第百八十六話 鋼の爪 機械鎧怪物現る!
村を襲った二匹のグリードベアを討伐したヴリトラ達。仕事を始めてから僅か三十分で依頼か片付いてしまい、太陽戦士団は七竜将の常人離れした力にただ驚くのであった。
グリードベアが討伐されると村人達は建物の中から出てきて広場に集まった。広場には倒された二匹のグリードベアの死体が並べられており、ヴリトラ達はその死体をどうするか村長達と相談している。
「この死体はどうします?放っておいても腐るだけですし、燃やして処分しますか?」
「いいえ、グリードベアの肉は食用になりますし、毛皮も売ればかなりに値が付きます。グリードベアの死体は私達の方で片づけますので」
「そうですか、分かりました」
村長と話を終えたヴリトラがラピュス達の下へ歩いて行く。ラピュス達は自分達の武器の状態をチェックしたり傷の手当てをしていた。ラピュス達は大した怪我はしていないが、広場に残っていた騎士達は少し傷を負ったらしくジルニトラから手当てを受けている。ソルト達太陽戦士団も騎士達の状態を見てジルニトラの手当てをしていた。
「おう、話は終わったか?」
「ああ、死体は食料にしたり毛皮を売ったりとかするってさ」
「食糧か・・・確かに俺達の世界でも熊の肉とかは食べられているし、不思議じゃねぇよな」
話し掛けてきたジャバウォックにヴリトラは話の内容を伝えながら周囲を見る。広場ではグリードベアの死体を取り囲み驚きの表情を見せている村人達の姿があり、その中には本当に死んだのかを確かめる様に恐る恐る近づく男性やグリードベアの死体を落ちていた木の棒で突く子供もいた。彼等は未だに恐ろしいモンスターであるグリードベアが死んだという事が理解できていないようだ。
「皆、かなり驚いているな」
「当然だろう。家畜や人を襲う巨大なモンスターが立った数人の傭兵と騎士でアッサリと倒されたんだからな。何より、本当に死んだのか心配してるんだろう」
「確かにああいう猛獣は死んだと思って実はまだ生きてました、ていうパターンが多いからな」
「・・・そういう事を言うと本当に起き上がりそうだからあまり言うなよ?」
腕を組みながらグリードベアの死体を見て呟くヴリトラにジャバウォックはジト目で見ながら忠告する。そこへラピュスとアリサがやって来てヴリトラとジャバウォックに声を掛けて来た。
「ヴリトラ、武器のチェックと怪我人の手当ては終わったぞ」
「そうか・・・」
「これからどうするんだ?グリードベアも退治したし、このままティムタームに戻るか?」
「・・・いや、グリードベアがあの二匹だけとは限らない。まだ他にもいる可能性がある。明日の昼までこの村に滞在して様子を見た方がいい」
「確かにその可能性はあり得るな」
ヴリトラの言うとおり、グリードベアが他にもいる可能性は少なくない。そう考えたラピュスは難しい顔を見せて考え込む。隣にいたアリサも少し不安そうな顔を見せていた。
「とりあえず、ソルトさん達にこの事を知らせて来る。お前達は騎士の皆や村長達に知らせてくれ」
「分かった、私は村長の所へ行こう」
「じゃあ、私は皆に知らせてきます」
ラピュスとアリサはそれぞれ村長と騎士達の下へ向かい村に滞在する事を知らせに行く。ヴリトラは村の外を眺め、ジャバウォックも同じように村の外を見回す。
「・・・この村に来る途中に村の東側に大きな林があるのが見えた。多分あのグリードベア達もその林から来たんだろう。だとしたら、その林に他にもグリードベアがいるか可能性は十分ある・・・」
「ああ、しかもこの村の北側にも林があった。そこにも棲みついているかもしれねぇな」
「とにかく、もう少し様子を見よう」
ヴリトラとジャバウォックはそう話をした後に太陽戦士団の下へ向かい今後の事を説明する。太陽戦士団も他にもグリードベアがいるかもしれないと考えていたらしく、ヴリトラ達と同じように村に残る事に賛成した。それからヴリトラ達は二手に分かれて東と北にある林へ向かいグリードベアがいないかどうかを捜索する。しかし、結局グリードベアは見つからず、日も沈みかけて来たのでヴリトラ達は村に戻ったのだった。
