第三十八話 ゴルバン解放作戦開始
ゴルバンの町に辿り着いたヴリトラ達は町に繋がっている下水道の入口を見つける。敵に気付かれる事なく下水道に侵入する事が出来た一同が町へ向かう為に下水道に入って行くのだった。
ペンライトを持つヴリトラを先頭に一同は暗い下水道の中を進んで行く。中はペンライトの灯りがないと何も見えないくらいの暗闇。おまけに鼻を刺激する様な強烈な悪臭が充満しており、奥へ進むにつれて酷くなっていった。
「うぅ~、酷い臭いだね」
「鼻がおかしくなりそうよ」
鼻を押さえながら歩いているリンドブルムとジルニトラは周りを見ながら顔を歪ませる。今ヴリトラ達は下水道の隅にある細い道を縦に並んで進んでおり、ヴリトラ達から見て右に苔が生えている石の壁、左に大量に濁り水が流れている。更に時々ドブネズミの鳴き声も聞こえてくる事があり誰もが早く此処から抜け出したいと思っていた。
しばらく歩いていると、先頭のヴリトラが足を止め、後ろを歩いていたラピュス達も立ち止まった。
「ラピュス、今俺達がどの辺りにいるんだ?」
「ん?・・・ああ、ちょっと待ってくれ」
ラピュスは懐から地図を取り出してゆっくりと広げる。ヴリトラがラピュスの持つ地図をペンライトで照らして見やすい様にした。そこにはゴルバンの町の周囲が掛かれており、自分達が侵入した下水道の入口も描かれてあった。リンドブルム達もラピュスに近づいて地図を覗こうとするが、道が狭いため動く度に押されてヴリトラ達の体が左右に揺れる。
「お、おい、あまり押さないでくれ」
「だって見えないんだもん」
「もう少し地図をこっちに持ってきてよぉ」
自分をしてくるリンドブルム達に注意をするラピュス。ファフニールとジルニトラは地図が見えない為、ゆっくりとラピュスに体を近づけて地図を覗こうとしている。
「そ、それよりも、今俺達は何処にいるん?」
仲間達に囲まれて動けず、岩壁にもたれながらラピュスに尋ねるジャバウォック。ラピュスは自分の後ろから現在地を聞いてくるジャバウォックの方をチラッと見た後にもう一度地図を見て調べ始める。
「・・・今私達は入口から約300m進んだ所にいる筈だ。このまま真っ直ぐ進めば町に辿り着く」
「やっぱりハシゴを上ってマンホールから外に出るのか?」
「いや、一番奥に町の兵士達が地下を偵察する為に使う通路があるんだ。そこから出れば既に町の中に入っている」
「つまり、下水道を出ればもう俺達は町に潜入できているって訳だな?」
ヴリトラの方を向いて頷くラピュス。もうすぐ大勢の敵が待ち構えているゴルバンの町に辿り着く、それを知ったヴリトラ達の表情が鋭くなった。
「よし、町に潜入する前にもう一度作戦を確認するぞ?俺とラピュス、ニーズヘッグ、オロチの四人は町を回りながら敵の拠点を探す。残ったリンドブルム達は生き残った捕虜とかがいないか調べてくれ」
「分かった!」
「了解した・・・」
ヴリトラの指示にリンドブルムとオロチが返事をする。すると、そこへニーズヘッグが低い声でヴリトラに話しかけてきた。
「敵の拠点を全て見つけたら、その後はどうするんだ?」
「・・・・・・外は既に真夜中だ。今頃町の住民達は家で眠ってる頃だろう。敵軍に制圧されている町を真夜中にうろつこうとする住民はいない。つまり、外にはストラスタ軍の兵士達以外はいないという事だ。本拠点を発見したら、直ぐに作戦開始だ。敵の拠点がある建物を全て制圧する」
「やっぱりそうか。了解だ」
ニーズヘッグは詳しい内容を聞いて返事をし、腰に収めてあるアスカロンを握った。他の七竜将のメンバー達も自分達の武器をチェックする。
「・・・ねぇ、どうして真夜中に作戦を開始するの?皆が寝ていれば住民達の被害が出ないから?」
ラランが隣で愛銃サクリファイスのチェックをしているジルニトラに尋ねると、ジルニトラは弾倉をセットしてラランを見下しながら答える。
