第百八十二話 コボルトクラス 太陽戦士団
ガバディアのおかげで全員無事に傭兵組合に登録する事のできた七竜将。傭兵組合のシステムを確認し、いよいよ傭兵組合での初の依頼を受ける事になるのだった。
登録をした翌日の午前九時過ぎ頃、昨日ヴリトラ達が訪ねた傭兵組合の施設には大勢の傭兵が集まっていた。仕事の内容を確認しながら傭兵達が話をしていると、七竜将がラピュス達騎士を連れて施設に入って来る。傭兵達は突如入って来た団体に一斉に注目した。人数は七竜将を覗いてラピュス達懲罰遊撃隊の騎士が六人の計十三人。懲罰遊撃隊全員が参加しているのだ本当はもっと大勢いるのだが、流石に全員で入ると迷惑が掛かると思い、残りは外で待機している。傭兵達に注目されながらヴリトラ達は奥へ進んでいく。
「さて、どんな仕事がありますかねぇ?」
「まぁ、時間はタップリあるんだ、ゆっくり考えようぜ」
「そうだな、あまり難しい仕事を選んで騎士の皆さんに面倒を掛ける訳にもいかないし」
ヴリトラの言葉にジャバウォック、リンドブルムが答え、周りにいるラピュス達も三人の会話を聞きながら歩いて行く。
一行が掲示板の前に着き、沢山ある掲示板の中から自分達の受ける依頼を探し始める。その様子を他の傭兵達は小声で、もしくはヴリトラ達に聞こえる様にわざと大きな声で会話をしていた。
「あれが七竜将か、昨日騎士団長様の助けられて全員登録をした・・・」
「噂じゃあ、王国騎士団の精鋭である白銀剣士隊を超える力を持ってるらしいぜ?」
「一度は反乱の濡れ衣を着せられた連中だろう?どうせ評判の悪い連中さ」
「見た事の無い武器を使うって噂だ、帝国とか他国からのスパイじゃねぇのか?」
「気に入らねぇな、最下位のゴブリンクラスのくせによぉ」
周りから聞こえる傭兵達の驚きの言葉や罵声。ラピュス達はそんな声を聞き不満そうな表情を見せるが、七竜将は全く気にしていなかった。
「さ~て、どれにするか・・・ゴブリンの討伐、薬草採集の手伝い、迷子の動物探し、やっぱゴブリンクラスじゃこんな仕事ばっかりか・・・」
「今の俺達では贅沢は言えない。とりあえず、報酬の高い依頼や重要な情報を得られそうな依頼を選ぼう」
ニーズヘッグがヴリトラに声を掛け、目の前の依頼書を掲示板から剥ぎ取る。
「もう決まったのか?」
「ああ、コイツだ。ティムタームからエリオミスの町へ向かう荷車の警護の依頼だ」
「エリオミス・・・ああぁ、ストラスタ公国との戦争の時に行った事のあるあの町か」
「内容はそんなに難しくなさそうだが、警護するのが商人の荷車だ、何かいい情報を持っているかもしれない」
「確かに商人は色んな国を出入りしているからその国の情報を色々持ってそうだな」
ヴリトラは依頼に殆ど関係なさそうな依頼人に目を付けたニーズヘッグに感心しながら納得の表情を浮かべる。
「それじゃあ、俺達はこの依頼を受ける事するから、お前も早いとこ依頼を見つけろよ?」
「ああ、分かってるよ」
「じゃあ、仕事が片付いて町に戻ってきたらズィーベン・ドラゴンで落ち合おう」
「OK」
軽い会話をした後にニーズヘッグは依頼書を持って受付の方へ向かう。その後ろをリンドブルム、ララン、オロチ、ファフニールと二人の騎士がついて行く。残ったヴリトラ、ラピュス、ジャバウォック、ジルニトラ、アリサと一人の男性騎士はそんなニーズヘッグ達の後ろ姿をジッと見つめている。
「ニーズヘッグ達はもう依頼が決まっちまったか」
「ヴリトラ、あたし達もさっさと決めちゃいましょうよ」
「んな事言っても、どの依頼にするかなかなか決まらないんだよ」
依頼が決まらない事でジルニトラは若干イライラし始め、そんなジルニトラにヴリトラは背中を向けながら依頼選びを再開する。そんな様子を見ていたラピュスの隣にいるアリサがそっとラピュスに声をかけた。
