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機械鎧(マシンメイル)は戦場を駆ける  作者: 黒沢 竜
第十三章~姫騎士は異世界を歩む~
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第二百四十話  ケルピーの隠された能力


 ケルピーの情報を手に入れた直後、ニーズヘッグ達はブラッド・レクイエム社の開発した新兵器「巨兵機械鎧」に搭乗した施設の司令官である坂口と遭遇し戦闘を開始する。その未知の兵器を前に苦戦を強いられるニーズヘッグ達だが、彼等は怯む事無く戦い続けたのだった。

 ニーズヘッグ達が巨兵機械鎧と戦っている頃、ケルピーの奇襲を受けたヴリトラとラピュスは手榴弾の爆発から上手く逃れ、爆発地点から数十m離れた倉庫の中に身を潜めていた。


「ハァハァ・・・さっきのは流石に肝を冷やしたぜ・・・」


 呼吸を乱しながら壁にもたれて座り込むヴリトラ。その隣ではラピュスが同じように座り込んで疲れた表情を見せている。


「大丈夫か?」

「ああ、なんとかな・・・」

「あの女も俺達を見失ったのか近づいて来る気配は無い。しばらく此処で休もう」


 安全を確保したヴリトラとラピュスは少しでも疲れを癒す為に壁にもたれて体の力を抜いた。倉庫の中には幾つもの木箱やドラム缶が山積みにされており、中央には数台のジープが停まっている。二人以外に人の気配はせず、とても静かだった。


「リンドブルム達は大丈夫だろうか?あのケルピーと言う女、かなりの強者だぞ」

「ああ、今まで戦ってきた幹部クラスとは何かが違う。リンドブルム達も慎重に戦わざるを得ないだろうな・・・」


 今までとは違う戦いの感覚に表情を鋭くしながら話し合うヴリトラとラピュス。すると、突然ヴリトラの小型通信機からコール音が鳴り、ヴリトラは小型通信機のスイッチを入れた。


「こちらヴリトラ・・・」

「ヴリトラ?無事なの?」


 応答すると小型通信機からリンドブルムの声が聞こえ、それを聞いたヴリトラの表情が少しだけ和らいだ。


「リンドブルムか、こっちは大丈夫だ。ラピュスもピンピンしてる」

「そっか、よかった・・・」

「そっちはどうなんだ?」

「こっちも皆大丈夫だよ。それより、さっき大きな爆発音が聞こえたけど・・・」

「ああぁ、あれか・・・あの女がグレネードを使いやがったんだ」

「グレネード!?怪我とかはしてない?」

「さっき言っただろう?俺もラピュスも無事だって」

「あっ、そっか。ゴメンゴメン」


 二人が無事なのを改めて理解し、リンドブルムがホッとした声を出す。それを聞いたヴリトラもニッと笑った。すると小型通信機から今度はジャバウォックとジルニトラの声が聞こえてきた。


「リンドブルム、それぐらいにしておけ・・・ヴリトラ、今何処にいるんだ?」

「今度の敵はちょっと面倒そうよ。一度合流して作戦を立て直さない?」

「・・・確かにな。俺とラピュスもさっきそう話していたところだったんだ」

「で、どうすんだ?合流するか?」

「・・・・・・そうだな。一度集まって作戦を練り直そう」


 合流する事が決まり、施設内を走っていたリンドブルム達は更に走る速度を上げる。勿論、いつ戦闘になっても対応できるように警戒しながら走っていた。


「分かった、今何処にいるんだ?」

「さっき爆発が起きたコンテナ置き場から東に数十m離れた所にある倉庫の中だ」

「よし、俺達がそっちに行くからそこでジッとしてろ」

「了解・・・そう言えば、ニーズヘッグから連絡はあったか?」


 ヴリトラは別れてから連絡を取っていないニーズヘッグ達の事が気になり、リンドブルム達にニーズヘッグの事を訊ねた。


「ケルピーに逃げられた後に彼女の機械鎧の事を調べてもらう為に連絡を入れたよ。でも、それからはまだ連絡は来てない」

「そうか・・・とりあえず、一度合流してからニーズヘッグに連絡を入れてみよう。ケルピーの対策はそれからだ」

「「「了解」」」


 指示を聞いたリンドブルム達は声を揃えて返事をし通信を切る。通信が終るとヴリトラは再び壁にもたれて静かに息を吐く。


「リンドブルム達は無事なのか?」

「ああ、誰も怪我はしてないみたいだ」

「そうか・・・」


 リンドブルム達の無事を知りホッとするラピュス。彼等が無事という事は同行しているラランも無事という事だから。ラピュスも安心したのかヴリトラの様に壁にもたれて体の力を抜くのだった。

