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機械鎧(マシンメイル)は戦場を駆ける  作者: 黒沢 竜
第十八章~決別の帝国~
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第三百十六話  戦場の秩序 アレクシアの教え


 帝国で緊迫した空気が漂い出す。貴族や騎士から信頼を失っていくギンガムを利用する為にジャンヌは彼に力を貸し続ける。だが、ジャンヌの見えない所でも彼女が想像もしていない事態が動き出していた。

 ドリュフスの町を制圧した同盟軍は戦力を補充し、しばしの休息を取っていた。前の戦いで戦力を失っただけでなく、兵士達も激しい戦闘で神経をすり減らしている。そんな彼等を万全な状態にする為に少しでも体を休める事にしたんだ。

 町の集会場ではヴリトラがアレクシアとガバディアの二人と一緒に次の帝都での戦いの作戦を練っていた。三人以外にも数人の隊長と思える騎士達の姿もあり、その中にはヴリトラの付き添いで来たラピュスとニーズヘッグの姿もある。


「今日の夕方には首都から補充の為の部隊が到着するはずです」

「そうですか。では、部隊が到着次第、帝都に向かいましょう」


 失った人員を補充する為の部隊がもうすぐ到着する事をガバディアから聞いたアレクシアは戦力が整い次第、帝都に向かう事をガバディア達に話す。

 いよいよ帝国の本拠地である帝都に攻撃を仕掛けるという事から周りの騎士達の顔には緊張と不安が浮かんでいる。ヴリトラ達はそんな騎士達の顔をチラッと見た。


「……ヴリトラ、皆、緊張してるみたいだが」

「無理もないさ。もうすぐ帝都に攻撃を仕掛けるんだ。今までとは比べ物にならないくらい激しい戦いになる。しかも帝都にはブラッド・レクイエムの主力部隊も待機しているんだからな」


 騎士達を不安にさせないように小声で会話をするラピュスとヴリトラ。二人の隣ではニーズヘッグも不安そうな顔をしている騎士達を見ていた。


「今までの帝国内の拠点ではブラッド・レクイエムの僅かな戦力しか配備していなかった。だけど、今度は違う。他の拠点に回していない分、帝都にはとんでもない位の戦力が配備されているはずだ」

「とんでもない戦力?」


 どれだけの戦力が配備されているのか分からないラピュスは小首を傾げる。すると今まで騎士達を見ていたニーズヘッグが二人の会話に参加して来た。


「……恐らく、戦車や攻撃ヘリ、そして前に戦った機械鎧怪物や巨兵機械鎧が配備されているはずだ」

「そんな……それじゃあ、帝都には帝国の軍隊全てがいる様なものじゃないか」

「そうだ。それ考えて戦わないといけないくらい、今度の戦いは厳しいんだ。下手をすれば俺達七竜将の中からも戦死者が出るかもしれない」


 小声で七竜将からも戦死者が出ると言ったニーズヘッグを見てラピュスの顔に緊張が走る。それを見たヴリトラは困った様な顔でニーズヘッグの方を向いた。


「おいおい、ラピュスまで緊張させてどうするんだよ?」

「あり得るから話しただけだ。今回の話はそれだけ危険なんだからな」

「それはどうだけど、もう少し言い方ってもんがあるだろう」

「人間、死ぬ時は必ず死ぬ。戦場に出ている者であればいつ死んでもおかしくない。それはどの世界でも当然の事だろう」


 真剣な表情で戦場の厳しさを話すニーズヘッグをヴリトラは困り顔のまま見ている。

 戦場は常に命のやり取りをする場所だ。流れ弾に当たって死ぬ者もいれば敵の暗殺者によって殺される場合もある。戦場では死は突然やって来る為、常に命を落としたり、仲間が死ぬ覚悟をしておかなければならなかった。


「戦場に出ている以上は必ず命を落とす事を覚悟しておかなければならない。そうしないと戦場で冷静な判断とかができなくなってしまい、更に死ぬ可能性を高めてしまうからな。それは仲間が命を落としてしまう時も同じ事だ」


 ニーズヘッグの言葉を聞いたラピュスは戦死したアリサの事を思い出す。彼女も戦場で命を落とし、それを目にした自分は一瞬現実を受け止めきれずに呆然としていた。その結果、危うくブラッド・レクイエム社の攻撃で命を落とすところだったのだ。

