第百九十八話 向けられた疑惑
ヴリトラ達は会談が行われるワズロの町へ到着した。ヴァルボルト達はストラスタの王に挨拶をする為に行き、残った七竜将と懲罰遊撃隊はストラスタ公国に案内されて先に休む事になる。そして、そんなヴリトラ達の姿をストラスタ公国の王女であるパリーエ・ストラスタが覗き見ていたのだった。
兵士に案内されてヴリトラ達は大きな屋敷にやって来た。自動車は馬を屋敷の近くに止めてバンや荷車から荷下ろしをして屋敷に入って行く。屋敷に入ると広いエントランスがヴリトラ達を迎え二階へ続く階段が飛び込んでくる。エントランスの隅には数人のメイドが立っており、ヴリトラ達が屋敷に入ると頭を下げて挨拶をする。
「こちらが会談の間に皆さんがお使いになられる屋敷です。ご自由に使ってくださって構いません。御用の時はメイドに言いつけてください」
「分かった、ありがとう」
「では、私はこれで・・・」
説明を終えた兵士は屋敷から出て行き、ラピュスは荷物を持って屋敷の奥へ進んで行く。その後に七竜将やアリサ達が続き、荷物を持って屋敷へ入って来る。
「なかなかデカい屋敷だな?」
「ああ。私達全員で使っても広すぎるくらいだ」
エントランスを見回しながら話をするヴリトラとラピュス。天井には大きなシャンデリアが吊るされており、壁には大きな肖像画が幾つも飾ってある。明らかに貴族の様な身分の高い者が住む場所だった。
「・・・いくら同盟の為に来たとは言え、こんな立派な建物を用意する事もないだろう」
「大方、敵であった我々に不快な思いをさせない様にする為に用意したんだろう・・・」
ラピュスは周りにいる兵士やメイド達に聞こえない様に小声でヴリトラに言う。それを聞いたヴリトラも「成る程」と言いたそうに目だけを動かして周囲の兵士やメイド達を見た。
「ねぇ、早く荷物を運んで休もうよ?」
二人が話をしていると、後ろにいたリンドブルムがヴリトラに声を掛けて来た。ヴリトラとラピュスはスッカリ忘れていたのか振り返りリンドブルム達の方を見る。
「おっとっと、そうだったな。それじゃあ、まずは部屋に行って荷物を下ろすとしようか」
「部屋って、何処の部屋?」
「自由に使ってくれていいって言ってるんだから、何処の部屋でもいいだろう?」
「それもそうだな」
リンドブルムの後ろで荷物を担いでいるジャバウォックが納得して周囲を見回し、適当にドアを選んで部屋へと入って行く。それに続いて他の七竜将も自分達の荷物を持って散らばり部屋を選びに向かった。
「荷物を置いたらもう一度、此処に集まってくれよ?」
「ハ~イ」
「了解よ」
ヴリトラの言葉を聞き、リンドブルムとジルニトラが返事をする。他のメンバーも手を振ったり目で合図をしたりなどして部屋を探しに行った。残った懲罰遊撃隊の騎士達もラピュスの方を見て指示を待っており、それに気づいたラピュスも騎士達の方を向いて指示を出す。
「・・・皆も好きな部屋を選んで荷物を置いてこい。終わったらエントランスに戻って来るんだぞ?」
「分かりました」
「・・・分かった」
アリサとラランが返事をし、荷物を持って移動を始める。他の騎士達も荷物を持って散らばり、二階の階段を上がったりなどをして自分達の部屋を探しに行く。
「俺達も行くか?」
「ああ」
全員が部屋を探しに行くのを確認したヴリトラとラピュスも自分達の部屋を探しに二階へと上がって行った。メイド達は自由に動き、緊張感を感じられない一面を見せるヴリトラ達を意外に思ったのか少し驚きの顔をしている。
適当に部屋を選び、自分の荷物を部屋の隅に置いたヴリトラはエントランスに戻る為に部屋を後にする。その途中でラピュスと会い、二人は一緒にエントランスへ向かう事にした。
「さて、これからどうする?」
「まずはできるだけ外には出ないようにする事を伝えた方がいいな。私達の事をよく思わない連中が喧嘩を吹っかけて来る可能性もある」
「ニーズヘッグは王様がいるから町の住民達は騒ぎを起こさないかもしれないって言ってたけど、傭兵の様な自分勝手な連中は分からないからなぁ」
「もし町へ出掛けるような事があれば一人ではなく数人で一緒に行動するという事にした方がいいな」
「だな・・・何なら俺達七竜将の誰かと一緒に・・・」
そんな話をしながら二人が階段の前までやって来ると一階の方から声が聞こえて来た。
「此処にレヴァート王国の護衛として来た者達がいるはずだ。何処にいるんだ?」
「み、皆様はお休みになられる部屋を探しに行かれました・・・」
「ん?何だ?」
