第二百一話 会談の始まり 疑う心と信じる心
同盟会談の日が訪れてヴリトラ達は会談に参加する為に会場の虹色亭へと向かう。だが会場へ向かう途中にパリーエと白薔薇戦士隊の姫騎士が武器を隠し持っていたことが判明。ヴリトラはパリーエ達が他に武器を隠し持っているのかをチェックする為に身体検査を行うのだった。
屋敷の廊下で腕を組みながら目を閉じるヴリトラとその隣で心配そうな顔をして立っているラピュス。二人から少し離れた位置ではポーリー達が表情を曇らせて立っていた。ヴリトラ達の前には一つの扉があり、中から誰かの声が小さく聞こえてくる。すると扉がゆっくりと開いて中からジルニトラが顔を出した。
「終わったわよ」
ジルニトラの言葉を聞きヴリトラは目を開いて静かに部屋へと入って行く。ラピュスやポーリー達もその後をついて行き部屋へ入る。部屋の中では腕を組むオロチと鎧やマントを外して軽装状態で椅子に座りシュンとしているパリーエの姿があった。先程までこの部屋ではジルニトラとオロチがパリーエの身体検査をして他に僕を隠し持っているのかどうか調べていたのだ。
「で?どうだったんだ?」
「いや、驚いたわよ。これ見て」
そう言ってジルニトラは目の前にある円形の机を親指で指す。ヴリトラとラピュスは机を見るとそこには大量の武器が並べられていた。それを目にした二人は目を丸くする。
「も、もしかして、これ全部パリーエ王女が持っていたのか?」
「そうよ。鎧の下とか色んなところにね」
「女は男と違って体に沢山の引き出しを持っているからな・・・」
驚くラピュスにジルニトラとオロチは説明する。ヴリトラは机の前に来て並べられている武器を一つずつ確認し始めた。
「・・・短剣二本、ナイフ四本、投げナイフ八本、火薬玉八個」
「おまけにマントの裏に吹き矢とそれ専用に矢まで隠してあったのよ」
「いや、その、それはぁ・・・」
パリーエは言葉に詰まり言い訳もできずに縮こまる。
「貴方は歩く武器庫ですか!」
「す、すまない・・・」
あまりの武器の量にジト目でツッコミを入れるヴリトラと俯いて謝るパリーエ。これにはラピュスも流石に呆れたのか溜め息をついた。
「パリーエ王女がこれだけの武器を隠していたという事は、当然他の姫騎士達も・・・」
ヴリトラがゆっくりとポーリー達の方を見ると五人の姫騎士はギクッと反応してヴリトラから目を逸らした。彼女達の反応を見たヴリトラは「やれやれ」と言いたそうに顔に手を当てる。
「・・・パリーエ王女、なぜこんな事をしたのか、そろそろ本当の事を話してくれませんか?」
顔から手を離して鎧をマントを装備し直しているパリーエに言うヴリトラ。パリーエはマントを付けると手を止めてゆっくりと振り返った。
「・・・すまない。ここまでされてしまってはもう言い訳の使用もない・・・正直に言おう。わらわ達は、いや、わらわはお前達が怖くなったのだ」
「俺達が怖く?」
「ああ。昨日のお前との手合せでわらわはお前との実力の差と未知の武器に恐れを感じた。もし、お前達を敵に回してしまったらストラスタ公国の未来はどうなるか分からない。だからわらわはレヴァート王国との同盟で我が国が危険な立場にならないようにする為に父上に武装を解除させ、武器を隠した状態で会談を進めようと話した」
「もし、こちらが横暴な要件を出して来た場合はその武器を使って俺達を圧倒し、同盟を自分達の都合のいい状態に進めようとしたって訳ですね?」
ヴリトラの言葉にパリーエは申し訳なさそうな顔で頷く。
「パリーエ王女、貴方は昨日のヴリトラとの手合せで彼等の事を信じると仰いました。にもかかわらず、貴方は武器を隠し持ち、会談を進めようとした。ご自分が七竜将に対してどれ程失礼な事をされたのかお分かりですか?」
「すまない・・・」
ラピュスのキツイ言葉にパリーエは何も言い返さずぬ謝る。ラピュスはこれまで七竜将と行動して来た為、彼等が他人を脅したり横暴な要件を出す様な存在でない事をよく知っている。故に七竜将がそんな風に見られていた事が許せなかったのだろう。
パリーエを鋭い目で見つめるラピュス。そこへヴリトラはポンと肩に手を置いた。
「ラピュス、もういい」
「しかし・・・」
「言っただろう?前に戦争をしていた相手国と同盟を結ぶんだから警戒するのは仕方がないって?」
