第三百十話 上下する士気 決戦の地へ
ジャンヌ達から大量破壊兵器デガルベルミサイルの存在を聞かされたヴリトラ達。ジャンヌが求める戦いの無い平和な世界の秩序を作る為に動くブラッド・レクイエム社にアレクシアは改めて決意した。平和の為に敵を力で押さえつけるジャンヌの考えは間違っている、そしてそれを必ず止めてみせると。
ティムタームに戻ったヴリトラ達はベルバムト平原での話し合いの内容をヴァルボルト達に伝える。謁見の間でアレクシアから話を聞いたヴァルボルトや貴族達は驚きを隠せずに愕然とした表情を浮かべた。
「そ、それは誠か……?」
「ええ、間違いありません。本人の口からききましたので……・」
ヴァルボルトはアレクシアから聞かされたDMの存在を再確認し、その質問にアレクシアは無表情で頷きながら答えた。
周りにいる貴族達は町一つを軽々と消し飛ばせるだけの威力があるDMの存在にざわつき出す。無理もない、町を消し飛ばせる兵器を敵が持っているのだから。
「一体、我々はどうするればよいのだ? 町を破壊する手段を持つい相手にどう戦えば……」
「投降するしかないだろう。もしこの町にそのDMと言う物を使われたら……」
「馬鹿を言うな! それでは我が国や他の三国は帝国の支配下に置かれる。そして、以前のオラクル共和国と同じ扱いをされるのだぞ!?」
「そうだ! それにここで投降したらこれまでに戦死した者達はどうなる? 犬死になってしまうのだぞ?」
「しかし、強大な力を持つ者達に立ち向かう術など我らには……」
「何を言っている。タイカベル・リーベルトと言う強い味方がおるではないか」
「じゃが……アレクシア殿を前に失礼だが、彼等の力を借りてもブラッド・レクイエムには……」
それぞれ意見を述べる貴族達。徹底抗戦を上げる者、投降する者と全くまとまっていない。そんな貴族達を見てその場にいるヴリトラ達は七竜将は呆れた様な顔を浮かべている。
アレクシアはヴァルボルトを見たまま黙っており、ヴァルボルトはまとまりのない貴族達を見てヴリトラ達の様に呆れた様な顔をしている。
「皆、落ちつけ。まずはアレクシア殿の意見を聞いてみよう」
ヴァルボルトは直接話をして来たアレクシアの意見を聞こうと貴族達を黙らせた。
謁見の間が静かになると、アレクシアは自分の考えをヴァルボルト達に説明し始める。
「皆さんは驚かれていらっしゃいますが、ジャンヌ達はDMを次の帝国軍との戦いでは使わないでしょう」
「なぜそう言えるのかね?」
「本人の口から聞いたからです」
「しかし、敵がこちらを油断させる為に嘘をついたと言う可能性もあるのですぞ?」
「それはありません。私は彼女の事を、ブラッド・レクイエム社の女王の事をよく知っています。彼女は世界の常識には従いませんが自分の決めたルールには従います。自分がこう問い決めた事は決して変えない固い意志を持っているのです」
「そ、そうなのですか?」
「ええ、ですから彼女が次の戦いでDMを使わないと言えば絶対に使いません。ただ、帝国との戦いが終われば容赦なく使うでしょう」
アレクシアの口から帝国との戦いの間は使わないが、戦いが終われば容赦なくDMを使うと言う事にヴァルボルト達の表情が再び驚きの表情へと変わった。
「そ、それでは例え帝国との戦いに同盟軍が勝利しても意味無いではないか」
「ですから、帝国との戦争中にブラッド・レクイエム社を壊滅させるのです」
「えっ?」
アレクシアが予想外の言葉を口にし、ヴリトラは思わず声を漏らす。ヴリトラだけでなく、周りにいるラピュス達やヴァルボルト達も驚いていた。
「師匠、それってどういう意味ですか?」
「言った通りよ。同盟軍が勝利するには帝都を落とす事が絶対条件。きっと、いいえ、間違いなく帝都にはブラッド・レクイエムの部隊も駐留しているはず。その中には必ずジャンヌがいいるわ。帝国を見限ったとはいえ、まだ契約は続いている。帝都でに最後の戦いが始まる時はジャンヌ自ら最前線へ出て戦うはず。勿論、ナンバー2のジークフリートもね」
「つまり、そこでジャンヌとジークフリートを倒してしまえばブラッド・レクイエム社を統率する者はいなくなり、一気に総崩れを起こす。それはブラッド・レクイエムの壊滅を意味する」
「その通り、要するに帝都で遭遇するであろう、ジャンヌとジークフリートを倒してブラッド・レクイエムと言う組織その物を倒すという事よ」
