第三百二十八話 世界崩壊の前奏曲 ジークフリートの企み
ニーズヘッグから帝都エクセリオンとブラッド・レクイエム社の旧拠点であったグランドアヴァロンが消滅したという連絡を受けて驚愕の表情を浮かべるヴリトラとラピュス。二人はすぐにそれがジークフリートの仕業だと気付いた。
驚く二人の姿を見てジークフリートとブリュンヒルデは楽しそうな態度を取る。ヴリトラとラピュスは鋭い目でジークフリートとブリュンヒルデを睨んだ。
「ジークフリート、お前もしかして……」
「お前の察しの通りだ。エクセリオンとグランドアヴァロンにDMを撃ち込んだ」
「DM、デガルベル鉱石を使って作り出された核兵器に匹敵する破壊力を持つ兵器……どうしてエクセリオンとグランドアヴァロンにDMを撃ち込んだ!」
「決まりきった事を聞くのだな? 私達を裏切った帝国を、そしてタイカベル・リーベルトに奪われたグランドアヴァロンを処分する為だ」
「グランドアヴァロンにはタイカベル・リーベルト、つまりお前達の敵がいるから使う理由は分かる。だが、どうして帝都まで消滅させた!? あそこには何の関係もない帝国の人達が大勢住んでたんだぞ!」
「関係ない? それは違うな。私達が何度も出入りし、それを受け入れた帝国の住民達は全員が私達の仲間だった。私は私達を裏切り、お前達同盟軍に付いた裏切り者を処分したのだ。お前にとやかく言われる筋合いはない」
「無茶苦茶だ……」
ジークフリートの勝手な考え方にヴリトラは呆れ果てたのかもう怒る事すらできなかった。ラピュスもジークフリートを異常者を見る様な目で見ており、二人はジークフリートが正気ではないと感じる。
ヴリトラがジークフリートと会話をしていると、ヴリトラの小型通信機から再びニーズヘッグの声が聞けてきた。
「おい、ヴリトラ。どうしたんだ? ジークフリートがどうとか聞こえるが……」
「……ジークフリートが目の前にいる。ブリュンヒルデも一緒にな」
「何だって!?」
ニーズヘッグはヴリトラの前にジークフリートがいると聞かされて驚きの声を上げる。ニーズヘッグの突然の大声に耳鳴りがしてラピュスは驚く。ヴリトラはジークフリートを警戒しているせいか耳鳴りがしても表情一つ変えない。
「ジークフリートがいるって……お前、今何処にいるんだ!?」
「戦死者墓地だ……」
「戦死者墓地だな? ……分かった、皆を連れてすぐ行く。それまで持ち堪えてくれ!」
ヴリトラを心配しながらニーズヘッグは戦士死者墓地へ向かうと伝えて通信を切る。ニーズヘッグの言葉から彼はリンドブルム達を連れて戦死者墓地へ向かうつもりなのだろい。
仲間が来てくれる事を知ってヴリトラとラピュスの表情に少しだけ余裕が浮かんだ。一方でブリュンヒルデはヴリトラの言葉を聞いて戦死者墓地に敵の増援が来るとだと感じて少し焦りの様子を見せていた。
「ジークフリート様、敵の増援が来ます。急いで脱出を!」
「待て、まだコイツ等には話していない事がある……」
敵の増援が来るという状況にありながら冷静なままでいるジークフリートを見てブリュンヒルデは目を見開いて驚く。ヴリトラとラピュスもそんなジークフリートを見て少し驚いていた。
敵地におり、敵の増援が近づいてきているのにこれだけ冷静でいられるのも元素兵士計画の成果なのだろう。ヴリトラはそう感じながらジークフリートを見つめる。
「何を仰ってるのですか! 此処は敵地のど真ん中。時間が経てばたつほど逃げられなくなります!」
「……何を言っている? 私はどんな状況になっても逃げだせると思っている。そもそも二度も私の侵入を許しておいて侵入者に対する警戒がまるで強化されていないこの町など恐れる必要はない」
「何?」
聞き捨てならないジークフリートの言葉にラピュスはピクリと反応する。