聞こえてくる二人の女性の声にヴリトラは反応する。ラピュスも不思議そうな顔をしており二人は一階を見下す。エントランスにはさっき自分達を見ていたメイドの一人と三人の姫騎士の姿があった。一人は白薔薇戦士隊の隊長でありストラスタ公国の王女であるパリーエ、残りの二人はポーリーと小麦色のサイドテールをした白薔薇剣士隊の姫騎士だった。
「あれは、ストラスタ公国の姫騎士か?」
「ああ、間違いないだろう」
「白いマントに姫騎士・・・もしかして、あれがガバディア団長の言ってた白薔薇戦士隊か?」
「あれが・・・」
パリーエ達の姿を見て白薔薇戦士隊ではないかと考えるヴリトラとラピュス。だが二人はなぜ白薔薇戦士隊が此処に来たのかその理由が全く分からなかった。
「・・・ん?」
二人が様子を窺っていると、パリーエが二階から自分達を見ている二人に気付く。そしてヴリトラの姿を見たパリーエはピクッと反応しヴリトラとラピュスの方を向いた。
「おい、お前達」
「え?・・・俺達か?」
自分達に気付き、突然声を掛けて来たパリーエに驚くヴリトラとラピュス。ポーリー達も二人の存在に気付いてフッと二人の方を見る。
「お前達がレヴァート王国の護衛として同行した傭兵達だな?」
「あ、ハイ。そうですけど?」
「私は騎士なのだが・・・」
自分まで傭兵扱いされた事をいささか不服に思うラピュス。そんな事を気にせずにパリーエは話を続けた。
「わらわはストラスタ公国第二王女にして白薔薇戦士隊の隊長であるパリーエ・ストラスタだ」
「やっぱり白薔薇戦士隊だったのか・・・・・・ん?」
「第二王女?」
パリーエの言葉にヴリトラとラピュスは反応する。そしてパリーエの方をジーっと見つめながら頭の中を整理した。
「・・・ええぇ!?」
「だ、第二王女!?」
ようやく目の前にいる姫騎士がストラスタ公国の王女だと気付きヴリトラとラピュスは驚く。そんな二人の反応を見てパリーエはしばらくポカーンとしていた。どうやら二人がかなり驚いた事に彼女も意外に思ったのだろう。
「・・・少し話がある。下りて来てもらえないか?」
「ハ、ハイ・・・」
パリーエに呼ばれて二人は階段を下りて行き、パリーエ達の前までやって来た。
「改めて、わらわはパリーエ・ストラスタと申す。後ろにいるのはわらわの部下である姫騎士、ポーリーと『ヴィクティ』だ」
紹介されてポーリーとヴィクティと呼ばれる姫騎士は軽く頭を下げる。
「俺はヴリトラ、傭兵隊七竜将のリーダーをやっています」
「レヴァート王国騎士団のラピュス・フォーネと申します」
ヴリトラとラピュスも自己紹介をして簡単な挨拶を終える。パリーエ達はヴリトラの特殊スーツ姿、そして機械鎧化している左腕をジッと見つめていた。
「・・・随分と変わった姿をしているな?それになぜ左腕だけに鎧を装備しているのだ?」
「ん?・・・ああ、これは義手ですよ」
「義手?これがあの失った部分を補う為に人の手で作られた腕なのか?」
パリーエ達も義手を見たのは初めてなのか興味津々でヴリトラの機械鎧を見つめる。自分の左腕をジロジロ見られてヴリトラは困り顔を見せていた。するとそこへ助け舟を出す様にラピュスがパリーエに話し掛けた。
「・・・ところでパリーエ王女、どのような御用でこちらに?」
「ん?・・・ああぁ、そうであったな。すまない」
尋ねて来た理由を聞かれ、パリーエ達は現状に気付く。一度咳をしてから真剣な顔でヴリトラとラピュスの方を見る。
「お前達を訪ねて来たのは他でもない。お前達がわらわ達にとって脅威になるのかを確かめる為に来たのだ」
「脅威?」
パリーエの言葉にヴリトラはピクリと反応し、ラピュスも若干表情を鋭くする。
「お前達レヴァート王国は先の戦争で我等ストラスタ公国に勝利した。つまり、我が国はレヴァート王国の支配下にあったという事だ」
「あの戦争はそちらが自ら投降されたものです。こちらがストラスタ公国に攻め入り、そちらを投降に追い込んだのであればともかく、自ら投降した国を支配するのは流石に横暴でしょう?」
「確かに、終戦後に開かれた会談でレヴァート王もそのように仰られていたと聞いている。しかし、それでも我が国がレヴァート王国の下にあるのは確かな事。何になぜ今になって同盟を結ぶ必要がある?」
自分達よりも下の立場にある国となぜ同盟を結ぶ必要があるのか。同盟を結ぶという事はお互いに同等の立場になるという事、なぜ自分達が損するような事をするのか、パリーエはそれが分からなかった。
「それは明日行われる会談でヴァルボルト陛下がお話しするはずです」
「・・・我が軍の兵士の中にはお前達が何かを企んでいるのではないかと考えている者達もいる。同盟を結ぶのと同時に何か良からぬ条件を出してくるのではないかと」
「何?」
ヴリトラの声が若干低くなる。自分達が相手の弱みに付け込んで何か横暴な条件を出すのではないかと思われている事にカチンと来たのだろう。ヴリトラの隣に立っているラピュスはレヴァート王国の騎士である為、表情が更に鋭くなる。
