第三百三十話 決戦前のひと時
清美から元素兵士計画の真実を聞かされたヴリトラ達は改めてジークフリートを強敵と認識する。ジャンヌの遺伝子を受け継ぎ、更に全身を機械鎧で纏っているジークフリートとどう戦うか、ヴリトラ達はブラッド・レクイエム社との戦いに備えて準備を進めていく。
ジークフリートがティムタームに現れてから一週間が経ち、大陸に存在する国々ではDMに備えて首都の地下や近くに避難所を造る事になった。タイカベル・リーベルト社や各国の騎士団が協力し合ってブラッド・レクイエム社の大量破壊兵器から身を守る為の場所を造る。それは世界の違う者達が共通の敵に立ち向かう為に手を取り合い、認め合う事を現していた。
タイカベル・リーベルト社の拠点の近くにも避難所が造られており、タイカベル・リーベルト社のショベルカーやブルドーザー、トラックなどが走り回り、地面を掘るなどして作業をしている。その様子をヴリトラは遠くから眺めていた。
「……よし、あの辺りはもうすぐ完成か。あとは向こうの方だな……」
手に持っている紙を見ながら工事現場を見回すヴリトラ。実は彼は避難所建設の指揮を任されていたのだ。ヴリトラ本人は自分には向いていないと断ろうとしたのだが、人手不足の為、そんな事を言っていられないと考えて引き受けた。
向かないと言っていたが、ヴリトラの指揮は上手く、工事は効率よく進んでおり、予定よりも早く完成しそうな状態にあった。ヴリトラは工事現場を見回しながら苦笑いを浮かべる。
「俺って、こんな事もできたんだな……これも元素兵士計画の賜物か」
「そんな事はない」
背後から聞こえてくる女性の声にヴリトラは振り返った。そこには紙袋を持ったラピュスが立っている姿があり、ラピュスの姿を見たヴリトラは小さく笑いながら手を上げる。
「よぉ、ラピュス」
「順調に進んでいるな」
ヴリトラの隣まで歩いて来てラピュスは工事現場の様子を伺いながら言う。ヴリトラも手に持っている資料を見ながら頷いた。
「ああ、この調子ならあと二日ぐらいで完成しそうだ」
「ブラッド・レクイエムが動く前に何とか全ての避難所を完成させないといけない。奴等がいつDMを撃って来るか分からない以上、一秒でも早く完成させないといけないからな」
「ああ……」
ブラッド・レクイエム社がどう動くか分からない以上、今ヴリトラ達が真っ先にやらないといけないのは彼等の持つ力の中で最も恐ろしいDMへの対策をする事だった。核兵器と同等の力を持つDMから身を守るのは簡単な事ではない。ヴリトラ達は持てる技術を全て使い、対策の手を打った。
今ヴリトラが指揮を執っているレヴァート王国の避難所の建設は70%ほど完成している。だが、ストラスタ公国やオラクル共和国などの避難所はまだ40%ほどしかできていない。このままのペースでは完成する前にDMを撃ち込まれて多くの犠牲者が出ている。一つの避難所が完成すればそこの人材はすぐに他の場所へ回されるという文字通り休み無しの状態で働いていた。
ヴリトラも今自分が担当している避難所が完成すればすぐに別の国へ行き、避難所の建設を手伝う事になっている。
「今のペースだと、全部の避難所が完成するまではあと二週間はかかるな……」
「それで大丈夫なのか?」
「微妙だな。奴等が何時動くか分からいない状態である事を考えると……それにジークフリートも俺達が避難所を造る事は分かっているはずだ。もしかすると、今すぐ襲撃して来るかもしれない」
「……もっとペースを速くする方法はないのか?」
「残念だけど、今以上に速くするのは難しい。俺以外の七竜将のメンバーも今は全員各国へ回って避難所建設の手伝いをしているが、それでもどれだけ速くできるか……」
難しい顔をしてヴリトラは話し、それを聞いたラピュスも少し深刻そうな顔でヴリトラを見ていた。
今七竜将は避難所建設の為に大陸中に散らばっている。ヴリトラはレヴァート王国に残り、ラピュスはその手伝いをしている。それでも今のペースで仕事を進めるのが精一杯だった。
更に世界中に散らばっている七竜将のメンバー達も全員が建設や指揮を得意としている訳ではないので、順調に建設が進んでいるとも限らない。ヴリトラの言う通り、まさに微妙な状態だった。
「……まぁ、いつまでも深く考えていても仕方がない。今の俺達にできる事をやって行こう」
「そうだな……」
