第百九十七話 ワズロ到着 複雑な雰囲気の中で・・・
国境を越えてストラスタ公国の領内に入ったヴリトラ達は湖で休み夜を過ごす。黄金近衛隊は少しずつ七竜将の事を理解して距離を縮めていき、自分達の知らない事を知っている彼等に興味を抱いて行くのだった。
翌朝、朝食を済ませてテントの片づけを始める近衛騎士達。ヴリトラ達はザクセンに連れられてヴァルボルトに会いに行き、今後の事で話し合いをする。止められている馬車の前に集まり、ヴリトラ達はヴァルボルトの話を聞く。
「このまま進めば今日の昼前には目的地のワズロに着くだろう。町に着いたらザクセンとパティーラムは儂と共にストラスタ王へ挨拶に行く。よいな?」
「ハイ、お父様」
「承知しました」
ワズロの町に着いてからの段取りを聞き、パティーラムとザクセンは返事をした。
「七竜将と懲罰遊撃隊は町に着いたら休むといい。そなた達にも会談に出席しブラッド・レクイエムの事をストラスタ公国の方々に話してもらう」
「ハイ」
「ハッ」
ヴリトラとラピュスはヴァルボルト方を向いて返事をする。二人の後ろではジャバウォックとニーズヘッグ、ラランとアリサが並んで控えている姿があった。
「会談は明日の午前十時に行われる。それまでは自由に過ごしても構わん。じゃが、目立つような行動は控える様にしろ。分かったな?」
「「「「「ハイ!」」」」」
その場にいる一同は声を揃えて返事をし、ヴァルボルトもそれを確認して頷く。
話が一通り終わるとテントの敵に近衛騎士が静かに入って来た。
「失礼します。陛下、出発の準備が整いました」
「そうか。では、そろそろ行くとしよう」
ヴァルボルトとパティーラムが馬車に乗り込み、二人が乗った後にザクセンも馬車に乗った。残ったヴリトラ達も戻って自動車や馬車に乗り何時でも出発できるようにする。そしてヴァルボルト達の馬車が動きだし、黄金近衛隊やヴリトラ達もそれに続く。
「もうすぐワズロに着くんだね?」
「ああ、ある意味で一番注意しなければならないかもしれないな」
「どうして?」
町に入ってからが一番大変、ヴリトラのそんな言葉にリンドブルムは小首を傾げながら訊ねた。
「ワズロの町にはストラスタ公国の兵士や町の住民が大勢いるんだぞ?俺達レヴァート王国の人間は少し前まで戦争をしていた敵国の人間だ。ガバディア団長が言ってたように俺達を好く思わない人間がいても不思議じゃない」
「つまり、町に入ってから町の人達と騒動が起きる可能性があるって事?」
「そう言う事だ」
「う~ん、確かにそれは面倒だよね?僕達は敵のど真ん中にいる訳だから、もし大騒ぎになったら僕達は囲まれて一気に不利になっちゃう」
「それだけじゃ済まないさ。同盟の話も無くなってまた戦争になる事も考えられる」
ストラスタ公国との関係が悪化しないかどうか不安になるヴリトラとリンドブルムは難しい顔で悩んだ。すると、ジープを運転しているニーズヘッグが前を向きながら話に参加して来た。
「その心配はないと思うぞ?」
「え?」
「何でだよ?」
不思議に思い、リンドブルムとヴリトラはニーズヘッグの方を向いて訊ねる。
「会談の町であるワズロの町にはストラスタ公国の王様が来てるわけだろう?自分達の王様がいる町で騒動なんか起こしたら王様からの印象が悪くなる。それに今回の同盟は互いに望んでいるんだ、俺達がストラスタ公国と同盟を結ぶ事を望んでいる様に向こうもこちらと同盟を結ぶ事を望んでいるはずだ。同盟を結べなくなるような事態にはストラスタの王族もさせないと思うぞ?」
「つまり、町に出ても騒動が起こる事はないって事?」
「可能性は低いだろう。だけど、ガラの悪い傭兵とかはお構いなしに暴れるかもしれないな」
「・・・う~ん」
理解が難しいのかリンドブルムはまた難しい顔をして考え込む。だがヴリトラはなんとなく理解したらしく青空を見上げながら笑った。
「要するに町の住民達は大丈夫だが、傭兵みたいな法律なんかを気にしない連中には注意しろって事だろう?」
