第二十四話 戦いの準備と美味しい安らぎ
トコトムト村からストラスタ公国軍が侵攻してくる可能性があると感じ、七竜将はラピュス達第三遊撃隊と共に王国の依頼でトコトムトの村に駐留して敵を待ち伏せする事になった。最初は不安だった遊撃隊の騎士隊達も七竜将の話しを聞き、彼等の行動を見ている内に少しずつ不安が無くなっていき、迎撃の準備を行っている。
既に夕時で辺りは暗くなりつつあった。そんな中、無人のトコトムトの村では数ある廃墟の中に武器や道具を運び、いつでも戦えるように騎士達がテキパキと動いている。七竜将達もバンから自分達の武器や物資を降ろして廃墟の中に運んでいる姿があった。しかし、物資を運んでいたのはジルニトラ、ジャバウォックの二人だけでヴリトラ達の姿はない。
「よいしょっと。これで全部かな?」
「ああ。武器や弾薬、あと食料も全部バンから降ろし終えたぜ」
「そう。それで肝心のバンは何処に隠して来たの?」
「荷物を降ろした後に俺とニーズヘッグがデカい馬小屋ん中に隠しておいた。目立たない様に藁を被せてな」
荷物を降ろし終えたジルニトラが後ろでプラスチック製の大きな箱を降ろしているジャバウォックにバンの隠し場所を聞いて肩を回しながら小さく息を吐いた。どうやら二人だけで全ての荷物を運んだようだ。
ジルニトラとジャバウォックは荷物を降ろし終えると廃墟から出て、廃墟の入口のすぐ隣の置いてある段ボール箱に目をやる。ジルニトラがしゃがみこみ蓋を開けて中を見ると、そこには大量の野菜や調味料といった食材がドッサリと入っていた。
「さてと、次は昼食の準備ね」
「そうだな。騎士達も食事の準備を始めているようだし・・・」
ジャバウォックが周りを見ながら話しをしていると、周りでは彼の言うとおり、軽装の騎士達が焚き火で暖炉を作り、そこに大きな鍋を置いてスープや簡単や料理を作り始めている。
それを見たジルニトラも段ボール箱の中から野菜を一つ手に取って立ち上がり、周りを見て笑いだす。
「あんな簡単なスープや料理なんかな栄養が付かないわ。あたしが皆にご馳走してあげましょう」
「ご馳走って、全部で二十二人だぞ?そんなに材料は持ってきてないのにどうするんだよ?」
「騎士達の持って来た食材を分けてもらうからいいわ」
「勝手な奴だなぁ・・・」
笑いながら自分で決めて話しを進めるジルニトラを見てジャバウォックは呆れる顔で溜め息をついた。
「それで?どんな料理を作るんだよ?」
「フッフッフ、確かお肉があったわよねぇ?」
「ああ」
「そしてこの野菜、もう作るのは決まってるわ」
ジルニトラは自分の手の中にある野菜を見て料理は決まっていると笑いながら話す。因みにジルニトラが持っている野菜は人参であった。どんな料理なのか分からないジャバウォックはジルニトラの横顔を見ながら考え出す。
「一体何を作るんだよ?」
「分からない?皆大好きなあの美味しい料理よ」
「だから、そんな説明じゃ分からないんだよ。ハッキリと言え!」
もったえぶっているジルニトラをジッと見て若干苛立ちを見せながら言うジャバウォック。そんなジャバウォックの方を向いてジルニトラは表情を変えずに口を開いた。
「分かったわよ、教えるわ。それはね・・・」
ジルニトラはジャバウォックに小声で作る料理が何なのかを説明する。ジャバウォックはジルニトラに耳を貸して頷きながら聞いた。それからジルニトラは自分達の騎士達に事情を説明して食材を分けてもらい、人数分の料理を作り始める。ジャバウォックはその手伝いをするの事となった。
ジルニトラとジャバウォックがトコトムト村で夕食の準備をしている時、村から数百m離れた所にある川でヴリトラ、ニーズヘッグ、ファフニールは数人の騎士を連れて川に掛かっている石橋の上や橋脚部分で何かの作業をしていた。石橋の隅で座り込みプラスチック製の箱から取り出した小さな機械を付けてその機械についている小さなスイッチを押すヴリトラ。彼から少し離れた所ではファフニールが騎士達からヴリトラの付けている機械と同じ物を受け取って同じようにスイッチを入れている。