 小さな油断と心の乱れが生死を分ける。その重大さを思い出したラピュスは一度深呼吸をして心を落ち着かせる。そしてヴリトラとニーズヘッグの方を見た。


「そうだな、死を覚悟しておかなければ冷静さを失い、自分だけでなく仲間すらも危険な目に遭わせてしまうかもしれない。戦場では死や危険な状況になる事を覚悟しておかなければならないな」


 さっきまでの緊張した様子がなくなり、決意の籠った表情を浮かべるラピュスを見てヴリトラとニーズヘッグは少し意外そうな顔を見せた。


「へぇ? お前がそんな事を言うとはちょっと意外だな」

「んん? 失礼だぞ。私だってお前達と出会う前はレヴァート王国の姫騎士だったのだ。戦場の恐怖や死の恐ろしさぐらいは理解しているつもりだ」

「その割にはさっきまで驚いた顔をしていたようだけど?」


 ニッといたずらっぽく笑うヴリトラにラピュスは少しだけ顔を赤くし、照れながら目を逸らした。


「し、しばらく追い込まれる事が無かったから、死の恐怖を忘れていただけだ……」

「ハハハ、そうか」

「いや、笑い事じゃないだろう。戦場で死の恐怖を忘れる事は一番危ない事なんだからな?」


 ラピュスを見て笑うヴリトラにニーズヘッグはジト目でツッコミを入れた。

 三人の会話する姿を見ていたアレクシアは小さく息を吐いた後にガバディアや騎士達の方を向いた。


「皆さん、この戦いは今でとは比べ物にならないくらいの激しい戦いになるでしょう。ですが、この戦いに勝利すれば帝国とブラッド・レクイエムの脅威からこの大陸を守る事ができます。今日までの戦いで私達は多くの仲間を失いました。そして今度の戦いでもまだ犠牲が出るでしょう」


 アレクシアの真剣な顔を見ながらガバディア達は黙って話を聞いている。勿論ヴリトラ達も同じように聞いていた。

 全員の視線を浴びる中、アレクシアは表情を変えずに話を続ける。その目は鋭いが全てを見透かす様な目をしており、部屋にいる全員がその目を見ていた。


「犠牲は避けられません……ですが、これだけは忘れないでください。死ぬ事を恐れないのは決して強さなどではありません。死に恐怖し、その恐怖と向かい合い、戦場で生き残る事こそが真の強さと言えます。次の戦いは厳しく、今まで以上の恐怖を感じるでしょう。ですから皆さんも敵に恐怖する事は恥じる事はありません。生死を分ける戦場で敵に恐怖を感じるのは当たり前の事なのですから」


 アレクシアの言葉に騎士達は意外そうな顔を浮かべる。そこにはさっきまでの激戦を前に浮かべた不安は一切見られなかった。


「……フフ、と言っても今のは私が軍人だった時に教わった事です。この世界の方々にはあまりピンと来ないかもしれません。ですからあまり深く考えないでくださいね?」


 さっきまで真剣な顔をしていたのにいきなり微笑むアレクシアを見て拍子抜けの顔になるガバディア達。そんなガバディア達を見てヴリトラ達はクスクスと笑っている。

 ヴリトラ達はクスクスと笑っていると、扉をノックする音が聞こえ、一同は一斉に扉の方を向いた。


「どうぞ」


 アレクシアが返事をすると一人のTR兵が入って来てアレクシア達に向けて敬礼をした。


「報告します。ティムタームからの増援部隊が先程到着しました」

「来ましたか」

「増援として合流した三個大隊を急いで各部隊に編成させており、あと一時間ほどで完了します」

「分かりました。完了次第、帝都エクセリオンへ向かいますので皆にそう伝えてください」

「ハッ!」


 TR兵は素早く部屋を出て仲間達にアレクシアの指示を伝えに向かう。ヴリトラ達は増援が着き、いよいよ帝都に向かう事を知り、表情に鋭さが戻る。

 

