第一話 戦場を舞う七匹の竜
月明かりが照らす夜の何処かの国の町。賑わう摩天楼では大勢の人が歩いており、賑やかな街中では笑い声などが響いている。その光景はとても世界中で紛争が起こっている事を知っているようには見えなかった。だが、そのほうが街の人々にとっては幸せなのかもしれない。
そんな摩天楼から離れた所にある大きな港。そこは街とは違い、とても静かで暗かった。船は全て止まっており、倉庫も明かりがついていない。だが、一つだけ明かりのついた倉庫がある。その倉庫は明らかに周りの雰囲気とは違っていた。その倉庫の入口の全ての出入り口にはがらの悪い外人の男が三人ずつ立って見張りをしていた。
服装はポロシャツに長ズボンといった軽装だが、何やら殺気の様なものを感じる。しかもその男達の手にはアサルトライフルの「AKS74U」が握られていた。更に銃を持っている男は倉庫の出入り口だけではない。倉庫の周りや、明かりのついている倉庫から少し離れた所にある倉庫の周りにも同じような男が数人うろうろしている。どうやら見張りの男達の仲間で見回りをしているようだ。
一方、倉庫の中では大勢の男達が大きな木箱の中から何やら物資の様な物を取り出して中身を確認している。その中で一人の男が木箱から取り出した段ボール箱を開けて中から缶詰の様な物を出す。その下には白い粉状の物が袋に入れられ、平らにして詰められてあった。まるで缶詰の下に隠してあるかのように。
「おい、そっちのブツは確認し終わったか?」
AKSを持った男が一人、段ボールを開けている男に近寄ってくる。男は粉の入った袋を取り出してAKSを持った男に見せた。
「ああ、しっかり隠してあるぜ」
「よし、確認が終ったら元に戻してトラックには運ぶぞ」
AKSを持った男は段ボールを開けた男に背を向けて歩いて行く。男も粉の入った袋を段ボールの底に戻し、その上に缶詰を置き、箱を開ける前と同じ状態に戻していく。
実はこの男達は大規模な密売組織のメンバーで、この倉庫は彼等の隠れ家だったのだ。そして男達が確認したあの白い粉は麻薬、海外から密輸された麻薬をこの国で高く売りつけているのだ。倉庫の中にいる者達や出入り口を見張っている者達は勿論、倉庫の近くを巡回している見張り達も密売組織のメンバーだったのだ。
その密売組織の隠れ家を数十m離れた所から双眼鏡で見ている一人の男がいた。褐色の肌に黒いドレッドロックスの髪、口髭を生やし、年齢は三十代半ば程。身長は約2mはある大男だ。服装は灰色のダイバースーツに似た服で腰や胸の部分にバックパックやポケットが多数ついている。まるでスパイ映画でスパイが着る特殊な服のようだ。その上からはベージュのコートを着ており、背中には現代には似合わない西洋の大剣を背負っている。
大男は右手で双眼鏡を覗きながら、空いている左手の人差し指を左耳に当てる。耳にはイヤホンの様な小さな機械が入っており、指でその機械に触れると小さな赤い光が点滅した。
「こちら『ジャバウォック』、見張りを三名確認した。そっちはどうだ?」
自分をジャバウォックと名乗る大男は一人で喋り出す。すると、耳に入っている機械から突然女の声が聞こえてきた。
「こちら『ジルニトラ』、こっちでは三名確認したわ。三人ともAKを装備してる」
「そっちもか、こっちも全員持ってるぜ」
機械から聞こえてくるジルニトラを名乗る女の声。どうやら耳に入れている機械は小型の通信機のようだ。ジャバウォックは自分が確認している見張りもAKSを装備している事を通信機の向こうにいるジルニトラに話した。
通信機の向こう側では、ジャバウォックの見ている出入り口と反対の位置にある出入り口を同じように数十m離れた明かりのついていない倉庫の屋根の上で膝をつき、双眼鏡を覗きこんでいる少女の姿があった。オレンジ色の外ハネの髪型で頬にそばかすがあり、十代後半位の少女だ。服装はジャバウォックと同じ灰色の特殊スーツを着てその上にベージュのコートを着ている。
