第二百六十話 懐かしき仲間達 訓練場を舞うララン
ティムタームに戻ったラピュスは一年ぶりに母のリターナと再会を果たす。死んだと思っていた娘が生きていた事にリターナは涙を流しながら喜ぶ。ラピュス自身も母と会う事ができ、喜びの涙を流す。そんな二人をジルニトラやメイド達は優しく見守っていた。
ラピュスとジルニトラがリターナと再会している頃、彼女達と別行動を取っていたラランは騎士団の依頼所に到着していた。久しぶりに見る依頼所にラランは懐かしさを感じながらゆっくりと入口の扉を開いて中へと入って行く。中には大勢の町の住民や商人、別の町から来た人達が受付嬢や所内にいる騎士達と会話をしている姿があった。
ラランは中をチラチラと見回すながら奥へと歩いて行き、一つの受付にいる受付嬢を見ると彼女に近づいて行く。受付の前までやって来たラランは自分よりも高い受付を見上げながら受付嬢に声を掛けた。
「・・・ちょっといい?」
「え?」
声を掛けられた受付嬢はふと声のした方を向く。眼鏡をかけ、三つ編みをした水色の紙の受付嬢、それはラピュスの友人であるメディムだった。
メディムは話し掛けてきた者の姿が見えず、席を立ち周囲を見回す。するとふと下を見た瞬間、自分を見上げているラランを見つけた。
「あ、貴方、ララン!?」
「・・・久しぶり」
声を上げるメディムに対し無表情のまま小さな声で挨拶をするララン。周りの人達はいきなり声を上げたメディムに驚いて一斉に彼女の方を向く。
メディムは自分が大きな声を出して皆を驚かせてしまった事に気付き、慌てて口を押える。そして受付口から移動し、待合場所へ出るとラランの前にやって来て姿勢を低くし特殊スーツを着たラランを見つめた。
「貴方、本当にラランなの?」
死んだと聞かされたラランが目の前にいる事が未だに信じられないメディムは改めて訊ねる。するとラランは表情を変えずにジーっとメディムを見つめた。
「・・・さっきからそう言ってる」
「・・・フフ、その口のきき方、間違いなくラランね」
ラランの口調にメディムは小さく笑う。ラピュスの友人である彼女も当然ラランの事は知っている。故に目の前の無愛想な口調の少女がラランであると確信した。
目の前にいるのがラランであると知ったメディムの目元から涙が溢れ、それを拭うとメディムをそっと抱き寄せる。ラランは無表情のまま自分を抱きしめるメディムを見た。
「やっぱり生きていたのね。よかったわ・・・」
「・・・そんな簡単には死なない」
「何言ってるのよ、皆凄くショックを受けたのよ?貴方とラピュスが死んだって聞かされた時は・・・」
「・・・ゴメン」
理由はどうあれ、仲間や身内を心配させた事は紛れもない事実だ。ラランは表情は変えなかったが申し訳なさそうな声でメディムに謝る。謝罪を聞いたメディムは少し落ち着いたのかゆっくりとラランを放す。
「ところで・・・貴方が生きてるって事は、ラピュスは?」
「・・・生きてる」
「本当!?」
「・・・今、お母さんのところへ行ってる」
「・・・そうよね。まずはリターナさんのところに行ってあげないとね」
「・・・でも、片腕を無くした」
「ええぇ!?」
ラピュスが片方の腕を無くしたと聞かされたメディムは再び声を上げ、周りの人達も再び一斉に彼女の方を向く。周りを見たメディムは「またやってしまった」という顔をし、慌てて立ち上がり何度も頭を下げて謝る。
メディムの謝る姿を見た周りの人達がそれぞれの作業や話し合いを再開し、メディアも再び姿勢を低くしてラランの方を向いた。
「それで、ラピュスは大丈夫なの?」
「・・・平気、七竜将と同じように義手を付けたから」
「七竜将と同じ?じゃあ、彼等も生きているの?」
「・・・うん、さっき町に戻って来て団長とも会った」
「団長にはもう会ったのね・・・で、アリサには?」
「・・・まだ会ってない。何処にいるの?」
ラランはメディムにアリサの居場所を訊ねる。実はラランが依頼所に立ち寄ったのはアリサの居場所を訊く為だったのだ。メディムはラランの質問を聞くと自分が使っている受付から一枚の羊皮紙を手に取り書かれてある内容を確認し始める。
