第百八十五話 グリードベア襲来 村に迫る二つの黒い牙
ヨムリ村で村長に挨拶をしていたヴリトラ達。しかしそこへ村人からグリードベアが現れたという知らせを受ける。村長が予想していたよりも早く動いたグリードベアに驚く者もいるが七竜将は冷静に対応に動くのだった。
村人から知らせを受けたヴリトラ達は村長の家を飛び出して村の真ん中にある広場に集まった。ヴリトラは近くにある見張り台に登り、村の周辺を双眼鏡で確認する。すると村の東側から二つの大きな影が村に向かって来るのを見つけた。
「あれは・・・」
ヴリトラは影の正体を知る為に双眼鏡の倍率を上げる。双眼鏡には全身を黒い毛で覆い、頭から背中に沿って真ん中に銀色の毛を持った熊の様な大きな猛獣が走って来る姿が映った。もう一つの影も同じ物で二匹の猛獣は真っ直ぐこちらに走って来る。
「あれがグリードベアか・・・」
グリードベアの姿を確認したヴリトラは見張り台から飛び降りる。着地するとそのまま広場に集まっているラピュス達の下へ走って行く。
「どうだった?」
ラピュスが戻って来たヴリトラに訊ねるとヴリトラは双眼鏡をしまい、オートマグを抜いて残弾を確認する。
「二匹の熊みたいな生き物が東からこっちに向かって来てる。しかもかなりの速さだった。あと数十秒で村に着く」
「それは黒くて背中に銀色の線みたいな毛が生えた奴だったか?」
「ああ」
「間違いない、グリードベアだ・・・で、これからどうするんだ?」
「数は二匹だったからこっちも二手に分かれて叩こう。一匹ずつ倒してもう一匹が村を荒らしまわる可能性があるからな」
「分かった」
作戦を聞いたラピュスは頷いて騎士剣を抜く。ジャバウォック達も自分達の武器を取って真剣な表情を見せる。
その時、遠くにある別の見張り台から村の外を見ていた村人がヴリトラ達に向かって大声を出した。
「おーい!グリードベアが村の柵の前まで来たぞーっ!」
「分かりました!貴方も早く建物の中へ!」
ヴリトラは村人に避難するように伝え、村人は言われたとおり見張り台から降りて近くの民家の中へ避難する。それを確認したヴリトラはオートマグをホルスターに納めて森羅を抜いた。
「よし、行くぞ皆!」
「おう!」
「OK!」
ジャバウォックとジルニトラは力強く返事をし、太陽戦士団も武器を持って静かに気合を入れる。
「お前達は此処に残れ。もしグリードベアが村に侵入して来たら攻撃しろ」
「「「「「ハイッ!」」」」」
ラピュスは騎士達に指示を出し、騎士達も返事をしながらMP7やベレッタ90を手に取る。
「よし、町の守りは彼等に任せて俺達はグリードベアのところへ行くぞ。できれば奴等が村に侵入する前に片づけたい」
「ハイ、急ぎましょう!」
ヴリトラの方を向いてソルトは頷き、ヴリトラは達は急いで村の東側へ走って行く。村人達は建物の中からグリードベアが早く倒される事を願いながらヴリトラ達を見ており、中には祈りをささげている者もいた。
広場から村の東側にやって来たヴリトラ達。目の前には村を取り囲む木の柵があり、人間では簡単に壊す事ができないくらい頑丈そうな物だった。
「意外と頑丈そうな柵だな」
「・・・そう言えば、どうしてこんな柵があるのにグリードベアは村の作物や家畜を荒らす事ができたの?」
柵を見ているソルトの隣でファンリーザが疑問を抱く。キッド達も同じように不思議そうな顔をしていた。するとソルトがファンリーザの方を向いて口を動かす。
「村長の話では柵が完成したのは昨日だって言ってた。前のグリードベアの襲撃の直後に村人全員で徹夜で作ったって話だ」
「うへぇ~、よくもまあ、たった一日で完成させたよなぁ」
村人達の体力にキッドは目を丸くして驚く。そんな中、太陽戦士団の隣では七竜将が周囲を見回していた。すると、ジルニトラが何かに気付いて目を鋭くする。
「いた!あそこよ!」
ジルニトラの言葉に一同は一斉にジルニトラが指差す方を見た。数十m離れた所でグリードベア二匹が柵を壊そうと体当たりをしている姿がある。それを見たヴリトラは森羅を構えて舌打ちをした。
「マズイな。あんな風に何度も同じ場所に体当たりをしていたらいつかは柵が壊れる。急いで奴等を止めないと!」
