第二百十七話 森林を進め 近づく基地と作戦決行の時
聖賢竜からブラッド・レクイエム社の情報を聞いたヴリトラ達は森林基地に幾つかの謎がある事に気付く。だが、今の段階では何も分からないヴリトラ達は補給基地へ向かう事にした。だが、使う予定だった地下通路が使えなくなっており、仕方なく地上から基地を目指す事となる。そんな中で聖賢竜がついて行くと言い出し、ヴリトラ達は彼を同行させる事にするのだった。
静かな森の中を固まって進んで行くヴリトラ達はヴリトラを先頭にラピュス達も彼の後に続き、最後尾を聖賢竜がゆっくりとついて行く。
「随分進んだけど、今はどの辺りなんだ?」
ヴリトラが振り返り地図を持つラピュスに訊ねるとラピュスは歩きながら地図を見て今自分達がいる位置を確認する。周りにいるジャバウォック達も地図を覗き込んで現在地をチェックした。
「今は入口から東に500m程進んだ所にいる。このまま真っ直ぐ進むと広場に着き、そこから更に北西へ進むとブラッド・レクイエムの基地がある高台に着くはずだ」
「そうか・・・おい、『ジーニアス』、本当にその高台に基地があるんだな?」
そう言ってヴリトラは視線をラピュスから聖賢竜へ移し、聖賢竜をジーニアスと呼んで訊ねた。
実はジーニアスと言う名前はヴリトラが付けた聖賢竜の名前なのだ。ジーニアスは歩きながらヴリトラを見て頷く。
「間違いないのだ、以前その高台に行った時にそこに奴等の作った基地があったのだ」
「そうか?まぁ、お前がそう言うなら大丈夫なんだろう」
自信満々の態度で答えるジーニアスにヴリトラは「大丈夫だな」という様な顔で納得し前を向き直した。
「ところでヴリトラさん」
「何だ、アリサ?」
突然声を掛けて来たアリサにヴリトラは歩きながら後ろを歩くアリサの方を見る。アリサは最後尾にいるジーニアスの方を不思議そうな顔で見ていた。
「気になっていたんですけど、この子の名前のジーニアスってどういう意味なんですか?」
「ん?・・・ああぁ、ジーニアスって言うのか俺達の世界の言葉で天才って意味なんだよ」
「天才?」
「おおぉ!僕の名前は天才という意味だったのだ?そんな名前を付けてくれて嬉しいのだ!」
自分の名前の意味が天才だという事を知ったジーニアスは嬉しそうに低く数回ジャンプする。ジーニアスの大きな体が跳びはねる度に大きな音が森林に響き、ヴリトラ達は驚いてジーニアスの方を向く。
「お、おい、あまりはしゃぐなよ」
「あまり音を立てると敵に気付かれちまうぞ?」
「あっ、す、すまないのだ・・・」
ヴリトラとジャバウォックに注意されてシュンとしながら謝るジーニアス。一同は周囲を警戒して周りに敵がいない事を確認すると再び出発する。その間、ヴリトラ達は武器を握りながら何時でも戦闘態勢に入れるようにしていた。
十数分後、ヴリトラ達は予定通り広場に辿り着いた。多くの草木で辺り一面は緑色になっており、木と木の隙間から日が差し込んでのどかそうな雰囲気があった。それはとても幽閉の森林と言われた場所とは思えない景色だった。目の前の広場を目にしたヴリトラ達は少し驚いたのかその広場をしばらく黙って見回している。
「おおぁ、なかなかいい場所じゃねぇか」
「ああ、とても迷ったら二度と出られない森林とは思えねぇ」
「だねぇ・・・」
ヴリトラ、ジャバウォック、リンドブルムはのどかな広場を見て微笑みを浮かべる。ラピュス達もその景色に思わず見つめてしまっていた。ヴリトラ達が広場を見ているとジーニアスが一歩前に出る。
「この広場は森林の中でも特に広く、森林に棲みついている動物達が集まって草や木の実などを食べているのだ」
「つまり、動物達の憩いの場って事なのか?」
「そうなのだ」
ラピュスの問いかけに頷きながら答えるジーニアス。それを聞いたラピュスは上を見上げて飛んでいる小鳥達を見つめる。
「・・・こんなのどかな森林に基地を造るなど、ブラッド・レクイエムは何を考えているんだ」
「奴等にはのどかな景色を見て心が和むなんて事は絶対に無い。どんなに綺麗な所だろうと、どんなに人々が静かに暮らしていようと、利用できる物は全て利用する。それがアイツ等だ」
真剣な顔でブラッド・レクイエム社の人間が惨いのかを口にするヴリトラ。それを聞いたラピュスも真剣な顔でヴリトラの話を聞いており、リンドブルム達も黙って話を聞いている。ブラッド・レクイエム社にとっては幽閉の森林であろと何だろうと自分達の為になる物は全て道具にすぎないのだ。それをよく知っているヴリトラは心の中で苛立ちを押さえ込んでいた。
