第二百四十三話 激戦の決着! 崩れ落ちる二つの黒
ラピュス達は大きな倉庫の中でユートピアゲートの装置を発見する。これを手にすればファムステミリアに戻れると考えていると再び巨兵機械鎧が襲い掛かって来た。だが、ラピュスの一撃で頭部が破壊され操縦席の扉が開き坂口が姿を現す。破壊できない巨兵機械鎧を止める為にラピュス達は操縦している坂口への攻撃を始める。遂に戦いはクライマックスを迎えようとしていた。
操縦席に隠れていた坂口が姿を現し、ラピュス達は巨兵機械鎧を倒す為に操縦席を集中攻撃する事を決める。しかし、坂口も簡単にやられるつもりはないのか姿を現したまま巨兵機械鎧を操りラピュス達を攻撃するのだった。
「操縦席の扉を開いたからと言って勝った気になるなよ。まだ勝負はこれからだ!」
坂口は自分を守る装甲が開かれて危険な状態にあるにもかかわらず強気な態度を崩さずに攻撃を仕掛ける。高速回転し、ドリル状態になっている右腕の爪で目の前にいるラピュスに突きを放つ。ラピュスがその突きを後ろに跳んでかわすと爪は地面に刺さり、砕けたコンクリートの欠片が周囲に飛び散る。
「何て力だ!」
コンクリートを軽々と砕いてしまう巨兵機械鎧の一撃に驚くラピュス。巨兵機械鎧から距離を取り、足が床に付くとラピュスはアゾットを構え直して巨兵機械鎧を睨む。突きをかわされた巨兵機械鎧は刺さっている腕を引く抜き再びラピュスに攻撃しようと右腕を高速回転させる。すると離れた所でアスカロンを鞭状にし頭上で振り回しているニーズヘッグが巨兵機械鎧に向かってアスカリンを勢いよく振り下ろす。鞭状となっているアスカロンの刃は巨兵機械鎧の左腕に巻き付き、ニーズヘッグがアスカロンの柄を力一杯引っ張り動きを封じようとする。
「・・・そんな事をしても無駄な事がまだ分からないのか?そんな物ではこの巨兵機械鎧の動きを止める事などできん!」
左腕に巻き付いているアスカロンに気付いた坂口はチラッとニーズヘッグの方を向いて呆れた顔で彼を見る。ニーズヘッグはそんな坂口の言葉を気にせずに両手でアスカロンに柄を握り、力を込めて引っ張った。するとアスカロンが巻き付いている左腕は引っ張られて少しずつ動き出す。すると今まで操縦席を守る様に構えていた左腕が動き、操縦席の坂口へ攻撃する空間が生まれる。
坂口は左腕が動き自分を攻撃する空間ができた事に気付いて驚きの表情を浮かべていた。
「コイツ、左腕の動きを封じて私へ攻撃する隙を作るつもりだったのか。だが、まだ右腕が残っている!」
攻撃させまいと坂口は左腕に巻き付いているアスカロンの刀身を外そうと右腕を動かす。だがそこへオロチが巨兵機械鎧の右側面から姿を現し斬月を振り上げて攻撃して来る。それに気づいた坂口は右腕を戻してオロチの斬撃をギリギリで防いだ。
「クウゥ!」
「思い通りにはさせない・・・」
「この、小娘がぁ!」
坂口は巨兵機械鎧の腕を勢いよく横に振って斬月の斬月の刃を払う。掃われた時に斬月が押されて体勢を崩したオロチは後ろへ下がってしまい、そこを巨兵機械鎧の右腕が迫る。
「!」
「串刺しにしてくれるわぁ!」
高速回転する右腕の爪をオロチに向かって突く巨兵機械鎧。だがオロチの前にファフニールが入り込んでギガントパレードの大きな頭を盾代わりにし爪を止めた。
「うううううぅ!」
「ファフニール・・・!」
「大丈夫・・・オロチ?」
「ああ、すまない・・・」
手足に力を入れて踏ん張りながらギガントパレードで巨兵機械鎧の攻撃を止めるファフニールは後ろにいるオロチの安否を尋ね、オロチも小さな体で自分を守ったファフニールを見て頷く。それを見たファフニールは安心したのはオロチを見て微笑んだ。
ギガントパレードの頭で回転する爪を止めて火花を散らせる光景を見た坂口は視線をファフニールに移すと彼女を睨みながら舌打ちをした。
「また貴様か!何度も何度も私の邪魔をしおって!先に貴様から始末してやる!」