「あの、隊長。王国騎士団の私達が傭兵組合の傭兵に同行しても大丈夫なんでしょうか?」
「それなら心配ない。傭兵組合の傭兵が組合に関係の無い者を依頼に同行させる事は禁じられていない。あくまでも依頼を受けられるのはメダルを持つ者だけという事だ」
「なら、私達が同行しても大丈夫なんですね?」
「ああ、団長の言葉だから間違いない」
騎士である自分達が依頼に同行しても大丈夫だと知り安心するアリサ。一方でヴリトラは未だに掲示板と睨み合っていた。
「んん~・・・ええい、もうこれでいい!」
ヴリトラは目の前にある依頼書を剥ぎ取ろうと手を伸ばす。すると何処からか若い男性の声が聞こえて来た。
「あのぉ、ちょっといいですか?」
「「「?」」」
突然声を掛けられてヴリトラ、ジャバウォック、ジルニトラの三人は声のした方を向く。そこには一人の傭兵が立っていた。金色の短髪をした二十代前半ほどの若い青年で服の上に革製の鎧を付け、腰には一本の剣が納められている。そして胸にはコボルトの顔が彫られたメダルが付けられていた。
「何だ、アンタは?」
ジャバウォックが訊ねると青年は軽く頭を下げて挨拶をする。
「どうも、私は『太陽戦士団』の団長を務めている『ソルト・メック』と言います。と言っても団員は私を入れて五人ですが・・・」
「ソルトか。見たところコボルトクラスの傭兵らしいが、俺達に何か?」
「ハイ、私達の依頼を手伝って頂けないかと思いまして・・・」
「コボルトクラスの依頼を?」
見ず知らずに傭兵から協力を頼まれ、しかもそれが自分達のクラスよりも高いクラスである事に驚くジャバウォック。勿論、ヴリトラとジルニトラ、ラピュスとアリサも驚きながらソルトと名乗る傭兵を見つめた。
「ハイ。もう依頼が決まっているのでしたら、無理にとは言いませんが・・・」
「・・・・・・どうする?ヴリトラ」
ジャバウォックがヴリトラに訊ねるとヴリトラは難しい顔をして考え込む。
「俺は別にいいけど、別の傭兵の仕事を手伝うとなるとラピュス達への収入は変わらないんじゃないかって思うんだよなぁ・・・」
「確かにそうね・・・」
七竜将の仕事ではない仕事を手伝う形になる為、懲罰遊撃隊には何のメリットもないと考えるヴリトラとジルニトラ。するとラピュスがヴリトラ達を見て口を動かす。
「それなら心配ない。私達はあくまでお前達に協力する事を命じられている。例え別の傭兵の依頼を受けても私達がお前達の手伝いをできる形であれば問題ない」
「そうか?・・・まぁ、それならコボルトクラスの方を受けるのがいいだろうな」
「なら、決まりね?」
ジルニトラがヴリトラとラピュスを見ながらウインクをする。それを見たヴリトラも頷いてジャバウォックの方を見る。ジャバウォックは小さく笑いソルトの方を向いた。
「俺達でよければ、手伝わせてもらいたい」
「ありがとうございます。では、私の仲間を紹介しますので、ついて来てください」
ソルトに案内されてヴリトラ達は施設の奥へと進んでいく。奥には談話用の机と椅子が幾つも置かれており、その内の一つに三人の男性と一人の女性が座っていた。
「おっ?ソルトが戻って来たぞ。例の傭兵隊の人達も連れてな」
「えっ?・・・あっ、本当だ」
「でも、何だか騎士団の人もいるみたいだぞ?」
「どういう事?」
四人はソルトと彼が連れているヴリトラ達の姿を見て話し合う。ソルトは四人の下に来ると軽く声を掛ける。
「待たせたな、手伝ってくれるみたいだ」
「そうか、そりゃあ助かるぜ」