 数分後、ヴリトラとラピュスの隠れている倉庫にリンドブルム達がやって来て無事に合流する。数分離れて頂けなのにとても長い時間離れていた様な感覚に包まれた。


「大丈夫、二人とも?」

「ああ、平気だ」


 リンドブルムの姿を見てヴリトラは立ち上がり彼等の下に歩いて行く。ラピュスもラランの姿を見ると笑みを浮かべて立ち上がり彼女の下へ向かう。


「ララン、大丈夫か?」

「・・・平気」

「そうか・・・」

「・・・隊長は?」

「見ての通りだ。機械鎧兵士でなかったら流石に分からなかったがな」


 小さく笑いながら話すラピュスを見てラランも珍しく微笑みを浮かべた。無事に合流したヴリトラ達は倉庫の隅へ移動し、姿勢を低くして今後の話し合いを始める。


「・・・さて、合流したのはいいが敵の情報が無い以上、このまま外に出てもこれまでの二の前だ。まずはニーズヘッグからの連絡を待ってそれから作戦を立てよう」

「そうだな・・・しかし、ニーズヘッグ達はどうしたんだ?情報を調べて連絡を入れるだけなのに随分時間が経ってるぞ」

「・・・もしかして、何か遭った?」


 嫌な予感するラランは小さな声で呟く、周りにいるヴリトラ達もラランの方を一斉の向く。すると小型通信機のコール音が鳴り、ヴリトラ達は素早くスイッチを入れて応答した。


「こちらニーズヘッグ。皆、聞こえるか?」

「ニーズヘッグ!」

「ヴリトラか、大丈夫か?」

「ああ、何とか無事だぜ。たった今リンドブルム達とも合流したところだ」

「リンドブルム達も一緒なのか?」

「うん!こっちも皆無事だよ」


 小型通信機から聞こえてくるニーズヘッグの声を聞いたリンドブルムは笑いながら返事をする。周りにいるジャバウォック達もニーズヘッグの声を聞いて安心の表情を浮かべた。


「それはそうと、何か遭ったの?なかなか連絡がなかったから心配したのよ?」


 ジルニトラが連絡を入れて来なかった事に付いて訊ねると小型通信機からニーズヘッグの低い声が聞こえてきた。


「・・・すまない。情報を調べている最中に敵襲を受けてな。今は身を隠して連絡を入れているんだ」


 ヴリトラ達の隠れている倉庫から約300m離れた所に建っているユニットハウスの中でニーズヘッグは姿勢を低くして小型通信機に指を当てて会話をしている。その近くではオロチとファフニールが姿勢を低くしながら近くにある窓から外の様子を窺っていた。ユニットハウスの外では巨兵機械鎧は遠くでニーズヘッグ達を探している姿が見える。


「敵襲?ケルピーか?」

「違う、この基地の司令官様だ。ブラッド・レクイエムが開発した最新兵器である巨兵機械鎧を使って襲ってきやがったんだ」

「ギガントマシンメイル?何だよそりゃあ」

「その説明は後だ。それよりもケルピーの情報が分かったから先にそっちを伝える」


 今ヴリトラ達が戦っている機械鎧兵士の情報を伝えるというニーズヘッグの言葉にヴリトラ達は表情を鋭くする。ラピュスとラランはニーズヘッグの言葉が聞こえない為、黙ってヴリトラ達の様子を窺っていた。


「アイツはブラッド・レクイエムに入る前はアイドルをやってたんだが、事故で喉に重傷を負い声が出なくなっちまったんだ。アイドルを辞める事になり失意のところを声を与えるのと引き換えにブラッド・レクイエムに入社したらしい」