ラピュスはこの町の姫騎士でこの町の警備の堅さや戦力には自信と誇りを持っている。確かに二度もジークフリートの侵入を許してしまったのは事実だが、騎士団や王族は警備を怠ってなどいない。それを侮辱されたとなれば流石に黙ってはいられなかった。
ジークフリートを睨みながらラピュスはゆっくりとアゾットを抜き、両手でしっかりと握りながら構えた。
「そこまで自信があるのなら、私やこれから来るニーズヘッグ達を相手にしても無傷で出られるのだろうな?」
「当然だ」
「なら、今此処で証明して見せろ!」
ラピュスは声を上げてジークフリートに斬りかかろうとする。ブリュンヒルデもジークフリートを守ろうと彼の前に移動してラピュスを見て構えた。
するとラピュスの前にヴリトラが腕を伸ばしてラピュスを止める。ジークフリートを見ながら腕を出すヴリトラにラピュスは驚いて急停止した。
「ヴリトラ、何をする!?」
「落ちつけ、ラピュス。冷静さを失えばあとでとんでもない目に遭うぞ?」
「しかし……」
「それにコイツはまだ話していない事があると言った、その話を聞いてからでもいいだろう」
「うううぅ……」
ラピュスは少々納得できない様な顔を見せるが、ヴリトラの言う通り感情に流されて冷静さを失うのは危険だ。気持ちを押し殺してラピュスは持っているアゾットを下ろした。
ヴリトラはラピュスが落ち着くのを確認すると、ジークフリートを睨みつけて話の続きを聞く。
「それで? 俺達にまだ話していない事っていうのは何だ?」
「フフフフ、私達が今使っている拠点についてだ」
「拠点?」
「グランドアヴァロンを去ってから今日まで私達が何処にいるのか気になるだろう? それを教えてやろうというのだ」
「……どうしてそんな事を教える? 黙っておいた方がお前達には有利のはずだ」
「フッ、私はこう見えてもフェアプレイを心掛けているつもりだ。私達はお前達の事をよく知っているのに、お前達は私達の事を何も知らない。それは流石に不公平だろう? それにこちらが有利な状態で戦って勝っても面白くないからな。だから情報を教えてやろうというのだ」
「……怪しいもんだ。その情報も信用できるかどうかも分かったものじゃないし」
「当然だな。敵の情報を信用する者などおりはしない。だがお前達は今のブラッド・レクイエムについて何も知らない。知らなければ対策の立てようもない。なら、信用できない情報でも聞いておくいた方がいいに決まっている。違うか?」
「…………」
ジークフリートの言葉を聞くヴリトラは何も言わずに黙り込む。確かにジークフリートの言う通りだ。今のヴリトラ達はブラッド・レクイエム社について何も知らない。ジャンヌが死に、ジークフリートが新たな総帥になった事で組織の方針や目的も変わったのだ。
そんなブラッド・レクイエム社に情報の無い状態で戦いを挑むのは危険すぎる。少しで戦えるようにヴリトラはジークフリートの話す情報を聞いておく必要があったのだ。
「では、早速話させてもらおう」
黙り込むヴリトラを見てジークフリートは説明を始める。今自分のいる場所に向かって敵が近づいてきているにも関わらずとても冷静な様子だった。
「私達は今、帝国領内のある場所に隠されている移動要塞を拠点としている」
「移動要塞?」
「そうだ。我々がこの世界に来た時から製造していた『侵略移動要塞アレクサンダー』」
「アレクサンダー……」
ブラッド・レクイエム社の拠点となっている要塞の名前を聞いたヴリトラは小さな声で呟く。するとジークフリートは懐から一枚の紙を取り出してそれをヴリトラに向かって投げた。
投げられた紙をキャッチしたヴリトラはその紙を見る。ラピュスもヴリトラの隣で紙を覗く。それは一斉隻の戦艦を写した写真だった。
