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機械鎧(マシンメイル)は戦場を駆ける  作者: 黒沢 竜
第十六章~静かな森の妖精達~
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第二百七十七話  平和な朝食 リーユの寂しさと小さな絆


 ダークエルフとの同盟交渉は失敗し、ヴリトラ達は一旦森の外へ出て出直す事にした。ブラッド・レクエム社とコラール帝国の二つの戦力と戦うにはエルフの力が必要不可欠。ヴリトラ達は必ずダークエルフと同盟を結ぶと強く決意するのだった。

 鳥の鳴き声が響く朝。森の近くの広場で一夜を過ごしたヴリトラ達は朝食の準備をしていた。ヴリトラ達が自分達の持ってきた食料を使い簡単な朝食を作り、ラピュス、ラランは近くにある川から水を汲んでくる。エリスはアリサ達白竜遊撃隊の隊員達と今日一日の予定に付いて話し合いをしていた。


「姫様、今日はどうされますか?」

「当然もう一度ダークエルフの集落へ行く」

「ですが、昨日の今日で彼等の考えが変わるとは思えませんが・・・」

「だからと言って何もせずに帰る訳にはいかない。例え断られても何度も彼等に会い説得するつもりだ」

「しかし、何度も訪ねると流石にダークエルフ達も攻撃してくるのでは?」


 アリサがダークエルフ達から攻撃を受けるかもしれないと考えて不安そうな顔を見せる。他の白竜遊撃隊の騎士達も同じように不安そうな顔をしていた。するとエリスは真剣な顔でアリサ達を見つめる。


「・・・その可能性はある。昨日集落から出る時に長老のギルダルネ殿はこう仰られた『森の出口までの安全は保障します』とな。これは私達が森を出るまでは攻撃しないという事、だがそれは次に森に入れば安全は保障できないという事になる。つまり、次は私達に攻撃をするという事だ」

「それを分かっていてまた集落へ行かれるのですか?」

「そうだ。私達がコラール帝国に勝つにはダークエルフ達の力がどうしても必要なのだ。なんとしても彼等を説得し同盟を結ばなければならない。でないと、我々だけでなく、ダークエルフ達にも危険が及ぶ事になる」


 ダークエルフ達をコラール帝国から守る為にも同盟を結ばなければならない。エリスはレヴァート王国だけでなくダークエルフ達の事をしっかりと考えていた。その為にもう一度彼等に会い説得する必要があったのだ。

 エリス達がダークエルフ達の説得に付いて話をしていると朝食の準備を終えたヴリトラがエリスを呼びに来た。


「エリス様、朝食の準備ができましたよ」

「そうか、すまないな」

「いいえ、ただ俺達が住んでいた所の料理ですから口に合うか分かりませんが・・・」

「ほぉ?お前達のいた所の料理か、それは興味がある」


 珍しい物には目が無いエリスはヴリトラ達の用意した料理が気になり、アリサ達との話し合いを途中でやめて皿を並べているラピュス達の所へ向かう。


「あっ、姫様!まだお話が・・・」

「後にしろ、まずは朝食からだ」


 そう言ってエリスはラピュス達の下へ走っていく。残されたヴリトラは苦笑いを浮かべてエリスの後を追い、残ったアリサ達は困り顔で歩き出した。

 ラピュス達は七竜将が用意した折り畳み式のテーブルの上に料理の乗った皿を並べ、その前にスチール製のフォークやスプーンを置いていく。全ての準備を終えるとラピュスは納得した様な顔で微笑んだ。


「よし!これで準備が整ったな」

「そうだね、あとは皆が揃うのを待つだけ」


 ラピュスの隣に立って料理を眺めるファフニール。今のラピュス達の姿はキャンプに出掛けた家族が朝食の準備を終えて楽しんでいる様に見えた。そこへエリスがやって来てテーブルの上の料理に注目する。