しばらくして羊皮紙を読み終えたメディムが羊皮紙を受付に戻した。
「アリサは今訓練場で白竜遊撃隊と剣の稽古をしているはずよ」
「・・・分かった。行って挨拶して来る」
アリサの居場所を聞いたラランはメディムに背を向けると依頼所の入口の方へ歩き出す。
「あっ!待って、ララン」
「・・・何?」
突如メディムに呼び止められたラランは足を止め、入口のドアノブを掴みながら振り返る。
「・・・貴方、この一年間、何処にいたの?無事だったのなら手紙ぐらい送ってくれればよかったのに」
「・・・手紙は送る事ができなかった」
「どうして?」
「・・・それだけ、遠い所にいたから」
そう言ってラランは依頼所を後にした。残ったメディムは何処か寂しげな顔で閉まる扉を見つめている。
「・・・貴方のそう言うところは知ってるけど、もう少し話してくれてもいいじゃない。本当に心配してたんだから・・・」
何処にいたのか話してくれないラランに暗い表情を浮かべるメディム。彼女は依頼所の受付嬢をしている為、常に戦場へ出ていたラピュスやラランとは殆ど会う事はない。それでも彼女は同じ騎士団の人間として、それなりにラピュスはラランの事を心配していたのだ。故に少しだけ話をして立ち去ったラランに寂しさを感じていたのだ。
同じ立場ではなくても仲間がいなくなる事は決して気持ちのいいものではない。心を痛めるのはメディムがラランを仲間だと思っている証拠である。勿論、ラランもその事は理解していた。だが、心配していた仲間に異世界に行っていた、なんて冗談の様な事は言えず、黙っているしかなかったのだ。もし話してしまえば、メディムも面倒事に巻き込まれてしまうかもしれない。そう考えた上でラランは詳しい事は伝えなかったのだ。
依頼所を出たラランは依頼所から600m離れた所にある広いグラウンドの様な場所にやって来た。そこには大勢の兵士や騎士が戦闘訓練をしている姿があり、それを見たラランは意外そうな顔をする。
「・・・一年経っても、何も変わってない。昔のまま」
そう呟いたラランは訓練場へ入って行く。入口前に立っている若い兵士が訓練場に入って来たラランを見るとそっと近づきラランを呼び止める。
「ああぁ、君、ちょっと待って」
「?」
突然兵士に呼び止められたラランは振り返り、不思議そうに兵士を見上げた。
「此処は王国騎士団や兵士の人達の訓練場なんだ。一般人、特に君の様な子供が入っていい場所じゃないんだよ?」
「・・・・・・」
ラランを町の子供だと勘違いする兵士を見てラランは黙り込む。ラランは若くして姫騎士の称号を手にした天才少女だ。そんな彼女の事は町の住民や大抵の兵士達なら誰でも知っている。なのに目の前の兵士はラランの事を知らない。どうやら兵士になって間もない新人のようだ。
自分をただの子供扱いする兵士にラランは少し気分を悪くしたのか目を細くしながら兵士を見つめる。そんなラランの事を気にもせずに兵士は話を続けた。
「此処にいると危険だから、早くお母さんのところへ帰りなさい」
「・・・私は只の子供じゃない」
「え?いや、どう見ても君は・・・」
「・・・私は姫騎士、名前はララン・アーナリア」
「姫騎士?何を言っているんだ、どっから見ても騎士には見えないぞ?あまり大人をからかうんじゃない」
いくら言っても自分が姫騎士だと信じてくれない兵士にラランは次第にイライラしてくる。兵士を睨みながら一言言ってやろうとしたその時、訓練場の遠くで稽古をしている大勢の騎士達の中に見覚えのある姫騎士の姿があるのを見つける。黄緑の長髪に銀色の鎧を身に纏った二十代の若い姫騎士、アリサの姿がそこにあった。アリサを見た瞬間、ラランは目を見張って驚きの表情を浮かべる。
「・・・ッ!アリサ」
アリサを確認したラランはアリサのいる場所へ向かって走り出す。兵士は突然走り出したラランを見て驚き慌ててその後を追いかける。
「コ、コラ!君、止まりなさい!」
必死にラランの後を追う兵士。しかしラランはその幼い外見では想像もできないくらいの速さで走り、徐々に兵士との距離を伸ばしていく。