「これ以上、アイツ等のせいで苦しむ人や壊されていく自然を見るのはうんざりだ。さっさと此処にある基地を破壊して・・・・・・ん?」
遠くを見ていたヴリトラが何かを見つけて目を細くする。
「どうした、ヴリトラ?」
「何か見えたの?」
不思議そうな顔で訊ねるラピュスとファフニール。ヴリトラは返事をせずにただ一点をジッと見つめていた。ヴリトラが何を見ているのか気になり、リンドブルムが双眼鏡を取り出してヴリトラが見ている方角を覗いてみる。すると、遠くからこちらに近づいて来る三人のBL兵の姿が目に映ったのだ。
「あっ!ブラッド・レクイエムだ!」
「何!?」
リンドブルムの言葉を聞き驚くラピュス。それを聞いた周りの者達もフッとリンドブルムの方を見た。
「皆、伏せろ!」
ヴリトラは咄嗟にラピュス達の伏せる様に伝えて素早くその場に俯せになる。ラピュス達も遅れて俯せになり、ジーニアスはオロオロしながら急いで俯せになった。だがその体の大きさから俯せになっても殆ど体は隠れていない為、丸見えの状態とも言える。
それに気づいたジルニトラとラランがジーニアスを見て小声で話し掛けた。
「ちょっと、殆ど隠れていないわよ?それじゃあ敵に見つかっちゃうわ」
「・・・もう少し後ろの下がって木や岩の陰に体を隠して」
「わ、分かったのだ」
二人に言われてジーニアスは俯せたままゆっくりと下がって行き、近くにある岩の陰に隠れた。それを確認したジルニトラは自分のバックパックから単眼鏡を取り出してBL兵達のいる方角を覗く。三人のBL兵の中、二人はMP7を持ち、もう一人はショットガンのM500を持っていた。三人は周囲を見回しながらゆっくりとヴリトラ達のいる方へ歩いて行く。
「MP7にM500か、危険って程じゃないわね。どうする、ヴリトラ?アイツ等を捕まえて基地の情報を吐かせる?」
「・・・いや、此処で騒ぎを起こして敵に警戒されると面倒な事になる。このまま基地のある所へ行って敵が警戒態勢に入る前に片づけちまおう」
「了解よ」
「・・・ラピュス、この後はどう進めばいいんだ?」
「あ、ああ、ちょっと待ってくれ」
ラピュスは伏せたまま地図を取り出して場所と進む方向を確認した。しばらく地図を見ているとラピュスはヴリトラの隣まで来て地図を見せる。
「私達は今此処にいる。此処からこっちに進めば高台に着くはずだ」
地図を指でなぞりながら進む方向を教えるラピュス。確認したヴリトラはBL兵達の方を向いて彼等の動きを警戒する。
「さて、まだ向こうは俺達の事に気付いていない。このまま姿勢を低くして移動するぞ?」
「了解だ」
指示を聞いて返事をするニーズヘッグ。ラピュス達も言われたとおり俯せのまま移動を開始した。七竜将は慣れているせいか順調に匍匐で移動をするが匍匐前進に慣れていない姫騎士達は動き難そうな顔で前を進む七竜将の後をついて行く。
「おい、これは何時まで続ければいいんだ?」
「鎧や剣が地面を擦って動きにくいんですけど・・・」
「・・・立ちたい」
「僕はお腹が擦れて痛いのだ・・・」
姫騎士達に続いてジーニアスも七竜将に匍匐前進への不満を訴える。すると七竜将が止まり、ヴリトラが俯せのままラピュス達の方を見た。
「贅沢言うんじゃない。この森林では俺達の服装は目立つ色だから周囲に溶け込めない。もし立ち上がったら遠くからでもすぐに見つかっちまう。もう少し我慢しろ」
「そ、それは分かっているが・・・」
ヴリトラの言葉はもっともだがやはり納得できないラピュス達。するとオロチが突然ラピュス達の鎧を指差した。
「動き難いなら鎧を脱げばいいだけだ・・・」
「なっ!そ、そんな事できるわけないだろう!」
「ならヴリトラの言うとおり我慢しろ。これから私達は敵の基地に向かうんだ。潜入すれば敵に見つからないようにする為に常に姿勢を低くして移動する。今の内に匍匐に慣れておかないと後で酷い目に遭うぞ・・・」
「うう・・・」
オロチの鋭い言葉にラピュスは黙り込む。アリサとラランも黙ってオロチの方を見つめている。
「鎧を着ていない僕はどうすればいいのだ?」
「・・・知らん・・・」