「だとしても、これはいくらなんでもあんまりだろう。いくら恐ろしかったからと言って相手に武装を解除させて自分達だけ武装をしているなど・・・」
「だけど、会談が始まる前にそれに気づいてこうして武器を見つける事ができた。俺達は怪我もしていないし、それでいいじゃねぇか?」
騙されたいた者の台詞とは思えないヴリトラの言葉にラピュスはしばらく彼の顔を見つめてゆっくりと息を吐く。
「・・・ハァ、お前は少し考え方が甘すぎるんじゃないのか?そんな事ばかりだと何時かはとんでもない目に遭うぞ?」
「ご心配なく、イザという時はしっかりやるからさ」
ニッと笑いながらウインクをするヴリトラにラピュスは改めて思った。「目の前にいる男が何時も戦場で仲間達に指示を出し、自分達を守ってくれていた頼れる男と同一人物とは思えない」と。
「相変わらず甘いわね、ヴリトラは」
「だが、ラピュスの言っている事も当っている・・・」
二人の会話を見て苦笑いを見せるジルニトラと無表情で呟くオロチ。二人もヴリトラがそういう性格だという事は十分理解している。理解した上で彼について行き、これまで共に戦って来たのだ。
ヴリトラ達の会話を見ていたパリーエはさっきまでの緊迫した空気とは違う雰囲気にまばたきをしていた。
「お、おい・・・」
「ん?あっと、忘れるところだったわ・・・とりあえず王女様?貴方の部下が隠している武器を全部ここに出させてくれませんか?」
ジルのトラはパリーエの方を見て武器の乗っている机をバンバンと叩く。パリーエは頷いてポーリー達に武器を全部出すように指示をする。ポーリー達は言われたとおり武器を机の上に置く。ヴリトラの読み通り、ポーリー達もパリーエと同じ量の武器を隠し持っていた。目の前にズラリと並べられた武器にジルニトラは目を丸くする。
「よくもまぁ、これだけの武器を会談に持ち込もうとしたわね・・・」
「もしバレたら同盟の会談どころではないな・・・」
オロチはナイフの一本を手に取り、光る刃を見つめながら言う。ポーリー達は気まずそうな顔でジルニトラとオロチを見ている。
全ての姫騎士が武装を解除したのを確認したヴリトラはパリーエの近づき机の上の武器を指差す。
「パリーエ王女、この武器の件は会談の時にヴァルボルト陛下達に伝えさせてもらいます。勿論、貴方達が武装を解除して会談を進めようとした理由もね。どんな理由であったとしても、貴方達が武器を隠し持っていたのは事実ですから」
「分かっている・・・」
自分達の過ち故にパリーエは言い逃れせずに受け入れる。勿論、彼女の部下であるポーリー達も同じだった。そんなパリーエ達を見てヴリトラは頭を掻く。
「でも、正直に話してくれましたから大目に見てもらうよう陛下には一応話しておきましょう」
「!?」
ヴリトラの口から出て意外な言葉にパリーエ達は驚き顔を上げる。
「ただし、会談の時にそちらに都合の悪い条件が出されても文句は言わないでください?それぐらいの罰は受けて貰わないと・・・」
「ああ、分かっている」
自分達を騙したにもかかわらずヴリトラはパリーエ達に情けを掛けた。その行動にパリーエは驚きと同時に喜びを感じたのか笑って頷く。
ヴリトラとパリーエの会話を見ていたジルニトラとオロチ。そこへラピュスが近寄って来た。
「・・・本当に甘い奴だな、ヴリトラは」
「アハハ、あたしも最初にアイツの性格を見た時は本当に驚いたわ。あんな考え方じゃ何時か戦場で命を落とすんじゃないかってね」
「だが、アイツは今日まで生き延びてきた・・・」
笑うジルニトラの隣でオロチは無表情のまま呟く。
「アンタも知っての通り、アイツは普段はチャランポランだけど、いざとなったら頼れる男よ。ヴリトラと一緒に戦うのなら、アイツのああいうところにも慣れておかないとアンタが持たないわよ?」
「も、持たない?」
「アイツの性格に振り回されて精神的にまいっちゃうかもしれないって事よ」
ニッと笑うジルニトラはラピュスはまばたきをし、ゆっくりとヴリトラの方を見る。ヴリトラは何処から持って来た布製の袋にパリーア達の装備を入れていき、全部しまうとそれを肩に担いだ。
(甘いような性格をして実際は常に仲間や敵の事を考えて行動する慎重な性格。ヴリトラは本当に何者なんだ?)