坂口は巨兵機械鎧の右腕を一度引いてもう一度ファフニールに攻撃しようとする。ファフニールは回転する爪を止めて傷だらけになったギガントパレードの頭を見た後に素早く構え直して攻撃を警戒した。そして巨兵機械鎧が再び右腕で攻撃しようとした、その時、ラピュスが巨兵機械鎧の懐に素早く入り込み、操縦席の坂口を睨みつける。そんなラピュスの姿を見て坂口は再び驚きの顔を浮かべた。
「しまった!あの小娘達はこの女を近づけさせる為の囮だったのか!」
ラピュスは驚く坂口を睨みながらアゾットを両手で握り攻撃しようとする。坂口はファフニールへの攻撃をやめて右腕で懐に入り込んだラピュスを攻撃した。ラピュスは迫って来る爪に意識を集中させてギリギリまで引き付けたところを体を反らして巨兵機械鎧の攻撃を回避する。そして攻撃をかわされて完全に隙だらけの状態となった坂口にアゾットで突きを放ち、切っ先は坂口の左肩に突き刺さった。
「ぐああああぁっ!」
肩から伝わる激痛に声を上げる坂口。ラピュスは突きが命中したのを見るとアゾットを素早く坂口の肩から引き抜き、今度は動きを封じられている左腕の前肘部の関節部分にアゾットを突き刺した。刺された箇所からはバチバチと火花が飛び散り、それを確認したラピュスはアゾットを引き抜き一旦巨兵機械鎧から離れる。そしてニーズヘッグも左腕に巻き付けていたアスカロンを解いて元の剣状に戻す。
坂口は刺された箇所を右手で押さえて痛みに耐え、自分傷を負わせたラピュスを睨みつけた。坂口の視線の先にはアゾットを右手に持ち自分を見つめているラピュス、その隣にはアスカロンで中段構えを取っているニーズヘッグの姿がある。そこへオロチとファフニールも合流し、四人は坂口を睨み返した。
「ううっ!ここまでやるとは・・・だがまだ勝負はついていない!」
坂口が右手で傷を抑えながら巨兵機械鎧の左腕を動かそうとする。ところが、なぜか左腕は上腕部から下が動かず言う事を聞かない。おまけに爪の回転も止まっている。
「な、なぜだ?なぜ左腕が動かん!?」
左腕が動かない事に驚きを隠せない坂口。すると、彼の目に前肘部の関節からバチバチと火花が出ているのが入る。それを見た坂口は何かに気付き目を見開く。
「ま、まさか・・・さっきの攻撃が・・・」
「実はこの倉庫に向かう途中でニーズヘッグから教えて貰ったのだ」
ラピュスが坂口に引く声で話し掛け、坂口もラピュスの方を向く。するとラピュスはアゾットの切っ先を巨兵機械鎧の左腕に向けて口を動かす。
「『例えどんなに装甲が硬くても関節部分は大抵が脆くなっている。だからそこなら超振動系の武器でも破壊できるかもしれない』とな」
「な、何だと・・・」
「だから倉庫に入って体勢を立て直し、巨兵機械鎧が倉庫に入って来たら左右の腕のどちらかの動きを封じて先にその腕を使えなようにしようと私達は考えたんだ」
「と言う事は、さっき蛇腹剣を左腕に巻き付けたのは私自身に攻撃する隙を作るだけではなく、左腕を破壊する為に・・・」
「そしてオロチとファフニールには右側に回ってもらい、右腕の動きを抑えてもらって私が懐に入りやすい状況を作ってもらったのだ」
「あの二人は最初から囮だったという事かっ・・・!」
オロチが右側から攻撃して来たのも、ファフニールが右腕の攻撃を防いだのも全ては右腕の攻撃を二人に向ける為のもの。坂口は完全にラピュス達の術中にはまってしまいラピュス達を睨みつける。だが坂口は左腕が使えなくなったにもかかわらず焦る様子も見せず、すぐに余裕の表情を浮かべた。
「・・・フッ、左腕を使えなくした事は褒めてやる。だが。例え腕一本使えなくなったとしても、まだこの巨兵機械鎧は戦えるわぁ!今度は同じ手は通用せん、全力で叩き潰してやる!」