「おおぉ、これが七竜将の住んでいた所の料理か。見慣れない物ばかりだな?」

「ハイ、目玉焼きに焼きベーコン、あとサラダとヨーグルトです」

「ほうほう」


 リンドブルムの説明を聞きながら「うんうん」と頷くエリス。サラダ以外は自分が見た事の無い料理ばかりである為、食べる事が頭から離れてじっくりと眺めていた。

 ヴリトラとアリサ達もやって来て料理を見ているエリスの後ろまでやって来ると朝食を見て「ほ~」と言う顔をする。


「今日はヨーグルト付きか」

「うん、クーラーボックスの中に入れておいたからまだ食べられるよ」

「そうか、んじゃあ早速いただきますか」


 ヴリトラが自分の席に付こうとすると、ラピュスがふと森の方を向き、森の入口から誰かが近づいて来るのを見た。


「ヴリトラ」

「ん?どうした・・・?」

「森から誰かが来るぞ?」

「え?」


 森の入口の方を向いたヴリトラは近づいて来る小さな人影を見つける。よく見るとそれは沢山の果物が乗った籠を持つリーユだった。

 リーユの姿に気付いてヴリトラは駆け足でリーユの下に向かう。ラピュスもそれに続き、リンドブルム達も森の方に走って行くヴリトラとラピュスに気付き、二人が向かう先にいるリーユを見た。

 ヴリトラとラピュスがリーユの前まで来るとリーユは大きな籠を持ったまま微笑んだ。


「おはようございます」

「おはよう・・・どうしたんだい?こんな朝早くに、しかも一人で」

「うん、昨日のお礼をちゃんとしてなかったから森で採れた果物を持って来たの」

「ああぁ、そうか。ありがとな」


 昨日助けた礼と言って果物の乗った籠を差し出すリーユ。ヴリトラも笑いながら籠を受け取った。するとヴリトラの隣にいるラピュスが森の方を向き、ある事に気がづいた。


「リーユ、君は一人で此処に来たのか?」

「うん」

「護衛はどうしたんだ?」

「連れてきてない。だってもし貴方達に会いに行くからついて来てって言ったら絶対に止められちゃうもん」

「ああぁ、確かに・・・」


 ラピュスはリーユの言うもっともな答えに納得する。ヴリトラもリーユに顔を見ながら苦笑いを浮かべていた。


「それにしても、俺達がまだ森の近くにいるってよく分かったな?」

「王女様達が集落から出て行く時に森の近くにテントを張るって話ををしているのを聞いたから・・・」

「あの時のか・・・しかしよく聞こえたな?周りに聞こえないように小さな声で話したつもりだったんだけど」

「リーユはダークエルフの中でも耳が良い方だから」

「そ、そうなんだな・・・」


 驚くべき聴覚にヴリトラは再び苦笑いを浮かべる。エルフは長寿で魔法が使えるという事は知っているが耳が良いという事は聞いた事が無かったのでヴリトラとラピュスは意外に思っていた。


「・・・ん?ちょっと待ってくれ」


 ラピュスがまた別の事に気付いたのか難しい顔をしてリーユに声を掛ける。リーユは不思議そうに瞬きをしながらラピュスを見上げていた。


「君は私達の会話を聞いて此処にいる事を知ったのだろう?」

「うん」

「では、他のダークエルフは私達が此処にいる事を知っているのか?」

「ううん、知っているのはリーユだけ」

「そうか・・・・・・リーユ、どうして私達が森の外にいる事を長老達に教えなかったんだ?」

「だって、そんな事したらお兄さんやお姉さん達が危ないから・・・」

「え?」

「リーユは人間の事が嫌いって訳じゃないの」


 リーユの口から出て来た予想外の言葉にヴリトラとラピュスは目を丸くして驚く。リーユはそんな驚く二人の顔をジッと見上げていた。

 長老であるギルダルネやレーユ、隊長のグリビンは人間であるヴリトラ達の事を若干警戒している様子を見せていた。勿論他のダークエルフも同じだ。だが、目の前にいる幼いダークエルフの少女は他のダークエルフと違い人間を恐れも警戒もしてない。それがヴリトラ達にとってはとんでもないくらい大きな驚きだったのだ。