日が沈み、辺りがスッカリ暗くなった。村には篝火が灯されて僅かな明かりが村を照らす。そんな村の見張り台では騎士達が望遠鏡を覗いて周囲を警戒し、七竜将と太陽戦士団がバラバラになって村の中や村の入口で警備をしている。
「昼間の襲撃から新たなグリードベアは現れてませんね・・・」
「ええ、だけど明日の昼まで油断はできません」
ヴリトラとソルトは昼間にグリードベア達が村に侵入する時に破った柵の前に立って周囲を警戒しながら会話している。壊された柵は応急処置で何とか簡単に直されているが、前ほどの強度は無く、一度の体当たり簡単に壊れてしまいそうなくらいのものだ。ヴリトラとソルトの他にもラルフとアリサがともに警備しており、剣や騎士剣をいつでも鞘から抜ける様にしっかりと握って周囲を見回していた。
「それにしても驚きましたよ。七竜将の皆さんの戦闘能力ときたら私達の想像を遥かに超えていましたから」
「ええ、本当にビックリしました」
「いやぁ、そんな大した事じゃ・・・」
ソルトとラルフを見て少し照れたような顔を見せるヴリトラ。
「しかし、どうすればあそこまでの身体能力を得られるのですか?グリードベアの突進を正面から止めたり、4m近くジャンプするなんて相当の訓練が必要なはずですが・・・」
「・・・機械鎧のおかげです」
「えっ、その義手ですか?」
ソルトはヴリトラの機械鎧の左腕を見て不思議そうに尋ねる。
「ええ、この機械鎧を身に纏うのと同時に俺達七竜将は常人離れした力を手にしたんです。化け物の様な強大な力をね・・・」
左腕を見つめながらヴリトラは呟く。機械鎧兵士は体の一部を機械鎧化し、その機械鎧の性能に生身の体を合わせる様にナノマシンを体内に注入して身体能力を強化している。機械の体を持った常人以上の力を持つ人間、まさに化け物だった。その事を理由に機械鎧兵士を化け物を見るような目で見る人間は少なくない。七竜将も元の世界やファムステミリアでそんな風に見られていた。
「化け物だなんて、こんな凄い力を持っているヴリトラさん達は凄い傭兵ですよ」
「そうです、その力を使えば多くの人達を救う事ができます。僕達も貴方がたと同じ力が欲しいくらいです」
自分を遠回しに化け物と呼ぶヴリトラを見てソルトとラルフはフォローする様に語りかける。それを聞いたヴリトラは二人の方をゆっくりと向いた。
「そうですか、ありがとうございます」
小さく笑いながら礼を言うヴリトラ。この時ヴリトラは心の中で少し意外に思っていた。今までティムタームで出会った傭兵達の殆どが自分達の功績や王族から信頼されているという事で妬んでいたが、目の前にいるソルト達はそんな事を一切せずに自分達に興味を持ち、憧れを抱いている。そんな存在がティムタームにいた事に彼は驚きの嬉しさを感じていた。
ヴリトラ達は話をしていると、ラピュスと女性騎士が修理された柵の隙間を潜って外に出てきた。その手には籠が持たれており、アリサは二人の存在に気付きフッと振り返る。
「隊長」
「どうだ、様子の方は?」
「今のところはグリードベアらしい影などはありません」
「そうか・・・」
状態が安定している事を知ったラピュスはとりあえず安心した。ヴリトラ達もラピュスと女性騎士が来た事に気付いて彼女達の下へやって来る。
「村人からの差し入れだ。あと、こっちはジルニトラから」
ラピュスと女性騎士は自分達が持っている籠の中からパンと瓶に入ったミルク、そして皿に乗った焼肉を取り出してヴリトラ達に渡す。
「この肉は?」
「昼間のグリードベアの物だ。村長がお前達にも食べてほしいと言ってな」
「そうか、ありがたく頂くぜ」
微笑みながらヴリトラはラピュスからグリードベアの焼き肉を受け取る。ソルトとラルフも皿を受け取ってフォークで肉を刺して口に頬張る。
「あと、これがジルニトラからだ」
