第百九十三話 同盟会談 王族護衛の依頼
幻影黒騎士団の黒騎兵に取り付けられていた小型カメラに残っていた映像を見てブラッド・レクイエム社の計画している事の手掛かりを見つけた七竜将。何処かの国を後ろ盾にし、優秀な騎士や傭兵を集めて自分達の戦力にしようとしているブラッド・レクイエム社の恐ろしい行動にヴリトラ達は緊張を走らせるのだった。
七竜将が小型カメラの映像を見て話をしている頃、ズィーベン・ドラゴンの前ではラピュスとガバディアが並んで立っている姿があった。
「団長、先程の話は本当なのですか?」
「でなければ食事中のお前をわざわざ呼び戻す必要も無かろう?急に決まった話だからな、急いで知らせる必要があったんだ」
「しかし、それなら私達ではなく黄金近衛隊と白銀剣士隊に任せるべきでは・・・」
「ブラッド・レクイエムが関わっている以上、彼等を連れていくのは当然だろう?奴等の事を知らない者達を連れていっても対策の立てようがない」
何やら難しい話をしているラピュスとガバディア。ガバディアの話を聞いていたラピュスは少し複雑そうな顔でガバディアを見上げている。
「とにかく、まずは七竜将にこの事を伝えてからだ」
「ハイ・・・」
二人はズィーベン・ドラゴンへ近づいて行き、玄関の前まで来るとラピュスはドアをノックした。
「ヴリトラ、皆!いるか?」
声を掛けながらノックを続けるラピュス。その後ろでガバディアは腕を組みながら黙って応答を待っている。
整備室では玄関から聞こえてくる声に気付いてヴリトラ達が一斉に玄関のある方を向いた。
「ん?今誰かの声が聞こえなかったか?」
「そう言えば、聞こえた様な・・・」
ヴリトラとジルニトラが玄関の方を向いたまま話をしていると再びノックする音と声が聞こえてくる。
「私だ、ラピュス!誰かいないのか?」
「ラピュスの声だ!」
リンドブルムがラピュスが来た事を知って玄関の方へ走って行く。ヴリトラ達も歩いてその後を追い玄関へ向かう。
七竜将全員が玄関前までやって来ると、ヴリトラは玄関の向こう側にいるラピュスに声を掛けた。
「開いてるよ、入ってくれ」
ヴリトラの返事を聞いたラピュスはドアを開け、ガバディアと共にズィーベン・ドラゴンへ入る。
「ガバディア団長も一緒だったんですか」
「ああ、少し邪魔するぞ?」
「いえ・・・それで、今日はどうしたんです?」
「うむ、お前達にまた依頼したい仕事があってな」
「仕事?」
「それも極めて重要な仕事だ」
重要な仕事を依頼したいと言うガバディアの表情を見て七竜将は反応する。今までにも色んな仕事を依頼されてきたが、ガバディアの表情を見て今回はいつもと違うと言う事にすぐ気付いた。
「・・・とにかく、立ち話もあれなんで、座ってください」
「すまんな」
ヴリトラはガバディアとラピュスは奥にある来客用にテーブルへ案内し、リンドブルム達もそれに続いた。二人が席に付くと、ジルニトラは二人に飲み物を出し、ヴリトラも席に付き二人と向かい合う。リンドブルム達も席に付く三人を囲む形で立ち、ヴリトラ達を見ている。
「それでどんな仕事なんです?」
「その事を話す前に例のストラスタ公国の騎士の事に付いて話をしておきたいのだ」
「ストラスタ公国?・・・あの俺達が回収した黒騎兵ですか?」
「そうだ。お前達が持ち帰った日の次の日に遺体はストラスタ公国に送った。最初は遺体を送って来た我が国が騎士達を殺めたと疑ってはいたが、鉄に作り替えられた遺体とこちらの説明を聞いて我々がやったのではないと理解してもらえたみたいだ」
「そうですか・・・」
「先の戦争で我々はストラスタ公国に勝利したとはいえ、関係は以前と殆ど変っていない。少なくとも政治的にはこちらが上に立ち、彼等からこちらに危害を加える様な行動は無くなった」
ガバディアからストラスタ公国との関係を聞いてヴリトラは難しい顔を見せる。もともと関係が笑うかったレヴァート王国とストラスタ公国であったが、ストラスタ公国の貴族が密かにブラッド・レクイエム社と契約を交わして機械鎧兵士を手にしていた。それを気に契約を交わした貴族の進言でストラスタ公国はレヴァート王国に宣戦を布告、戦争が始まった。しかし七竜将の活躍によりブラッド・レクイエム社の機械鎧兵士の存在が何も知らなかった王族の耳に入り、彼等は降参したのだった。それと同時にブラッド・レクイエム社の存在がストラスタ公国の王族にも知られる事となったのだ。
