオロチも窓から離れて狙撃手の射程から移動した。
町長の屋敷から500m離れた所にある見張り台の上では狙撃銃の「H&K PSG1」を構えた男が立っていた。七竜将の着ている特殊スーツに似た黒と赤のスーツを纏い、濃い赤の短髪に金属製のマスクをつけた三十代前半ほどの男。どうやらブルトリックを狙撃したのは彼の様だ。
「チッ、しくじりやがって。バカが・・・」
男は舌打ちをして見張り台から飛び下りると町の出入口の方へ向かって走り出し、そのまま姿を消した。
「大丈夫か!?」
ラピュスを庇う体勢のままニーズヘッグとオロチに尋ねるヴリトラ。ニーズヘッグは窓から見えないように机の陰に隠れており、オロチは窓の横の壁に隠れて窓の外を覗き込んでいた。オロチが狙撃手に注意しながら外を警戒する。
「どうだ、オロチ?」
「・・・此処から500m程離れた所に見張り台が見える。恐らくそこから狙撃して来たのだろう・・・」
「敵の姿は?」
「見えない。既に逃げたようだ・・・」
狙撃手が既に姿を消した事を知ってゆっくりと体を起こすヴリトラとラピュス。ニーズヘッグも立ち上がって机の陰から姿を見せた。ヴリトラは倒れているブルトリックに近づき様子をうかがう。ラピュスもその隣で同じように倒れているブルトリックを見つめている。
「どうだ?」
「ダメだ、心臓を撃ち抜かれてる。即死だよ」
「そうか・・・しかし鎧ごと心臓を撃ち抜くなんて、その狙撃手と言う者は鎧を貫く程の銃を使っていたのか?」
「ああ、間違いないだろう。でも普通の狙撃銃じゃ騎士の鎧を貫通することは出来ない。それなりにカスタマイズを施して強化した物じゃないと無理だ」
「カスタマイズ・・・?」
「改造したって事だよ」
ブルトリックの死亡を確認したヴリトラはブルトリックの懐や服のポケットなどを調べ始める。そして一枚の紙切れと拳銃の弾倉を一つ見つける。その二つをしばらく見つめていたヴリトラは紙切れをポケットにしまい、落ちているハイパワーを拾い、それをラピュスの方に向かって放り投げた。
「わっと!」
ヴリトラが投げてきたハイパワーを驚きながらキャッチするラピュス。
「ラピュス、その銃はお前が持ってろ」
「え?私がか?」
「ああ。このおっさんがブラッド・レクイエムの機械鎧兵士を雇っていたという事はこれから先も同じように他国の騎士や貴族が奴等と一緒に俺達の前に現れる可能性が高い」
ブルトリックの亡骸を見下ろしながらブラッド・レクイエム社の機械鎧兵士の事を話し始めるヴリトラ。その話をラピュスとニーズヘッグ、オロチの三人は黙って聞いていた。
「また何時お前の前に機械鎧兵士が現れてお前に襲い掛かるかも分からない。自分の身を守る為にソイツを持っておいた方がいい」
「だ、だが、敵将の持っていた武器を勝手に持っていくのは・・・」
「俺達はコイツを倒してその武器を手に入れた。言わば戦利品だ、気にする事はないよ」
「そ、そう言う問題ではないと思うが・・・」
「とにかく、これから先俺達の戦いは激しさを増すことになるかもしれない。お前もせめて奴等に対抗できる武器を所持しておいた方がいい」
「しかし、私は銃の使い方を知らないぞ?」
「それは俺が教えるよ」
今後の戦いの厳しさの話しから銃の使い方に話しを変えるヴリトラを見てニーズヘッグは小さく溜め息をつく。真面目な話をしておいていきなりどうでもいい話に変わったヴリトラに少し呆れたのだろう。
「おい、その話は後にしろ。まずは町全体にストラスタ軍の指揮官が死んだ事を伝えて敵軍を投降させる事が先だろう?それにブンダの丘の駐留部隊にも知らせねぇと」
「リンドブルム達とも合流しないといけない・・・」