そして変わった形のアサルトライフルを紐を通して背負っている。見た目はアメリカの「キャリコM100」に似ており、銃本体の後ろの方にヘリカルマガジンが取り付けられていた。だが、一番の特徴は照準器がつけられており、銃身に「AG36」の様なグレネードランチャーが装備されているという事。どうやらジルニトラ専用の特殊突撃銃のようだ。
「出入り口には三人の見張り、そして倉庫の周りを巡回する奴が、確認しただけでも五人、と。・・・『リンドブルム』、アンタからは何が見える?」
通信機に指を当て、リンドブルムという人物に声を掛けるジルニトラ。すると通信機から幼い少年の声が聞こえてきた。
「こっちは凄いよ。倉庫の中には沢山の密売人がいて麻薬を確認してる。目で見られる限りでは・・・ざっと十五人ってところかな?」
密売組織の隠れ家の倉庫の屋根から一人の少年が座り込み、屋根に開いている穴から中を覗き込んでいる。その少年はショートストレートの茶髪で十二歳位の小柄な外見だった。服装は灰色の特殊スーツに黒い子供用コートを着ている。更に腰には二丁の拳銃が収められていた。
その二丁の拳銃はアメリカの大型拳銃「グンツGA9」の銃身が少し大きくなっており、その下に四角いモーターの様な物が取りつけらえれている物だ。恐らくグンツを改造した銃だろう。
「流石はアメリカ最大の麻薬密売組織、『コロンビアの聖地』だね?」
リンドブルムは密売組織の名を口にして感心する。今彼等がいるのはアメリカのコロンビア州で密売組織のアジトがあると噂されてる町の港だったのだ。
「何を感心しているんだ・・・」
リンドブルムの背後から女の声が聞こえ、リンドブルムは自分の後ろをチラッと見る。そこには身長170cm位の長身で紺色のロングヘアーの女が肩に身長程の大きさはある斧を担いでいる姿があった。歳は二十代前半位で、彼女もベージュのコートを着てその下に灰色の特殊スーツを纏っている。
だが、リンドブルム達と違うところが一つだけある。よく見ると、彼女の両足の爪先から膝関節部分が灰色の金属の装甲を纏った義足になっていたのだ。そう、彼女の両足は機械鎧。つまり彼女は機械鎧兵士という事だ。
「別に感心はしていないよ。それと『オロチ』、あんまり真顔でそういう事言わないでよ。君の前だと冗談が言えなくなっちゃう」
「仕事中ぐらいは冗談を言うのは止めろ・・・」
「はぁ、相変わらず真面目だね・・・」
オロチと呼ぶ女の真面目さにリンドブルムは溜め息をつく。そんな時、リンドブルムとオロチの通信機から男の声が聞こえてきた。
「その真面目なところがオロチの長所でもあるんだろう?」
「その声、『ニーズヘッグ』だね?」
通信機に指をつけたリンドブルムが声の主である男をニーズヘッグと呼び返事をする。オロチも黙って通信機から聞こえてくる声を聞いて居る。
リンドブルムの話し相手の男、ニーズヘッグはオロチと同じ位の身長で二十代後半位の若い男だった。逆立った茶色い髪に灰色の特殊スーツ。黒いコートを纏い、腰には中世ヨーロッパで使われていたと細剣が収められている。
ニーズヘッグは姿勢を低くし、隠れ家である倉庫の一つ隣の倉庫の陰から出入り口の前にいる三人の見張りを覗き見ていた。その三人とはジャバウォックが離れた所から見ていた見張りだ。
「だが、オロチの言うとおりだ。普段はおちゃらけても構わないが、仕事中は冗談は控えめにしろ。アイツみたいになるぞ?」
「アイツって、『ヴリトラ』の事?」
ニーズヘッグの背後から別の声が聞こえてきた。振り向くと、そこにはリンドブルムと同じくらいの歳の少女が立っている。だが身長はリンドブルムよりも少し高く、十四歳位の女の子だ。髪は両サイドでまとめており、短めのツインテール。彼女も灰色の特殊スーツを着ており、その上に黒い子供用コートを着ていた。そして何より、その少女は自分の倍の大きさはある機械仕掛けの巨大ハンマーを担いだ状態で姿勢を低くしていたのだ。そんな少女を見てニーズヘッグは驚くことなく冷静に話した。
