第三十七話 ゴルバンの町に潜入せよ!
ブンダの丘の駐留部隊から情報を得たヴリトラ達はゴルバンの町へ向かう。だがその前に綿密な作戦を練る為にまず町の手前にある林に向かう事にした。
ヴリトラ達が目的地の林に着いたのはその日の夕方だった。既に日は沈み始めており、辺りは太陽の日によってオレンジ色に照らされている。林はそれほど大きくはないが、ゴルバンの町から1Kは離れた所にあり、ストラスタ兵の姿も無かった。作戦を練るには打ってつけの場所と言える。
「・・・・・・」
ヴリトラは林から双眼鏡で遠くにあるゴルバンの町を見て状況を確認している。ヴリトラからは町へ入る為の出入口である大きな門が確認でき、その手前には三つのテントが張られてあった。そしてその周りには武装したストラスタ兵が門やテントの周りを巡回しており、ヴリトラが確認できるだけでも十二人はいる。
「・・・チッ!流石に警戒厳重だな。まぁ当然か、あそこは敵にとって最も重要な補給基地だもんな」
双眼鏡を下し、ゴルバンの町を見てヴリトラは舌打ちをしながら守りの厚さを確認する。するとヴリトラは耳につけたある小型通信機を使い、誰かに連絡を入れた。
「こちらヴリトラ。オロチ、聞こえるか?」
「・・・こちらオロチ。聞こえている・・・」
小型通信機から聞こえてきたオロチの声。ヴリトラはもう一度双眼鏡で町を覗きながら小型通信機の向こう側にいるオロチに話しかけた。
「正面の出入口はかなり守りが固いな。そっちはどうだ?何か見えたか?」
「町の中にも相当な数の兵の姿がある。だが町の住民と思われる人間の姿は確認できない・・・」
林の上空で機械鎧のジェットブースターを使い、空から双眼鏡で町の全体を確認しているオロチ。自分が確認できる範囲の情報を細かくヴリトラに伝えながら双眼鏡で町の隅々まで見回していく。
「流石は七竜将の偵察兵。そこから町の中を確認できるなんて、大した視力だな?」
「褒めなくていい。それよりも、この状態だとラピュスの言った下水道からの侵入も難しくなるぞ・・・?」
「ああ、確かにな。奴等が下水道の入口にも見張りを置いている可能性がある」
敵の守りの状態を見て自分達が侵入する為に使う下水道も敵が見張っているかもしれない、そう考えてヴリトラとオロチは鋭い表情で遠くにあるゴルバンの町を見つめた。
「・・・とりあえず一旦ラピュス達のところへ戻ろうぜ?作戦はそれから考えよう」
「ああ・・・」
互いに小型通信機のスイッチを切り、偵察を切り上げるヴリトラは林の中へ戻って行き、オロチもジェットブースターの出力を弱めてゆっくりと降下していく。
その頃、ラピュス達はバンの前で七竜将が持って来たキャンプ用のガスコンロを囲み様に大きな石などを椅子にして座っている。ラピュスはジャバウォック、ニーズヘッグとゴルバンの町の見取図を見ながら作戦を練っており、リンドブルムとジルニトラは武器の点検。そしてラランとファフニールは食事の準備をしていた。
「たっだいま~」
「あっ、お帰り二人とも」
各々が作業をしていると、そこへヴリトラとオロチが偵察から戻ってくる。二人の姿を見てリンドブルムがメンテナンスの手を止めて二人の方を見て笑う。ラピュス達も戻ってきた二人を見て作業の手を止めた。
「どうだった?」
「凄いもんよ、正面の出入口だけでも十二人はいた。いや、テントの中とかにいる可能性だってある、実際はもっとかもな」
ラピュスの方を向いて地べたに座り、胡坐をかきながら自分が見てきた敵の情報を話すヴリトラ。ラピュス達はそれを真剣な表情で聞いていた。
「町の中にもかなりの人数がいる情報どおり四百人近くはいる・・・」
「そうか。正面からの侵入は不可能。だとすると、やっぱりラピュスの言っていたとおり下水道から侵入するしかないかもな」
オロチの得た情報を聞いてジャバウォックは顎に指を付けて考え込む。するとオロチがゆっくりと首を横へ振る。
「それも可能か怪しくなってきたぞ?」
「・・・なぜ?」
ラランがオロチの方を見て尋ねる。すると、オロチの話しを聞いていたニーズヘッグが口を開く。
「町の大勢の兵がいるという事は、それだけ色々な所に兵を回せるという事だ。つまり俺達が使う下水道の入口も敵が見張っている可能性があるって事だな?」