写真に写されている戦艦はアメリカ海軍の戦艦として使われていたミズーリ号に似た形をしている。大きな主砲に無数の対空機銃、そしてミサイルポットなどかなりの重武装だ。ただ、ミズーリと大きく違うのは、船体の側面に巨大なキャタピラと船主に鋭い槍状の衝角が取り付けられている事だ。
「何じゃこりゃ? 戦艦にキャタピラと衝角が付いてやがる」
「まさか、これが移動要塞アレクサンダーなのか?」
「その通りだ」
写真を見るヴリトラとラピュスにジークフリートが低い声で話しかけた。二人は写真からジークフリートに視線を向けてジッと彼を見つめる。
「アレクサンダーには城壁突破の為の衝角を始め、多くの武装を施してある。しかも機械鎧に使われている電磁シールド発生装置も取り付けられており、防御も完璧だ。そして、アレクサンダーにはDM発射砲も取り付けられている」
「成る程、エクセリオンとグランドアヴァロンをふっ飛ばしたDMもこのアレクサンダーから撃ったって事か」
「そういう事だ。だが、そのアレクサンダーには更に素晴らしい装置が取り付けられている」
「素晴らしい装置?」
ラピュスが訊き返すと黙ってジークフリートの話を聞いていたブリュンヒルデが前に出て、髪をなびかせながら口を開いた。
「次元空間転移装置だ」
「次元空間転移装置……ッ! まさか、ユートピアゲートを!?」
「そうだ。アレクサンダーはユートピアゲートを発生させて、アレクサンダーその物をジークフリート様達のいた世界、地球へ移動させる事ができるのだ」
「何だって!?」
驚きのあまりラピュスは思わず声を漏らす。勿論ヴリトラも同じだった。
ヴリトラは驚きの表情を浮かべながら写真のアレクサンダーを見つめる。写真に写されているアレクサンダーは森の中で停止している。木の大きさからしてアレクサンダーの大きさは戦艦ミズーリ号とほぼ同じ、そんな巨大な物体を転送できるほどのユートピアゲートを作り出す事ができるなど、信じられなかった。
信じられないと言いたそうな顔をするヴリトラとラピュスを見てジークフリートは目を赤く光らせる。そして驚くべき事を口にした。
「現在、次元空間転移装置は調整中でまだ完成はしていない。だが、完成すればブリュンヒルデの言った通り、アレクサンダーを丸ごと地球へ転送する事ができる。そうなれば、我が社の機械鎧兵士を始め、この世界で手に入れた大勢の幻影黒騎士団や機械鎧怪物も地球へ送られ、地球で暴れまわるだろう。……文字通り地球は地獄の戦場と化すのだ!」
「馬鹿なっ! そんな事をしたら……」
「そうだ、歴史上最大の混乱が引き起こされるだろう。最悪、地球に存在する全ての国家が秩序を無くし、国中で大規模な紛争やテロが起こる。そして、その国は完全に崩壊してしまう。それが何年も続けばいつかは地球は死の星となるだろうな」
「何の為にそんな事を!?」
「言っただろう? 私の目的は機械鎧兵士を必要とする世界とその秩序を作る事だと。地球の至る所でテロが起これば我々機械鎧兵士を必要とする者が現れる。崩壊しかかっている政府、政権を手に入れるよとする反政府軍、そして欲望のままに暴れるテロリスト。依頼人などいくらでも湧いて出て来る。私達は常に必要とされ、いつかは機械鎧兵士を持つ者がその世界で生きる事ができる世界へと変わるのだ。そして、私達機械鎧兵士はその世界で世界の舵取りをする重要な存在と見られる」
自分の理想や目的を誇らしげに語るジークフリートをヴリトラは鋭い目で睨み続ける。自分達の存在を崇めさせる為、居場所を作る為に地球の秩序を壊そうとするジークフリートの考え方が納得できないからだ。
「……仮にお前の言う機械鎧兵士が必要とされる世界と秩序を作ったとしても、何年も争いが続けばいつかは地球の人達は生きる気力を無くし、地球はいつかお前の言う死の星になっちまうんだぞ? そうなったら秩序もくそもない、誰も地球で生きていく事もできず、機械鎧兵士も必要とされなくなるんだ。それでもお前はそんな秩序を地球に作るって言うのか!?」