「そうだ。お前もそうならない様に気をつけろよ?『ファフニール』」
「え~?でも、前は『ヴリトラのそういうところがアイツのいいところだ』って言ってたじゃん」
「ああ、だが度を超すのは問題だ。アイツも状況を見てしっかりと仕事をしているが、仕事以外はそれ以上に問題があるだろう?」
「あっ、確かに・・・」
ファフニールと呼ばれる少女はニーズヘッグの言ってる事も一理あると苦笑いをして頬を指で掻く。その話を聞いていた他の者達も通信機の向こう側で笑っている。
そんな中、ファフニールが腕時計を見て時間を確かめる。そして時間を確認すると通信機のスイッチを入れ、リンドブルム達に通信を入れた。
「あと五分作戦開始時刻だ。時間が来たら作戦通りの行くぞ?」
「「「「「了解!」」」」」
リンドブルム達が声を揃えて返事をする中、ニーズヘッグはある事に気付いた。あと一人、自分の仲間が返事をしない事に気付いたのだ。それこそ、先程噂をしていたヴリトラの事だ。
「おい、ヴリトラ。聞こえるか?」
ニーズヘッグは通信機で呼びかけるも返事がなかった。ニーズヘッグは少し力の入った声でもう一度呼びかける。
「おい、ヴリトラ!作戦開始五分前だぞ?」
「どうしたの?」
ファフニールがニーズヘッグを見て首を傾げながら訊ねる。ニーズヘッグは後ろにいるファフニールの方を見て若干機嫌の悪そうな顔を見せた。
「ヴリトラの奴、応答しねぇな。何をやってるんだアイツは?」
「もしかして、敵に見つかっちゃったのかな?」
「いや、アイツに限ってそんなミスはしねぇだろう。それにもし見つかったのなら、今頃大騒ぎになってるだろうしな」
「じゃあ、どうして?」
応答しないヴリトラの事を考える二人。そんな時、通信機からジルニトラの声が聞こえてきた。
「確かアイツの仕事はコロンビアの聖地の連中が保管している麻薬やそれ以外に密売しようとしている物資を見つけて回収するって事だったわよねぇ?」
「ああ、『そっちは俺一人でなんとかする』とか言って一人で行きやがったぜ?」
ジルニトラに続いてジャバウォックの声も通信機から聞こえてくる。どうやらヴリトラは自分一人で麻薬と物資の回収の任について、リンドブルム達に今の仕事を任せたのだ。
ヴリトラの役目は密売組織コロンビアの聖地が手にしている麻薬や重要な物資を見つけて回収、もしくは確保する事。そしてリンドブルム達の役目は隠れ家を包囲してコロンビアの聖地のメンバーを拘束、もしくは排除にする事だった。
「確か依頼人は抵抗してきた連中は倒してもいいって言ってたよね?」
「ああ、だが他の密売組織の情報を得るために出来るだけ生かして拘束してほしいと言っていた」
仕事の内容を確認するようにリンドブルムはオロチに訊ねる。オロチはリンドブルムを見下ろして細かく説明をした。
実は彼等はこの町の警察から依頼を受けてコロンビアの聖地の隠れ家を包囲し、メンバー全員の身柄を拘束および一掃する仕事を任されていたのだ。警察自身が動くのが一番効率がいいのだが、コロンビアの聖地は情報網も優れている為、警察の動きが読まれやすいのだ。その為、警察とは関係の無い彼等に突き止めた隠れ家の場所を教えて仕事を依頼したのだ。警察と関係無いなら動きを読まれることもないからだ。
「しっかし、警察もよくやるよねぇ?密売組織を逮捕する為とはいえ、傭兵であるあたし達『七竜将』に依頼するなんて」
「警察としてのプライドを捨ててでも逮捕したかったんだろうな」
ジルニトラが自分達を七竜将と名乗り、警察の考えを口にすると、ジャバウォックが警察がコロンビアの聖地を逮捕したい意志は強いという事を話す。
ジルニトラとジャバウォックが話しをしている時、ニーズヘッグが腕時計を見て時間を再確認した。そして通信機のスイッチを入れて全員に連絡を入れる。
「時間だ。ヴリトラの事は後にして、とりあえず俺達は作戦を遂行するぞ」
ニーズヘッグの言葉にリンドブルム達は一斉に真剣な表情へと変わった。そして自分達の武器を握り、何時でも作戦を始められるようにした。しばらく沈黙が続き、ニーズヘッグは時間を確認する。そして・・・。