「騎士達を連れ去り、あんな姿にしたのはブラッド・レクイエムの仕業である事、そして彼等の脅威を知らせる為に陛下はストラスタ公国に親書を送りその事をお伝えした。そして、それと同時にブラッド・レクイエムに対抗すべく、陛下はストラスタ公国と同盟を結ぶ事を考えられたのだ」
「同盟?」
意外な言葉にヴリトラは思わずガバディアに訊き返す。勿論リンドブルム達も驚き耳を疑っている。
「戦争した相手と同盟を結ぶって、本気なんですか?」
「ああ、少なくとも陛下はそうお考えになられた」
「一度は戦争し合った国同士です。元老院や貴族の中にはそれをよく思わない人もいるんじゃ・・・」
「ああ。元老院の方々は大半がその陛下のお考えに反対されている。上級貴族や姫様達もな・・・だが、『一度刃を交えた者同士だからこそ分かりあえる事もある。これ以上、我々の様にブラッド・レクイエムのせいで命を落とす者を出してはいけない。だからこそ、同じ苦しみをした者同士、手を取り合い戦うべきだ』、と陛下は仰られた」
ガバディアが代弁するヴァルボルトの言葉をヴリトラ達は黙って聞く。確かに、お互いにブラッド・レクイエム社によって多くの命を失い、大切な物を奪われた。それを防ぐにはブラッド・レクイエム社の存在を知る者同士が手を取り合い、共に戦うのが一番の対抗策とも言える。
「陛下のそのお話を聞かれた元老院や姫様達も国の状況と敵の脅威を確認し、同盟を結ぶことに納得された。そしてストラスタ公国からも同盟を結ぶ事を承諾するという親書が届いたのだ」
「向こうも同じ考えをされたようですね」
ガバディアの隣に座っているラピュスがストラスタ公国の考えを察して呟く。ストラスタ公国的には自分達の国の貴族が勝手にブラッド・レクイエム社と契約を交わした事で起きた戦争の為、少しながらも罪悪感を感じていたのだろう。その為、同盟を結ぶ事を受け入れたとも考えられる。
「同盟や今後の事に付いての会談が三日後に行われる。場所はレヴァートとストラスタの国境近くのストラスタ領の町、『ワズロ』だ」
「成る程・・・・・・ん?あの、もしかして俺達に依頼する仕事って・・・」
「察しが良いな。そのとおりだ、お前達に依頼する仕事は同盟の会談へ向かわれるヴァルボルト陛下とパティーラム様の護衛だ」
ヴリトラは「やっぱり」と言いたそうな顔で笑うガバディアを見る。周りではリンドブルム達も話を聞いてヴリトラと同じ様な顔をしていた。
「でもなぜ俺達に?陛下の護衛なら近衛隊に任せるべきでしょう?」
「この世界でブラッド・レクイエムに詳しいのはお前達だけだ。それに会談には互いに大人数の護衛を同行させないという条件がある。あまり多くの人数を連れていると住民達を不安にさせてしまうからな」
「それで団長は私達懲罰遊撃隊と七竜将、そして数人の近衛騎士を陛下の護衛に同行させてワズロに向かおうという案を出されたんだ」
ラピュスがヴリトラ達に自分達を同行させる理由を伝え、ヴリトラ達も複雑そうな顔でラピュスの話を聞いている。
「今回の護衛が成功した暁にはフォーネ達の懲罰も帳消し、お前達にも多額の報酬を出すと言う事になっている。引き受けてくれないか?」
「う~ん・・・あまり俺達を過大評価されても困るんですけど・・・」
「何を言っている、私達はお前達を信じているから頼んだのだ。陛下も姫様もお前達が護衛してくれるのなら心強いと仰っておられた」
ヴァルボルトやガバディアから信頼され、困り顔になるヴリトラ。しばらく悩んだものの、ストラスタ公国との会談に行けばブラッド・レクイエム社の事が何か分かるかもしれない。何より、報酬も手に入りラピュス達も懲罰が帳消しになるのだ。答えを出したヴリトラはガバディアの方を向いて頷く。
「・・・分かりました。引き受けます」
「おおぉ!助かるぞ」
「・・・皆もそれでいいよな?」
ヴリトラが振り返ってリンドブルム達に訊ねるとリンドブルム達はヴリトラの方を向いて口を動かす。
「僕はヴリトラと一緒なら何処へでも行く」
「まっ、俺達には悪い話じゃねぇし、行こうぜ」