まだ自分に勝機があると考える坂口は右手で傷口を抑えるのをやめると右手で右手の操縦桿の様な物を掴み、巨兵機械鎧の右腕を動かし始める。巨兵機械鎧は右腕を上げながらゆっくりとラピュス達へ近づいて行く。再び右腕の爪をドリルの様に高速回転させ、それを確認した坂口はラピュス達を方を向いて攻撃しようとする。だが、次に坂口がラピュス達の方を見た時、そこにはラピュスとニーズヘッグの姿しかなく、オロチとファフニールが姿が消えていた。
「何?あの二人は何処へ・・・」
「『同じ手は通用せん』?・・・いや・・・」
何処から聞こえてくるオロチの声。その声は巨兵機械鎧の左後ろから聞こえてきた。そこには斬月を両手で持って振り上げているオロチと同じようにギガントパレードを振り上げているファフニールの姿がある。オロチの声を聞いた坂口は目だけを動かしてオロチの方を向く。
「もう、次は無い・・・」
オロチはそう呟くとオロチとファフニールは同時に斬月とギガントパレードを左から勢いよく横に振り、巨兵機械鎧の左足を攻撃した。攻撃を受けた巨兵機械鎧はその衝撃でバランスを崩し左側に傾く。左腕が使えなくなっている為、腕を使って倒れるのを防ぐ事もできない。巨兵機械鎧はそのままゆっくりと倒れ、操縦席の坂口も驚きのあまり表情が固まっている。
「がああぁ!?また足を!」
前と同じように足に攻撃を受けてバランスを崩すという失敗に坂口の表情が歪む。ふと顔を上げて前を見ると、そこには高くジャンプして左足の機械鎧の膝関節の装甲を開き、マイクロ弾でこちらを狙っているニーズヘッグの姿が見える。巨兵機械鎧はマイクロ弾を受けても平気だが操縦席にいる自分は別だ。坂口はマイクロ弾から自分を守ろうと巨兵機械鎧の右腕を自分の前へ動かそうとした。だが次の瞬間、右腕の前肘部の関節部分を青い熱線が貫いた。熱線を受けた間接部分からは火花が飛び散り、それと同時に回転していた右腕の爪も停止する。巨兵機械鎧の右腕も動かなくなった。
「バ、バカな、なぜ右腕まで!?それにさっきの熱線は・・・」
坂口が熱線の飛んで来た方角を向くと坂口から見て左側に右腕を突き出し、手の平からノズルを出しているラピュスの姿を見つける。先程のはラピュスのバーナーキャノンだったのだ。
バーナーキャノンによって右腕も動かなくなり自分の身を守る術を失う坂口の顔は青ざめ、彼はゆっくりと前を向き自分を狙うニーズヘッグを見つめた。
「・・・終わりだ」
ニーズヘッグがそう言うと彼の左足からマイクロ弾が発射され巨兵機械鎧の腹部にある操縦席へと飛んで行く。
「・・・うわああああああああぁ!!」
迫って来るマイクロ弾を見て坂口の悲鳴が倉庫内に広がる。そしてマイクロ弾が坂口に命中し爆発するのと同時に叫び声も消えた。操縦席にマイクロ弾が命中した事で巨兵機械鎧は内部から次々に爆発を起こし体中から煙を上げて行く。そして床に倒れると同時に大爆発を起こした。
煙を上げて動かなくなった巨兵機械鎧を見つめるラピュス。そこへニーズヘッグ達も合流し同じように巨兵機械鎧を見つめる。
「・・・フゥ、手強い相手だったな」
「ああ、まさかこんな物まで作っていたとは、ブラッド・レクイエムはやはり危険な連中だ・・・」
「うん。もしこれをファムステミリアでも作られたら大変な事になるよ」
強敵を倒して少しだけ心に余裕が出たのかニーズヘッグ達は小さな声で話し合う。その中でラピュスはアゾットを鞘に納め、自分の右手を見てゆっくりと握る。
「これが無ければ私はきっと奴に殺されていた。機械鎧兵士になってもこれだけ苦戦するとは・・・・・・ヴリトラ達は大丈夫なのか?」
ラピュスは倉庫の外でケルピーと戦っているヴリトラ達が気になりふと倉庫の窓から外を見た。苦戦を強いられながらも何とか巨兵機械鎧とそれを操る坂口に勝利したラピュス達。だが、まだ戦いは終わってはいない。ヴリトラ達が戦っているケルピーを倒し、この施設にいるトライアングル・セキュリティの社員を投降させた時こそ、戦いが終る時なのだ。