今できる事をやるしかない、そう話しながらヴリトラは仕事を再開する。ラピュスは紙袋からペットボトルに入った飲み物をヴリトラに手渡し、それを受け取ったヴリトラは資料を見ながら口で蓋を開けた。
二人が工事現場を眺めていると背後から女性の声が聞こえてきた。
「順調の進んでるみたいね?」
「ん?」
声を掛けられて振り返ると清美が微笑みながら歩いて来る姿が目に入った。
「清美先生」
「調子はどう?」
「まぁまぁですよ。この調子ならあと二日で完成です」
「そう、やっぱりヴリトラが指揮を執ると違うわね」
資料を見ながら説明するヴリトラの隣までやって来て微笑みながら言う清美。ヴリトラもそんな清美の言葉に小さく笑う。
ラピュスは二人の会話を見て少し嬉しく感じていた。一週間前に清美が元素兵士計画に関わっていた事を聞かされて二人の関係が悪くなると感じていたのだが、その心配もなく二人は今まで通りに接していた。それはラピュスにとって自分の事の様に嬉しい事だった。
清美は工事現場を軽く見てからヴリトラとラピュスの様子を伺う。そして二人の顔を見ると真剣な顔で声をかけてきた。
「貴方達、ちゃんと休んでる? 少し疲れている様に見えるけど」
「あぁ~、やっぱり分かります? 避難所の建設や打ち合わせとかで最近忙しくて……」
「私も騎士団と今後の戦いに備えての部隊編成や訓練などが多いもので……」
「休める時にはしっかり休んでおきなさい? いくら避難所を造る為でも貴方達が倒れたらそれこそ大問題なのよ。貴方達こそがブラッド・レクイエムとの決戦の切り札でもあるんだから」
休みを殆ど取らずに働き詰めのヴリトラとラピュスに注意をする清美。二人は清美の方を向いてただ苦笑いを浮かべる事しかできなかった。
少し呆れる様な顔で二人を見た後、清美は空を見上げながらこんな事を言い出した。
「……昨日、エクセリオンでの戦いで捕まえたブラッド・レクイエム社の機械鎧兵士から少し情報を得たとアレクシアから聞いたわ」
「ブラッド・レクイエムの情報ですか?」
「ええ、その機械鎧兵士によると殆どの機械鎧兵士やブラッド・レクイエムの社員がジャンヌを裏切ってジークフリート側に寝返ったらしいわ。当然、幹部クラスの機械鎧兵士もほぼ全員がね」
「全員がジークフリートについて行ったとは……それで、幹部の人数は?」
「詳しくは分からないけど、少なくとも十五人はいると捕虜が言っていたわ」
「十五人か、少し意外だな。もっと大勢いるのかと思ったのに」
ヴリトラは予想以上に少ない幹部の数に少し拍子抜けした様な顔を見せる。
ブラッド・レクイエム社の機械鎧兵士は殆どがBL兵、上級BL兵で幹部クラスの機械鎧兵士はBL兵と比べると遥かに少ない。だがそれを補う様にその戦闘能力は普通のBL兵数人分の力を持っているのだ。
ヴリトラとラピュスはこれまで自分達が戦って来た幹部クラスの事を思い出しながらどれ程の実力者が残っているのかを考えた。
「残る幹部クラスの力がどれ程なのか……それでこっちの戦力の振り分けも変わって来るな」
「ああ、普通の兵士や騎士ではまず幹部クラスは倒せない。私達やタイカベル・リーベルト社の機械鎧兵士達に戦ってもらうしかない」
「今度の戦い、こっちの戦力と向こうの戦力はかなりの差があるな……」
「それについては心配ないわ」
難しい顔をするヴリトラとラピュスに清美が意外な言葉を言い出した。
「先生、どういう事ですか?」
「敵幹部の情報は捕虜から聞き出したからどの幹部にどう対処すればいいのかは既に調べ終えているわ。その情報をもとにして戦えば十分対抗できる」
「成る程……」
「ただ、幹部の中でも上の方、特にジークフリートやジャンヌの直属の機械鎧兵士の情報は殆どなく、対抗策は立てられなかったみたい」
「とあると、敵幹部の中で注意するのはブリュンヒルデとジークフリートの親衛隊である四人の幹部くらいか……」
ヴリトラとラピュスはブリュンヒルデとジークフリート親衛隊であるガルーダ、ゴーレム、セイレーン、リリムの四人の事を思い出して鋭い表情になる。彼等の戦闘能力は他の幹部やBL兵達とは次元が違っていた。念入りに作戦を立てないと勝てない相手だと二人は直感している。
すると、難しい顔をする二人を見て清美は小さく首を横に振った。
「いいえ、本当に恐ろしいのはジークフリートよ」
「え?」
低い声で最も手強い相手はジークフリートだと聞かされ、ヴリトラは思わず声を漏らした。