「確かに、それなら帝都での戦いが終わってもDMを使われる心配もないって事ですね」
ラピュスはアレクシアの説明を聞いて納得の表情を浮かべる。ヴァルボルト達もDMを使われずに済むと言う話を聞き、安心したのか笑みを浮かべた。
だが、ニーズヘッグとジャバウォックは幾つは腑に落ちない点があった。
「ちょっと待ってください、アレクシアさん。ジャンヌとジークフリートを倒したとしても、まだブラッド・レクイエムには大勢の幹部がいるはずです。もしソイツ等が二人の代わりに組織を統率してDMを使ってきたらどうするんです?」
「そうだぜ。ブラッド・レクイエムの幹部だ、ナンバー1とナンバー2がいなくなって自分達が次のナンバー1やナンバー2になろうって考える奴がいても不思議じゃねぇ。ソイツにDMを使われたらそれこそ大変な事になっちまう」
ニーズヘッグとジャバウォックの言葉にヴリトラ達やヴァルボルト達の表情が変わる。確かにブラッド・レクエム社は自分勝手な輩が大勢いる。トップがいなくなって自分達がトップになり替わろうと考える奴が出て来ても不思議じゃない。いや、寧ろ出てこない方が不思議と言える。
すると、二人の意見を聞いたアレクシアは自分の長い髪を直しながら首を軽く横へ振った。
「それは無いでしょう。ブラッド・レクイエムの人間はジャンヌとジークフリートの二人が支配しているからこそあそこまで統率された行動ができるのです。あの二人がいなくなれば誰も新しくナンバー1になった者に従おうとはしないでしょう」
「ジークフリートとジャンヌだからこそ、あの無法者の集団が軍隊の様に統率された動きをし、上司に従っていたと?」
「そうです。あの二人がいなくなれば誰も仲間と協力し合おうと考えません。ですから、誰かがDMを使おうとしてもDMが使われる事は無いのです」
「そ、そういう事ですか……」
「そう考えると、ジャンヌとジークフリートがどれだけカリスマ性に溢れ、ブラッド・レクイエム社の連中が仲間意識の無い連中だって事が分かるな……」
ブラッド・レクイエム社と言う組織がそんな組織なのかを知ってニーズヘッグとジャバウォックが呆れ顔になる。仲間意識の高いタイカベル・リーベルト社とはまさに正反対の組織と言えた。
ヴァルボルト達はブラッド・レクイエム者が帝国との戦いが終わった後もDMを使ってこないという事を聞いてまた安心の表情を浮かべる。
「では、次の戦いでは帝都を陥落させるのと同時にブラッド・レクイエム社の女王を倒すという事を最終目標とすればよろしいのですかな?」
「ええ、その通りです」
「よし! お前達、すぐにこの事を同盟国に伝える為に使いを向かわせよ! そしてガバディアと各部隊の指揮官を呼べ。戦略会議を執り行う!」
「「「「「ハハッ」」」」」
ヴァルボルトはすぐに貴族達に指示を出し、帝国との戦いの準備をさせる。貴族達も声を揃えて返事をし謁見の間を後にした。残されたアレクシアと七竜将は黙って出て行く貴族達を見届けており、そんな彼等にヴァルボルトが再び話しかける。
「アレクシア殿、話し合いから戻って来たばかりで申し訳ないが、貴女にはこの後に行われる戦略会議に参加して頂きます」
「ええ、構いません」
「では、戦略会議の時にはお呼びしますので、それまで体を休めてくだされ」
簡単に話を終わらせるとヴァルボルトはアレクシア達に挨拶をして謁見の間を後にした。
残ったヴリトラ達はこの後どうするかを話し合う。いつ最前線へいく事になってもおかしくない七竜将にとっては最前線に出ない間に少しでも体を休めておきたかった。
「ヴリトラ、これからどうするの?」
リンドブルムがこの後に何をするのか尋ねるとヴリトラは腰に納めてある森羅を見つめる。
「とりあえず、剣の稽古でもしようかなって思ってる」
「でも、何時最前線へ出る事になってもおかしくないから少しでも体を休めておいた方がいいんじゃないの?」
「そうよ。しかもアンタ達はジャンヌ達との話し合いから戻って来たばかりで精神的に疲れが溜まっているはず。稽古は明日にして今日はもう休んだ方がいいわ」
ケンの稽古をしようとするヴリトラを止めるリンドブルムとジルニトラ。確かにヴリトラ達は敵の幹部達と緊迫した状況でDMの事を聞かされ、疲れもストレスもかなり溜まっているはずだ。