「ヴリトラ、こっちは付け終えたよ。そっちはどう?」
「あと一つで終わりだ」
作業をしながらファフニールに状況を説明するヴリトラ。スイッチを入れ、ラジオペンチで機械から出ているコードを捻じり設置を終えたヴリトラはラジオペンチをしまうと手を払って立ち上がる。
「よしっ!こっちも終了だ。ニーズヘッグ、そっちはどうだ?」
ヴリトラは石橋の下を覗き込んでニーズヘッグの名前を呼ぶ。橋の下にある橋脚の近くではヴリトラやファフニールと同じように橋脚に機械を取り付けているニーズヘッグの姿があった。川に落ちないように橋脚のくぼみやでっぱり部分に足を乗せてバランスを取りながら機械を摂津しているニーズヘッグ。ヴリトラと同じように機械から出ているコードをラジオペンチで捻じって設置を終えるとジャンプして岸へ跳び移ると石橋の上にいるヴリトラ達の方へ歩いて行く。
「こっちも全部付け終えた。後はコイツのスイッチを押すだけだ」
ニーズヘッグはポケットから手の平サイズのスイッチを取り出してヴリトラ達に見せる。何のスイッチなのかヴリトラ達にしか分からない。そんなヴリトラ達に手伝いをしていた騎士達が近寄って来る。
「な、なぁ。アンタ達、この石橋に一体何をしたんだ?俺達はアンタ達の手伝いをしただけで何も分からないんだが・・・」
「ん?・・・ああ、それは村に戻った話すよ。とりあえず、作業はこれで終了だ。手伝ってくれて助かったよ」
「お、俺達は隊長の命令で動いただけだ・・・」
ヴリトラから礼を言われるが、ラピュスの命令だと照れ隠しをする様に目を反らして答える騎士。その後ろでも他の騎士達が同じような態度で互いの顔を見ている。
道具をプラスチック製の箱にしまったヴリトラ達はその箱を持って村の方へ歩き始める。騎士達もその後をついて行き村へ戻って行く。そんな中、ヴリトラは橋の上から遠くに見える崖を見つめてニーズヘッグに声を掛けた。
「ニーズヘッグ、確かあの崖だよな?ラピュスの言っていた見張り小屋がある崖って?」
「ああ、確かあそこだった筈だ。今リンドブルムとオロチがラランと一緒に下見に行ってるはずだぜ?」
ヴリトラの質問にニーズヘッグも同じように崖を見て答える。ファフニールや騎士達もトコトムトの村を始め、周囲の村を見渡せる崖を見ながら歩き続けていた。今ヴリトラ達がいる石橋も当然その崖から見える位置にある。ヴリトラ達はこの石橋に何を仕掛けたのか、そしてその仕掛けは崖の上の見張り小屋と関係があるのか、この時はまだ七竜将以外の者は誰も知らなかった。
石橋の上でヴリトラ達が見張り小屋の事を話している時と同時刻、その見張り小屋のある崖の上ではリンドブルム、オロチ、ラランの三人が見張り小屋の前に立っていた。その小屋は外はボロボロで台風が来ればあっという間に吹き飛んでしまいそうな位の物だ。リンドブルム達はその小屋の中に入り、その中を探索する。中も外と同じでボロボロ、埃まみれの木製の机と椅子、そして休息用のベッドしか置いてなかった。
「うわぁ~、凄いねこれは・・・」
「こんな所で仕事が出来るのか・・・?」
「・・・この小屋はトコトムトの村に住んでいた人が使ってたんだけど、村が無くなってからは誰も使ってない」
小屋の中を見て驚くリンドブルムとオロチにラランが事情を説明しながら机の上を指でなぞり、指について埃を見つめる。リンドブルムとオロチもギシギシと音を立てる壁や床を見て小屋の状態を改めて思い知らされる。
リンドブルムは小屋を一通り見た後に外へ出て崖の方へ歩いて行く。ラランとオロチもその後について行き、崖から周囲を見回すリンドブルムの隣までやって来て同じように周囲を見回し始める。
「ここからなら確かにトコトムトの村やパティートンの村が見えるね。あの遠くにあるのパティートンの村でしょう?」
