第二百三十七話 ケルピー戦開始 静寂の中の銃撃
現れたケルピーと彼女の言葉で手の平を返したように戦意を取り戻したTS兵達。そんなTS兵達を倒したヴリトラ達はTS兵達の変わり様に違和感を抱く。そしてその戦いの最中、ケルピーはヴリトラ達の前からいなくなり、離れた位置で狙撃態勢に入っていた。
姿を消したケルピーを探す為に辺りを探索するヴリトラ達。まだ彼等はケルピーが近くにいるのだと思い、戦闘が行われた場所の近くを探し回っている。
「いたか?」
「いや、影も形もねぇ」
「何処へ行ったのかしら?」
探索を中断して情報交換をするヴリトラ達。周囲には自分達以外に人影は無く、身を隠せるような物も無い。姿を現せばすぐに見つけられるような場所だった。
「これだけ見渡のいい場所だと隠れる場所も少ないからすぐに見つかると思ったんだけどな・・・」
「もしかして、もうこの近くにはいないんじゃ・・・」
ヴリトラとリンドブルムが周囲を見回しながら話し、ラピュス達も同じように周囲を見回して誰かいないかを探している。
「もしかして、部下が全員死んだのを見て怖気づいたのではないか?」
ラピュスがケルピーは逃げたのではないかと口にし、ヴリトラ達はチラッとラピュスの方を向いた。
「それは考え難いな。もし怖気づいて逃げ出すのなら最初から俺達の前に現れずにさっさと逃げればいい。それなのにあの女は俺達の前に姿を現した。つまり、アイツは俺達と戦うつもりで出て来たんだ。しかも、普通の人間であるトライアングル・セキュリティの兵達がやられる事を理解した上でだ」
「つまり、あの女は・・・」
「ああ、間違いなくまだこの施設内、それも遠くで俺達の姿を確認できる所にな。トライアングル・セキュリティの兵士達はアイツが俺達から距離を取る為の囮として利用されたんだ」
「何という女だ、勝てないと分かっておきながら彼等を特攻させたなんて!」
「そして、俺達は彼等を殺した・・・」
ケルピーに怒りを覚えるラピュスと利用されたTS兵達を手に掛けた事に複雑な気持ちになるヴリトラ。周りのリンドブルム達もそれぞれの気持ちを表情にして俯いていた。
「でも、やっぱり変だよね・・・」
「・・・何が?」
何かを不思議に思うリンドブルムにラランは小さな声で訊ねる。
「トライアングル・セキュリティの兵士達だよ。大勢の仲間が倒されて戦意を失っていたのに、あの女の人が現れて励まされた途端に一斉に戦意を取り戻したんだよ?それも僕達に対する恐怖心とかを一切見せずに」
「確かに変だな・・・」
「一体どうなってるのよ?」
リンドブルムの話を聞き、ジャバウォックとジルニトラも不思議に思う。なぜTS兵達は突然戦意を取り戻したのか、それが分からずにヴリトラ達は頭を悩ます。
広い場所でヴリトラ達が考えているとヴリトラ達の足元で小さな赤い光の点が動いている。それに気づいたラピュスがヴリトラ達に声を掛けた。
「おい、何だあの小さい赤い点は?」
「ん?・・・ッ!これは!」
ヴリトラが足元の赤い点を見た瞬間、彼の顔に緊張が走る。勿論一緒に見ていたリンドブルム達も同じ反応を見せてた。赤い点はゆっくりと動き、ラピュスの左胸まで移動する。その瞬間、ヴリトラはラピュスは抱き寄せて勢いよく横へ跳んだ。
「なぁ!?」
突然抱き寄せられて驚くラピュス。だがその直後、ラピュスの真後ろにあった木箱に一発の弾痕が生まれ、それを見たリンドブルム達は急いで近くに停車しているトラックや小さな正方形のコンテナの陰に身を隠し姿勢を低くした。ラランもリンドブルムに手を引かれて同じ所に身を隠す。ヴリトラはラピュスを抱えながら急いで立ち上がり、リンドブルム達から数m離れた所にある大きなコンテナの陰に隠れる。
「皆、大丈夫か!?」
「ああ、何とか無事だ!」
「こっちも大丈夫!」
ヴリトラがリンドブルム達の安否を確認するとトラックの陰にジルニトラと共に隠れているジャバウォックと小さなコンテナの陰にリンドブルムが返事をする。仲間達が無事なのを確認したヴリトラはコンテナの陰から少しだけ顔を出して敵の銃撃があった方角を睨む。
