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機械鎧(マシンメイル)は戦場を駆ける  作者: 黒沢 竜
第十四章~竜達の帰還~
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第二百五十一話  日本へ戻れ! 完成した異世界への扉


 テロリスト達を壊滅させ、莫大な報酬を得た七竜将。そんな彼等の下にアレクシアからの電話が入り、ユートピアゲートの装置が完成したと知らされヴリトラ達は驚きと喜びを感じる。ファムステミリアから戻って一年、遂に異世界へ戻る時がやって来た。

 連絡を受けた直後、ヴリトラ達は急いで仕度をし空港へ向かう。それぞれの武器や装備品をバンに積み込みバンを走らせた。空港の入口に着くと九人は急いで荷物を持ちバンから降りる。


「よし、早いところ入ろうぜ」

「ヴリトラ、車はどうするんだ?」


 ラピュスが停めてあるバンを見て訊ねるとヴリトラは軽く首を横に振る。


「ほっとけ、どうせレンタカーだからな」

「いや、自分のではないからと言ってほっとくのはまずいだろう?」


 入口の前にドンと停めてそのままほったらかしにするのはマズイと考えるラピュス。だがヴリトラや他の七竜将のメンバーはそういう事は気にしないのか「ほっとけほっとけ」と言いたそうな顔でラピュスとその隣に立っているラランを見ている。

 すると、話をしているヴリトラ達に三人のスーツ姿の男性が近づいて来た。ヴリトラは男性達に気付くとチラッと彼等の方を向き、ラピュス達も一斉に男性達を見る。

 七竜将が自分達に気付くと男性達はヴリトラ達の前で立ち止まり軽く頭を下げて挨拶をしてきた。


「七竜将の皆さんですね?我々はタイカベル・リーベルト社ドイツ支部の者です」

「アンタ達が飛行機を準備してくれたって人達?」

「ハイ、既に皆さんが乗られる飛行機の準備は整っております。ご案内しますので、どうぞこちらへ・・・」


 男性達に案内されて空港内へ入って行く七竜将。人の多い空港の中をデュランダルや斬月の様な大型の武器、そして大量の荷物を持って歩いて行く姿は周りにいる空港のスタッフや旅行客などから注目を受けており七竜将はとても目立っていた。だがヴリトラ達はそんな視線を一切気にする事無く空港の中を進んで行く。

 しばらく空港の中を歩いているとヴリトラ達は空港の外に出て大きな倉庫の前にやって来た。そして倉庫の前にタイカベル・リーベルト社のマークがペイントされたセスナ・サイテーションが一機停められているのを見つける。セスナを見上げてヴリトラ達は驚きの顔を浮かべた。


「おおぉ、立派なセスナだな・・・」

「少しでも早く皆さんを日本へお送りする様に最新鋭のジェット機を用意しろという社長の指示でしたので」

「そうか・・・それで、コイツだと日本にはどのぐらいで着くんだ?」

「飛行時間は九時間三十分ほどとなっています」

「九時間?大型ジェット機でも十一時間は掛かるのにこんな小さなジェット機で二時間も早く着くのか?」

「この機体には最新型の高出力エンジンが搭載されています。通常の旅客機よりも早く飛ぶ事ができるんです」

「おいおい、何もかも最新かよ・・・」


 アレクシアがとんでもない物を用意してくれた事に苦笑いを浮かべるヴリトラ。いくら自分達が早くファムステミリアに戻りたがっているとは言え、ここまでされるの逆に申し訳なく思ってしまうのだろう。

 ヴリトラが男性と話をしているとセスナの出入口のドアからジャバウォックが顔を出してヴリトラに声を掛けてきた。


「おーい!荷物の積み込みは終わったぞ!早く乗れ、ヴリトラ!」

「ああ、分かった!」


 ジャバウォックに返事をするヴリトラは足元に置いてる自分の荷物を拾いセスナの方へ向かって歩き出す。すると突然立ち止まってスーツ姿の男性の方を向いた。


「・・・悪いんだけど、空港の入口前に停めてある俺達のバン、レンタカー屋に返しておいてくれないか?あそこに置いておくと邪魔になるだろうから」

「分かりました」


 ヴリトラの頼みに男性は頭を下げて返事をする。ラピュスの言うとおりやはりそのままにしておくのはまずいと考えたのかヴリトラはバンの返却を男性に頼むと階段を上りセスナに乗り込んだ。七竜将全員が乗り込むとドアは閉まりゆっくりと動き出す。