「元アイドルかよ?それにしては随分と好戦的な性格だったぞ」

「機械鎧とナノマシンのせいで性格も変わっちまったらしい」

「チッ、恐ろしいもんだな、ブラッド・レクイエムの機械鎧やナノマシンは・・・」


 アイドルだった少女が好戦的な戦士に変わった事でブラッド・レクイエム社が危険な存在だという事を改めて理解するヴリトラは舌打ちをする。


「それで、奴の戦闘能力っていのは何なんだ?」


 ジャバウォックがケルピーの詳しい情報を聞こうと小型通信機の向こう側にいるニーズヘッグに訊ねる。ヴリトラ達も一番気になる情報が聞きたく一斉に口を閉じた。


「お前達、アイツの首を見たか?」

「首?・・・そう言えば、何か首輪の様な物を付けてたわね」


 ジルニトラは戦っていた時に見たケルピーの首輪の形をした機械の事を思い出す。


「その首輪こそがアイツの機械鎧なんだ」

「あの首輪が機械鎧?」

「そうだ。そして、ケルピーが纏っている機械鎧はあの一つだけ」

「体の他の部分は機械鎧になっていないって事なの?」

「ああ。情報ではケルピー自身が自分の体を機械にして魅力を下げたくないから喉の機械鎧以外は生身のままでいたい、と言ったそうだ」

「何よそれ・・・」


 つまらない理由を聞きジルニトラは呆れ顔になる。勿論ヴリトラ達も同じ様な顔をしていた。ヴリトラ達の表情が分からないニーズヘッグはそのまま説明を続ける。


「あの首輪型の機械鎧には人工声帯の機能も付いているらしく、首に付けただけでケルピーは声を取り戻す事ができたんだ。そして、もう一つあの機械鎧には機能が付いている。非常に厄介な機能がな・・・」

「厄介な機能?」


 低い声を出すニーズヘッグにヴリトラは反応して訊き返した。すると小型通信機から再びニーズヘッグの低い声が聞こえてくる。


「アイツの機械鎧は声の出せるようにするだけでなく、その声に特殊な音波を声に乗せて声と一緒に流す事ができる様なんだ」

「音波?」

「その音波は人間の脳を刺激して僅かな時間だけ無意識状態にする事ができるんだ」

「無意識状態・・・つまり副交感神経の優位δ波に変える事ができるって事か」

「何それ?」

「深い眠りについている状態になってるって事だよ」


 ヴリトラとニーズヘッグの話の意味が理解できなかったリンドブルムがヴリトラの方を向いて訊ねるとヴリトラはその質問に答えた。リンドブルムは理解できたのかできていないのか分からないが一応納得した表情を浮かべている。そんな中、再びニーズヘッグの説明が始まった。


「つまり、ケルピーの声を聞くと強制的に無意識状態となり、その相手に強力な暗示を掛ける事ができるんだ」

「暗示・・・催眠誘導って事か」

「その通りだ」

「・・・成る程、だからトライアングル・セキュリティの兵士達は戦意を取り戻して俺達に襲い掛かって来たんだな」


 あの時、戦意を失ったTS兵達がケルピーに会った途端、いきなり戦意を取り戻して恐れる事なくヴリトラ達に向かって来た理由を理解しヴリトラは納得する。ラピュスとラランもヴリトラ達の会話を聞いてケルピーの機械鎧がどんな性能を持っているのか少しずつ理解して行った。


「トライアングル・セキュリティの連中はケルピーの暗示に掛かり良いように利用されたんだ」

「チッ、ひでぇ事しやがるぜ」


 ケルピーの外道とも言える行いにジャバウォックは歯を噛みしめた。ジルニトラとラランもケルピーのやり方が気に入らないのか表情を鋭くして黙り込んでいる。


「ねぇ、もしかしてさっきのケルピーとの戦いで僕達がケルピーの言ったジープに仕掛けられたC4の事を信じちゃったのもそのせいかな?」

「ああぁ、多分間違いねぇだろうな・・・」


 リンドブルム達がケルピーとの戦いで彼女が言った言葉を信じ、思うように動けなくなったのもケルピーの暗示に掛かっていたせいだと気付きリンドブルムは悔しそうな顔をした。するとそれを聞いたヴリトラとラピュスもフッと数分前の戦いの事を思い出す。