ニーズヘッグとオロチの話しを聞いてヴリトラは今まで忘れていた事を思い出した顔を見せる。それからヴリトラ達は屋敷の出口へ向かいながら途中で出会った敵兵を拘束し部屋に閉じ込めるなどをして安全を確保していくのだった。
ヴリトラ達が屋敷から出ると、庭の真ん中にリンドブルム達の姿があり、彼等の姿を確認したヴリトラは手を振る。
「よう、お前等無事だったか?」
「当然だろう?あの程度でやられたりしねぇよ」
ヴリトラの方を向いてジャバウォックが笑いながら答える。
「途中でブラッド・レクイエムの機械鎧兵士と出くわしたけど、問題なかったわ」
「何?そっちもか?」
「うん・・・どうやら、そっちもあたし達と同じ状況だったみたいね」
ニーズヘッグの質問にジルニトラは庭に転がっているB兵L達の亡骸を見て何があったのかを理解して呟いた。だがヴリトラ達が全員無事だったのを確認してとりあえず安心する。そんな会話の中でラピュスがラランに近寄り声を掛けた。
「ララン、お前の無事だったみたいだな?」
「・・・うん。でも、無事と言えるかは分かんない」
ラランはそう言って自分の腕の包帯を見て呟く。BL兵の投げたマチェットの傷を隠す包帯は血で赤くなっており、傷を見たラランは驚きの表情を見せる。
「ラ、ララン!その傷は・・・」
「ああ、大丈夫よ。ちょっと斬られただけ、ちゃんと応急処置をしておいたわ」
「そうか、ならよかった・・・」
衛生兵であるジルニトラの話を聞いてホッと胸を撫で下ろすラピュス。だが、たかが掠り傷程度にも拘わらず、ラランの表情は暗かった。
「でも、ラランちゃんは別の意味でショックを受けてたみたいだけど・・・」
「?」
ファフニールの言葉の意味が上手く理解出来ないラピュスは小首を傾げる。そんな中、会話を聞いていたニーズヘッグはリンドブルムの機械鎧と特殊スーツに付着している血液を見てラランが暗い理由を悟った。
「おい、まさかラランはリンドブルムの・・・」
「ええ、見たのよ・・・」
「・・・成る程、それなら仕方がないな」
「え?」
ニーズヘッグとジルニトラの会話を聞いてもまだ理解出来ないラピュス。そんな中でリンドブルムは静かに暗い顔のラランを見つめていた。そしてそんな二人を見てヴリトラも真面目そうな表情を見せている。
その後、ヴリトラ達は分かれて町のいたる所にいるストラスタ兵達に指揮官のブルトリックが死んだ事を伝えた。ブルトリックが死んだ事で最初は信じられずに騒いでいた兵士達であったが、兵士達を黙らせる為にデカイ怒鳴り声とパワーを見せる七竜将に恐れを成して直ぐに大人しくなった。そしてストラスタ軍を倉庫や集会場の様な所に監禁した後にブンダの丘にいるチャリバンスの部隊に報告しに行った。報告を受けたチャリバンスは全く信じていなかったが、解放された町を目にして言葉を失い目を丸くしていた。傭兵にゴルバンの町の解放を越された事で手痛い屈辱を受けたチャリバンスの顔を見たヴリトラ達はとても愉快そうな顔を見せていたのだった。
――――――
ゴルバンの町はチャリバンスの部隊のレヴァート兵達によって管理されてようやく町の住民達の安息が訪れる。町は賑やかになり、建物の中に閉じ籠っていた住民達も外に出てきて町の解放を祝う宴が開かれた。町の住民達はチャリバンスの部隊が町を解放してくれたと思い込んでいるようだが、ヴリトラ達はそんな事はこれぽっちも気にしていない。彼等は町が解放されただけで満足している。
「ふぅ、さっきまであんなに静かだったのに、いきなり賑やかになったな。しかも今は夜中だぞぉ?」
町を歩き回って賑わう住民達を見て回るヴリトラは苦笑いを見せている。住民達はさっきまで町で起きていた騒ぎがまるで無かったかのように大はしゃぎをしていた。