「・・・作戦開始!」
通信機から聞こえてくるニーズヘッグの声にリンドブルム達は自分の武器を手に取って構える。そして一斉に行動に移った。
ジャバウォックが見張っていた出入り口の前では見張りが七竜将の存在に気付かずに退屈そうにしていた。一人が扉の前でAKSを構えながら左右を見回している中、残りの二人は扉にもたれてあくびをしている。男は怠けている二人の方を向いて喝を入れた。
「おい、欠伸なんかしてないで真面目に見張れ!」
「あぁ~~・・・平気だよ。此処は俺達コロンビアの聖地のアジトなんだぜ?」
「ああ、警察も動いてる気配がねぇし、気楽にやろうぜ」
「馬鹿野郎!そうやって油断していると、後で後悔するぞ?」
「まったくその通りだ」
まじめに見張りをしている男の背後に突然ニーズヘッグが現れて同意する。ニーズヘッグに驚く見張り達がハッと顔を上げた。ニーズヘッグは自分の前にいる見張りの首裏に手刀を打ち込み見張りを一人気絶させる。それを見た残りの二人は態勢を直してAKSを構えた。
ニーズヘッグはそれを見て腰の細剣を勢いよく抜く。その時にニーズヘッグは細剣の柄についているスイッチを押す。すると、細剣の刀身が突然伸びて離れた所にいる見張り二人の体を切り裂いた。
「ぐわぁ!」
「ぐほぉ!」
見張り二人は何が起きたのかも分からないままその場に倒れて動かなくなる。なぜ離れている敵を斬り捨てる事が出来たのか、それはニーズヘッグの細剣に秘密があった。
ニーズヘッグの細剣の刀身をよく見ると、刃の部分が金属製のワイヤーで繋がれ等間隔に分裂している。これにより、ニーズヘッグの細剣は鞭の様に伸びて遠くにいる相手にも攻撃できる。言わばニーズヘッグの細剣は蛇腹剣なのだ。勿論、普通に剣として使う事も可能である。
ニーズヘッグは柄のスイッチをもう一度押し、分裂している刀身を元に戻して細剣を勢いよく振った。
「しまった、反射的に斬ってしまった・・・。でも、流石は俺の愛剣『アスカロン』だ」
自分の細剣をアスカロンと呼んでフッと笑うニーズヘッグ。そこへハンマーを担いだファフニールがやって来た。倒れている見張り、特に斬り捨てられた二人を見て呆れるような顔をする。
「ハァ、極力生かしておくようにって言われたでしょう?」
「悪いな、撃ってきそうだったから咄嗟に斬っちまった」
「もぉ~」
身を守る為とはいえ、いきなり斬り捨ててしまったニーズヘッグにファフニールはムッとする。そこへジャバウォックも合流し、状況を見て何があったのかを察して頭を抱える。だがすぐに切り替えて目の前の大きな扉を見つめる。
中では、扉の近くで作業をしていた仲間の男達が叫び声を聞いて近くに置いてあるAKSを取った。勿論、他のメンバー達も悲鳴を聞いて作業を止め、自分達の銃を手に取り、入口の方を向いた。
「お、おい、今の声は・・・」
「ああ、外で何かあったんだ・・・」
誰かが、それも自分達に危害を加える者が外にいると気付いた男達に緊張が走る。男達はAKSを構えてゆっくりと扉に使づいて行く。そして一人の男が扉に手を掛けた瞬間、突然扉が轟音を上げて吹き飛んで来たのだ。ドアの近くにいた男達は扉と一緒に工場の奥へ飛ばされていき、飛ばされた扉は木箱をなどに物資に当たり、中身は倉庫の中で散らばった。
男達が飛んでいった扉を見てしばらく固まっている。だが直ぐに出入り口の方を向いて銃を構え直した。そして出入り口の前で横一列に並んでいる大剣を右手に持っているジャバウォック、アスカロンを構えるニーズヘッグ、そしてハンマーを両手で持っているファフニールの姿があった。
「な、何だこいつ等!?」
「たった三人、しかも一人はガキだぞ?」
「こんな奴等が見張りを殺したのか?」
目の前にいる敵が僅か三人である事に驚きを隠せない男達。そんな中、子供扱いをされてファフニールは頬を膨らませて機嫌を悪くする。
「むぅ~!私もう十四歳で子供じゃないもん!」
「子供ほどそうやって言うもんだぜ?」