「・・・うん。ストラスタ公国に制圧された町。この辺りで一番トコトムトの村に近い所」
自分達のいる所から約2K程離れた所に見える村を指差してラランが説明する。今度は崖の下を指差してトコトムトの村とさっきヴリトラ達が作業をしていた石橋を指差して説明をしだす。
「・・・あそこがトコトムトの村でここから400mの所にある。そしてあそこに石橋があってそこまで500mある」
「さっき話してた事だね?」
「・・・うん」
トコトムトの村でラランから教えられた崖から石橋までの距離を思い出して確認するように尋ねるリンドブルム。その話を聞いた時、ラランの頭の中にヴリトラが言った言葉が蘇った。500mも離れた所から敵の情報を教えたり、攻撃する方法があるという内容だ。それが気になるのか、ラランがリンドブルムとオロチの方を向いて静かな声で尋ねる。
「・・・さっきヴリトラが言ってた方法って何?」
「方法?」
「ここから村にいる味方に敵の情報を教えたり、離れた敵に攻撃する手段の事が・・・?」
オロチの言葉にラランは黙って頷く。彼女はリンドブルム達が異世界から来た傭兵で、自分達よりも優れた武器を持ち、機械鎧という強力な義肢を持っている事を知っている。だが、500mも離れた場所から敵を攻撃するのは流石に無理だと思っているのか納得できずにいたのだ。そんなラランを見てリンドブルムは小さく笑ってまた小屋の方へ歩いて行く。するとリンドブルムは小屋の入口の隣に立て掛けられてある細長いアタッシュケースを取りだして蓋を開ける。
何が入っているのか気になり、リンドブルムに近寄って行くララン。彼の隣までやって来たラランはアタッシュケースの中を覗き込んだ。そして、アタッシュケースの中に入っている妙な形の物を見て目を細くした。アタッシュケースの中に入っていたのはアメリカ製の狙撃銃、『M24 SWS』ボルトアクションスナイパ-ライフルだった。アタッシュケースからM24を取り出したリンドンブルムはスコープを取り付けて動作確認をし始める。
通常、狙撃銃はケースの中にバラバラの状態でしまってあるが、リンドブルム達の持っているアタッシュケースはバラバラにする事なくそのまま状態で保管できるようになっているのだ。見た事のない武器を目にしてラランは目を丸くして狙撃銃に見惚れている。
「・・・リブル、これは何?」
「これは狙撃銃と言って遠くにいる敵を銃撃できる物だよ」
「・・・ソゲキジュウ?」
「うん、スナイパ―ライフルっていう人もいる。これはM24って言う種類のライフルで射程距離は・・・確か800mだったかな?」
「・・・!800m?」
驚くべき射程距離にラランはますます驚き、M24に顔を近づけて更にまじまじと見つめる。そんなラランを見てリンドブルムは苦笑いをしながら点検を始めた。オロチも離れた所から二人の光景を見ており、時々崖から周りの風景を見回してい景色を見ている。
「・・・この世界でもこんな夕日が見えるのだな・・・」
「・・・何か言った?」
「いや、でもない・・・」
「・・・?」
どこか懐かしそうな顔で風景を見ているオロチを見てラランは小首を傾げる。そこへ点検を終えたリンドブルムがM24を持って立ち上がり、崖の方へ歩いて行く。崖の落ちるギリギリまで近づいたリンドブルムは俯せになりM24を二脚で立てて構えると、ゆっくりとスコープを覗き込んでトコトムトの村からヴリトラ達がいた石橋の間の道を見る。
「・・・何やってるの?」
リンドブルムの行動が気になり、彼の隣までやって来た座り込むラランはそっとリンドブルムの声を掛ける。スコープから目を離してラランの方を向いたリンドブルムはスコープを指で軽く突いた。
「スコープの調整と狙撃ポイントの確認さ」
「・・・スコープ?」
「これだよ。狙撃銃用の遠眼鏡ってところかな?・・・覗いてごらん」
立ち上がったリンドブルムはラランの場所を譲り、ラランはゆっくりとリンドブルムがやった様に俯せになったスコープを覗き込んだ。そこには遠くにある道や木々がまるで目の前にある様に大きく映り、それを目にしたラランは驚いてスコープから目を離す。