「おい、ヴリトラ」
「ん?」
突然前の方から聞こえてきた声に反応するヴリトラ。前からはラピュスが手を振って歩いてくる姿が視界に入ってきたのだ。
「楽しんでるか?」
「ああ、色々な店を回ってきたところだ」
「へぇ~、お前も祭りを楽しむ一面があるんだなぁ~?」
「むぅ?何だか感に障る言い方だな?」
笑いながらからかうヴリトラにムッとするラピュス。そんな会話をしていると、ヴリトラはある事に気付いて周りを見回した。
「そう言えば、ラランは一緒じゃないのか?てっきり一緒にいるのかと思ったけど」
「ああぁ・・・ラランは宿屋の戻っている。なんだか気分が悪いみたいなんだ」
「そうか・・・・・・よし、ちょっと様子を見て来るか」
ヴリトラはラランの様子を伺う為に宿屋へ向かった。町を解放してチャリバンスの部隊と合流した後、ヴリトラ達は町の宿屋を借りてそこで休ませてもらう事になったのだ。
宿屋に着いたヴリトラは中へ入り二階へと続く階段を上がって行き、一室のドアの前で立ち止まると軽くノックした。
「・・・ハイ」
「俺だ、ヴリトラだ」
「・・・開いてる」
許可を得てヴリトラはノブをゆっくりと回しながらドアを押す。中へ入るとベッドの近くにはラランの突撃槍が立て掛けられており、彼女が着ていた鎧とマントがベッドの上に無尽蔵に置かれたあった。部屋の隅の窓の前では椅子に座って外を眺めている軽装のラランの姿があった。
「どうしたんだよ、そんな所で外を眺めてさ?ラピュス達は大はしゃぎしてるぜ」
「・・・気分が悪い」
「あっそ・・・」
「・・・何か用?」
「いや、ちょっとお前の様子を見にな」
ニッと笑いながら話すヴリトラと違い、無表情で黙ったまま外を眺めているララン。しばらく沈黙が続く中でヴリトラは天井を見上げながら口を開いた。
「・・・お前、リブルのもう一つの顔を見たんだろう?」
「・・・!」
ヴリトラの言葉にラランは目元が動く。それを見たヴリトラは間違いないと確信する。
「まぁ、無理もないな。いつも笑ってるアイツが突然戦いを楽しむような顔を見せて敵を次々に殺していっちまうんだから」
「・・・・・・」
「合流してから今までリブルと話をしなかったのはそれが理由だろう?」
「・・・・・・」
ヴリトラの質問に沈黙を続けるラランを見て彼は小さく溜め息をつく。
「言いたくないなら別にいいけどな?・・・そうだ、気晴らしに一つ昔話をしてやるよ」
突然昔話をすると言い出すヴリトラ。ラランは興味が無いのか外を眺めたまま黙っていた。
「今から五年前、正確には俺達の世界での五年前だ。ヨーロッパと言う大陸のとある小国にヨーロッパ全土を支配しようとする過激的なテログループが存在し、そのグループの中に一人の少年兵がいた。その子は右手に持つ一本の包丁だけを使い、数え切れない程の国軍兵士を殺した。僅か七歳の少年の見た目で敵の懐に入り込み、油断したところを冷酷な悪魔の様に命を奪い取る。敵を殺す時、悪魔の様に笑っているその少年はいつしか『包丁小悪魔』と言われ、恐れられるようになった」
「・・・チョッパー・デビル・・・もしかして・・・」
「ああ、五年前にリブルが呼ばれた名だ」
ヴリトラの口から聞かされたリンドブルムの過去にラランは外からヴリトラの方へ視線を変える。自分の方を向いたラランを見てヴリトラは話を続けた。
「当時、七竜将が結成する前だった為、俺はその国の政府から依頼を受けて一人で小国に行き、軍の兵士とテログループの殲滅する事を頼まれた。そして、その時にリブルと出会ったんだ。あの時に戦ったリブルは本当に強かった、何しろ既に機械鎧兵士だった俺と互角にやりあったんだからな」
「・・・互角?」