ドラゴンの事などどうする事もできないオロチは適当に答えて再び前を見る。ジーニアスは適当に対応された事に若干ショックを受けたのかガクッと首を落す。
「さぁ、お喋りはお終いだ。アイツ等が近づいて来る前に移動するぞ」
ラピュス達とオロチの会話を聞いていたヴリトラは小声で移動する事を伝え、ヴリトラ達は再び匍匐前進でその場から移動する。その間、ラピュス達はずっと表情を歪ませながら匍匐をしていた。それから数分後にようやく匍匐から解放されて姫騎士達の顔から苦しさが消える。
その後もヴリトラ達は何度もBL兵達の姿を見掛け、その度に匍匐移動や物陰に隠れて移動するなどして森林の奥へと進んで行く。やがてヴリトラ達は薄暗い森林から明るい場所へ出て大きな一本道を見つける。
「こんな所に道が・・・」
「大きさからして人が通る道ではないな・・・」
「ああ、見た目からしてこいつは車道だ。タイヤの跡もある」
ヴリトラとオロチが道を見ながら何が通ったかを調べていると遠くから自動車の音が聞こえて来た。ヴリトラ達は咄嗟に茂みや木の陰に隠れる。ジーニアスは体を丸くして近くにある岩の陰に身を隠した。しばらくすると一台のジープが未知の真ん中を走って来る。そこにはBL兵四人が乗車しており、後部座席に座る二人はMP7を持ちながら周囲を見回していた。ジープはそのままヴリトラ達に気付かずに走り去って行き、ジープが見えなくなるとヴリトラ達も姿を見せて走り去って行ったジープを見つめる。
「あのジープは森の外の方から走って来たな。つまり、あっちに走って行ったって事は・・・」
「向こうに基地があるって事だね」
「ああ、道に沿って進めが間違いなく辿り着く」
「行こう!」
リンドブルムが遠くを指差しながらそう言い、ヴリトラも頷いた。一同は再び周囲を警戒しながら道の沿って奥へと進んで行く。それから十数分後、ヴリトラ達は目的と思われる広い高台に辿り着いた。そこは明らかに周りと違い木の数が少なく、あちこちに人工的に作られた道がある。ヴリトラ達は周囲を見回して基地を探していると遠くにフェンスに囲まれた建物を見つけた。
「あった。あれか・・・」
「ヴリトラ、どうする?」
ようやくブラッド・レクイエム社の基地を見つけ、この後どう動くかをヴリトラに訊ねるラピュス。ヴリトラはもう一度周囲を見回して基地を偵察できそうな場所を探した。すると基地の東側に崖があるのを見つけてヴリトラはその崖に注目する。
「あそこにある崖なら敵の基地を見渡せるはずだ。まずはあそこから基地の中を偵察しよう」
ヴリトラは基地に潜入する為の情報収集をする為に崖から基地を調べる事を提案する。ラピュス達も同じ考えだったのか反対せずにヴリトラの方を見て頷く。ヴリトラ達は偵察の為の基地の近くにある崖の上へ移動を始めた。
崖の上にやって来たヴリトラ達は周囲に敵がいない事を確認すると崖から基地を見下ろした。基地のあちこちには武装したBL兵の姿があり、いくつかの倉庫なども建っている。広さは東京ドームとほぼ同じで森林と比べると基地自体はとても小さく見えた。
「これがブラッド・レクイエムの基地・・・本当に見た事の無い作りだな」
「ええ、あんなの見た事ありません。変な形の建物もあちこちにありますし」
「・・・あれがヴリトラ達の世界の建物」
見た事の無い建物を見て驚く三人の姫騎士。ジーニアスも近くで見たブラッド・レクイエム社の基地に驚き目を丸くしている。一方ヴリトラ達は双眼鏡や単眼鏡を使って基地の内部を細かくチェックしている。ヴリトラ、リンドブルム、ニーズヘッグの三人は基地の偵察、ジャバウォックとジルニトラは荷物のチェック、オロチとファフニールは周囲の警戒をしていた。
「・・・基地を囲む様にフェンスが張られ、その近くに見張り台が・・・十二個はあるな・・・おまけに見張り台にはライトや重機関銃の『ブローニングM2』が搭載されてやがる。厄介だな・・・」
単眼鏡を覗き込みながらヴリトラは基地の防御力を計算して表情を鋭くする。隣では双眼鏡で同じように基地を覗き見ているニーズヘッグの姿があった。
「基地の奥にはアパッチにヴェノム、M1戦車にジープ、輸送用のトラックまで停車してやがる。これじゃあ基地と言うよりもちょっとした要塞だな」
「ああ、他にも中央に小さなビルみたいな建物がある。多分あそこが基地の中心部だろう」
ヴリトラは基地の中心にある二階建ての小ビルの様な建物を覗きながらニーズヘッグに話し、それを聞いたニーズヘッグもその建物を覗き見る。