ソルトの言葉を聞き、青年が立ち上がり笑みを浮かべる。その青年は小麦色の長髪でソルトと同じ二十代前半ぐらいの外見をしており、腰には短剣が納められており、彼の近くには槍が椅子に立て掛けてあった。
ヴリトラ達はソルトの後ろで彼の仲間と思われる傭兵達をジッと見ている。ソルトは振り返ってヴリトラ達に仲間の紹介を始めた。
「皆さん、彼等が太陽戦士団である私の仲間達です。今立ち上がったのが槍使いの『キッド・グラトーメス』です」
「よろしく」
キッドと呼ばれる青年が笑いながらヴリトラ達に挨拶をする。彼に続いて他の三人もヴリトラ達の方を見た。
一人は三十代前半位の男性で水色の短髪にガッシリとした体形をしていた。その隣の席には茶色の短髪をした十代後半くらいの少年が座っている。腰にはソルトと同じように剣が納められており、予備の短剣も装備されていた。そして最後の一人は少し薄めの緑の長髪を後ろに纏めている十代半ばくらいの少女だ。若干目つきが鋭く、少しクールな性格に見え、背中には矢筒が背負われていた。
「残りの三人ですが、ガッシリトした体の男が団の最年長である『アルバート・メフィンス』、その隣に座っているのが『ラルフ・フォックス』です」
「よろしくお願いします」
「よ、よろしく」
「そして、団の紅一点である弓使いの『ファンリーザ・ワイゼクト』です」
「・・・よろしくね」
それぞれヴリトラ達に挨拶をする太陽戦士団の面々。そんな彼等を見てヴリトラ達も挨拶をする。
「俺はヴリトラ、七竜将のリーダーをやってます」
「へぇ、アンタがリーダーなの?てっきりそっちのおじさんがリーダーかと思ったわ」
ファンリーザはチラッとジャバウォックを見ながら言い、ジャバウォックもファンリーザの方をチラッと向いた。
「やっぱそう見えます?」
「ええ、何だか弱そうだから」
「おい、失礼だぞ、ファンリーザ」
「ハハハ、別にいいですよ」
失礼な事を言うファンリーザに注意をするソルト。だがヴリトラはそんなファンリーザの言葉を笑って流す。そんなヴリトラの後ろにいた他のメンバーが自己紹介を始める。
「俺はジャバウォックだ、よろしくな」
「あたしはジルニトラ、七竜将の衛生兵をやってるわ」
ジャバウォックとジルニトラがそれぞれ自己紹介を終えると、続いてヴリトラがラピュス達の紹介に入った。
「それと、彼女達は王国騎士団の遊撃隊です。訳あって今は俺達と同行しています」
「騎士団の人が傭兵と同行ですか?」
普通は傭兵が騎士について行くものだが、騎士が傭兵について行くという事に太陽戦士団は驚きの顔でラピュス達を見た。
「ラピュス・フォーネだ。よろしく」
「私はアリサ・レミンスです。よろしくお願いします」
「あっ、ハイ。よろしく」
自己紹介が終り、一通りの挨拶が終るとヴリトラはソルトの方を向く。
「それで、俺達に手伝ってほしい仕事とは何です?」
「ああぁ、そうですね・・・では、お話ししますのでお座りください」
ソルトは仕事の話をする為に席に付き、ヴリトラ達も空いている席に座る。男性騎士を除く全員が席に付くと、ソルトは依頼の内容を説明し始めた。
「私達の受けた依頼内容なのですが、このティムタームから西に3K行った所にある『ヨムリ村』の周辺に出没するモンスターの討伐なんです」
「モンスター討伐?」
「ハイ、『グリードベア』と言う気の荒い猛獣なんです。ソイツがヨムリ村の住民達を襲ったり家畜を食い荒らしたりしているらしいのです」
「グリードベア・・・」
聞いた事の無いモンスターの名前にヴリトラは腕を組み考え込む。そこへ隣に座っているラピュスが小声で話し掛けてきた。
「外見は熊の様な姿をしており、とても凶暴で素早い猛獣だ。あのガズンが連れていたドレッドキャットよりも獰猛な性格だと聞いている」