「元素兵士計画は、機械鎧兵士の部隊を統率する強力な戦闘指揮官を作り出す為の計画でもあったの。しかも計画の対象となった者は組み込んだ遺伝子の持ち主である軍人を超える様に作られている。そして、その対象であるジークフリートは機械鎧まで纏って強い力を得た。……断言できるわ、ジークフリートの戦闘能力はジャンヌよりも上よ」
「厄介ですね……」
「そんな奴に勝てる相手がいるんですか?」
ヴリトラは少し不安そうな顔で尋ねると清美はヴリトラの顔を見て笑いながら彼の肩にポンと手を置いた。
「いるわ。……貴方よ、ヴリトラ」
「え? 俺?」
「そう、元素兵士計画の対象となったジークフリートを倒せるのは同じ元素兵士計画の対象であった貴方だけ。貴方だけがジークフリートと唯一戦う事ができるのよ」
「俺だけが、ジークフリートと……」
「これは、貴方達二人の運命と言ってもいいかもしれないわ」
「運命?」
清美の言葉にヴリトラは思わず訊き返す。
「ジークフリートは自分の目的の為に多くに人間を犠牲にし、ジャンヌすらも裏切ったわ。彼には自分に組み込まれた遺伝子の持ち主であるジャンヌに対して何の親しみも持っていなかった。それに引き換え、貴方は仲間を大切にし、アレクシアを師と尊敬し、彼女と共に多くの人の命を救って来たわ。ジークフリートと貴方は対となる存在。同じ元素兵士計画で生まれ、闇に堕ちたジークフリートを止めるのは貴方にしかできないと思っているの」
「俺とアイツが対の存在……」
自分とジークフリートの関係を聞かされたヴリトラは自分の手を見つめながら呟いた。元素兵士計画で生まれた者同士だが、平和を願うヴリトラと戦いを望むジークフリートはまさに光と闇、対となる存在だった。その強大な力を持つ闇を打ち消せるのは同じ力を持った光のみ、あの事件でヴリトラが生き残り、機械鎧兵士になったのも全てはジークフリートを止める為の運命だったのかもしれない。清美はそう考えていたのだ。
考え込むヴリトラを見て清美はそっとヴリトラに近づき、真剣な顔で彼の顔を見た。
「……ヴリトラ、ジークフリートを生み出した私がこんな事を頼むのは虫がいいという事は分かってるわ……だけどお願い、どうかジークフリートを止めて! 彼を止めないと地球やこの世界は文字通り地獄と化してしまう。そうなったらより多くの人が命を落とし、世界は崩壊してしまうわ。貴方は、私達の唯一の希望なの」
自分が世界を守る為の希望、そう言われたヴリトラは目を丸くしながら清美を見ている。世界を守る存在など、アニメや漫画の中でしか言わない台詞だと考えていた為、いざ言われてもヴリトラにはピンと来なかった。だがファムステミリアと地球が危険な状態になろうとしているのは紛れもない事実、それを目の前にしたヴリトラが言う言葉を一つしかない。
「……希望、と言うのはちょっと大げさかもしれませんけど、俺もジークフリートのやり方や理想は気に入らないと思っています。俺にしかジークフリートを倒せないというのなら、全力で戦います」
「ありがとう、ヴリトラ」
「……ラピュス、お前にも付き合ってもらう事になるが、ついて来てくれるか?」
隣に立っているラピュスの方を見て一緒に戦ってくれるかを尋ねるヴリトラ。ラピュスはヴリトラの顔を見ながら小さく笑って頷く。
「当たり前だろう? この状況で嫌だなどとは言うはずがない。とことん付き合うぞ」
「サンキュー……」
迷う事無く協力する事を口にするラピュスを見てヴリトラは微笑んだ。自分の愛する女性が共に戦ってくれる、これほど心強い事は無かった。
清美は笑い合う二人を黙って見守り、心の中で彼等はブラッド・レクエム社を倒してくれることを信じていた。
――――――
帝国の北部にある巨大な平原、だが、そこは平原と呼ぶには草が殆ど生えておらず、木も枯れたのがあちこちに生えているだけの砂と岩だけしかない荒地の様な場所だった。ここは帝国領では死者の大地と呼ばれており滅多に人は近づかない場所だ。
平原の真ん中にはキャタピラの付いた巨大な戦艦の様な物が停止しており、その周囲にはM1戦車、軽装甲機動車、ジープ、アパッチ、ヴェノムなどの大量の軍事車両やヘリが停まっている。そう、ブラッドレクイエム社の車両にブラッド・レクイエム社の拠点となっている移動要塞アレクサンダーだった。そして周りにあるのはブラッド・レクイエム社の所有物である軍事兵器である。