「敵の姿が見当たらない・・・と言う事は狙撃手か!」
「でも、銃声は聞こえなかったよ?」
「当然サプレッサー付きでしょうね!」
身を隠しているリンドブルムとジルニトラが力の入った声を出し、隣にいるジャバウォックは鋭い表情を見せ、ラランは少し驚いている様な表情をしていた。
「ヴ、ヴリトラ・・・そろそろ離してくれないか?」
「え?」
ラピュスの声を聞きふとヴリトラはラピュスの方を向く。彼は未だにラピュス抱きかかえた状態で立っており、ラピュスは頬を赤く染めながらヴリトラから目を逸らしている。
「あっ!ワ、ワリィ・・・」
現状を理解してヴリトラは慌ててラピュスを離す。ラピュスはヴリトラに背を向けながら髪を直し、特殊スーツの埃を払う。未だに顔は赤いままだった。
「え~っと、大丈夫か・・・?」
「・・・ああ、問題ない」
「そ、そうか・・・」
苦笑いをしながら頬を指でポリポリと掻くヴリトラ。ラピュスは背を向けたままチラッとヴリトラの方を向いて黙ったまま彼を見つめる。
「あ~オホンッ!と、とりあえず、今は敵を倒す事に集中するぞ?」
「ああ・・・」
咳をして敵に集中する事を伝えるヴリトラを見ながらラピュスは静かに返事をし、自分の頬を左手で軽く叩き気持ちを切り替えた。
ヴリトラは再びコンテナの陰から敵がいると思われる方角を見て敵を警戒する。ラピュスのその隣で真剣な顔をしながらコンテナにもたれていた。
「・・・敵は見えるのか?」
「いや、此処からじゃ見えない。俺達の目視できない位置から撃って来てるんだ」
「だが銃声は聞こえなかったぞ?」
「サプレッサーで銃声を消してるんだ。位置を特定されずに遠くから敵を撃つ、それが狙撃手の戦い方だからな」
狙撃手の強さであり恐ろしさでもある戦術を口にしながら目を動かしてケルピーを探すヴリトラ。だがケルピーは機械鎧兵士の視覚でも捉えるのが難しいくらい遠い場所にいる為、ヴリトラには見つける事ができなかった。
「あ~もしも~し!七竜将のみなさ~ん、聞こえますかぁ~?」
「「「「「「!」」」」」」
ヴリトラやリンドブルム達が必死にケルピーを探してると突如遠くからケルピーの声が聞こえてきた。ヴリトラ達は突然聞こえてきた声にフッと反応する。
「はじめまして~!私はブラッド・レクイエム社の天才美少女狙撃手のケルピーでぇ~す♪勿論、機械鎧兵士でぇ~す♪」
見張り台の上から笑顔でM700を左手に持ち、右手でヘッドセットのマイクを摘まみ挨拶をするケルピー。彼女の声はマイクを通して腰に付いている二つのスピーカーから施設全体に広がっているようだ。
とても戦場に身を置く者とは思えない程明るい声にヴリトラ達は拍子抜けの顔をする。
「な、何なんだこりゃあ・・・?」
「すっごく明るい声だよね・・・」
「ああぁ、まるでコンサートを開いているアイドルみたいだぜ」
ケルピーの異常なくらい明るい声にヴリトラ、リンドブルム、ジャバウォックは呆れる様な顔をしている。勿論、ラピュス達女性陣も同じだった。
「ブ、ブラッド・レクイエムの人間にしては珍しい性格だな・・・」
「え、ええぇ・・・」
「・・・本当に戦士?」
「分かんないわ。まぁ、本人は機械鎧兵士って言ってるみたいだけど・・・」
ジルニトラはトラックの陰から声の聞こえる方向を覗いてサクリファイスを握る。だが声が聞こえてもケルピーの姿は未だに確認できていない。
「えぇ~、今私は貴方達から300mほど離れた所にある見張り台の上にいま~す!」
「何っ?」
ケルピーの予想外の言葉にヴリトラは耳を疑う。そして声の聞こえる方角を見ると確かに数百m程離れた所に見張り台が一つ建っている。ジッと目を凝らして見張り台を見つめるヴリトラの後ろでは小さなコンテナの陰から双眼鏡を使って見張り台を見るリンドブルムの姿があった。すると、確かに見張り台の上でM700を持ちながらヘッドセットのマイクをいじくっているケルピーの姿を見つける。