時間は遡り、ラピュスがニーズヘッグ達と合流した頃、ヴリトラ達はケルピーとの激しい銃撃戦を繰り広げていた。狙撃銃で撃ってくるケルピーに対し、ヴリトラ達は拳銃やサブマシンガンなどで近距離戦向けの応戦している為、なかなか攻撃がケルピーに当たらないでいた。それに引き替えケルピーが長距離用のM700を使っているので正確にヴリトラ達を狙って撃って来ている。戦況はヴリトラ達の不利な状態だった。
「アハハハハ♪どうしたの?全然当らないわよぉ~」
トラックの荷台からスピーカーを使って遠くにいるヴリトラ達に話し掛けるケルピー。ヴリトラ達が暗示に掛かり攻撃が当たらなくなっているせいか、隠れる事無く堂々と姿を見せながらM700を撃っている。そんなケルピーにヴリトラ達は遮蔽物の陰に隠れながら攻撃していた。
「クッソォ~!こっちは隠れながら撃ってるって言うのに向こうは隠れようともせずに撃って気がやる!」
「すっごい腹が立つね!」
ヴリトラとリンドブルムはコンテナの陰に隠れながらオートマグとライチソドムを撃ち、トラックの荷台に立っているケルピーを見て苛立ちの顔を見せている。少し離れた所ではジープの陰に隠れながらサクリファイスとマイクロウージーを撃つジルニトラとジャバウォックの姿があった。
「きっとアイツ、あたし達が暗示に掛かって攻撃を当たられないと確信したのね」
「チイィ!攻撃が当たらないと分かっていてあんな隙だらけの状態になられると余計にムカつくぜ!」
「もうこうなったら、全てをラランに託すしかないわね!」
ジープの陰に隠れながら弾倉を再装填するジルニトラが別行動を取っているラランの事を考える。ジャバウォックはマイクロウージーの空弾倉を抜いて新しい弾倉をグリップ内に叩き込みケルピーの方を向く。
「俺達にできる事はできるだけアイツの注意を引いて俺達の作戦とラランの居場所を悟られないようにする事だ。とにかく攻撃を続けるぞ!」
「OK、分かってるわ!」
サクリファイスを握り、再びケルピーに向かって銃撃を再開するジルニトラ。ジャバウォックもマイクロウージーを握りトラックに向かって発砲する。するとジャバウォックの小型通信機からコール音が鳴り、ジャバウォックは銃撃をやめてスイッチを入れた。
「こちらヴリトラ」
「ヴリトラか、どうした?」
「俺とリンドブルムはこれからケルピーのトラックに向かって少しずつ前進する。お前達はそこで攻撃を続けてくれ」
「近づく?」
「ああ、近づけば俺達も攻撃を当てやすくなる。それにずっと銃撃だけを続けていたらケルピーに怪しまれちまうからな。近づいて俺達が接近戦に持ち込もうとしているとアイツに思い込ませるんだ」
「・・・成る程な。分かった、上手くやれよ?」
「了解!」
そう言ってヴリトラは小型通信機のスイッチを切る。そして目の前でライトソドムを握るリンドブルムを見ながらオートマグを左手に持ち、右手で森羅を鞘から抜く。
「よし、ジャバウォックとジルニトラに伝えた。行くぞ」
「うん。でも、どうして一気にケルピーに近づかずに少しずつなの?」
「一気に近づいたらケルピーが警戒して移動しちまう可能性があるだろう?そうなったらラランが狙撃できなくなっちまう。だから少しずつギリギリのところまで近づきながら攻撃するんだよ」
「あ、そっか・・・」
「まずは此処から一番近いコンテナまで走る。俺が森羅でアイツの銃撃を防ぎなら進むからお前は俺の後ろをついて来い」
「了解!」
ケルピーの方を目だけで皆ながら話すヴリトラにリンドブルムは頷きながら返事をする。しばらく隠れているとケルピーの狙撃が止まった。どうやら弾を再装填しているようだ。その隙を突いたヴリトラとリンドブルムはコンテナの陰から飛び出して走り出す。トラックの荷台では弾を装填していたケルピーが走っているヴリトラとリンドブルムの姿を見つけて急ぎM700の装填を終わらせて構え直した。
「接近戦に持ち込むつもり?そんな事しても無駄だよ。近づけば君達に勝機があるかもしれないけど、そうなると私も君達を狙いやすくなるんだからね!」