「確かにそれもあるけど、町や村に拠点を置く場合はあたし達の様な侵入者や町に潜伏しているレジスタンスの様な抵抗勢力が真夜中に町を出歩く可能性だってあるでしょう?それを調べるためにストラスが軍は必ず町を巡回する」
「なら当然、町を巡回する兵士達も交代で見回りをするはずだ。真夜中の町で明かりのついている建物には起きている敵の兵士がいるって事だよ」
「要するに真夜中に侵入するのは住民の被害を出さないようにする為と、敵兵のいる建物を直ぐに見つける為なんだ」
ジルニトラの後を継ぐように説明するニーズヘッグとリンドブルム。それを聞いたラランは少し驚きの顔を見せながら納得する。
「よし、確認も済んだし、このまま一気に町へ向かうぜ」
ラピュス達を見てヴリトラが鋭い表情で言うと、ラピュス達も同じ鋭う表情で頷く。ヴリトラは持っているペンライトを先に向けて歩きだし、皆もその後に続いて歩き出す。その時、歩いていたファフニールが岩壁に何やら黒い影を見つける。暗闇の中で目が慣れてきた為、目を凝らしてよく見ると、そこには元の世界でも見慣れている黒光りの小さな虫が壁を伝っていた。その虫を見てファフニールは血の気が引いたように顔を青くする、そして・・・。
「うわぁ~~~っ!!ゴキ、ゴキブリィ~~!」
「ええっ!?ゴ、ゴキブリ!?」
「・・・っ!?」
ファフニールの叫び声を聞いたジルニトラとラランも驚いて後ろにいるファフニールの方を向いて。ファフニールは足をバタつかせながらその場で声を上げ、ジルニトラとラランも辺りをキョロキョロと見回している。いくら傭兵や姫騎士と言っても、どの世界でも女子はゴキブリが嫌いの様だ。下水道の中にファフニールの高い声が響き、三人の姿を見ていたヴリトラ達はまばたきをしながらポカーンと見ていた。
「・・・お前らなぁ」
「・・・騒ぐなよ」
取り乱すファフニールとゴキブリを探し回るジルニトラとラランを見てニーズヘッグとジャバウォックは疲れたような声で呟いた。オロチ以外の他の者達も三人も溜め息をつく。それからファフニールが落ち着くまでヴリトラ達はその場から動けずに時間を食う事になってしまった。
ファフニールが落ち着きを取り戻すと、ヴリトラ達は出口に向かって再度歩き出す。歩いている間も悪臭とドブネズミの鳴き声が続き、またファフニールがゴキブリを見つけて騒ぎ出すのかどうか心配しながらヴリトラ達は歩き続ける。幸い、その様な騒動は起こらず、無事に下水道の一番奥にある出口に辿り着いたヴリトラ達は目の前の金属製のドアの前で立ち止まった。
「此処だ。この先に町へ繋がる階段があるはずだ」
ラピュスがドアを見つめながら真剣な表情で言った。ヴリトラはドアの取っ手に手を掛けてゆっくりとドアを引く。錆びついているせいかドアが開く度に下水道に重い物を引きずる様な音が響き、ラピュス達は周囲を警戒する。そしてドアは人一人が通れる位まで開くと、リンドブルムがライトソドムとダークゴモラを抜いて中へ入っていく。中へ入ったリンドブルムは姿勢を低くして愛銃二丁を構え、周囲を見回す。
「・・・クリア!」
敵の姿がない事を確認したリンドブルムはドアの向こう側にいるヴリトラ達に声を掛けた。その直後にドアが全て開き、ヴリトラ達が一斉に入ってくる。そして最後にファフニールがギガントパレードを肩に担ぎながら左手でゆっくりとドアを閉めた。
全員が中に入った事を確認すると、ヴリトラ、ジャバウォック、オロチの三人は自分達の武器を手に取り、奥にある二枚扉に近づいた。オロチが二枚扉の内の一つの扉のノブをゆっくりと回して音を立てないようにドアを開く。僅かな隙間が出来ると、その隙間からヴリトラとジャバウォックが外を覗いて誰もいないか確かめる。見張りがの兵士がいないの確認し、ヴリトラはオロチとジャバウォックの顔を見て頷いた。オロチとジャバウォックがお互いにドアのノブを握って二枚扉を両方とも開く。そこには大きな階段があり、地上へ繋がっているのか薄らと明かりが照らされていた。
「外だ・・・」