「そう言えば、俺達もさっきケルピーの狙撃を受けた時にあの女の言葉で思う様に動けなくなっていたな・・・」

「ああ、あの女の失敗することなく急所を撃ち抜けるという言葉を聞いてから私達はあの女に姿が見つかるのを恐れていた」

「間違いない、それもあの女の暗示だろう・・・」


 二人の話を聞いたジャバウォックもヴリトラとラピュスの変化がケルピーの暗示によるものだと確信した。そこへニーズヘッグがまだヴリトラ達の知らない新しい情報を説明する。


「それともう一つ、ケルピーの声をハッキリと聞き取った奴ほど強く暗示に掛かるらしい」

「ケルピーの声をハッキリと聞き取った奴?」

「ああ、近くで会話をしたり、遠くにいる奴に拡声器とかを使って話し掛けたりすればより効果があると書いてあったぞ」


 ニーズヘッグの教えてくれた情報を聞いたヴリトラ達は小さく俯いて何かを考え出す。するとジャバウォックが何かに気付いたのか顔を上げて指を鳴らした。


「ははぁ~ん、アイツが腰に付けていたスピーカーは自分の声を敵にハッキリと聞こえる様にする為の物だったのか。スナイパーのくせに自分の位置を敵に知らせるなんておかしいと思ったぜ」

「あれは自分をアピールする為の物じゃなくて、確実に相手に暗示を掛ける為の道具だったんだね」

「確かに厄介だな。自分の声の届かない遠くにいる敵にも暗示を掛ける事のできる狙撃手、どうやって攻略する・・・」

「何か弱点はないのかしら?」


 ヴリトラが難しい顔でケルピーの攻略法を考える。ジルニトラやラピュス達も何が策は無いかと俯いて考え始めた。すると、ラランが隣で考え込んでいるジルニトラの腕を数回ツンツンと突く。


「・・・声を聞いたらダメなら、耳を塞げばいいんじゃ・・・」

「それは無理よ。耳を塞ぎながら戦うなんて危険すぎるもの」

「・・・そっか」

「・・・いや、使えるかもよ?」


 ジルニトラがラランの作戦を却下するとリンドブルムが二人の会話に参加して来た。周りのヴリトラ達は一斉にリンドブルムの方を向く。


「どういう事よ?」

「手で塞ぐ事はできなくても、耳栓とかを使えば手を使わずに耳を塞げるよ」

「ああぁ、成る程、それなら行けそうね!」

「でしょう?」

「いや、待て!」


 突如ジャバウォックがリンドブルムとジルニトラを止め、二人はフッとジャバウォックの方を見て不思議そうな顔を見せる。


「相手はスナイパ―だぞ?音や銃声から相手の位置を特定して戦うんだ。音が聞こえなくなっちまったら居場所を特定できなくなっちまうだろう。しかも相手はサプレッサーを付けてるんだ。ただでさえ聞き取り難い銃声を聞こえなくしてどうするんだ?そもそも耳栓なんて何処にある?」

「「あ・・・」」


 重要な事を忘れていたリンドブルムとジルニトラは目を丸くしながら声を出す。周りにいるララン以外の者達は呆れる様な顔で溜め息をついていた。


「・・・作戦が無い事はないぞ?」

「「「「!」」」」


 小型通信機から聞こえてきたニーズヘッグの声にヴリトラ達は反応する。


「ニーズヘッグ、それはどういう事だ?作戦ってどんな作戦だよ?」

「ああ、実はな・・・」


 ヴリトラの問いかけにニーズヘッグは自分の考えた作戦を説明する。そしてそれを聞いたヴリトラ達は目を見張って驚いた。そして四人は一斉にラランの方を向く。ラランは不思議そうに小首を傾げながら自分を見つめているヴリトラ達を見つめ返していた。

 ニーズヘッグから聞かされたケルピーの恐るべき力。その攻略方法を考えていたヴリトラ達にニーズヘッグが自分の考えた作戦を伝える。一体どんな作戦なのか、そしてなぜヴリトラ達はラランを見つめたのか・・・。


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