それを見たリンドブルムは笑うのを堪えながらラランを見ており、何度もスコープを覗き込んでは目を離して遠くを見る。そしてまたスコープを覗き込むを繰り返すララン。そんな彼女にリンドブルムは片膝をついて姿勢を低くし、小さく笑いながら声を掛ける。
「どう?よく見えるでしょう?」
「・・・凄い、私達の使っている遠眼鏡じゃ、こんなに大きく見れない」
「このスコープも最新の物でね、もう一つ度を上げればもっと近くにあるように見えるよ?」
「・・・まだ大きくなるの?」
更に遠くにある物が近くにあるように見えると言うリンドブルムにスコープから目を離して更に驚きの顔になるララン。そんなラランを見てとうとう我慢できなくなったのか、リンドブルムはラランを見ながら笑いだす。
「・・・何?」
「フッ、フフフ。ゴメンゴメン、フフフ」
頬を膨らまして少し赤くしながらリンドブルムを見て怒るララン。そんなラランを見てリンドブルムは笑いながら謝る。ラランはソッポ向いて立ち上がると服に着いた砂を払い、リンドブルムに背を向けて腕を組む。機嫌を悪くしたラランを見ならが立ち上がったリンドブルムはM24を手に取り、崖の下を見下す。
「ここからなら敵の居場所や動く方向なんかを全て知る事ができるし、狙撃することも可能なんだ。ヴリトラ達を援護して情報を教える事ができるってわけ」
「・・・リブルがここに残って攻撃するの?」
「それとオロチもね。ラランは村でヴリトラ達と一緒に町を守りながら敵と戦って」
戦いが始まった時にどうすればいいのかをラランに説明するリンドブルム。ラランはリンドブルムの方を向いて話しを聞く。既にラランの表情は元に戻っており、いつもの無表情の様な顔を見せている。さっき笑われた事はもう気にしていないようだ。
「・・・じゃあオロチもここで狙撃銃を撃つの?」
「ううん。オロチは観測手をやる事になってるんだ」
「カンソクシュ?」
「観測手は狙撃手に敵の位置や情報を教えたりする人。あと、自分達に近づいてきた敵兵を倒す事とかも観測手の役目なんだ」
「・・・それをオロチがやるの?」
「そう。それに・・・」
チラッとオロチの方を見るリンドブルム。そしてオロチの大きな胸を見つめて指を指し、笑ってラランの方を見る。
「あの大きな胸じゃ狙撃の姿勢を長時間保つのは難しいだろうしね?」
「はあぁ・・・?」
笑いながら話すリンドブルムを睨みながら低い声を出すオロチ。自分の胸は狙撃の邪魔になると言われた気がしたのか、こめかみ部分の血管を浮かべて怒りを露わにする。
離れた所にいたオロチは瞬時にリンドブルムの真後ろまで移動して拳を鳴らしながら低い声のままリンドブルムに声を掛ける。
「リブル、今のお前の発言は胸の大きな全ての女達に対する侮辱のようなものだぞ・・・?」
「・・・ハイ、すいません」
少量の汗を掻き、前を向いたまま自分の背後で怒りを放つオロチに謝罪の返事をするリンドブルム。ラランもオロチの顔を見て驚いたのか一歩後ろに下がった。
オロチはリンドブルムの謝罪を聞くと拳を解いて崖の方へ歩いて行き、また周囲を見回し始める。
「お前、最近ヴリトラに似てきているぞ?気を付けないとろくな目に合わない・・・」
「・・・胸の事で怒る大人気ない人に言われたくないし・・・」
「何だって・・・?」
「何でもないで~す」
小声を出すリンドブルムに力の入った声を向けるオロチ。リンドブルムはオロチに背を向けながらめんどくさそうな声で返事をする。そんな二人の様子を見ていたラランは二人に気付かれないように自分の胸を見てそっと手を置いた。オロチの巨乳とは比べものにならない位の自分の貧乳、ラランはオロチの胸をチラッと見て少しだけ対抗意識を燃やすのだった。
「・・・大きい胸なんて邪魔になる」
「ん?何か言った・・・?」
「・・・何でもない」