ニーズヘッグの立てた仮説にオロチは黙って頷く。それを聞いたラピュスとラランは驚いて表情を変えた。周りのリンドブルム達も難しい表情を見せる。
黙って話しを聞いていたヴリトラはゆっくりと立ち上がり、ラピュスの止まりまでやって来て座り込むと彼女が持っている地図を覗き込む。
「ラピュス、お前が言っていた町へ続く下水道の入口は何処にあるんだ?」
「あ、ああ。ゴルバンの町から東に500m行った所にある」
自分の隣で顔を近づけてくるヴリトラに少し動揺しながらも質問に答えるラピュスは地図を指差す。そこには小屋の様な絵が描かれており、何かを説明する様な細かい字も書かれてあった。
他の者達もラピュスの下に集まり、全員で地図を覗き込む。地図を見たヴリトラはゆっくりと立ち上がり町の方に視線を向ける。
「どっちにせよ、俺達が安全に町に侵入するにはその下水道を通るしかない。敵の見張りが少ない事、もしくは見張りがいない事を願うしかねぇな」
「運任せ、という事ね・・・はぁ」
下水道の入口の見張りが少ない事を願うヴリトラと運に頼るしかないと溜め息をつきながら言うジルニトラ。そんな時、ファフニールが手を叩いて皆を笑顔で見つめながら口を開いた。
「皆、作戦会議はそれ位にして、そろそろご飯にしよう。もう準備できてるよ?」
「おいおい、こんな時でも飯を食う気か?もう少し緊張感を持てよ?」
「でも、ファウらしいと思うよ?」
食事を取る事を提案して来たファフニールを見て呆れる様な顔をするニーズヘッグと苦笑いをするリンドブルム。周りでも重い空気の中で笑顔を見せるファフニールを見たヴリトラ達が苦笑いなどを見せていた。
「確かにそうね。腹が減っては戦は出来ぬ、て言うし」
「なら、少しは腹に入れておいた方がいいな」
ジルニトラとジャバウォックも笑いながら食事を取る事に賛成する。オロチは無表情のまま腰を下ろして食事の準備に入った。そんなリンドブルム達のやりとりをジト目で見ていたラピュスとラランの姿があった。
「前々から思っていたのだが、どうして七竜将はこう気持ちの切り替えが早いんだ?」
「・・・さっきまで真剣な顔をして悩んでいたのに」
七竜将の思考が理解出来ないでいる二人の姫騎士。そんな二人の隣でヴリトラは小さく笑いながら二人の方を見る。
「それが俺達なんだよ。真剣な話で気持ちが行き詰ったり、いい作戦が思いつかなかった時は一度気持ちを切り替えてから考え直すのが俺達のやり方なんだ」
「食事を取ったり、笑ったりするのか?」
「ああ、笑うと意外と気持ちがスッキリしていい案が浮かぶもんだぜ?」
「・・・そんなもの?」
「そんなもの♪」
ラピュスとラランの意外そうな顔にヴリトラは楽しそうに答えた。そんな会話をしている三人にファフニールとジルニトラが声を掛けてきた。
「三人とも、早く早く~!」
「因みにご飯はレーションよ」
「ええぇ!マジかよ!?・・・レーションって不味いんだよなぁ~」
「贅沢言わないの!」
さっきまで楽しそうな顔で話しをしていたヴリトラが軍用保存食の名を聞いた途端に表情を曇らせ、テンションを引くしながら歩いて行く。ヴリトラの顔を見てラピュスとラランは「レーションと言う物はそんなに不味いのか?」と心に思いながらリンドブルム達の下へ歩いて行った。だが、意外にもラピュスとラランの口には合った様だ。
食事の後にもう一度作戦会議を行い、大体の作戦が決めて作戦会議を終わらせる。それから少し仮眠を取って体を休めるヴリトラ達。既に武器のメンテナンスも装備品のチェックも済んでおり、何時でも作戦を実行できるようになっていた。
そして、日が沈んで当たるが真っ暗になると、ヴリトラ達は行動を開始する。バンは林の中に隠しておき、下水道の入口がある所まで徒歩で移動した。下水道の入口までは草原が広がっており、虫の鳴き声すら聞こえないくらい静まり返っていた。そんな中でヴリトラ達の動きに沿って草が揺れて静かな夜の草原に音が広がる。ヴリトラ達は離れてるとはいえ、敵に気付かれないように注意して向かって行く。
「もう少しで入り口が見えてくるはずだな?」
「ああ、あの坂を下れば直ぐだ」
走りながら下水道の入口の位置を確認するヴリトラとラピュス。その後ろにリンドブルム達が続いて走っている。七竜将はともかく、ラピュスとラランは軽装とは言え鎧を身につけて走っているのだ。その状態で七竜将達と並んで走る彼女達の体力は相当なものだと七竜将達は走っている二人を見てそう思った。
