第百八十話 給料が無い? 仕事探しと傭兵組合
涼しい風が吹くティムタームの町。季節は夏から秋になろうとしており、木々の葉や少しずつ黄色や茶色に変わって来てきている。そんな涼しげな町で住民達は平和な日常を過ごしている。
静かな正午、ズィーベン・ドラゴンの庭では私服姿のニーズヘッグとオロチがジープとバンのメンテナンスをしている。ジープの下に入り、状態をチェックしているニーズヘッグと彼にレンチなどを渡しているオロチ。二人も涼しい風をその身に受けながら仕事をしている。
「オロチ、No3のレンチを取ってくれ」
「分かった・・・」
オロチは言われたとおりNo3と書かれた大きめのレンチを工具箱から取り出してニーズヘッグに渡す。ニーズヘッグはそれを使ってボルトを軽く締め、左手で汗を拭う。既にニーズヘッグの顔は油で黒くなっていた。
ニーズヘッグが作業をしていると、オロチはズィーベン・ドラゴンの方を無表情で見つめる。
「ところで、さっきラピュスとラランが来たが、一体何しに来たんだ・・・?」
「さぁな。また仕事の事でも話しに来たんだろう」
「城から新しい依頼か・・・?」
オロチがジープの下に潜っているニーズヘッグに訊ねると、ニーズヘッグはジープの下から顔を出す。
「もしかすると、その逆かもしれないな」
「逆・・・?」
ニーズヘッグの言っている事の意味が分からないオロチは小首を傾げて再びズィーベン・ドラゴンの方を向きラピュスとラランが尋ねて来た訳を考えた。
その頃、ズィーベン・ドラゴンの来客フロアではラピュスとラランが来客の様のテーブルに付き、同じようにテーブルに付いて二人と向かい合っているヴリトラとリンドブルムの姿があった。周りではジャバウォック達が壁にもたれたり、別の椅子に座ったりなどして四人を黙って見ている。
「う~ん・・・ラピュス、悪いけどもう一度最初から言ってくれるか?一部話の内容が理解できなかった」
「僕も・・・」
困り顔でラピュスを見るヴリトラとリンドブルム。ラピュスは小さく溜め息をついた後に二人の方を見る。
「なら、もう一度言うぞ?・・・・・・私達第三遊撃隊は前の元老院の一件での責任を取る為に懲罰遊撃隊に降格となった。懲罰遊撃隊は騎士団に所属していての他の騎士隊の様に騎士団と直接繋がっている訳ではないんだ」
「・・・騎士団であって、騎士団ではない」
「そう、そこだよ。それが今一つ理解できないんだ」
ラランの言葉を指摘してヴリトラは難しい顔で答える。
「懲罰遊撃隊は懲罰の期間中、他の隊に付いてその隊に従い任務をこなす部隊だと言う事は前にも話したな?」
「ああ」
「その従う隊に与えられた任務を共にこなすという事で懲罰隊は任務を終えた事となり給料が与えられるんだ。つまり、従っている隊に任務が回って来なければ、懲罰隊にも任務が回ってこない。任務が無ければ仕事も受けられず、収入も入ってこないという事だ」
「そんなバカな、任務が無くても他にも多くの仕事があるはずだ。文筆活動とか町の警備とか」
「懲罰隊にはそう言った仕事を回されない事になってる。従っている隊を手伝うという事だけが懲罰隊に許されているんだ」
「・・・それ以外の仕事を勝手にしたらいけない」
懲罰を受けた隊は別の隊に従うという任務以外の職務を行ってはいけない、それを聞いたヴリトラとリンドブルム、周りのジャバウォック達は驚いていた。ラピュスとラランは口が止まると目の前に置かれている木製コップを手に取り、中の飲み物を口にする。
「・・・つまり、こういう事か?仕事が無ければ給料も少なく、給料が少なければ生活も苦しくなっていき大変な事になると・・・」
「ああ。そして、私達第三遊撃隊が今まさにその状態に近づいているんだ・・・」
「え?」
ラピュスの言葉にリンドブルムは声を出す。ラピュスは小さなため息をつき、ヴリトラとリンドブルムを少し暗い顔で見つめる。
「例のデガルベル鉱石の任務のあった日から今日まで私達には殆ど任務が与えられていないんだ。たまに別の部隊が引き受けるはずの任務がこちらに回って来る事があったが、そんな任務を幾つこなしていってもまともな収入は期待できない。普通の生活をする為にのお前達七竜将に来る依頼を手伝い、依頼に協力した分の収入を得るしかないんだ」