柵が壊されると考えたヴリトラはグリードベア達を止める為に走り出す。ラピュス達もそれに続き、太陽戦士団も遅れた後を追った。ヴリトラ達は走りながら戦闘の準備をし、グリードベアの近くまで来たら何時でも攻撃できる様にする。ところが、二匹のグリードベアは同時に柵の一点に体当たりをし、遂に柵を破ってしまった。それを見たヴリトラ達は表情は一気に驚きの表情へと変わる。
「しまった!間に合わなかったか!」
「村をメチャクチャにされる前に倒しましょう!」
ラピュスとその隣で走っているアリサはグリードベアを見て騎士剣を構える。すると、グリードベアの一匹が自分達に向かって走って来るヴリトラ達に気付き、大きな鳴き声を上げながらヴリトラ達に向かって行った。
「あっ!アイツこっちに来ますよ!?」
「マ、マズイ!」
グリードベアが自分達に突進して来る姿を見てソルトとキッドは驚き、太陽戦士団は一斉に足を止めた。ラピュスとアリサも危険だと感じたのか急停止して騎士剣を構える。だが、七竜将の三人はそのまま走り続けた。
「ヴ、ヴリトラさん!?」
「あの三人、何考えてるよの!?」
グリードベアに向かって行くヴリトラ達を見てアルバートとファンリーザは驚きながら、ソルト達も目を疑う。ラピュスとアリサも驚いていたが、彼等の力をよく知っている為、ソルト達程驚いてはいなかった。
走り続けるヴリトラ、ジャバウォック、ジルニトラ。三人はヴリトラとジャバウォックが横に一列に並びながら走り、その後ろにジルニトラが続く形になっている。グリードベアはそんな三人に構わず突っ込んでいき、遂に双方がぶつかった。普通ならこれで人間側は吹き飛ばされると考えるが、ヴリトラとジャバウォックは機械鎧化した腕でグリードベアを押さえ込み、ジルニトラは両手で二人の背中を押して力を貸している。
「成る程、熊というだけあってそれなりに力はあるな」
「だけど、機械鎧兵士である俺達にとっては熊の怪力も大した事はない!」
「これなら、あたしが後ろから二人を押さえなくてもよかったんじゃないの?」
「ハハハ、確かにな」
三人はグリードベアを押さえ込んでいるのもかかわらず余裕の表情で会話をしている。その光景を見た太陽戦士団は目の前の光景をただ見ている事しかできなかった。
「た、たった三人でグリードベアを止めている・・・?」
「アイツ等、本当に何者なのよ・・・」
「何かグリードベアよりあの三人の方がモンスターに思えて来たな・・・」
ソルト、ファンリーザ、キッドはヴリトラ達のとんでもない力に表情を固め、アルバートとラルフも無言で驚いていた。ラピュスとアリサも少し驚いていたが、すぐに騎士剣を構え直してヴリトラ達の下へ走り出す。
「三人とも、そのまま押さえておいてくれ!」
ラピュスの指示を聞いた三人は後ろから走って来るラピュスとアリサを見て何をするのかを察したのかグリードベアの動きを封じる。グリードベアはヴリトラ達を睨みながら唸り声を上げて全身に力を入れる。しかし、ヴリトラ達は全く動かず、余裕の表情が崩れる事も無かった。そこへラピュスとアリサが高くジャンプし、グリードベアの真上に跳んだ。そして騎士剣をグリードベアのがら空きの背中に突き刺す。
「グオオオオオオォ!」
背中から伝わる痛みにグリードベアは大きく鳴き声を上げる。その直後、四足歩行をしていたグリードベアは後足だけで立ち上がり、その勢いで押さえつけていたヴリトラ達を倒し、背中に騎士剣を突き刺したラピュスとアリサを放り投げた。突然立ち上がったグリードベアに体勢を崩したヴリトラ達は急いで態勢を直し後ろへ下がり、ラピュスとアリサもヴリトラ達の下へ移動する。
「大丈夫か?」
「ああ。しかし剣を刺したのに立ち上がるとは・・・」
ラピュスは背中に騎士剣が刺さった状態で立ち上がるグリードベアを睨みつけながらその体力に驚く。アリサも汗を掻いて少し焦っている様な表情を浮かべていた。だが、七竜将の三人は余裕の表情のままでいる。
「まっ、これくらいはやってもらわないと俺達にとっては興ざめだけどな」
「きょ、興ざめ・・・」
余裕の表情で言うヴリトラを見てラピュスはジト目になる。そこへグリードベアが上げた前足を勢いよくヴリトラ達に向かって振り下ろした。五人は咄嗟に左右へ跳んでグリードベアの攻撃を回避する。再び四足状態になったグリードベアは左右から自分を挟むヴリトラ達を見て唸り声を上げる。すると突然前から矢が飛んで来てグルードベアの体に刺さる。だがグリードベアは殆どダメージを受けた様子は無く、ゆっくりと矢の飛んできた方を見る。そこには弓を構えたファンリーザと彼女を守るキッドとラルフの姿があった。