「本当だ!見張り台の上にいるよ?」
「・・・どういうつもりだ?自分から居場所をバラすなんて、狙撃手としては致命的だぞ?」
「確かに・・・一体何を考えてるのかしら?」
自ら居場所を教えるというケルピーの言動を不審に思うヴリトラ達。するとケルピーが更に理解し難い事を言って来た。
「え~っと、初めに言っておくけど、君達では私には勝てません。なぜなら君達は私の声を聞いてしまったからでぇ~す」
「・・・は?」
「何を言ってるのよ?」
ヴリトラとジルニトラはケルピーの言葉の意味がまるで分からず、ただ聞こえてくるケルピーの声に耳を傾けていた。
「ヴリトラ、あの女は一体何を言っているんだ?」
「知らん。、まぁ、アイツが何を言おうと、倒す事に変わりはないさ。向こうさんも俺達を殺すつもり何だからな・・・」
ラピュスの問いに答えたヴリトラはホルスターに納めてあるオートマグを抜いて両手でしっかりと握る。ラピュスもアゾットを握りながら何時でも戦えるようにしていた。
「それで、どうやって攻める?」
「さっきも言ったように狙撃手は遠くか相手を狙い撃つという戦い方をする。遠くから敵を見つけて気付かれる事なく相手の頭や心臓を撃ち、一発で仕留めて来るんだ。相手が自分に近づいて来る前にな・・・」
「そんな敵とどうやって戦えばいいんだ?」
「スナイパ―ライフルは遠距離用の銃だ。つまり、遠くにいる敵を攻撃する為の武器。逆に言えば近くにいる敵を攻撃するのには向いていないんだ。だから奴に近づいて接近戦に持ち込めがいいんだよ」
「だが敵は遠くから私達を攻撃して来るのだろう?しかも近づかれる前に敵を倒すとお前が言ったんだぞ。どうやって近づくんだ?」
「簡単だ、敵に見つからないように姿を隠しながら近づいていけばいい。勿論、敵だって接近されないように常に周囲を警戒しているはずだ。だから・・・」
ヴリトラはチラッとリンドブルム達の方を向いた。リンドブルム達はヴリトラとラピュスの方を見ながら頷く。
「僕達が敵の注意を逸らすから、ヴリトラとラピュスはその間に障害物に隠れながら敵に近づいていって」
「頼んだぜ?」
「うん!」
「だけど、あまり時間は掛けられねぇぞ?相手も俺達が注意を逸らしている間にお前達が長い時間何もしてこなければ変に思って警戒を強くするはずだ。もしかすると場所を移動するかもしれねぇ。そうなったら余計にこっちが不利になる」
「ああぁ、分かってる」
ジャバウォックの話を聞きヴリトラは黙って頷きオートマグの残弾を確認する。
「コイツが届く距離まで近づいたら隠れるのはやめて撃ちながら一気に走って距離を詰めた方がいいな・・・ところで、スナイパ―ライフルはあるのか?注意を引くにしてもこっちの攻撃が届かないと奴が無視する可能性があるぞ」
ヴリトラがスナイパ―ライフルがあるのかを訊ねるとジルニトラが持って来たバックの中からM24を取り出してヴリトラに見せた。
「心配ないわ。ちゃんと持って来てあるわよ」
「よし、俺達はお前達が行動してから移動する。上手く敵の注意を引き付けてくれ?」
「分かってるって」
「気を付けてね、二人とも?」
「・・・頑張って」
リンドブルム達に応援され、ヴリトラとラピュスは小さく笑う。それから数秒経った後、リンドブルム達は小さなコンテナとトラックの陰から飛び出して一斉に走り出す。
「あっ、出てきたぁ!」
姿を見せたリンドブルム達をいて嬉しそうな顔をするケルピーはM700でリンドブルム達を狙撃した。だが弾丸が先頭を走るリンドブルムの足の間を通過して地面に当たり、外れたのを見たケルピーは急いでボルトハンドルを引き新しい弾を薬室へ送る。そして再びスコープを覗き込んだ時、リンドブルム達は走った先にあった大きなコンテナの裏に隠れていた。
「ちぇ、隠れちゃったかぁ・・・まぁ、いいか。狩りはゆっくりと楽しむ方がいいもんねぇ」