アレクサンダーの中にある会議室の様な部屋、その中に一番奥の席に座っているジークフリートとその後ろに控えているブリュンヒルデ、そして親衛隊である四人の幹部がテーブルを挟んだジークフリートの向かいの席に座っている姿があった。ジークフリートは親衛隊から何かの報告を聞いて目を光らせている。
「……とりあえずは予定通りだな」
「ハイ、帝都以外の帝国の重要都市には殆どタイカベル・リーベルトの部隊は配備されていないようです。やはり部隊の殆どがエクセリオンにいた様で……」
親衛隊の一人、ガルーダがジークフリートに帝国領内のタイカベル・リーベルト社の戦力の配置を説明し、ジークフリートはそれを聞いている。
彼等はグランドアヴァロンを捨ててからこの平原にアレクサンダーを停止させて活動していた。その内容は殆どが帝国領内の状況の確認と決戦の為の下準備だ。
「ゴーレム、そっちの状況はどうなっている?」
「ああ、セメリト王国は各都市にバランスよく戦力を配置しているみたいだ。やっぱり帝国と戦争を起こす前から同盟を組んでいた為か、帝国や共和国よりも多くの人材が派遣されているらしい」
「成る程……残りはどうだ?」
ゴーレムからの報告を聞いたジークフリートは残るセイレーンとリリムに尋ねた。すると二人は自分達の調べた事をジークフリートに報告し始める。
「ストラスタも同じよ。共和国や帝国よりも多くの機械鎧兵士が配備されていて情報を得るのに苦労したわ」
「何か重要な事は分かったか?」
「ぜ~んぜん、ただ各国で避難所を急いで作ってるって事ぐらいしか分からなかったわ」
リリムの口から聞かされた避難所と言う言葉を聞き、ジークフリートは反応する。なぜ大陸中の国が避難所を作っているのか、ジークフリートはそれがDMから人々を守る為だという事がすぐに分かり、小さな声で笑う。
「フッ、この世界で手に入る素材では大して強度の無い避難所しか作れん。DMの前では段ボール箱も同然だな」
「ホントよねぇ~♪」
「どうやら彼等は無駄な事をするのが好き見たい」
リリムとセイレーンがクスクスと笑いながらタイカベル・リーベルト社の行いを馬鹿にする。ゴーレムも笑っており、ガルーダは腕を組みながら目を閉じて黙っていた。
そんな会話の中、ブリュンヒルデが親衛隊にこんな事を尋ねた。
「それで、タイカベル・リーベルト社の拠点の場所は分かったのか?」
「……レヴァート王国領内に造ったというのは分かってるんだが、正確な位置までは割り出せなかった。まぁ、首都ティムタームの近くである事は間違いねぇだろうがな」
ゴーレムがタイカベル・リーベルト社の拠点の位置について詳しく分かっていない事を話すとブリュンヒルデは腕を組みながら鋭い表情になる。
「奴等の拠点の正確な位置が分かればDMで一気に吹き飛ばしてやれるものを……」
「と言うかさぁ、アンタと総司令はこの前ティムタームに行ってきたんでしょう? その時に見つけられなかったの?」
リリムが腕を組みながら目の前のテーブルに足を掛けながらブリュンヒルデに尋ねる。するとブリュンヒルデはジロッとリリムを見て口を開いた。
「私とジークフリート様は元素兵士計画の事とアレクサンダーの事をヴリトラ達に教えに行っただけだ、そんな事をしている余裕はなかった」
「なぁ~んだ、見つけられなかったの。帝国の殲滅姫と言われたアンタも所詮その程度って事ね」
「何だと!?」
「何、やる気?」
睨みあるブリュンヒルデとリリム。会議室が緊迫した空気で包まれようとしている中、黙っていたガルーダがテーブルを強く叩いた。
「よせ、総司令の前だぞ」
「……ちぇ!」
リリムはガルーダの方を見た後にそっぽ向いて不機嫌そうな顔を見せる。ブリュンヒルデは自分が何をしたのか思い出し、ジークフリートの方を向きながら頭を下げた。
「ジークフリート様、失礼しました……」
「構わん……それに、これ以上情報集めをして奴等に時間を与えてやる必要もない」
「え? どういう事ですか?」
ブリュンヒルデは言葉の意味が分からずに小首を傾げる。するとジークフリートは立ち上がり、それを見た親衛隊も一斉に立ち上がった。
ジークフリートが腕を前に伸ばし、周りにいるブリュンヒルデ達に叫ぶ様に伝えた。
「全軍に伝えろ。これより、我が軍は同盟軍の中心であるレヴァート王国とそれに助力するタイカベル・リーベルト社を滅ぼす為に行動を開始すると」
「そ、それでは……」
「戦闘準備を始めろ……開戦だ!」
その言葉で会議室の空気が一気に変わった。遂に、ブラッド・レクエム社が動き出したのだ。