ラランは速度を落とさずに訓練している兵士や騎士の間をすり抜けて行き、少しずつアリサに近づいて行った。
「お、お~い!誰か、その子を捕まえてくれぇ!」
追いつけないと悟った兵士は周りにいる兵士達に声を掛けてラランを捕まえる様に頼む。その声を聞いた兵士や騎士達は訓練をやめて走って来るラランの方を向いた。
遠くで訓練をしているアリサと白竜遊撃隊の隊員と思われる騎士達はラランや兵士の声に気付かずに訓練を続けている。そんなアリサ達を見たラランは更に速度をを上げて走った。それと同時に自分を囲む様に近づいて来る兵士達に気付く。
「・・・邪魔しないで」
ラランはそう呟きながら近づいて来る兵士達の位置と速さを分析し、姿勢を低くしながらタイミングよく兵士達の間をすり抜けて行く。兵士達はラランのあまりの素早い動きに驚きながらも彼女を追い掛けていく。
少しずつアリサ達に近づいて行くララン。するとそこに訓練用の木剣を持った兵士が三人行く手を阻んだ。足を止めて木剣を構える兵士達を見つめるララン。後ろや左右にも大勢の兵士と騎士が身構えており、ラランは完全に囲まれてしまった。
「・・・凄い数。でも・・・」
周りにいる兵士や騎士達を見てラランはある事に気付く。騎士はともかく、兵士の殆どがまだ若者ばかりだったのだ。ラランよりも年上だが、その殆どが十代後半から二十歳そこそこの若い男女ばかり。まだ騎士団に入って間もない新兵だろう。
歳が上でもまだ実戦経験が無いに等しい彼等など今のラランには恐れる敵ではない。ラランは無表情のまま目の前に立つ三人の兵士を見て両脚に力を入れる。次の瞬間、勢いよく地を蹴り兵士達に向かって突っ込む様に跳んだ。
「う、うわあぁ!」
突然跳んで来たラランに驚き声を上げる兵士は慌てて木剣を振り下ろして向かって来るラランに攻撃した。だがララン木剣を左手で流して振り下ろしを簡単に防いだ。両足が地面に付くと素早く右手で兵士の胸に掌底を撃ち込む。
「うああぁ!?」
いきなり胸から伝わる痛みに兵士は思わず声を上げ、その力に耐えられず仰向けに倒れてしまう。
兵士が倒れるとラランは素早く兵士が使っていた木剣を拾い、自分の右側にいる女兵士の持っている木剣を弾き飛ばす。
「キャアア!」
木剣を弾かれた女兵士は声を上げながらその場に座り込んだ。残ったもう一人の兵士は背を向けているラランに向かって袈裟切りを放つ。するとラランは振り返りながら右斜め後ろに跳んで兵士の袈裟切りをアッサリとかわす。そして持っている木剣を兵士の顔目掛けて投げつけた。
投げられた木剣は縦の回りながら飛んで行き、叩くような形で兵士の額に命中した。木剣を額に受けた兵士は仰向けに倒れて木剣の当たった箇所を手で擦る。目の前にいた三人の兵士を全員倒したラランは再びアリサ達の方に向かって走り出す。
「クソォ、なんて子だ!」
「早く捕まえろぉ!」
ラランを追っていた大勢の兵士と騎士は逃げるラランを捕まえる為に一斉に後を追う。その中には小さな子供に振り回されている事で苛立っている顔や自分を情けなく思っている様な顔をした兵士や騎士の姿もあった。
そんな兵士達の事もお構いなしにラランは徐々にアリサ達との距離を詰めて行き、次第に遠くてよく見えなかったアリサ達の顔がハッキリと見える様になってきた。すると、ラランの背後から一人の男性騎士の大きな声が聞こえてくる。
「白竜遊撃隊の皆さーん!その子供を捕まえて下さーい!」
男性騎士の声を聞いた白竜遊撃隊の騎士達がフッと声のした方を向く。そして自分達に向かって走って来るラランの姿を見つけた。
「何だ、あの女の子は?」
「まだ小さいけど、何で訓練場に?」
「それに何か変な格好してるわよ?」
ラランの姿を見て不思議に思いながら会話をする二人の男性騎士と一人の女性騎士。ラランの事を知らないとすると、彼等も白竜遊撃隊に入ったばかりの新人のようだ。三人の後ろには他にも若い大勢の若い騎士達をおり、走って来るラランの姿を見ている。その殆どがラランの知らない者達ばかりだった。
(・・・やっぱり白竜遊撃隊。でも、知らない人ばかり・・・皆、新人?)