「パリーエ王女、今のお言葉は聞き捨てなりません。陛下が貴方がたを脅迫すると仰るのですか?」
「わらわは事実を述べているだけだ。現に町の兵士達や住民達もお前達が何かを企んでいるのではないかと口にしている・・・正直に言うと、わらわも同じだ」
「クッ!」
ラピュスはパリーエの言葉に歯を噛みしめながら手を強く握る苛立ちを見せる。そんなラピュスを見てヴリトラはそっと肩に手を置いてラピュスを落ち着かせた。
「・・・その事を話す為にわざわざいらっしゃったのですか?」
「言っただろ?わらわは脅威なのかを確かめる為に此処に来たのだと」
そう言ってパリーエは腰に納めてある騎士剣を抜く。それを見たヴリトラとラピュスは同時に後ろに下がる。
「何の真似です?会談の前日に同盟相手に剣を向けるなんて」
「・・・ヴリトラと言ったな?わらわと手合せしてもらいたい。もしわらわが勝ったらお前達の本当の目的を話してもらう」
「俺達は本当に何も企んでねぇんだけどなぁ・・・・・・まぁ、いいでしょう。その代わりもし俺が勝ったら俺達が何も企んでないという事を信じてくれますか?」
「いいだろう。お前達、手を出すなよ?これはわらわとこの男の勝負なのだ」
「ハ、ハイ」
パリーエは後ろに控えているポーリーとヴィクティに忠告し、二人はゆっくりと離れる。ヴリトラも一歩前に出て騎士剣を構えるパリーエを見つめた。するとラピュスがヴリトラの手を掴んで彼を止める。
「待てヴリトラ、本当に勝負するのか?相手はストラスタ公国の王女だぞ?もし怪我でもさせたら・・・」
「その心配はない。わらわが手合せを申し出たのだ。わらわに何か遭ってもお前達に責任はない」
「だってさ?」
心配するラピュスにヴリトラは笑ってそう言った。いささか納得の行かない顔でヴリトラの手を離したラピュス。ヴリトラはパリーエの方を向き右腕を回して軽く運動する。
「全力でやってもいいんですか?」
「当然だ、手加減などしたら許さんぞ」
「分かりました。その代わり、約束は守ってくださいよ?」
「お前もな?」
互いに確認し合い、何時でも勝負を始められる態勢に入ったヴリトラとパリーエ。ラピュス達は静かに二人から離れて距離を取る。するとそこへ部屋から戻って来たリンドブルムとラランがエントランスに姿を見せた。
「お待たせぇ・・・あれ?どうしたの?」
「・・・誰?」
エントランスの状況を見てリンドブルムは小首を傾げ、ラランは目の前にいる見慣れない姫騎士達を見てラピュスに訊ねた。
「ストラスタ公国の白薔薇騎士隊だ。そして、今ヴリトラと向かい合っているお方はストラスタ公国の第二王女、パリーエ王女だ」
「・・・王女?どうして此処にいるの?」
「・・・彼女は今回の同盟で我々レヴァート王国が何かを企んでいるのだと疑っておられるんだ。そして七竜将や私達の事も危険な存在ではないかと言われた」
「それでどうしてヴリトラに剣を向けてるの?」
「手合せをしてもし王女が勝ったら私達の本当の狙いを話せという事になっている。そしてヴリトラが勝ったら私達の事を信じて下さると・・・」
ラピュスから事情を聞いたリンドブルムとラランは真剣な顔になり、向かい合っているヴリトラとパリーエの方を向く。緊迫した空気が広がるエントランスでパリーエは騎士剣を握り、ヴリトラも森羅を抜く。
「レヴァート王国では一二を争う程と言う実力がどれ程のものか、見せてもらうぞ?」
「ハァ・・・同盟を結ぶ為に来たのに何でこんな面倒な事になっちまったのやら・・・」
ヴリトラは手合せの流れる納得がいかないのかめんどくさそうな顔で自分の頭を掻いた。
「ヴリトラ、頑張って!」
「・・・負けちゃダメ」
リンドブルムとラランがヴリトラに声援を送り、ヴリトラも二人の方を向いて頷く。パリーエはチラッとリンドブルムとラランを見つめている。
「あんな幼い子供達にまで傭兵や騎士として戦場に出ているとはな」
「幼いとは言え、二人は立派な戦士です。それにあの二人は強いですよ?」
そう言ってヴリトラは森羅を両手で構える。パリーエも騎士剣を構え直してヴリトラの方を見た。
「それじゃあ、始めましょうか?」
「ああ、見せてもらうぞ?お前の力を!」
お互いに相手を見て何時でも戦える状態に入ったヴリトラとパリーエ。ラピュス達はエントランスで始める戦いを黙って見守るのだった。
館に着いたヴリトラ達であったが、着いて早々パリーエ達と出会いレヴァート王国が同盟の裏で何かを企んでいるのではないかと疑われる。そして、緊迫した空気の中でパリーエと手合せをする事になってしまったヴリトラはどうするつもりなのだろうか。