第二百十三話 マグンの町へ 道中の空飛ぶ戦車
再びセメリト王国からレヴァート王国に救援が入り、パティーラムから救援に向かってほしいと依頼された七竜将。その依頼にブラッド・レクイエム社が関わっている事を知り、ヴリトラ達はノーティンク大森林に建てられている建物を調べる為にセメリト王国へ向かうのだった。
依頼を受けた翌日、七竜将と白竜遊撃隊の姫騎士三人は自動車に乗り朝一番でティムタームを出発する。今回は少々危険な仕事である為、七竜将が所持するジープとバン二台を全て使いセメリト王国へ向かう事になった。ヴリトラ達は自動車に揺られながら道を走って行く。
「・・・ティムタームを出てから三十分、ようやく四分の一ってところか」
先頭を走るバンの助手席で地図を見ながらヴリトラは自分達の現在地を確認する。隣の運転席ではニーズヘッグが前を見ながら運転をしており、後部座席ではラピュスとファフニールが後ろから地図を覗き見ている。
「三十分で四分の一って事は目的地のマグンの町まではあと一時間半は掛かるの?」
「いや、これは俺の計算上だから実際はもう少し掛かるかもしれねぇな」
「えぇ~、今日中に着けるのぉ?また野宿なんてやだよぉ?」
「それは大丈夫だと思うぜ?今回は馬車や馬に合わせて動いてるわけじゃないからスピードも出せる。遅くても昼過ぎには着くはずだ」
後部座席に座るファフニールにヴリトラは顔の向きを変えずに後ろを見て言う。それを聞いたファフニールは「ラッキー」と言う様な笑みを浮かべた。
「ヴリトラ、ノーティンク大森林にある建物はブラッド・レクイエムの物だとお前は考えているのか?」
「考えてるんじゃない、確信してるんだ」
ラピュスの問いにヴリトラは地図を折り畳みながら答える。ニーズヘッグとファフニールもヴリトラの方を見て真面目な顔を見せた。
「どうして確信を?」
「決まってるだろう?この世界では見た事の無い作りの建造物を作れるのなんて、奴等しかいない」
「だが、姫様はブラッド・レクイエムが関係しているかもしれないと言っただけで・・・」
「未知の建造物に関係していると言う時点でブラッド・レクイエムの物であると俺は確信したんだ。アイツ等が自分達の為以外によそ者にそんな建造物を作るとは考えられない。ブラッド・レクイエムっていうのはそんな連中の集まりなんだよ」
ラピュスよりもブラッド・レクイエム社の事をよく知っているヴリトラの言葉を聞き、ラピュスは納得の表情を浮かべる。すると、二人の会話を聞いていたファフニールがヴリトラの方を見ながら話に参加して来た。
「それじゃあ、ブラッド・レクイエムはどうしてセメリト王国の森の中にそんな建物を作ったんだろう?」
「さぁな、今の段階じゃ何も分からない。だが、奴等はレヴァート王国とストラスタ公国だけじゃなく、セメリト王国にも敵意を向けている。その事を考えると、その建物はセメリト王国と戦争を起こした時に使う前線基地か、それとも・・・」
「他の目的で作った何かと言う事になるな・・・」
ヴリトラの隣で運転をしているニーズヘッグも話に参加して自分の意見を口にした。真実が何であれ、ブラッド・レクイエム社が何かを企んでいる事は間違いない。それを考えてヴリトラ達の表情に鋭さが浮かぶ。
「とにかく、奴等が何を企んでその建物が何なのか、それは調べてみないと分からない」
「確かにそうだな、急いでセメリト王国へ向かおう」
「ああ。ニーズヘッグ、スピードを上げてくれ」
「分かった」
ニーズヘッグはヴリトラの指示を聞きアクセルを更に深く踏む。ジープは速度を上げ、後ろをついて来ているバンから離れた。後ろについていた二代のバンも速度を上げてジープの後を追う。三台の自動車は砂煙を上げながら一本道を進んで行き、セメリト王国の国境へと走って行った。
それから三十分後にヴリトラ達はセメリト王国の国境の町であるアローブに到着した。以前は徒歩とそれに合わせてゆっくりと自動車をゆっくりと走らせていた為、数時間掛かったが今回は一時間ほどで到着した。サザリバ大河の橋を越え、アローブを通過したヴリトラ達はそのままカイネリアのいるマグンの町へ向かう。周りを草木に囲まれた道の中を進む自動車。ヴリトラは再び地図を広げて現在地とマグンの町の場所を調べた。