「まぁ、そんなところだ・・・」
「だったら大丈夫だろう。と言うか、正式に同盟が結ばれる場では町に出ない方がいいんじゃないか?」
「確かにそれが一番だな」
ヴリトラの出した答えにニーズヘッグは頷きながら言った。だが、ヴリトラには別の心配がある。
「あとは問題なのはストラスタ公国の騎士団だな・・・」
「確か、王家の護衛に就くのは白薔薇戦士隊だったっけ?」
「ああ、ストラスタ公国の第二王女様が隊長をしている騎士隊。ガバディア団長の話ではかなり強いらしいぞ?」
「へぇ~」
リンドブルムは意外そうな顔で声を出す。
「昨日ザクセン隊長から聞いたんだけど、その白薔薇戦士隊は前の戦争で何度も手こずらされた程の実力を持った精鋭部隊らしい」
「最前線で戦っていたって事はレヴァート王国に対する敵意も相当強かったんじゃないの?」
「だろうな。もしかすると、今回の同盟にも少しばかり不満に思ってるかもな」
ストラスタ公国の王女が同盟をどう思っているのか、そんな不安の中でヴリトラとリンドブルムはジープに揺られながら同盟をどうすれば上手くいくのかと考えるのだった。
出発から二時間後、休息を挟みながらも進んで行くヴリトラ達はようやく目的地ワズロの町へ到着した。町全体は城壁で囲まれており、城壁の上や正門の入口前にが大勢のストラスタ兵が立ち周囲を見張っている。ワズロから少し離れた位置にある丘の上から遠くに見える町を眺めるヴリトラ達はやっと辿り着いたという安心感に包まれた。
「ようやく着いたかぁ・・・」
「あれがワズロの町か・・・」
ジープに乗りながら町を眺めるヴリトラとニーズヘッグ。そこへ馬に乗ったラピュスが近づいて来てヴリトラの隣で止まった。
「あそこでストラスタ公国との同盟会談が開かれるんだな」
「ああ。でも、明日の同盟会談まではあまり町で目立つ行動を取らない方がいいぜ?町には俺達を好く思わない輩もいるみたいだし」
「分かっている。私達は会談が開かれるまでは外出しない事にしている。お前達はどうするんだ?」
ラピュスが町に着いた後の事をヴリトラに訊ねるとヴリトラは馬に乗るラピュスを見上げる。
「俺達もそうするつもりだ」
「ええぇ?外に行かないの?」
外出したい事が不服なのかリンドブルムは訊き返してきた。
「別に町に着いてからすぐに出かけなくてもいいだろう?同盟を結べば町の人達も俺達への警戒を解くだろうし、同盟に納得のできない連中も俺達に危害を加えないだろうから、同盟を結んだ後に町を見て回ればいいじゃないか?」
「ああ、問題が起こりそうな状態で外に出るよりは同盟を結んだ後に出た方が安全だし町を楽しめる。明日の会談まで我慢しろ」
「・・・ハァ~イ」
ヴリトラの意見に賛成したニーズヘッグ。二人の言葉にリンドブルムは不満そうな顔で返事をした。そんな会話を見ていたラピュスは小さく笑っている。
「・・・そろそろ陛下達も町へ向かわれるみたいだ。私達も行こう」
「ああ、そうだな。さっさと町へ行ってベッドで休みたいよ」
そんな会話をしていると前の馬車と黄金近衛隊が町へ向かって動きだし、ヴリトラ達もその後に続いて丘を下った。
ワズロの町の正門前では兵士達が槍や剣を持って周囲を警戒している。レヴァート王国との同盟会談がある事を知っている為か兵士達は警戒心を強くして周りを見回していた。
「・・・今のところ異常はないな」
「ああ」
槍を持った二人の兵士が周囲を見回しながら会話をする。
「レヴァート王国はこちら側からやって来るらしいからな。いつも以上に警戒を強くしておくぞ?」
「・・・にしてもよぉ?どうしてここまでする必要があるんだ?」
「知らねぇよ。姫様がそうしろとおっしゃられたんだ。レヴァート王国を十分警戒しろとな」
「同盟を結びに来るんだろう?どうして警戒する必要があるんだよ」
「前の戦争で一度は敵対した国の人間が来るんだ。姫様が警戒されるのも当然だと思うぜ?」
「そうか?・・・だけど、ここまではなぁ・・・」