何かを言ったラランの方を向いて尋ねるリンドブルム。ラランはリンドブルムとオロチの方を見ずに簡単に返事をして小屋の方へと歩いて行った。そんなラランの背中を見てリンドブルムとオロチは互いの顔を見て小首を傾げる。それからしばらくして三人は小屋の状態と崖から見える範囲を知らせる為にトコトムトの村へと戻って行ったのだった。
作業を終えたヴリトラ達は村に戻り、食事の準備に取り掛かる。周りは既に暗くなっており、町のいたる所には松明が置かれて暗い村を照らした。村の中央にある広場ではジルニトラと食事係の騎士達が夕食の仕上げに取り掛かっていた。周りでは空腹の騎士達やヴリトラ達が自分の皿を持って今か今かと夕食を待っている姿がある。
「お~い、ジル。まだかぁ?」
「僕達お腹減ったよぉ~」
「もうちょっと待ちなさい。あと少しよ」
ジルニトラに空腹を訴えるヴリトラとリンドブルム。蓋のしてある鍋の近くで食器や飲み物の準備をしているジルニトラはそんな二人に待つように告げて手を動かしている。周りではジルニトラの作った料理が何なのか気になっている騎士達の姿もあり、ヴリトラ達七竜将も気になっている。実は彼等もジルニトラの夕食のメニューを知らない。だが、鍋から漂って来る匂いを嗅いだヴリトラは表情を変える。
「・・・んん!これってまさか・・・!」
「ヴリトラ、料理が何か分かったのか?」
ヴリトラの隣になっているジャバウォックが夕食のメニューが何なのかを察したヴリトラに尋ねる。リンドブルム達もそんなヴリトラを見て一斉に視線を彼に向けた。
「ああ。て言うかジャバウォック、お前はジルと一緒に夕食の準備をしてたんじゃないのか?」
「ジルの奴から『アンタは騎士の皆に広場に集まるよう伝えてから皿を配ってきて』って言われて追い払われちまったよ」
「まぁ、ジルは衛生兵であるのと同時に七竜将の料理係だからね?」
苦笑いをしながら話すジャバウォックを見てファフニールも苦笑いを見せながら言った。すると七竜将の下にラピュス達姫騎士も皿を持って歩いてきた。ラピュスはヴリトラの隣まで来て料理をしているジルの方を向く。
「ヴリトラ、ジルニトラはどんな料理を作ってるんだ?」
「そうだよ。ヴリトラ一人だけ知ってるのはズルいよ」
ラピュスの質問を聞いてリンドブルムもさっき聞きそびれた質問をもう一度ヴリトラに尋ねる。するとヴリトラは皿に乗っている木製のスプーンを手に取り周りにいるラピュス達を見て笑いながら言った。
「匂い嗅げば分かるよ、大人も子供も好きなあの料理さ」
「大人も子供も・・・?」
まだ料理が何なのか分からないリンドブルムは首を傾げてヴリトラを見上げる。すると、夕食の準備を終えたジルニトラがヴリトラ達の方を向いて声を上げた。
「おまたせ~!できたわよぉ~!」
ジルニトラの言葉を聞いたヴリトラ達と周りの騎士達は一斉にジルニトラの方を向く。ジルニトラが大きな鍋の蓋を開けると、鍋の中から香ばしい香りが村中に広がっていく。匂いに連れられた一同が鍋に集まり覗き込むと、そこには茶色い液体が入っており、その中には無数の野菜や肉が入っている。それを見た七竜将はその料理が何なのかようやく理解した。
「これって、まさか・・・!」
「そう、カレーよ!」
ジルニトラがウインクをしながら料理の名を口にすると、ヴリトラ以外の七竜将は驚きながら声を出す。特にリンドブルムとファフニールは大はしゃぎで皿を持ちながら飛び跳ねる。
ラピュス達は鍋の中に入っている茶色い液体を見て「これは食べ物なのか?」と疑い様な表情を見せている。どうやらファムステミリアにはカレーの様な料理が存在しないようだ。ラピュスは隣にいるヴリトラを見て思わず尋ねた。
「お、おいヴリトラ。これは本当に食べ物なのか?」
「ああ。これはカレーと言って俺達の世界では有名な料理だ」
「そ、そうなのか?とても食べれる様には見えないが・・・」