「むうぅ!」
ジャバウォックにまで子供扱いされ、彼を見上げながら睨むファフニール。ジャバウォックは片目を閉じ、ウインクした状態で左手を縦にして自分の顔の前まで持ってきて笑いながら謝った。
ファフニールは頬を膨らましたまま自分の持っている機械仕掛けハンマーを両手でよく握り、柄の部分についているスイッチを押す。するとハンマーのアタマが黄色く光り出し、その状態のハンマーを持ったままジャンプして倉庫の中に飛び込む。
そして落ちるのと同時にハンマーで力強く地面を叩く。叩いた所を中心に地面に大きな罅が生まれ、まるで地震が起きたかのように轟音と衝撃が倉庫内に響く。その衝撃で倉庫内の棚や木箱、コロンビアの聖地のメンバー達は倒れる。先程の扉を吹っ飛ばしたのもこのハンマーの一撃だったのだ。
「おぉー、相変わらず凄いパワーだな?ファフニールの『ギガントパレード』は」
「ああぁ、あの機械仕掛けのアタマの中に入っている『メトリクスハート』のよって超振動を発生させ、触れたものに衝撃波を放つ事が出来る兵器だ」
ファフニールの巨大ハンマーをギガントパレードと呼ぶジャバウォックとハンマーの秘密を説明するニーズヘッグ。倉庫の外にいる二人は衝撃をものともせずに立っている。
メトリクスハートとは十五年前に開発された半永久小型発電装置。完成し、起動させてから故障しない限り常に電気を作り続ける事ができ、機械鎧の動力としても使われている。発電能力は高く、調整すれば家電製品にも使う事ができる優れものだ。
「二人とも!サボってないで仕事してよね!」
「はいはい、分かりましたよ」
「それじゃあ、始めるか。いくぜ、『デュランダル』」
何もせずにただ見ているジャバウォックとニーズヘッグに注意をするファフニール。二人も自分の武器を手に取り、仕事に取り掛かる。ニーズヘッグはアスカロンを、ジャバウォックはデュランダルと呼ぶ自分の大剣を見つめて倉庫の中へ飛び込んだ。
次々に敵を薙ぎ払っていくジャバウォック達を見て男達はAKSを乱射する。だが弾は簡単にかわされたり、武器で弾かれるなどされて一発も三人に当たらない。次第に銃が効かない事を知らされ、恐れをなした一部の男達はもう一つの出入り口の方へ向かい逃げようとする。すると、もう一つの出入口が突然爆発して扉を吹き飛ばした。
「な、何だ!?」
突然起こった爆発に驚く男達。破壊された扉から煙が上がり、その奥から三つの人影が姿を見せる。煙の中には斧を担ぐオロチ、アサルトライフルを構えるジルニトラ、二丁拳銃を構えるリンドブルムの姿があった。
もう一つの出入り口から現れた別の敵に男達は驚き、三人にAKSを構えて威嚇する。
「な、何だお前等!?」
「奴等の仲間か!」
「レディに向かってお前とは失礼ね?」
「同感だ・・・」
「僕は男なんだけど・・・」
お前呼ばわりされて気分を悪くするジルニトラとオロチ。リンドブルムは目を細くしてジルニトラとオロチを目だけを動かして呟く。
オロチは斧を、ジルニトラはアサルトライフルを構えて目の前でAKSを構えている男達を見る。三人の後ろでは出入り口を見張っていた三人の見張りがボロボロで倒れている。倒されて仲間を見て男達は恐怖を感じて下がり出した。
それもその筈だ。自分達は最低でも二十人以上はいるのに侵入者は僅か六人。戦力では明らかに自分達が優性なのに、今自分達は追い込まれている。恐怖を感じない筈がない。
「レディに対する礼儀を知らない密売人には、お仕置きが必要ね!行くわよ、オロチ!リンドブルム!」
「ああ・・・」
「ハ~イ」
目的がいつの間にか変わってはいるが、密売組織を殲滅させることに変わりは無く、リンドブルムはジルニトラとオロチに渋々付き合う事にした。
ジルニトラは自分の持っているアサルトライフルを構えて引き金を引いた。銃口からライフル弾が吐き出されて目の前の男達に命中する。男達はAKSを発砲する暇も無くその場に倒れた。目の前の敵を全て倒した後、ジルニトラはアサルトライフルをゆっくりと上げてニッと笑う。