ヴリトラ達が下り坂まで辿り着くと、約200m先に小さな小屋が見えた。そしてその近くには下水道の入口と思われるトンネルがあった。入口には大きな鉄格子が取り付けられており、その手前には大きな濁り水の水溜りがある。ヴリトラ達は足を止めて姿勢を低くし、ニーズヘッグが双眼鏡を取り出して入口の周りに敵がいないが確認する。
「どうだ、ニーズヘッグ?」
ヴリトラがニーズヘッグの方を向いて状況がどうなっているのかを尋ねる。するとニーズヘッグは双眼鏡を覗いたまま口を開いた。
「・・・・・・妙だな。見張りどころか人影すら見当たらない」
「え?本当?」
見張りがいない事を聞かされてリンドブルムはニーズヘッグに近づき手の平サイズの単眼鏡を取り出して同じように入口の辺りを見回した。だが、やはりニーズヘッグの言った通り人影は見当たらない。
「本当だ。誰もいないね・・・?」
「それってどういう事なの?あの下水道は正面の出入口以外に外に繋がっている所なんでしょう?」
ジルニトラが腕を組みながら考え込み、ラピュスの方をチラッと見る。ラピュスもジルニトラの方を向いた後に懐から地図を取り出して町の周囲を再確認し、他に町に繋がる道がないか探し出す。しばらくして地図から目を離したラピュスはジルニトラの方を向き、ゆっくりと首を横に振った。
「やはり、あの下水道と正面の門以外に町へ入る入口は無い」
「じゃあどうして見張りがいないの?」
「・・・罠、かも」
ラピュスとジルニトラの後ろで突撃槍を背負っているラランが静かに言った。その言葉を聞いたヴリトラ達は真剣な表情でラランの方を一斉に向く。
「確かに、人を配置していないのならそう考えるのが自然だろうな」
「どんな罠が仕掛けてあるんだろう?」
ジャバウォックとリンドブルムが敵の思考や罠がどんな物なんのか考えていると、姿勢を低くしていたヴリトラが立ち上がって腰に収めてある森羅を握る。
「行ってみりゃ分かるさ。どの道此処からじゃどんな罠があるのか調べる事も解除することも出来ないわけだしな?」
「確かにそうだ・・・」
ヴリトラの考えに同意したオロチが頷く。ラピュス達も他に方法がないと、立ち上がって坂の下にある下水道の入口を見つめる。
「それじゃあ、まずはこの急な坂を下るとするか」
「うん、転んで漫画みたいに転がり落ちないようにしないと」
ジャバウォックの隣で笑いながら言うファフニールにジャバウォックはそう言うファフニールが一番心配だと思いながら彼女を呆れる様な顔で見下す。ヴリトラ達は周りを警戒しながら静かに坂を下って目的地の下水道の入口に向かって行った。
下水道の入口から20mほど離れた所にある茂みの中に身を潜めているヴリトラ達は姿勢を低くしながらもう一度周囲に誰もいないかを確認する。だがやはり自分達以外に人の気配はしなかった。
「やっぱり誰もいないね?」
「それじゃあラランの言うとおり罠が仕掛けてあるのか?」
リンドブルムとヴリトラが周囲を見回しているとニーズヘッグが立ち上がり、何かを取り出した。それはダイバーゴーグルの様な形をした物で、ニーズヘッグはそのゴーグルをかけて横に付いている小さなスイッチを押す。するとレンズ部分が突然赤くなり、ニーズヘッグは周囲を見回す。今ニーズヘッグの目には周りの景色が青く見えており、ヴリトラ達は赤、橙、黄、黄緑、の四色に染まっていた。
ラピュスはニーズヘッグがおかしな機械を付けて周囲を見回している姿をジッと見て不思議そうにしている。
「おい、ヴリトラ。ニーズヘッグがかけているあの機械は何だ?」
「あれは赤外線ゴーグルだ」
「セキガイセン、ゴーグル?」
「あのゴーグルは赤外線、つまり生き物の体から出る熱を見る事が出来るんだ。あれを使えば例え周囲が暗くて敵の姿が確認しづらくても隠れている敵の体温を捕らえて居場所を見つける事が出来るんだよ」
「そ、そんな事が出来るのか・・・?」
生き物の赤外線を見る事が出来る、そんな機械が存在する事を聞かされてラピュスは驚き、話しを聞いていたラランも黙って驚いている。
「どう、ニーズヘッグ?敵は隠れてる?」
ジルニトラが訊ねると、ニーズヘッグは赤外線ゴーグルのスイッチを切り、ゆっくりと外してジルニトラの方を向いた。