「前の戦争でストラスタ公国がどうやってブラッド・レクイエムと契約を交わしたのかも知りたいしな」
「アイツ等の事を知る為には少しでも情報が必要だしね?」
「そうだな・・・」
「行こう行こう!」
誰も反対する者はおらず、七竜将はヴァルボルト達の護衛の依頼を引き受けた。ラピュスもヴリトラ達が動いてくれた事にホッとしたのか笑みを浮かべている。
「では、すぐに準備に取り掛かろう。明日の朝出発するから城門前に来てくれ」
ラピュスとガバディアはゆっくりと席を立ち、ズィーベン・ドラゴンから出て行こうとすると、ヴリトラが二人を呼び止めた。
「二人とも、ちょっと・・・」
「ん?」
「どうした?」
二人が振り返りヴリトラの方を向くと、ヴリトラは真剣な顔で二人を見つめる。
「ちょっと二人に見てもらいたい物が・・・」
「見てもたいたい物?」
ラピュスが小首を傾げながらヴリトラを見ているとヴリトラはニーズヘッグの方を向く。ニーズヘッグはヴリトラの考えている事を察したのか頷いて奥へ歩いて行く。しばらくすると、ニーズヘッグはさっきのノートパソコンを持って来たテーブルの上に置く。ヴリトラは二人を手招きで呼び、ラピュスとガバディアは理解できないまま元の席に付きノートパソコンを見つめる。
「これはノートパソコンと言うやつだな?これがどうしたんだ?」
「実はあの黒騎兵の兜に小型カメラが取り付けられていた、そこに奴等が見た映像が記録されていたんだ」
「コガタカメラ?エイゾウ?」
ラピュスは混乱しながらヴリトラの言葉を繰り返す。ガバディアも理解できないのか困り顔をしていた。
「ま、まぁ、とにかく見てくれ・・・」
困り果てている二人を見ながらヴリトラはさっきまで自分達が見ていた映像を再生した。映像が流れると、二人は驚きの顔でノートパソコンに釘付けになる。しばらくすると、慣れたのか真面目な顔で映像を見始める。流れる映像を見てラピュスとガバディアは何かに気付いた様な反応をしながら映像を見て行き、やがて全ての映像が流れて静かに止まった。
全ての映像を見た二人は鋭い表情をしており、ヴリトラ達も二人を見て何かに気付いたのだと察した。
「・・・甲冑の男がジークフリートなのだな?」
「ハイ、ブラッド・レクイエムの軍事総責任者にして司令官です」
「そうか・・・一緒にいたあの少女もブラッド・レクイエムの者なのか?」
「間違いないでしょうね」
「うむ・・・」
映像の消えたノートパソコンを見つめながら難しい顔で腕を組みガバディア。その隣に座っているラピュスも難しい顔をしている。
「・・・団長、ジークフリートと話をしていた貴族は・・・」
「ああ、間違いない。『ジョン・メカルトン』伯爵だ」
「ジョン・メカルトン?」
聞いた事の無い名前にヴリトラはラピュスとガバディアを見ながら訊き返す。
「ジョン・メカルトン伯爵、コラール帝国の軍事関係の職を任されている上級貴族だ」
「コラール帝国?」
新しい国の名前にヴリトラは反応し、彼を見ながらラピュスが頷き口を動かす。
「神聖コラール帝国、このヴァルトレイズ大陸の中で最も多くの領土を持ち、強大な戦力を持つ軍事国家だ。領土の大きさはレヴァート王国の数倍はあり、軍の規模も我々とは段違いだと言われている」
「そのコラール帝国の上級貴族とジークフリートが接触し、何かの契約を交わしている。つまり、ブラッド・レクイエムの後ろにはコラール帝国が存在していると言う事になるな」
ガバディアがブラッド・レクイエム社とコラール帝国の関係を口にし、それを聞いた七竜将の表情が一斉に変わる。
「・・・驚いたな。まさか賛美歌と鎮魂歌が同盟を結ぶとは」
驚いたと口にするヴリトラだが、その表情はとても気に入らなそうだった。自分達が最も恐れている敵がよりにもよってヴァルトレイズ大陸最大の国家と手を組んだのだから。それはブラッド・レクイエム社が多くの資源、土地、人材、資金を手に入れた事を意味している、
ブラッド・レクイエム社の後ろ盾となる国家を知ったヴリトラ達はブラッド・レクイエム社の拠点がコラール帝国領内の何処かにあると踏んだ。だが、それと同時に彼等は恐るべき事実を知る。
「・・・ブラッド・レクイエム社がコラール帝国と契約を交わしていると言う事は、コラール帝国が奴等の味方をしていると言う事になる」