「あそこが基地の本棟、つまり司令官がいるって事か」
「多分な。他にも左右に似たような建物が二つあるが、そっちは潜入した時に調べればいいさ」
本棟の左右に本棟よりも少し小さい小ビルが二つ建っているがそれが何なのか分からないヴリトラは単眼鏡を覗くのをやめて頭を掻いた。ニーズヘッグは二つの小ビルをチェックすると今度は基地の入口を調べる為にフェンスの近くを単眼鏡で覗く。
「入口は正面入口のゲート、そして反対側にあるもう一つのゲートの計二つ、基地に入るとしたらこの二つの入口を使うしかないが守りが堅いな。それにゲートの前に出た途端に見つかっちまう」
「『お届け物で~す』、何て言っても前に出ても通してくれるとも思えないしな」
「冗談言ってる場合か?これは本当に念入りに作戦を立てないと攻略できないぞ・・・」
単眼鏡から目を離してヴリトラにツッコムニーズヘッグ。二人が作戦をどうするか考えていると今まで黙って偵察をしていたリンドブルムが二人に声を掛けて来た。
「二人とも、三つのビルの裏に何かあるよ?」
「「んん?」」
リンドブルムの言葉を聞き、二人は再び双眼鏡と単眼鏡で小ビルの周辺を覗いた。すると、リンドブルムの言うとおり、小ビルの裏に四つの塔みたいな装置に囲まれた円状の大きな台の様な物があるのを見つける。
「何だありゃ?」
「分からない。何かの実験場か?」
「・・・あれもブラッド・レクイエムが何かに利用する装置である可能性はある。調べてみないといけないかもな」
装置が何なのか分からず難しい顔を見せる考えるヴリトラとニーズヘッグ。リンドブルムも不思議そうな顔でそれを見つめている。すると三人の後ろからジルニトラの声が聞こえて来た。
「皆、そろそろ作戦会議を始めるから集まって!」
ジルニトラに呼ばれた偵察をしているヴリトラ達と警戒をしているオロチとファフニールがジルニトラの下へ集まり、一同はその場に座り込んで作戦会議を始める。
「じゃあ、まずは作戦の内容を確認するわよ?あたし達の目的はあの基地がどんな物なのかを調べて情報を手に入れ、その後に基地を破壊する事。基地の破壊にはニーズヘッグが作ったこの小型爆弾を使うわ」
そう言ってジルニトラは小さなスチールケースを取り出し、その中に綺麗に並べられている手の平サイズの円盤状の爆弾を見せた。爆弾を見てラピュスは不思議そうな顔でまばたきをする。
「これが基地を破壊する為の爆弾なのか?小さすぎると思うが・・・」
「見た目は確かに小さいけど、威力は絶大よ?自動車なら簡単にふっ飛ばす事ができるんだから」
「そ、そんなに凄いのか?」
小型爆弾の破壊力に驚くラピュス。ラランとアリサも意外そうな顔で小型爆弾を見つめていた。
「この爆弾は基地の発電装置や武器庫、脆い部分にセットして脱出した後に一斉に爆発させる。ていうのはどう?」
ジルニトラが自分の考えた作戦の内容を訊ねるとジャバウォックが腕を組みながら首を横に振る。
「いや、それだと脱出している最中に敵に発見されて失敗する可能性がある。爆弾を仕掛けるのはいいとして、何か敵の注意を引く方法が必要になる」
「囮って事?」
「もしくは陽動だ」
「成る程、敵の注意がそっちに行っている間に爆弾を仕掛けて脱出するって言う作戦ね」
ジルニトラはジャバウォックの話を聞いて作戦の内容を一部改善する。
「じゃあ、作戦の内容はそれでいいな」
「ああ、陽動の内容は後で考える事にして、次はチームの分け方だ。固まって行動するとすぐに見つかる。最低でも三つにチームを分けてバラバラに行動した方がいい」
ジャバウォックの出したチームを分けるという話を聞いてヴリトラも「異議無し」と言いたそうに頷く。するとそこへリンドブルムがヴリトラに話し掛けてきた。
「それでヴリトラ、いつ作戦を開始するの?今から?」
「いや、こんな明るい時に作戦を始めるとすぐに敵に見つかっちまう・・・やるなら夜だ。暗闇に紛れて作戦を開始する!」
作戦を決行するのが夜に決まり、ヴリトラ達は遠くに見えるブラッド・レクイエム社の基地をジッと見つめる。その目には必ず基地を破壊してやるという強い意志が込められていた。
ブラッド・レクイエム社の基地を見つけたヴリトラ達は作戦決行を夜にすると決める。一体基地には何があるのか、そしてヴリトラ達の作戦は上手くいくのだろうか?