「え、え~っと、つまりこういう事?・・・今の懲罰遊撃隊は任務が少ない事でお給料も少なくなってきていて、騎士の人達が生活に苦しんでいるって?」
「ああ、その通りだ」
「・・・私や隊長は姫騎士になって貴族の称号を手に入れたからその時に王国から沢山のお金を貰った。だから生活には殆ど困らない。でも、他の騎士達は普通の騎士、平民の出だから生活費は自分達で稼ぐしかない」
「懲罰期間が過ぎるまでの間、何とか彼等の生活を助けてやりたいと思った。だから今私達が付き従っているお前達のところを尋ねて来たんだ」
「・・・沢山の依頼を受けて、騎士達の収入を増やしてほしいって?」
表情の力が入っている二人を見て頬を指で掻きながら少し引く様な感じで訊ねるヴリトラを見ながらラピュスとラランは頷く。周りでもジャバウォック達は苦笑いをしながらヴリトラを見ている。
「・・・お前達の言いたい事は分かったけど、俺達の方もちいと困っててねぇ」
「どういう事だ?」
ラピュスが困り顔のヴリトラを見て訊ねるとヴリトラは腕を組んで椅子にもたれながらラピュスとラランを見る。
「実はこっちもデガルベル鉱石の依頼の日から全くと言っていい位に依頼が止まってるんだよ。あるとしても荷物を運ぶのを手伝ってほしいとかそんな簡単な依頼ばっかり」
「お金には困ってないけど、僕達も仕事が減ると傭兵としての感覚が鈍くなって何かと困るんだよ・・・」
ヴリトラの隣でリンドブルムが同じように困り顔で言う。ラピュスとラランも七竜将への依頼の数が少ない事を聞かされて表情が若干暗くなる。七竜将に仕事がなければ自分達にも仕事が回ってこない、つまり他の騎士達の収入を増やす事もできない。姫騎士達の希望が呆気なく消えてしまった。
「第三遊撃隊の騎士達にも生活がある。中には家族を養う為に金を必要としている奴もいるはずだ。何とかしてやりたいけど、どうするかねぇ・・・」
頬杖を突きながら考え込むヴリトラ。するとジルニトラが何かを閃いたのか手をポンと戦いた。
「それならいっその事、アルバイトでもしちゃうっていうのはどう?」
「アルバイトォ?」
「そう。騎士として働けないのなら別の仕事でお金を稼ぐしかないでしょう」
ジルニトラの提案にヴリトラ達は一斉に彼女の方を向き、ラピュスとラランはアルバイトという言葉の意味が分からずにまばたきをしている。
「それはマズイだろう?王国に使える騎士は俺達の世界で言うところの警察官、言わば公務員だ。公務員が副業をするのは禁止されているんだぞ?」
ジャバウォックがジルニトラの方を向き、アルバイトをするのはマズイと意見する。他のメンバーも同じ考えなのか複雑そうな表情を見せていた。
「それはあたし達の世界での法律でしょう?こっちの世界では分からないじゃない?」
「まぁ、確かにそうだが・・・ラピュス、どうなんだ?王国騎士が副業をするのは?」
ジャバウォックがラピュスの方を向いた訊ねるとラピュスは目を見張って首を横に振る。
「副業などとんでもない!王国を守る騎士が別の職に付いたりしたら騎士の誇りを汚す事になる。騎士の信用にも関わるし、もしそれがバレれば間違いなく騎士の称号を剥奪される。そして運が悪ければしばらくの間独房に収監されるだろう」
「やっぱり無理か・・・」
ファムステミリアでも騎士の様に国に仕える存在が副業をする事は禁止されている事を知り、ジャバウォックは少し安心した様に肩を落とし、ジルニトラは少し残念そうな顔でラピュスを見ていた。
「ふぅ~、他に何か方法はないかぁ?」
「僕達の持っているお金を騎士達にあげるっていうのは?」
「騎士達にも誇りがあるだろう、傭兵から金を恵んでもらうなんて彼等の誇りに泥を塗る事になる。それはやめてほうがいい」
「そっか・・・」
どうすれば騎士達を助けられるか、ヴリトラ達は全員頭をフル回転させて考える。しばらく考えていると、俯いていたファフニールがフッと顔を上げた。
「ヴリトラ、あそこに行ってみたらどう?」
「あそこ?」
「ホラ、ズィーベン・ドラゴンを建てた頃に見つけた」