「地球が滅びれば再びこのファムステミリアに来ればいい。そして、この世界に地球に作ったのと同じ秩序を作るのだ。幸いこの世界は地球と違って自然が多く残っている世界だ。地球の様に地球温暖化、汚染物質による自然破壊、滅びへ向かっている地球と違い、この世界は長く生きる事ができる。地球よりも長い間、秩序を保つ事ができるのだ」
ジークフリートの言葉は地球が滅びてもその時はファムステミリアにまた同じ秩序を作ればいいと言っている事になる。一つの世界が滅んでも何も感じず、別の世界でまた秩序を作ればいいというジークフリートにヴリトラは更なる怒りを感じていた。
「……自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「勿論だ。機械鎧兵士が必要とされている世界、機械鎧兵士達が生を感じる事のできる理想的な世界を作ろうとしているのだ」
「違う! お前は世界の破滅に導こうとしているだけだ! 世界で戦争が起これば罪の無い人達が大勢命を落とす。そしてそこから大きな憎しみや怒りが生まれてより多くの人が命を落とす。争いは憎しみの連鎖を生むだけだ。そこに機械鎧兵士を送ってより争いを過激にすればもう人々は後戻りできないくらい憎しみ合う事になる。そんな世界を作る事に何の意味があるんだ!」
「意味ならある。誰かが犠牲になればそこから人は新しい道を生み出す。そしてそれは可能性へと繋がる。争いや間違いを犯してこそ人間は成長するのだ。それはこれまでの歴史が証明している」
「確かに人は失敗から何かを学んで成長する生き物だ。だが、お前の作った機械鎧兵士が必要とされる世界から何かが学べるとはとても思えない!」
ヴリトラは声を上げながらジークフリートの求める秩序からは何も得られず、失うばかりだと訴える。機械鎧兵士が必要とされる世界を作っても争いはより激化し、傷つく者が増えるだけだとヴリトラは感じていた。ヴリトラはジークフリートの計画を阻止しようという事しか考えていない。
緊迫した空気の中、ヴリトラはジークフリートを指差して鋭い眼光で睨む付けながら言った。
「俺はお前の計画を絶対に阻止する! 俺達機械鎧兵士のせいで罪の無い人達が死ぬ世界なんて見たくないからな!」
「……そうか、残念だ。同じ元素兵士計画の対象に選ばれたお前なら、俺の理想を理解してくれると思っていたのだがな」
これ以上話しをしても無駄だと感じたのかジークフリートはガッカリした様な声を出す。ブリュンヒルデもジークフリートの考えを理解しないヴリトラとラピュスを哀れむ様な目で見つめている。
話が終わり、ヴリトラとラピュスはジークフリートとブリュンヒルデを捕縛する為に森羅とアゾットを構えた。武器を構える二人を見てブリュンヒルデも構えるが、ジークフリートは腕を組んでジッと二人を見ているだけだった。
「……どうした、構えないのか? もうすぐ此処にニーズヘッグ達が来るんだぞ?」
「フッ、私達はいつでも逃げられる。だったら、お前の仲間達が来るまで少しだけ相手をしてやってもいい」
「随分とナメられたもんだな。俺もラピュスも一年前とは違うんだぞ?」
挑発するような口調で言うジークフリートを見てムッとするヴリトラは森羅を両手でしっかりと握りながらジークフリートを睨み、ラピュスもブリュンヒルデを見つめながらアゾットを構えている。
「……ブリュンヒルデ、お前に訊きたい事がある」
「何だ?」
「なぜお前はジークフリートの計画に加担する? ソイツはお前の父と兄を死に追いやり、帝都を破滅へ導いたブラッド・レクイエムの人間なのだぞ?」