「どうして君は俺達の事を警戒しないんだ?」

「だって、お兄さん達はいい人達だもん。お兄さんやリンドブルムっていう子もリーユを助けてくれたもん。そんな人が悪い人間だなんて思えないよ!」


 真剣な顔で語るリーユ。いい人だから、助けてくれたからと理由は単純だが、いまのヴリトラ達にとって、それは最高の答えだった。

 ヴリトラとラピュスがリーユの話を聞いていると三人の下にリンドブルムとエリスがやって来た。


「どうしたの、二人とも?」

「何の話をしていたのだ?」

「ああぁ、リブルにエリス様。いや、リーユが俺達の事をいい人間だって話してくれてたんですよ」

「ハイ」

「「・・・?」」」


 話の内容が分からないリンドブルムとエリスは小首を傾げながら頭の上に?マークを浮かべた。ヴリトラとラピュスはお互いの顔を見て嬉しそうな顔で笑う。


「・・・それじゃあ、リーユは行くね?」


 リンドブルムとエリスの表情を見てクスクスと笑うリーユは果物を渡し終えると森へ戻ろうとする。するとヴリトラはリーユの小さい手を掴み彼女を止めた。


「待ちなよ、折角来たから一緒に朝食でもどうだい?」

「え?」

「朝飯はもう済ませちまったか?」

「ううん、まだ」

「じゃあ丁度いいや、一緒に食べようぜ?まぁ、いやなら無理にとは言わねぇけど」


 小さく笑いながら自分を見つめるヴリトラを見てリーユはしばらく黙り込んで考え込む。やがてヴリトラ達の方を向いたリーユは笑いながら頷いた。

 一緒に朝食を食べる事にしたリーユを見てヴリトラも笑い返して頷く。


「よし、決まり。リブル、もう一人分朝食を用意できるか?」

「うん、大丈夫だと思うよ?」

「なら頼む。エリス様、よろしいですか?」

「私は一向に構わない。寧ろ歓迎するぞ?」


 エリスの許可も得てヴリトラはリーユの方を向き右手の親指を立ててニッと笑う。リーユもそんなヴリトラを見て笑みを浮かべる。どうやら自分が思っていた以上に人間が優しい生き物だと知って感激したようだ。リーユはヴリトラに連れられて広場の方へ歩いて行き、ラピュス、リンドブルム、エリスも一緒に広場の方へ戻って行った。

 全員が揃うとヴリトラ達は朝食を始めた。ヴリトラ達が普通に食べている時、見た事の無い料理にエリスとリーユは驚きながら少しずつ食べていく。アリサ達白竜遊撃隊は以前七竜将と一緒の任務に就いた時に似た様な食事を食べた事がある為驚かずに食べている。


「う~ん、少し塩が多かったかなぁ?」

「もう少し塩分を控えめにした方がいいわね」

「そうだね」


 リンドブルムとジルニトラが目玉焼きを食べながら味の感想を口にした。今回の朝食は二人が作った為、自分達の作った料理の改善点を考えながらゆっくりと食べている。ヴリトラ達も次から作る料理の事を考えて味をチェックしながら味わっていた。

 リーユは目の前に置かれたヨーグルトをスプーンですくい、その白い物体をしばらく見つめてからゆっくりと口に入れる。そして口に広がる未知の味に目を光らせた。


「・・・美味しい、何これ?」

「ヨーグルトだよ。動物の乳から作った食べ物で栄養があるんだ」

「これが動物の乳?」

「乳なのに液体ではないとは、どうなっているのだ?」

「え~っと・・・なんて説明したらいいかなぁ・・・」


 驚くリーユとエリスにヴリトラは苦笑いを浮かべる。普段から食べているヨーグルトなのにいざ詳しい事を聞かれると何も説明できない事に少し恥ずかしさを感じていたのだ。ラピュス達は自分達にヨーグルトの説明を振られないようにヴリトラと目を合わせないように朝食を続けた。

 朝食を終えたヴリトラ達は食器の後片付けを終え、集落へ向かうまで少し体を休める事にした。リーユは食事を終わると仲間達を心配させないようにすぐに帰ろうとする。ヴリトラ達から自分達が集落へ行く時に一緒に行こうと言われたので一人で集落には戻らず、広場で休んでからヴリトラ達と一緒に集落に戻る事に決めた。


「さてと、どうすればギルダルネさんは俺達の話に耳を貸してくれるのかねぇ・・・」


 広場で横になりながら空を見上げ、ギルダルネを説得する方法を考えるヴリトラ。その隣ではリンドブルムが同じように横になって空を見ながら考えている。そこへラピュスがやって来て横になっている二人を立ったまま見下ろす。