仕留めそこなったのに悔しがる様子を見せないケルピーは微笑み、再びスコープを覗き込んで隠れているリンドブルム達を狙うのだった。
コンテナの裏に身を隠しているリンドブルム達はコンテナにもたれながら戦いの準備をしていた。リンドブルムはライトソドムとダークゴモラの残弾をチャックし、ジャバウォックをマイクロウージーを握りながら何時でも撃てる状態に入っている。そしてジルニトラとラランはM24や持って来た銃器の残弾を確認しながら全ての銃を撃てるようにしていた。
「さて、二人があの子に近づけるようにできるだけ派手に攻撃するわよ」
「OK!」
M24を手にするジルニトラの方を見てリンドブルムはニッと笑いながら頷く。ジャバウォックもマイクロウージーを握りながら頷いた。ラランは手元にあるスコーピオンやワルサーppkがあり、二丁を両手に持つと真剣な顔でジルニトラを見ている。
「さぁ、行くわよ!」
ジルニトラの合図で四人は一斉にコンテナの陰から姿を見せてケルピーのいる見張り台に向かって発砲した。
コンテナの方から聞こえる銃声に見張り台の上のケルピーは意外そうな顔でコンテナの方角を見ている。リンドブルム達の撃った弾丸は見張り台の柱や柵に当たり、ケルピーの顔の横を通過するなどするがケルピーには当たらなかった。
「・・・なぁにぃ?一発も当らないじゃない・・・・・・ああぁ、向こうは拳銃やサブマシンガンしか持ってないんだぁ、それじゃあ当たらないのも当然よねぇ」
ケルピーはM700のスコープを覗きながらリンドブルム達の装備を見て笑う。彼女にとって命中する可能性の低い武器で攻撃するリンドブルム達が憐れに見えるのだろう。ケルピーはさっさと終わらせようとリンドブルムに狙いを定めて引き金を引こうとする。だがその時、ケルピーはジルニトラの方を見て彼女の持っているM24に気付く。
「あっ、スナイパイーライフル持ってたんだ」
「・・・食らいなさい!」
驚くケルピーをスコープで覗くジルニトラはケルピーの額を狙ってM24の引き金を引いた。ケルピーは咄嗟に姿勢を低くしてジルニトラの狙撃をギリギリで回避する。
「外した・・・」
ジルニトラはボルトハンドルを引いて弾薬を装填すると再びスコープを覗いてケルピーを狙おうとする。するとケルピーは見張り台から飛び降りて近くに停まっているジープの陰に逃げ込んだ。それを見たジルニトラはスコープを覗くのをやめてリンドブルム達にケルピーの居場所を教える。
「皆、ケルピーは見張り台の下にあるジープの裏側に逃げ込んだわ!」
「ジープか・・・」
「どうする?一気に近づく?」
「ああ、今の内にできるだけ近づいた方がいい。そうすればあっちも俺達の方をより警戒するはずだ」
「決まりだね」
ケルピーが見張り台からジープの近くに移動したのをチャンスと考えたリンドブルム達はコンテナの陰から飛び出す。そして木箱などの陰に隠れながらジープのある方へ走り出してケルピーとの距離を縮めてようとするのだった。
リンドブルム達がケルピーの下へ走り出したのを見たヴリトラとラピュスも自分達の役目を果たす為に動き出す。
「よし、俺達も行くぞ」
「ああ。しかし、リンドブルム達がいきなり有利に立ったように見えたが、私達が動く必要は無いのではないか?」
「何言ってるんだ、戦場では何が起きるか分からない。何か遭った時の為に俺達も動いてケルピーの側面か背後を取っておくんだ・・・行くぞ」
「分かった」
ヴリトラとラピュスは姿勢低くし、ケルピーの側面へ回り込む為に移動を開始する。ケルピーに見つからないようにできるだけリンドブルム達から離れて大きく円を描く様に移動するのだった。
遂にケルピーとの直接対決が始まる。狙撃手としてのどれ程の実力を持つか分からないケルピーにヴリトラ達は怯む事無く先手を打つ。だが、この時の彼等はまだケルピーの本当の恐ろしさを理解していなかったのだった。