「ああ。此処からいよいよ敵陣だ、気を抜くなよ」
オロチとヴリトラの言葉を聞いてジャバウォックや三人の後ろにいるラピュス達も黙って真剣な表情を見せる。そしてヴリトラ達は階段を駆け上がって行った。
階段を上がり切ると、目の前には月明かりに照らされた静かな町の風景が広がっていた。民家の窓は暗くなっており、ヴリトラの言った通り、住民達は既に寝静まっているようだ。しかし、それでも何時ストラスタ兵達が姿を現すか分からない以上、一瞬の油断も許されない。ヴリトラ達は自分達の武器を構えて周囲を警戒する。
「今のところ、敵の姿はないな」
「うん、でも何時出くわすか分からないよ。油断はしないで」
「分かってるよ」
警戒しながら軽口を叩き合うヴリトラとリンドブルム。ヴリトラはラピュス達の方を向いて静かに口を開いた。
「じゃあ、手筈通りに行くぜ。お互いに拠点と捕虜の確認が出来たら連絡を入れてくれ」
耳に付けている小型通信機を指で突きながら話すヴリトラを見て七竜将は頷く。ラピュスとラランは付けていない為、七竜将を見ているだけだった。そしてヴリトラ達は下水道でヴリトラが話した通りに分かれて各自動き出す。遂に、僅か九人によるゴルバンの町解放作戦が始まった。
ヴリトラ達のチームは敵のいる拠点を探す為に町中にある明かりのついた建物を調べ回っている。ストラスタ兵達に見つからないように物陰に隠れながら進んで行く。
「ここまで明かりのついていた建物は全部普通の住民達の家だったな」
「でもまだ始まったばかりだ、根気よく探していこう」
「確かにその通りだな」
ヴリトラとラピュスが民家の陰から辺りを警戒しながら話していると、自分達の所から50m程離れた場所に二階建て建物を見つける。しかも建物の二階の窓は明かりがついており、その前をランプと槍を持ったストラスタ軍の兵士が二人歩いている姿があった。
「見ろ、敵だ」
「もしかすると、あの建物は当たりかもしれないぞ」
自分達に気付かずに歩き去って行くストラスタ兵を見て、建物の中に敵がいると考えたラピュスとニーズヘッグ。ヴリトラは拠点と思われる建物を見つめ、後ろに控えているオロチの方を向いた。
「オロチ、頼めるか?」
「任せろ・・・」
オロチは周囲を警戒しながら建物の方へ静かに走って行き、目の前まで来ると高くジャンプして二階の屋根の上に飛び乗った。窓の真上まで移動して姿勢を低くしたオロチは目を閉じて耳を澄ませる。すると、建物の中から数人の男達の声が聞こえてきた。
「よぉ~し!また俺の勝ちだ!」
「ケッ!またかよ。何でお前ばっかりいい役が出るんだよ」
「ハハハッ!日頃の行いがいいからだよ」
二階の部屋の中ではストラスタ軍の兵士が三人、トランプをしながらはしゃいでいる。酒も入っているせいか、三人はとても上機嫌だった。
「おい、それよりも明日からどうするつもりなんだ、あの指揮官の騎士様はよ?」
「さぁな?この町の食糧なんかはもう殆ど残ってねぇし、そろそろ次の町か村を制圧しに行くんじゃねえの?」
「だけどよ、この町は補給基地なんだろ?そんな直ぐに食料とかが無くなるもんなのか?」
トランプを配り終えて次のゲームの準備をしながら話しをしているストラスタ兵達。兵士の一人が配り終えたトランプを手に取り、手札を確認しながら苦い顔を見せる。
「チッ、悪いのが来たなぁ。・・・そりゃあ、そうだろう?いくら補給基地って言っても他の拠点にも色んな物資や食料を送ってんだぜ?しまいにゃ底も尽きるさ?」
「そうだよなぁ~。・・・よし、俺は三枚交換だ」
ストラスタ兵の一人が手札のトランプを三枚捨てて山札から新しく三枚を引いた。手札を見て数回頷く兵士の隣に座っているもう一人の兵士が手札を一枚捨てて山札から一枚引きながら口を開いた。
「しかしよぉ、うちの指揮官様もひでぇ事するよなぁ?いくら敵国の兵士や騎士だからって、家族の前で処刑するなんてよ?」
「!」