「二ヒヒ、どう?あたしの愛銃『サクリファイス』の威力は?」
「威力って、普通に撃っただけじゃん・・・」
ただ相手に向かって撃っただけで自慢げに笑うジルニトラにリンドブルムは肩を落とす。そんな時、奥の方から別のメンバーがAKSと麻薬の入った袋を以って走って来る。前にいる数人の男はAKSを撃ちながら走って来る。発砲してきた男達を見て三人は大きく跳んで銃撃を回避する。
銃撃を回避したオロチは持っていた斧を走って来る男達に向かって投げた。斧はまるでブーメランの様に回転しながら飛んでいき男達を切り裂く。AKSや麻薬の入った袋も切り裂いてバラバラにする。
男達を切り裂いた後、斧はオロチの方へ戻って行きオロチの手の中に納まった。その光景はまさにブーメランだった。斧を手に取ったオロチは地面に着地して斧を構え直す。
「相変わらず凄いね、オロチの超振動戦斧『斬月』は?」
「ええ、あんな大きな斧を軽々と操るんだから」
オロチの持つ超振動戦斧という斧を見てリンドブルムとジルニトラは感心する。
超振動戦斧とは、高周波を発生させる装置を斧に取り付ける事で斧の刃を高速振動させて切れ味を高めたものである。しかもあまりの振動速度の速さに刃が振動しているようには見えない。一部の人間からはヴィブロアックス、高周波アックスとも言われている。オロチはその超振動戦斧を巧みに操りこれまでも多くの敵を倒して来たのだ。
次々に密売組織のメンバーを倒していくオロチとジルニトラ、そして遠くで暴れているジャバウォック達を見てリンドブルムは銃を構え、目の前で驚いている男達を見つめる。
「ハァ、皆、拘束する気はないね。せめて僕だけでも拘束する事にしよう。いくよ、『ライトソドモ』、『ダークゴモラ』」
自分の二丁の愛銃の名を呟き、リンドブルムは目の前の敵に銃を発砲した。弾は男達の腕や足に当たり、その場でうずくまり動けなくなった。コロンビアの聖地の隠れ家はあっという間に制圧されて作戦は終了した。作戦開始から掛かった時間は僅か十五分だった。
リンドブルム達が隠れ家で暴れている頃、別の倉庫では一人の男が倉庫の中で何かを探していた。倉庫の灯りはついており、その近くではAKSを持った五人の男達が倒れている。その中には気絶している者もおり、刃物で切り捨てられて者もいる。
その男は栗毛の短髪をした二十代前半の青年。身長は170cm程でリンドブルム達と同じ灰色の特殊スーツにベージュのコートを着ている。そして腰には一本の日本刀が収められていた。彼こそが七竜将の最後の一人であり七竜将のリーダーである青年、ヴリトラである。
「ここにも麻薬はねぇな。でも珍しい物が山ほどあったから、まぁいいか」
自分の足元に置かれている小さな無数の木箱を見てヴリトラは渋々結果に納得する。探索を止めて自分の周りで倒れている密売組織のメンバー達を見下ろして溜め息をつく。
「はぁ、俺もまだまだ未熟だな。見つかったからって思わず斬り捨てちまうなんて・・・」
倒れている五人の男の中、三人を斬り捨ててしまったヴリトラ。元々彼は無益な殺生は好まない性格で無駄に争わなくていい時に相手を斬るのは本意ではなかった。だが見つかったのは作戦開始の前だったので作戦をスムーズに進めるため斬ったのだ。
「しっかし、さっきはニーズヘッグから突然通信が入った時はヒヤヒヤしたぜ。あん時は見つかった直後だったからなぁ。ハァ、後でニーズヘッグにグチグチ言われるぞぉ・・・」
ニーズヘッグに後で文句を言われることを覚悟したのか、めんどくさそうな顔で俯く。その時、突然倉庫の外から爆発音が聞こえてきた。爆発に反応して顔を上げるヴリトラは倉庫の外へ出て確かめる。
外を見ると、コロンビアの聖地の隠れ家である倉庫の方から煙が上がり、ヴリトラはリンドブルム達が作戦を遂行した事を知った。
「どうやらあっちは上手く行ったみたいだな。よし、俺もそろそろあっちに行って・・・」