未だにヴリトラの全てを理解していないラピュスはヴリトラはただジッと見て彼の存在そのものを考える。そして彼女にとってヴリトラは色んな意味で少しずつ大きな存在へと変わっていってるのだった。
それからヴリトラ達はパリーエ達に自分達の身体検査をさせて武器を隠し持っていない事を確認させ、会場である部屋へと向かって行った。そして部屋の前に着くと目の前の大きな二枚扉を押し開く。中では部屋の中央にある円卓に付いているヴァルボルトとパティーラム、ザクセンとレレットの姿があり、彼等と向かい合う形でローシャルとガガトラが座っていた。
「遅いぞ、何をしておったのだ?」
ザクセンが遅れて来たヴリトラ達を見ながら言うと、ヴァルボルト達も一斉にヴリトラ達の方を向く。
「すいません、ちょっと問題が起きまして・・・」
「問題?・・・そう言えば、パリーエ王女達が何だが落ち着かない様子をしておるな。それにその大きな袋は何じゃ?」
ヴリトラの担いでいる袋を見て訊ねるザクセン。ヴリトラは袋を下ろしてその中に入っている大量の武器を見せる。それを見たヴァルボルト達レヴァート側は少し驚きの顔を見せるが、ローシャル達ストラスタ側は表情を急変させた。
「・・・これはパリーエ王女達が隠し持ってたい物です」
「何だと?確か今回の会談では全員武装を解除して参加するという話だったはずじゃぞ?」
「・・・ローシャル王、これはどういう事ですかな?」
「い、いや・・・これは・・・」
ヴァルボルトがローシャルの方を向いて事情を尋ねる。ローシャルは動揺を見せながら言い訳を考えた。するとパリーエ王女が前に出て口を動かす。
「ヴァルボルト王、この武器を隠し持っていた件は全てわらわが考えた事です」
「んん?どういう事です?」
「実は・・・」
パリーエはヴリトラ達に話した時と同じように事情を説明する。七竜将を恐れていた事、敵であった国に対して警戒をしていた事、そしてローシャルに武装解除をした状態で自分達が武器を隠し持っていた事など全てを正直に話した。パリーエの話をヴァルボルト達は真面目な顔で聞いており、ローシャルとガガトラは申し訳なさそうな顔をして俯いている。
「・・・成る程、事情は分かりました」
「大変、申し訳ありませんでした」
ヴァルボルト達に深く頭を下げて謝罪するパリーエ。その姿にポーリー達は目を見張って驚き、ヴリトラ達も少し意外そうな顔で彼女を見ている。
「頭をお上げください、パリーエ王女」
「し、しかし・・・」
「敵国であった我々が突然同盟を結ぼうなどと言えば警戒するのは当然の事。しかし、それならば最初から武装した状態で会談を進めた方がよかったのではないかと思いますぞ?」
「ハ、ハイ・・・」
「それに話を聞いたところ、貴方がたは七竜将の強さを押されてこのような事をしたとの事ですが、彼等は決して貴方がたの脅威になるような存在でありません。寧ろ、我等を救ってくれる救世主の様な存在なのです」
「きゅ、救世主?」
意外な言葉にパリーエやローシャル達は驚く。パティーラムも小さく笑って驚くパリーエ達を見ている。だがヴリトラ達は自分達をあまりにも持ち上げるヴァルボルトに少し困り顔を見せていた。
「へ、陛下、俺達は救世主なんかじゃ・・・」
「あたし達、ただの傭兵なんですよ?」
ヴリトラとジルニトラが謙遜するとヴァルボルトは笑って二人の方を見る。
「ハッハッハ、そんなに謙遜する事はない」
「ええ、少なくとも私やお父様はそう思っていますよ」
ヴァルボルトの隣に座っているパティーラムもニッコリと笑いながら言った。王族二人に言われ、ヴリトラとジルニトラは少し照れながら笑う。オロチは黙ってそんな二人を見ており、ラピュスも小さく笑っている。
「あのぉ、ところで陛下、今回のパリーエ王女達の行いなんですけど・・・」
「そなたの事だ、大目に見てくれと言いたいのだろう?・・・分かっておる。だが、少々こちらに有利な条件で会談を進めるという形にはなるが、ローシャル王、それで構いませんかな?」
「え、ええ、勿論」
ローシャルはヴァルボルトの問いかけに頷く。パリーエ王女も自分達の行いを許してもらえた事に笑みを浮かべている。
「・・・ヴァルボルト王、この大変失礼な事をした。改めて深く謝罪させて頂きたい」
「いや、もう気になさらずに。それよりも、早く会談を始めましょう」
会談を進めようというヴァルボルトの言葉にヴリトラ達はそれぞれ自分達の席に付く。ヴリトラ達は先に座っていた四人を挟む形で席に付き、パリーエ達も自分達の席に付いてヴリトラ達と向かい合う形になった。しばらく会場の部屋は静寂に包まれ、お互いに相手国の者達を見つめ合っている。