町の守りが予想以上に強い事に兵士は大袈裟に感じていた。現にワズロの町にある三つの正門には大勢の兵士が配備されている。まるで城攻めに来る敵を迎え撃つかの様に。
兵士達が会話をしていると、城壁の上で遠くを見張っていた兵士が丘から降りてくるヴリトラ達の姿を確認して、正門前にいる兵士達に向かって大声を出した。
「おーい!丘の方から何か来たぞぉ!」
「んん?何かって何だぁ!」
正門前の兵士が城壁の上にいる兵士に大声で訊ねる。兵士は持っていた望遠鏡を覗き込み確認した。そして先頭を進む馬車とそれを囲む黄金近衛隊を見てレヴァート王国の一団である事を確認する。
「レヴァート王国の紋章がある!恐らく同盟の会談に来た連中だろ!」
「何だと?」
「遂に来たか・・・」
正門前の兵士達は真剣な表情で丘からこちらに近づいて来る一団を見た。嘗て争っていた国の者達が来る事に緊張を感じながらも兵士達はヴリトラ達が来るのを待つ。
しばらくしてワズロの町の正門前にヴリトラ達が到着する。兵士達はヴァルボルト達の乗る馬車を止めて周りにいる近衛騎士達に近づいて行く。
「我々はレヴァート王国よりストラスタ公国との同盟を結ぶ為に参った」
「話を伺っております。ですが、まずは会談に来られた方々である事を証明して頂きたい」
同盟会談に来た証拠を見せてほしいという兵士の申し出に近衛騎士は懐から一枚の紙を取り出して兵士に渡す。それはストラスタ王家からの同盟会談を開く町と自国の書かれた親書だった。新書に書かれたある内容と押されている王家の印を確認した兵士は親書を近衛騎士に返す。
「失礼いたしました。確かに我が国の王からレヴァート国へ送られた親書に間違いありません」
兵士は正門前にいる別の兵士に手を振って合図を送る。確認した別の兵士は城壁にいる兵士の方を向いて大きな声を出した。
「開門!」
正門を開けろという指示を聞き、城壁の上にいる兵士は近くにあるレバーを引く。すると大きな正門はゆっくりと動き出し、やがて完全に門は開いた。
「どうぞ、お入りください」
兵士は近衛騎士にそう告げ、馬車に御者台に座る近衛騎士が手綱を引いた。馬車はゆっくりと前へ進み、黄金近衛隊も馬を動かして後をついて行く。その後ろに七竜将と懲罰遊撃隊が続き、兵士達は目の前を通過するジープとバンを見て目を丸くする。
「な、何だありゃ?」
「見た事の無い物だったぞ?」
「鉄でできた馬車か?」
「いや、馬車には見えねぇぞ?馬もいなかったし・・・」
ストラスタ公国の兵士達も初めて自動車を見たレヴァート王国の兵士達の様な反応を見せて驚き、町へ入って行ったヴリトラ達は呆然と見つめていた。
町に入ると目の前に大きな広場があり、その中央で先に町へ入っていた馬車と黄金近衛隊は停まっている。それを見たヴリトラ達も停まり、周囲を見回す。周りでは数人の兵士やワズロの町の住民達が自分達を見ている姿があり、その殆どが驚きの表情を見せていら。
「皆、驚いてるね?」
「そりゃそうだろう。敵だった国の人間が町に入って来たんだからな」
「いや、俺には町の連中は俺達の方を見て驚いている様な気がするぞ?」
ニーズヘッグはそう言って自分達に注目している町の者達を見て呟く。ジープに乗るヴリトラ達がそんな話をしていると馬車からザクセンが降りて来た。そこへ一人の中年の男性がゆっくりとザクセンに近づいて来る。五十代前半ぐらいで灰色の短髪をした貴族の様な男性だった。それに気づいたザクセンはゆっくりと男性の方へ歩いて行き挨拶をする。
「レヴァート王国黄金近衛隊隊長のザクセン・ボートルバンです」
「よくお越しくださいました。私はストラスタ公国協定管理をしております『ガガトラ・トート』と申します」
ザクセンとガガトラと名乗る貴族は握手を交わし挨拶をする。そこへヴァルボルトも馬車から降りてガガトラの前にやって来た。
「おおぉ!ヴァルボルト王、この度はよくお越しくださいました。我が国と同盟を結んで頂く事、心から感謝いたします」
