第二百九十四話 バドム村の朝 大騒ぎの朝食
国境を越えて旧オラクル領へ入ったヴリトラ達はレヴァート王国の管理下にある旧オラクル領の村、バドムに到着する。既に日も暮れてこれ以上進むのは危険だと判断したヴリトラ達はバドムの村で一夜を過ごす事にした。村人達は食料などを全てコラール帝国に奪われたせいか活気は殆ど見られない。彼等の笑顔を取り戻す為にもヴリトラ達は早く旧オラクル領をコラール帝国から解放する事を誓うのだった。
夜が明けて静かな朝が村にやって来る。古家の中では白竜遊撃隊の騎士達が家畜用の藁を布団代わりにして横になっており、彼等から少し離れた所ではガズンが丸まっているガルバにもたれながらイビキを掻いており、その隣ではファフニールがミルバにもたれて寝息を立てていた。どうやらミルバと一緒に寝たくてヴリトラ達とは別で寝たようだ。二人から少し離れた隅では闘獣戦士隊の隊員達が固まって寝ている。その光景はまるでドレッドキャットと眠る二人に驚いて距離を取っているように見えた。
古家の外に停車している装甲車とバンの中ではヴリトラ達が眠っている。だが、オロチとラランの姿はない。村の中心にある井戸の前では井戸から水を汲み上げ、その水で顔を洗っているオロチとラランの姿があった。
「こんな朝早くにお前と会うのも珍しいな・・・」
「・・・今日は朝食当番」
「成る程、そういう事か・・・」
「・・・オロチは?」
「私も同じだ・・・」
顔を洗いながらごく普通の会話をするオロチとララン。今の二人はとても戦場で戦う傭兵と姫騎士には見えなかった。新しい一日を顔を洗って始めようとする少女にしかめなかった。
顔を洗い終わった二人は古家の方へ戻って行く。途中で早く起きた村人達とすれ違うも皆二人から目を逸らしながら家の前の掃除や朝食の準備をしている。
「・・・皆、目を逸らしている」
「彼等にとって私達は戦争している国の人間だ、警戒しているのだろう・・・」
「・・・先に来ていた兵士の人達とは普通に接してた」
「数日間一緒に過ごしていれば敵国の人間でも信用するようになる。だが私達は昨日来たばかり、しかも未知の兵器を持ち、猛獣を連れているのだ。警戒するのは当然だ・・・」
「・・・あまり長居しない方がいい?」
「ああぁ、朝食を済ませたらさっさと出発しよう・・・」
オロチとラランは村人達をいつまでも不安は状態にしておく訳にはいかないと話しながら古家に向かって歩く。ヴリトラ達の事は先にこの村に来ていた騎士隊が村人達に説明して敵ではない事を伝えているが、それでもやはり村人達は得体のしれない者達に不安を隠せないでいた。彼等の為にもできるだけ早く村から出た方がいいとオロチは頭の中で考える。
それから三十分後、朝食の準備ができてオロチとラランは眠っているヴリトラ達を起こした。ヴリトラ達や白竜遊撃隊の隊員、闘獣戦士隊はすぐに起きたが、ファフニールとガズンはなかなか起きなかった。
気持ちよさそうに眠っているファフニールとガズンを見てヴリトラ、ラピュス、オロチ、アリサは呆れる様な顔をしている。
「よく眠ってるなぁ・・・」
「他の者達は全員起きたのにどうしてこの二人はここまでぐっすりと眠っている?」
「ドレッドキャット達が原因かもしれないな・・・」
「この子達がですか?」
アリサが不思議そうな顔でオロチに尋ねるとオロチはミルバとガルバを見て頷く。
「大方、コイツ等の毛が気持ち良くて深い眠りについてしまっているのだろう・・・」
「どうするんですか?」
「当然起こす・・・」
オロチは姿勢を低くして眠っているファフニールの体を揺すった。
「起きろ、ファウ・・・」
「・・・むぅ~~」
「起きろ・・・!」
少し声に力を入れてファフニールに呼びかけるオロチ。だが、ファフニールが寝返りをするだけで起きようとしない。隣でもヴリトラもガズンの肩を叩いて起こそうとしている。
「おっさん、起きろよ。朝飯だぞ?」
「ZZZZZ・・・・」
「おっさんてばっ!」
ヴリトラは少し強く肩を叩いて起こそうとするがガズンもイビキを掻くだけでなかなか起きなかった。