「え~っと、アローブの町を出たから・・・今はこの辺りだな」
「道は合ってるのか?」
「ああ、このまま真っ直ぐ行くと分かれ道があるはずだ。そこを右へ進んでくれ」
「了解だ」
地図を見ているヴリトラに道が合っているのかを確認したニーズヘッグは前を向き直してアクセルを踏む。後部座席ではラピュスとファフニールが周りを見回している。
「凄く静かだね」
「ああ、この辺りは村や町も少なく、これから向かうマグンの町以外、人の住んでいる場所はないらしい」
「ふぅ~ん。でも、こんな静かな所に家を建てて暮らすのもいいかもしれないね」
静かで平和な光景を見ながらファフニールは笑顔を見せる。ラピュスもそんなファフニールを見て小さく笑っていた。すると、ラピュスは何かに気付いて突然空を見上げる。
「どうしたの、ラピュス?」
空を見上げるラピュスを見てファフニールは不思議そうな顔で訊ねる。
「・・・何か聞こえないか?」
「え?」
ラピュスの言葉にファフニールや助手席で地図を見ていたヴリトラも振り返ってラピュスの方を向き、運転しているニーズヘッグも顔を動かさずに視線をラピュスの方に向ける。
「ラピュス、何か聞こえるのか?」
「ああ、自動車が揺れてる音かと思ったのだが、明らかに違う音が聞こえ様な気がするんだ・・・」
ヴリトラとファフニールは耳を澄ませて目を閉じた。ニーズヘッグも運転をしながら意識を集中させて音を聞く。三人の耳には自動車が走る音と揺れる音が大きく聞こえる。だが、それ以外の小さな音が僅かに聞こえ、それを聞いたヴリトラ達は反応した。
「確かに聞こえるな」
「これは・・・ヘリのプロペラ音じゃないのか?」
ニーズヘッグが音の正体を口にし、ヴリトラ達は周囲を見回す。だが、周りには多くの木が生えて空が隠れており、プロペラ音の持ち主を見つける事ができない。しばらく走っていると木々が少なくなり、空が見える様になった。ヴリトラ達が再び空を見回すと、ヴリトラ達の右側の空に小さな黒い物体が飛んでいるのが見えた。それを見たヴリトラは双眼鏡を取り出してその黒い物体を覗き見る。
「あれがプロペラ音の正体か・・・」
「もしかして、ブラッド・レクイエム社のヴェノム?」
ファフニールがプロペラ音の持ち主がヴェノムではないかとヴリトラに訊ねる。だが、ヴリトラが見たのはヴェノムではなかった。
「・・・ブラッド・レクイエムのヘリである事は間違いない。だが・・・・・・あれはヴェノムじゃない、『アパッチ』だ」
ヴリトラの口から出てアパッチという言葉を聞いたファフニールは驚きの表情を浮かべ、ニーズヘッグも目を鋭くする。ヴリトラが見ていたのは黒と赤で塗装され、ブラッド・レクイエム社のマークを付けた米軍の攻撃ヘリ「AH-64アパッチ」だったのだ。幸いアパッチはヴリトラ達に気付く事無く離れていく。
双眼鏡を目から離したヴリトラは離れていくアパッチを見ながら舌打ちをする。
「チッ!ヴェノムやM1戦車以外にもあんな物をこっちの世界に持ち込んでいたのか」
「ヴリトラ、あれは前に見たヘリコプターとは違う物なのか?」
遠くのアパッチを見ていたラピュスがヴリトラの方を向いて詳しい事を訊ねる。ヴリトラは双眼鏡をしまいラピュスの方を向き頷く。
「ああ、ヴェノムよりも速く、機銃やミサイルを装備している。言ってみれば空飛ぶ戦車だ」
「戦車・・・この前見たM1戦車とか言う物と同じくらい危険な物なのか?」
「いや、空を飛ぶ分、アパッチの方が厄介だ。機械鎧兵士でも撃墜するのは難しいだろうな」
「お前達でもか?」
「ああ・・・唯一空を飛ぶ事ができるオロチなら分からないけどな・・・」
七竜将の中でアパッチとまともに戦えるのはオロチだけだと聞かされたラピュスは息を呑む。ヴリトラ達でも倒す事が難しい相手とこの後戦う事になるかもしれない、そんな不安がラピュスを包み込んで行く。
「心配するな。『倒すのが難しい』って言うだけで『倒せない』という訳じゃないんだ」
「そうだよ、私達が力を合わせればアパッチだって敵じゃないよ」