「いやいや、我々もストラスタ公国と同盟を結べる事に感謝している」
ヴァルボルトに深々と頭を下げるガガトラにヴァルボルトは苦笑いを見せる。ガガトラが頭を下げてヴァルボルトが連れて来た騎士達を見ていると、遠くでこちらを見ているヴリトラ達に気付いた。
「ヴァルボルト王、あの奇妙な格好をした者達も護衛の騎士なのですか?」
特殊スーツを着て機械鎧を纏っている七竜将を不思議そうに見つめながら訊ねるガガトラ。ヴァルボルトは振り返り七竜将の姿を見て「ああぁ」と言いたそうな顔をする。
「彼等も警護ですが騎士ではない。彼等は七竜将という傭兵隊だ」
「傭兵隊?王族の護衛に傭兵が参加されてるのですか?」
「うむ、彼等の実力は我が国でも一二を争う程。そして何より、今回の同盟の内容に彼等が少し関わっておるのでな。同行してもらったのだ」
「そ、そうですか・・・」
ガガトラは「本当に強いのか?」と言いたげな顔で七竜将を見ている。彼等の事を何も知らない者がそういう反応をするのは当然と言える。
「それよりも、ストラスタ王はどちらにいらっしゃるのかな?」
「えっ?あ、ハイ!陛下は会談の会場をご覧になられております。ご案内いたしますのでついて来てください」
「すまない」
ヴァルボルトは再び馬車に乗り込み、ガガトラに案内されてストラスタ王のいる場所へ向かって馬車を動かす。黄金近衛隊もその後に続き、残ったザクセンはヴリトラ達の下へ歩いて行き、彼等に今後の事を説明した。
「儂等は陛下と共にストラスタ王へ挨拶に行って来る。お前さん達は先に休んでおれ」
「でも何処で?」
「兵士達が案内してくれるだろう。彼等に付いて行けば大丈夫だ」
「分かりました」
ザクセンは告げて黄金近衛隊の後を追って行く。残ったヴリトラ達に兵士が近づいて来て声を掛けて来た。
「では、ご案内しますのでついて来てください」
兵士に案内されてヴリトラ達は自動車と馬を動かしてゆっくりと後へついて行く。周りでは未だに町の住民達は驚きの表情でヴリトラ達を見ていた。
ヴリトラ達が兵士に案内されて広場を後にする姿を広場の前の建物の二階の窓からは覗き見る人影。腕を組みながら窓からその様子を見ているのはストラスタ公国の鎧を纏った姫騎士だった。歳は二十代半ばぐらいで金色の長髪に小さな王冠の様な物を乗せ、白いマントをは纏っている。そのマントにはストラスタ公国の紋章が大きく描かれてあった。
「・・・見た事の無い姿、そして見た事の無い武器。一体奴等は何者なのだ?」
「姫様!」
姫様と呼ばれる姫騎士の下に同じ姿をした別の姫騎士がやって来た。明るい黄緑の短髪をし、水色のヘアバンドを付けた幼さの残る顔をした姫騎士だ。
「『ポーリー』か、どうした?」
「見張りをしていた兵士から聞いて来たのですが、どうやらあの連中はレヴァート王家が護衛に連れて来た傭兵だそうです」
「傭兵だと?」
「ハイ、何でもレヴァート王国の中で一二を争う実力を持っているとか・・・」
ポーリーと呼ばれた姫騎士は複雑そうな顔で自分の頬を掻きながら言う。姫騎士は再び窓から外を眺めながら難しい顔をする。
「・・・そう言えば、送り返されてきた我が国の騎士達も奴等と同じ様な手足をしていたな・・・」
「ま、まさか・・・彼等が我が国の騎士達をあんな姿に?」
「いや、それはまだ分からん。いずれにせよ、奴等が何者でどれ程の実力を持っているのかを確かめる必要がある。わらわ直々にな」
「姫様・・・」
「・・・行くぞ」
「・・・ハイ!」
二人の姫騎士はそう言って部屋を後にした。姫様と呼ばれる姫騎士は真剣な顔で、ポーリーは心配そうな顔で階段を下りて行く。彼女達こそ、ストラスタ王家を護衛する白薔薇戦士隊の騎士達。そして、姫様と呼ばれた姫騎士こそが白薔薇戦士隊の隊長であるストラスタ公国第二王女、パリーエ・ストラスタなのだ。
ようやくワズロの町へ辿り着いたヴリトラ達。しかし、会談を前にヴリトラ達を警戒するパリーエはある行動に出る。一体、彼女は何をするつもりなのだろうか?