 巻き込まれない様にセスナから離れる男性とエンジニア達は滑走路へ移動する最新型のセスナを黙って見守っていた。セスナが滑走路に入るとゆっくりと方向を変え、エンジンの出力を上げて発進する。セスナが徐々に速度を上げ、やがて離陸し飛び立った。

 セスナが飛び立つと機内に静かに座っていたヴリトラ達はシートベルトを外す。そして空を眺めたり荷物の中から本を取り出して読書を始めた。ヴリトラも椅子に座りながら黙って外を眺めている。


「・・・ようやくこの時が来たか。早いもんだな、あれからもう一年経ったなんて」

「装置が完成するまでの間、私達はこっちの世界で特訓をしながら様々な仕事を引き受けて来た。おかげで知らなかった事も色々学べた」


 ヴリトラの隣の席に座っているラピュスが外を眺めているヴリトラに話し掛け、ヴリトラもラピュスの方を向いて小さく笑う。


「ああ、こっちに来た時と比べるとお前達は随分変わったよ。特に強さがな」

「強さだけではない。戦士としての精神もだいぶ強くなったぞ?」

「そうかぁ?それにしては今でも時々見た事の無い物を見ると興奮するところは変わってないみたいだけど」

「おまっ!人が一番気にしているところを・・・」


 頬を少し赤くするラピュスを見てヴリトラや二人の話を聞いていたリンドブルム、ジャバウォック、ジルニトラが笑い出し、ラピュスの後ろの席に座っていたラランも顔を出してラピュスを見ている。周りから笑われている事にラピュスは恥ずかしがり更に顔を赤くした。

 しばらくすると笑い声も収まり再び機内が静かになる。するとラピュスが天井を見上げながらどこな懐かしそうな顔を見せた。


「・・・もうすぐ、私達の故郷へ帰れるのだな。そうなれば、暗号名で呼ばれるのもお終いか」

「・・・うん」


 ラピュスの後ろにいるラランが返事をし、ヴリトラ達は再びラピュスの方を向く。


「こっちで生活するようになってから私達は本名を隠してずっとティアマット、テュポーンの暗号名で呼ばれてきた。一時、自分達の本名を忘れそうになった事があったからな。今思えば少し怖かった」

「・・・向こうに戻ればまた本当の名前を出せる」

「ああ・・・」


 実はラピュスとラランはヴリトラ達の提案で地球で生活する間は本名は伏せ、七竜将のメンバーの様に暗号名で呼び合う事にしたのだ。それはこちらの世界の住人ではないラピュスとラランの名前が出ると色々と面倒な事になる可能性がある考えられたからである。暗号名ならば七竜将の新しいメンバーと見られて注目を集めてしまうが、この世界には存在しない人間であると考えられる事は無くなる。言わば真実を隠す為の囮だ。

 ラピュスとラランが暗号名の事で過去を思い出していると、ファフニールがヴリトラ達の方を見ながらこんな事を言い出した。


「そう言えば、今ファムステミリアはどうなってるのかな?」


 向こうの世界はどんな状態なのか、それを気にするファフニールの言葉にラピュスとララン、そしてヴリトラ達はフッと反応する。そんな中でニーズヘッグが窓から外を見ながら口を動かした。


「俺達はトライアングル・セキュリティの施設にあるユートピアゲートの装置を壊した日から一年経つがブラッド・レクイエムの連中がこの世界に現れたという情報は無かった。それを考えると奴等がファムステミリアからこっちに行き来している事はないって事になるな」

「だが、奴等があの装置以外にも別の装置を隠しており、それを使って気付かれない様にファムステミリアからこっちに来たという事も考えられるぞ・・・?」


 さっきまで黙って読書をしていたオロチがニーズヘッグの方をチラッと見て自分の意見を言う。ニーズヘッグは外を眺めるのをやめると足元にある自分の小さながバッグから一冊のファイルを取り出し、開いて中を見る。そこには細かい字が書かれた書類が何枚も挟まれていた。

 その内の一枚を見たニーズヘッグは書かれている文字を指で差して書かれている内容を確認する。


「この一年間でアレクシアさんはブラッド・レクイエムが関わっている施設や場所を徹底的に調べてくれたがユートピアゲートの装置が隠してある場所は一つも無かった。つまりアイツ等がこっちと向こうを行き来する為の装置は俺達が壊したあそこのやつだけって事だ」