不安そうな顔を見せるラピュスを見てヴリトラとファフニールが小さく笑い声を掛けた。そんな二人の言葉を聞いたラピュスは顔を上げて少し驚きの顔を浮かべる。不安の様子を一切見せない二人を見てラピュスは頼もしく思い再び小さな笑みを浮かべた。
「フフ、そうだな。お前達がいれば大抵の困難は乗り越えられるもんな?」
「そう言う事だ」
笑みを浮かべたラピュスを見てヴリトラはウインクをする。ファフニールもラピュスを見てニコッと笑みを浮かべた。
「おい、もうすぐ分かれ道だ。ちゃんと座らないと頭とかぶつけるぞ?」
ニーズヘッグの言葉を聞き、ヴリトラとファフニールは姿勢を正した。ラピュスも姿勢を直して前を向く。やがて分かれ道に辿り着いたヴリトラ達は右へ曲がり、再び真っ直ぐ道に沿って自動車を走らせる。それからは何も起こらずにヴリトラ達は目的地のマグンの町へと向かって行くのだった。
二十分後、自動車を走らせていると数K先に城壁に囲まれた大きな町があるのが見え、ヴリトラは地図を見て確認し、ラピュスとファフニールも前を見つめる。
「見えたぞ、あれがマグンの町だ」
「あそこにカイネリア殿がいるんだな」
「ああ、まずは彼女から詳しい話を聞こう」
「よし、それじゃあ速度を上げるぞ」
ニーズヘッグはアクセルを踏んでジープのスピードを上げる。その後ろを二台のバンがついて行き、三台の自動車はマグンの町へ向かった。
マグンの町の正門の前には槍を持った数人のセメリト兵が立っており周囲を警戒している。正門の上でも弓矢を持った兵士が遠くを見回している姿があり、警備は万全の状態だった。
「よし、今のところ異常はないな」
「そうだな。ただ、異常があるとすれば・・・」
「例の建物だろう?」
「ああ、何でも前に騎士様達をさらっていたブラッド・レクイエムとか言う連中が建てた物だって話だぜ?」
「本当か?あの見た事の無い武器とかを使う奴等だろう?」
「ああ、今この町に駐留しているカイネリア殿も出くわした事があるとか・・・まったく、次から次へと面倒を起こす迷惑な奴等だぜ」
「しかも、奴等の仲間の一人が王宮に現れて宣戦布告をしたとか・・・どうなっちまうんだよ、これから・・・」
正門の上にいる弓兵達は周囲を警戒しながらブラッド・レクイエム社の話をした。すると、弓兵の一人が遠くから近づいて来るヴリトラ達の番を見つける。
「お、おい、あれ見ろ・・・」
「んん?」
もう一人の弓兵が遠くを見て近づいて来るジープを見つける。それを見た弓兵は表情を急変させて正門の前にいる兵士達に向かって叫んだ。
「おいっ!遠くから何かが近づいて来るぞ!」
「んん?何かって何だよ!?」
兵士達は正門を見上げながら弓兵に訊ねる。弓兵はもう一度確認してジープとバン、そしてジープに乗っているヴリトラ達の姿を確認するともう一度兵士達に向かって叫ぶ。
「鉄の馬車と変な格好をした連中が乗ってやがる!きっと、例のブラッド・レクイエムとか言う連中だ!」
「何ぃ!?お、おい!すぐに皆に知らせて来い!」
「わ、分かった」
ヴリトラ達をブラッド・レクイエム社と勘違いした兵士は近くにいる別の兵士に知らせるよう伝え、その兵士は慌てて正門の隣にある小さな扉から町へ入って行った。残った兵士と弓兵達は一斉に槍と弓を構えて攻撃態勢に入る。一方でヴリトラ達はそんな事も知らずにマグンの町へ少しずつ近づいていた。
「よし、もう少しだな」
「また兵士の人達は自動車を見て驚くのかな?」
「ハハハ、多分な」
ヴリトラとファフニールは笑いながら呑気に会話をしている。すると町の方から何かが光り、それに気づいたヴリトラ達は光った方を向く。
「ん?今何か光らなかったか?」
「そう言えば・・・」
二人が光の正体を考えながら不思議そうな顔をしていると、空から何かが降って来るのが見えた。その降って来る物を見て目を凝らすヴリトラ。それは徐々に大きくなり、やがてハッキリと見える位にまで大きくなった。そしてそれが矢である事に気付く。
「・・・矢の雨だぁ!」
「ええぇ!?」
「何だと!?」
「チイィ!」
驚くヴリトラの言葉を聞いてファフニールとラピュスも思わず声を上げた。ニーズヘッグは咄嗟にハンドルを切りジープを右へ曲がらせる。降って来た矢の数本はジープが走っていた所に落ち、別の矢はジープの後ろを走っていたバンのフロントガラスや屋根に当たった。