「いや、やはり俺達以外に誰もいないし、罠を仕掛けた形跡もない。完全に無防備な状態だ」
「どういう事なの?ストラスタ軍は此処を重要な所じゃないと考えてるのかしら?」
「とりあえず、罠が無い事が分かったんだ。一度入口に近づいてみたらどうだ・・・?」
「・・・まぁ、それもそうね」
オロチの言葉を聞いて、ジルニトラは頷く。ヴリトラ達も罠が設置されていないなら安心と考えて入口に近づいてみる事にした。
下水道の入口前に近づくと、大きな鉄格子が入口を塞いでおり、扉部分には大きな南京錠で鍵が掛けられてあった。しかもその南京錠は相当複雑な作りになったおり、鍵がないと開ける事は出来ないようだ。それを見たヴリトラは真面目な顔で納得するように頷く。
「成る程なぁ。分かったぜ、此処に見張りがおらず罠も張られてない理由が」
「何だそれは?」
ラピュスが訊ねると、ヴリトラは南京錠を掴んでカンカンと金属音を鳴らしながら口を開いた。
「ジルニトラの言うとおり、奴等は此処を重要な所だと考えてなかったんだ。それはこの下水道の入口がこんな風に封鎖されてるからさ。此処はレヴァート王国の領土、ストラスタ軍にとっては言わば敵地。調べるとしても町の構造や周囲に何があり、敵がどのルートを使って攻めて来るかぐらいだ。こんな封鎖されている下水道まで調べる必要はないと思ったんだろう」
「成る程・・・」
「それにある意味でこんな風に封鎖されている入口ほど侵入しにくい物はない。南京錠は複雑で鍵無しじゃ開かないし、壊すにしても頑丈すぎる。だからと言って鉄格子は剣じゃ斬れないし、ハンマーの様な物で壊そうとしたらその作業音で入口前にいる兵士達に気付かれちまう。静かな夜だったら尚更音は響くしな。まぁ、高出力のガスバーナーがあれば別だけど、この世界にはそんな物はない」
「確かにそれなら見張りも罠も必要ねぇな」
ヴリトラの説明を聞き、腕を聞見ながら納得するジャバウォック。リンドブルムやファフニールも納得したのか「ほぉほぉ」と頷いていた。
「だけど、それでも一応数人の見張りは置いておいてもいいんじゃないの?」
「ああ、いくら鉄格子が壊されないからと言って何もしないと言うのは不自然だと思うぜ?」
ジルニトラとニーズヘッグはまだ少し納得できないのか自分達の意見を言った。ヴリトラは二人の方を向いて頷く。
「確かにな、ストラスタ軍は用心深い連中だからそれ位してもおかしくない。・・・もしかすると、こんな所に兵を送るくらいなら町の警備をさせた方がいいとでも思って配備しなかったのかもな?」
「そ、そんなテキトーな理由なのか・・・?」
ニーズヘッグがジト目でヴリトラを見つめる。するとラランが七竜将を見て鉄格子を指差しながら尋ねてきた。
「・・・それじゃあ、その封鎖された入口をどうやって開けるの?」
「確かに、ヴリトラの言う通りなら私達も此処から町に潜入するのは不可能じゃないのか?」
ラランに続いてラピュスも侵入方法について尋ねてきた。それを聞いたヴリトラは小さく笑いながら鉄格子の扉部分の前に立つ。
「心配ねぇよ。『俺達』にはこんな物は意味がない」
そう言ってヴリトラは左手で南京錠を掴み左手に力を入れる。すると南京錠はギシギシと音を立てはじめ、ヴリトラが更に力を加えると粉々に砕けてしまった。それを見たラピュスとラランは驚き目を丸くする。すると今度はニーズヘッグが扉の前にやって来て右手で扉の鉄格子を掴みゆっくりと引く。鉄格子はニーズヘッグに引っ張られてグニャリと曲がり、やがて扉の部分だけが重い音を立てて外れた。
「開いたな」
ニーズヘッグは持っている鉄格子の扉部分を鉄格子に立てかけながらそう言った。さっき簡単には入れないと言っていた鉄格子がこんな簡単に破られた事に二人の姫騎士はただ驚く事しか出来なかった。
「さて、道が開けた事だし、さっさと入ろうぜ?誰かに見られないうちにな」
ヴリトラはそう言って扉部分が外れて出来た穴から下水道の中へ入っていき、リンドブルム達もそれに続く。残ったラピュスとラランはハッとする。そしてヴリトラ達のあとを慌てて追いかけるのだった。
遂にストラスタ軍の補給基地となっているゴルバンの町にやって来たヴリトラ達は下水道から町へ潜入する。そして遂に七竜将と二人の姫騎士によるゴルバンの町の解放作戦が始まるのだった。