呆れた顔で溜め息をつくヴリトラ。すると、ヴリトラとオロチの声に反応したのが丸まって眠っていたガルバとミルバが目を覚ましゆっくりと立ち上がった。それと同時に二匹にもたれていたファフニールとガズンがずり落ちて床に頭をぶつける。
「いてっ!いってぇ~~」
「おっ?起きたかおっさん」
「ああぁ?・・・おぉ、何だヴリトラじゃねぇか。どうしたんだよ?」
「どうしたんだよ、じゃねぇよ。朝食の準備ができたから起こしに来たんだよ。皆とっくに起きておっさん達を待ってるんだぜ?」
「んん?・・・・・・おおぉ、そうだったのか。悪いな、今起きるぜ」
ガズンは頭のぶつけた箇所を摩りながら立ち上がり、ガルバとミルバもガズンに近づき顔を擦りつける。そんな二匹の頭をガズンは笑って撫でた。ヴリトラはそんなガズンとガルバ達の姿を小さく笑いながら見つめる。
「さて、これでようやく全員起きたことだし、ちゃっちゃと朝食を済ませて――」
「ヴリトラ」
ヴリトラの腕を指で突くラピュス。呼ばれたヴリトラはふとラピュスの方を見る。ラピュスは複雑そうな顔で一点を指差した。ヴリトラがラピュスの指差す方を見ると仰向けになって眠り続けているファフニールの姿が目に飛び込んで来た。
床に頭をぶつけても眠り続けているファフニールにヴリトラは呆れ顔になる。
「おいおい、あれで起きないってどういう事だよ・・・」
「・・・・嬢ちゃん、もうしばらくは起きねぇと思うぜ?」
「え?」
ガズンの言葉にヴリトラは彼の方を振り向き、ラピュス達も同じようにガズンの方を見た。
「夕べ、嬢ちゃんが俺ん所に遊びに来てな、その時の俺が酒の肴として食ってたベーガリザードの干し肉を少し食ったんだよ」
「ベーガリザードの肉を?」
「ラピュス、知ってるのか?」
ヴリトラが尋ねるとラピュスは少し困った様な顔で頷く。
「ああ、酒に合う肉の一つでな。眠気を覚ます成分が含まれていて、食べると眠れなくなる物だ。一緒に酒を飲めば丁度いい感じになるのだが・・・」
「つまり、酒を飲まない奴が食べると眠れなくるって事なのか?」
「そういう事だ。実際昨日の夜も俺が寝ようとした時に嬢ちゃんだけはなかなか寝付けなかったみたいだったしな」
ガズンが夕べのファフニールの様子を話し、それを聞いたヴリトラは顔に手を当てて溜め息をつく。
「・・・成る程ねぇ、それじゃあ夕べ眠れなかった分、起きずに眠り続けるって事か・・・」
「どうする?このまま寝かせておくか?」
ラピュスがファフニールを見ながらヴリトラに尋ねる。ヴリトラはしばらく黙り込んでファフニールをどうする考え込む。すると何かを思いついたのかオロチの方を向く。
「オロチ」
「ん・・・?」
「・・・例の目覚ましドリンクを作るぞ」
「!」
ヴリトラの口にする目覚ましドリンクという言葉にオロチは少し驚いた様な顔になる。ラピュス達は何の事なのか分からずに黙って二人の会話を聞いている。
「朝食も取らずに眠り続けて、次に目を覚ました時に『お腹空いたぁ~』なんて言われたらたまらないからな。今起こしてしっかりと朝飯を食べさせる」
「・・・分かった、準備する・・・」
そう言ってオロチは古家から出て行った。
しばらうするとオロチがプラスチック製の箱を持って来てそれを近くのテーブルの上に置くと中から小さなグラス、小さな袋、液体の入った瓶を幾つも取り出してテーブルの上に並べる。箱の中の物を全部出すとグラスに瓶の中の液体と袋の中の粉上の物を少量ずつ入れていく。全種類を入れた後にオロチはスプーンで液体を混ぜてグラスをヴリトラに渡す。
ヴリトラはグラスを受け取り中を見つめる。グラスの中にはまるでトマトジュースの様な色をした液体が入っており、それを見たヴリトラの目を細くなった。
「ヴ、ヴリトラ、何なんだその液体は?」
ラピュスがグラスを見て恐る恐る尋ねる。ヴリトラはラピュスとアリサの方を見てグラスのよく見せた。
「これは俺達七竜将が作ったオリジナルの目覚ましドリンクだ。タバスコ、粉唐辛子、ソース、オリーブオイル、粉ミルク、あと水を入れて混ぜたんだ」
「ま、まさかそれを・・・」