「今よ!」
ファンリーザの合図でソルトとアルバートが剣とウォーハンマーを持ってグリードベアに向かって走り出す。そしてグリードベアの頭や体に向けて剣とウォーハンマーを振り下ろした。二人の攻撃は命中し、グリードベアは鳴き声を上げる。どうやら少しはダメージを受けたようだ。
「よし、手応えありだ!」
「ヴリトラさん、今の内に距離を取ってください」
ソルトの合図でヴリトラ達はグリードベアから離れて武器を構える。騎士剣を持っていないラピュスとアリサはそれぞれハイパワーとベレッタ90を抜いた。ヴリトラ達が離れたのを確認したソルトとアルバートも急ぎグリードベアから離れる。グリードベアは自分に武器を向けている目の前の傭兵達を睨みながら唸り声を上げて一歩ずつ近づいて行く。
「おいおい、頭に一撃受けたのにまだ動けるのかよ」
「あの大きさですからね。僕達の攻撃では殆ど痛みなんて感じないのでしょう・・・」
「チッ!面倒だな」
キッドとラルフはグリードベアを警戒しながら槍と剣を構え、その後ろではファンリーザが新しいを取り出して狙いを定めている。ソルトとアルバートも武器を握りながらゆっくりと後退していた。だが、七竜将の三人は恐れた様子も見せずにグリードベアを見て武器を構えている。
「確かに、普通の武器で攻撃したんじゃ、コイツも痛みを感じねぇだろうな」
「だったら、普通じゃない武器で攻撃すればいいだけよ」
そう言ってジャバウォックはデュランダルを、ジルニトラもサクリファイスを構えてグリードベアを見つめた。その直後にグリードベアはジャバウォックに向かって勢いよく走り出す。ジャバウォックはデュランダルを盾代わりして突っ込んでくるグリードベアを止める。やはりヴリトラとジルニトラの三人で止めた時と比べると全身の力をフルに使う為に、若干押されている様に見える。だがそれでもジャバウォックの表情は崩れていなかった。
「へっ、やっぱり一人だとちょっと力が入るな。ジルニトラ、今の内にやっちまえ!」
「りょ~かい!」
ジャバウォックが後ろでサクリファイスを構えているジルニトラに声を掛けるとジルニトラは笑いながら返事をし高く跳び上がった。その高さは約4m、普通の人間ではほぼ不可能な高さまでジャンプしたジルニトラは太陽戦士団は目を丸くしてジルニトラを見上げる。
グリードベアを真上から見下ろす態勢になったジルニトラはサクリファイスの銃口をグリードベアの背中に向けて引き金を引いた。銃口から吐き出された無数の弾丸が真っ直ぐ飛んで行きグリードベアの背中の無数の銃創を作る。背中を蜂の巣にされた事でグリードベアは鳴き声を上げながらその場に倒れ込む。ジルニトラが着地してグリードベアにサクリファイスを向けて警戒するとグリードベアが痛みに耐えながら鋭い爪の生えた前足で目の前のジャバウォックに襲い掛かってきた。
「やれやれ、最後の悪あがきか・・・」
哀れむ様な顔でグリードベアを見つめながらジャバウォックはデュランダルを軽く振る。するとグリードベアの体に大きな切傷が生まれ、真っ赤な鮮血が広がった。グリードベアは断末魔を上げてその場に倒れ、そのまま動かなくなる。
ジャバウォックはデュランダルを軽く払い、刃に付着しているグリードベアの血を払い落とした。あっという間にグリードベアの一匹を倒してしまったジャバウォックに太陽戦士団は唖然とする。
「たった数分でグリードベアを倒しちゃった・・・」
「僕達は夢でも見てたんでしょうか・・・?」
ファンリーザとラルフは目の前で起きた僅か数分の戦いに驚きの言葉を口にする。
「な、なぁ、アンタ達本当に人間なのか?」
「失礼ね、正真正銘の人間よ」
(まっ、中身は人間とは言えないけどな・・・)
キッドを見ながらジルニトラはサクリファイスで自分の肩をコンコンと軽く叩きながら答え、ヴリトラは苦笑いをしながら心の中で呟く。そんな中、ヴリトラは周囲を見回してある事に気付いた。
「あれ?もう一匹のグリードベアがいないぞ?」
「何?・・・本当だ。一体何処へ・・・」
ラピュスが周囲を見回して探していると、突然銃声が聞こえて来た。それを最初にヴリトラ達がいた中央の広場の方から聞こえ、銃声を聞いた一同は一斉に村の方を向く。
「今の銃声は!?」