「つまり、奴等はこの一年間、こっちの世界には来ていない・・・?」

「そう言う事だ」


 ブラッド・レクイエム社の人間が地球に来ていない。それを聞いたヴリトラ達の表情は鋭くなり、なぜユートピアゲートを開発したブラッド・レクイエム社がこっちに来ないのかを不思議に思う。

 装置が壊されてもまた新しい装置を作れば地球に来れるはず、なのに彼等はこっちには来ていない。あまりにもおかしすぎる事だった。


「・・・アイツ等がこっちに来る事はファムステミリアで一年間過ごしていた、何か嫌な予感がするな」

「私達の世界で良からぬ事をしていなければいいのだが・・・」

「それは向こうに行ってみないと分からない」


 ヴリトラとラピュスがはこの一年の間、ブラッド・レクイエム社がファムステミリアで何をしていたのか考え難しい顔を見せる。リンドブルム達もこちらの世界でも恐れられていたブラッド・レクイエム社がファムステミリアでとんでもない事をしているんじゃないかと心配していた。

 そんな事を考えているとジャバウォックが難しい顔をしているヴリトラ達を見て手を数回叩いた。


「考えるのは一先ずそれぐらいにしておけ。日本に着くまでまだかなり時間がある、ファムステミリアに戻ったらこれまで以上に大変に事になるからな。少しでも体を休めておいた方がいいぜ?」

「・・・確かにそうだな。今考えても何もできないし、不安になって気が滅入るだけだ。今はファムステミリアに戻った時に備えて体を休めよう」


 ジャバウォックの案に賛成したヴリトラはラピュス達に体を休めるよう話す。ラピュス達も「確かにそうだ」という顔を見せ、席に付いたり飲み物を飲んだりなどして日本に着くまでの間、リラックスする事にした。

 揺れる機内で竜の名を持つ九人の戦士達は近づいて来る戦いの時に備えて静かに体を休める。それは戦い前の一時の安らぎと言ってもよかった。

 セスナに乗ってから九時間後、予定通りヴリトラ達の乗るセスナは日本の到着した。辺りは既に暗くなっており、セスナは暗い滑走路に着陸し少しずつ速度を落としていく。セスナはタイカベル・リーベルト社のエンジニア達が待っている倉庫の方へ進んで行き、倉庫の前で停止した。セスナが停まるとドアが開き、タラップがゆっくりとドアの前まで移動しセスナの機体にくっ付く。そして機内から出てきたヴリトラ達はタラップを降りていった。


「フゥ、長い空の旅だったぜ・・・」

「九時間も機内にいたもんね。もう体がガチガチだよ」


 外の空気を吸うヴリトラとリンドブルムが体を動かして体が硬くなっている事を訴える。その後ろではラピュス達も同じように疲れた表情をして体を軽く動かしている。

 ヴリトラ達がタラップの前で体をほぐしていると一台のバス走って来てヴリトラ達の前で停車する。突然現れたバスにヴリトラ達は目を丸くして驚いた。


「な、何このバスは?」


 リンドブルムがバスを見上げながら驚きの声を上げている。するとバスの前方のドアが開き、中から笑顔のジェニファーが姿を見せた。


「皆さん、お待ちしておりました!」

「ジェニファー、どうしてお前が此処にいるんだ?」


 ニーズヘッグは自分の妹弟子がいる事で更に驚き、ヴリトラ達もジェニファーを見て同じような反応をする。ジェニファーはバスを降りてヴリトラ達の前にやって来ると軽く頭を下げて挨拶をした。


「師匠達に『忙しいからお前が七竜将を迎えに行け!』って言われたのでこうしてお迎えに参りました」

「そう言う事か・・・たく、自分の弟子に行かせるなんて、何考えてんだあのジジイは!」

「そ、それ、師匠が聞いたら確実に怒りましよ・・・?」

「いいんだよ。どうせ普段から我が儘言ってお前に迷惑かけてるんだろう?少しぐらい悪口を言っても罰は当たらねぇさ」

(うう・・・その通りだから思わず頷いちゃいそう・・・)