「お聞きした通り、増援が到着しました。一時間後には編成も完了し、出発の準備が整います。皆さんもそれぞれご自分の部隊の編成と準備を進めてください」

「分かりました。同盟軍の方は私どもでやっておきます」


 ガバディアがアレクシアの方を見て頷き、他の騎士達も一斉に頷いた。


「ヴリトラ、貴方達も皆に出発の準備をさせて。武器や弾薬のチェックを欠かさずにやっておきなさい」

「分かりました」

「それと、今度の戦闘では私も貴方達と一緒に最前線で戦います」

「えっ? 師匠もですか?」

「今度の戦いはジャンヌも動くはずです。彼女との決着は私自身の手で付けます」


 ジャンヌとの決着をつける為に最前線で戦うと言うアレクシアにヴリトラは驚きの表情を浮かべる。今まで指揮官として各部隊に指示を出してきたアレクシアがいきなり最前線に出ると言い出すのだから驚くのも無理はなかった。

 アレクシアがジャンヌとの決着をつけると言うのを聞いたラピュスは目を閉じながら俯き何かを考え込む。そして、何か答えを出したのか目を開きながら顔を上げてアレクシアに近づいた。


「……アレクシアさん、お願いがあります」

「ん? 何ですか?」

「実は……」


 ラピュスは自分の考えをアレクシアに全て話した。ラピュスの話を聞いたアレクシアは少し意外そうな表情を、ヴリトラとニーズヘッグは驚きの表情を浮かべる。ラピュスが話したのはヴリトラ達が予想もしていなかった事だったのだ。


――――――


 一時間後、TR兵の言った通り、増援部隊の編成が終わり、同盟軍は出発の準備を進める。ドリュフスの町の前にはガバディアが乗る馬を先頭のジージル達隊長の騎士達、彼等が率いる部隊、そしてその後ろにヴリトラ達の乗る装甲車やタイカベル・リーベルト社の車両がズラリと並んでいた。

 町の前に並んでいる大部隊を見てドリュフスの町に残る防衛部隊の兵士達は目を見開きて驚いている。これから彼等が敵の本拠地である帝都に向かい激戦を繰り広げる事に緊張しているようだ。

 ガバディアは後ろを向いて全ての部隊が集まっているのを確認すると前を向き、腰に納めてある騎士剣を抜いて前を指した。


「これより我が隊は帝都エクセリオンに向かう。全体、進めぇ!」


 ガバディアの合図を出すのと同時に馬を走らせ、ジージル達が乗る馬もそれに続き走り出す。

 前が動くのを見てヴリトラ達が乗る装甲車やタイカベル・リーベルト社の装甲車、輸送トラック、90式戦車、ジープもそれに続いて走り出す。そしてドリュフスの町の外で待機していたコブラやチヌークも一斉にプロペラを回して上昇し、空から部隊の後を追った。

 既に空はオレンジ色の夕焼けになっており、夕日に照らせれる同盟軍の大部隊は帝都に向かって進軍する。それはこれから始まる激戦の前兆を物語っていた。


「いよいよ始まるんだな。帝国と最後の戦いが……」


 装甲車の後部座席に座っているラピュスは真剣な表情で低い声を出しながら言う。周りにはヴリトラ、リンドブルム、オロチの姿もあり、運転席にはジャバウォック、助手席にはアレクシアが座っていた。


「帝都に着いたらまずはどうするんだ?」

「帝都には四つ入口があり、その四つの門から同時に進撃を開始する。既に帝都の周りにある町は全て制圧してそこを拠点にしていた同盟軍の部隊が一斉に帝都へ向かっている」


 ヴリトラは自分の持っている地図を広げてラピュス達に見せる。

 地図には帝国領にある町や村が細かく書かれており、ヴリトラは地図の中心に描かれてある帝都とその周りにある町を指差して説明を始めた。


「帝都と周りにある町にはそれぞれを繋ぐ一本道があり、どの町からでも必ず帝都へ行けるようになっている。各町から帝都に向かっている同盟軍は東西南北の四方向から一斉に攻撃し、帝都の戦力を分断させながら一気に攻めていく。いくら帝都の戦力が大きくても四つの門を一斉に攻撃を仕掛けられればひとたまりもない。四つの門の全てに平等に戦力を送ったとしても必ずどれか一つの門の戦力が低下していき、いつかは崩れる。そうなれば帝国への侵入路は確保できるって訳だ」


 できるだけ分かりやすいように説明するヴリトラの話をラピュス達は黙って聞いている。帝都は帝国最大の都市だけあって人口も領土も他の町とは比べ物にならないくらい大きい。そうなれば町を出入りする為の門も多く、全ての門に敵の進攻を抑えるだけの戦力を送るのは難しい。そこから生まれる隙を突いて攻める事が同盟軍の考えた作戦だった。