「うわあぁ!?」
「な、何だ今のは!?」
矢がフロントガラスに当たり驚くリンドブルムとジャバウォック。後部座席にいたラランも目を見張って驚いている。三人が驚いているとリンドブルムとジャバウォックの小型通信機からコール音が聞こえ、二人は素早くスイッチを入れた。
「こちらヴリトラ!」
「ヴリトラ、どうしたの!?て言うかさっきのは何?」
「分からない、町の方から矢が降って来たんだ!」
「矢が!?」
さっきのが矢である事を聞いて驚くリンドブルム。隣で運転をしているジャバウォックやもう一台のバンの中にいるジルニトラとオロチも驚いていた。
「多分、町の連中が俺達をブラッド・レクイエムと勘違いして攻撃して来てるんだ」
「どうするんだ?」
「急いで町へ行って説明するしかないだろう。お前達も速度を上げろ、一気に門の前まで行く!」
「分かった!」
「了解した・・・」
指示を聞いてバンを運転しているジャバウォックとオロチは返事をし、アクセルを踏んで速度を上げる。三台の自動車は一列走行からバラバラになり一気に正門まで近づいて行く。その間も何度も矢が飛んで来たがニーズヘッグ達が自動車は左右に動かして矢を全て回避する。そしてようやく三台の自動車は正門の前に辿り着いた。兵士達は目の前までやって来て自動車に驚きながらも槍を構えて警戒する。
「き、貴様等!ブラッド・レクイエムとか言う者達だな!?」
「この町には入らせんぞ!」
槍を握りながらジープに乗っているヴリトラ達を睨む兵士達。ヴリトラは「やっぱりか」と言いたそうに困り顔で兵士達を見ており、ゆっくりと降車して兵士達の方へ歩いて行く。
「待ってくれ、俺達はブラッド・レクイエムじゃない」
「私達はレヴァート王国の者だ。そちらから救援の要請を受けてこの町にやって来たのだ」
ラピュスもジープから降りてヴリトラと共に兵士達に事情を説明する。しかし兵士達は信用できないのか二人に槍を向けながら睨んでいた。
「お前達はブラッド・レクイエムとか言う者でないのならその証拠を見せて見ろ!」
「そうだ、我が国から救援を受けて来たというのならその親書を持っているはずだ」
「親書?・・・・・・あっ、パティーラム様から受け取るの忘れてた」
ヴリトラは救援の親書を受け取っていない事を思い出し、それを聞いたラピュスは目を丸くしてヴリトラを見る。
「やはり救援などウソだったか!」
「すぐに立ち去れ!さもないと・・・」
「待て!」
兵士達はヴリトラ達に攻撃しようとすると、突然声が聞こえ、一同は一斉に声のした方を向く。正門の隣にある扉が開き、中からカイネリアが姿を見せた。
「カイネリア殿!」
「その者達はブラッド・レクイエムではない。以前の救援要請でブラッド・レクイエムと戦ってくれた七竜将と言う傭兵達だ」
「ええぇ!?」
カイネリアの説明を聞き驚く兵士達。ヴリトラ達はカイネリアの登場でホッとしたのか小さく息を吐く。カイネリアはヴリトラ達の下へ駆け寄って来た。
「ヴリトラ殿、久しぶりだな」
「カイネリアさん、助かりましたよ」
「すまなかった、私が兵士達にしっかり説明していなかったせいで・・・。お前達も謝らないか」
「ハ、ハイ」
「大変失礼しました」
兵士達はカイネリアの後ろで頭を下げて謝罪する。ヴリトラ達はそんな兵士達を苦笑いしながら見ていた。
「思っていたよりも早く来られたな?」
「ええ、あれを使えばあっという間ですよ」
そう言ってヴリトラは後ろに止めてある自動車を指差しながら言う。
「それよりも、例の大森林の建物の事なんですが・・・」
「ああ、分かっている。とりあえず町へ入ってくれ。話はそれから・・・」
そう言ってカイネリアは兵士に指示を出して正門を開かせた。開門するとカイネリアは町へ入って行き、ヴリトラとラピュスもジープに乗り後をついて行く。ジャバウォック達のバンもそれに続いた。ヴリトラ達が入ると門はゆっくりと閉門する。
マグンの町に着いたヴリトラ達はカイネリアと再会した。しかし途中で目にしたアパッチからブラッド・レクイエム社は今回の一件でかなりの戦力を動かしている事が分かる。ヴリトラ達に今まで以上の緊張が走るのだった。