「下手をすれば、俺達はコラール帝国を敵に回す事になるかもしれないって事になる・・・」
ジャバウォックとニーズヘッグが表情を鋭くして今のブラッド・レクイエム社の状態を確認する。その話を聞いたヴリトラ達も表情を鋭くして緊張を走らせた。
「確かに、帝国を敵に回すのはあたし達には分が悪いわね」
「いくらブラッド・レクイエムが危険だからと言って、同盟を結んでいるコラール帝国と戦争をする訳にもいかない・・・」
「どうしよう?ヴリトラ」
ファフニールがヴリトラの方を向いて訊ねるとヴリトラは目を閉じて腕を組みながら考え込む。するとヴリトラはゆっくりと顔を上げてラピュス達を見回した。
「・・・ブラッド・レクイエムの拠点が何処にあるのか、そしてどの国が後ろ盾になっているのかは分かった。だけど、情報が少ない以上その事は後回しだ。今はストラスタ公国との会談の事だけを考えよう」
「確かに、今は目の前の事から順番に片づけていくしかない」
ラピュスがヴリトラの言葉に同意し、リンドブルム達も「確かにそうだ」と言いたそうな顔で頷く。ガバディアも立ち上がりヴリトラ達の方を見る。
「ブラッド・レクイエムとコラール帝国の関係の事は儂から陛下にお伝えしておこう。お前達は明日の出発の準備をしておいてくれ」
「分かりました」
ヴリトラが返事をすると、背後にいたニーズヘッグがヴリトラの声を掛けた。
「ヴリトラ、俺は整備室に戻って『例の武器』の最終チェックに入るから、準備の方は任せた」
「ああ、了解だ」
「それと、ジークフリートと一緒にいたあの女の事も調べてみる。何処かで見た事があるような顔をしていたからな」
「そうか、頼んだぞ?」
「ああ」
そんな会話をした後にヴリトラ達は一斉に解散する。ズィーベン・ドラゴンの中で準備をする者もいれば外に出て買い出しなどをする者もおり、それぞれ明日の仕事の準備に取り掛かった。
解散してから二時間後、ヴリトラとラピュスは賑やかな街道を歩いていた。数分前、二人は騎士団の詰所へ行き懲罰遊撃隊の騎士達に任務の内容を説明しに行っていたのだ。そしてその時に七竜将がブラッド・レクイエム社との戦いに勝利して溜めこんでいた弾薬などを渡していた。
「これで皆に任務の内容を伝えられたし、弾も渡せれた。何が起きてもすぐに対応できるはずだ」
「まぁ、何も起きない方がいいのだがな」
「確かにな。だけど、用心するのに越した事はないさ」
明日の護衛任務の事を話しながら二人は街道を歩いて行き、やがて人気の少ない場所へ出た。するとヴリトラの小型通信機からコール音が鳴り、ヴリトラは立ち止まって小型無線機のスイッチを入れる。
「ヴリトラ、聞こえるか?」
「ニーズヘッグか。どうした?」
「例の女の事が分かったぞ」
「本当か?」
「ああ。正直、知った時にはかなり驚いたぜ」
ニーズヘッグの言葉を聞きヴリトラは不思議そうな顔を見せる。隣でヴリトラの様子を窺っていたラピュスも同じ様な顔をしている。すると小型無線機から再びニーズヘッグの声が聞こえてきた。
「コードネームは『ジャンヌ』。ブラッド・レクイエムの社長で仲間達からは女王と呼ばれている」
「ジャンヌ?・・・ジャンヌってあれか?フランスの聖女と呼ばれたあの?」
「じゃないのか?まったく、悪名高い傭兵組織の社長が聖女の名をコードネームにするとは・・・と、そんな事は問題じゃない」
話が逸れてしまい、ニーズヘッグは話の流れを戻した。
「問題なのは本名さ」
「本名?」
「・・・ジャンヌの本名は『アンジェラ・アンメーデン』。お前もその名前ぐらいは知ってるだろう?」
「アンジェラ・アンメーデン・・・・・・ッ!まさか!?」
「?」
突如表情が変わったヴリトラを見てラピュスは小首を傾げる。この時、ヴリトラの頭の中にはとんでもない人間の事が浮かび上がっていたのだ。
ズィーベン・ドラゴンを尋ねて来たラピュスとガバディアからヴァルボルトの護衛任務を依頼された七竜将。ブラッド・レクイエムとコラール帝国との繋がりを知り、更に問題が増えていく中でブラッド・レクイエム社の社長の正体も知る。一体、ジャンヌと呼ばれる少女、アンジェラにどんな秘密があるのだろうか。