 話を聞いていたラピュスは帝都の四つの門を見ながら難しそうな表情を浮かべていた。


「……私達はどの門を攻撃するのだ?」

「ん?」

「ドリュフスの町を攻略した時の様に七竜将全員で下水の様な裏口から潜入して一気に城を叩くのか? それとも戦力を四つに分けて攻めるのか?」

「それは……」


 ヴリトラは七竜将の役割を話そうとする。すると、助手席にいたアレクシアがさり気なく会話に参加して来た。


「今回は戦力を分けたり、裏口から潜入したりなどはしませんよ」

「え?」


 アレクシアの口から出た言葉にラピュスは意外そうな顔で声を漏らす。

 ヴリトラ達も一斉にアレクシアの方を向き、運転しているジャバウォックも前を向いたまま目だけをアレクシアの方に向けている。


「アレクシアさん、どういう事だい?」

「僕達はどうすればいいんですか?」


 ジャバウォックとリンドブルムが尋ねるとアレクシアは前を見たままゆっくりと口を開き説明を始めた。


「私達は空から帝都に侵入します」

「「「「「……えっ!?」」」」」」


 ヴリトラ達は予想外の言葉に思わず声を揃えて訊き返した。全員、地上から帝都に攻め込むのとばかり思っていたので、空から侵入する事が頭からスッカリ離れていたのだ。


「空から、ですか?」

「なぜ……?」


 なぜ空から侵入するのかを尋ねるヴリトラとオロチ。アレクシアはオレンジ色の空を見ながらその理由を話す。


「私達が町へ着く頃にはもう夜になるわ。夜になれば例えプロペラ音を聞かれても暗くてヘリを発見される可能性が低いからね。同盟軍と我が社の主力部隊が地上から敵を引き付けてくれている間に私達と一部の部隊が町へ侵入し城を制圧するという作戦よ」

「ですが、敵もアパッチやヴェノムを空に飛ばして来るでしょうし、帝国の飛竜部隊もいます。空からの侵入は逆に危険なんじゃないですか?」

「勿論、私達が侵入できるよう、護衛にコブラやオラクル共和国のグリフォン空撃隊も付けるわ。彼等が敵の空中戦力を抑えてくれている間に侵入します」

「それでも帝都には対空用に高射砲や対空機銃なども設置されているはずです。やっぱり空からの侵入はやめた方が……」


 ヴリトラは何とかアレクシアを説得しようとする。するとアレクシアは真剣な顔で後部座席の方を向き、ヴリトラ達をジッと見つめた。


「戦いに安全に作戦など無いわ。どんな戦場で戦う事になっても、どれだけの戦力差で戦う事になっても戦場では必ず兵士に危険はついて来る。私達はそういう世界で生きているの。分からない貴方達ではないでしょう?」

「そ、それはそうですか……」

「安全な作戦があるなら私だってその作戦を選ぶわ。だけど、そんな作戦が存在しないのなら危険な作戦を選び、命を賭けるしか方法は無いわ」


 アレクシアが語る戦場の厳しさを聞き、ヴリトラ達は黙り込む。長い事、戦場に足を踏み入れて来た自分達なら分かっていた事をアレクシアに改めて教えられた。

 ヴリトラ達は自分達がまだ戦場の厳しさを全て理解できない未熟者である事を思い知り、心の底から反省した。

 反省するヴリトラ達を見たアレクシアは再び前を向き、ジッと前を走る同盟軍を見つめる。


「……いいですか、皆さん? 私達は戦士である以前に人間なんです。神様ではありません。人間が人間との戦いに勝つには命だろうと運だろうと、賭けるしかないんです。それを忘れないでください」


 自分達は人間、だから確実に勝つてるなどという保証はない。安全に敵に勝つ方法などない。アレクシアは機械鎧兵士である七竜将の自分達が何者なのかを思い出させるように語り、それを聞いたヴリトラ達はアレクシアを見た後に仲間達の方を見て小さく頷き合った。

 帝都へ出発するヴリトラ達は道中で戦場の常識と大切な事をアレクシアから聞かされた。自分が何者でどうやって戦うのが一番良いのか、その事がヴリトラ達に戦場の厳しさを思い出させる。ヴリトラ達は自分達がまだまだ修行不足である事を実感しながら帝都へ向かうのだった。


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