ラピュスは籠の中から茶色い小瓶を取り出した。その便にはラベルが貼ってあり、そこには「エネルギッシュZ」と書かれてあった。
「栄養ドリンクか」
「ああ、ヴリトラに渡せてくれと言われてな」
ドリンク剤の瓶を受け取ったヴリトラは「やれやれ」と言いたそうな顔で瓶を見つめる。アリサやソルト、ラルフの三人はヴリトラの手の中にあるドリンク剤を見てまばたきをした。
「ヴリトラさん、何ですかそれは?」
アリサが訊ねると、ヴリトラはドリンク剤の蓋を開けながら説明する。
「これは栄養ドリンクだ。この中に入っている液体には様々な栄養が含まれていて、肉体疲労や栄養補給によく使われるんだ」
「薬みたいなものですか?」
「まぁ、そんなところだ」
アリサは「へぇ~」と言いたそうな顔を見せ、ソルトとラルフも同じ様な顔をしている。
「それもヴリトラさん達の住んでいた大陸で作られた物なんですか?」
「・・・ええ、そうです」
ソルトの方を向いて頷くヴリトラは別世界の物だという事をバレないように話を上手く終わらせた。ラピュスは籠から別のドリンク剤の瓶を手に取り二人に手渡した。
「お二人の分もあります。どうぞ」
「え?いいのですか?」
「ありがとうございます」
ラピュスからドリンク剤の瓶を受け取るソルトとラルフ。アリサも女性騎士から同じ物を受け取りドリンク剤をジーっと見る。
「え~っと・・・どうすればいいんですか?」
「蓋を開けて飲むだけだよ」
ヴリトラはアリサ達に自分がドリンク剤の蓋を開けて飲む姿を見せ、それを見たアリサ達もヴリトラの真似をしてドリンク剤を飲む。するとアリサ達の表情が変わり口から瓶を離した。
「す、酸っぱいですね」
「え、ええ、本当に」
アリサとラルフはドリンク剤の酸っぱさに驚き、思わず吹き出しそうになる。ソルトも少し飲んだ後に瓶を見つめながら若干表情を歪めた。
「こ、これがドリンク剤という物なんですか?」
「ええ、一応薬ですから・・・」
ソルト達の顔を見ながらヴリトラは苦笑いを浮かべる。
「しかし、今まで味わった事のない物ですね・・・」
「ハイ、酸っぱいけど決して不味くはありません」
「飲んでおいた損はありませんよ。ただ、夜中に飲むと眠れなくなりますけどね・・・」
「それは今の私達にとっては好都合ですよ。眠気に襲われた状態で警備なんてできませんから」
ソルトはそう言って残りのドリンク剤を飲み干す。アリサとラルフもドリンク剤を飲み干し、全員がドリンク剤を飲んだのを確認するとラピュスと女性騎士は空き瓶を受け取り籠の中にしまった。
「あと少しで交代の時間だ、そしたら今度は私達が此処の警護に付く。それまで頑張ってくれ」
「心配ねぇよ。この栄養ドリンクを飲んだからな」
「そんなに効き目があるのか?」
「いや、俺がそう感じているだけ・・・」
「何だ・・・」
つまらなそうな顔で呟くラピュスと苦笑いを見せるヴリトラの会話を見て周りにいるアリサ達は一斉に笑う。そんな会話をしていると村の方から一人の男性騎士が走ってやって来た。
「おーい!」
「ん?」
声を聞いたヴリトラ達は一斉に振り向く。男性騎士は柵の隙間を通ってヴリトラ達の前まで来た。
「どうしたんだ?」
「あぁ、隊長もいらっしゃったんですか。実は見張りの者が東の林の方から何かが近づいて来るのを見つけたらしく、知らせに来たんです」
「近づいて来る?やっぱり他にもグリードベアがいたのか?」
「分かりません。ただ、大きさはグリードベアと同じくらいでした」
「マジかよ・・・」
話を聞いてヴリトラは舌打ちをする。ラピュス達にも緊張が走り、全員が武器を強く握った。
「それでソイツは今どの辺りにいるんだ?」
「分からん、ただ見張りが見つけた時には既に林と村の中間辺りにいるとか・・・」
「じゃあ、もうすぐじゃねぇか」
男性騎士の言葉にヴリトラは森羅の鞘を握り何時でも抜刀できる態勢に入る。しばらくすると、遠くにある丘の上に一つの大きな影が見えた。それを見つけた一同は武器を構え、ヴリトラも森羅を抜く。アリサは望遠鏡で遠くの陰を覗き見る。すると望遠鏡を覗いたアリサの表情が急変した。