「んん?・・・・・・あっ、もしかしてあそこの事か?」
「うん、あそこ」
ニッコリと笑って頷くファフニール。一方でヴリトラは複雑そうな顔をしている。
「ヴリトラ、何の話をしているんだ?」
内容が分からないラピュスはヴリトラに訊ねる。ヴリトラは後頭部を掻きながらラピュスの方を向く。
「・・・騎士達の収入を上げられる場所の話だよ」
「何?それは何処なんだ?」
「それは・・・」
複雑そうな顔のままヴリトラはラピュスとラランに説明を始めた。話を聞いている内に二人は意外そうな顔でヴリトラを見つめ、リンドブルム達はヴリトラの様に複雑そうな顔を見せる。それからしばらく話をすると、話の内容の場所へ向かう事になったのだった。
ズィーベン・ドラゴンを出て僅か十数分後、ヴリトラ、ラピュス、リンドブルム、ララン、ジャバウォック、ジルニトラの計六人は大きな建物の前に立っていた。七竜将は皆特殊スーツに着替え、愛用の武器を装備している。全員で行く必要も無いので、ラピュスとラランを除いて七竜将はジャンケンで出かける者を決めた、ヴリトラ達四人がいるという訳だ。
「着いたな・・・」
「いや、着いちまったと言った方がいいかもしれねぇぞ?」
「ここまで来るのに抵抗を感じて来たからねぇ・・・」
ヴリトラ、ジャバウォック、ジルニトラの三人は建物を見上げながら「まいったなぁ」という顔をする。建物に入口の真上には大きな看板が掛けられており、そこにはファムステミリアの文字で「ティムターム傭兵組合」と書かれてあった。
その看板をヴリトラの隣で見上げていたラピュスはチラッとヴリトラの方を向いて少し驚いた様な顔を見せる。
「しかし、驚いたぞ?まさかお前達が傭兵組合に登録していなかったとは・・・」
「傭兵組合に入ると色々面倒だからな、今まで無視してたんだよ」
「面倒?」
「ああ、依頼の事についての決まり事とか。俺達はどっちかっていうの自由になる方が好きなんでな・・・」
ヴリトラが腕を組みながら組合の建物を見上げている姿を見てラピュスは小首を傾げた。
傭兵組合、それはヴァルトレイズ大陸の国々に存在する傭兵達を管理する組織。依頼人から受けた仕事を傭兵達に出し、依頼が完遂した時に依頼人と組合が相談して決めた報酬を出すというもの。傭兵の殆どがこの組合に登録して多くの依頼を引き受けている。
「何処が面倒なんだ?組合に登録すれば組合に来た依頼の情報を常に知らせるんだぞ?それに登録すれば組合にある依頼は何時でも受ける事ができる。仕事に困る事はないだろう」
「だけど、自由に選ぶ事はできないだろう?組合に登録するとまず一番下のゴブリンのクラスが与えられる。そうなると自分のクラスより高いクラスの依頼は受けられなくなる。今までの俺達は依頼の難易度に関係なく自由に受ける事ができた。だけど、組合に入るとそうはいかない」
「それは仕方がない事だ。実力を組合に認められた者には当然難易度が高く報酬の大きい依頼が回される。傭兵達や依頼人の命に関わる事があるからな」
「ああ、そうだ。登録すると一番下のクラスの依頼しか受けられなくなって腕が鈍っちまう。だから今まで組合に登録せずに色んな依頼を受けて来たんだよ」
「組合のメリットは仕事が常に手に入る事と情報を得やすくなる事。デメリットは自由に依頼を受ける事ができなくなる事と報酬を決める事ができなくなる事」
ヴリトラの隣にいるリンドブルムが代弁する様に組合のメリットとデメリットを話す。つまり七竜将は自由にできなくなる事が嫌で組合に登録しなかったのだ。
「自由に依頼を受ける事ができないから登録をしなかった・・・子供みたいな理由だな・・・?」
「・・・変」
「ほっとけよ」
ジト目で呟くラランにヴリトラは言い返す。
「しかし、それ程自由にできない事はないと思うぞ?登録してもお前達にところに直接来た依頼なら自由に受けられる訳だしな」
「だけど、登録すれば俺達がゴブリンクラスという事がすぐに街中に広まっちまう。ゴブリンクラスに難しい仕事を依頼しようとする連中はいないだろう?」
ジャバウォックの言葉を聞き、ラピュスは納得したのか小さく頷きながらジャバウォックを見る。