「食べてすぐに横になると体に悪いぞ?」

「大丈夫だよ、これぐらいなら」

「そうそう、どうせすぐに起き上がるんだしさ」

「まったく・・・」


 ヴリトラとリンドブルムはラピュスの顔を見ながら笑って返事をする。そんな二人をラピュスは呆れた顔で見た。するとヴリトラはラピュスの下半身を見ながらニッと笑う。


「ところでラピュス、お前自分がスカートを履いてるって事、忘れてるんじゃね?」

「ん?それがどうし・・・・・・ッ!」


 言葉の意味が理解できずにいたラピュスは横になっているヴリトラの頭の位置と自分の立ち位置を確認し、ヴリトラから自分のスカートの中が見える事に気付く。ラピュスは顔を赤くして素早くスカートの裾を引っ張るパンツを見えないようにする。


「あ~もうちょっとで見えたのに~・・・」

「ア、アンタねぇ、何考えてるのよ!」


 久しぶりに女口調となってヴリトラを睨み付けるラピュス。ヴリトラは笑いながら起き上がり「まぁまぁ」と両手を前に出してラピュスを宥める。そんな二人のやり取りをリンドブルムは黙って見守っていた。

 ラピュスがヴリトラに目くじらを向けているとそこにリーユがやって来て二人をジーっと見つめる。ヴリトラ達はリーユの存在に気付き一斉にリーユの方を向く。


「どうしたの?リーユちゃん」


 リンドブルムが体を起こして尋ねるとリーユは何処か悲しそうな目で三人を見つめる。


「・・・お兄さん達、凄く楽しそう」

「楽しい?僕達が?」

「うん、だって皆といつも楽しそうにお話したり朝ご飯を食べたりしてるから・・・リーユ、羨ましい」

「それぐらいなら、リーユちゃんもあるでしょう?レーユさんや長老さんとかと・・・」

「そんなのない。だって、お爺様もお姉様もリーユと全然遊んでくれないもん。お爺様はダークエルフの未来の為とか言ってお仕事ばかりで、レーユお姉様と『リーニョ』お姉様も忙しくて・・・」


 リーユはどこか寂しそうな顔で俯き、ヴリトラ達はそんな彼女を黙って見ている。するとリーユは顔を上げてヴリトラ達の方を向く。


「でも、お兄さん達は違う。人間なのにダークエルフのリーユを助けてくれたし優しくもしてくれた」

「リーユ・・・」


 目元に涙を溜めてヴリトラ達を見つめるリーユ。幼い彼女にとっては家族と楽しく接する事ができない事は強い寂しさを与えてしまう。リーユにとってそれは耐え難い事だった。

 そんな寂しい思いをしているリーユを見てヴリトラは立ち上がり、リーユの前までやって来ると目線を合わせてリーユの頭を撫でた。


「君の家庭にどんな事情があるかは分かんねぇけど、俺達でよければ話を聞くぜ?」

「・・・え?」

「悩みがあったり、寂しい時はおいで。遊び相手ぐらいにならなるからさ」

「・・・本当?」

「ああぁ、と言ってもこの森にいる間だけだけどな・・・お前らもいいよな?」

「うん、僕は構わないよ」

「私もだ」

「だとよ?」


 リンドブルムとラピュスの意見を聞いてヴリトラはリーユを笑顔で見つめる。そんなヴリトラにリーユは驚きの顔を浮かべるも、すぐに笑みを浮かべて涙を拭う。


「・・・ありがとう!」


 笑顔を見せるリーユにヴリトラ達も笑って彼女を見つめた。すると三人の背後からエリスの声が聞こえて来た。


「おーい!集落へ向かうぞ!準備をしろーっ!」


 出発の知らせを聞きヴリトラ達はエリスの方を向く。ヴリトラとリンドブルムは立ち上がり、ラピュスは自分の武器や道具を取りに移動する。そしてヴリトラはチラッとリーユの方を向いて微笑んだ。


「それじゃあ、集落へ行こうか?」

「うん」


 リーユは頷いてヴリトラの手を取り、手を繋ぎながらエリスのところへ歩いて行った。

 朝食を済ませ、リーユから彼女の家庭の複雑な事情を聞かされるヴリトラ達。ヴリトラ達は寂しい思いをする彼女の悩みを少しでも聞く為に友達になる事を決意する。人間とダークエルフの小さな絆が生まれ、それが二つの種族の間を繋ぐ架け橋になろうとしていた。


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