自分の知らない顔ばかりな事に気付きラランは少し意外そうな顔を見せている。一年前に自分が共に戦った仲間の顔も確かにあるが、数は少なく数えるくらいしかいなかった。そんな事を考えながら走っていると白竜遊撃隊の新人の騎士達が走り出してラランを捕まえようとして来る。
ラランは騎士達に注意しながら視線だけを動かして何処かに隙がないかを調べる。そして騎士達の間に子供が一人通れるぐらいの隙間があるのを見つけ、走る速度を上げてその隙間に向かう。
騎士達はいきなり懐に入り込んで素早く自分達の間を走り抜けていくラランに驚き表情が固まる。ラランは騎士達の抜けると遠くで騎士達を見ているアリサや自分の知っている騎士達に向かって走り出し、数m前まで近づくと勢いよくジャンプしてアリサの目の前に着地した。
「うわぁっ!?」
いきなり目の前に着地したラランに驚いて声を上げるアリサ。この時点ではまだ彼女は目の前の少女がラランであると気付いていない。俯いているラランはゆっくりと顔を上げてアリサを見上げた。
「・・・アリサ」
「・・・ッ!?」
アリサはラランの顔を見た瞬間に驚きの表情を見せる。彼女の後ろにいた数人の男性騎士達もラランの顔を見て同じように驚いていた。
「ラ、ララン!?ラランなの?」
「・・・うん」
無表情で頷くラランを見てアリサは姿勢を低くして顔の高さをラランに合わせる。
「貴方、生きていたの?」
「・・・見ての通り」
「い、いつ戻ったの?」
「・・・ついさっき、隊長とヴリトラ達も一緒」
「隊長も生きてるの!?」
ラランだけでなくラピュスも生きている事を聞かされて更に驚愕の顔を見せるアリサ。男性騎士達もラピュスと七竜将が生きている事を聞いて驚きと喜びを感じたのかアリサの後ろでざわめき出す。
男性騎士達がざわついている姿を無表情で見ているララン。そんな彼女にアリサは突然抱きつき、目元から涙を流す。
「・・・よかったぁ。あの時の爆発で貴方も隊長も、ヴリトラさん達も皆死んじゃったんだと思って、私・・・」
「・・・メディムも同じ様な事、言ってた」
「当たり前でしょう!あの子も隊長が死んだって聞かされた時は凄くショックを受けてたんだから・・・」
「・・・そう」
改めて仲間達に辛い思いをさせてしまったと実感したラランは無表情のまま低い声で呟く。いくら自分達が生きていてもこっちの世界では死んだと思われていたのだから、少しは彼女達の気持ちを考えてあげるべきだと改めてラランは感じたのだった。
仲間達と再会を果たしたララン。するとそこへラランを止めようとした若い騎士達やラランを追いかけていた大勢の兵士達がララン達の下に集まって来た。大勢が雪崩の様に集まって来る光景を見えてアリサは目を丸くする。
「あのぉ、隊長・・・その女の子は・・・」
白竜遊撃隊の新入りである男性騎士がアリサに声を掛け、チラッと彼女が抱きしめているラランを見下ろす。他の若い騎士達や兵士達もラランの事が気になり全員が彼女を見つめている。
アリサは涙を拭い、ゆっくりとラランから離れると微笑みながらラランの頭を撫でて彼女を紹介した。
「・・・彼女はララン・アーナリア。私達と同じ白竜遊撃隊の姫騎士よ」
「ええぇ?その子、姫騎士なんですか?」
ラランが姫騎士だと聞かされて驚きを隠せない新入りの騎士達。先程入口前でラランを止めていた兵士も彼女の言った事が本当だと知って驚いている。ラランは誰も自分を姫騎士だと気付いてくれなかった事が気に入らなかったのか目を細くしながら騎士達をジッと見つめた。
「聞いた事があるでしょう?僅か十一歳で姫騎士として国の為に尽くした女の子がいるって?」
「もしかして、この子が・・・」
「そう、その天才姫騎士よ」
目の前にいる少女が騎士団の歴史上、最も優秀な姫騎士であると知り、兵士や騎士達は更に驚き騒ぎ出す。そんなやり取りをラランは無表情のまま黙って見ている。彼女はあまり自分の事で驚かれる事を気にしないタイプのようだ。
メディム、そしてアリサとも再会したララン。久しぶりに会った仲間達の顔を見てラランも心の中で喜びを感じる。それは再びティムタームに天才姫騎士が戻り、仲間達やラランに笑顔が戻る瞬間であった。