「私はジークフリート様によって強い力を得た。そしてジークフリート様の求める秩序と世界に感動し、その手助けをすると誓ったのだ。そもそも私は当時の帝国のあり方に疑問を抱いていた。この大陸で最大の国家と言われながらも父上は静かに暮らす事を望み、何もしようとしなかった。そしてギンガムが皇帝になり、更に帝国が狂ってしまった時に私は帝都に対して完全に興味が無くなったのだ。その時に私は決めた。帝国の皇女グリセルダとしての名を捨て、機械鎧兵士ブリュンヒルデとしてブラッド・レクイエム社と共に生きると」
「祖国を捨て、更に人間である事まで捨てるなんて、お前はどうかしている!」
「ラピュス・フォーネ、お前の様な女に理解してもらうとは思わない。それに私は私が正しいと思った道を歩むと決めただけだ。生き方にまで文句をつけられたくないな」
「クッ! お前もジークフリートと同じ、何を言っても無駄という事か」
ブリュンヒルデまでジークフリートと同じ考え方をしており、何を行っても無駄だと感じるラピュスは呆れ顔でを見せる。もはやジークフリートとブリュンヒルデを止めるには言葉ではなく、力で止めるしかないと考えた。
ヴリトラとラピュスは自分達の衣文を構え、ジークフリートとブリュンヒルデがどう動くかを警戒する。そしてしばらく考えた後、ヴリトラとラピュスは同時に地面を蹴り、ジークフリートとブリュンヒルデ向かって跳んだ。
「ハアアアアァッ!」
ジークフリートを真正面から森羅で切る掛かるヴリトラ。ジークフリートは腕を組んだまま動こうとしない。森羅の刃がジークフリートの頭部を近づき、アーメットを切り捨てようとした時、突如ジークフリートの頭部の側面に薄い水色の光の板が現れて森羅の刃を止めた。
「チッ! 電磁シールドか!」
「私が電磁シールドを機械鎧に内蔵していた事を忘れたか? この電磁シールドの出力は強力だ。例えロケットランチャーを撃ち込んでも私に傷を付ける事はできん」
電磁シールドの防御力を目にしてヴリトラは舌打ちをする。だが、いくら攻撃が通用しないからと言って諦める訳にはいかない。ヴリトラは少しでも隙を作る為に森羅でジークフリートに連続切りを放つ。
森羅と電磁シールドがぶつかる度に火花と金属音が響く。力一杯森羅を振るヴリトラと腕を組んだまま余裕の態度を取るジークフリート。その光景はまるで大人が自分よりも力の劣る子供を見下している様に見えた。
ヴリトラがジークフリートに猛攻撃をしている隣ではラピュスはアゾットでブリュンヒルデに攻撃をしていた。両手で勢いよくアゾットを振るラピュスの攻撃をブリュンヒルデは二本の短剣を両手に持ち、それでラピュスの攻撃を全て防ぎながら後ろへ下がっている。一見、ラピュスが押している様に見えるが、ブリュンヒルデは冷静な表情で全ての攻撃を受け止めていた。
「どうした? 超振動の騎士剣で攻撃しているのこの程度か?」
「ううぅ! ナメなるな!」
ラピュスは両手に力を入れて更に重い一撃で攻撃する。だがその一撃も短剣で軌道を逸らされてしまい、ブリュンヒルデにはかすりもしなかった。
「なっ!?」
小さな短剣で自分の渾身の一撃を逸らしたブリュンヒルデに驚きを隠せないラピュス。
ブリュンヒルデは機械鎧兵士になる前は帝国の殲滅姫と言われ、数人のBL兵を数分で倒すほどの実力を持った姫騎士だった。その時の戦闘技術はいまだに健在で、更に機械鎧兵士になった事でより強くなったのだ。ラピュスの一撃をかわすなど簡単だった。
驚いて隙を見せているラピュスにブリュンヒルデは短剣で反撃する。ラピュスはハッとしながら咄嗟に後ろへ跳んで短剣を回避する。数mの距離を取り、アゾットを構えながらブリュンヒルデの出方を待つラピュス。そんなラピュスをブリュンヒルデは黙って見つめている。
(……あんな小さな短剣だけで私の騎士剣を受け流すとは、流石は帝国の殲滅姫と言われていた姫騎士……一筋縄ではいかないか……)