「ああ、ファウに飲ませる」
「だ、大丈夫なのか?中に入っている物は全部辛い物なのだろう?」
「だから水で薄めて粉ミルクを入れて甘みを付けたんだよ」
心配するラピュスを見てヴリトラは「心配ない」と言う様な顔で言った。ラピュスは一年間地球で生活していた事で向こうの世界の調味料とに付いても色々学んだ。だからどの調味料がどんな味がするのかも分かっていた。
不安そうな顔をするラピュスを気にせずにヴリトラは仰向けになっているファフニールの頭を上げた。そこへオロチがやって来てファフニールの鼻を片手で摘まみ、もう片方の手で口を開かせる。ヴリトラは持っているグラスをファフニールの口に近づけるとラピュス達の方を向いて真剣な顔を見せた。
「皆、俺がこのドリンクをファウに口に入れたらすぐに後ろに下がれ」
「え?」
「ど、どうしてですか?」
「いいか、行くぞ?」
アリサの質問に答えずにヴリトラはグラスの中の液体をファフニールの口に入れ、その直後にオロチがファフニールの口を閉じる。ラピュス達は慌てて後ろに下がりヴリトラ達から距離を取った。
口が閉じた事でファフニールは口の中のドリンクを少しずつ飲み始めた。しばらく目を閉じたまま静かに飲んでいくファフニール、だが次の瞬間、閉じていたファフニールの目が大きく開く。そして・・・。
「びぎゃああああああああぁ!!」
この世の物とは思えないほどの断末魔を上げてファフニールが飛び起きた。そのとんでもない叫び声に思わずビクッと反応するラピュスとアリス。ガズンとドレッドキャットの二匹も驚いてファフニールを見ていた。
「あああああぁ!水水水水水ぅ~~!」
あまりの辛さにパニック状態のファフニールは走って外に飛び出す。外では朝食の準備をしているリンドブルム達が飛び出して来たファフニールを見て目を丸くしながら驚いていた。
ファフニールは朝食を皿によそっているジルニトラの近くにある水の入ったペットボトルを慌てて取り、中の水を一気に飲む。それを見たジルニトラや近くにいたジャバウォックは呆れた様な顔でファフニールを見る。
「あ~・・・例の目覚ましドリンクを飲まされたわねぇ」
「間違いないねぇだろうな。アレを飲まされたって事は、いくら起こそうとしても起きなかったんだろう・・・俺も前に酒の飲み過ぎで起きなかった時に飲まされてエライ目に遭ったからなぁ・・・」
「アハハ、それ以来、アンタの酒の量が少なくなったわよね」
昔の事を思い出して笑うジルニトラと嫌な過去を思い出して表情を歪めるジャバウォック。二人が昔話をしているとファフニールは空になったペットボトルを目の前のテーブルの上に置いて大きく息を吐いた。
「ハァ~、酷い目に遭ったぁ~・・・」
「大丈夫?」
「う、うん・・・何とか・・・」
汗を拭いながら返事をするファフニール。そこへヴリトラ達がやって来た。ヴリトラとオロチは平然とした顔でファフニールの背中を見ており、後から出て来たラピュス、アリサ、ガズンはまだ驚いた顔をしている。
「よぉ、目は覚めたか?」
「ハァハァ・・・覚めたか?じゃないよぉ!酷いよ、ヴリトラ!あのドリンクを飲ませるなんてぇ!」
「何度起こしても起きなかったお前が悪い・・・」
怒るファフニールにオロチが冷静に言い返した。するとファフニールは頬を小さく膨らませながらオロチを睨む。
「起こさなかったからって、いきなりは無いでしょう?」
「揺すっても起きなかったし、頭を床にぶつけても起きなかったお前を他にどんな方法で起こせばよかった?水を頭から掛ければよかったか?」
「う・・・」
オロチの言葉に言い返せないファフニールは口を閉じる。そんな二人の会話をヴリトラは笑って見ており、ラピュス達は呆れた様な顔で見ていた。
すると朝食の準備を終えたジルニトラは手を叩き、ヴリトラ達はジルニトラの視線を向ける。
「ハイハイ、そこまでよ。皆、アンタ達が揃うまでずっと朝御飯を待ってたんだから、さっさと自分達の分を取って座って」
ジルニトラは周りで朝食を取り、丸太や地面に座っている騎士達を見ながら言い、ヴリトラ達も待ちくたびれている騎士達を見ると自分達の朝食を取った。