屋根の上からストラスタ兵の話しを盗み聞きしていたオロチの表情が変わる。兵士達は自分達の真上にオロチがいる事に気付くことなく話しを続けた。
「ああ、あの人は最初から捕虜を処刑する事が目的だったみてぇだぜ?家族の前で処刑して抵抗する気力を失わせる為とか何とか言ってよ」
「あと何人か兵士を生かしておいてるんだろう?それもまた町の住民が抵抗して来た時に見せしめに殺す為に生かしておいているらしい」
「ひでぇ事平気でするなぁ?俺だったらそんな気も起きねぇよ」
ストラスタ兵達の会話を聞きながらオロチはヴリトラから聞いた情報を思い出す。このゴルバンの町にいたレヴァート王国の騎士や兵士達は殆どがこの町の生まれ、家族もいる町の中で処刑されたという報告を思い出し、オロチの中に少しずつ怒りが込み上げてきた。
「おまけに自分はこの町で一番の豪邸である町長の家に住み着いてるんだろう?俺達はこんなボロい宿屋や民家に押し付けておいた自分は気楽な顔してやがるなんて、まるで独裁者じゃねぇか!」
「ああ、食いモンも自分だけは豪華なモン食って、俺達は安物だけを食わせてるしよ!この作戦が終ったら、俺、部隊の変更を申し出るつもりだぜ?」
トランプを片手のテーブルの上に置かれている酒の入ったグラスを飲み干すストラスタ兵は勢いよくグラスをテーブルに叩きつける。
「まぁ、それでも町の連中よりはマシじゃねぇのか?奴等は逆らったりしたら馬小屋とかに押し込んで監禁してるって話だぜ?」
「うわぁ~、そりゃあ、あんまりだなぁ?」
話ながらトランプを続けるストラスタ兵達。屋根からその話を聞いていたオロチは表情を鋭くしながらゆっくりと立ち上がって屋根から飛び降りた。そのままヴリトラ達のいる所まで走って行き、自分が聞いた情報を全て話す。オロチから話しを聞いたヴリトラ達の表情も鋭くなり、ストラスタ軍とこの町の部隊の指揮官に対して怒りを感じる。
「ひでぇ事しやがるぜ。見せしめだけに無抵抗な捕虜を家族の前で処刑するなんてよぉ・・・」
「ああ、まともな人間のする事じゃねぇ」
ヴリトラとニーズヘッグが低い声を出し、ヴリトラの隣ではラピュスが座り込み、小さく溜め息をついた後に片手で自分の顔を隠しながら俯いた。
「まさか、ここまで酷い事になっていたとは・・・。騎士とは常に戦う相手や民衆の事を考えて戦う戦士だと言われていた存在なのに、同じ騎士として私は恥ずかしい・・・」
「そんな事を言うな、お前とその指揮官の騎士は違う」
落ち込むラピュスの肩にそっと手を置いて彼女を慰めるヴリトラ。
「オロチ、確かに兵士達はこの町の町長の家に指揮官の騎士がいるって言ってたんだな?」
「ああ、間違いない・・・」
ニーズヘッグの質問にオロチは頷く。話しを聞いていたヴリトラは立ち上がってオロチとニーズヘッグの二人の顔を見ると、腰の森羅を握って鋭い目つきになる。
「それじゃあ、その町長の家に向かって、指揮官がどんな面してるのか拝みに行きましょうかね?」
ヴリトラの言葉にニーズヘッグとオロチは頷き、立ち上がったラピュスも真剣な表情でヴリトラの顔を見る。ラピュスの顔を見て、大丈夫だと感じたヴリトラはラピュスの顔を見て合図するように頷く。幸い、町長の家の位置は地図で確認してあるので迷う事なく真っ直ぐ向かう事が出来る。ヴリトラ達は町長の家に向かって走り出した。
ヴリトラ達はストラスタ兵がいた建物から200m程離れた所にある周りの民家よりも大きく、柵に囲まれた二階建ての屋敷の近くにやって来た。二階にはバルコニーがあり、庭に囲まているその屋敷の周りには剣や槍を持つ大勢のストラスタ兵が徘徊している。屋敷から離れた所にある民家の陰から双眼鏡で覗き込むヴリトラは庭にいる兵士の数を静かに数えている。
「庭にいるの人数は確認出来るだけでも十人いるな。だが屋敷の中にはもっと大勢いる筈だ・・・」
「あの大きさの屋敷なら少なくとも四十人は軽く入る。しかもあの館の周囲にはまだ兵士が待機している拠点が沢山ある。あの屋敷からならどこの拠点にでも直ぐに使い馬を送って指示を出せる。本拠点には打ってつけだな」