 ニーズヘッグのDr.GGに対する評価を聞き、心の中で本音をポロリと出してしまうジェニファー。そんな会話をヴリトラ達は黙って聞いていた。

 二人がそんな話をしていると会話が終るのを待ち切れなくなったジャバウォックがニーズヘッグとジェニファーに近づいていく。そして呆れた様な顔で二人に声を掛けた。


「おい、話はそれぐらいにして、そろそろ行かねぇか?もうすっかり暗くなっちまってるんだからよ」

「あっ、そうでした。申し訳ありません。では、ご案内しますのでバスにお乗りください」


 本来の役目を思い出したジェニファーは七竜将達をバスに乗せる。荷物を全て積み終わり、全員が席に付くとジェニファーは運転手に声を掛けた。

 ドアが全て閉まり、バスは低いエンジン音を立てて発進する。空港から出たバスはヴリトラ達を乗せて静かな夜の道路を走って行く。車内ではヴリトラ達が外の風景を黙って眺めていた。

 空港を出てからしばらく経った頃、ジェニファーが席を立ちヴリトラ達の方を見て今後の事を説明し始める。


「皆さん、聞いてください。このバスは今タイカベル・リーベルト社が所有している兵器訓練場へ向かっています。そこには完成したユートピアゲートの装置が設置されており何時でも向こうへ行ける状態にあります」

「本当か?」

「ハイ。ですが今日は既に暗くなっていますので皆さんには訓練場にある施設で休んでいただき、明日の朝にファムステミリアへ向かって頂く事になります」

「何、すぐには行かないのか?」


 ファムステミリアに戻るのは明日だと聞き、ラピュスは思わず訊き返した。彼女の後ろの席に座っているラランも驚き、黙ったままジェニファーを見ている。


「ハイ。装置は完成していますがファムステミリアの何処に転送されるのか正確な位置は分からない状態なんです。ですから明日までに転送先を分析し、修正を終えてから皆さんを転送するという流れになっています。それに準備もしていない状態で転送先の分からないファムステミリアに戻るのは危険ですから・・・」

「確かにそうだな。師匠達から色々な話も聞かないといけないし、ファムステミリアに戻るのは明日にしよう。いいな、ラピュス?」

「・・・ああ、分かった」


 ヴリトラとジェニファーの話を聞きラピュスは少し悔しそうな顔をする。一刻も早くファムステミリアに戻って祖国や仲間達の状態を確認したいが、確かに準備をしていない状態で行くの無謀だ。ラピュスはファムステミリアに帰りたいという気持ちを堪えた。

 空港を出てから三十分後、バスは目的地であるタイカベル・リーベルト社の兵器訓練場へ到着する。入口を通り訓練場の中を進んで行くと東京ドームと同じくらいの広さのグラウンドが見えてくる。その中心には何やら塔の様な機械が四本立っており、その真ん中に円状の台が置かれてある。一年前にヴリトラ達がファムステミリアのブラッド・レクイエム社の補給基地で破壊したユートピアゲートの装置とよく似ていた。バスの中からそれを見たヴリトラ達はその装置の姿に驚きの表情を浮かべる。


「あれか・・・ブラッド・レクイエムが使っていたのとよく似ているな」

「まぁ、奴等の作った設計図や情報を元に作った物だからね。仕方がないわよ」


 以前見た事のある形をした装置にヴリトラとジルニトラは装置を見ながらそれぞれ感想を口にした。

 七竜将が装置を見ているとバスは大きな建物の前で停車し、止まったバスにヴリトラ達は運転席の方を一斉に向く。するとジェニファーが立ち上がり再びヴリトラ達の方を見て口を開いた。


「到着しました。皆さんには一度この建物に入ってアレクシアさん達のところへ行ってください」


 ジェニファーは目の前の建物を指差してヴリトラ達に指示を出す。ヴリトラ達は言われたとおりバスから降りて建物に入って行く。薄暗い中を進んで行くと明かりが漏れている一つの部屋を見つけ、ヴリトラ達は部屋の前で立ち止まった。先頭にいたヴリトラがドアを軽くノックすると中から聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「どうぞ」

「・・・!師匠!」


 部屋から聞こえてきたアレクシアの声にヴリトラはフッと反応しドアを静かに開ける。中を見ると広い部屋の中央に折り畳み式のテーブルが幾つも並んでおり、パイプ椅子に座ってヴリトラ達を見ているアレクシア、清美、Gr.GGの三人の姿があった。