全員が座るとようやく朝食が始まり、ヴリトラ達は食事を始める。今日のメニューはパンと野菜の入った黄金色のスープだった。
騎士達は見た事の無い黄金色のスープに驚きながら皿の中のスープを覗いている。そんな中で七竜将とラピュス、ラランは普通にスープを飲んでいる。
「このスープ、もしかしてコンソメスープか?」
「ああ、味噌汁にしようとも考えたがコンソメスープにした・・・」
「・・・私は味噌汁の方がよかった」
オロチの隣でラランがコンソメスープを飲みながら呟く。
ラランは一年間地球にいた事で地球の料理を色々と食した。その中でも和食が気に入り、特に味噌汁の独特の味の虜になり、朝食に味噌汁が出ればじっくりと時間を掛けて飲むほど好きになったのだ。
「白い米ならともかく、パンに味噌汁は合わないだろう・・・」
「・・・ポントは?」
「無い、此処にいる全員分までは持ってきてなかったからな・・・」
オロチはパンを食べながら首を横に振る。
ポントはファムステミリアの米の様な食材で主に兵士達の保存食として使われており、一般の食卓には出ない物。だが以前に七竜将がストラスト公国との戦争中に第三遊撃隊と名乗っていた白竜遊撃隊と食事をした時に蒸せば白米と同じ見た目、同じ味を出す事を知り、それ以降七竜将はよく使うようになっていた。
朝食にポントと味噌汁を食べれない事に少し不安そうな顔をするラランであったが、コンソメスープもいいと感じているのか文句を言わずに飲んだ。
騎士達も初めて飲むコンソメスープに最初は驚いていたが、その美味しさに笑みを浮かべた。勿論ガズンも同じだ。
「ほぉ~、こんな味のスープがあるとは驚いたぜ。コイツはどんな材料を使ってるんだ?」
「コイツは別に材料と言える物は使っていない。コンソメキューブと言うコンソメの素が詰まった物を溶かしただけだ・・・」
オロチは食事の手を止めて銀紙に包まれた小さな四角い物をガズンに見せる。ガズンはその四角い物をまばたきしながら見つめた。
「そんな小さい物でこんなうまいスープができるのか?」
「ああ・・・」
「そんな料理の方法なんて聞いた事がねぇぞ・・・」
コンソメスープの意外な作り方に驚きを隠せないガズン。騎士達も驚きながらスープを飲み、コンソメスープを味わった。
ヴリトラが驚く騎士達を見ながらパンを食べていると、ファフニールが自分のパンを千切ってガルバとミルバに与えている姿を見つける。ファフニールは笑いながらガルバとミルバがパンを食べている姿を見ており、二匹もファフニールが与えたパンを食べた。
ファフニールの姿をしばらく見ていたヴリトラは立ち上がり、コンソメスープの入った皿を持ったままガズンの隣に移動し腰を下ろした。
「そう言えば、ずっと気になってたんだけど、おっさんのドレッドキャット達、どうしてファフニールにあそこまで懐いてるんだ?俺達には近づくだけでそれ以上は何もないのに」
「ん?・・・ああぁ、そりゃあ、ガルバとミルバがあの嬢ちゃんに心を許してるからだろうな」
「心を許す?」
「ああ、危険な猛獣と言われているドレッドキャットを警戒せずに案内笑って近づく嬢ちゃんにガルバとミルバも嬢ちゃんは自分達に危害を加えないって感じてんだろうよ」
「成る程・・・ん?つまり、ガルバとミルバは俺達の事はまだ危害を加えるかもしれないって警戒してるって事か?」
少し不満そうな顔で尋ねるヴリトラを見てガズンは大きく口を開けて笑う。
「ガッハハハハハ!まぁ、気にするなよ。時間が経てばアイツ等もお前等への警戒心を解くさ」
「だといいんだけど・・・」
二人はファフニールとガルバ、ミルバを見ながら食事を続ける。笑うファフニールの顔を大きな舌で舐めるミルバ。この朝食で七竜将と彼等を知らない騎士達の距離が少しだけ縮んだような気がしたのだった。
旧オラクル領での最初の朝、ドタバタの朝食になってしまったがその騒ぎのおかげで七竜将と騎士達の間に少しだけ信じる心が生まれる。それがこれからの戦いにどう出るのか、まだ誰も分からなかった。