屋敷の様子を伺いながら敵の戦力と指令を出せる範囲を確認するヴリトラとラピュス。そんな時、ヴリトラの後ろで同じように双眼鏡で屋敷を覗いていたニーズヘッグな何かを見つけた。
「おい、屋敷のバルコニーを見てみろ」
ニーズヘッグに言われて双眼鏡でバルコニーを覗くヴリトラはそのバルコニーに一人の騎士が立っているのを見つけた。その騎士は青い鎧を身につけ、水色のマントを羽織った中年の男だ。歳は四十代前半位で茶色い髪に口髭が生やした小太り、左目には片眼鏡を付けている。騎士は右手にワインの様な酒の入ったグラスを持ちながら夜空を眺めていた。
「フフフ、今日も静かな夜だ。まぁ、レヴァートの連中も抵抗する騎士や兵士を失ったのだ。もはや戦う気も起きまい、ハハハハッ!」
「ブルトリック隊長!」
屋敷の中から一人の騎士がバルコニーに出てきてその中年の騎士をブルトリックと呼び敬礼をした。
「何だ?騒々しい」
「失礼しました。先程本国からゴルバンの町の戦力の四分の一をエリオミスの町の制圧に送りこむよう伝達がありました」
「エリオミスの町だと?あの町は今ザルドラム砦の連中が相手をしている筈だ。そこの戦力なら十分対抗できるだろう」
「しかし、エリオミスに駐留しているレヴァート軍の抵抗が一向に収まる様子がなく、このままでは埒が明かないと言っています。それなら、我が部隊と砦の部隊が合流して一気に攻め落とすのが得策だと・・・」
「この町は我がストラスタ軍にとって重要な補給基地だ。そこから戦力を送るなど、本国は何を考えているのだ、バカバカしい!」
騎士から夜空へと視線を変えるブルトリックは本国の出した指令が気に食わないのか声を荒げて、持っていた酒を飲み干した。
「で、ですが本国からの指令です。正当な理由がない限り、指令を断る事は出来ません」
「それなら、あと一週間時間をよこすよう本国に伝えろ。それでもし制圧できない様なら援軍を送るとな」
「は、はい・・・」
騎士は渋々承諾してバルコニーを後にする。残ったブルトリックは不機嫌な様子でバルコニーの手すりを強く叩いた。
「フン、折角楽が出来るのだ、そう簡単に重要な町の戦力を別の部隊に渡せるものか。それに、儂の手元にはまだ奥の手があるのだ。どんな敵をも捻る潰せる絶対的な切り札がな、フハハハハ」
バルコニーで高笑いするブルトリック。彼にはレヴァート領を制圧する事なんかよりも、補給基地で自分が裕福に暮らす事の方が重要なようだ。彼には騎士としての誇りも思想も感じられない。
離れた所ではヴリトラが楽しそうに笑っているブルトリックを見て呆れる様な顔を見せていた。
「・・・何だぁ?あのおっさんは?」
「どうやらあの男がゴルバンの町を制圧しているストラスタ軍の指揮官の様だな」
双眼鏡を目から放すヴリトラとニーズヘッグ。ラピュスも指揮官がどんな騎士なのか気になり、ヴリトラの肩を指で突き双眼鏡を貸してもらおうとする。ヴリトラもそんなラピュスに黙って双眼鏡を手渡した。双眼鏡を受け取ったラピュスが屋敷の方を見てバルコニーで笑ってるブルトリックの姿を確認すると、双眼鏡から目を放して舌打ちをする。
「ブルトリックか、よりによってあの男とは・・・」
「知っているのか・・・?」
指揮官の事を知っている様子のラピュスにオロチが訊ねると、ラピュスは屋敷の方を見つめたまま説明し始めた。
「あの男はブルトリック・ボアストムと言って、ストラスタ公国でも自分の事を優先し、楽な方法で戦果を挙げてきた男だ。他国だけでなく、祖国であるストラスタ内でも評判も悪くて何時しか『怠惰騎士ブルトリック』とまで言われるようになった最低の男だ」
「怠惰騎士ねぇ・・・」
「どうしてそんな奴が前線、しかも補給基地の指揮官なんてやってるんだ?」
「噂では奴もそれなりの名門貴族の生まれらしく、軍本部でもそれなりに顔がきいているらしい」