「お待ちしていましたよ、皆さん」

「よぉ、しばらくだね?」

「ガハハハハッ!元気そうじゃねぇかガキ共ぉ!」

「・・・ご無沙汰してます」


 三人はヴリトラ達の姿を見ると笑って挨拶をする。ヴリトラ達も久しぶりに会う恩人達を見て微笑みながら挨拶をした。


「着いて早々申し訳ありませんが、早速お話を始めようと思いますので空いている席に付いてくださし」


 さっきまでの楽しい雰囲気から一変し、アレクシアは真面目な顔でヴリトラ達に座るよう言う。七竜将も真剣な顔になって空いているパイプ椅子に腰を下ろす。全員が座るとアレクシア達はテーブルに置かれている書類を手に取り話を始めた。


「電話でお話しましたように、ようやくユートピアゲートの装置が完成しました。実験も成功し、ファムステミリアのヴァルトレイズ大陸と繋げる事もできる様になりました。ですが、ヴァルトレイズ大陸の何処へ転送されるかがまだ分かっていません。今スタッフが分析をしています。今の流れなら明日の朝、もしくは昼前にはファムステミリアへ行けるはずです」

「本当ですか?」

「ええぇ、あと向こうの世界へ持って行く道具などの準備もこちらですせておきますから、皆さんはゆっくり休んでいてください」


 笑顔のアレクシアを見てラピュスは少し頬を染めながら彼女をアレクシアを見つめる。この一年間、ラピュスはアレクシアに色んな事で世話になった。彼女にとってアレクシアは母親の様な存在となっていたのだ。

 それからヴリトラ達はアレクシアと簡単な会議を行い、それが終ると彼等は用意された自分達の部屋へ向かい自由な時間を過ごしたのだった。

 その夜遅く、トイレに行っていたヴリトラが窓からの月明かりで照らされた廊下を一人で歩き部屋に戻ろうとしていた時、部屋の前で空の突きを見上げているラピュスの姿を見た。ラピュスの部屋はヴリトラの隣なので部屋に戻る時に出くわしても不思議ではない。ヴリトラは髪を下ろして空を見上げているラピュスを見ると静かに彼女の方へ歩いて行く。


「どうしたんだ?こんな時間に?」

「・・・ヴリトラか。お前こそどうしたんだ?」

「俺はトイレ、お前は?」

「私は眠れなくてな。月を眺めていただけだ」

「フッ、何アニメや漫画みたいな事やってるんだよ?」

「私は別にそんなつもり月を見ていた訳じゃない」


 からかうヴリトラの方をジッと見ながら低い声を出すラピュス。ヴリトラは不機嫌になったラピュスを見て笑いながら「悪い悪い」という素振りを取って謝罪した。

 簡単な謝罪をするとヴリトラはラピュスの隣に来て同じように月を眺め始める。しばらく二人は会話をする事も無く黙って月を見上げていた。


「・・・ファムステミリアは今どうなっているのだろうか?」

「さぁな、ただこの一年間、ブラッド・レクイエムの連中がこっちの世界には来ていない。となると、向こうの世界に何かをやっているって事になる」

「何かとは?」

「分からない。それは向こうに戻ってから調べればいいさ」


 ファムステミリアでブラッド・レクイエム社が何をやっているのか、それを考えるヴリトラとラピュス。今こうしている間もブラッド・レクイエム社がファムステミリアで暴れていると思うとラピュスは心が痛んで仕方がなかった。

 暗い顔で月を見つめているラピュスを見てヴリトラはポンと彼女の頭に手を乗せる。


「そんな顔すんなよ。大丈夫さ、ブラッド・レクイエムだって大陸中の国から反感を買うような事はしないはずだ。レヴァート王国もきっと無事だ」

「・・・ああ、そうだな」

「さっ、明日はいよいよファムステミリアに戻るんだ。さっさと寝ちまおう」

「ああ」


 明日に備えてヴリトラとラピュスは自分の部屋へ戻って行った。ファムステミリアに戻れば再びブラッド・レクイエム社との戦いが始まる。今夜は彼等にとってこの世界での最後の夜になるのだった。

 遂にファムステミリアに戻る時が来た。ヴリトラ達がいなくなってから一年が経ち、今ファムステミリアでは何が起きているのか、世界はどう変わったのか、ヴリトラ達にはまだ何も分からない。


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