ブリュンヒルデの強さを知り、戦い方を変えようとアゾットを構え直すラピュス。一方でブリュンヒルデは少々退屈そうな顔でラピュスを見ていた。
(フム……ジャンヌを追い込んだ相手だからどれ程の者かと思っていたのだが、この程度とはな。あの時はアレクシアの力を借りて戦っていたからまぐれで勝利できたのだろう)
思った以上にラピュスの力が弱い事を知ってガッカリしたのかブリュンヒルデは小さく溜め息をついた。そんなブリュンヒルデを見てラピュスは馬鹿にされていると感じたのかムッとする。
一方、ヴリトラはジークフリートへの連続切りを今も続けている。だが電磁シールドは破れず、ヴリトラの体力だけが削られていき、今では森羅を振る力もかなり弱くなっていた。
長時間森羅を振り続けて腕に負担が来たのか、ヴリトラは後ろへ跳んで距離を取り、腕を休める事にした。息を乱しながら腕を組んでいるジークフリートを見てヴリトラは一撃も攻撃を与えられなかった事を悔しがる。
「フフフフ、だから言っただろう。お前では電磁シールドを破る事はできないと」
「……フン! なら内蔵兵器を使って攻撃するだけだ!」
ヴリトラは左腕を上げて内蔵されているマイクロ弾をジークフリートに撃ち込もうとする。ロケットランチャーでも破る事はできないと言われた電磁シールドだが、通常のロケットランチャーよりは威力が高いマイクロ弾なら通用するかもしれないと考えたのだ。
近くで戦っているラピュスを巻き込まないように計算し、ヴリトラはマイクロ弾を撃とうとした。すると、遠くから男の声が聞こえてヴリトラはフッと声の聞こえる方を向いた。するとニーズヘッグは七竜将のメンバー全員を連れて戦死者墓地に入ってくる姿が目に入り、ヴリトラは増援の到着に笑みを浮かべる。
ジークフリートはニーズヘッグ達が来たのを見てつまらなそうな態度を取り、ブリュンヒルデの方を向く。
「ブリュンヒルデ、時間切れだ。引き上げるぞ!」
「……ハイッ!」
返事をしたブリュンヒルデはラピュスを警戒しながらジークフリートの隣まで跳んで短剣を鞘に納める。ラピュスもヴリトラと合流し、ジークフリートとブリュンヒルデを見つめた。
「残念だが時間切れだ。この続きは次に会った時にするとしよう」
「逃がすと思っているのか?」
「フッ……どこかで聞いた台詞だな。勿論、お前達が逃がすとは思っていない。だから、全力で逃げさせてもらうぞ」
そう言ってジークフリートはヴリトラに向かって何かを投げる。それは筒状の手榴弾でそれを見たヴリトラはラピュスの腕を引き、彼女を抱きしめながら倒れてラピュスの上になり爆発から守ろうとした。だが次の瞬間、手榴弾は爆発せず、代わりに強烈な光を放ち、ヴリトラとラピュス、そしてやって来たニーズヘッグ達の目をくらませた。
「ううぅっ! 閃光弾かっ!?」
強烈な光にニーズヘッグは声を上げた。しばらくすると光が消え、視界が少しずつ戻ってくる。そして視界が元に戻って周囲を見回すと、そこにはジークフリートとブリュンヒルデの姿は無かった。
「クソォ、また逃げられたか……」
三度もジークフリートに逃げられた事を悔しく思いながらニーズヘッグは歯を噛みしめる。
リンドブルム達は倒れているヴリトラとラピュスの下に駆け寄り、怪我はないかと心配する。二人は怪我が無い事をリンドブルム達に伝えてゆっくりと立ち上がる。そしてジークフリートとブリュンヒルデが立っていた場所を見つめた。
「……奴等、とんでもない事を始めようとしやがる」
「このままの放っておいたら大変な事になるぞ?」
「ああ、絶対に止めないといけない」
ヴリトラとラピュスはジークフリートの企みを必ず阻止すると誓い、拳を強く握る。それから二人は遅れて来たニーズヘッグ達にジークフリートから聞かされた話を全て話した。