「身分が高く、楽して手柄を手に入れる。そして敵を容赦せずに処刑する、怠惰と言うより傲慢と言った方がいいんじゃないのか?」
ラピュスの話しを聞き、ヴリトラもブルトリックの事を悪く評価する。ラピュスやニーズヘッグ、オロチも同感と言いたいのか黙って頷いた。
「あんな奴が指揮官をしていると、いずれはこの町の住人だけではなく同じストラスタ軍の兵士達もダメになってしまう。早く敵拠点を制圧しなくては!」
「落ち着けラピュス。お前の気持ちも分かるが、まずはリンドブルム達の連絡を待とう。オロチの得た情報ではまだ数人の捕虜がいる筈だ、まずかその人達の安全の保護しないといけない」
「そ、そうだな。スマン・・・」
「お前の気持ちも分かる。私達もお前と同じような気持ちだからな・・・」
ヴリトラに止められて取り乱した事を反省するラピュスを見てオロチは無表情のままラピュスを見つめるて言った。すると小型通信機から発信音が聞こえ、ヴリトラ、ニーズヘッグ、オロチは小型通信機のスイッチを入れる。
「こちらヴリトラ・・・」
「ヴリトラ、僕だよ」
「リンドブルムか。どうだ、捕虜は見つけたか?」
発信者はリンドブルムだった。ヴリトラは捕虜の姿が確認できたかを尋ねると、少し嬉しさの入ったリンドブルムの声が聞こえてきた。
「うん、見つけたよ。町の隅にある古びた倉庫の中に閉じ込められてたんだ。見張りが数人いたけど直ぐに片付けて、今はその見張りを倉庫の中に閉じ込めてあるんだ」
「ハハハ、そうか。捕虜の様子は?」
「怪我もしてて少し衰弱してるみたいだけど、ジルニトラの話しでは大したことないって」
「そりゃあよかったよ。こっちも敵の指揮官がいる屋敷を見つけたところだ」
ヴリトラとリンドブルムがお互いに情報交換をしていると、小型通信機からジャバウォックの声が聞こえてきた。
「俺達はこれからどうすればいい?また捕虜の捜索をするか?」
「いや、捕虜の人が落ちついたら情報を聞き出してくれ。他の捕虜がいない様なら、作戦は第二段階へ移る」
「了解だ。追って連絡する」
低い声を出してジャバウォックは通信を切り、ヴリトラ達も小型通信機から指を離した。
「ヴリトラ、捕虜は見つかったのか?」
話しを黙って聞いていたラピュスが訊ねると、ヴリトラはラピュスの方を向いて頷いた。
「ああ、衰弱しているみたいだけど大丈夫だろう。あっちにはジルニトラがいるんだからな。今他にも捕虜がいないかどうか、保護した捕虜から聞いている最中だ」
「そうか。・・・それで、さっき作戦を第二段階に移すと言っていたが、それはどういう・・・」
何か不安を感じる様な様子で尋ねるラピュス。ヴリトラとニーズヘッグ、オロチは鋭い表情でラピュスの方を見つめ、見られたラピュスも一瞬緊張した。
「・・・捕虜が他にいなかったら、いよいよ各拠点に攻撃を仕掛ける。つまり、この町が戦場になるって事だ」
「戦場・・・」
「ああ、覚悟しておいた方がいいぜ?」
戦場になる、その言葉を聞いたラピュスは真面目な顔で汗を垂らす。ヴリトラ達ももう一度自分の武器を確認して、何時でも作戦を開始できるようにする。
しばらくしると、また小型通信機から発信音が聞こえてきた。ヴリトラが小型通信機のスイッチを入れ、黙って小型通信機から聞こえてくる声を聞く。
「・・・・・・分かった。それじゃあ、そっちもタイミングを計って始めてくれ。ああ・・・じゃあ・・・」
何かの話しがまとまった様に話しを終わらせたヴリトラは小型通信機のスイッチを切って周りにいるラピュス達を見回した。
「他に捕虜はいなかったようだ」
「それじゃあ・・・」
「ああ・・・・・・作戦開始だ、敵拠点を攻撃していくぞ!」
その言葉を合図にヴリトラ達は立ち上がり一番近くの拠点へ向かって走り出した。
ゴルバンの町に潜入したヴリトラ達は遂に町の解放作戦が本格的に始まる。ヴリトラ達はどのように町を解放していくのか、そして敵指揮官のブルトリックの言っていた切り札とは一体何なのか・・・。