そんな状態で剣の稽古をすれば疲れが蓄積されてイザと言う時に体がいう事を聞かなくなってしまう。それは同盟軍の主力である七竜将にとってはマズイ事だ。
「俺は平気だ。それにジークフリートやジャンヌと戦う可能性が出て来てる状態なんだから少しでも剣の腕を磨いておかないといけないだろう?」
「いくら剣の稽古をしても本番で疲れて動けなかったら意味ないでしょう?」
「そ、それはそうだが……」
ジルニトラの言葉にヴリトラは何も言い返せずに黙り込む。
七竜将の衛生兵であり、健康管理をしているジルニトラの言葉はこういう時には説得力は非常に高い。ヴリトラだけでなく、七竜将の中で最もクールな性格をしているオロチですらも健康に関する方向では異論を上げられないでいるのだから。
ヴリトラは困り顔で頭を搔いていると彼の肩にアレクシアがポンと手を置いた。
「ジルの言う通りにしなさい。最近貴方は働き過ぎているわ」
「師匠……」
「傷ついた時や疲れた時に一番いいのは眠る事よ?」
「…………」
師であるアレクシアの言葉に意見できずに黙り込むヴリトラ。衛生兵であるジルニトラと師であるアレクシアに休むよう言われてはいくらヴリトラでも何も言い返せない。
アレクシアが味方に付いてくれたのを見て、ジルニトラは小さく笑い一気にヴリトラを押す事にした。
「医療担当としての命令よ、ヴリトラ。今日は仕事の事や訓練の事を忘れて休みなさい」
「……ああ、分かったよ」
折れたヴリトラはジルニトラの言うとおりにする事にした。その光景を見たラピュス達はおかしいのかヴリトラに怒られないように小さく笑っている。
ヴリトラ達は謁見の間でアレクシアと別れて城を後にする。そして街へ行き、酒場などによって食事をしたりなどをし休息を取るのだった。
――――――
翌日の朝、七竜将はズィーベン・ドラゴンで清々しい朝を迎えていた。それはとても帝国と戦争中の国の朝とは思えないほどだった。
ヴリトラは庭に出て背筋を伸ばし、肩を軽く数回回す。そして眠気が覚めるとズィーベン・ドラゴンに戻って朝食を取る事にした。
食堂に集まった七竜将はパンやスープを静かに食し、今日の予定を話し合った。
「今日はどうする?」
「俺は師匠と一緒に城へ行って会議に参加してい来る」
「今日も? 大変だね……」
毎日のように戦略会議に参加するヴリトラを見てリンドブルムはパンをかじりながら言った。七竜将の隊長であるヴリトラは現在の帝国との戦況を常に把握し、それをリンドブルム達に伝えないといけない。最近帝国との戦いはますますヒートアップして来た為、毎日のように会議が行われていた。
会議に参加する度にヴァルボルトや貴族達と会って難しい話をする為、ヴリトラは精神的にかなりしんどい状態と言えた。
「毎日毎日貴族のお偉いさんと会って難しい話をしないといけないなんて、嫌になっちまうよ……」
「隊長なんだ、仕方がないだろう?」
サラダを口にしながら呟くニーズヘッグ。ヴリトラはそんなニーズヘッグを疲れた様な表情で見ながら頬杖を突く。
「……と言うかさ、何で会議に俺が呼ばれるんだ? こういう場合は俺じゃなくってニーズヘッグが行くべきだろう?」
「さっきも言っただろう。お前は七竜将の隊長だって。隊長なら重要な会議に参加するのは当然だろう?」
「うう……こんな面倒な事ばかりに参加するなら隊長なんてやりたくねぇよ……誰か変わってくんない?」
ヴリトラがふざけ半分で周りにいるリンドブルム達に尋ねる。するとリンドブルム達は一斉にヴリトラから視線を逸らして食事を続けた。
無言で食事を続ける仲間達を見てヴリトラは目を点にする。
「……無視ですか?」
「そんないい加減な考え方をする隊長と変わりたくないって事さ」
「そうそう」
ニーズヘッグの意見に同意するリンドブルムはパンを食べながら頷いた。ヴリトラは「やっぱりダメかぁ」と言いたそうな顔でガクッと首を下に落とす。
そんなヴリトラを無視してリンドブルム達は食事を続ける。すると、スープを飲んでいたオロチが手をピタリと止めて玄関の方を向いた。
「どうしたの? オロチ」
突然食事の手を止めたオロチを見てジルニトラが尋ねる。オロチは鋭い視線を玄関の方角に向けてジーっと一点を見つめていた。
「……客の様だ……」
「客? こんな朝早くに?」
「ああ、人数は四人だ……」
オロチが人数を低い声で言うとヴリトラやリンドブルム達は一斉に玄関の方を向く。こんな朝早くに四人の人間が尋ねて来るなんて何かあると傭兵としての感が押しているのだ。