笑いながら走っているヴリトラとリンドブルムを狙い引き金を引くケルピー。小さな銃声と共に銃口から吐き出された弾丸はヴリトラに向かって飛んで行く。ヴリトラは迫って来る弾丸は森羅で弾いて防ぎ、目当てのコンテナに近づくとスライディングでコンテナの陰に滑り込む。リンドブルムもライトソドムで応戦しながら同じ様にスライディングで陰に隠れた。
目的のコンテナに到着した二人はコンテナにもたれながら息を吐き、無事にコンテナに辿り着けた事でひとまず安心する。
「よし、何とか近づけたな・・・」
「これでケルピーは僕達をより警戒するはずだよね」
「ああ、その間にラランが何とかケルピーを狙撃して勝負を付けてもらわないといけない」
「・・・頼んだよ、ララン・・・」
リンドブルムは別行動を取っているラランに頼み、コンテナの陰から顔を出してケルピーに向かって発砲した。
その頃、ヴリトラ達のいる所から300m離れた所にあるコンテナの上ではラランが俯せになりながらM24を構えている姿があった。M24は二脚を使って立てられている為、照準がぶれる事が無く狙い易くなっている。遠くから聞こえる銃声を聞きながらラランはグリップを強く握った。
「・・・この辺りでいいかな」
自分の体勢を直したラランはスコープを覗き込み遠くにいるケルピーに狙いを付ける。スコープの中にはケルピーがトラックの荷台に立ってヴリトラ達をM700で狙っている姿が映っていた。
「・・・あとは狙いをつけて引き金を引くだけ」
スコープのレティクルの中心をケルピーに合わせて引き金に指を掛けるララン。当たるか当たらないかという緊張からラランの心拍数は早くなり額からは微量の汗が流れ始める。
少しずつ指に力を入れて引き金を引こうとした、その時、突如ラランの耳のはめてある小型通信機からコール音が鳴りラランはビクッと反応し、慌ててスイッチを入れて応答する。
「こちらジャバウォック。ララン、聞こえるか?」
「・・・聞こえる」
「どうだ、狙撃の準備は整ったか?」
「・・・うん」
「よし、今ヴリトラとリンドブルムがケルピーに近づいて奴の注意を引いている。だがあまり長引くと敵も不審に思って移動するかもしれない。撃つなら今がチャンスだ!」
「・・・分かった」
今しかチャンスは無いと聞いたラランは小型通信機をそのままにして再びスコープの覗き込む。ケルピーの頭部に狙いを付けると力一杯引き金を引いた。
大きな銃声と共に弾丸は放たれてケルピーに向かって飛んで行く。だが、弾丸はケルピーのツインテールを掠っただけでケルピー本人には当たらなかった。すると髪から伝わる感触にケルピーはフッとスコープから顔を離す。
「何、今のは?ヴリトラ達の撃った弾が当たった?でも彼等は私の暗示に掛かっているから当てる事はほぼ不可能に近い・・・・・・と言う事は・・・」
ケルピーはヴリトラ達を撃つのをやめ、M700のスコープを使い遠くを見回し始める。すると遠くで何かが光っているのを見つけてスコープの覗き込む。そして俯せになって自分を狙っているラランを発見した。
「あれはさっきの女の子・・・成る程、ヴリトラ達は私の注意を引く為の囮だったって訳かぁ・・・本当の狙いはあの子に遠くから私を狙撃してもらう事!」
ヴリトラ達の作戦に気付いたケルピーはラランに狙いをつけ、腰のスピーカーの音量を最大にした。
「無駄だよぉ!普通の人間である君には私を倒す事はできない!同じスナイパ―ライフルを使った戦いなら私の方が断然有利、大人しくこっちへおいで!」
「!」
ケルピーの声を聞いたラランは目を見張り驚きの表情を浮かべる。それを聞いたヴリトラ達もケルピーがラランの存在に気付いた事に表情が歪む。
「しまった!ラランの事がバレた!」
「ちょっとマズいんじゃな!?」
「ちょっとじゃない、かなりだ」
状況が最悪な事に焦りを見せるヴリトラとリンドブルム。ジルニトラとジャバウォックも汗を掻きながら表情が鋭くなっていた。ジャバウォックは小型通信機に指を当ててラランに状況を伝える。