未だに食べ物だと信じられないラピュスはジト目で鍋の中を見つめている。そんなラピュスに構う事無く、ヴリトラ達七竜将はジルニトラの前に並び出した。ジルニトラはカレーの入っている鍋とは別の鍋から白い物を大きなスプーンですくい皿に盛った。その白い物とは白い小さな粒が集まった物、米に似たものだった。
「おおぉ!久しぶりの白米!でもよぉ、よくこんなに沢山の米をどうしたんだ?俺達が持って来た量とは明らかに違うぜ?」
あまりにも多い米の量にヴリトラはジルニトラに尋ねる。するとジルニトラは笑いながら小さな革製の袋と取り出してその中から小さな麦の様な物を取りだしてヴリトラ達に見せた。
「これよ。これは『ポント』っていう食べ物らしいわ。騎士達が沢山持っているのを分けてもらったの。これは周りの殻を取って水で浸して蒸すとこんな風に白くなるんですって」
「それって、米と殆ど同じじゃないか」
「そうなのよ、あたしも知った時は驚いたわよ。この世界にお米と同じような食べ物があるんだからね?しかも食べてみたら味や食感までお米と同じ、例えるならコシヒカリみたいなものね」
「・・・分からねぇよ。コシヒカリとかササニシキとか」
ポントと言う食べ物の事を話すジルニトラを見ながら困り顔を見せるニーズヘッグ。ヴリトラ達も同じような顔をしていた。周りでも話しについて行けないラピュス達がボーっと七竜将の会話を聞いている。
話が終ると、ジルニトラは簡単にポントの事を説明してカレーを皿の上のポントの上に掛ける。その見た目はまさにカレーそのものだった。七竜将全員に装い終わると、ジルニトラはラピュスの方を向く。ラピュスは渋々ジルニトラの下へ行き、ポントとカレーを皿に装ってもらう。それに続いてララン、アリサ、そして騎士達と順番に装われ、全員に行きわたると、空になった鍋を確認してジルニトラも自分のカレーを取って近くの椅子に座った。
「・・・香りはいいのだが、見た目はあまり良いとは言えないな」
まだカレーを食べるのに抵抗があるラピュス。その隣ではラランとアリサもカレーをジッと見ている。そんな時、三人が離れた所でカレーをパクパクと食べている七竜将を見て目を丸くした。自分達の世界の料理である為、何も感じずに食べているのか、七竜将は笑っていた。
そんな様子を見ていたラピュス達は何処か引くような顔で七竜将を見ている。すると、アリサが美味しそうに食べている七竜将を見て自分も食べたくなったのか、覚悟を決めてスプーンでカレーをすくって口に入れた。それを見たラピュスとラランは驚いてアリサの顔を見る。目を閉じながらカレーを食べるアリサ。そして目を開いた時、アリサの口から明るい声が出てきた。
「美味しい、美味しいですよ、この料理!」
「え?」
「・・・本当?」
「はい、隊長もラランも食べてみてください!こんな料理食べたことありません!」
嬉しそうにアリサはカレーを口に入れてその味を堪能する。ラピュスとララン、そして周りの騎士達もアリサの食べる姿を見てゆっくりとカレーを口に入れる。そして口の中に味わった事の味が広がっていったのだ。
「美味い、美味いぞ!」
「何だよこの味は?こんなの食った事ねぇぞ」
「こりゃあ何処の国の料理だよ?」
周りでカレーの美味しさに騒ぎ出す騎士達。ラピュスとラランもカレーを口にして最初は驚いたが直ぐにその味の虜になった。
「・・・確かに、これは美味しいな。香ばしい香りが更に食欲をそそる」
「・・・私、これ好き」
ラピュスとラランの表情にも笑顔が浮かび、周りで料理を美味しく食している騎士達の姿を見た七竜将達も自分達の事の様に笑ってその光景を見ていた。それから夕食が終り、七竜将と第三遊撃隊は今後の作戦を確認してそれぞれの役割を分担する。そして幾つかの班に分かれて夜襲の警戒をしながら眠りにつくのだった。
トコトムトの村に周辺で戦いの下準備をするヴリトラ達。いよいよヴリトラ達の戦いが本格的に始まろうとしている、彼等にどんな戦いが待ち受けているのか、まだ誰にも分からない。