「な、何ですかあれ!?」
「どうした、アリサ?」
驚くアリサにラピュスが訊ねるとアリサは望遠鏡をラピュスに渡した。
「み、見てください」
「?」
望遠鏡を受け取ったラピュスは意味が分からずに望遠鏡を覗きこむ。ヴリトラも双眼鏡を取り出してアリサが見た方向を覗く。二人の目に映ったのは一匹のグリードベアだった。しかし、よく見ると、そのグリードベアの両前足は黒い鋼鉄の足になっており、両後足も一部が機械化している。更に背中にも金属の装甲が付けられ、額にもリニアレンズの様な物が付いていた。それはまさに熊のサイボーグと言える。
近づいて来るサイボーグ化したグリードベアを見たヴリトラとラピュスは双眼鏡と望遠鏡を目から離して驚きの表情を浮かべた。
「な、何だあれは?グリードベアの体が鉄になっているぞ・・・」
「・・・・・・」
「ヴリトラ、何なんだあれは?」
驚きながら黙り込むヴリトラにラピュスは尋ねる。ヴリトラは汗を垂らしながら鋭い目で遠くのいるグリードベアを睨んだ。
「・・・俺にも分からない。だが、あのグリードベアの足や背中についている金属の装甲は・・・機械鎧だ」
「何!?グリードベアが機械鎧を!?」
モンスターが機械鎧を纏っている、それを聞いてラピュスは思わず声を上げる。アリサ達もラピュスの話を聞いて目を見張ってラピュスの方を向く。
「ああ、間違いない。あのグリードベアは何らなの理由で体を機械鎧に変えられているんだ。機械鎧を纏ったモンスター、言わば・・・機械鎧怪物・・・」
「マシンメイルビースト・・・」
とんでもない存在が現れた事にヴリトラとラピュス、周りにいるアリサ達に緊張が走る。グリードベアが黒い機械鎧を纏っている時点でヴリトラとラピュスはそのグリードベアにブラッド・レクイエム社が絡んでいる事にすぐに気付いた。ヴリトラは望遠鏡をしまって森羅を抜くとソルト達の方を向く。
「ソルトさん、貴方達は村に戻ってジャバウォックとジルニトラを呼んで来てください。アイツは俺達が何とかします!」
「えっ?ですが、ヴリトラさん達だけでは・・・」
「アイツは昼間のグリードベアとは違います。恐らく、奴を倒せるのは俺達七竜将だけです。皆さんは村人達を安全な場所へ誘導してください!」
「し、しかし・・・」
「早く!急いで!」
大きな声を出すヴリトラにソルトとラルフは一瞬驚いた。だが、ヴリトラの表情を見た二人はとても危ない状況だと察したのか、互いに顔を見合って頷く。
「分かりました、ジャバウォックさんとジルニトラさんを呼んできます。村人の避難が終わり次第すぐに戻りますので、それまで持ち堪えてください!」
ソルトとラルフは急いで村の方へ戻って行き、残ったヴリトラは森羅を構えて丘から村に向かって走って来るグリードベアに意識を集中させる。その後ろではラピュスが騎士剣を構えてグリードベアを睨んでいた。
「・・・ラピュス、今回はお前も下がった方がいい。アイツは今まで戦ってきた機械鎧兵士とは違う」
「・・・断る。私はお前達と共に戦う。ブラッド・レクイエムと関わった時からそう決意したのだ。それに相手がどんな存在であったとしても、今更引き下がる事などできない」
「今回は俺でも戦った事の無い相手なんだぞ?アイツがどんな攻撃をして来るかも分からない、危険だ」
「戦った事がないのは私も同じだ」
「・・・・・・危なくなったらすぐに逃げろよ?」
「・・・ああ」
これ以上何を言っても無駄だと思ったヴリトラは一言ラピュスに忠告をして森羅を構え直す。グリードベアの体に付けられている黒い機械鎧は月明かりで光る。それはヴリトラ達に威圧感の様なものを与えた。グリードベアが丘を下りながら鳴き声を上げて村へ一直線に向かって行く。
グリードベアを倒して依頼が完遂したと思われたが、ヴリトラ達の前に機械鎧を纏ったグリードベアが現れる。新たな敵、機械鎧怪物とヴリトラ達はどう戦うのだろうか?