「ドレッドキャット以上か・・・だけど、素早さならアイツ等の方が速いんだろう?」
「ん?・・・ああ」
グリードベアはドレッドキャットよりも素早さが劣るという話を聞いたヴリトラは小さく笑い、ラピュスに「それなら大丈夫だ」と目で伝える。
「依頼人はそのヨムリ村の村長からで、これがその依頼書です」
ソルトはこれから受ける依頼書をヴリトラ達の前に出し、ヴリトラはその依頼書を手に取って内容を確認する。依頼人である村長の名前、細かい依頼内容に報酬の額。全てに目を通した後、ヴリトラは依頼書を置きソルトの方を見た。
「・・・一ついいですな?」
「ハイ、何でしょう?」
「・・・どうして俺達に声をかけたんです?」
「え?」
「俺達は昨日登録したばかりのゴブリンクラス、声を掛けるならもっと優秀な傭兵達がいたはずですよ。なのにどうして俺達に?」
ヴリトラは傭兵組合に登録したばかりの自分達にソルトが声をかけた事が不思議だったのだ。勿論、ジャバウォックやジルニトラも同じ様に不思議に思っていた。するとソルトはヴリトラ達を見ながら口を動かす。
「実は、昨日貴方達が登録された時に私達もあの場にいたんです」
「あそこに?」
「ハイ。皆さんはご存じないかもしれませんが、七竜将と言う名を知らない傭兵はこのティムタームにはいません。もっとも、私達も名前や噂を聞いたぐらいで皆さんのお顔を直接見たのは今日が初めてですが・・・」
「アンタ達って、自分達で思ってる以上に名前が広がってるんだぜ?」
「ええ、ストラスタ公国の軍隊を撃退し、海賊を降伏させたという傭兵隊に一度会ってみたいと思っていたんです」
ソルトに続いてキッドとアルバートが少し声を弾ませながら会話に加わって来る。ラルフも笑ってヴリトラ達を見ているが、ファンリーザは興味の無さそうな顔で違う方向を見ていた。
「見た事の無い武器や変わった鎧を付けた噂の戦士がどれ程の実力なのか見てみたくて声を掛けさせてもらったんです」
(見た事の無い武器は銃器として、変わった鎧って言うのは機械鎧の事だろうな。それにしても、改めて思ったけど、この世界では義肢と言うのはあまり知られてないのか?ラピュスに初めて機械鎧が義肢である事を話した時も随分驚いていたし・・・)
ヴリトラはそんな事を思い出しながら自分達を見つめるソルト達を見つめる。傭兵達の殆どは自分達を嫌な風にしか思っていないと考えていたが、ソルトの様に自分達に興味を持ち、力を貸してほしいと考える人間もいるんだと知った。ヴリトラはしばらく考えてからジャバウォックとジルニトラの方を向く。二人はヴリトラの方を向いて頷き、ヴリトラはソルトを見て頷いた。
「・・・皆さんが俺達の力を必要としてくれている事は分かりました。俺達でよければ、手伝わせて頂きます」
返事を聞いたファンリーザ以外の太陽戦士団のメンバーは笑みを浮かべた。ソルトは立ち上がりヴリトラに手を差し出す。
「ありがとうございます!改めてよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
ヴリトラも立ち上がり、ソルトと握手を交わした。
「では、準備が整い次第、正門の集合という事で」
「分かりました」
出発の準備をする為にヴリトラ達とソルト達は全員席を立ち、施設の出入口へと歩いて行く。既に先に依頼を決めたニーズヘッグ達の姿は無く、ヴリトラ達も少し急ぐ様子で外で待機している騎士達と合流する。その後、ヴリトラ達はそれぞれ準備を終え、太陽戦士団と共に正門から出発していった。
傭兵組合初の依頼を受けようとした時に出会ったコボルトクラスの傭兵団である太陽戦士団。彼等との出会いがヴリトラ達に何を見せるのか、それはまだ誰にも分からない。