ヴリトラがリンドブルム達と合流する為に倉庫の中の物資を取りに戻ろうとすると自分の潜り込んでいた倉庫のすぐ隣の倉庫が突然爆発した。自分の近くで起きた爆発にヴリトラは顔を上げて爆発した倉庫の方を向く。
「何だ?こんな爆発は作戦に無かったぞ?」
自分達の作戦に無い爆発に驚きながら炎上している倉庫の方へ歩いて行き、燃え上がる倉庫を見つめるヴリトラ。
ヴリトラが倉庫を包み込む炎をジッと見ていると、炎の中から何かがゆっくりと出てきた。ヴリトラの目の前に現れたのは中世で使われていた様な西洋の甲冑を纏った騎士だった。全身を黒光りの甲冑を纏った全身甲冑、兜は左右に牛の角の様な形をした角がついているアーメット。身長は190cm程で、腰には西洋風の剣が納められている。全身甲冑の男はヴリトラの前まで歩いて来てゆっくりと立ち止まった。
「ほぉ、こんな所にお前の様な若者がいるとは意外だな・・・見たところコロンビアの聖地の者ではなさそうだが」
「・・・そう言うお前も違うみたいだが?」
「ああ、私はこの港の倉庫に用があったのでな」
まるで街中で仲の良くない知り合いがバッタリ再会したような会話をしているヴリトラと低い声を出す全身甲冑の騎士。声の低さから、どうやら男のようだ。炎の灯りに照らされて二人の影が地面に写りゆらゆら揺れる。
しばらく見つめ合っている二人はパトカーのサイレンを聞き反応した。全身甲冑の男はサイレンの聞こえる方を見た後にもう一度ヴリトラの方を向く。
「ここも騒がしくなってきた。わたしはこれで失礼する。面倒事は嫌いでね」
「そうかい。俺はさっさと警察と合流してアンタの事を伝えるつもりだ」
「フフフ、好きにするがいい。七竜将リーダー、ヴリトラよ」
自分の事を知っている甲冑の男にヴリトラは意外そうな顔を見せる。
「どうして俺の事を知ってるんだ?俺とお前は初対面の筈だけど」
「・・・お前の事はよく知ってるさ。七竜将のヴリトラ、皆藤流剣術の使い手、だろう?」
「っ!?」
自分の使う剣術の事を知っている男にヴリトラは目を見張って驚く。そう、そのヴリトラこそが十年前に家族を殺されて左腕を失ったあの少年が成長した姿なのだ。だが今の彼にはちゃんと左腕がある。一体どういう事なのか。
「何で俺が皆藤流剣術の使い手だという事を知っている?お前は何モンだ!」
感情的になり全身甲冑の男に問うヴリトラ。男はヴリトラに背を向け、顔だけを動かしヴリトラの方を向く。そしてヴリトラは男が背を向ける時に甲冑の肩の部分に女性の横顔のマークが描かれてある事に気付く。
「私は『ジークフリート』、世界を変える者だ。お前とは・・・いや、お前達七竜将とはまた会う事になるだろう。そう、此処とは違う世界でな」
意味不明の言葉を口にしてジークフリートを名乗る甲冑の男はジャンプして高く跳び上がった。跳び上がったジークフリートは別の倉庫の屋根の上に跳び移り、再びジャンプをして遠くにある建物の屋上へと跳び夜の街の方へ消えていく。
消えていったジークフリートを見てヴリトラは真剣な顔を見せる。今のヴリトラの頭の中には二つも事が浮かんでいた。
「あいつ、全身甲冑を着てあのジャンプ力、機械鎧兵士か。それに、あいつは俺が皆藤流剣術の使い手であることを知っていた。皆藤流は十年前の事件で完全に消えた筈、使い手である俺とあの人以外に知る人間はいない筈だ。まさかあいつが・・・」
ヴリトラの頭の中に自分の両親を殺した犯人の事が浮かび上がる。実はヴリトラの家を襲撃した犯人は八年前、つまり事件から二年後に捕まったのだ。犯人は小さな民間警備会社の社員達で、ある人物からの依頼で両親を殺した事が分かった。
ヴリトラは傭兵として生きていく中で今でも両親を殺すよう依頼をした人物、つまり仇を探しているのだ。
「またいつか会う事になる、奴はそう言った。その時はしっかりと教えてもらうさ、父さんと母さんを殺すように依頼した奴の事をな。でも、違う世界って言うのはどういう事なんだ?」
ジークフリートの言った言葉の意味を考えながら、ヴリトラはリンドブルム達と合流する為に隠れ家の方へ戻って行った。