「多分広場に残った騎士達のだ!」
「急ごう!」
騎士達がもう一匹のグリードベアと交戦している事を知ったヴリトラは森羅を握りながら村の広場へ向かって走り出す、ジャバウォックとジルニトラ、太陽戦士団もそれに続き、ラピュスとアリサはグリードベアの背中に刺さっている自分達の騎士剣を抜き、遅れて後を追った。
その頃、村の広場では銃器を持った六人の騎士達が村に侵入して来たグリードベアに向かってMP7やベレッタ90を発砲し応戦していた。村人達も建物の窓から騎士達の戦いを怯えた様子で見ている。騎士達はグリードベアに向かって銃器を撃つが、その大きさからは想像もできない位の速さで走るグリードベアにはなかなか当たらない。当たったとしても掠ったり足などの急所ではない箇所に当たる為、殆どダメージを与えられていなかった。
「クソォ!全然当らないぞ!」
「落ち着け!集中して狙うんだ!」
「やってるわよ!」
騎士達がそれぞれ銃器を握りながらグリードベアに攻撃する。だがグリードベアも負けずと反撃した。騎士達の隙をついて彼等に突進していき、騎士達は向かって来るグリードベアの攻撃を横に跳んで回避する。そして騎士達が反撃しようとするとすぐに近くにある荷車の陰に隠れてしまう。
「アイツ、銃が危険な武器だと分かってやがるのか?」
「デカいだけじゃなく、頭もいいみたいだな」
グリードベアの予想以上の学習能力に騎士達は驚きながら構える。弾の数も限られている以上、無駄撃ちはできない。六人の内、三人は銃器をしまって腰に納めてある騎士剣を抜いた。
「これ以上銃を使ったら弾が無くなっちまう。今度は剣で戦うぞ」
「ああ!」
「お、おい、大丈夫か?」
騎士剣を構える騎士達を見て銃器を持つ騎士達が表情を曇らせて心配する。
「大丈夫だ。俺達が囮になるからその隙に奴に銃を撃ち込んでやれ」
「わ、分かった。無理はするなよ」
「平気だよ!」
騎士剣を持つ騎士三人はグリードベアに隠れている荷車の下へ走って行く。そして陰に隠れているグリードベアを誘き寄せようと荷車に近づいて瞬間、荷車が突然宙を舞い騎士達の頭上を通過した。それに驚いた騎士達は思わずその場に倒れてしまい、銃器を持つ騎士達も飛んで来た荷車を見て急ぎその場から離れる。
「な、何だ?」
突然飛んで来た荷車に驚きを見せる騎士。すると、倒れている騎士の前に二本足で立つグリードベアの姿が飛び込んで来た。自分達よりも遥かに大きなグリードベアに騎士達は驚き表情が固まる。グリードベアは足元で倒れている騎士達を見下ろし鳴き声をアがながら襲い掛かろうとしていた。倒れている騎士達はやられたと感じ目を閉じる。するとグリードベアの背後から森羅を構えたヴリトラが突然現れた。
「皆藤流剣術六式、断絶十字斬!」
新しい皆藤流剣術の名を叫んだヴリトラは両足に力を入れてグリードベアの背中に向かって跳んだ。その間に森羅を両手で握り、勢いよく森羅を振ってグリードベアに攻撃する。そして一瞬にしてグリードベアの前まで移動し姿勢を低くしていた。突然グリードベアの前まで移動したヴリトラに驚く騎士達や村人達。グリードベアも何が起きたのか理解できず、いきなり現れて背を向けるヴリトラに攻撃しようとした。だが次の瞬間、グリードベアの背中に大きな十字の切傷が生まれてそこから血が吹き出る。グリードベアは大きな鳴き声を上げながらゆっくりと前に倒れ、ヴリトラや倒れていた騎士は倒れて来るグリードベアの下敷きにならない様に素早くその場から移動し、騎士が倒れていた場所にグリードベアは大きな音を立てて倒れたのだった。
「フゥ、ギリギリ間に合ったな。大丈夫か?」
「あ、ああ、助かった」
驚きながらヴリトラに礼を言う騎士。そこへジャバウォックとジルニトラ、少し遅れてラピュス達がやって来た。
「何だよ、もう終わっちまったのか」
「折角走って来たのにぃ~」
「ハハハ、ワリィな?」
ガッカリした様な顔をする二人にヴリトラは笑いながら謝る。ラピュスとアリサは小さく息を吐いて呼吸を整え、太陽戦士団の五人は倒れているグリードベアを見てもう驚く事に疲れたのか、一斉にその場に座り込んだ。戦いが始まってから僅か三十分で二匹の猛獣は倒された。
僅かな時間でグリードベアを倒したヴリトラ達。これで依頼完遂、傭兵達は皆そう思っていた。だがこの時、ヨムリ村に新たな脅威が迫っている事に誰も気付いていない。