「とにかく、今は仕事を手に入れる事を優先しよう。俺達が仕事を手に入れないと懲罰遊撃隊にも仕事が回らず給料も上がらない。組合の依頼で報酬を決める事や報酬の多い依頼を受ける事はできなくなるが、それは最初の内。依頼をこなして行ってさっさとクラスを上げればそれでいい」
「・・・そこまで前向きに考えられるならなぜ最初からそう考えて登録しなかった?」
ラピュスはヴリトラに聞こえない様に小さな声で呟きながら彼を呆れ顔で見つめる。そんなラピュスの言葉に気付かずにヴリトラ達は組合の建物へ入って行き、ラピュスとラランもその後に続いた。
中に入ると広い部屋がヴリトラ達を迎え、銀行の店内の様に受付と長椅子がずらりと並んでおり、部屋の中央には大きな掲示板が幾つも立てられている。そこには細かい字が書かれた羊皮紙がビッシリと張られていた。そして部屋のあちこちでは武器を持った傭兵らしい人物が大勢壁にもたれたて休んだり掲示板を見て依頼を探している姿がある。中に入ったヴリトラ達はその光景を目にして意外そうな顔を見せた。
「へぇ~、意外と中は広いな」
「もっと小さいのかと思ってたけどね」
ヴリトラとリンドブルムは中を見回して組合の大きさに驚き周囲を見回した。するとジルニトラが受付の一つを見て指差す。
「あそこで組合の登録をするみたいよ?」
「なら、さっさと登録して仕事を受けようぜ」
受付を見ながらジャバウォックも早く登録する様にヴリトラに言う。ヴリトラ達は登録をする為に受付へと歩いて行き、受付嬢に声を掛ける。
「すんません、傭兵組合に登録したいんですけど・・・」
「登録ですね?少々お待ちください」
受付嬢は受付の机の引き出しの中から一枚の羊皮紙を取り出し、ヴリトラの前に羊皮紙と羽ペンを出す。
「こちらが契約書となっています。書かれている内容を全て承諾した上でサインをしてください」
「分かりました」
ヴリトラは羊皮紙を手に取り内容を確認する。ジャバウォックとジルニトラもヴリトラの隣から羊皮紙を覗きこみ、リンドブルムもジャバウォックの背中から羊皮紙を覗き見た。
契約内容を確認しているヴリトラ達を見て受付嬢は何かを思い出した様子で口を動かす。
「あと、今回組合に登録される方はどなたでしょうか?」
「ん?・・・ああぁ、俺達四人だ。あと、此処にはいないんだけどあと三人登録したいんだ」
「・・・申し訳ありません。登録するにはご本人の確認が必要になりますので、今いらっしゃらない方を登録する事はできないんです」
「あぁ~、やっぱり本人確認が必要かぁ・・・」
受付嬢の話を聞いたヴリトラは「失敗した」と言いたそうな顔を見せる。そこへ更に追い打ちを掛ける様に受付嬢の説明が続く。
「あと、そちらの少年なんですけど・・・」
「ん?」
受付嬢がジャバウォックにおぶさっていリンドブルムを見つめ、リンドブルムも小首を傾げて受付嬢の方を見る。
「組合に登録できるのは十五歳以上のとなっておりますので、そちらの少年は登録の対象外となっています・・・」
「ええぇ?じゃあ、僕は登録できないんですかぁ?」
「ハイ、申し訳ありませんが規則ですので・・・」
ガッカリしたリンドブルムはジャバウォックの背中を滑る様に降りて行き、床に下りてから溜め息をついた。そんなリンドブルムを見てラピュスは苦笑いをし、ラランは無表情のまま見つめている。
「十五歳以上って事は、ファウもダメって事だよな?」
「二人も登録できないとなると、ちょっと面倒ね。どうすんの?」
「どうするもこうするも、諦めるしかないだろう」
リンドブルムとファフニールが傭兵組合に登録できない事を話すヴリトラとジルニトラ。規則である以上諦めるしかないと考えていた、その時、入口の方から声が聞こえてくる。
「ちょっと待ってくれ」
聞こえて来た声にヴリトラ達、受付嬢、そして部屋中に入り傭兵達は一斉に声のした方を見る。そこに立っていたのは二人の青銅戦士隊の騎士を連れたガバディアだった。
懲罰遊撃隊の生活を助ける為に傭兵組合に登録する事にしたヴリトラ達。だが、規則が厳しく、リンドブルムとファフニールは登録できないと言われ、諦めようとしてた時に現れたガバディア。一体彼は何をしに組合にやって来たのか?