「ララン!ケルピーに作戦がバレた!今奴はお前を狙っている。すぐにその場から移動しろ!」
「・・・でも、今移動したもうチャンスは・・・」
「バカ野郎!撃ち殺された二度とチャンスは来ねぇんだぞ!?」
チャンスよりも自分の身の心配をしろと言うジャバウォックの言葉にラランは歯を噛みしめる。確かに死んでしまったらそれで全てが終わってしまう。今は生き残る事を優先して動くべきだと普通は考える。しかし、ラランはその場から動こうとしなかった。
「・・・此処で動いたらアイツにはもう同じ手は通用しない。それならこっちに意識が向けている間に!」
ケルピーが自分に意識を向けて動かなくなっている今の状況はラランにとって危険であり最後のチャンスでもある。もう二度と来ないかもしれないチャンスを此処で捨てる訳にはいかない。ラランは動かずに再びスコープでケルピーを狙う。
動こうとしないラランを見たケルピーは少し意外そうな表情を浮かべていたが、すぐに愉快そうな笑みを変わった。
「フフフフフ♪まだ戦う気なの?無駄だって言ってるのに、君って本当にバカなのぉ?」
「何っ?ラランの奴、まだ動いていねぇのか!?」
ケルピーの言葉を聞いたジャバウォックがまだラランが移動していない事を知り驚く。ヴリトラ達もケルピーが見ている方を見て目を見開いている。
俯せのままスコープを覗きケルピーを狙うララン。そんな彼女を見てケルピーはニッと笑いながらスコープを覗き引き金に指を掛けた。
「・・・いいよ。そんなに死にたいのなら望みどおりにしてあげる。その勇気に免じて、苦しまないように一発で頭を撃ち抜いてあげるからね♪」
ラランの額を狙うケルピーは指に力を入れて引き金を引こうとする。ラランもケルピーを狙って引き金に指を掛けた。ケルピーの暗示に掛かり、額を撃ち抜く、倒せないという言葉がラランの頭の中に響き不安になるララン。
(・・・手が震える、怖い・・・でも、ここで逃げたら皆おしまい。大丈夫、しっかり狙えば当たる。暗示に負けちゃいけない!)
ヴリトラ達と比べて暗示の掛かりが浅いのかラランは自分に大丈夫だと言い聞かせた。すると心の中で絶対に当たると考えるラランの周りになぜか風がラランを囲む様に拭き始める。その光景を見ていたケルピーはスコープに顔を近づけたまま、まばたきをした。
「あら?何だかあの子の周りだけ風が吹いてるなぁ、何でだろう?・・・ま、いっか。さっさとあの子を殺してヴリトラ達も仕留めちゃおう」
風の事を気にしないケルピーはラランの額に狙いをつけると素早く引き金を引いた。銃口から吐き出された弾丸は回転しながらラランに向かって行き少しずつ額に迫って行く。だが、弾丸がラランの十数cm前まで近づくと突然弾道がラランの周りの風によって左にずれ、弾丸はラランの額に当たる事無くこめかみの数cm横を通過した。弾丸が当たらなかったのを見たケルピーは驚きを隠せずにスコープから顔を離す。
「な、何今の?どうして弾道が・・・」
ありえない事に驚くケルピー。そんなケルピーを狙うラランも引き金を引いた。銃口から吐き出された弾丸はなぜか風を纏っており、さっきよりも速い速度で飛んで行く。そしてその風を纏った弾丸がケルピーの持つM700のスコープを破壊し、そのままケルピーの左胸に命中し体を貫通した。
「がはぁ!?・・・そ、んな・・・な、ぜぇ・・・?」
弾道がずれただけでなく、ありえない速さで飛んで来た弾丸を受けた事実に驚くケルピーはそのまま後ろに倒れて行き、トラックの荷台の上で仰向けになった。持っていたM700は荷台ではなく地面に落ちて高い音を立てる。ケルピーが倒れて光景を目にしたヴリトラ達はただ目を丸くしながら黙って驚いていた。
激しかった戦いの末に、遂に巨兵機械鎧とケルピーに勝利したヴリトラ達。敵の二つの巨大戦力を倒した事で施設の制圧は成功したも同然。だが敵を投降させ、ユートピアゲートの装置を確保するまではまだ彼等の戦いは終わらないのだ。