「それでは改めて、我がレヴァート王国とストラスタ公国の同盟会談を始めたいと思います。まず最初に、同盟を結ぶ理由についてお話しさせて頂きたい」
「私もその事を気にしておりました。親書ではブラッド・レクイエムという傭兵組織が関係しているとか?」
「ええ、前の戦争で一時そちらの国と契約を結んでいたと思われる組織です」
ヴァルボルトの話を聞き、ローシャル達は前の戦争でブルトリックが契約を交わしたとされる謎の組織の事を思い出す。見た事の無い武器を使い、常人以上の力で敵を倒して行く傭兵隊を派遣した組織こそブラッド・レクイエム社だという事を彼等は改めて理解した。
「彼等はこのヴァルトレイズ大陸とは別の大陸からやって来てこの大陸の様々な国に現れて騎士をさらい、自分達の仲間に作り変えようとしています」
「別の大陸から来て騎士をさらう?」
「ハイ、先日そちらにお送りした体が機械化した騎士達。彼等はブラッド・レクイエムによって作り変えられた者達なのです」
同盟前にストラスタ公国に送られた黒騎兵達の事を思い出してハッとするローシャル。あれがブラッド・レクイエム社の仕業であると知り驚きの顔を見せる。そしてそれと同時にあれはレヴァート王国の仕業ではない事を知った。
「あれは一体何なのです?どうして我が国の騎士達の体が鉄に変わっているのです?」
「理由や仕掛けは私達にも分かりません。その事はそちらのヴリトラが詳しいので、彼に説明してもらいましょう」
ヴァルボルトが座っているヴリトラの方を向いてブラッド・レクイエム社の説明を求める。ヴリトラはゆっくりと席を立ち、ストラスタ公国側の方を向いて説明を始めた。
「奴等は機械鎧という戦闘用の義肢を優秀な戦士に纏わせて自分達の戦力として利用しています。そして戦力となると判断したらそれを別の国に派遣して契約を交わし、莫大な資金を得ているんです」
「戦闘用に義肢・・・では、そなたのその左腕も・・・」
ローシャルはヴリトラの左腕の機械鎧を見つめる。ヴリトラは右手で左腕を擦りながら頷いた。
「ええ、以前左腕を失い、それを補う為に俺は機械鎧兵士になったんです」
「マシンメイルソルジャー・・・・・・それで、そなた達七竜将と奴等の関係は・・・」
「俺達も奴等と同じ場所から来たんです。奴等は俺達にとってもとても危険な存在です。人身売買や暗殺などを平気でやる悪名高い連中で、俺達も嫌っています」
「そうか・・・それで、彼等の目的とは?」
「俺達も詳しくは分かりません。ただ、奴等の仲間はこう言っていました。『この世界の秩序を変える』と・・・」
「秩序?どういう事だ?」
「分かりません・・・まっ、アイツ等の事です、この大陸全てを支配しようとしているのでしょう・・・」
ブラッド・レクイエム社の目的を完全に理解していないヴリトラは自分の考えを口にする。ラピュス達もブラッド・レクイエム社なら世界征服ぐらいはやりそうと考えて難しい顔を見せた。すると・・・。
「ハハハハハハッ!なかなか面白い連中だな?」
「「「「「!?」」」」」
突如部屋に響く女性の声。ヴリトラ達は部屋中を見回して声の主を探し出す。しかし、部屋の何処にも声の主らしき人物の姿は無い。
「誰だ!?」
ヴリトラは神経を集中させて声の主を探す。すると、円卓の真上に吊るされてあるシャンデリアが揺れ、その上から人影が飛出し、円卓の中心に着地した。一同は突然姿を見せた人影に驚き一斉に席を立つ。その人影は銀色の長髪に黒い髪飾りに鉄製の眼帯を右目に付けた十代前半くらいの少女。そして、露出度の高い服に両手両足が黒い機械鎧になっている。
「お、お前は!」
その少女の姿を見たヴリトラ、そしてラピュス、ジルニトラ、オロチは目を見張って驚く。その少女こそ、以前映像で見たブラッド・レクイエム社の支配者であるジャンヌだったのだ。
ジャンヌはゆっくりと立ち上がり、レヴァート、ストラスタの両国の王をチラチラと見た後にゆっくりとお辞儀をする。
「私はブラッド・レクイエム社の長、ジャンヌと申します。以後お見知りおきを、小さな国の王様達・・・」
ニッと笑いならヴァルボルトとローシャルに挨拶をするジャンヌ。二人の王は突如現れたブラッド・レクイエム社の支配者に驚きを隠せずにいた。そして両国の護衛は二人の前に立ちジャンヌから自分達の王を守る位置に付く。そんな中、七竜将は今までの敵とは違うジャンヌの威圧感に冷汗を掻いていた。
遂に会談が始まり、ストラスタ公国にブラッド・レクイエム社の事を説明しようとした時、突如ジャンヌが現れた。一体なぜ彼女はワズロに現れたのか、この時のヴリトラ達は何も分からなかった。そして、この後起きる大事件の事も・・・。