「……オロチ、どんな奴が来たか分かるか?」
ヴリトラは真剣な表情で訪問者がどんな人間なのかを尋ねる。そこにはさっきまで会議に参加する事をめんどくさがっていたチャランポランなヴリトラはおらず、七竜将の隊長としてのヴリトラの姿があった。
オロチは耳を澄まして目を閉じる。彼女は玄関前から聞こえてくる足音から訪問者の性別や装備を調べた。しばらくして目を開き、ヴリトラ達の情報を伝える。
「四人の内、一人は軽装の女だ。残りの四人は男でそれなりの武装をしている」
「となると……考えられるのはパティーラム様と黄金近衛隊の騎士か、師匠とタイカベル・リーベルトの機械鎧兵士のどちらかだな」
「ああ、少なくともさっきは感じられない。敵ではないようだ……」
「そうか……」
「それにしても、流石はオロチだよね? 足音だけで敵の情報を掴むなんて。流石は忍者一族の末裔」
リンドブルムが笑いながらオロチを褒める。オロチはリンドブルムの方を向く事なく玄関を見つめていた。
オロチはかの有名な伊賀忍者一族の末裔で彼女の一族は古くから伝わる忍術や伊賀忍者一族の情報を受け継ぎ忍者として生きて来た。その為、人目のつかない山の中で暮らし、修行を積みながら生活していたのだ。しかしある日、オロチの一族と敵対関係にある者達によって彼女の住んでいた里は奇襲を受け、一族は全滅、オロチ一人だけが生き残った。だがそれでも彼女は両足を失い、忍者として生きる事が出来なくってしまう。そんな時にヴリトラ達と出会い、七竜将の一員になったのだ。
オロチはヴリトラ達と出会った時の事を思い出しながら玄関前にいる訪問者達がノックするのを待った。すると、訪問者達は扉をノックし、食堂に一瞬緊張が走る。
「……どちら様?」
ヴリトラが少し低い声で訪問者に問いかける。すると扉の向こうから聞き慣れた声が聞こえてくる。
「ヴリトラ、私よ」
「師匠?」
訪問者はアレクシアだった。アレクシアだと分かった事でヴリトラ達から緊張感が抜ける。ヴリトラは席を立ち、玄関へ向かうと扉を上げる。そこには護衛のTR兵を三人連れたアレクシアが立っていた。
「おはよう」
「おはようございます。どうしたんですか? こんな朝早くに」
「……仕事よ」
「仕事?」
ヴリトラはアレクシアの言葉にピクリと反応し、食堂にしたリンドブルム達も再び表情を鋭くする。昨日、ジャンヌ達と緊迫した話し合いがあり、その翌日に仕事があると言う知らせが来れば当然と言えた。
「昨日、オラクル共和国の北北西にある山が突然爆発し、その近くにあった砦が吹き飛んだようよ」
「砦が!?」
「ええ、幸いその砦は無人で犠牲者はいなかったけど、砦と爆発のあった山の山頂が跡形もなく消滅したとオラクル共和国に駐留している部隊から連絡が入ったの」
「……DM、ですかね?」
「恐らく間違いないわ」
「アイツ等、昨日の今日でいきなりDMを使って来るなんて……」
「オラクル共和国の人達はその爆発がブラッド・レクイエム社によるものだと知って完全に怯えきっているらしいわ。帝国から同盟軍へ寝返った共和国の人々に恐怖を植え付けるとの同時にDMの威力がどれ程のものか最終チェックをしたんでしょうね」
「なんて奴等だ……」
人の住んでいる所にはDMを撃たないと言っていたが、敵国の領土に向けて平気で撃つ冷酷さにヴリトラは呆れ果てた。もはやブラッド・レクイエム社にとってDMは銃やナイフと同じで普通に使ってもいい兵器となっているようだ。
「それで、俺達にへの仕事と言うのは?」
「DMの影響で帝都に向かって進撃していたオラクル軍の士気が低下して戦力が不足しているの。七竜将には最前線へ向かって帝都への進撃に協力してもらいます。そして、帝都へ到達したらそのまま帝都攻略に加勢する事」
「勝負に出るって事ですね?」
「その通りよ。既にラピュスとラランさん、白竜遊撃隊は我が社の拠点へ来ています。すぐに準備をしてください」
「……分かりました!」
帝国との最終決戦が近づく事にヴリトラは闘志を燃やす。食堂へ戻り、リンドブルム達に仕事の事を伝え、七竜将は一斉に準備に取り掛かった。
最後の戦いの為に七竜将は帝国領へ向かう事になった。敵がDMと言う強力な兵器を持つ事で同盟軍の士気が低下している中、ヴリトラ達はどう帝国軍と戦うのだろうか。