「ああ。多分、今のアイツが本気を出したら俺よりも強いかもな・・・」
ラランは驚き耳を疑った。それもその筈だ、常人離れした力を持つ機械鎧兵士が七歳の少年兵に苦戦したのだから。
「苦戦を強いられながらも俺はなんとがリブルに勝つ事が出来たよ。リブルを倒した後、俺はアイツを保護して一緒に行動するようになったんだ。親の顔も愛情も知らなかったアイツの心はボロボロだった。だけどアイツは少しずつ笑顔を見せる様になっていき、二度と刃物を使って人を傷つけないと心に誓ったんだ。だけど、前にも何度がその誓いを破って刃物を手にし、包丁小悪魔だった頃に戻って多くの敵を殺していた・・・」
「・・・・・・」
「リブルが今回の戦いでどうして包丁小悪魔に戻ったか、分かるか?」
「・・・分かんない」
「多分、お前を守る為だと思うぜ?」
「・・・え?」
自分を守る為にリンドブルムは悪魔の人格となった。それを聞かされたラランはまた驚きの顔を見せる。
「前にリブルから聞いたよ。お前も両親がいないんだろう?だから自分と同じ思いをしたお前の傷ついたり悲しんだりする姿を見たくなかったんじゃないか?昔は悪魔なんて呼ばれてたけど、今のアイツは優しい奴なんだよ」
「何勝手に話してるのさぁ?」
部屋に響く声にヴリトラとラランは反応して入口のドアの方を向く。するとドアがゆっくりと開き、リンドブルムが静かに入室して来た。
「何だよ、盗み聞きとは感心しねぇな?」
「人の過去を勝手に話す人の台詞とも思えないけど?」
「ハハハ、確かのそうだな」
「まったく・・・後は僕が話すから、ヴリトラは出てってくれる?」
「ハイハイ、分かりました~♪」
ニヤニヤと笑いながら部屋から出て行くヴリトラ。ドアが閉まるのを確認したリンドブルムは溜め息をついた後にラランの方を向く。ラランはリンドブルムと目が合うと静かに俯いた。
「ヴリトラから聞いたとおり、僕はテログループ、つまり犯罪組織で戦争の道具として育てられていたんだ。ただ大人達に言われたとおりに敵を殺すだけの殺戮マシンとしてだけ生かされてきた。でもそんな僕をヴリトラは倒して保護してくれたんだ。その時の戦いで右腕を無くしてこの機械鎧を纏ってるってわけ」
「・・・腕の事でヴリトラの事、憎んでる?」
「まさか、寧ろ感謝してるよ。右腕は無くしたけど、彼は僕の持っていなかったものを沢山くれた。笑顔や遊び、人を助けて感謝される事の素晴らしさを。だから僕は刃物は使わずに銃で戦うという事を誓った時に、もう一つ誓ったんだ。どんな時もヴリトラについて行くって」
リンドブルムのヴリトラに対する尊敬の心を知り、ラランはリンドブルムの方を向く。そこには今まで見てきた優しい笑顔のリンドブルムが立っていたのだ。リンドブルムはゆっくりとラランの近づくと静かな声で話しかけた。
「僕はまた包丁小悪魔だった時の人格に戻る時があるかもしれない。でも、君には分かってもらいたいんだ。僕は前の様に人を殺すことを楽しんだりしない、大切な仲間を守る為に刃を手に取るという事を・・・」
「・・・分かった。私、貴方の生き方を見届ける」
「・・・ありがとう」
「ううん・・・こっちこそ、助けてくれてありがとう」
リンドブルムは自分を理解してくれたラランに、ラランは自分を守ってくれたリンドブルムにそれぞれ感謝を込める礼を言った。これで二人の絆は更に固く深いものになっただろう。部屋の外では壁にもたれて二人の会話を聞いているヴリトラの姿があった。二人が上手く行った事を確認すると、ヴリトラは気付かれないようにその場を立ち去り、また町へ戻り、宴を楽しみに行くのだった。
長かった第三章もこれで終了です。次回の第四章をお待ちください。




